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103.建国から四カ月~五カ月(秋)、お祭り

 初雪も降り終え、とうとう冬が間近に迫ったエド国フジワラ郷。

 厳しい季節を初めての土地で迎えるというのに、移住してきた者たちの心に不安がなかったのは、これまでに信秀から受けた数々の厚遇のおかげであるという他ない。

 雨漏りすらしない家屋に、暖かい衣服に寝具。燃料となる薪は、国から無料で貰える。

 彼らが過去を振り返れば、この町における冬への準備はかつてないほど万全。

 加えて、『もし何か大事があろうとも、フジワラ王ならばなんとかしてくれるだろう』という信秀への信頼が皆の心には芽生えていた。

 ――そんな折のことである。


「祭りを執り行う。目的は、冬に備え英気を養い、また今日までの恵みを大地に感謝するためである」


 信秀から突然の告示。

 各区長からこのことを伝えられた人々は、祭りという言葉に喜び勇んだ。

 祭りといえば、美味い飯にありつける。

 村出身の者は収穫祭で振る舞われた料理を覚えているし、根っからの貧民街出身の者であっても、ドリスベンで行われた数々の祭事でおこぼれに与り、金を払わずに腹を満たしたことを思い出した。

 ましてや、ここはフジワラ郷。

 いまだ食べつくしていないこの町の料理に舌なめずりをしつつ、人々は今か今かと居ても立っても居られない気持ちで祭りの日を待ちわびたのである。


 それから数日後、遂にやって来た祭りの日。

 仕事は皆休みで、働いているのは、飲食店の人間と警備隊に所属する者などのごく一部のみ。

 それ以外の者は、家族や友人たちと大通りに大挙していた。

 手一杯の串料理持って食べ歩く者がいれば、既に出来上がっているのか、徳利を片手にぶら下げた頬の赤い者もいる。

 信秀の計らいで、料理は全て無料だ。

 しかし酒だけが有料なのは、寒空の下で誰かしらが酔いつぶれて、死人が出ることを恐れたからである。


 ポーロ商会が運営する出店では、ダーツに射的、投げ輪などなど、目新しいゲームが並び、景品には各地の酒や、家畜、オリーブオリーブのサイン入り短編小説、香水やローマット印のリバーシセットなどなど様々なものが用意されている。

 また、大通りを離れた各集会所ではリバーシ大会が開かれ、腕に覚えのある打ち手たちが、食べ物を持ち込み、互いの実力を競いあっていた。


 その日のフジワラ郷は、他所からやって来ている商人が驚くくらいには、賑わっていたといってよい。

 だが、祭りというにはまだ何も始まっていない。

 本番はここからであった。


「わっしょい! わっしょい!」


 なんだ? と道行く人々は思ったであろう。

 北の方角から聞こえてくる異様な掛け声。

 もちろん人々は、北の方へと視線を向けた。

 するとそこにあったのは、人混みより高い位置で上下している複雑奇怪な物だ。

 それはまるで、このフジワラ郷の家屋を小さくしたような姿かたちをしていたが、その装飾は眩いばかりに豪奢。

 さらに、遠目で見てもわかるほどに造りは繊細で、芸術品の類いであることが素人目であっても窺い知れた。

 いったい、あれは何かと人々は囁き合う。

 その正体は遠き日本で神輿と呼ばれていたものであるが、この世界の人間がそれを知る由はない。


 神輿は人混みを裂くように、大通りをゆっくりと南下する。

 やがて、人混みの中に大きな道ができ、その全容が衆目に晒されることになる。

 この時、あっと驚かない者はいなかったであろう。

 何故なら神輿を担いでいたのは、ド派手な衣装に着飾った巨躯の獣人たちであったからだ。


「わっしょい! わっしょい!」


 牛族や豚族、蜥蜴族に狼族の者が声を合わせて叫び、暴れるように神輿を揺らす。

 人々はその異様な熱気と迫力に圧倒されながらも、神輿の行く先を追った。

 神輿を担いでいるのが獣人である、といったことは、この興奮の中にあってはささやかなことでしかない。

 神輿が大通りの中央まで行くと、そこに待ち受けていたのは獣人たち同様にド派手な格好をした人間。

 獣人たちには劣るものの、大きな体躯をもった力自慢の者たちであった。


「獣人たちに負けるなよぉ!」


 ――おおおおおおおおおおお!!


 獣人たちに負けじと、人間の担ぎ手たちはいっそうの声を張り上げる。

 彼らは祭りが決まった日より、内密に集められていた。

 今日という晴れ舞台を誰よりも待ち望み、気合は十分。

 神輿は獣人から人間たちに引き継がれると、大通りを南に進み、そののちは住宅街へと向かった。


「それ、わっしょい!」


「わっしょい! わっしょい!」


 住宅街を縦横無尽に練り歩く神輿を担いだ一行。

 多くの者が掛け声につられて、「わっしょい!」と謎の言葉を叫びながら、神輿の後ろを付いていく。

 神輿はやがて異種族居住区画の入り口に到着し、そこで再び獣人の手に渡り、門の向こうへと消えていった。


 初めて見た神輿渡御に、凄かったなと人々は口をそろえて言う。

 だがこれで終わりではない。

 続いての演目は、ジハルの部族より選ばれた三十人からなる隊列行進。

 丈の長い鼠色のキャンパスコートに半長靴。銃を抱え、頭に鉄帽を被ったその狼族たちの姿は、冬の欧州国家の軍隊さながらである。

 しかし人々の目を最初にまず引いたのは、その列の先頭。

 そこには、カトリーヌに乗った信秀の姿があった。


「な、なんだあれは!?」


「聖獣か!?」


 らくだを知らない人々の目に、カトリーヌははたしてどのように映るのか。

 馬よりも大きいその立派な体は、聖獣と間違えられるのも無理ないことであろう。

 ここは己の道だと言わんばかりに堂々と闊歩するカトリーヌの姿は、人々を畏怖させるのに十分すぎるものであった。


 後ろに続く狼族たちも負けてはいない。

 日ごろの基本教練の成果か、狼族たちは一糸乱れぬ動きで行進し、その練度の高さを町の者たちに見せつけた。

 さらに大通りの中央では、流れる動作で上空に空砲射撃をやってみせ、その威容を示す。

 なお、これに刺激を受けた警備隊の者たちが、来年の祭りには是非とも自身らにも隊列行進をさせてくれと信秀に希望することになるのだが、今は特に関係のない話であるため割愛する。


 人々の興奮冷めやらぬ中、やがて陽は陰り、夜の帳が落ちた。

 されど町はまだ眠らない。

 そこかしこで飾られていた提灯を一度下し、中に蝋燭を入れて火が灯される。

 ぼんやりとした光も、無数にあるとなれば、なお明るい。

 一度家に帰った者たちも、再び外に出てきている。

 夜の演目は既に始まっていたのだ。


 ひゅうーんという気の抜けたような音と共に、尾を引いた丸いものが北の空へと昇る。

 続いて、ドンッという破裂したような音が鳴って、真っ暗な空に大きな花が咲き誇った。

 それは、黒の背景によく映える煌めくような大輪――花火。

 花火は次々と打ちあがり、その時ばかりはざわめきも止んで、人々は空を見上げていた。


 父のいない母娘は、家の前で二人手を繋ぎながら。


 人気のない場所では、恋人同士が、将来を誓うように寄り添いながら。


 長い白髭の老人とお面を被った謎の女性は、大通りで祖父と孫が並んでいるように。


 黒い髪の女性と何十人もの子どもたちは、大きな家の庭から。


 フジワラ郷に住む者たちの誰もが、初めて見る花火に見惚れ、酔いしれた。

 空を支配していると表現しても過言ではない規模の大きさと、言葉にできぬ圧倒的美しさ。

 そんな花火を眺める今この瞬間は、自分たちの人生の中でも特別なものであると感じていたのだ。

 時が止まったかのように、人々は静止している。

 フジワラ郷にはただ花火の音だけが響いていた。


 ――そして特別区画の城郭の上。

 そこから花火を望むのは、信秀とカトリーヌである。


「きれいだな、カトリーヌ」


 信秀が声をかけると、カトリーヌはグエッと言葉を返す。

 しばらくは何も考えずに花火を眺め、それから信秀は今日の祭りについて思い返した。

 祭りを行った理由。

 冬に備え英気を養い、また今日までの恵みを大地に感謝するためという題目ではあったが、それは少し違う。

 本当の目的は文化を育てること。

 住民たちがこの町を故郷とし、誇りに思えるよう、独自の風習を根付かせる。

 他の土地とは差別化を図り、この地に住む人々を『エド国の民』という単一的な枠の中に放り込むのだ。

 さすれば、この地に住む者たちは自ずと国のために行動することであろう。


 また、人間と獣人との交わらせるという側面もあった。

 獣人から人間へ、人間から獣人へと手渡された神輿。

 わっしょい、という言葉には、和を背負うと意味があるという。

 今後、獣人と人間の融和を目指すにあって、これ以上ふさわしい言葉はない。

 さらに隊列行進では、獣人が侮られないように軍としての威容も示せたことだろう。


(あとは、冬を迎えるだけ。そして冬に何をすべきか、だ)


 今日まで与えるだけ与えた信秀である。

 次は育てる番だ、と考えていた。

 現在、エド国は信秀という人間に頼りきっている。

 ゆえに信秀に何かあれば、国はすぐに崩壊する。

 目指すところは、信秀の能力に極力頼らない自給自足。

 それぞれがそれぞれの役割を担い、そのための技術や知識を習得しなければならない。


「そのためにも、次にやるべきことは識字率の向上かな」


 知識の保存、知識の授受、知識の収集に文字の存在は必要不可欠だ。

 殊更、伝えるということにおいて、文字に勝る者はない。

 国民が文字を覚えたなら、国としての意識の統一も容易になる。

 冬になれば人々の生活は制限されるため、勉強に励むにはちょうどいいだろう、と信秀は思った。


 ◆


 噂が噂を呼ぶ。

 商人たちがエド国から持ち帰った情報は、あっという間に大陸中に広がっていった。

 それは、旧王都ドリスベンの貧民街も例外ではない。


「おい、聞いたかエド国の話」

「ああ、いい家に住んで、美味い飯を食えて、下手な貴族よりもよっぽどいい生活をしているらしい」


 みすぼらしい格好をした二人の会話。

 彼らは、イニティア王国軍の侵攻に際して、ポーロ商会の避難の呼びかけに応じなかった者たちだ。

 あれから王都を占領したイニティア王国軍は、決して横暴なふるまいをすることはなかった。それどころか貧民街の者たちには、施しまでした。

 貧民街に留まった者たちは、それ見たことかと北へ逃げていった者たちを嘲笑った。

 己が正しかったのだと勝ち誇った。

 だがそれは間違いだったと気づくことになる。

 イニティア王国からの施しはすぐに終わり、代わりに聞こえてくるのがエド国の繁栄。

 移住した者たちは、この大陸で誰よりも満たされた生活をする平民であるという。


「くそ。そうと知ってりゃあ、俺もあの時……ッ!」


 悔しそうにする貧民街の者たち。

 あの日あの時、己も北へ向かっていたら。

 そんな思いが後悔となって、胸を締め付ける。

 されど、覆水が盆に返ることがないように、時間は決して戻らない。


 日々の空腹に併せて、妬みや渇望といった感情がより激しさを増していく。

 もしかすれば手に入れられるはずだった幸せな生活を、彼らは夢にまで見るようになる。

 後悔は虫を誘う甘い蜜のごとく、貧民街の者たちのエド国への関心を強くしていた。


 付け加えるならば、これらの光景は、ドリスベンの貧民街に限ったことではない。

 大小の違いはあれ、エド国について話を聞いた者たちは、皆羨んだ。

 大陸に暮らす大部分の者が、恵まれているとはいい難い生活を送っている。

 加えて戦争も始まり、働き手がいなくなって、より貧しくなるのは目に見えていた。

 そのため、エド国の噂を聞くたびに、そこがこの世の天国のように思えてならなかったのだ。


「なあ、冬が明けたら北へ行ってみねえか」


 どこかで誰かが呟いた。

 すぐに冬がやって来るため、今から北へ向かうことはできない。

 旅というもの自体が危険であるが、そのなかでも冬の旅の恐ろしさは群を抜いている。

 寒さという自然の脅威が襲ってくるからである。


 そのため、もし北を目指す者がいるならば、それは春以降。

 春になったら、どれだけの人がエド国にやって来るのか。

 ポーロ商会の者が、エド国はもう住人の募集をしていないという噂を流しているが、それがどれほどの効果を上げるかは来春にならなければわからないことであろう。


わっしょい

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