後日談その二 静
ああ、緊張する。
純白のタキシードに着替えた俺は控え室となっている部屋で、一人緊張と戦っていた。
そうだ、落ち付け。たかが結婚式じゃないか。たか、が……。
「……ダメだ。どうしても落ち付けねえ」
自分でもここまで気分が落ち着かないのは前代未聞だ。
「はぁ……。俺もヤキが回ったな」
自分で決めた事だけど、五年前の自分には今の状況など想像すらできなかっただろう。
「……そういや、カイトは結局来ないのか?」
いると鬱陶しいからいない方が嬉しいのだが、何だか物足りない気もする。
「僕を呼びましたか? 静」
「ひぃうっ!?」
いきなり背後でカイトの声がして死ぬほど驚いた。冗談抜きで心臓が裏返りそうになったぞ。
「お、おまっ、カイト!? どうやって入ってきたんだよ!」
「ふっ、あなたが僕を呼べば、僕は地獄の果てからもやってきます!」
「怖っ! めっちゃ怖っ! 何そのストーカー発言!?」
こいつの変態補正を舐めていた。十二分に脅威だと思っていたのだが、まだ足りなかったようだ。
「それは置いといて。ご結婚、おめでとうございます」
「はぁ……。うぇっ!?」
カイトに祝福されるとは思わなかった。俺にあれほど迫ってきた奴は後にも先にもこいつだけだ。
俺の驚きようにカイトは不本意だと言わんばかりに両手を広げる。絵になっているのが非常に腹立たしい。
「僕は静の幸福を優先しますよ。その先にあなたの幸福があるというのなら、僕は止めません。何よりも相手の幸福を願う。それが愛というものでしょう?」
正論だ。この上なく正論だ。だが、男から言われても嬉しくない。そして男に愛を説かれるとは思わなかった。
「……まあ、僕もちょっとくらいそのおこぼれをいただくつもりですが」
背筋が寒くなった。俺はまだこいつから逃れられないのか。いい加減諦めてほしいと思うのは俺のワガママだろうか。いや違う。
「というわけで静。一緒に一夜の過ちを犯しましょう!」
両手を広げて迫ってきたカイト。対する俺は武器など一切持っていない絶体絶命状態。
「ヤられて、たまるかああぁぁぁぁっ!!」
ここで貞操を失うわけにはいかない。さすがの俺も本気になって迎撃しようと身構える。近づいたら即刻排除の意気込みで待つ。
しかし、俺の行動は無意味なものとなってしまった。
いつの間にか部屋に入っていたフィアが持っていた剣をフルスイングして、カイトを薙ぎ払ったからだ。
「……フ、僕に静以外の攻撃は効きません!」
だが、カイトもカイトで身じろぎ一つせずそれを受け止めた。お前本当に人間か。
「ならば俺の攻撃は効くはずだな」
受け止めたという事は動きを止めたという事を表しており、今なら俺の攻撃を避ける手立てはない。
「おらぁっ!」
蹴り上げてその俺以上に細身な体を宙に浮かせる。
「フィア!」
「はい!」
ほぼアイコンタクトだけで意思をやり取りし、拳を強く握りしめる。一撃必殺!
『せーのっ!!』
お互いの正拳突きがカイトの両側から襲い、衝撃を逃さず体内に閉じ込める。思わずフィアと顔を見合わせてしまうくらい完璧なタイミングだった。
コフッ、というヤバそうな空気の抜ける音とともにカイトが足元から崩れ落ちる。時おり体が痙攣しているので、息はあるだろう。
「ふう……悪は滅しました」
「まったく、油断も隙もあったもんじゃねえ」
額の汗をぬぐい、フィアに向かって親指を上げる。フィアも同じように返してくれた。
「カイトさんはいつも通りとして……。静さん、良く似合ってますよ」
カイトの体を部屋の隅に引きずりながら、俺の正装をそつなく褒めるフィア。こいつ意外に要領が良いよな。今まで戦闘狂の面が強過ぎて隠れがちだったけど。
「ありがとな。薫の方も行って来たのか?」
「うんしょ……っと。え? あ、はい。お化粧をやったの私ですから」
カイトの体をポイっと隅に投げたフィアが振り向きざまに答える。ゴロゴロと転がり、誰の目にもつかずひっそりと倒れているカイトがそこはかとなく哀愁を誘う。
「化粧? お前が?」
血化粧とか、戦化粧とか、死に化粧じゃないだろうな。
「静さん。今すっごく失礼な事を考えませんでした?」
俺の思考を読んだのか、フィアがこめかみに青筋を浮かべた笑顔でこちらを見てきた。しかし、戦闘狂じゃないフィアなど恐れるに足らず。
「いや、今までのお前を見た上での妥当な事を考えていた」
「それが失礼だって言うんです! 私だってお化粧くらいしますよ!」
「戦化粧とかだろ」
俺のそっけない返事にフィアがとうとうキレた。先ほどカイトを沈めるのに放った正拳突きを俺目がけて打ってくる。
「完っ全に頭来ました! 殴りますよ!」
「行動に出てから言うな!」
割と正確に急所を狙ってくる拳を必死にいなしつつ、フィアに突っ込みを入れる。
「ハァ、ハァ、ハァ……。何で当たらないんですか……」
「企業秘密。ちっと言い過ぎたわ。悪い」
ペース配分考えずに殴っていたフィアが五分ほどでへばってくれた。しかし、あそこまで怒らせてしまった俺にも責任はあると思って、謝罪をする。
ちなみにフィアの拳は俺の動くスピードより速い。だが、狙いが直接的だったので、動きにフェイントを入れたりして意識を誘導すれば避けるのは簡単だった。
「もういいです……。静さんの言い分にも一理ありますし」
「んで、薫の化粧はどうだったんだ?」
「あ、気になります?」
荒い呼吸をしていた姿から一転し、素晴らしく楽しそうな瞳で俺を見る。何かこいつの琴線に触れるようなセリフを言っただろうか。
「まあ、それなりには」
あいつの化粧した姿、何だかんだ言って見た事ないんだよな。やればできると言ってたけど、普段は面倒くさがってやってなかったし。
「……すごいですよ」
「できれば具体的に言ってほしい」
「それは言っちゃダメですよ。見てのお楽しみ、です」
いや、そこまで具体的にしゃべれとは言わないよ。せめてすごいの方向性だけでも言ってほしい。プラスなのかマイナスなのかを。
「……分かったよ。その時まで、楽しみに取っておく」
どうせあと一時間もしないうちに拝む事になるのは確定しているんだ。少しくらい後回しにしてもいいだろう。
「はい。あ、前々から聞きたかった事があるんでここに来たんでした」
すっかり忘れてました、と恥ずかしそうに笑う。しかし、部屋に入った瞬間にあんなインパクトある光景を見せられたのなら、仕方ないと思った。ってか、俺なら忘れて思い出す事すらないはずだ。
「んで、何聞きたいんだ? 答えられる範囲なら答えるけど」
「いいですか? 今回は大真面目ですよ?」
信用しにくい。こいつは前もそう言って、俺の視点で見れば下らない質問をしてきた前科がある。
俺が猜疑心に満ちた視線をしているのに気付いたのか、フィアが顔の前で両手を振り、それを必死に否定しようとしている。それが逆に俺の疑いを深めているのに気付いたらどうだ。
「まあ、質問を聞いてからそういう事は思ってください。言いますよ」
割と正論だったので、俺も黙ってフィアの話を聞く。
「あなたは、薫さんのどこを好きになったんですか?」
「…………」
どう返答すべきか決めあぐねている俺を尻目に、フィアがさらに話を続ける。
「一応、これだけは聞いておかなきゃと思いまして。流れで結ばれて静さんたちが不幸になるなんてゴメンですよ?」
「フィア、お前……」
ちょっと感動した。そこまで仲間思いな奴だとは思わなかった。
そしてフィアの思いに心打たれたからこそ、俺も真剣に答えようと頭を回転させる。
容姿は論外。もちろん好きである事は否定しないが(口に出して認めもしないが)、容姿だけに惹かれたのならとっくの昔に襲っている。それこそ襲うチャンスは今まで一緒にいる間にごまんとあった。
性格も……これだ、と言えるような理由にはならない。良く言えばお人好し。悪く言えば理想主義の偽善者。
まあ、悪く言う奴に限って「じゃああんたは否定できる何かを持っているのか?」と聞くと黙ってしまう事が多いのだが。
こうして考えると、性格も好きな要素ではあるな。俺個人としては小利口にまとまった風に知った口を叩き、本人は諦めて何もしない奴なんてのは嫌いだ。あのバカのように向こうみずでも、動いて状況を改善しようとする姿の方が好ましい。
……ああ、なるほど。
「在り方、だな」
「在り方、ですか?」
フィアがオウム返しに聞いてくる。俺は説明をしてやろうと口を開いた。
「んー……。ほら、あいつってさ、よく理想主義者とか言われるんだよね」
理想すら見ない諦めた奴に言われたくないと思うが。っつーか諦めたんなら黙ってろって話だ。
「ああ……。何となく分かります。その辺、静さんとは違いますよね」
「まあな。あそこまで夢見る事はできねえよ」
俺の場合、現状を含めた理想を見る事はあるが、何も持たない綺麗な理想を見る事はできない。俺は根っからの現実主義者だとつくづく思う。
「いえいえ、静さんだってやっている事は薫さんとほとんど一緒じゃないですか。私が言いたいのはそういう事ではなく、もっとこう……在り方の違いですよ」
ピッタリ当てはまる言葉がないのがもどかしい、そんな風にフィアが頭をかいている。
「なんていうか……静さんは地に足が付いてるんです。現実を見て、その上で最良を目指して頑張ってるじゃないですか」
「まあ、否定はしない」
最悪よりは最良の方が良いだろう。何かの組織に属しているわけでもないから身軽に動けるし、何かあっても責任は俺の命だけで済む。
「薫さんは……どんな現実にも臆せずに真っ直ぐ進む、って言えばいいんですかね。そんな感じを受けました」
当たっている。フィアもフィアで良く人の事を見ているな、と感心する。
「だいたいはフィアの言った通り。俺はどうしようもない現実は迂回して別の手段を探すけど、あいつは理想を理想のまま貫ける」
要するに、俺は理想を現実と照らし合わせての最良を作り出せるけど、薫は理想を理想のまま実現させる事ができる。
誰もが子供の頃に一度は夢見るはずのヒーロー。それを見事に体現した在り方に俺は憧れた。
「アレだ。俺にない何かをあいつは持っていて、それに惹かれた。俺があいつと幼馴染やっていた理由はそれだな」
他にもあいつがいなければ生き残れない修羅場がいくつかあったからでもあるが、そこは伏せておく。茶化していい場面じゃない。
「……じゃあ、そこに?」
「…………そうだよ」
顔が火で炙られているように熱いのを自覚しつつもしっかり答える。こんな羞恥プレイ、二度とやりたくない。
そして俺は本音をまだ隠している。確かにあいつの在り方に憧れたのは事実だし、それが切っ掛けである事も否定はしない。
でも、それなら俺は遠くから見ているだけでも満足できただろう。むしろ俺のような一般人にあの輝きはまぶし過ぎるから、わざわざ自分のモノにしようとは思わないはずだ。
……つまるところ、惚れた弱みというのに近い。
とにかくあいつを手元に置いておきたい。手離したくない。あいつの隣に俺以外の誰かが立つなんて考えられない。
こうして考えると、俺があいつをどれだけ必要としているのかよく分かる。本人の前では殺されても言うつもりはないが。
「……まぁ、静さんからこれ以上の本音を聞き出すのは無理ですね」
「心外だな。俺はこの上なく本音を語ったぞ?」
よもや見抜かれているのでは? と内心ドキドキしている。フィアにまで内心を見抜かれてしまうのだろうか俺は。
「はいはい、そうですね。……まあ、静さんも静さんなりに薫さんを大事に思っているのが分かりました」
「…………」
認めたら負けた気がするので、むっつりと黙り込む。フィアはそんな俺を弟を見るような優しい目で見ていた。
……マテや。一応、年は俺の方が上だぞ。
「あ、そろそろ始まりますよ。ほらほら、新郎は新婦を迎えに行かないと!」
「あ、おい!」
その甚だ不本意な視線に文句を言ってやろうと思った矢先、フィアに背中を押されて部屋を追い出されてしまう。ったく……。
「…………あいつなりに俺を気遣ってくれてるんだろうな」
俺のリアクションを楽しんでいるというのも事実だろうが、あの質問の際に投げかけられた視線は本物だった。
「今度、何かお礼しておくか」
あいつに来るお見合い話、少しだけ削ってやるぐらい良いだろう。
そんな事を思いながら薫が着替えている部屋に向かい、ドアノブに手をかけた。
「……まあ、さすがに着替えは終わってるよな?」
化粧してから着替えるなんて聞いた事ないし、大丈夫……のはずだ。
「薫、入るぞ」
「静か? ああ、どうぞ」
念には念を入れてノックをすると、ドアの向こうから聞き慣れた声がした。その声に了承をもらってから、俺はドアを開けた。
中途半端なところで終わりますが、次の次か次ぐらいで分かるようになってます。
受験も終わり、無事に大学も決まりました。皆様の応援ありがとうございます。
冬の間にたまりにたまったゲームを消化しないと……。
でもゲームをやっているとそのゲームの二次創作を書きたくなる不思議。マイナーだけどアガレスト戦記面白いよ。