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後日談その二  薫
「うわ。薫さん、すごくお化粧映えしますね」

「そうなのか?」

 化粧自体、片手で数えられるほどしかしていない私にはよく分からないのだが。

「はい。もううらやましいくらいですよ」

 私から見ればフィアもすごく整った容姿をしていると思う。その優しげな瞳を私に分けてほしい。

 ……この瞳が剣を握ると豹変するのだから、世の中は無情だという静の言い分もうなずける。

「……はい、これで完成です。姿見で確認してください」

 フィアが非常に満足そうなため息をついて額に浮かんでいる汗をぬぐう。そこまで集中してくれたのなら期待できそうだ、とウキウキしながら姿見と向き合う。

「……うん、私だ」

 私が期待していたような変化はなかった。もっとこう……顔の輪郭が変化するとかないのだろうか。

「それはお化粧にできる範疇を越えてますよ……」

 私の物言いたげな視線の意味に気付いたのか、フィアが疲れた声を出す。

「とにかく、ありがとう。フィアがいなかったら、いつも通りの素顔で今日という日に臨むところだった」

 結婚式なんて一生に一度の行事だ。なるべく着飾って少しでも華やかな思い出にしたいとは誰だって思うだろう。

「まあ、薫さんならそれでも充分映えると思いますけど……。もっと自分の見た目に自信を持ってはいかがです?」

「別に見てほしい相手がいるわけでもないしなあ」

 化粧自体は問題なくできるのだが、誰かに見せる必要もなかった私にはせいぜい気が向いた時に数回やるくらいだった。それに薄化粧を好む私の化粧に気付いてくれるのは静ぐらいだし。

 そして静相手に今さら着飾ったところでどうとも言われないだろう。いや、むしろ心配される。下手したら精神病院行きだ。

「いなかった、でしょう?」

「う……」

 だが、今は違う。静は静で最近、私の一挙手一投足をやたらと気にしている素振りが見られる。ようやく私を異性として見始めた、そんなところか。

 その状態の静が私の化粧しているところに気付いたら……ああ、なかなか面白いものが見れそうだ。

 そう考えると、化粧もたまには悪くないと思ってしまう。あいつの前では綺麗な自分でいたいと思うのは女の性なのだろうか。

「じゃあ、私は静さんをちょっとからかってきますね」

 スキップでもしそうなくらい楽しげに肩を揺らしながら、フィアが部屋を出ていく。お手柔らかに頼むぞ。とばっちりが私に来るのはゴメンだからな。

 さて、どうせしばらくすれば式も始まるし、静の事だからどこかで様子を見に来るだろう。その時まで落ち付いて待つとするか。

「うらやましいです……」

「ひゃぁっ!?」

 その時、窓際から声がした。まるで奈落の底から光差す天上をうらやんで出すようなにごり切った声。その恐ろしさに思わず変な声が出てしまう。

「薫さま、可愛らしい声ですね……」

「リ、リーゼ……?」

 唐突に出てくるな。結構怖かったぞ。あと、そんな窓から見てないで入ってきたらどうだ?

「そ、そうか。静の出した招待状が届いたんだな。来てくれてありがとう」

 何度も釘を刺しておいただけあって、きちんと出してくれたらしい。静本人は「命の危険が……」と散々渋っていたが。

「いえ、あなたが呼び出してくれたなら地獄だろうと奈落だろうと喜んで向かいます」

 そんな物騒なところへ行く予定は金輪際ないのだが。そもそも、何で呼び出す場所がその二つしかない。もっと楽しいところを想像しろ。

「それはそうと……相手は静さん、ですか……」

「ああ、それがどうかしたか?」

 私の知りうる男の中で最上の奴だ。それにあいつは言わないが、何を思っているかなど幼馴染である私には簡単に分かる。安心しろ静。私も同じ気持ちだよ。

「……八つ裂きにしてもいいですか?」

「ダメだからな。私をいきなり未亡人にしないでくれ」

 まあ、簡単にやられる奴じゃないが。どんな奴が相手でも生き残ってきたあいつの悪運は半端じゃない。

「祝福にも色々な形があるって事で」

「血の祝福は遠慮願いたい」

 こうして真っ直ぐな感情を向けられると良く分かる。静、苦労したな。

「あはは……。じゃあ薫さま、私の中に渦巻くこの感情はどうすればいいですか? もうあの人が憎くて憎くて憎くて憎くて仕方ないんですけど」

 にこやかにほほ笑みながらの言葉で、本心がまったく読めなかった。これ、冗談だよな? 本心から言ってるのなら、さすがの私も引くぞ。

「うーん……悪いが、お前の気持ちには応えられない。もっと良い人を見つけてくれ」

 そしてできればその人は男であってほしい。同性愛は非生産的だ。

 ……それにしても、何でリーゼは私なんかに熱を上げているのだろう? もっと魅力的な人は大勢いるだろうに。

「はぁ……。分かってましたけど、フラれちゃいましたか」

 リーゼは大して傷ついた様子もなく、苦笑していた。どうやらこの答えを予想していたらしい。

「……でも、それじゃ私の気が済みません」

「…………は?」

 背筋に怖気が走った。静はよく感じているらしいが、私が感じるのは初めてだ。

 何だこれは。今、私の目の前にいる少女は私の知っているリーゼなのだろうか。いや、違う。あれはまったく別のナニかだ。

 思わず後ずさってしまう。そんな私にリーゼが一歩近づく。

「リ、リーゼ?」

「ふふふ……」

 こ、怖い! 目の見えない笑顔がこんなに怖いとは知らなかったぞ!

「さあ! 私と一緒に過ちを犯しましょう!」

 自分のドレスの胸元を引っ掴み、いつでも脱げる姿勢でリーゼが私に跳びかかってきた。

「冗談じゃない!」

 静の口癖を真似て、私は迎撃の拳を構えた。





「はぁ、はぁ、はぁ……」

「い、痛いです……。全力で殴る事ないじゃないですか」

 顔を床にめり込ませたリーゼが何事もなかったかのように起き上がる。木片が髪にこびりついている。それが微妙に赤っぽくて湿っているのは私の目の錯覚であってほしい。

「いや、あれは誰でも全力で殴ると思うぞ」

 手加減一切なしの本気の拳だった。自慢じゃないが、パワーには自信がある。手の保護を考えなければ、薄い鉄板くらいならぶち抜ける。

 その一撃を持ってしてリーゼは沈まなかった。驚きを通り越して呆れしか浮かばない。あれか。静がカイトに対する愚痴でよく言っていた変態補正とはこれを言うのか。勉強になった。

「……前々から思っていたんですが」

「何だ?」

 変な事を言ったら次は武器を持ち出す事もやむを得ない。頼むから下らない理由で私に剣を抜かせるなよ。

「静さんのどこが好きになったんですか? いえ、あの人の良さは私も知ってますけど」

「全部だが?」

 愚問だな。決まり切った事を聞く。

「ちょっと出かけてきますね」

「その剣を置いていけ。あと、ドレスの裾に仕込んである短剣もだ」

 彼女のやる事が鮮明に理解できてしまった自分が怖い。静の厄介事を引き寄せる体質が伝染った(うつった)か?

「……チッ」

 舌打ちしたぞ。止めなかったら危なかったな……。

「本心九分九厘の冗談はさておき……」

 そこまで本心なら、冗談で済ませられる領域を越えていると思う。斜め四十五度とかそんなちっぽけなものじゃなくて。もっと成層圏脱出とかのレベルで。

「これは割と真面目な話です。薫さまは、静さんのどこを好きになったんですか? 内容によってもよらなくても私は静さんを眠らせに行きますから。永遠に」

「どんな内容でも、静に何もしないというなら話してやろう」

 今のリーゼなら不可能を可能にする。根拠のない確信がそこにあった。

「……分かりましたよ。ここまで想われて、あの人も幸せだなあ」

 拗ねたように頬を膨らませるリーゼの子供っぽい姿に、つい苦笑が漏れる。

 そうだよな。今までのは壮大な前振りなだけだよな。うん、仲間を少しでも疑った私を許してくれ。

「……ちょっとくらい、その幸せのおこぼれに預かったっていいですよね?」

 前言撤回。私の勘は間違ってなかったようだ。このままじゃ静の命も危険だが、私の貞操も危ないぞ。

「……ゴ、ゴホン! それで、どこが薫さまの好きな部分なんですか!?」

 私のジト目に気付いたのか、リーゼが分かりやすい咳払いをして話を戻す。

「そうだな……」

 今ならあいつの全てが好きだと胸を張って言えるが……、好き好んで地雷に足を突っ込む趣味はないので、これは却下。

 ……うん、やはりあれしかないな。



「目だ」



「目……ですか?」

 予想外の答えだったのか、リーゼがキョトンとした顔をする。

「そう、目だ」

「うーん……ちょっとピンと来ません。教えてくれませんか?」

 新手の羞恥プレイを勘繰ったが、リーゼに限ってそれはない……はずだ。それに、静の良さを知ってもらうのは悪い事じゃない。

「あいつの目はな、いつも明るいんだ」

「……?」

 抽象的過ぎて分からない、といった風にリーゼが眉をひそめる。しかし、私としてもこれしか説明のしようがないんだ。勘弁してくれ。

「こう……なんて言えばいいのかな。前を見ているっていうか……諦めを知らないというか……」

「ああ……。それなら分かる気がします」

 私の要領を得ない言葉でも、リーゼは得心がいったようにうなずく。

「確かにあの人が何かに絶望したところって見た事ありませんね。いえ、この世の理不尽を嘆いているのは何度も見てますが」

 静がこの世の理不尽を嘆かない日など一生来ないと思うのは私だけではないようだ。

「あいつの反骨精神は大したものだよ。どんな奴が相手でも物怖じしないし、いつも通りに立ち向かっていける」

 あいつはよく私の事を恐れ知らずだと言うが、私からすれば静の方が恐れ知らずだ。

 私のは隠しているだけで、静は表面上は恐れているように振る舞うが、内心では冷静に勝つ方法を模索する。

「まあ……分からないでもないです。あの人、いつだって前を向いてますからね」

「ああ。あの前向きさは私にはないよ」

 どんな絶望的な状況でも可能性がゼロでない限り、あいつの目は光り続ける。そして、可能性がゼロかどうかを決めるのはあいつ自身だ。

 あいつの言葉を借りて言うなら『現実は事実を見せるだけ。それをどう解釈するかは俺たちだ。だったら、好きな風に解釈したっていいだろ?』といったところか。

「そして、私にはない前向きさだから欲しくなった。これじゃ不満か?」

 きっと、今の私は綺麗に笑っている事だろう。いや、自分の顔がどうなっているかぐらい分かるけど。

「はぁ……。べた惚れですね。これじゃ思わずあの人をすり潰したくなるじゃないですか」

「すり潰すなよ」

 しっかり釘を刺しておくのも忘れない。だが、彼女相手に釘は効果があるのだろうか疑問だ。

「……ちょっと、外の空気吸ってきますね」

 そう言ってリーゼは部屋を出ていった。その際、瞳に一瞬だけ見えたあれは涙だろうか。今さらだが、彼女を振ってしまったという実感を抱いた。その事に少しだけ胸が痛む。

「……だが、私もこれだけは譲れないんだ」

 故に謝らない。謝るのも筋違いだし、何より彼女は私の幸せを願って身を引いた……のだと信じている。

 なら、目いっぱい幸せになる事が彼女へ私ができる精いっぱいの事だろう。

「大丈夫」

 あいつと一緒なら、どんな形であれ私は幸せになれる。それだけは断言できる。

 そう決意を固めた時、ドアがノックされた。リーゼ? いや、それはないだろう。なら誰だ?

「薫、入るぞ」

 どうやら相手は私のお相手みたいだ。静にしては珍しく良いタイミングだ。ちょうどこちらも会いたかったところだよ。

「静か? ああ、どうぞ」

 ドアが開かれ、見慣れた――いや、見慣れぬ白いタキシードなんかに身を包んだ静が入ってくる。

「…………」

 入ってきた静は私の姿を見るなり目を見開き、口をアホみたいに開けていた。バカみたいに見えるぞ。

「お前、今俺の事バカじゃないか? とか思ったろ」

「まさか」

 しれっと返したのだが、静は疑いの視線でこちらを見ている。半ば以上確信してる瞳だ。ここは話をそらさないと殴られる未来が確定だ。

「それで、どうしたんだ? まだ時間はあるだろう?」

 この部屋に来た理由を尋ねると、静は視線を宙にさまよわせ始めた。

「あー……。まあ、ちょっと様子を見に来ただけだよ。緊張してんじゃないかと思ってな」

 緊張しているのはお前だ、と思ったが黙っておく。指摘したら逆ギレしそうだ。

「そうか。それで何か言う事はないか?」

 そんな緊張しまくっている静の様子がおかしくて、ついからかってみたくなってしまう。案の定、静は顔を真っ赤にして後ずさる。

「……ま、悪くはないな」

 だが、そこは静だけあった。すぐに冷静な顔に戻り、無難な返事をする。その頭の回転が恨めしい。たまには素直な感想を言ってくれても良いだろうに。

「……綺麗じゃないか?」

 このまま引き下がるのも負けた気がするので、さらなる追い打ちをかける。しかも今度はストレートに聞いてみた。

「似合ってる」

 しかし、静は完全に自分のペースを取り戻しており、上手い言葉でその場をしのいでしまう。

「……そうか」

 もうこれ以上私に思いつく質問はないので、負けた気分で椅子に深く腰掛ける。

 それを見た静が、やれやれと首を振って仕方ないと言わんばかりのぶっきらぼうな声でぼそりと言った。



「――綺麗だよ」



「あ……」

 聞き間違いではないかと顔を上げるが、そこにいた静はいつもの顔に戻っていた。

「ほら、そろそろ行くぞ」

 そう言って手を差し出してくる静。よく見ると、耳がほんのり朱に染まっている。素直じゃないな、こいつも……。

「はいはい。しっかりエスコートしてくれよ?」

「言われなくても」

 差し出された手を握り、椅子から立ち上がる。

「それじゃ、行こうか。私たちの始まりに」

「……クサイ」

 あまりにも空気を読まない発言だったため、私は無言で頭をポカリと叩いた。いつでもマイペースな奴だ。

 叩かれた頭を撫でながらも、しっかりと私の手を引く静を見上げ、私たちはみんなの待つ広間に向かった。
薫サイドの視点です。これでようやく舞台が揃った……。

次回で本当の完結です。楽しみにしてくださると幸いです。


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