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後日談その二  回想
 春にしてはやや肌寒いある日の事だった。俺があのバカにプロポーズをしたのは。

 ……明確に愛してる、とかの感情を抱いたわけではない。そう、どちらかというと義務感に近い。

 俺はあいつを幼馴染として接してきたし、あいつも俺の事を幼馴染として接してきていると思う。おそらく、それに間違いはない。

 だが、それももう限界に近いのかもしれない。なぜか、と問われるとハッキリした理由は浮かばないが、ただ漠然と――しかしある種の確信があった。

 幼馴染のままではずっと一緒にはいられない。それは分かっていた事だ。生涯を共にする人なんて、それこそ妻か夫――あるいは家族だ。

 家族という観点なら、秋月家と冬月家はほぼ家族同然の付き合いをしている。両者の間にある絆、という点では非常に強固な物があり、その絆のある間柄を家族と呼ぶのなら、俺と薫はすでに家族であると言っても過言ではないのだろう。

 しかし、だ。それだって結局のところ互いの認識だけであり、周囲からも同じ認識で見られているとは限らない。

 一生を添い遂げる相手というのは、もちろん両者間の感情も大事だが、周囲から認められる事も重要なファクターであると俺は考える。

 結婚とは人生の節目で最も重要な転機であり、周りに認めてもらえないよりは認めてもらえる方が遥かに嬉しい。これは当然だ。

 ごちゃごちゃと長くなったが、要するに両者の関係とは第三者に認めてもらって初めて形になるのであって、二者間で完結しているものはただの自己満足に過ぎない。言うだけなら誰にだってできるのだから。

 つまり、俺が何を言いたいのかと言うと。



 ずっと一緒にいるという願いを形にするためには、それなりのケジメを付けなければならないのだという事だ。



 誰にも言った事はないが、俺だってあいつと離れるのは想像し難いし、何より嫌だ。あいつの隣にいていいのは俺だけだ。

 ……言葉にすると羞恥で死にたくなるから、意地でも口に出すつもりはないが。俺の墓まで持っていってやる。

「……やるしかない、よな」

 ここまで答えが出ているのに尻込みをしてしまう情けない心に喝を入れる。

 何ともみじめな事だ。拳銃を向けてくる相手には大した恐怖も抱かずに戦える。その俺がある一言を伝えるのに、これほどの恐怖を感じている。

 足がかすかに震え、指が白くなるほど強く握った拳は汗が止まらない。

 目の前には何の変哲もない木製のドア。それが今の俺には絶対に崩せない城壁に見えてしまう。大丈夫か、俺の目。今度眼医者に行くべきか。

 つらつらと意味のない事を考える事で少しでも緊張を紛らわそうとするが、相変わらず体はガチガチに固まったままだ。

「……ええい、ままよ!」

 このままグダグダと迷っていてもラチが明かないので、玉砕覚悟でドアに手をかける。

「ちょっといいか――」

 薫、と続けようとしたのだが、その言葉は途中で止めざるを得なかった。



 ドアから剣が生えてきて、俺を貫かんと迫ってきたからだ。



「うおおおおおぉぉぉぉっ!?」

 心臓部分を精密機械のごとく狙った突きを、横に転がる事でギリギリ避ける。

「な、何だ何だ!? 敵か!?」

 そう思って腰に差してある短剣に手をかけるが、そこで剣が見慣れたものである事に気付く。

「む、静か。すまない。部屋の前をうろうろしているから、敵だと思ってしまった」

 剣を抜いた薫が相手を確認して、素直に謝ってくる。今まで感じていた緊張などこいつへの突っ込みの前には羽のように軽いものでしかないと実感した。

「どんな思い込みだ! 確認しろよ! 危うく心臓一突きにされるとこだったぞ!」

「いや、本当に悪かった。……だが、別に心臓を狙った覚えはないぞ。狙いだって適当だし」

 じゃあ何か。その適当な突きが俺の心臓ドンピシャに来たっていうのか。悪いのは俺の不幸体質なのか。

 俺の心臓に剣が来た事はもう忘れてしまおう。気にしたって仕方ないし、理由が分かると泣きたくなりそうだ。それに薫も悪いと思っているようだから、蒸し返す必要もないだろう。

「……それで、用件は何だ? いつも私の部屋にはノックもせずに入るお前が尻込みするほどなのだから、それなりに重要な話だろう?」

 その洞察力をもっといろんな方向に向けてほしい、などと下らない事を一瞬だけ考え、すぐに流す。今はそんな些事に思考を割く余裕すらない。

「あ、ああ……」

 その通りだ、と続けようとして声が上ずっている事に気付く。それに気付いた事で思わず口をつぐんでしまう。

「どうした? 私相手に緊張なんて、お前らしくもない」

 人の思いなど知らず、コロコロと笑っているこいつにドス黒い感情が沸いた。しかし、ここで八つ当たりをしても意味がないので自重する。

「……俺だって緊張くらいするっての。……今後の事が関わってんだからな」

「……部屋、入るか? お茶くらい出すぞ」

 俺がいかに真面目な話をしようとしているのかを察したのか、薫が何も言わずドアを開けてくれた。……誰が直すんだろう。このドア。

 剣によって無惨な穴が穿たれたドアが閉まり、部屋の中には俺と薫だけになる。

「座っていてくれ。今お茶を用意してくる」

 薫がクルリと踵を返し、台所に向かう。その際にたなびく――魔王を倒してから一度も切っていない長い黒髪から目を離せなかった。

 ドアが閉まり、足音が聞こえなくなってから俺は椅子に腰かけ、頭を抱えた。

「チクショウ……」

 この部分だけを第三者が見れば、人生の破滅を迎えた人のセリフに取られかねない。まあ、俺の心境もそれに近いんだが。

 完全に俺の負けだ。何に負けたかは俺にも分からんが、とにかく負けた。

「待たせた。ほら――ってその絶望と諦念に満ち満ちた顔は何だ!?」

「何でもねーよ……」

 お茶を持ってきてくれた薫に力のない返事をして、トレイからお茶を取る。

 薫も自分のお茶を持って、俺の対面に座った。そしてお茶にゆっくりと口をつける。

 話を急かす気配はない。どうやら俺が話し出すまで待ってくれるつもりのようだ。

 俺もここまで来てまだ踏ん切りがつかず、お茶を少しずつ口に入れていく。

(情けねえ……)

 自分がここまでヘタレだとは思わなかった。本番には強い方だと思っていたんだが……。

 静かに時間だけが過ぎていく。部屋の中で響くのは俺と薫のお茶をすする音だけ。

「……そろそろいいんじゃないか?」

 痺れを切らしたのか、俺が落ち着くのを見計らったのか、薫が声をかけてくる。それを聞いて、俺もようやく腹が決まった。

「……話っていうのは他でもない。俺たちの事だ」

「私たちの、事?」

 想定外だったのか、薫がキョトンとした顔を見せる。無防備な奴だ。心の中でつぶやいてから話を続ける。

「最近になって、色々と考えさせられるんだ」

「……続けてくれ」

「言われなくても。んで、考える事って言うのは――」

 いったん言葉を区切り、深呼吸する。よし、今なら言える。



「――俺たちのこれからってやつだ」



 薫が息を呑むのが分かる。この空間にいるのは俺とこいつだけ。わずかな物音でさえ俺の耳に届く。

「俺はお前の事をずっと幼馴染として扱ってきたし、お前もそうだと思う」

「ああ。その通りだ」

 淀みなくうなずかれるのを確認してから、続きを話す。

「でも、それじゃいけないんだ」

「……続きは?」

 これだけで内容の大半を察したのか、薫の顔が緊張を帯びる。勘の良い奴だ。俺にしか働かないのが難点ではあるけど。

「俺たちが一緒にいるのはなぜか? それをずっと考えてきた。理由にはもちろん、孤児院を経営してるってのもある」

 俺が父親で、こいつが母親。クレアにはお姉ちゃんを頼んでいる。面倒見ないとダメな方の。

 ……まあ、俺たちも子供たちには面倒見ないとダメな親だと認識されているのかもしれないけど。

 俺はやる事なす事全て裏目に出るし、薫は俺が細々としたフォローを行ってきたせいか、小さなミスは結構やらかす。

 ……グレてないんだから、問題ないよな? ちょっと不安になってきた。

 子供たちの将来よりもまずは俺たちのこれからだ、と気を取り直して口を開く。

「だけど、そこで気付かされた。俺たちは孤児院を経営している以外の理由が弱い事に」

 深く考えると、俺たちの間柄はただの幼馴染。それ以上でもそれ以下でもない。

「……そうかもしれない。だが、一つでも理由があるのなら、充分ではないのか?」

 薫からの返事に俺は首を横に振る。俺の願いを確固たるものにするには、まだ足りないんだ。

「俺が望まない。『孤児院を経営しているから一緒にいる』なんて理由だけなのは――嫌だ」

「――っ」

 薫の目が見開かれ、驚愕に染まる。それほどに俺の言った事が予想外だったのだろう。平時の俺なら絶対に口にしない事だし。

「俺は、お前から離れたくない」

 でも、止まるつもりは毛頭ない。俺はいつだって自分の思いに従う。今回もそうだ。

「だから、そんな弱っちい理由だけじゃ足りない。もっと強く、誰にも切れない理由が欲しい」

「そ、れは」

 俺の言った事があまりにも衝撃的だったのか薫の声はかすれており、途切れ途切れだ。だけど、その声に喜悦を感じられるのはなぜだろう。

 ここまで言っておいてなんだが、実は俺の体は小刻みに震えている。緊張が三割。これから言う事への羞恥が二割。そして断られたらどうしよう、という不安が残り五割を占めている。

 とはいえ、ここまで来てやめるつもりもないが。というか、ここで止まったら二度目のチャンスはないと思う。

 意を決し、真っ直ぐに薫の目を見る。そして――



「俺と一緒になってほしい。お前が………………好きだ」



 ようやく、俺が言いたかった言葉を絞り出すように告げた。

 ああ、言っちまった。これがどちらに転んでも、もう今までの幼馴染には戻れない。

「し、ずる……」

 薫はパクパクと口を開け閉めし、言いたい言葉を探しているようにも見えた。

「お前がいない人生は嫌だ。陳腐な言葉だけど、誰にも渡さない」

 対する俺は、何か言い続けていないと不安で仕方なかった。ここまで自分らしくないセリフを連発するとは、と自分に驚かないわけではないが、発見もあったのだから良しとしたい。

 言葉にする事で、自分の思いというのをハッキリと理解できたのだから。

 俺は――このバカをどうしようもなく必要としている。

 ……そんな感動的な発見は今の俺にはどうでもよく、ただ目の前の不安に怯えていた。

 ちょっとした刺激で崩れてしまいそうで、でも何かしていないと沈黙に耐え切れなくて。ああもう、ゴチャゴチャだな俺の頭は。

「……………………お前はバカか?」

 長い沈黙を置いて、返ってきた返事は罵倒だった。

「……すまん。その返事をどう受け取ればいいのか俺には分からない」

 あまりに突拍子もない答えだったので、妙に冷静な突っ込みが出てしまった。

「はぁ……いつだったか、言っただろう」

 ため息をつかれるほどにダメな内容だったのだろうか。思わず不安になってしまう。

 不安が表れた俺の顔を見て、薫はずっと一緒にいた俺でさえ見た事のない華やかな笑顔を浮かべ、告げた。



「私の隣にいていいのは、お前だけだと。そして、お前にはこれからもずっと迷惑をかけ続けると」



「……あれって、そういう意味だったのか?」

 という事は、俺って結構ヒント見落としてた?

「いや、思い返したらそういう意味にも取れるな、とたった今分かった」

「……そうかもしれない」

 そう考えると、実は俺たちすごい事をしていたのではないだろうか。

 ……考えるのをやめよう。これ以上深く詮索すると羞恥に悶える事になりそうだ。

「そして、あの時の言葉にウソはない」

「…………つまり?」

 頬をほんのり染めた言葉に、俺は反応できなかった。

「だから……っ!」

 それを見た薫はさらに顔を赤くし、



「……私でよければ、喜んで」



 蚊の鳴くような声で言ってくれた。

「……ハ」

 胸の奥から爆発的なナニカが生まれる。人はこの感情を愛おしいと名付けるのだろうか。

 その感情に逆らわず、薫の華奢な体を抱き締める。そういえばずっと一緒にいたのに、こういった事はした事ないな。

 薫の方も俺の背中に手を回し、抱き返してくれる。こいつの馬鹿力が半端じゃないから痛いのだが、男のプライドを駆使して、意地でも表に出さない。

 背中に回した腕は離さず、少しだけ隙間を作って薫の顔が見えるようにする。

 薫の方も腕の力を緩めて、潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。

 その潤んだ瞳に吸い寄せられるように俺の顔が近付き――止められてしまう。

「まだだ。お互いの初めては誓いを交わした時、だ」

 いたずらっぽい顔で微笑まれては引き下がるしかない。でも、それじゃ俺が負けたみたいだから、ちょっとだけからかうが。

「……ずいぶんとロマンチックな事で」

「そうさ。女なら誰だってそういうロマンチックな一面を持つものさ」

「……リアリストだって聞いた事あるけど」

 テレビで見ただけで、実際の女性をそんなふうに見た事はないが。

「女はいろいろな顔を持っているという事さ」

 それを言えば誰だってそうだと思う。人間、いつだって複数の仮面を使い分けて生きている。家族に接する時、目上の人に接する時、これだけでも人の対応なんて変わってくる。

「そうかい。だったら俺にはいつものお前を見せてくれよ」

「簡単な事だ。そんなの、ずっと昔からやっているのだからな」

 何かがおかしくて、額を寄せ合ってクスクスと笑い出してしまう。

「……あ、忘れてた」

 このまま体を離して、これからの式とかの予定を話す前に、思い出した事があったのでやってしまう事にする。

「何だ?」

「手、出せ」

 この端的な一言で理解したのか、薫が上気した頬のまま左手を出してくる。

 そんな何気ない仕草にまで妙な色気を感じてしまう自分が自分じゃないようで戸惑うが、表に出さないでおく。どうせすぐに慣れるはずだ。

 ポケットから用意しておいた指輪を取り出し、そっと薬指に通す。ちなみにダイヤモンド。ベタだけどそれしか思いつかなかった。それにこいつの意志の強さを表しているようだから、一目見て気に入ったという理由もある。

 薫はそれをまるで夢見がちな女性のように光にかざして、

「綺麗……」

 とつぶやく。今日のお前はずいぶんと女性らしいな、と頭の片隅でぼんやり思う。

「ありがとう、静。……ずっと、離れないからな」

 涙ぐみながら俺の体を抱き締めてくる。俺もそれに応え、背中に腕を回した。





 こうして一世一代のプロポーズの結果、めでたく俺と薫は結婚する事になった。
今回のは難産でした……。言わせたいセリフがたくさんあるのに、書くと羞恥心で筆が止まってしまう。

それでも書きました。静がプロポーズに至った理由にはそれなりのものがあり、最終的には彼も薫とずっと一緒にいたい、という思いをごまかさずに真っ向からぶつかった結果だと思います。

これ以上甘く? ……これが私の限界です。


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