15話:お仕事参観
大変お待たせいたしました。(平謝り)
感想全部読んでます。
けれど仕事が立て込んで、返事ができませんでした。(平謝り×2)
・・・どうか今後も気長にお付き合いください(平謝り×3)
家政婦の仕事は、日々の積み重ねが大事だ。
貴族が好んで使う銀食器は、放っておくと、すぐ酸化して黒くなってしまうし、活けられた花はこまめに水を換えないと長持ちしない。
普通の貴族に比べれば小さい屋敷でも、仕事は多く、その中でも、特に台所はかまどを使うため、すすや油で汚れる。
これらの汚れは、着いてすぐなら簡単に取れるが、時間がたつとこびりついてしまって、なかなか落ちない。
固まってしまった汚れを、後回しにすると、キレイにするのに、3倍は労力がかかるのだ。
つまり、何が言いたいかと言うと
「いきなり『オレについてこいっ!』と言われたって、できるわけがなかろう?」
ミアはレオを台所の床にビシッと正座させ、いかに家政婦の仕事が重要か、こんこんと説明する。
慣れない正座とミアの怒涛の説教に、レオの額から冷や汗がタラリと落ちた。
◆◆◆
いきなり何故、こんな状況になっているかというと。
レオの朝食後、ミアは台所で後片付けを始めた。
休日の翌日で、仕事がたまっているだろうと、覚悟をしていたのだが、はっきり言って、自分が休みを取る前よりキレイになっている。
さすがはロイ。今までたった一人で屋敷の仕事をこなしていた執事としての腕は、並ではない。
ロイの、その素晴らしい仕事ぶりには感嘆したが、ミアも家事には自信がある。負けてはいられない。
さっそく朝食の皿を洗い、使った鍋を磨く。
家事の中でも鍋磨きは重労働、体力勝負だ。おばあちゃんになったミアには、ちょっとツライ。
しかし後回しにすると、もっと大変になるので、頑張って早めに済ます。
それに水華石でも何でも、磨いたものが、だんだん綺麗になっていくのは、気持ちが良い。
タワシを使い、ていねいに時間をかけて、はっきり顔が写るまで磨いて、ようやくミアは満足した。
うむ、自分は家政婦として、着実に腕をあげている! このままいけば、いずれスーパー家政婦になれるだろう。
シャイランにいる革命軍の仲間が聞けば、ムチャクチャ怒りそうな事を考えながら、続いてフライパンを磨こうと、手を伸ばしたところで、
ダダダダダダダダダダダダッ――――――――
廊下をダッシュする軽い足音が聞こえてきた。
この屋敷には、ミアと、レオと、ロイしかいない。そしてこんな風に騒がしくやって来るのはレオだ。
ちなみにロイはレオと逆で、ミアに近づく時だけなぜか、足音と気配を消してやってくる。
ミアはおばあちゃんでも、中身は剣士なので、毎回ちゃんと気づけるのだが―――――― あれには何の意味があるのだろう?
ロイの腕が良いのは分かるが、何の仕事をしていたかまでは知らない。前の仕事の職業病だろうか?
ダダダダダダダダダダダダッ――――――――
とりあえず、そのままフライパン磨きを続けていると、足音はどんどん近付いて来た。
レオは朝食後、自室に戻り、出勤の準備をしていたはずだ。
いつもなら、そのまま城に向かうのだが、何かあったのだろうか。
ダダダダダダダダダダダダッ キキキーーーッ
「ババア! 城に行くぞ!!」
レオは走ってきて台所の前で急ブレーキをすると、ミアに大声で言う。
「・・・・ええっと、いってらっしゃい?」
別に宣言しなくても、レオが仕事で城に行くのは、毎日の事だ。
それを、わざわざミアに言うのは『お見送り』をしてほしいのだろうか。
今まで人手がないからと、貴族にありがちな「いってらっしゃいませ、旦那様」をしていなかったのだが、レオはしてほしかったのか?
昨日も思ったが、レオはさびしい思いをしているようだ。ここは、いってらっしゃいのキスでもして送り出すべきか。
「ちっ、ちっ、ちっ、違うっっっ! おまえも一緒に城に行くんだ!!」
ミアが頬に音を立ててキスをして、「いってらっしゃい」と言うと、レオはズザザザッと、音を立てて飛び下がった。
大声で文句を言うが、その顔は今まで見た中でも、一番赤い。キスした頬に手を当て台所の壁に張り付いている。
「なんでわしが城に? 昨日ツアーで一般人は、入城できんと聞いたぞ?」
照れているレオをからかいたいが、話が進まないので断念する。あぁもったいない。ロイにも見せたい。
「おれさまは、ちょーエライからな。付き人の一人くらい、何の問題もない」
レオは腰に手を当て胸を張り、自慢する。しかしその身体は、いまだ壁にはりついたままだ。
「じゃが何のために行くのじゃ? わしに従者はできんぞ?」
「別に何もする必要はない。ただオレの仕事ぶりを見て、いかにオレが偉くて素晴らしいご主人様か、知るだけで」
レオは、ミアに向かってニンマリ笑う。
なるほど。ようは自分の仕事場を、自慢したいのか。
「・・・・残念じゃが、わしには家で仕事がある」
正直、あの美しい城には、行ってみたいと思う。
ミアは、行った場所の攻略方法を考えるのが趣味なのだ。
わざわざ崖の上に建てられている事と言い、あの城は防犯に金をかけて作られている。それも魔法王国と名高いザンティアの最新技術。ぜひ見たい。
しかし、お金を貰って働いている以上、勤めをおろそかにするわけにはいかない。
「あぁ?そんなの、放っとけよ」
せっかくのお誘いを断られて、レオは不満そうだ。下を向いてブーブー文句を言う。
だから気付かない。レオの発言で、ミアの顔が強張ったのが。
――――――そんなの だと?
「別に家事なんか、一日二日さぼったって、変わんねーだろ?」
――――――家事なんか だと?
「そんなことより、せっかく、わざわざ、オレが普通なら一生、お目にかかれないもん見せてやるって言ってるんだ。黙ってついてくりゃいいんだよ」
――――――そんなことより だと?
「・・・・レオ。ちょっと、そこに座れ」
文句を言っていたレオだが、ミアの低い声で、顔を上げる。
そしてミアの、笑顔なのに笑っていない顔を見て、身を引いた。
しかし、もとから壁に張り付いていたので、それ以上後ろには下がれない。
「家事なんかとバカにするがな。おぬしは家事がどんな仕事か、知っておるのか?」
ミアは台所の床に正座し、対面するようにレオも座らせる。そして、こんこんと説教を始めた。
「おぬしが着ているその服を洗濯したのは誰じゃ? 今朝食べた朝食を作ったのは? 夕べ寝た布団はふかふかだったじゃろう? 部屋に常に綺麗な花が飾られているのは?」
レオは冷たい床に、足をモジモジさせる。しかしミアは逃がさない。これは重要なしつけだ。
今は幼くても、将来女性の仕事を、バカにするようになってはいけない。
「おぬしはあたりまえに思っておるかもしれんが、帰ってこれる暖かい家があるという事は、ありがたいことなのじゃぞ?」
ミアは安全で、安心な家のありがたさを、誰よりも知っている。
なんせミアがシャイランにいた時は、しょっちゅう魔女のドラゴンに、家を壊されていた。
その度に大工道具を片手に、自分たちで家を建て直していた。発言には重みがある。
「家を守ってくれる人がいるから、おぬしは何も考えず、仕事に集中できる。ましてやおぬしは、人様が働いたお金を税金としてもらって、生活できておるのじゃ。他人様の仕事を悪く言ってはいかん」
レオは下からそーっと見上げて、ミアの顔色を伺う。文句を言いたそうではあるが、賢明にも何も言わない。
「そうじゃな、雇い主に仕事の報告をするのは、大事なことじゃな。――――――――じっくり、しっかり、たっぷりと説明させて頂こう」
「――――――えぇっ」
ミアの仕事に対する、事細かな説明はえんえんと続く。
これが冒頭の『台所で正座にて説教』である。
◆◆◆
「わかったか? 仕事にはだんどりというものがある。なんでも自分の思いどうりになると思ったら、大間違いじゃ」
ミアの長い説教の後、ようやく正座を崩す事が許されて、レオは床にのびている。
まだ朝なのに、もう疲れきって、グッタリだ。
「わしにもやるべき事があるから、城には行けぬ。諦めよ」
「よいではありませんか。行かれてはどうですか?」
ミアの様子から説得は無理だと諦めたのだろう。しょんぼりしていたレオだが、援軍は意外なところからやって来た。庭で仕事をしているはずのロイだ。
ミアも説教の途中で、ロイが後ろに来ていたのは気づいていた。おそらくいつもの時刻になっても主人が出発しないので、様子を見に来たのだろう。
しかし何も口を出さなかったので、ミアの意見に賛成なのだと思っていたのだが。
「たしかに、めったにはない、せっかくの機会ですし、家政婦として主人の仕事を把握しておくのは、良い事です。屋内の仕事なら私が変わりますから、ぜひ行ってらして下さい」
「そーか、そーか。ありがとう、ロイ! 後は頼んだ。行くぞ、ババア!」
ロイの優しい言葉に、しょんぼりしていたレオは、一気に元気になる。
ミアの腕をつかみ、駆け出した。断られるのを恐れてか「ちょっと待て」と言っても聞かない。
あっという間に馬車に飛び乗ると、城に向かって走り出した。
従者がいないため、自分で馬の手綱を取るレオは上機嫌だ。後ろにいるミアのところまで、鼻歌が聞こえてくる。
その鼻歌を聞きながら、ミアはため息をついた。別にロイが仕事を代わってくれるなら、レオについて城に行くことに、文句はない。
ロイならミア以上に完璧に仕事をしてくれるだろう。
ただミアにも出かけるなら、準備が必要なのだ。
別に城に行くからといって、ドレスだ化粧だというわけではない。(第一ミアはそんなもの持っていない)
汚れたエプロンを取り替えて、今日の仕事内容をロイに引き継いで。
説教で時間がないのは分かっているが、せめて
―――――――――― 手に持ったフライパンとタワシは、置いていきたかった。
家事ってけっこう大事です。一人暮らしだと、そのめんどくささが身にしみます。
ましてや作中電化製品のないミアは重労働。
どんな仕事に対しても感謝の気持ちを忘れてはいけません。