〇〇一 桃園の誓い
~~~黄巾党 本部~~~
「馬元義よ、馬元義はおるか」
「おう、ここだ教祖様」
「ぬしに任務を与える。
洛陽の都に潜入し、協力者と連絡を取るのだ。
そして我の合図を受けたら、都を火の海にするのだ!」
「任せておけ教祖様!」
~~~涿郡 楼桑村~~~
「ふむふむ。これが噂に聞く黄巾賊さんの求人広告か。
ほんで隣に貼られとるのが、黄巾賊さんと戦う義勇軍の求人じゃな」
「ううむ。黄巾賊に……義勇軍か……」
「なんだいなんだい景気が悪いねえ。
往来の真ん中でため息なんてついちゃってさ」
「いや、物騒な世の中になったものだと思ってな。
わしにも平和のために何かできることはないものかのう」
「そんなの簡単さね。義勇軍に入ればいいんだよ。
大の男のくせにだらしないったらありゃしないね。
ため息なんかついてる暇があったらさっさとお国のために働きなさいよ」
「しかしわしは腕っ節も頭もたいしたことがない。
義勇軍に入ってもすぐにおっ死ぬのがオチじゃ。
……見れば、あんたはガタイもいいし腕も立ちそうじゃ。
あんたこそ義勇軍に入ったらどうじゃ?」
「言われなくてもアタイは昔、官軍にいたのさ。
張飛将軍って名前を聞いたことはないかい?
でもお役所仕事に嫌気がさして辞めちまったんだよ。
もう軍隊なんてまっぴらごめんだね」
「……………………」
「なんだいアンタは、いきなり割り込んできて。
……うん? よく見たら知ってる顔じゃないか。
そのヒゲ! その頭! その青龍刀!
官軍にいた頃に手配書が回ってきたよ。
アンタ、噂の関羽だね!
悪徳商人を殺してそこら中、逃げ回ってるって噂の豪傑の!」
「……………………」
「ち、ちょっと、何をするんだよ。アタイをどこにつれてく気だい。
離しなさいよアンタ!」
「お、おい。わしもつれていくのか?
わしはあんたとケンカする気はないぞ。おい、何をするんじゃ」
~~~義勇軍 官舎~~~
「おいおい関羽さんとやら。
どこにつれてくのかと思ったら、ここは義勇軍の受付じゃないか」
「何よアンタ。まさかアタイたちに義勇軍に入れって言うの?
いつから官軍の手先になったのよ」
「……………………」
「誰だ、官舎の前で騒いでいるのは」
「ゲ。鄒靖将軍だわ。嫌なヤツに見つかったわ」
「ほほう、これは珍しいお客さんだ。
張飛元将軍に、お尋ね者の関羽じゃないか。いったい何の用だ?」
「いや、何の用と聞かれても、
わしらはこの関羽さんとやらに無理矢理つれてこられただけでのう」
「鄒靖、何を油を売っておる! 黄巾賊が攻めてきたぞ!」
「おっと、仕事の時間だ。積もる話はまた後にしよう。
……それよりお前たち、せっかくここに来たんだ。
少し手を貸してくれないか」
「アタイたちはそんなつもりで来たわけじゃ――」
「そうか、故郷が黄巾賊に踏みにじられて、
火の海になってもいいと言うのか。
話はわかった。臆病者は早く逃げなさい。しっしっ」
「……わしは腕も頭もからっきしじゃが、
そこまで言われて、はいそうですかと逃げ出すわけにはいかんのう。
張飛さん、関羽さん、ここはいっちょ手を貸してくれんか」
「なんでそういう話になるのよ!
関羽、アンタまさかこういうことになるとわかってて、
つれてきたんじゃないでしょうね」
「……………………」
「なんとか言ったらどうなのよ!
もう、めんどくさいったらありゃしないわね。
やるわよ。やればいいんでしょ。
黄巾賊なんてアタイが踏んづけてやるわ!」
~~~楼桑村 近郊~~~
「がっはっはっ! この村も俺たち黄巾党のものだ!
殺せ殺せ! 略奪しろ!」
「ケケケーッ! 俺たちにかなう者なんていない! 皆殺しだ!」
「いたぞ張さん、関さん! あいつらが頭目じゃ。
あいつらさえ倒せば黄巾賊はひとたまりもないぞ。やっちまうんじゃ!」
「やっちまうんじゃって、アンタは何してるのよ。
アンタも戦いなさいよ。
だいたい張さんだなんて馴れ馴れしいじゃないのよ」
「じゃからわしは腕には自信がないと何度も言っておるじゃろ。
剣の一本も持ってきておらんしな。
任せたぞ、張さん! 関さん!」
「……………………」
「ま、待ちなさいよ。アンタ一人で突っ込む気なの?
官軍に任せてうしろにいれば……って。
ちょっと、もう、なんなのよこいつらは!
ひとの話を聞きなさいよね!」
「んん? なんだこいつは? 俺様と戦う気か?」
「……………………ッ!」
「ギャアーーーーーッ!!!!!」
「て、程遠志! ば、馬鹿な! 程遠志が一撃でやられた!?」
「関羽ーーッ! 待てって言ってるでしょ!
邪魔よアンタ!!」
「ギェーーーーッ!?」
「す、鄒靖。何なのだあいつらは?
黄巾賊の頭目を一撃で倒してしまったぞ!」
「聞いたことはありませんかな?
千人の官軍に囲まれながら、ただの一人も殺すことなく
悠々と逃げ延びた男・関羽。
一度の戦で808人の敵を殺した男・張飛の名を」
「あ、あいつらが、あの関羽と張飛だったのか……。
で、では、もう一人のあの耳の長い男は誰だ?」
「さあ? 誰ですかなあれは」
「すごいぞ張さん、関さん!
黄巾賊は散り散りになって逃げていったぞ!」
「ふん、あんな連中アタイの敵じゃないわよ。
それより関羽! アンタどういうつもりなのよ!」
「……………………」
「一言くらいしゃべんなさいよ!」
「まあまあ張さん。勝ったんじゃからいいじゃないか。
それよりほれ、ここらはいい桃の木がたくさん生えとる。
桃の木を見ながら、戦勝祝いに一杯どうじゃ」
「アンタは戦場に剣の一本も持って来てないくせに、
酒瓶はしっかり持ち歩いてるのね……」
「それにしても二人は強いのう。
二人が一緒にいてくれるなら、
わしも義勇軍に入ってもいいと思ってしまいそうじゃ」
「アタイはもう懲り懲りよ。
無口男に無能男と一緒になんて戦ってらんないわ。
鄒靖に褒美をもらったら、アンタたちとはお別れだからね」
「そうつれないことを言うなって。
こうして桃園で一緒に酒を飲んだ仲じゃないか。
わしらはもう兄弟も同然じゃ!」
「……………………」
「ほれ見い。関さんもうなずいてるぞ」
「誰が兄弟よ!
だいたいアタイはアンタの名前も聞いてないんだからね!」
「そうじゃったか? これはうっかりしとった。すまんすまん。
わしの名は劉備! いずれは皇帝になる男じゃ!」
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かくして劉備、関羽、張飛の三人は出会った。
彼ら三人が乱世を動かす存在になるとは、
このとき誰も予想だにしなかった……。
次回 〇〇二 北門の鬼