獣族の邪神セラカニ 其の二
北の大平原で勢力を伸ばしているフォンクランク国で政変が起き、王座がヴォーアス家からヴォイラス家に移ったという報せがカルツィオ中を駆け巡る今日この頃。
今日のお勤めを終え、日課となった『義務』を果たしてベッドにその身を横たえる青毛の獣人。今宵の義務の相手が恭しくお辞儀をして部屋を去り、しばしの静寂が訪れる。
「最近お盛んだな」
ひとときの安らぎをもたらせる静寂は、明朗な響きを持つ幼げな声によって破られた。獣人は、声の主である少女に抗議する。
「アユウカス……僕の境遇を分かっててよくそんな事が言えるね」
「ふふっ、今日は少し元気が残っているな」
「君が潜んでいたから、集中出来なかったんだ」
「それでも出すもん出してスッキリしたろ? 今夜はちょっとわたしの得物作りに付き合え」
天井の梁からひょいっとセラカニのベッドに下りて来たアユウカスは、そう言って金属のインゴットを袋から取り出した。
「まったく君は……」
カルツィオに邪神として召喚され、大国ノスセンテスに拾われてこの国の発展に従事させられているセラカニは、先日この古都パトルティアノーストに侵入していた白の盗賊、アユウカスと出会った。
出会って直ぐ、アユウカスがノスセンテスのエリート部隊である神仰騎士団に惨殺されるという衝撃的な別れ方をしたが、その後、彼女は何食わぬ顔で再び彼の前に現れた。
古の邪神の力をその身に継いでいるというアユウカスは、見た目は十二歳くらいの少女だが、その実2000年以上の時を生きて来た、不老不死の邪神モドキである。
あの出会いから数十日、アユウカスとセラカニは時折こうして顔を合わせては交流を重ねている。
潜伏中のアユウカスをセラカニが見つける事もあれば、こうしてアユウカスの方から会いに来る事もしばしばであった。
古都の修繕や改修も一段落した現在、セラカニには新たな義務として、夜伽を課せられていた。邪神の力を継承した子供を授かれないかと、国策でほぼ毎晩女性を宛がわれている。
それはもう色々なタイプの女性を。
「お前の力は便利だからな」
しかしアユウカス曰く、邪神の力を継いで生まれた者は、2100年生きて来た中で見た事は無いと言う。
「それを神議会の人達に教えてやってくれよ」
「ハッ! あやつら聞く耳持ちゃせんわ」
アユウカスは「ある意味優遇された環境なのだから、甘んじて受け入れておけ」とアドバイスしつつ、セラカニの邪神の力『イマジナリー・クラフト』に共鳴すると、持って来た金属で道具の制作に取り掛かった。
「……どうでもいいけど、僕の膝の上で作業するのはどうかと何時も思ってるんだけど」
「どうでもいいのなら別に構わんだろ、ここが一番集中出来るのだ。それとも重いのか?」
わたしは結構軽い方だぞ? と見上げながら問うアユウカスに、セラカニは若干視線を逸らしながら言葉を濁す。
「いやその……重くは無いんだけど、今の義務の性質上ちょっと……」
「んん?」
はてと小首を傾げたアユウカスは、道具の制作を止めた手をおもむろに伸ばす。
「何だこんなに硬くして、わたしとヤりたいのか?」
「ぶふぅっ!」
思いっきり咳き込んだセラカニは、慌てて弁解する。
「ち、違う違うっ! これはただの生理現象だよ!」
「要はわたしの尻の感触とか体温に反応したのだろう?」
「言い方が生々しい!」
「いつも食料調達に得物作りと協力してもらってるから、抱きたいなら別に構わないが?」
そう言ってスルリと衣を脱いで、半裸になるアユウカス。それを目にも止まらぬ早業で着せ直すセラカニ。
「ああもう! 僕を堕落の道に誘うのはやめてくれよっ」
「なーにをいまさら」
ケラケラと笑いながら道具制作の続きに戻るアユウカスに、セラカニは溜め息を吐いて項垂れた。
以前、巡回の兵士と話した事がある『白の盗賊の見せしめ処刑が取りやめになった理由』を思い出す。
抑止効果も無く、娯楽にもならないという理由により、白の盗賊は捕らえても秘密裏に処理される、というのが表向きの情報だが、真相は違った。
その昔、拷問と処刑の最中に再生して復活するアユウカスを見て、神の遣いと言い出す者が出て来たのだ。結果、地下でその信望者が増えていき、四大神信仰の欺瞞が明るみに出そうになった。
以後、なるべくアユウカスの存在は秘匿される事になった。その時期に追放された神技人達は、ガゼッタに亡命して無技の民に協力する神技人となったらしい。
そうして秘匿したが故に、一般の兵士はアユウカスの事を知らないので、簡単に騙されて逃がしてしまう。今回のような無垢な誘惑に乗せられたり、子供と侮って返り討ちにあったり――
「何を黄昏ている?」
「君という存在の意味を考えていたんだよ」
「ほう? それで、結論は?」
興味深そうに上目遣いで身を寄せて来るアユウカス。艶めかしい仕草で流し目視線を送りつつ、顎を突き出しての挑発。小さな唇の奥で、ピンク色の舌が誘うようにチロチロと蠢く。
「この小悪魔め!」
「わははっ、ではまたな!」
アユウカスの頭をわしゃわしゃするセラカニから逃げ出した彼女は、制作物を袋に詰めて天井の梁から去って行った。
「はぁ……」
居たら居たで騒がしいわ気忙しないわで疲れるのだが、居なくなると急に寂しい気もする。セラカニは、そんな自分の気持ちの正体を、何となく分かっていた。
恋煩いとかそういう類のものではない。邪神モドキとして何千年も生き、幾人もの邪神を見て来たアユウカスは、自分の本当の理解者とも言えるのだ。
(いっそ、彼女の住む場所で一緒に暮らせたら……)
そんな埒も無い事をボンヤリ思いながら就寝につくセラカニであった。