第二十五話 朗読劇とクラスメイト
今日は明らかに目があった。
(嬉しい)
間違いない。
目があった。
昨日は一瞬目がった合った気がしたけど、たまたまだったかもしれない。
でも今日は違う。
明らかに僕を見た。
たまたまじゃない。
今日は間違いなく見た。
(僕を見た!)
滑川さんの「嫌いじゃないと思うよ」という言葉が不意に浮かぶ。
嫌いじゃない・・・好きの可能性もある?
(いや期待するな。フラレタのは確実だ。でも嫌いじゃないならいいんだ。とにかく嬉しい!)
前髪の合間に見えたあの真っ直ぐで大きい意志の強い目が僕を捉えた。
(キュンってなった、漫画なら間違いなくキュンってなった)
今もドキドキしている。
本物だったんだ。
あのレイさんは、このレイさんなんだ。
双子とかじゃないんだ。
信じられない。
昼間と夜でまるで別人の人生を歩む女性を描く小説を父さんに借りて読んだことあるけど、まるであの主人公みたいだ。こんなにも人間って違うもんなんだ。
(ヤヴァイ、顔がニヤけている)
おさまれ、おさまれ。
目が合っただけとはいえ一週間ぶりにレイさんと交流らしい交流をした気がする。もっとか?
目があった瞬間、僕はまるで心臓を射抜かれたように感じた。
恋人同士がするように互いにしかわからない何かを交わした気がする。中学生の時にも経験した。でも今はあの時以上。全身の毛穴が開く感じ。
「何ニヤけてんの?」
(マキ・・・お前のタイミングの悪さときたら)
「別に」
「別にぃ」
「真似すんな」
「はは、で、何ニヤけてんの?」
「・・・文化祭の役さ、俺、結構いい役じゃない」
「あ、お前ずりーよなー!」
我ながらうまくかわした。
あながち嘘でもないし。
主人公とはいかないが、なかなかどうして。
「彼女がいる役だろ。相手はナガミネだっけ?アイツってヲタクだけど可愛いもんな」
「それ差別」
「差別じゃねーよ事実だろ」
「ヤスやミツだってそうだろ」
「でもイケメンじゃない」
「お互い様だろ」
「にしてもマツナガもエゲツナイよな」
(スルーか)
「なんで」
「最初から賛同してたヤツと浮動組、ましてや反対派を差別するなんて」
「それこそ差別じゃなくて区別だろ。いやむしろ大したもんじゃん。あれは政治家になれそうだよ」
「なんかお前さ、最近やたら女運よくないか?モテ期ってヤツか」
(またスルーかよ)
しかもそう言いながら「俺はリアル彼女がいるけど」的な空気を出しやがって。ま、マキなりに気を使ってくれているのだろうけど。
「フラれたのに?」
案外この”フラレタ”って称号いいな。
使いやすい。
「そう凹むなって、文化祭までの辛抱だ。例の・・・来るらしいよ」
(これが本題だったか。急に態度かえやがった)
「マジで」
「マジ、マジ」
「俺に一生頭があがんないな。ハッハッハ」
これさえなければ本当に良い奴なんだが。
それに勝ち誇るのも今のうちだ。
彼女が出来れば対等!いや僕にはレイさんがいるから対等以上!
フラレタけど、友達・・・じゃないけど・・・話し相手だ!
僕だけの秘密。
彼女の魅力をこの世界広しと言えでも僕だけが知っている。
それは大袈裟か。数少ない人間の一人とは言えるかも。
付き合えなくても、それだけでマキのドヤ顔が可愛いものに思える。
(どんな子だろう)
少しドキドキしてきた。
その子、俺のこと知っているのかな?
なんか知っている風な言い方してたけど。
その子と付き合ったらレイさんのこと忘れられるんだろうか。
彼女が出来ても友達・・・話し相手でいてくれるんだろうか。
(まさか、もう話したくないとか言わないよな・・・それはイヤだ)
女性の嫉妬は本当によくわからない。
中学の時だって未だになんでフラレタのか決定的な理由がわからない。
彼女は理由も言わず唐突に彼と一緒だった。
振られた、友達でもない、マーさんだ!じゃ意味がわからない。
でもそれって限りなく他人近い知人だよね。
だったら、僕が彼女できようが関係ないよね。
嫉妬とかって無いよね。
まさかレイさんて不思議ちゃん?ってやつかな。
さすがに古いか。
これまでと同じでいいって感じだった。
だったら彼女がいても、これまでと同じ関係を築けるよね。
あー、わからない。
誰かに相談したいけど、女子で親しい人っていったら・・・滑川さん。
でも滑川さんはマズイだろ。
正直 彼女とかそういう気分じゃない。
もう少し、いや、もっとレイさんと話していたい。
彼女の笑うところを見たい。
これじゃ相手にも失礼だよな・・・。
でもマキの言うように忘れられるのかもしれない。
とにかくこのままじゃ苦しい。
そうだ、進んだ方がいいんだ。
フラレタのはハッキリしている。
放課後は読み合わせがあった。
マツナガを中心とした芝居組の仕事は思った以上に速い。
(やっぱりマツナガって成功するタイプだよなー)
実際のところ時間がないのは間違いない。
執行員の話でも先生方から「今から間に合うの?」って突っ込まれたらしい。
どっこいマツナガには秘策があったようだ。どうりでプレゼンテーションの完成度がほかと違ったわけだ。
演目はオー・ヘンリーの賢者の贈り物。題材によっては却下される恐れがあったがコレなら間違いない。教科書にも出ているぐらいだし。
内容によっては途中で却下される。去年だったか、階段で落ちた時に男女が入れ替わる原作付の芝居が却下されていた。教育的に問題あるという理由。今どきあの程度の内容で何が問題があるのか意味がわからないが、ああいった性的な話題に対してこの学校は厳しい。それと暴力か。そのクラスは中途から演目を変更し稽古していた。
説明だと「賢者の贈り物」をアレンジして現代風に単語等を置き換えたようだ。何事も原作通りにやるべきと思っていた僕としては不満もあったが、マツナガの話だと最近は学校とは言え著作権関係が煩いからと敢えてのアレンジらしい。基本的な構造は一切変えず、よりエピドードを引き立てる為の挿話が組み込まれていると。読んでみると確かにオー・ヘンリーだけど現代風になっている。若干テンポが落ちている気もするけど。
確かに一ドル八十七セントと言われても感覚的にピンと来ない。名前やキーになるアイテムの懐中時計とべっ甲の櫛が現代日本に置き換えられていた。セリフ等はほぼ同じで、若干セリフ回しが違うだけ。年齢設定も全員高校生。なんだか不思議な感じで読み合わせをした。
(マツナガにこんな才能があったなんて)
原作では描かれていない主人公の対比として幾つかのカップルが出てくる点以外は丸っきり同じ。その一つのカップル役が僕だけど。ま、最も普通なカップルを標榜したらしい。原作通りにするとどうしてもギャップがあり過ぎるという。最もだ。
高校生に置き換えたのは出来るだけ過剰な演技をしないで済むように配慮したそうだ。これらを全部マツナガが一人でやったんだから凄い。ま、二徹したらしいが。今回の一件で、ヤツが小説家を目指していることを初めて知った。
(将来のこととか考えているんだ・・・)
どうりで素人の仕事じゃない。
あのクラス会議バトルですっかり火がついたようでお陰で皆が助かっている。普段から創作発動をしているらしいマツナガ一派のチームワームも完璧のようだ。その辺の事情通であるミツやヤスに聞いたけどジャンルが違うからよくわからない。全く意味がわからない。僕からしたら同じ穴のムジナに思えるんだけど。
普段は無口で何を考えているかわからないところがあったけど今はまるで別人だ。あんなリーダーシップがあったなんで皆が驚いている。担任も驚いていた。
(才能・・・か)
なるほど朗読劇はいい。
ある程度読まないとスラスラとはいかないようだけど、それでもセリフを暗記しなくてもいいのは大きい。ま、マツナガには最低自分の部分は暗記しといて欲しいって言われたけど。自分のセリフすらままならない。
ところがである。
滑川さんは台本を全て暗記してきた。たった二日で。彼女はこの話が好きだったからと言っていたけど、好きでも覚えられるかどうかは記憶力に由来する部分が大きいだろうから、さすがの才女。顔がいい、スタイルがいい。性格がいい、頭がいい、しかも金ももってるらしい。世の中は残酷だ。
(何が”天は二物を与えず”だ)
一つすら与えられない僕みたいなのはどうすればいいんだ。
今回の朗読劇は舞台装置もないので準備がほとんどいらない。衣装は全員学生服でいいので必要ない。内容は元がいいので、マツナガ曰く「どれくらい読み込むかにかかっている」ようだ。なかなかの謙虚さ。というか「後はお前ら次第だけどな」って投げている気もしないではないが。
僕の相方になったナガミネさんは可愛らしい人だ。
どちからというと人見知りでややアニメ声。ポッチャリと言ったら失礼だけど、敢えて言うならポッチャリ系。というか今の女子は痩せすぎている気がする。隣のクラスのアイザワさんなんて女子からは大人気だけどまるで棒人間だ。
その点、彼女はいい。
どちからというとタイプ。ヤスが言うにはヲタクらしいけど。腐女子だっけかな?聞いた時は驚いた。とてもそういうのが好きな風には見えなかった。今でもヤスの言う腐女子の意味がピンとこない。
(あんなに可愛いヲタクもいるんだ)
おっといけない。これは差別か。
例の抗争で”男娘喫茶”を熱烈に支持した一派に属していたのは知っているけど、てっきり友人に頼まれて仕方なくってパターンかと思っていた。まさか彼女が暗躍していたとは。一見するとそんな積極性はないように思えたけど人ってわからないものだ。
ミツの調査によると”男娘喫茶”の件で敗れた帰りには号泣していたらしい。あの一件のどこに号泣するポイントがあるのか。理解を超えている。人それぞれなのだろう。
マツナガに僕と彼女を選抜した理由を聞いたら「お似合い」だからだそうだ。(意外な人が見てるもんだな!)
彼は小説家というより政治家かベンチャー企業の社長とか将来やってそうだ。
僕も大人しいと見られていたわけね。
そういうことでしょ。
ま、否定はしない。
でも僕はアニメとか漫画は嗜む程度しか知らない。普段は見ないし。ヤスやミツに勧められた時だけ借りて読んだり観たりする程度だけどね。マツナガ君もまだまだ見る目が足りないようだ。確かに面白いとは思うけど。どうもあの簡素な線が好きじゃない。どうせ見るなら海外の映画を見るし、想像力を働かせるなら小説を読みたい。しかも海外の小説。
(そういえばヤスの話だと彼女は声優志願とか言っていたな)
声優志願のわりに人前では声が小さすぎる気がするけど。
マイクの前では人格が変わるのだろうか?
見るからに引っ込み思案っぽい。それとも僕のこと避けている?
彼女の声と喋り方は個人的にはツボなんだけど。
素の喋り方が一番良かった。
ミツとヤスの趣味が彼女とダブル気がしたので「どういう人?」って聞いてみたがわからないらしい。住む世界が違うと言われた。意味がわからん。
顔と声が一致しなかったけど、時折聞こえるアニメっぽい声はナガミネさんだったのかと今更知る。毎日同じ場所にい合わせているのに案外わからないものだ。九月になって今更知るってどんだけ視野狭いんだ自分。
僕はやるとなったらベストを尽くしたい。
放課後、毎日、グループごとに読み合わせをしているのだけど、どうもピンとこない。ナガミネさんと付き合っている感が出ないのだ。読みわせした結果は録音され学校のサーバーに置いてあるので帰ってから聞くんだけど、どうにも仰々しいというか、ぶっちゃけると・・・
「これ他人だろ!」
と、セルフツッコミをいれている。
下手なのはともかく、もう少し付き合っている感だけでも出したい。
数日してナガミネさんが曲者であることが直ぐにわかる。
付き合っている感を出したいからと、
「公演までもう少し話せないかな?」
と言った後からだ。
すっかり警戒されてしまった。
(ちげーし!そんなんじゃねーし!なんなんだよ)
伝家の宝刀”フラレタ”がマイナスに働いているくさい。
あれはどう見ても女に飢えている的に捉えられている感がある。
(人を見てものを言ってもらいたい)
そもそも”富高・賢者の贈り物”の話しているのにナンパするわけないでしょ。
「え・・・誘ってるの?」とか言われた。
(はぁぁぁぁ?)って感じだ。
「いや、そうじゃなくて、もう少し付き合っているような雰囲気を出したいんだ。その為にはもう少し打ち解けた方がいいでしょ?打ち解けるのは、お互いのこともう少し知ったほうが雰囲気として滲み出てくるじゃない?」と言ったのに、
「私のこと好きなの?」
(話を聞け!)
「んー・・・そういう話をしていないと思うんだけど・・・」
ま、確かに外見と声はタイプかもしれないけど、どうやら中身は違うようだ。
(そもそも飢えてねーし!)
滑川さんがこのやり取りを聞いていたようでフォローしてくれる。
「マっさんさっすが~真面目」
滑川さんはあの一件以後、二学期から僕のことを”マっさん”と呼んでくれる。凄い嬉しいんだけど男子生徒の嫉妬はマッハ。いつまで伝家の宝刀の効果があるか気が気じゃない。目線が時々刺さるが特にアイツが問題だ。数学のマドレーヌ。あからさまに攻撃をしてくる。僕が解けそうもない問題をわざと当てたり、「わかりません」と言うと「こんな問題もわからないのか」と露骨に嫌味なことを言う。あの温厚な滑川さんがマドレーヌのことを睨んでいた。
「えー・・・でも・・・なんか必死だし・・・」
(必死で悪いか。君はこのアリアリとした他人行儀の恋人役でいいのかよ。僕はイヤだ。君はそんなんで声優になりたいとかよー言えるね)
翌日には彼女が一層ぎこちなくなってしまった。
たった一言でこうも悪化するとは。
よかれと思ってのことなのに。
僕が目を見ただけでオドオドする始末。
(襲わないって・・・漫画の読みすぎじゃないの?)
ヤスがよくわからない冗談で、
「酷いことするんでしょ同人誌みたいに!」
というのだが意味不明だった。何か変な想像をしているんだろうか?
そういう時はミツだけが笑っている。
この日、マツナガから駄目だし。
「二人は普通のカップル役だから普通にやってもらえればいいんだけどな~」
(普通が一番難しいだろ!)
でも仰る通り。
マツナガからの勧めもあり居残り読み合わせは辛うじて受けて貰えたが、彼女は僕の一挙手一投足を見逃すまいとでも言わんばかりの緊張感が漂っていた。僕が「ちょっとトイレ」と立ち上がっただけでビクっとして椅子を引く始末。
(だから襲わないって!)
あの様子からすると男子と付き合ったことないんだろう。
まー僕も一人だから偉そうな事は言えないけど。
まともな男子は相手の意思を無視して蛮行には及ばないよ。
そればかりか僕は元カノと手をつなぐのに半年もかかったのに。
お陰で彼女に泣かれたよ。
「嫌われているかと思ったって」
全く女子というのはわからない。
自分なりに大切にしたらしたで「嫌われている」と言い、積極的に打って出て、手をちょっと冗談で絡ませただけで「エロ~い」って煽る。いい加減にしてくれ。加減がわからん。
それに比べて滑川さんの天使ぶりときたら。
困っている僕に気づいた彼女が「一緒にやろ」と誘ってくれた。
彼女は当然のヒロイン役、原作で言うところのデラ。
ジムはサイトウだ。
(滅びろ!)
男子の怨嗟の念がサイトウに届いているだろうか。
そうだ、その御蔭で僕の一件は霞んでいるのはあるな。その点は助かっている。爽やかな笑顔しやがって。僕はその毛はないけど確かにいい男だ。いかん。ヤスが「ウホッ」っていうのが聞こえてきそうだ。何が「ウホ」だ。ゴリラかお前は。全く。下手なこと言えたもんじゃない。想像の遊びは想像内でやってもらいたい。
レイさんが帰る。
全く何事もないように。
「さよなら」
思わず声をかけてしまう。
(あ・・・)
彼女は黙って教室を出た。
そんな僕を滑川さんが見ていた。
「マっさんは偉いね・・・本当に優しい」
(ちょ、待って、そんな可愛い顔で見つめないで照れる)
サイトウ、今この瞬間だけは俺の勝ちだ。
「誰でもいいんだ・・・」
ナガミネ!お前ってヤツはワザトだろ。
「だから違いますって!」
「なんで丁寧語」
(あ、ようやく笑った)
良かった。
滑川さんのお陰だ。
これで少しは話せそうだ。
彼女の漲る緊張感だけでも公演までにとれれば及第点かしれない。
「シカコってさ・・・ひょっとして美人じゃない?」
サイトウの言葉に僕はギョッとする。
「そう言えば彼女がどういう顔しているか見たこと無いかも・・・」
ナガミネが既に見えない彼女の背中を目線で追う。
「私も記憶にないかも」
滑川さんが申し訳なさそうにしている。
まてよ。
ということは、彼女はあの時に僕が一緒だったのがレイさんだということに気づいていなかったのか。
そうか。
良かった・・・・助かった。
頭の中では快活な笑顔でデラを演じるレイさんの姿が見えた。
彼女の声を皆が聞いたらどう思うだろう。
彼女の顔を見たらどう感じるだろう。
彼女は何を考えているんだろう。