第二十六話 二人だけの朗読劇
「なるほどね。何かあるだろうとな思ったけど、そういうことか」
僕は先生に洗いざらい話すことにした。
もう独りでは抱えきれない。
朗読劇の練習で毎日が楽しい。
その一方で胸の苦しさは増している。
文化祭で初対面する女性のことを考えると胸が踊る。
(どんな子なんだろう?)
その一方で胸が苦しい。
僕は楽しいのか嬉しいのか苦しいのか混乱してきた。
もう自分一人ではどうしていいかわからない。
テンションが異常に高いかと思えば、物凄く落ち込む。
クラスでの朗読劇の読み合わせは楽しくて仕方がない。
ナガミネさんとも最近では大分打ち解けた気がする。
彼女は時々「マキは攻めよね」とか意味不明な独り言を言い、「え?何それ」って聞くと顔を赤らめ「それはアレですよ」とハッキリと言わない。変態マスターに聞いたら「ま、当然でしょうね」とこれまたハッキリ言わない。僕にはショックが強すぎるらしい。十分理解しあってるじゃないか。
滑川さんは相変わらずの天使。ナガミネさんがここまで砕けたのは彼女のお陰だ。
ここ数日は寝ると夢の中でも朗読劇をやっている。
でもデラ役はレイさん。
皆が彼女の声を聞き、目を丸々とさせる。
彼女の熱演に、ある者は涙を浮かべ、別な者は歓喜の表情をする。
僕は舞台の袖で涙を浮かべながら彼女の顔を見る。
夢のようなひと時。
(いや、夢なんだけど)
そして僕の出番。
セリフが出てこない。
全員が僕を見る。
高まる緊張、唸る心臓。
でも出ない。
(うわああああああ)
ってところで目が醒める。
レイさんとの関係は、ま、関係というほどの関係は築けていないけど。
クラスメイトには秘密にしておきたい。
大切な人。
大切な時間。
それが彼女の望みでもあるし。
マキにはいずれ言うつもりだけど、如何せんヤツは口が軽い。
でも正直いって彼女が何を考えているのか全くわからない。
女心がさっぱりわからない。
相談したいけどいつもの連中というわけにはいかない。
何せ女心だ。
女子に聞きたいけど、滑川さんやナガミネさんに女心を聞くわけにもいかない。
女性の口の軽さときたら元カノの時に散々な目にあった。
滑川さんは別だと思うけど、やっぱり躊躇ってしまう。
両親になんて冗談じゃないし。
近くて遠い、それでいて信頼できる人。
オジサンは両親に話す可能性がないではないし。
先生しか浮かばなかった。
「で、君はどうしたいの?」
「どうしたい・・・彼女と話したいです」
「話せばいいじゃない」
やっぱり興味なさそうだ。
面倒臭そうに見える。
先生はほんと芸術に纏わる話にしか反応しない。
「彼女が学校ではやめて欲しいって」
「じゃあ、外で話せばいいじゃない」
「でも、彼女の家は電話もないし」
「メモかなんか手渡して待ち合わせればいいじゃない。そもそも自宅知ってるんでしょ?」
「はい」
「なんで行かないの?」
「いや、女子の、しかも一人暮らしの所に彼氏でもない人間がいったらいけなかと」
「彼女がそう言ったの?」
「え」
「君の言うことはさ、全部 想像でしょ」
「でも・・・」
「まー聞いてよ。話を伺った感じだと多分その子はハッキリと言うでしょ」
「言います」
「でしょ。だったら行った上で来るなって言われたやめればイイじゃない」
「ええー・・・でも」
「やりもしないで頭の中でどんなに餅つき大会を繰り広げても食べられないよ。前から思っていたけど君に欠けているのは行動力だよ。考えるのもいいけど、考えって、行動する前の状態だよね」
「あ・・・はい、そうなんですか」
「そうでしょ。行動する為に考えるんでしょ。裏を返せば行動していない状態とも言える。停止だよ」
「そうなんです・・・ね」
「君は行動していい段階に入っている。君のことだから充分考えたと思うよ。なのに動いていない。動かないから苦しい。そりゃ~苦しいよ。自分を無視しているんだから。体は動きたくてしょうがいない。行動する為に考えたのに、していなんだからね」
「そうか・・・」
「ほら、また考える。人間ってそんなに賢くないよ。君が人間の知性にどれほど期待しているか知らないけど、大したもんじゃないよ。そもそも君が彼女と話したいって動機は何?」
「ど、動機ですか?え、動機?・・・動機?」
「ほら、話しかけたいにも色々あるでしょ。まぁ、もう高校生だ。ハッキリ言うけど、彼女とヤリタイの?」
「え!・・・えー?・・・」
この先生はストレートに聞く。
目つきは段々鋭くなっている。
きっと面倒くさくなってるんだ。
先生は回りくどいのが嫌いだ。
「ヤリたくない?」
「好きです。実は・・・」
もう全部 言っちゃえ。
「二回告白してフラれました・・・」
この先生に隠し事は不可能だ。
僕としては思い切った告白だったが先生の顔色は全く平然としていた。
「僕は正直なところ君が何を悩んでいるのかわからないね」
「え」
「好きなんでしょ?」
「はい。でもフラレたので・・・」
「それは彼女にはなれないってことでしょ?」
「え、ええ、でも」
「君の話からでしか言えないけど、彼女は・・・えっと誰さんだっけ?まあいいや。彼女にはなれないって言ったんでしょ。そのままの意味でしょきっと」
「でも、友達でもないって」
「でも、なんとかって言ったじゃない。ほら」
「・・・マーさん?」
「それ!それでわからない?」
「え?」
「特別な人ってことでしょ」
「でも・・・」
「人間ってね、奥底は単純だけど表層に出てくる部分っていうのは複雑なんだよ。色々と垢がこびりついているからね。僕は単純だけど。相性で呼ぶってことは彼女にはなれないけど君のことは慕っているってことでしょ。もし君のことを相手にしていなくて、どうでもよければわざわざその・・・なんとかさんって言わなでしょ」
(先生・・・マーさんです)
「そうなんでしょうか・・・」
「そうでしょ。気づかないと!」
イラっとしてる。
怖い。
でも・・・。
「友達でもないって・・・」
「あのね。どうでもいい通りすがりの人って気にならないでしょ。しかも・・なんだっけ?」
「マー・・・さん」
「でしょ。その呼び方には悪意がないよね」
あ・・・確かに。
「じゃ、まさか、彼女は僕のこと・・・」
「好きとは言わないよ」
(あれま)
「そう短絡的にならないで。でも好きか嫌いかで言えば好きでしょ当然」
「え!」
「そりゃそうでしょ。君の話からでしかないから実際はわからないけど、客観的に聞いて少ならからずの好意は抱いているでしょ。ましてや話す程度の好意は。事情があって彼女や友人といった関係性にはなれないと思っている。彼氏がいるとかさ他にも色々あるでしょ。ただそれだけだよ。話せばいいじゃない。そして君が望むならモノにすればいいじゃない」
「モノにって!・・・先生、僕はそんな気は・・・」
「そんな気って?」
怖い怖い怖い。
「え・・・その」
「君の年齢でヤリたくないとしたらそれはそれで大問題だよ。そうなると話は変わってくる。病院に行って精子がちゃんと生きているか確認した方がいいよ。で、どうなの?彼女とヤリタイの、ヤリたくないの?僕は嘘つきと見栄っ張りが大嫌いなんだけどね」
怖い。
怖い。
怖い怖い怖い。
僕は声が出なかった。
「まーいい。ハッキリ言っておくと”書”をやる上でも精力は欠かせないよ。英雄色を好むって言葉があるでしょ。ピカソだってゴッホだってそうでしょ。”書”に限らずね、何かに情熱を注ぐっていうのは文字通り精力だよ。もし君がそんな美人を前に、その年令で一切ヤリたくないんだとしたら・・・体に異常があるってことだから。病院へ言った方がいい。今、治しておかないと出来る仕事も何であれたかがしれているってことになるよ。僕としても大事だ。僕は僕なりに君の作家としての将来のビジョンを見ているんだから。これから君はもっと大きな作品を書いてもらいたいと思っている。場合によっては親御さんを呼び出して精子の数を検査してもらわないといけないかもね」
「いや先生それは大丈夫です・・・それは結構です」
「そうかい?ならヤリたいんだね。ヤレるんだね。ならいいんだけど」
「あの・・・はい」
あーもう僕は何を言っているんだ。
でも、ヤリたくないかって言われたらヤリたいに決まってる。
だからといって、でも、ああ、頭が混乱してきた。
あー僕はどうなってるんだ。どうしたいんだ。
「なんだ驚かさないでよ。今の若者は精子の数も減ってるって言うし、死んでいる精子も多いっていうじゃない?心配したよ。本当に大丈夫?病院で一度見てもらった方がいいんじゃない」
「大丈夫です!あ・・はい、すいません」
「なら簡単でしょ。話したいなら話しかける。会いたいなら会いに行く。止めてと言われれば止める。単純だよ。君は考えすぎ。考えて動けばいいけど、君は割りとなんでも考えるだけ考えて動かないよね。頭の中だけでは何も起きないよ」
もうついでだ!全部聞こう。
「じゃあ・・・マキが、あ、マキとはまだ友達なんですけど」
そもそもこの書道塾を紹介したのはマキだ。
「おーマキくん元気かい?」
「はい、相変わらずです」
「だろうね」
「彼女を紹介してくれるっていうんですけど、断った方がいいですよね」
「なんで?」
眉をひそめた。
(え?)
「え、なんでって、心が残っているのに相手に失礼では・・・」
「君ね~・・・」
ヤヴァイ、ヤヴァイ、ヤヴァイ。
イライラしている。
あの先生をイライラさせている。
あの温厚な先生がこんな顔するなんて。
「フラレタんでしょ」
「あ、はい」
「いいじゃない」
「え?」
「彼女がいて、好きな話し相手がいて、何が悪いの?不義理はダメだよ。彼女がいるのに他の子と貫通しているようでは」
貫通って・・・・。
「相手に失礼かなって・・・」
「付き合ってないんでしょ?君の年齢でそんなこと考えるのは毒だよ。いいじゃない。マキくんに紹介された子が気に入ったら付き合えば。彼女が出来て、でもその子のことをどうしても忘れられなくて、その結果として分かれることに仮になったとしても、その時、君がその子のこと気に入ったのは事実なんだから。それは計算じゃないでしょ?結果でしょ」
「でも、初めからその可能性があるのなら避けた方が・・・」
「現代病だよ」
「現代病?」
「そう。頭で考えて、先を想定して回避しているつもりでいる。単なる自己満足。それこそ逃げだよ。どんな天才だって一寸先すら正確に予測は出来ないんだから。今ある自らの心の声にそって行動するのが人間なんじゃないの?僕はそう思うけどね」
「そうなんですか・・・・」
でも、それが人間の英知じゃないんですか?
それが人間だからこそなんじゃないですか?
欲のままに生きたらチンパンジーと大差ないじゃないんですか?
僕には怖くて聞けなかった。
「先は誰にもわからないよ。場合によっては、その、なんとかさんって子と付き合うことになるってこともあるでしょう」
(まさか?レイさんと)
「そんな可能性あるんでしょうか・・・」
「あるでしょ、少なからず好意はあるんだから。君の努力次第だよ」
うそー、僕には可能性が一ミリも感じられない。
先生は今の話のどこにそんな可能性を見出したんだろう。
聞きたい、全部聞きたい。
でもこれ以上は駄目だ。
怖くて聞けない。
「計算してそういうことをするならロクな人間じゃないだろうけど、違うわけでしょ。気にいって付き合うならいいじゃない。人間なんだから。案外あっさり忘れるかもしれないよ」
そうなんだ。その可能性は本当にあると思う。
だから苦しいんだ。
そんなんでいいのか、その程度だったのかと。
「それはそれでいいじゃない。あのね、人間ってそんなに頭で計算した通りにはいかないよ。いってると思ったらその時点で見えていない証拠。何より頭が納得しても行動しない限り心が納得していない。心を納得させるには行動して結果を受け取るしかない。それが仮に考えた通りの結果だとしても、何もしないより得るものがあるんだよ」
(そうか)
突然、目の前が開けた気がした。
いいんだ。
そうだ。
「エエかっこしいは毒だよ」
「え?」
僕は胃の辺りが締め付けられる感触をえた。
「君はね。間違いを犯したくないんだよ。どうにかしてイイ格好を見せたいからだ。人間って本音のままに生きたらカッコ悪いもんだよ。アレだって決して美しくはないでしょ。そのものは野獣の行為だよね。でも、そこに精神的燃焼、愛があるから美しくなるんじゃないかな」
最後の部分は僕には何を言っているのかさっぱりわからなかった。
でも、何か肝心なものを聞いた気がした。
(僕はエエカッコしいじゃないと思うんだけど・・・)
「何かしら得心したみたいだね。じゃ書こうか。さっきから手がお留守だ。”書”もね、頭の中で幾らかいても上達しないから。手を動かさないと。でも手の運動で終わっても困るんだけどさ、まずは動かさいと」
「あ、はい」
先生ってほんと変わらないなぁ。
いつもの穏やかな先生に戻っている。
帰り際、幼稚園の前にいる自分がいる。
ここから見えるあの窓。
あそこが彼女の部屋だ。
一歩進める前に無意識に息を呑む。
そういえばこの前の台風の時もココには来なかった。
読み合わせをしていた。
あの日も彼女は黄色いレイコートを着て来た。
あんな日ですら彼女は行くんだ。
何のために。
誰の為に。
辛くないのか。
「よし・・・」
僕は戸を叩く。
正直 躊躇した。
心臓がドキドキする。
やっぱりいけないことをしている気がして。
(嫌われたらどうしよう)
そうした考えが鎌首をもたげる。
恐れている自分がいる。
「エエカッコしい」
(僕は違う。そんなつもりじゃない)
「出てくれ」と思う一方で
「留守でいて」と思う自分もいる。
ノックするだけなのに手が震えている。
音がしない。
「留守なんだ良かった」そう思う自分がすぐ顔を出す。
帰ろう。
今日はこれが限界だ。
体中がガチガチだ。
後ろで音がした。
「あれ、マーさん?」
心臓が飛び上がる。
「あ・・・いたんだ」
レイさん。
紛れも無いレイさん。
「うん、だって家だし。ちょっと待ってて」
まるっきり何気ない。
さっきまで会っていたかのような自然さ。
心臓が波打っている。
史上最大のビッグウェーブ。
落ち着け、落ち着け。
口から飛び出しそうだ。
深呼吸だ。
「どうしたの?公園いこっか」
夏休みの時とほとんど同じ格好だけど上が違う。
色あせたピンクのTシャツを来ている。
原型を留めないプリント。
あーレイさん。
(ワーイ)
本当に学校とはまるで別人。
「う、うん」
黙って公園へ向かう。
声が出ない。
言葉が浮かばない。
「何かあった?」
可愛い。
微笑んでいる。
でも、眼の奥が不安そうだ。
その不安はなんだろう?
なんか泣きそうだ。
「あの・・・」
「なに?」
(考えてなかった・・・)
しまった。
何も考えていない。
どうしよう。
話題がない。
「ん?学校で何かあった」
学校・・・そうだ。
「・・・サイトウって、クラスにいるでしょ」
「いる・・・んだ」
「あのさ、ほら、イケメンの・・・背の高い、前よりにいる」
「んー・・・あー彼ね」
やっぱりレイさんから見てもイケメンなんだ・・。
ガックリする自分がいる。
「彼がどうかした?」
「この前さ、君のこと”ひょっとして美人じゃない?”って言っていたよ」
「ひょっとしてね」
笑っている。
なんて爽やかな笑顔なんだ、そして綺麗だ。
「でも凄くない?」
「凄いの?」
「だって僕だって顔が見えなかったのに」
「目ざといだけじゃないのかな」
「そう・・・なんだ」
「それが言いたくて来たの?」
う・・・・。
違う。
そうじゃない。
でも、何を話したらいいか。
夏休みの時は何を話したんだ?
どうしてあんなに話せたんだ。
「どうしたの本当に。私のことで・・・何か言われた?」
「あの・・・その話の後さ、二人が、あ、ナガミネさんとナメカワさんなんだけど」
「うん」
「そういえば顔を見たこと無いって」
あー・・・この話題はマズかった。
完全にアウトだ。
「それは見せないようにしているからね」
え、まるで動じない。
「あの・・・」
僕は何か言っていけないことを言いそうになったと思う。
瞬間的に先生の言葉が思い出され言葉をのんだ。
「人はそれぞれ踏み込んではいけない領域がある」
先生はそう言っていた。
これは踏み込んではいけない気がする。
「どうしてクラスの皆と仲良くしないの?」
そう聞きそうになった。
これは余計なお世話なんだ。
何も知らずに、踏み込んではいけない領域に思えた。
「あのさ・・・今度文化祭でクラスで朗読劇をやるじゃない」
「そうみたいね」
「僕の相手がナガミネさんなんだけど」
「ナガミネさん?えーっと・・・メガネの可愛らしい感じの」
「そう!」
「はいはい」
「なかなか難しい子で、読み合わせがあんまり出来ないんだ。家で一人で読み込んではいるんだけど、相手がいないと勝手が掴めなくて・・・」
そうだ。
この話題はいい。
実際そうだし。
「それで?」
「出来れば、僕の相手役の所を読んでくれないかなって」
「彼女にお願いすればいいじゃない」
”彼女” この響きに胸に痛いものを感じる。
「え?誰のこと」
「滑川さん」
「え、なんで?」
「仲良さそうじゃない。彼女だったら受けてくれそうだけど」
「そうなんだけど、ほら、彼女はデラ役で大変だから、悪いかなって」
「なるほどね」
彼女は名乗りでてくれていた。
一緒にやろうと。
僕は彼女に悪いかと思ってそれを断っていた。
何せヒロイン役はセリフが多い。
しかも、舞台の要だ。僕の相手している場合じゃないだろう。
サイトウと仲良くするのはムカムカするけど劇の完成度上それは避けられない。
「ダメかな?」
「いいよ暇だし」
即答。
なんのタメもない。
一人悶々とした日々はなんだったのか。
「オー・ヘンリーの賢者の贈り物なんんでしょ、私これ凄い好きなんだ」
「え!君も!・・・レイ、さんも好きなんだ」
どさくさに紛れて言ってしまう。
どうも間があくと照れくさくていけない。
「マーさんも好きなの?」
(キター!マーさん頂きました!)
全身の毛が逆立つような感動が駆け巡る。
「うん、凄いいい話だよね。もう踊りだしたいぐらい」
レイさん、踊りだしたいって意外。
「どんな踊り?」
「わかんないけど、こんな感じ」
そう言って少し手足を動かす。
ヤヴァイ可愛い!
「あははは。でも気持ちわかる」
夢の様な時間が流れた。
これは夢じゃない。
想像でもない。
現実なんだ。
乾ききった大地にスコールが降り注ぐような。
大地に水分が満たされるような気持ちになる。
(あー・・・嬉しくて泣きそうだ。先生ありがとうございます)
彼女は僕の想像を遥かに超えていた。
あの涼やかな声で、美しいしらべで、まるで女優のように演じた。
朗読劇なのに、身振り手振りをつけ、凄い臨場感で。
初めて読んだとは思えないほどのクオリティ。
鳥肌が立った。
彼女の才能に驚いた。
「そんなに緊張しないで。遊びなんだから」
僕は何時しか彼女に導かれ本当に恋人のような気分に浸っていた。
固さはとれ言葉が自然に出てくる。
「いいじゃない」
「ありがとう!なんか自信でてきた」
僕はいつしかまたあの感覚に満たされていた。
「やっぱり・・・
やっぱり、付き合ってもらいないかな!」
彼女は驚いた風もなく、でも少し俯くと言った。
「御免ね」
穏やかな表情。
優しい声。
僕の思いをきちんと受け止めた上で言っている。
人をフルのにこんな穏やかな表情出来るんだなぁ。
三度目の玉砕。
三度目の正直。
二度あることは三度ある。
最後のチャンス。
頭の中をそんな言葉が舞う。
「こういうことならいつでも付き合うからさ」
「うん・・・」
「ちょっと、落ち込まないの、男の子なんだから!」
そう言って背中をポンと叩く。
泣きそうだ。
フラれたのが悲しくてじゃない。
ただ泣きそうだ。
「・・・男の子と言えばさ」
「なに?」
僕らはとりとめないの話をした。
彼女は笑い。
僕も笑い。
日が暮れる。
あの日みたいに。
「じゃあね」
彼女は帰っていく。
振り返ることもない。
僕は彼女の背中を見続ける。
惜しむように。
無性に涙がこみ上げ、公園の水道で顔を洗い、しばらくベンチに座っていた。
フラレタから泣いているんじゃない。
別れが悲しいんだ。
(忘れよう)
三度目の正直。
それでダメなんだから終いだ。
ふと、文化祭を期に彼女のことは一旦忘れようと思った。
でないとやっぱり相手に悪い。
紹介してくれる人にも。
こんなにも胸が苦しいなんて。
元カノとの比じゃない。
まるで胸の内側から肉体を食い破られているようだ。
付き合ってもいないのに。
付き合った人との別れよりも辛いなんて。
(さようならレイさん・・・ありがとう)
また涙が出てきた。
情けないなぁ、もう。
僕は彼女から離れる気持ちを固めた。