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黄色いレインコート麗子  作者: ジュゲ
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第二十四話 文化祭準備

 文化祭はクラスを二分する戦争状態にした。


 僕の学校では成績の上下の差は広い。

 三学年になれば栄進クラスと一般クラスに別れるが、一年は必修だけど二年から文化祭を始めとした行事も勉強や大会出場を理由に不参加にすることは出来る。ま、内申書の関係で参加率は高いけど。

 僕は体育祭はパスしたかった。

 父さんが言うには、

「ある程度の運動能力があり協調性を見る上では数少ない体育系のイベントは重要だぞ。会社でも体育会系だというだけで最低限の保証みたいに見られることは多い。父さんも入社したての頃は何の意味があるんだと上司を見て思ったけど、なるほどと実感するよ。頭が回り口が達者で身勝手な屁理屈ばかりの人間より、素直で協調的な体育系の方が仕事は伸びることが多いからな。勿論、体育会系の人間が全員そうとは言えないけどね」と言われた。

 要約すると「体育祭には出ろ」ということだろう。

 父さんは自分の答えが決まっている時ほど話が回りくどい時がある。

 母さんともこれでよく揉める。

 こういう時の父さんは交渉の余地がない。

 あー出たくない。


 メイド喫茶はいとも簡単に却下され、諦めきれないクラス委員はその場のお思いつきと勢いで「男娘喫茶」を提案すると、驚いたことに「それなら可」と仮で認可される。ただし別なクラスからも出ているようで被っていたらしい。うちの学校では売店系の被りは禁止。結構ダブってる気がするが。

(にしても、お前らのセンスどうなってるんだよ)

 企画書を出し直し優れた方を選ぶ出直し選挙となる。

 ここでクラス委員は何故か火がつく。

(面倒くさいタイプなんだろうか)

 クラス会で議題に上げ、「あの三組には負けられない」とおかしなテンションになっていく。男達のメイド喫茶案をあれほど拒否していた女子達が逆襲とばかりに「それはいいね」と悪乗りし出す。

(自分に火の粉が降りかからなければそれでいいのか?)

 全く何がいいんだ。

 女性というのは本当によくわからない。

 そんな中であっても滑川さんは悪ノリしない。さすがである。

 次第に「男娘喫茶」という僕からしたら単なる「女装喫茶」の勢力が強まる。

 後にわかったことだが、密偵ヤスの話によるとその影に腐女子達の布教が一枚噛んでいたらしい。最初この腐女子という意味がわからなかった。ヤスの解説によると、「女として腐っている嗜好を持ち合わせている」人を指すらしい。そもそもこの言葉の意味するものがわからない。自覚しているのかしていないのか。開き直りだろうか。先生流に言いかえると「自己肯定であるようでいて負債の念がある単なる逃げ」なのだろうか。先生なら「好きは好きで単に認めればいいだけ」ということだろう、多分。そして更に意味がわからないのは、ヤスやミツにとっては天敵らしいということ。同じようなもんだろうに。近親憎悪ってやつだろうか。そもそも「男娘喫茶」とはなんだ?単なる「女装喫茶」ってことでしょ。


 クラス会議は大荒れにあれた。


 積極的肯定組。

 悪乗り肯定組。

 断固反対組。

 潜在的文化祭ガチ派による反対組。ちなみに僕はこれだ。

 そして浮動組。この層が一番多い。


 対案が出されたが結局まとまらず後日 改めて投票することになった。

 現行の支持層から代表を出し、それぞれが改めて三日後にプレゼンテーションする富工名物(?)プレゼンバトルが行われる。うちの学校では意見が別れた場合は後日プレゼンテーションを行い四分の三が可決するまで繰り返し行われる。ちなみに決まらない場合は「不参加」もしくは「拒否」という形でまとめられるという決まりがある。五日後が提出期限。


一.男娘喫茶

二.芝居

三.縁日

四.ホラーハウス(お化け屋敷と同じじゃないか。既に出ている)

五.文化祭不参加(レイさん含め三人。レイさん・・・)

 

 あのまま仮にメイド喫茶になったとしてもレイさんがメイド姿になることは絶対にないのだ。恐らくなんであれ彼女は不参加なのだろう。レイさんなら少年役もいけそうだが。さぞや美少年だろう。僕は迂闊にも彼女のメイド姿を想像してしまい二、三日大変だった。


 全体の勢力としてはこうだ。

 クラス委員の一部と悪乗り男子と悪乗り女子が「男娘喫茶」を支持。

 これに業を煮やした潜在的文化祭ガチ組が「高校の大切な思い出なんだから」と対案として「芝居」を出した。

 まー一ヶ月をきっているのに「芝居」ってそもそも無理がある。実際そこを突っ込まれていた。

 文化祭をガチでやりたい組は夏休み前に出し物を決定し夏休み中に準備するものだ。自主映画や芝居、研究発表といった準備機関を要する出し物のクラスはそうしている。

 富高は生徒への自主性尊重を売りにしているので自由度はかなり高い。僕の気に入っているところであり、これが理由でココに入った。校長がアメリカ被れなのか、そういう校則なのかわからないけど。我校では試験組と面接組がいる。特技試験と言えばいいか。何か得意な能力が評価されれば合格になる。僕は試験組だ。入学希望者は多いので試験は僕にとってはそれなりのハードルだった。公的にアルバイトも認められている高校は結構ない。それでいて進学率もそう悪くないのだ。人気のわけである。

 文化祭は必ずしも参加必須じゃない。出し物も九月第一週金曜日までに決まっていればよく、その時点で決まってなければ自動的にクラスごと「不参加」になる。去年は一クラスが不参加だった。内申書に影響を与える為ほとんどの生徒は否が応でも参加する方向になるけど喫茶店や縁日といったラインで妥協したり、ガチ組に丸投げで何もしない生徒も少なくはない。


 僕の感触からすると対案である「芝居」は真面目に文化祭を楽しみたいと内心思っていた層から支持を得た。本音を言えば僕も「芝居」と聞いた瞬間に出来るかどうかは別にして支持すると決めた。縁日や普通の喫茶店は弱い。不参加は少ないのでクラス不参加にはなりそうもない。事実上の「男娘喫茶」VS「芝居」のガチバトルだろう。残すは浮動票がどう動くかである。

 マキは「男はいらんが芝居なんて面倒くさい」で浮動組。ヤスとミツは絶対に「男娘喫茶」だろうと思ったが浮動票になっている。普段からホモがどうとかユリがどうのとか言っていたのに価値観が全くわからない。

(メイド喫茶を熱烈に支持していた癖になんなんだ)

 彼ら曰く、「似合う男子がほとんどいない」だそうで、的を得ているんだがいないんだか。

 僕は「芝居」を支持する。中学生の時、出し物で「芝居」をやり、あの時の一体感が、クラスの雰囲気が凄く好きだった。

 僕はガチではないけど文化祭は楽しみたい派だ。そもそも芝居といっても全員が出演者になるわけでもないだろうし。僕は「木」の役でも構わない。それならそれで楽だし。

 僕らは放課後マードックへ寄り作戦会議。

「三人はどうするの?」

「マーちゃんならちょっと似合うかも」

「何が?」

「オトコノコ」

「冗談でしょ。女装なんてイヤだよ」

「違うよ。男の娘だよ」

「女装でしょ」

「そうじゃなくて”男の娘”って書いてあったでしょ」

「だから女装だよね」

「うーん・・・一般ピーポーには難しいんですかね師匠」

「我々の世界とはそんものです。男の娘は女装とは違うんです」

「いやいやいや女装でょ」

 ついムキになった。

 変態マスターのミツが非常に冷静な顔で、ウチのクラスで「男娘」を名乗れる数人を上げ、何故似合うかを説明した。

 僕は迂闊にもミツがなぜ「男娘喫茶」に反対するか聞いてしまった。好奇心とは時として残酷である。

「提案した彼らは恐らくアメリカのコメディ映画のようなイメージで”男娘喫茶”を提案したのかもしれないけど、アレと”男娘喫茶”とはまるで違う。”男娘喫茶”を謳う以上は準拠してもらわないと困る。アレは汚い。男娘は綺麗なんだ。萌なんだ。彼らの言ってるのは”男装喫茶”であって断じて”男娘喫茶”ではない!」

 ヤスの拍手。スマホで彼女とチャットしているマキ。ミツはまるで論文でもそらんじるかのようにのべ、熱弁を振るった。普段は一行以上喋らないのにミツにこんな部分があるとは。知ってたけど。

 一般人の僕からすると違いがわからないけど汚いより綺麗な方がいいのは納得した。いずれにせよ僕らの意見は不思議と一致をみる。

「最高のクランだ!」

 妙な感慨をもってヤスの言う第五十五回マイサン会議は終了。

 そんなにやった記憶はないんだけど。

 僕らは「芝居」支持派に決まる。

 こういうのを組織票というのだろうか?

 マキは終始興味ないようだ。

 アイツときたら興味のあるなしの振れ幅が解り易い。

 にしてもゲーム内のグループ名である”マイサン”を公の場で出すのは止めてもらいたい。そもそも、そのクラン名は認めてないし。ま、二人の発言にいちいち突っ込んでも仕方がないけど。


 各々の働きかけの結果、僕らのクラスは芝居組が最提案した「朗読劇」に決まった。なるほどガチ組も考えたものだ。前回突っ込まれたに3週間程度で「芝居」は無理だと考えたようだ。

 父さんが芝居やクラシックが好きでたまに連れて行ってもらうけど、朗読劇にも行ったことがある。

 あの時は確か着替えがなく、手に本を持ち、スポットライトの下でセリフを朗読するといったものだったような。座っていたかな?立っていたのもあったな。その辺は色々ってことか。これなら時間がなくても出来そうな気がする。舞台装置も有るものから無いものまで色々だ。服装の準備や機材の手配がいらないことや、お金の管理もほとんど必要ない為に色々と簡素化できる点でもいい。プレゼンテーション能力の差もあり揺れていた浮動票が一気に流れ決定した。


 こうしてヤスの言う”富高魔の一週間”が終わりを告げる。


 ヤスの言うことは一々大袈裟である。

 参加は自由だったのに結局はほとんどの人が参加することに。

 あれほどブーたれていた男娘組も「やるからにはいい役をヤラせろ」と食いついてく来ている。全くもって現金なものだ。いい加減というか。

 レイさんはやっぱり参加しないらしい。

 結局、最初から最後まで浮動だったのは不参加組か。

(レイさんなんて誰よりも出るべきな美貌と声を持っているのに)

 世の中とは残酷である。

 才能があるのに活かされない。

 でも内心どこか安心している自分もいる。

 僕は彼女を独り占めにしたいんだ。そんな気持ちに気づいてしまった。

 彼女の美しさを知ったら皆どんな顔をするか。

 あのハープのような涼しくも瑞々しい声を聞いたら何人が虜になるだろうか。

 僕だけのレイさんではなくなってしまう。

 酷いヤツだ。

 優しくはない。

 利己的な人間。

 嫌な気分になる。

 自分がえらく汚い人間に思える。

 一方では彼女の素晴らしさを皆にも知ってもらいたい気持ちも強い。

 彼女が笑顔で皆と話している姿を想像するだけで涙が出そうになる。

 レイさんはもっと輝いていい人だ。それだけの才能がある。

 彼女はどうやってこの高校に入学出来たのだろう。

 失礼ながら彼女の成績が壮絶に下であることは周知の事実である。

 にしても彼女がその才能を開花させれば僕なんて相手にもされなくなるだろう。

 あれほどの美貌と魅力。

 恐らく僕よりもっと美形でスポーツが出来て頭のいい、サイトウ辺りがもっていきそうだ。

(くそ、サイトウ!お前ばっかり羨ましい)

 いや次元が違うな。

 サイトウレベルで収まる筈がないじゃないか。

 もっと多くの人達が彼女の下へ集まるだろう。

 大人も含めて。

 読者モデルでデビューとかするかもしれない。

 僕なんて近づくことすら出来なくなるかもしれない。

 そんなものだ。

 そう考えるとお腹の辺りに圧を感じ落ち着かない。

 こんなことで悩むなんて我ながら小さい人間だ。

(もしそうなっても彼女が幸せになるならいいじゃないか)

 ダメだ・・・心からはそう思えない。

 優しくなんてない。

 僕なんて単なる軟弱なだけの人間だ。

 欲望をひた隠しにする欲深い男だ。

 強くなりたい。

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