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黄色いレインコート麗子  作者: ジュゲ
22/85

第二十一話 好き

 レイさんといい滑川さんといい、なんでこうも彼女達は堂々としているんだ。

 僕は緊張で胸が高鳴っているというのに。

 彼女は周囲を気にする風もなくモンバーに入ると注文をしている。

 なんでもいいから頼んでと言われても「なんでも」には人間性が出る。

 先生の受け売りだけど。

「何にでも才能とセンスっていうのは出るけど、どういう動機で何を買うか、ましてや人に何を上げるかになったら、その人の本質がわかりやすく出る。下手をすれば百年の恋も醒めるよ」

 気になることがあると僕は稽古の時にいつも先生に聞いている。僕が稽古へ行くのはそれが理由かもしれない。先生の答えはネットで検索するより、親に聞くより、ましてや学校の先生に尋ねるより、「なるほど!」と唸る返事が常に返ってくる。

 それでいて母のように「なんで?」って聞いてきたり「下らない」と否定したりすることは一切ない。父みたいに「忙しいから」なんて言わない。ただ答えてくれる。

 彼女と同じマンゴーシェイクにした。

「奢ってもらうのもセンスだよ。迷ったら相手と同じのにするのが間違いはない。でも本当はそこへ逃げない方がいいんだけどね。でも下手なことするよりマシかな」

 不覚にもシェイクを手にとる時に震えてしまう。

 ウチの学校はアルバイトは可だ。もし、万が一にうちの生徒がいたらどうしよう、もしも彼女の彼氏と出くわしたらどうしようと、そんなことばかり頭を過る。出来るだけ顔をみないように下をむいた。


(滑川さんは何を言うつもりなんだ・・・)


「まだ、暑いね」

「うん」

 挙動不審にならないように意識すればするほど両腕が小刻みに震える。

 情けない。情けないぞお前は。

「ごめん・・・嫌だった?」

「え!そんなことないよ」

「そう・・・」

 ああ・・・滑川さんが悲しそうな顔をしている。

 今 切なそうな滑川さんが凄く可愛いと思ってしまった。

 俺のバカ!

「ごめん・・・言うよ。もし学校の人に見つかったらと思ったら緊張しちゃって。情けないかな」

 本当は彼氏に見つかったら心配だってのが主だけど。学校の連中に見られるのもマズイ。嫉妬を買うのは目に見えている。マキなら笑話で済むけど、これが先輩とか他のクラスとなったら話は別だ。滑川さんを巡る男同士の睨み合いは相当なものだ。相手が僕となったら大変だろう。

「見つかったら困るの?」

「僕は困らないけど・・・滑川さんは困ると思うよ」

 いや、嘘だ。

 僕は自分の心配をしている。

「なんで?」

「なんでって・・・」

「私は噂なんて気にしないから」


(男前だ・・・僕が女なら惚れるわ・・・逆か、あれ?)


「御免ね気を使わせちゃって。僕は君と一緒にモンバーいるなんて嬉しくて手が震えるよ」

 彼女は笑わなかった。

(あー・・・やっちまった)

「下手なこと言うぐらいなら黙ってた方が利口だよ」

 またしても先生の言葉が蘇る。

 覚悟するしかなさそうだ。

 ここんところ清水寺の舞台から飛びっぱなしだ。

 もう、飛び降りついでだ。本音祭りだ。言ってやる。

 僕の前に彼女が発声した。


「あの・・・」


 彼女は真顔。


「好きって、どういう気持ち?」


「えーと・・・え?」

「好きって・・・どういうこと?」

「な・・・え?」

 彼女は一体何を言ってるんだ。

 ま、ま、ま、まさか、まさか、まさか?

 これはやっぱり、僕を、僕のことを・・・。

「公園で見かけた時に思ったの。

 ああ、これが『好き』って表情なんだって。

 これが本当の恋人同士の顔なんだって。

 私は、なったことがないと思う。

 あの時、本当に感動したんだ。

 でも、同時にわからなくなった。

 好きってどういう気持なのか。

 私は今まで好きでいたことがあったのか?

 好かれたことがあったのかって。

 そう思ったら凄く悲しくなって。

 あの日から眠れないの。

 だから教えて欲しい。

 『好き』ってどういう気持ちなのかって。

 貴方なら笑わないで、怒らないで聞いてくれると思って。

 教えて」

 

(・・・・)


 頭の中が万華鏡。

 様々な映像が投影され、同時にそれらはバラバラに砕け、散り散りになりそれらが混ざり合いながら回っている。整理出来ない。彼女が真剣なのは伝わった。茶化せるような状態じゃない。でも僕にはわからない。そもそも自分がどういう顔をしていたのかもわからない。彼女の辛さに応えたい。でも、


「わからない・・・」


 口をついた。

 彼女は眉を潜めこっちを見てる。

 本当に困っているんだあの顔は。

 先ほどまであれほど堂々としてた彼女が。

「本当にわからない?わからないんじゃなくて言いたくないんじゃない」

 先生。

「君は頭がいいから言うけど、肝心な時に答えられないというのは逃げだよ。逃げてもいんだよ別に。でも逃げられないよ。最後には向き合うことになる。自分を誤魔化すことは出来ないからね。負債の念がつのる。それをわかった上で逃げるなら構わないんだ。今の君は単に逃げているだけじゃない?」

 先生に言われたことがある。

「変なこと聞いちゃったね。忘れて」 

 捻り出せ。

 わからないなりにあるだろう。

 そうだ、あるよ。

「彼女と話すのが・・・楽しいんだ。一緒にいると凄い満たされるっていうのかな。身体というか心というか、何か暖かくなるんだ。なんかこう・・・なんでも出来そうな気がするっていうか、他のことが些細に思えてくるというか・・・。これぐらいしか言えないかな。正直いうとわからない。だって僕は彼女のことを『好き』だって思ったことないから。口に出ちゃったんだ。ひょっとしたら単なる勢いなのかもしれない。無責任かもしれない。自分でもわからないんだ。今もわからない。でも出ちゃったんだ。また話たいんだ」

 本音だ。これが情けないかな精一杯だ。

 先生のようにはいかない。

 カッコ悪いなぁ・・・。


 少しの沈黙。

 

 この沈黙は不快じゃなかった。

 シェイクを手に取り口いっぱいに吸い込む。

 冷たいシャリシャリ感触が広がりマンゴーの香りが鼻腔を刺激する。

 川沿いの土手で夕日を眺めているようなそんな気分になった。

 終わった・・・。

「ありがとう・・・」

 滑川さんは涙ぐんでいる。

「え・・・あの大丈夫?なんか気に障ること言ったかな」

 また地雷を踏んだか?

「言ってない。

 こっちこそ御免なさい。

 本当に。

 おかしなこと聞いちゃって。

 凄く嬉しい・・・。

 聞けて良かった。

 わかった気がする」

 多くの言葉を飲み込んだように見える。

 そして最小限で肝心な言葉だけを。

「もし・・・」

「うん・・・」

 そう、その「もし」の続きが気になる。 

「あの・・・また話を聞いてもらっていいかな・・・」

 話をそらした。

 僕は答えたのに。

 気になるじゃないか。

「僕でよければ」

「本当に優しいね」

「優しくないよ」

「私、彼と別れたんだ」


(Whats!)


 なんだ。

 なんなんだ。

 何が起きた。

 何て言った?

 今、凄いいいムードになりつつあったような気がしたけど。

 別れた? わ、別れた?

 後読感のような、映画のエンディングを見ているような気分に満たされていた僕に告げられた第二ラウンドの鐘の音。

「二人の、あの輝いている顔を見た時に違うって思ったの。

 私はこの人を好きじゃないって。

 相手も私を好きじゃないって。

 だから、あの帰りに別れて来ちゃった。

 酷いよね旅行まで行ったのに」


(ファ、ファ、ファ、ファッツ?!)


 別れた。

 旅行へ行った。

 二人で?

 二人・・・で?家族で?

 旅行へ?

 高二で?

 まさかお泊り?

 付き合ってた。

 噂通り。

 誰と?

 別れた?

 なんで?

 好きじゃないから。

 彼はどうしたの。

 驚いたよね。

 そりゃー驚くでしょ。

 驚くよ。旅行まで行って、それが夏休みの終わりに。

「別れましょ」

 いやいやいやいやいや。

 無理だから。

 意味わかんないし。

 まずは落ち着け。

 その前に自分が落ち着け。

 深呼吸。

 まず、この開いた口を閉じろ。

 そしてシェイクを握り、一口飲む。

 そして深呼吸だ。

 まてよ深呼吸が先かな?

 まあいい、シェイクにしよう。

 痛い。

 ストローが口に刺さった。こりゃ血が出たぞ。

 まずは口を閉じろ。

 いや、口は飲むんだから開いててても構わないだろう。


「好きって・・・イイネ」


 なんだこの天使な笑顔は。

 可愛すぎるだろう。

 この笑顔を独り占めしてたのかその男は。

 旅行までして。

 シタのか?

 シテないのか?

 羨ましいな。

 でも振られたのか。

 可哀想だろ。

 いや、ざまーみろか。

 なんでだ?

 可哀想だろう。

 青天の霹靂っていうんでしょ、そういうの。


「振られたけどね」


 なんで俺は笑っているんだ。

 なんだよ羨ましいなその彼氏。

 でも今や元カレか。

 可哀想だな。

 ざまーみろか。

 いや、今迄いい思いをして来たんだから僕よりいいでしょ。

 おめでとうか。

 卒業か。

 卒業?

 支配からの?

 寧ろ彼女になら支配されたい。

 何を考えているんだ。

 

「本当に付き合ってないの?」


 やめてくれ。

 頼む。

 もうこれ以上は無理だ。

 僕のライフは既にマイナス五十三万ぐらいだ。

 もうダメだ。

 僕はもうダメだ。

 マキ、ヤス、ミツ、後を頼む。

 もう限界だ。

 舞台から飛び降り過ぎた。

 致命傷だ。


「彼女も嫌いじゃないと思うよ」


 待った。

 その話、もっと詳しく聞きたい。

 復活した。

 七つのボールが奇跡を起こした。

「それって・・・」

「あ、ちょっと待ってて」

 はい?

 彼女は席を立つと

「安心したらお腹減ってきちゃった」

 そう言うと呆然とする僕を残しカウンターに並んだ。 

 さっきまでの酷く沈んだ様子とはまるで人間が違う。

 いや、いつもの落ち着いた彼女とも違う。

 はしゃいでいる。いや、華やいでいると言えばいいか。

 無敵だ。

 滑川さん無敵すぎんでしょ。

 今の僕の言葉で何が彼女をそこまで変えさせたのか全くわからない。

 それよりも僕は彼女の言う「嫌いじゃないと思う」が気になって仕方がなかった。振られたのに、友達もダメと言った彼女が「嫌いじゃない」って理由が僕にはわからないんだ。女心がわからなかった。そこを教えて欲しい。

(今度は僕のターンだ!)


 ターンは来なかった。

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