表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄色いレインコート麗子  作者: ジュゲ
21/85

第二十話 ナメカワ

 厄日だ。

 これを厄日って言うんだ。

 母さんが朝の占いで一喜一憂しているのを見て馬鹿みたいだと思っていたけど。母さんだけに限らない。僕らぐらいの年齢ならいざしらず、大人が厄年だ厄日だなんだというのを聞いて「いい年した人間が何を言っているのか、非科学的だし迷信。何時代だと思っているんだ」と呆れていた。その話でマキらには「運命は自分で切り拓くものだよな」言ったけど。

 

(ごめんなさい僕が悪かったです)


 調子こきました。

 本当にごめんなさい。

 きっとこういう日を言うんだ。

 今日の占いはなんて言ってたっけ?

 覚えてない。

 少なくとも大吉や大凶ではなかったと思うけど。大凶だったのかな?

 なんでこんなに緊張するんだ。

 何を僕は恐れているんだ。

 見てる。

 皆が見てる。

 凡そありえない組み合わせ。

 僕と滑川さん。

 無理もない。僕だって見るよ。

 でもクラスメイトなんだから話ぐらいするでしょ。

 助けて、誰か助けて。

「ん~」

「どうしたの?」

 滑川さんは辺りを見渡すと首を傾げた。

「ちょっと人目があり過ぎるよね」

「そう、だね」

 人目があると話せない内容なんだ。

 まさか・・・告白!

 僕が彼女いないって言ったから・・・。

「実は私、前から好きだったんです!」

 みたいな?

 滑川さん、滑川さん、どうしよ。

 改めて見ると本当に可愛いよなぁ滑川さん。

 清楚系アイドル。いや、アイドル以上。


(でも、ないな)


 この顔はない。

 この落ち着いた表情。

 とても今から告ろうという雰囲気じゃない。

(そりゃそうだよ・・・どんだけ自惚れてるんだ。鏡を見ろ)

 じゃ・・・なんなんだ。

「外でもいい?」

「え、いいけど・・・大丈夫なの?」

 彼氏に見つかったらヤバイんじゃないか。

 滑川さんは彼がいるって話だ。

 ま、当然だろうが。

「私はいいよ」

 あっさり言った。

 麗子さんとはまた違うサラサラ感。

「俺は・・・いいけど」

 ”俺は”だってさ。見栄っ張りめ。

 自分で気づいちゃった。やだやだ。


 マキが目を丸くして見ている。

 ちょっと優越感。

「マキ、今日は悪いけど」

 はは、嫉妬してる嫉妬してる。

 今朝のお返しだよ。

 それにしても滑川さんも大概の度胸だ。

 自分がいかに男子に注目されているか自覚ないのかな。

 それとも天然なのかな。まさかの男慣れなのか、周りが見えない人なのか、度胸があるのか、僕にケシ粒ほどの興味もないのか、価値を感じていないのか、そもそも僕とじゃ誤解されようがないと考えているとか。

(いかん、落ち込んできた・・・)

 ヤスなんて、なれるものならお金払ってでも下僕になりたいとか言っている。

 そういえば言ってたな。

 滑川さんはSか、S的素質があるって。

 僕にはそういうのはよくわからない。

「まさか今朝のって、滑川じゃ」

 おっと~スズキが噂している。

 んなわけないでしょ。

 どんだけトンマな自作自演なんだよ。

 彼女はそんなオバカじゃないでしょ。


 校門を出る頃になると悠長な感覚はなくなっていた。

 滑川さんが人気があるのは知っていたけど、ここまで注目されるとさすがに怖い。先生方もこっちを見ていた。特に数学のマドーレーヌは「おいお前らどこに行くんだ?」って聞いてきた。

 この先生はやたら態度が大きくて嫌いだ。生徒を見下している気がする。二言目には「これは馬鹿でもわかる公式だが」と言う。噂では滑川さんに気があるんじゃないかって話だけど。エロ教師が。仕事しろ仕事。彼のせいで数学の成績が今ひとつな気がする。

「下校時刻ですので帰るところです」と言ったら、

「お、おう、そうか」だって。

 何が「おう、そうか」だ。

 僕らの仲では”そのうちニュースに出る先生”の筆頭である。

 それにしても堂々たる彼女。

 彼が学校内にいるんだったらここまで堂々とは出来ないんじゃないか。やっぱり大学生説は有力か。彼女はもっぱらの噂では大学生が彼氏と聞いたことがある。校内先輩説も有力だったけど、この感じはないのではないか。他校説もある。何せ去年の文化祭では他校生にナンパされていたらしい。

 マズイ。

 先生に怒られる。いや、先生は怒らないけど。

 僕があまり学校の噂話ばかりしていたら、

「君はまるで歩くワイドショーだね」

 と言われた。その後に、

「噂からは何も生まれないよ」

 あの時の先生は少し怖かった。


(そうだ・・・レイさんだって噂と全く違うじゃないか)


 誰だ、あんな無責任な噂をながして。

 全く違うじゃないか。

「モンバーいかない?」

「え?モンバー。うん、大丈夫」

 ん~なんか言いながら我ながら反応が情けない。

 キョドってるつもりはないのにキョドってるみたいだ。

「おごるから」

「いいよいいよ・・・奢るよ」

 ダメだ。

 言い慣れてない感が強い。実際に言い慣れてないし。

 先生が言っていたな。

 女子に奢らせるようになったら男も終わりだって。

 僕としてはその考え方は古いと思っているんだけど。

 今は男女平等なんだから割り勘こそが正義だと思う。

 でも、さすがにこの流れで奢られるのは気が引ける。

「私が無理いって来てもらっているんだから」

 何気なく言うなぁ。

「じゃー・・・割り勘にしよ」

 アリでしょ。

「奢らせて」

 え?ダメなの。

「んー・・・」

 どうする。

「お願い」

「はい」

 弱い。

 この弱さたるや。

 意志薄弱とは僕のことか。

 彼女の柔らかな物言いに隠された意思の強さに折れた。

 ここで食い下がって僕が奢ったら逆に下心と捉えられちゃいそうだし。

 これが無難かな~。

「あそこのマンゴーシェイク好きなんだ。今はまってるの」

「あ~あれ美味しいよね!」

「同じだね」

 ヤバイ。

 なんという可愛さ。

 反則。CGみたいだ。 

 こんな顔で生まれてきたら、僕ならイケメン食い漁るな。

 って、何考えているんだ。

 しかも滑川さんが言うマンゴーシェイクの響きのエロいこと。

 天は二物を与えずって聞いたことあるけど嘘だと思う。

 レイさんはまだわかる。

 あの美貌に対して大変そうな人生。何か凄い代償を払っている気がする。

 でも滑川さんはなんなんだ。

 天使か。

 これで運動神経も良くて勉強が出来るとか規格外だ。

 肩まで届く黒髪。

 今どきでは珍しい真っ黒のストレート。

 艶があって凄く綺麗だ。

 性格は上品で、棘がなくて、頭が良くて可愛くて、まさに THE 美少女。絵に描いたような。 

 クラスの女子は先生の微妙なラインを見極めて薄化粧をしているけど彼女だけは全くの素顔らしい。さっき見た時も化粧しているようには見えなかった。僕からしたら女性の化粧は謎だ。彼氏に会うのならまだしも理解出来るけど。まぁ、そもそも僕には薄化粧と化粧の差すらわからない。母さんが出かける時ぐらい塗るとさすがにわかる。

 それに個人的には彼女はスマホチェックをしないのが狂おしく好きだ。元カノはやたら携帯を見るタイプだった。何がそんなに気になるんだか。目の前に彼がいるのに。目の前の人と向き合えないのに、電波の先の人と向き合えるわけないだろう。意味がわからん。いっそ携帯の中に住め!って住めねーし。そういば、そんなことで喧嘩したこともあった。

 スズノはちょっと強引で子犬みたいなところがあったっけ。可愛かったなぁ。なんで自然消滅したんだ?それすらも思い出せない。だから消滅したのか。

「緊張してる?」

「え?ん~どうだろ。そう見える」

「みえる」

 うへー、かわいい。

 ニコっと笑った。

 なんだこの可愛さ。

 神様は残酷だ。

 俺もこんな顔に生まれたかった。

 せめてもう少しなんとか出来なかったものか。

「滑川さんの隣だからかな」

 かー、キザったらしい言い方。

 見栄っ張り。

 鳥肌たつわ。

「なんで私が隣だと緊張するの?彼女なら平気なのに」


(!)


 何、どういうこと?

 やっぱり何か知ってる?

 これ何か知ってるよ。

 怖い怖い怖い。

「同性の私が言うのもおかしいけど凄い綺麗だね彼女。女優さんみたいだった」

「か、彼女・・って?」

 上ずった。

「またー」

「・・・今朝の?」

「そう」

 あー怖い。怖いよ。怖い!

「そうだね・・・。彼女じゃないけど、振られたし」

 滑川さんは立ち止まった。

「どうしたの?」

 俯いている。

「私のことが好きなのかと思った」

「え!」

 なになになになになになに。

 異常事態に心臓が戦闘態勢に入る。

「え?・・・えー」

「やだ。そんなに驚かないで」

 無理を言わないで滑川さん。

 僕はチキンなんです。

「だってずっと私のことチラチラ見てたでしょ」

 そうだっけ。

 わかんない。

 自覚ない。

 でも、そうかもしれない。

 だって可愛いんだもん。

「そう・・でしたか?」

「なんで丁寧語?」

「あ、ごめんなさい」

「また」

「あー・・・ごめんなさい」

 笑った。

 THE 美少女。

 映画で見たことがある。

「私すごく恥ずかしいこと聞いちゃった?」

 凄い見てる。

「えー・・・」

 これはどう言うのが正解なんだ。

 1.そんなわけないでしょ

 2.そうだぜ

 3.自惚れんな

 4.勘違いさせてごめん

 5.初めて見た時から好きでした

 6.憧れてます

 7.皆もそうだから

 8.(沈黙)

(あれ?選択肢が多過ぎて最初の方が思い出せない)

 下手に言えば彼女を傷つけるし、正直に言えば何が起きるかわからない。まさかとは思うけど、「彼って私のこと好きなんだって~」とか友達に言いふらさないだろうな。そうなったらレイさんに合わせる顔がないし、学校にいられないよ。ヤスの話だとSらしいし、この反応はその可能性も否定出来ない。というか僕は滑川さんのこと何も知らないな。

「ひょっとして自意識過剰だった?」

「いや・・・あの、好きっていうか・・・なんだ、憧れ、かな」

「それ、ほんと?」

「ホントだって。だって滑川さん凄い可愛いから。髪も綺麗だし。他の女子みたいにスマホばっかり見ていないところとかも・・・」

 また言い過ぎた。

 なんで俺はいつもそうなんだ。

 ほんとキモ。髪の件以後は余計だから。

 黙ってろ。

 チワワには度々注意される。

「一言おおいよね」

 だってさ。

 自分でも思うけど。

 これだから先生にも歩くワイドショーとか言われちゃうんだ。


「ありがとう嬉しい」


(え、何それ凄い・・・)

 僕は言葉のベクトルとは違う向きで感動した。

 この「ありがとう嬉しい」には大袈裟なものが感じられない。「可愛、憧れ、綺麗」と言われ、小躍りして喜んでいるわけじゃないのは明らか。当然だろう。恐らくは気が遠くなる程に繰り返されたやりとりだろうから。手慣れたものを感じる。かといって社交辞令で言っているわけでもない。母さんはよく社交辞令で言っている。ああいうところが凄く嫌だ。

 今の滑川さんは違う。頭で意識して喋っているのではない、端なる常套句として何の気持ちもなく口をつているわけでもない。感情に偏ってもいない。真ん中で言っている。感謝を背景にしつつも普通に言っている。

「そういう人は精神のバランスがいいんだよ」

 先生はそう言っていた。

 嬉しさを感じながら嬉しさに流されないで当たり前に言う。

 それに対してこの僕ときたら・・・。

 自分が酷く幼稚に思えてきた。

「じゃあ、なんで?」

「え、なんでって?」

「なんで告白したの?」

「え?す、好きだから・・」

 くっそ恥ずかしい。

 ヤスの言う通り彼女はSかもしれない。

 あれ?なんか雲行きが怪しいぞ。

「自分で言うのは恥ずかしいんだけど、憧れの人がいるのに?」

「え、憧れの人って告白とかしないんじゃないの?」

「そうなの?」

 この「そうなの?」に圧倒的差を感じた。

 環境の違い、才能の違い、育ちの違いか、何か。

 持てるものと持たざるものの差と言えばいいか。

「じゃないかな、僕はね。僕にとって憧れは遠くで眺めるもので。あれだよ、アイドルだってそうでしょ。好きなアイドルとかいない僕が言うのもおかしな話だけど」

「私なら言っちゃうかな。私も好きなタレントとかいないけど」

 えーっ!

 そうなの。

 それ、憧れてないんじゃ・・・。

「もしさ・・・」

「うん」

「・・・モンバーいこうか」

 えーーーっ!

 気まぐれ。

 自由人。

 寸止め姫。

 ひょっとして滑川さんツンデレ?

 この可愛さでツンデレとか無敵でしょ。

 いや、ツンツンしていないか。

 デレてもいないし。

 なんなんだ君は。

 僕の心は荒波に翻弄される小舟のようだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ