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黄色いレインコート麗子 作者:ジュゲ
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第十九話 二学期デビュー

 この二日間は歓喜がこみ上げてきて身悶えして過ごす。
 父からベートーヴェン第九CDを借り何度も聞いては興奮してピョンピョンと跳ね、母から「跳ばないで!」と注意された。こんな気分なんだ。溢れかえってきて止まらないんだ。喜びが。
 彼女とプールには行けることもなく夏休みを終えた。
 ミイちゃんとも会えず。
 やっぱり夢の中に行くのは厳しい。
 努力はしてみた。
 寝る前に彼女のことを考えたり。
 怒っているかなぁ。それともまさか・・・。
(いや、夢は夢なんだよなぁ)
 あの幼稚園は散歩コースにすることにする。
 軽く走ってみたけど、今の僕には走るには遠すぎる。
 我ながら体力がない。
 窓が空いているかだけ確認する自分がいる。
 やっぱり心配だ。
(紙一重だなぁ)
 歩きながらそんなことを思った。
 好きと嫌い。
 恋とストーカー。
 お盆の時、オジサンは好きと嫌いは紙の表と裏だと言っていた。世間でもよく好きの反対は無関心と言う。自分ではまだよくわからないけど。
 好きの反対はやっぱり嫌いじゃないかなと僕は思う。
 大好き転じて大嫌いもあるとオジサンは言っていた。国によっては好きでも三回は断らないと失礼にあたるとか。そもそも男性から告白すること事態が駄目で女性からくるのを待つ国もあるなど、色々と文化背景、風習によって異なるとも言っていた。ただ、基本は焦らず、かといってボンヤリせず、相手をよく見て判断しなと。眺めている間に気がないのかと思って振られた経験等も話していた。
「そこまで知っててオジサンは独身なんですか!」
「あ~れ~?」
 ここまでテンプレ化しつつある。
「中途半端に知ると却って知識に惑わされるからね。本当の意味で知るには経験しない限り得られないし。案ずるより産むが易しって言うけど本当だと思うよ。考えるより行動なんだなぁって今は思う。知識が先んじて自分の本音が見えにくくなっているかなオジサンは」
 オジサンの言うことは僕にはまだわからないことが多い。

 そんな中、二学期は始まった。

 たった一ヶ月少々なのになんだか照れくさい。
 挨拶は続けることにした。
 教室に入ると同時に様子が違うことに気づく。
 皆がやけにニヤけているし快活だ。
 僕を見ている?
(なんだ?)
「おはよ」
 ゲーマー三人衆が珍しく朝からタッグを組んでいる。
「来たな、おまっ!」
 マキが真っ先に来た。
 首に腕を絡ませてきてグイグイ引っ張る。
「なんだよ、いてーって」
「なんだよじゃないよ!言ったよな、俺は言ったよな!」
「何を」
「何をじゃねーよ!しらばっくれんな」
「ちょっと待てって」
「お前、噂になってんぞ」
「何が?」
 腕を振りほどくも教室の隅に追い込まれる。
「女が出来たみたいじゃないか」

 ビクっとした。

「図星だな。図星なんだな。いえって言ったよな俺。言ったよな!」
「何のはなし・・・」
「てっめ・・・お前がすげー美人と二人でいたって聞いたぞ」
(まさか、見られた・・・)
「俺ショックだわお前がそんな嘘つくヤツだって知って、裏切られたよ。事と次第によっては二度と口聞かねーぞ」
「落ち着け、まず落ち着け、どういう話か教えてくれ、話はそれから」
「はぁ?」

(まずい)

 レイさんが来た。
 緊張と驚きで心臓がまだ強く波打っている。
(神様、仏様、ミイちゃん様、助けて)
 彼女は何時もどおりの出で立ち。
 あの夏休みで会った人とは思えない。
 素はあんなにも魅力的なのに。
 風のように入って来て誰と言葉を交わすこともなく座る。
(あれ?)
 おかしい。
 クラスが騒がしくならない。
 まるで何時もどおり。
 彼女の存在が空気であるような無関心さ。
「どこ見てんだよ!俺はピンときたよ」
(え、気づいていない?その人、お前の後ろにいますけど・・・)
「彼女なんだろ?この前のお前からすると怪しいとは思ったんだ。でも、俺は、お前を信じた。わかるか?あ?」

 なんとなくわかった。

「彼女じゃないんだ」
「嘘言え!」
「声が大きいって。嘘じゃないって、振られたんだから・・・」
(あ・・・)
 思わず本音が出てしまった。
 友達って言えば良かったのに、何やってんだ俺は。
「え?」
 腹をくくるしか無い。
 出来ればこの事は言いたくなかったけど、ええい。
「・・・何度も言わせんな。フラレタの」
「じゃあ・・・」
「いないって、嘘はいってない。あの時は迷ってたんだよ、んで、告白したら振られたの、以上」
「じゃあ・・・じゃあ!なんで楽しそうだってんだよ。おかしいだろ」
「おかしくないよ。そもそも付き合えるわけないと思ってたし。釣り合わないから。ダメもとだったからか・・・振り方が上手だったからじゃないの。わかんないよ」
 なにか違う。
 言いながら心の奥底では否定している自分がいる。
 どこか本音とは異なる。
「そっか・・・嘘じゃないんだな?」
「じゃない」
 嘘は言ってない。
「ごめん・・・悪かった」
 マキが手を合わせる。
「二学期早々に傷口に塩を塗られるとは・・・」
 ちょっと煽ってみる。
 何せあんまりだ、これぐらいは許されるだろう。
 彼女はというとまるで感心がないように机に突っ伏している。
 あれがあの彼女なのか、信じられない。
 本当に双子とかじゃないだろうな?
 それとも、レイさんの言う「関わらない」ってこういうことなのか。
「あの、ごめんなさい」
 滑川さんが割って入った。
「あ、おはよう」
「言ったの私です。本当にごめんなさい。マキ君なら知ってると思ってつい聞いちゃったら・・・」
 まさかの滑川さんである。
 彼女はそういう類のこと言う人じゃないと思ったのに。
 脆くも僕の幻想が崩れ去った。
「そう、なんだ・・・でも彼女って話はマキの妄想?それとも滑川さん?」
「凄い仲良さそうだったから、付き合ってるんじゃないかって・・・」
 友達でも楽しそうにするでしょ。
 なんで女子はすぐ楽しそうにするイコール彼女なんだ。
 周囲に目を送る。
 そもそも、なんで皆知った顔なんだ。
 言いふらしたのか?
 滑川さんってそういう人なの。
 失望だよ。
「あの」
 滑川さんが察したのか何かを言う刹那マキが答えを出した。
「すまん。俺が勘違いして声に出さなければ・・・」
(なんだ、結局はお前かよぉ・・・)
「全く、なんなんだよ・・・」
 短気というほどじゃないけど、時々こいつは沸点が低い話題がある。どうもそれがわからない。でも幸いなことに相手がレイさんとは思われていないみたいだ。ニアミスもいいところ。心臓が爆発するかと思った。今は出来るだけ穏便に済ませないと。
「お詫びに彼女紹介するから!絶対に!申し訳ない!」
 根はいいやつなんだ。
「私こそごめんなさい」
 滑川さんも頭を下げる。
「いいよ、いいよ・・・」
 疲れた。
 どっと疲れた。
 二学期初日でコレって。
 この場はとにかく収めないと。
 下手に話が広がったら困る。
 相手がレイさんだとわかれば何かまたオカシナ方に傾くような気がした。
 一方で疑問は残る。
 滑川さんは何を見たのか。
 どこまで聞いたのか。
 本当にレイさんだと気づいていないのか。
 他に見た人はいないのか。
 凄く気になる。
 そしてこのどこか含みのある表情。
 何か知っているんじゃないか?
 どうしよう。
 とにかく後だ。
 落ち着け。

 一限目の後、僕はかなりの覚悟をもって休み時間を迎えた。
 何せ、「凄い美人」と冠がついている。
 やれ紹介しろだ、どこの誰だかと聞いてくることは間違いないと踏んでいた。
 それこそ授業どころではない。初日からこれじゃスマホも思いやられる。昨日、母さんに条件を飲ませたばっかりなのに。
 イメージトレーニングを繰り返し脳内設定は完了。
 嘘をつくのは心外だけど、レイさんに迷惑はかけたくない。
 これ以上、彼女の人生に困難はあっちゃいけない気がする。
 少なくとも僕が原因でなんてまっぴらだ。

 ところが想像に反して誰も何も聞いてこなかった。

(嘘だろ)
 この感じ。
(そうか、腫れ物に触れる感じ)
 僕が「ふられた」ということを言ったからかもしれない。
 もし僕が友達と言っていたらどうなっていただろう。
 紹介しろ、紹介しろ、と来たかもしれない。
 うっかり本当のことを言ったのが幸いしたのかな?
「結局は本音で生きるが一番いい」
 先生もそう言っていた。

 マキは改めて朝のことを謝ってきた。
 今日から三日間クリームパンを俺に捧げると。
(よしよし)
 棚からぼた餅ってこのことか。我ながらオッサン思考。
 滑川さんも授業が終わると同時に僕の席を振り返り眉を潜め手を合わせる。
 こういう時はどんな顔すればいいんだ。
(笑うしかないよな)
 レイさんはまだ寝てる。
 よくもあんなに眠れるもんだ。
 寝息もたたずうつ伏せに突っ伏している。
 なんというクソ度胸。
 こっちは心臓が口から出そうだってのに。
 いかん。
 チラチラ見てたら気づかれる。

 人の噂も七十五日。
「噂なんてほっておくに限る」
 そんなことをオジサンが言っていたことがある。
 サラリーマン時代に噂が原因でひどい目にあったそうだけど、話題には触れず平然と挨拶を続けていたら、最初は無視されながらも暫くしたら噂に踊らされた人が陽動されていたことに気づき謝ってきたと言っていた。その時は「ふ~ん」ぐらいにしか思っていなかったけど。まさか我が身に降りかかるとは。今はそれを指針にしよう。
(なんかわかる気がする)
 滑川さんも悪気はなさそうだった。
 そうそう彼女はそんな人じゃない。
 あー俺も軽いなぁ。手のひら返し。
 俺こそ軽蔑に値する。
 でも、彼女かと見紛うばかりに仲良く見えたのかな。
 そう思うとニヤけてしまう。
 ふられたんだけどね。脈も無さそうだし。
 それにしてもなんで痛快に完璧に振られたのに俺は陽気なんだろうか。マキが言うのも最もだ。自分でもわからない。でも楽しいんだ。どうしてか。彼女とまた話せると思っただけで幸せな気分になる。

「ちょっといいかな」
 放課後になると滑川さんが僕を呼び止めた。
 余りにもつつがなく終わったからすっかり気にもとめていなかったけど、そう言えば彼女には幾つか確認したいことがある。
「うん、どうしたの?」
「今朝のこと・・・」
 いつかれ僕は滑川さんとこんなナチュラに会話出来るようになったんだ。
「あ~もういいんだよ」
「ありがとう。・・・あの、それでちょっと話があるんだ」
「え?」
(オイオイオイオイ、今度は何があるっていうんだ勘弁してくれ!僕のライフはもうゼロよ!)
 その横をレイさんが通りすぎる。
 本当にあのレイさんなの?ここまで無関心に出来るもの?
 それにしても妙だな。
 憧れの滑川さんを前にして僕は落ち着いている。
 一学期は挨拶するだけでも心拍数が跳ね上がったのに。
 何故か前のような感覚がなくなっている。
 人ってほんの数ヶ月でこんなに変わるものなのか。
 今のこの鼓動はあの時とは違う。
(彼女は何を言うつもりなんだ・・・)
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