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外伝7話 プール開きと近代泳法

「今日子、やっぱりプールは必要だよな?」


「石山でも泳げるといいね」


「じゃあ、作らせるか」






 現在、織田幕府の本拠地はどこかと聞かれたら、大半の人が石山と答えるはずだ。

 信長は本願寺を攻め滅ぼした後、その跡地に巨大な城と城下町を建設した。

 城下には重臣、家臣に屋敷を作る土地を割り振り、城下町には堺から会合衆を移転させている。


 織田家の家督を信長から譲られた信忠は、一時期那古野に新しい本拠地を作ろうと計画したが、それは朝鮮の役による負担増で計画だけで止まっていた。

 

 光輝も那古野の開発には賛成したが、それは那古野を江戸や仙台のような大都市にする事であって、幕府の本拠地は石山の方がいいと信忠に進言している。


 第一、那古野を幕府の本拠地にすると、みんな屋敷を引っ越さないといけない。

 朝鮮派遣軍でお金に余裕がない家臣達からすれば、新たな負担は賛成しかねるというわけだ。

 土地は貰えても、屋敷の建設費は自分達の負担なのだから。


 重臣ともなればみっともない屋敷を作るわけにはいかないので、結構な負担になってしまうのだ。


 そんな石山城のすぐ隣にある津田屋敷は、石山一の豪邸だと評判だ。

 津田家の身分と領地の広さを考え、それに相応しい屋敷の用地が準備された。

 石山城に一番近い位置にもある。


 もっとも、なぜ津田家の屋敷が一番近いのかというと、お忍びで信長が遊び来たり、食事をご馳走になっているからだという噂が流れていた。


 光輝と今日子に言わせると、それは噂ではなくて事実であったが。


 そんな広大な津田屋敷の庭に、光輝はプールを作らせた。

 年中使用可能な温水プールは止め、冬はスケートリンクにでもする予定だ。


「屋敷にプールイコール金持ち。気分はセレブだな」


「そうだね、みっちゃん」


 実はカナガワにもプールは存在するが、それは例外として、突貫工事によりプールは完成し、その使い心地を試すためにプール開きが行われた。


 光輝と今日子は、水着姿でプールサイドにパラソルを立てて日光浴を楽しみながらトロピカルジュースを飲み、夕姫はまだ小さいので、傍に置いた子供用のプールで遊んでいる。

 水着は、この時代に合わせて大人しめのデザインだ。

 さすがにビキニやハイレグだと、この時代では痴女扱いされるので仕方がない。


『僕も、もうババアになった義姉さんのそんな姿は見たくないな。目に毒でしょう』


『常務、雉も鳴かずば撃たれまいという言葉を知っていますか?』


 再び、余計な事を言った清輝が今日子に締め落とされ、それを横で見ていたキヨマロが冷静にツッコミを入れる。


『時代に合ったデザインの方がいいでしょうね。ある程度時が経たないと、女性用の水着は布地を少なくしない方がいいです』


『お前、本当に冷静だよな』


『はい、アンドロイドですから』


 いつまでも若くイケメンなままのキヨマロの勧めに従い、今日子は膝下と肘上以外は布地で覆われている水着であった。

 男性である光輝はトランクス型の水着姿で、サンオイルを塗ってからパラソルの下のソファーに寝転び、トロピカルジュースを飲んでいた。


「みっちゃん、サンオイルを塗って」


「了解、でも、塗る部分が少ないな」


「私、ビキニも持っているんだけど、この時代的にどうかと思うし、年も年だからね。もう着ないんじゃないかな?」


「はしたないくらいで済めばいいけど、痴女扱いされかねないか……」


「五十近くにもなって、痴女扱いは嫌だよ!」


 共にいい年であるが、二人はマイペースでプール開きを楽しんでいた。


「今日子は泳がないのか?」


「みっちゃんは?」


「少し泳ぐよ」


 トロピカルジュースを飲み終わった二人は、準備運動をしてから早速泳ぎ始める。

 今日子は、言うまでもなく水泳が得意だ。

 士官学校の訓練でもあったので、スイスイとクロールで泳いでいる。

 光輝は平泳ぎでゆっくりと、久しぶりの水泳だが、人間は泳ぐのを忘れないという。

 二人は久々に水泳を楽しんだ。


「変わった泳法だな……」


 とそこに、またも信長が森成利を連れて姿を見せた。

 彼はクロールで泳ぐ今日子を見ていた。


「南蛮の泳法か?」


「これは、昔からうちに伝わっていたものですね」


 勿論、これは光輝の嘘である。

 学校の授業で教わった近代泳法で泳いでいただけだ。


 古代より、日本には様々な泳法が伝わっている。

 橋が整備されていないので人は川を泳いで渡らなければいけない場面も多く、武士は甲冑を着た着衣水泳、水中での格闘や立ち泳ぎをしながらの火縄銃の射撃など、水泳を重要視している者は多かった。


 個人や地域で独自の泳法を伝えている者も多く、未来とは違って多くの泳法が混在していたのだ。

 

「いわば、津田式泳法だな」


「そんな感じですね」


 近代泳法のパクリであったが、優れているので津田家警備隊では採用されている。

 水軍に所属する者は遠距離を泳げるように訓練を行うし、河川を挟んで戦闘という可能性もある。

 装備をつけたままの着衣泳法、立ち泳ぎをしながらの射撃、部隊で装備を運びながらの渡河、河川の警備をしている者は河で溺れた人を救助する訓練も行っている。

 間諜は、夜中灯りもともさずに静かに泳ぎ敵地への侵入と脱出など。


 実践的な泳法のマニュアルを今日子が作成し、警備隊の訓練に採用している。

 今では、泳法を教える役職を持つ家臣家まで存在した。


「我も、若い頃はよく川で泳いだものだがな。川で泳がずに、専用の水溜めで泳ぐのか」


「溺れる心配が少ないですからね」


 いきなり素人が河川で練習をし、そのせいで溺れ死んでしまえば意味がない。

 あとは、綺麗な水で水泳をする事に意味があった。


「あまりに汚い川で泳ぐと、病気になるかもしれませんので」


 甲斐にいた日本住血吸虫のように、素肌で水に入るだけで病気になってしまう河川や沼も存在するのだからと、光輝は信長に説明した。


「となると、この水溜めは有効か」


「はい」


「では、我も泳ぐか」


 興味がある事にはすぐに挑戦する。

 それが、織田信長という人物であった。


 彼は、光輝からトランクス型の水着を貰い、それに着替えると早速プールで泳ぎ始めた。

 泳法は、子供の頃から慣れ親しんだ伸泳のしおよぎなどである。


「駄目だな、今日子やミツの方が早いではないか。教えてくれ」


 気が短い信長は早く泳げるからと、今日子からクロール、光輝から平泳ぎを教わった。

 暫く練習すると、すぐにある程度泳げるようになる。


「これはいいな。もっと練習して早く泳げるようになろう」


 信長は近代泳法に満足し、これも練習しようと心に誓う。

 加えて、森成利に津田屋敷のプールを見分させた。


「お蘭、これを石山城内にも作らせるのだ」


「畏まりました」


 信長から急遽プール建設奉行に命じられた成利は、無事に一か月ほどで石山城内にもプールを完成させる。

 早速落成記念でプール開きを行い、その席に津田夫婦も呼んでいた。

 更に、そこには信忠と細川幽斎もいる。


「泳法専用の水溜めか」


 信忠は『朝鮮派遣軍の経費が……』と一瞬思ってしまったが、それを口にしないだけの分別はあった。

 ここで親子で揉めている部分を見せても仕方がないからだ。


「幽斎は水泳も得意であったな?」


「はい」


 武士にとっては、水泳も大切な武士の鍛錬である。

 幽斎は様々な泳法の習得に努め、水泳にはかなりの自信があった。


「泳ぎの上手い者を呼んである。試しに競争させよう」


 信長の提案で、水泳勝負が開始される事となった。

 プール落成式のいい余興というわけだ。


「幽斎、ここで勝って父に名を売るのだ」


「お任せください」


 信忠は幽斎の能力を認め、傍においてその助言を大いに活用している。

 彼ほどの教養人はいないと思っているのだが、父信長にはいまいちウケが悪い。

 過去に足利義昭の言動を逐一報告していたので、どこか心中で汚い仕事をしていたという嫌悪感があるのかもしれない。


 信忠としてはそれを払しょくしてあげたく、親切心で幽斎に水泳競争への参加を促したのだ。

 幽斎も信忠の考えを理解し、競争に参加する事にする。


「今日子殿も参加なされるので?」


「ちょっと本調子ではありませんけどね」


 女性で唯一参加した今日子であったが、今日は肌と体の線が出ない古めかしい水着を着ている。

 津田屋敷のプールで着ていたものよりも、もっと地味なデザインだ。


「(こういう水着って泳ぎにくいし、抵抗が多くてスピードが落ちるんだよねぇ……)」


 水着の布地が少ないのは、デザインの問題だけでなく、機能性の問題でもあるのにと今日子は思ってしまう。

 それでも、古代泳法に混じって一人クロールで泳ぐのだ。

 彼女は次々と水泳自慢の猛者達を圧倒し、遂に優勝決定戦へと駒を進めた。


 対戦相手は、勿論水着ではなく褌姿の細川幽斎であった。

 彼もその能力で他者を撃ち破って決勝へと進んだのだ。


「(ふん、少しばかり水泳に自信があろうと、所詮は女子)」


 ここで勝利をして信長から褒美をもらい、信忠の気遣いに答えよう。

 幽斎は、既に優勝したあとの事に考えが行っていた。 

 今までに見た事がない泳法を駆使しているが、津田家のそれも女子に負けるとは幽斎は微塵も思っていなかった。


「勝負だ!」


 信長の合図でスタートし、幽斎と今日子は競争を開始する。

 幽斎は今までに習った多くの泳法から、独自に細かい改良まで加えてそのスピードを増している。

 今日子以外の参加者には一切負ける気がせず、今日子にも勝てると思っている。

 周りなど気にせず、幽斎は全力でプールを泳ぎは始めた。


 織田家のプールは、津田屋敷にあるものの倍五十メートルプールに規格を合わせている。

 なぜそうなったのかというと、成利が津田屋敷のプールよりも大きな物を作れと信長から命令されたからだ。


「(勝利後に大殿から褒美を貰い、あとは、いかに気に入られるかだな……)」


 そんな事を考えながらも、幽斎のスピードは落ちなかった。

 己の勝ちを微塵も疑ってもいない彼であったが、やはりいくら改良しても完成された近代泳法であるクロールに勝てるはずがない。


 残り十メートルほどまで泳ぎ進んだところで、周囲から一斉に歓声があがる。

 幽斎よりも圧倒的に早く、今日子が五十メートルを泳ぎきった証明であった。


「今日子、素晴らしい早さだな。我が織田家でもその泳ぎを採用するか」


 信長はいい物が見れたと、見事に優勝した今日子に褒美を渡す。

 二位になった幽斎にも褒美が渡されたが、信長は今日子の新しい泳法をいかに織田家にも普及させるか考えるのに忙しく、幽斎が彼の印象に残る事はなかった。


「幽斎、残念だったな。だが第二位だ。父も幽斎を認めてくれたと思う」


「(おのれ! 津田光輝! 津田今日子!)」


 勝負に負け、己の思惑をどおりにいかなかった幽斎は、津田家に対しますます憎悪の感情を燃やすのであった。





「キヨマロ、ふと思ったんだが」


 石山でプール開きを兼ねた水泳大会が開かれていた頃、清輝がキヨマロにある提案をした。


「常務、また何か碌でもない事を考えたのですか?」


「ちょっ! お前、最近特に酷くないか?」


 清輝が暴走するのはいつもの事なので、キヨマロも慣れたものだ。

 いつものように、厳しく対応している。


「私は、色々と忙しいのですよ。それで何でしょうか?」


「江戸城じゃなくて、江戸のどこかにプールを作るんだよ」


「プ-ルをですか?」


「江戸の庶民達に水泳を普及させ、将来水軍に入る者の基礎能力を上げておくのだ。健康増進にもいいぞ。医療の普及も進んでいるが、適度な運動は健康の元だ」


 一見いい事を言っているようにも聞こえるが、キヨマロに言わせると普段碌に運動もしない清輝がよく言うよなと思った。

 さらに、また何か碌でもない事を考えているのではないかと。


「理解はしました。ですが、現状で江戸にプールを作っても負担が大きいですよ。維持費の問題もあります」


 常に綺麗な水を供給しなければ、汚い川で泳ぐのと同じになってしまう。

 設備の維持に問題があると、キヨマロは清輝に言う。


「コストならさ。いい方法で稼げるんだ」


「いい方法ですか?」


 キヨマロは、この稼ぐ方法こそが、清輝の真の狙いだと気がついた。


「江戸の綺麗どころを集めてさ。彼女達にうちでデザインした水着を着せ、様々な競技で競わせて商品を出す。それを観客に披露してさ」


 清輝は、キヨマロに一通の企画書を提案した。

 彼がその内容を読むと、そこには『ドキッ! 美女だらけの水泳大会! ポロリもあるよ』と書かれていた。

 キヨマロは、あくまでも知識だけだが内容は知っている。

 まだ日本人が地球にいた頃、芸能人やアイドルが水着を着て、プールで運動会を行うテレビ番組が存在していたのを。

 プールの上で水着美女同士が尻相撲をしたり、騎馬戦をして水着が取れてしまったり。

 キヨマロは、くだらない番組だなと思っていた。


「これを本当にやるのですか?」


「入場料ですぐに建設費はペイできるよ」


「できるでしょうが、もしこれが副社長の耳に入ったら、常務が死んでしまいます」


 間違いなく、そんなくだらない事をしている暇があったら、もっと別の仕事をしろと言われるはずだ。

 キヨマロは、清輝に忠告をした。


「コソっとやれば気がつかれないよ」


「あの……コソっとやれるレベルの計画じゃないですけど。ところで、孝子様は何もおっしゃらないのですか?」


「ああ、男性版もやってくれたらいいって。美男子だけの水泳大会で、女性の観客も集めてさ」


「……」


 結局、この計画はいつの間にか今日子の耳に入って中止されてしまったが、キヨマロは清輝夫妻のぶっとんだ考えにただ驚くばかりであった。

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