外伝6話 ゴルフ接待
「ファーーー!」
「……」
「みっちゃん、下手だね」
「ゴルフなんて、数回しかした事がないんだから当然だ」
津田領には、津田家所有のゴルフ場が数ヵ所あった。
造成したのは、当然光輝である。
彼は零細ながらも元社長であり……今も社長のようなものだと思っていたが……会社を設立してから何度か接待ゴルフというものに参加している。
適当に道具を購入し……未来のゴルフ道具も高いし、別に光輝もゴルフ好きではないので購入費用は接待費で落としていたが……たまに艦内で練習もしていた。
この世界に来てからはゴルフ接待の必要もないので道具は放置していたが、今になってからそれを引っ張り出して練習を再開している。
五十に近くなったので、大人の趣味を持とうと光輝が勝手に思ったからで、特に大した理由はない。
『こういうスポーツのルールと道具を先に考案した事にして、津田家で稼ぐのもいいかもね。道具を作る職人達にも職を与えられるし』
ゴルフには微塵も興味がない清輝であったが、産業育成のためという理由でこのアイデアに賛成して協力している。
津田家では、常に永楽通宝の私鋳がおこなわれていた。
今は需要が供給を上回っているからいいが、それが終了した時のために内需を拡大する政策も実施しているのだ。
ゴルフは金持ち用と考えても、野球やサッカーならば庶民にも手が出せる。
実際に、津田家家臣の中でサッカー、野球チームを作って練習試合を定期的に行うようになっていた。
信輝、加藤嘉明、井伊直政などは休みの日に練習をしている。
これは趣味の範囲内であったが、定期的に領民達に試合を見せるプロの育成も目指している。
才能がある若者を身分を問わずに集め、『達人戦』と称してプロチームを複数作る予定であった。
活躍した選手には高給を与え、若い者がプロを目指すようにする。
現在、江戸に野球場とサッカー場が建設予定であり、道具職人の育成なども同時に行われていた。
「野球の方が楽しいのかな?」
「どうかな? みっちゃん、球技はあまり上手くないよね?」
「……」
今日子の血を継いだ信輝は運動神経がよかったが、光輝はそうでもない。
若手の家臣には野球の腕前が驚異的なまでに上達している者も多く、そんな中に光輝が入れば確実に補欠であった。
それなら、まだゴルフの方がマシだと今日子が光輝に言う。
「次は私だね」
「今日子は、ゴルフは初めてだよな?」
「さすがにゴルフの経験はないね。ゴルフが大好きでうるさい上官もいたけどね」
などと言いながらも、彼女のファーストショットはいきなりグリーンの上に乗った。
いきなりOBであった光輝とは大違いで、しかもとても素人のショットとは思えなかった。
ゴルフでも、今日子の多才ぶりが発揮された瞬間である。
「ビギナーズラックだし……」
悔し紛れに光輝がそう言ったが、残念ながら元からの運動神経と才能に大きな違いがあったようだ。
その後は二人でハーフコースを回ったが、光輝はその日が初めてのゴルフであった今日子に大惨敗してしまうのであった。
「ミツ、ごるふは上手くなったのか?」
「前よりは」
「何とも判断に迷う回答だな。上手くなったとも、結局下手なままだとも受け取れるぞ」
最初は津田領内で光輝夫妻と、年配の重臣のみでたまにプレイするくらいであったゴルフであったが、それを信長が聞きつけて興味を持った。
信長の命令で急遽石山近くにゴルフ場が造成され、今日はそのオープンイベントとしてゴルフ大会が行われる事となった。
光輝も、今日子と共に接待ゴルフなので参加する予定だ。
二人でこの時代の職人が作った新品のゴルフ道具を持って参加している。
「(接待ゴルフだから、大殿に勝ってはいけないな)」
「(みっちゃんは、全力を出しても大殿には勝てないと思うよ……)」
信長も事前に練習をしたそうだが、少なくとも光輝よりも圧倒的に才能があってすぐに上手くなっていた。
別に、光輝のゴルフの腕前が極端に下手というわけではない。
今日子と信長に才能がありすぎるだけなのだ。
「(別に、ゴルフが下手でも生きていけるし……)」
今日子に事実を指摘された光輝は、一人いじけてしまう。
「(ゴルフが下手でも、みっちゃんには他にいい所が一杯あるから)」
「(それは、慰めているのでしょうか? 今日子さん。それよりも、今日は……)」
ゴルフの上手い下手など、光輝にとっては些末な問題であった。
それよりも、今日はもう一人ゲストが接待ゴルフに参加する予定になっており、その人物がもう少しで来るのでゴルフ場は緊迫感に包まれていた。
信長の側近衆である森成利が、弟の長隆と長氏と共に兵を指揮して厳重にゴルフ場を警備している。
「到着されました!」
「これはお初にお目にかかります。織田太政大臣様」
「今日はごくろうであったな、上杉謙信よ」
その人物とは、あの上杉謙信であった。
上杉家は織田家に臣従していたが、謙信は今まで決して信長の元に赴いて頭を下げなかった。
彼の後継者である景勝が信長に会って頭を下げているので問題はないのだが、信長としては、何とか謙信にこちらに来て頭を下げてもらいたかったのだ。
そこで、その仲介を光輝に依頼した。
ところが、謙信も強情でなかなか首を縦に振らない。
特に、石山城で直接信長に頭を下げるのを謙信は拒んでいた。
板挟みになった光輝は……駄目元だと思って非公式での対面を提案……信長が謙信をゴルフに誘って、それを謙信が受け入れたというシナリオを考えつく。
公式の場ではないが、謙信も信長に会えばタメ口というわけにはいかないし、一緒にゴルフした事実は日の本の偉い人達には伝わるだろうというわけだ。
日本人らしい玉虫色の案であったが、光輝は未来の人間でも日本人である。
こういう結論にもっていくのに違和感などない。
彼は、世の中そう簡単に白黒つけたれたらどんなに楽かと思っている種類の人間なのだから。
「今日は、共にごるふを楽しもうぞ」
「それは勿論」
さすがに謙信は信長を太政大臣様と呼んで敬う態度を見せたが、それは決して本心からではない。
彼も気合を入れて光輝からゴルフを習い、オリジナルのゴルフ道具を持参して信長を圧倒しようとした。
非公式の場だから一応頭は下げてやったが、俺は決してお前の風下には立たないというオーラを漂わせている。
謙信は、光輝に特注のゴルフ道具を注文した。
ゴルフバッグも、クラブも、ウェアも、ボールも、すべて黒地に毘沙門天が豪華にあしらわれている。
ちなみに、このゴルフ道具を装飾したのは、最近この手の仕事が忙しい長谷川久蔵であった。
「なかなかの道具であるな。長谷川久蔵の作か?」
「太政大臣様も同じようですな」
「ああ」
信長も、金地に天下布武のゴルフバッグ、クラブ、ウェア、ボールなどを持参していた。
ハッキリ言って悪趣味であったが、なぜか謙信と信長が着たり持ったりすると不自然ではない。
「(でも、元ヤンキー同士が趣味の悪い道具を自慢し合っているみたいだな……)」
光輝から見ると、元ヤンキーでライバル同士の二人が、稼げるようになったのでオリジナルの高価な道具を見せ合って自慢しているようにしか見えなかった。
片や黒地に毘沙門天、もう片方は金地に天下布武である。
この二人でなければ、確実に子供などが見たら笑ってしまうであろう。
共に五十をすぎて厨二病が抜けていないと言われても、光輝は否定しにくかった。
「では、早速ゴルフを始めましょうか」
ゴルフは、光輝、今日子、信長、謙信の四人でコースを回る。
一人だけ圧倒的に光輝が下手なのでハンデがつき、他の三人は天才レベルで上手いのでハンデはつかない。
「というか、この三人は才能豊富だよなぁ……」
光輝も、初心者にしてはゴルフが上手な方である。
津田領でゴルフを始めた家臣達で、今の光輝に勝てる者はいなかったのだから。
それが、教えた今日子に一日で抜かれ、信長と謙信にも一週間で抜かれてしまった。
光輝は、才能の差というものについて考えさせられてしまう。
「第一ホールは、パー4です」
四人によるゴルフ勝負が始まり、各々が順番にボールを打ち始める。
第一ホールはオーソドックスなミドルコースで、パー4。
一番手の今日子、二番手の信長、三番手の謙信はナイスショット連発した。
「殿、なぜあの三人はあんなに上手なのでしょうか?」
「なあ、俺なんて埋没しちゃうよな」
光輝は、キャディー役を務めている佐伯惟定に思わず愚痴ってしまう。
彼は大友家が改易された後、祖父も父親も亡くしていたので残りの家族を連れて津田家に仕官した。
光輝は軍人でも内政官としても使えると、喜んで受け入れている。
将来の重臣候補という事で、今日は秘書代わりに連れてきていたのだ。
それと、今日子のキャディー役は佐竹義広、義重の次男であった。
光輝は内政官としての才能があると思っており、やはり秘書、付き人扱いで連れてきている。
見どころのありそうな若者を順番に短期間付き人や秘書に任命するのは、光輝の常套手段であった。
「どうせ勝てないし、あの二人には近寄り難いなぁ……」
「確かに、そんな雰囲気はありますね……」
あの二人とは、勿論信長と謙信である。
共に同じくらいの腕前でデットヒートを繰り返している。
「あの二人にからすれば、これが戦みたいなものとか?」
「かもしれませぬ」
結局信長は、謙信との直接交戦を避けた。
戦わずに臣従した謙信からすれば、自分はまだ信長に負けた事がないという自負があるというわけだ。
そこで信長は、今日のゴルフで謙信に勝って優位に立ってやろうという意図があった。
謙信も同じような事を考えており、だから道具の装飾にも気合が入っていたというわけだ。
光輝からすると、あれは元エリートヤンキー同士がメンチを切っているのと同じに見えてしまうのだ。
『津田様、もう少し納期に余裕を持たせていただけると嬉しいのですが……』
『すまないな、久蔵』
もっともそのせいで、長谷川久蔵は仕事が立て込んで悲鳴をあげる寸前にまで追い込まれている。
信長と謙信の無茶を断れない久蔵に対し、なぜか光輝が久蔵に謝る羽目になっていた。
「その二人よりも、今日子様の方が上手ですね……」
「我が妻ながら、何であんなに上手なのかなぁ……」
接戦を繰り広げる信長と謙信であったが、その二人を上回る成績をあげているのが今日子であった。
次々とスコアを伸ばしとまではいかないが、セミプロ級の腕前を見せていた。
「接待なんだから、下手でもいいんだけどなぁ……」
光輝が社長として参加したゴルフ接待では、わざと下手に見せる必要もなくゴルフが下手であった。
それでも、仕事の獲得には役に立った。
年配の取引先の社長や担当者は『まだまだだな。俺がスイングを見てやろう』と、嬉しそうに光輝に指導しつつ、あとでちゃんと仕事をくれたからだ。
光輝は本能で、おっさんとジジイはゴルフの腕前に関係なく他人に指導したくてしょうがないのだと理解していた。
今日子のように上手すぎると、それができないから逆に不利なのではないかと思ってしまうのだ。
「ですが、わざと下手な振りをしますと、お二人に怒られてしまうのでは?」
確かに、惟定の言うとおりであった。
下手な媚など、あの二人は最も嫌うのだから。
「その前に、二人が完全に勝負の世界に入っていて、今日子様が気にならないのかもしれません」
「それもあるな」
光輝は、惟定の考えに納得してしまった。
信長と謙信は、自分こそが勝つのだとお互い相手の事しか気にならない状態であったからだ。
「お蘭! あいあんの五番だ!」
「ははっ!」
「与六、俺も五番の鉄だ」
「ははっ!」
信長は森成利をキャディー役に、謙信は織田家との折衝で石山にいた樋口兼続を呼び寄せてキャディー役を命じている。
兼続は朝鮮に兵を出している景勝の補佐で忙しいので本音では断りたかったのだが、そんな事は不可能であったし、これが織田家と上杉家の代理戦争みたいなものだと知ると、むしろ積極的に参加していた。
「ハンデ分があっても、俺はビリ確定かよ」
「今日子様が一番ですな」
最終ホールの時点で、トップの今日子とビリの光輝は既に順位が確定していた。
あとは二位と三位であったが、ゴルフに関しては今のところ謙信の方に才能があったようだ。
二打差をつけて謙信が勝っている。
「(いける!)」
「(このままでは……)」
信長に勝てると謙信は内心でほくそ笑み、このままではまずいと信長は危機感を抱いた。
「最終ホールは、パー3のショートコースか……謙信殿がバーディーでスコアを上げる可能性がある以上、大殿は……」
最低でもホールインワンをしなければ、これで負けが確定してしまう。
それがわかる信長は、見ていると胃が痛んでしまいそうな険しい表情を浮かべていた。
まさか、ここで謙信に負けるわけにはいかないと思っているのだ。
「お蘭! あいあんの三番だ」
「ははっ!」
蘭丸が三番アイアンを差し出すと、信長は第一打目を打つための精神集中に入った。
「(一打で穴に入れるのは奇跡に近いとミツが言っていたが、我が誘っておいて謙信に負けるのは我の矜持が許せない。ここは何が何でも一打で穴に入れるのだ。ふっ、これほどの危機、桶狭間に比べれば……)」
暫く目を瞑って精神を集中させてから、信長は迷いもなく最終ホールの第一打を打った。
ボールは一直線にグリーンへと向かい、落下したボールはコロコロと転がってカップインする。
いまだこの世界の住民が誰も成し遂げていないホールインワンを、織田信長が達成した瞬間であった。
「やったぞ!」
「大殿! お蘭は感動いたしました」
「ふっ! 成せば成るであるな」
信長が負けると思われていたゴルフ勝負の最後の最後で飛び出したホールインワンにゴルフ場は歓声に包まれた。
「これはいかんな……」
まさかのホールインワンで、今まで優位に立っていた謙信は逆に敗北の危機にさらされてしまう。
何とか気力で精神を建て直し、パーで上がるのが精一杯であった。
勝負はこれで引き分けとなり、信長と謙信による戦いは引き分けに終わった。
「まさか、ホールインワンが出るとは……」
「大殿は、ここぞという時に奇跡が出やすいような……」
信長の強運に、光輝と今日子は驚きを隠せない。
どっちが勝っても負けても問題なしというわけにもいかない状況で引き分け、最後に信長がいいところを見せたという試合展開からしても、信長には何か特別な幸運でもあるのではないかと思ってしまったのだ。
「さすがですな、織田太政大臣様」
「謙信、そなたもな」
こうして、二人の非公式会見は幕を降ろした。
このゴルフ接待の様子が後世一般に知られたのは、ちょうどこの時に信長の御付きとして参加していた太田牛一が日記に残していたからであった。
ただし、その成績については異論が多い。
牛一は、織田信長が日の本で最初にホールインワンを達成した人物だと書いたが、これに参加した謙信、今日子と共に相手が偉い人だから成績を盛ったと言われ、私的な日記なのだから成績を盛る必要がないという反論まで出て、いまだに異論百出の状態である事は記しておくべきであろう。
「大殿、ホールインワンおめでとうございます」
「よくぞ出たものよな」
ホールインワンは、四千人に一人、プロでも約千ラウンドに一回出るくらいの確率と言われている。
それを初コースで出すのだから、改めて信長の豪運さがわかるというものだ。
「おめでとうございます」
奇跡のホールインワンを出した信長は、多くの人達から祝福を受ける。
だが、ただおめでとうでは済まないのがホールインワンであった。
「大殿、ホールインワンを出した人はここにいる人達とお祝いをしないといけないのです」
「そういうものなのか。よかろう、我のほーるいんわん存分に祝うがいい」
あまりよく考えないで光輝の提案を受け入れた信長は、翌日顔を青ざめさせた。
ゴルフ場にいた全員に豪華な料理と酒を奢り、お祝いだと金一封まで出したために莫大な出費を強いられてしまったからだ。
未来では、ホールインワンに備えてゴルファーが入る保険があったが、この世界でそれが出来たのは一世紀半もあとの話だ。
信長に出せない金額ではなかったが、あまりの無駄遣いにお濃の方から叱られてしまう。
「お濃、ほーるいんわんなのだ」
「一回で穴に入れたくらいで、なぜそんなにお祝いをしないといけないのですか?」
「物凄い奇跡だからだ」
「……殿、過度な無駄遣いは避けた方がいいのでは?」
「費用は、我の奇跡を祝ってくれた者達への褒美ぞ」
「祝うだけで褒美? そんな無茶がありますか」
終始、信長とお濃の方の議論は噛み合わないままであった。
後の世には、ゴルフ創生の父は津田光輝、世界で初めてホールインワンを達成したのは織田信長だという記録が残るようになった。
だが、そのスコアがあまりによすぎるので、未来ではねつ造を疑う者が跡を絶たないのであった。