エピローグ
処理しなきゃいけない案件が多くて、エピローグなのに分量が普通の一話と同じになってしまいました。
しばらく人が来なかったからか、エルザ神殿は地味に荒れていた。
「こら、なかなか散らかっとんなあ」
「この分だと、台所とかあんまり想像したくない事になってるかも」
「せやなあ。腐敗防止があるっちゅうても、全部そこにちゃんと仕舞っとる訳でもなさそうやし」
荒れ具合と散らかりようを見て、色々不安を感じている風情の宏と春菜。探索の都合もあるので、散らかっているものは片付けてしまいたいのだが、よそ様のものをうかつに触る訳にはいかないのが悩ましいところである。
「っちゅうか、恐ろしいぐらいに人の気配があらへん。こういうところって、誰ぞ常駐の人間がおるんが普通やと思ったんやけど……」
「師匠、人どころか生き物の気配もほとんど無い」
「ますます物騒やな。バルドの上司も出て来おるし、一体何があったんやら」
何とも言い難い神殿の様子に、どうにも不安が抑えきれない一行。正直、今からもう一戦というと身が持たない。そう断言できる程度には、先ほどの激戦でいろいろ消耗している。
「……うわあ……」
そんな不安に追い打ちをかけるように、真琴が呻くような声を上げる。それを聞きつけた宏達が駆けつけると……。
「……えらいことになっとんなあ……」
そこには、聖域にはふさわしくない光景が広がっていた。
「……ヒロ、どう思う?」
たくさんの躯、それも尋常ではない殺され方をしたであろう人々と、彼らに対して真摯に祈りをささげている春菜を見ながら、乾いた声で宏に問う達也。その言葉に反応するように、表情が凍りついたままの宏が一つ祈りをささげた後、そっと遺体のそばに歩み寄ってじっくり観察する。
「……恐らくは呪いの類や。それも、残っとる痕跡からいうて、そうとう手の込んだ、回りくどいやり方しとる。恐らく、何代もかけて、本人も気が付かんように呪いの濃度と純度を上げて、今回のタイミングで何らかの手段で引き金引いた、っちゅう所やろう」
「その呪いは、大丈夫なのか?」
「何とも言えんけど、呪詛の本体自体は消えとる。ただ、僕がこの位分析できる程度には影響が残っとるから、そのまま放置しとくんも厄介や」
宏のその言葉を聞き、祈りをささげていた春菜が立ち上がる。そして、息を大きく吸い込むと、朗々と鎮魂歌を歌い始める。
春菜が歌を始めてすぐ神聖な気配を纏った誰かが現れるが、まずは歌が終わるのを待つべきだろうとあえて誰も反応しない。現れた誰かも春菜の歌を聞いているらしく、誰も反応しない事に何も言わずにじっとしている。
数分後、歌が終わりその余韻も消えた所で、現れた人物が口を開いた。
「ありがとうございます、春菜殿」
「私は、私がやりたい事をやっただけです」
「あなたの行いは女神として、この聖域を管理するものとして、どれほど感謝しても足りません。ですので、せめて感謝の言葉ぐらいは受け取ってください」
そう言って、もう一度頭を下げる女性。見た目でいえば三十路にかかったところか。全体的にふくよかな印象のある体型だが、春菜や澪のように一歩間違えれば不健康な印象になりかねないほど腰回りが細い訳ではない、というだけで、決して太っていると評価される事はない。言うならば、地に足の着いた、健全で健康な美。身にまとう神々しい雰囲気と合わせて考えるに、彼女が大地母神エルザで間違いないだろう。
「えっと、エルザ様でよろしいでっか?」
「ええ。私がエルザです」
何やら思うところがあるらしい宏が、再び頭を上げたエルザに、念のために確認をとる。エルザからの肯定の返事を聞いたところで、考えている事を実行するために、まずは許可を取る事にする。
「とりあえず、エルザ様。細かい話は後にしてええですか?」
「問題はありませんが、何かあるのですか?」
「気休めや、っちゅうんは分かっとるんですが、せめてお墓ぐらいは作ったげたいんですわ」
「……そうですね。お願いします」
あとで自分でやろうと思っていた事に対する宏からの申し出。それを受けて、またまた頭を一つ下げて頼む事にするエルザ。聞きたい事は山ほどありながらも、結局は自分達の倫理観に従って埋葬と供養を優先させる宏達であった。
「今回は、私の至らないところを色々と助けていただきました。本当に感謝しています」
「俺達は自分達の目的に従って行動した結果ですので、お気になさらず」
春菜を巫女の代理にしての埋葬と供養を終え、落ち着いたところで重要な話に移る。墓を作ったり惨劇の跡を掃除したりしているうちに日も暮れてしまったので、今日はこのままここで一泊するつもりだ。それゆえ時間は十分あり、腰を据えて色々な話を聞く事が出来る。
強力な呪詛が発動したであろう、結構な数の死体が転がっていた建物で寝泊まりするとか、普通の神経をしていたら正直遠慮したい状況であろう。だが、一番最後にこっちに来た達也と澪ですら、こちらの世界に飛ばされてから十カ月近く経っている。その間に単なる野営だけでなく、ダンジョン内での寝泊まりも経験しているのだ。もはや、たかが死人が出た建物ごときを気味悪がる可愛げなど、欠片たりとも残っていない。
「それで、色々確認したいところなんですがね」
「ええ、分かっています。何から話しましょうか?」
「そうですね。まずは、何が起こってこの神殿が孤立していたのか、それを確認しておきたいですね。フォーレ王も気にしておられましたし」
「分かりました。確かにスティレンの民にも不安を与えてしまっている事でしょうし、皆様も報告の必要がありましょう。こちらで分かっている範囲の事を全てお話しします」
その前置きの後、エルザが語った話。それは宏が呪いの残滓から解析した内容に多少肉づけした程度の話であった。
要点だけを抜き出すなら、千年ほど前に当時のエルザの巫女と恋仲となった男。その男が本人も気が付かないうちにその時のバルドにたぶらかされ、エルザの巫女の血脈に呪いを仕込む媒体となってしまったのだ。当然、エルザはすぐに気がついて解呪したのだが、タイミング悪くその直後ぐらいにバルドが仕留められ、その死に際に命を代償に巫女に強化した呪いをかけ直した。
命を代償にしただけに、即効性こそないが強力な呪い。厄介なことに、エルザはおろか、五大神の他の三柱(ザナフェルはこの時、すでに不在になっている)や知の神ダルジャンですら見抜けぬほど深く巧妙に魂に食い込まされたそれは、発動条件を満たすまでひそかに瘴気をため込み、濃縮し、しかも巫女の力により神々では探知できないよう細工をされて、代を重ねるごとに威力を増しながらその時を待っていた。
いくつかの効果が重ねあわされた呪い。その最初の一つが発動したのが、宏達がクレストケイブに到着する直前。そのトリガーを引いたのが、闇の主によるクレストケイブの鉱山のダンジョン化である。その直前ぐらいから肥大化した呪いにより調子を崩していた巫女には、発動した最初の呪いに抵抗する余地はなく、そこまで至ってまだ、エルザには呪いが見つけられなかった。
結果として辛うじて部分的な解呪が間に合い、その時点で死亡する事は避けられたものの、その時からずっと眠ったままになっている。その巫女を起こすために大規模な解呪の儀式を行おうとし、闇の主の神殿孤立化作戦による瘴気の増加とモンスターの活性化、それによって増えた死者の影響が噛み合って次の呪いのトリガーを二つ分ほど連続で引き、巫女以外の神殿に居る生き物全てを殺しつくしたのが先ほどの惨劇の経緯である。
なお、入り口の森の異変が恐ろしい事になっていたのも、トンネルがダンジョン化していたのも、闇の主の手で強化はされているが、基本的にはこの件で発生した瘴気が原因である。また、フォーレ王やその側近が巫女が死んだと認識していた原因は、呪いを受けて倒れたという情報が、宮廷に届くまでに悪意を持って捻じ曲げられたためだ。結果だけを見ると、大した違いはないのだが。
「で、その巫女はどうなってんです?」
「念のため封印処理をしてありますが、恐らく呪いを解いて覚醒させても、巫女としての務めは果たせないでしょう」
ある程度予想が付いている事柄を念のために確認する達也に、その場にいる全員が予想した通りの言葉を返すエルザ。
「そうですね。言葉だけでは納得できないでしょうから、ほんの少し封印を解きます。皆様の目で見て確認してください」
そう言って、この場に封印を施した巫女の身体を呼び出すエルザ。呼び出された巫女の姿は、酷いものであった。
「……エレ姉さんどころやあらへんな、こら……」
「宏でも無理なの?」
「僕が何とか出来るんやったら、エルザ様かアランウェン様が何とかしとるやろう。それか、アルフェミナ様が時間巻き戻すとか、な」
「あ~、なるほどね……」
宏の言葉に、酷く納得する真琴。物質側の世界に干渉するには色々と制約がある神々だが、巫女に対するアクションに関しては、その制約がかなり緩い。エアリスのように物理的な危機にさらされている時は無力だが、こういった呪いや病などの類に関しては、奇跡が起これば治るレベルならば普通に治しても問題ない。
裏を返せば、今のエルザの巫女は、奇跡が起こっても治らないのだ。
「彼女、何歳に見えますか?」
「……その問いを発するという事は、非常に若い、という事ですね」
「ええ。この子は十五歳、ファーレーンでは今年成人です」
「……」
どう見ても六十以下には見えない巫女の姿を、がく然とした表情で見つめる一同。
「一カ月、わずか一カ月で、呪いに寿命をほぼ食いつくされてしまいました」
一カ月、という期間に思うところがある春菜達が、思わず宏に視線を向ける。その視線を受けて、首を左右に振る宏。
「確かに派手に寄り道してたけどな。クレストケイブでいちびってんとさっくりこっち来とったところで、この呪いは僕の手には負えんから一緒やで」
「そうなの?」
「せやで。千年ものの、それもとことんまで濃度を凝縮した呪いなんざ、根本的に人間の手には負えん」
宏の言葉を肯定するように頷くエルザ。巫女の呪いに関しては、せいぜいトリガーを引くタイミングが多少ずれる程度で、宏達が寄り道をしていなくても結果はそれほど変わらないだろう。
今代の巫女の運命は、千年前に決まっていたのだ。
「これで、彼女の血筋は絶えました。私のミスで娘盛りを奪われ、命を食いつくされた彼女には詫びようがありませんが、残念ながら私にはそれを嘆き、悲しみ、悼む権限も猶予もありません。早急に、彼女から巫女の力を誰かに移譲しなければなりません」
「……ドライですね」
「これでも私は神です。己がミスが原因の一端とはいえ、人が死ぬ事をいちいち嘆いていては仕事になりません。それに、世界の維持のために、神罰と称して何度も何の罪もない人々を殺しているのです。私の巫女とはいえ、彼女だけを特別扱いする理由もありません」
淡々と告げるエルザに、そのドライさを批判しようとした真琴が口をつぐむ。割と残念な性格をしている事が多いので忘れがちになるが、彼女達は舞台装置として世界の維持を任された存在だ。巫女の存在によって人間寄りの立場をとってはいるが、必ずしも人間の味方では無いし、その倫理観が人間と同じでもないのである。
「それで、呪いを解いて起こさないんですか?」
「現時点では新たな巫女の候補もいませんので、解呪はともかく封印を解いて覚醒させるのは駄目です。下手に起こすと、力の移譲を行う前に寿命が尽きます」
「……そうですか」
ある面では予想が付いていた回答に、何も言えずに黙りこむ春菜。宏とエルザ、その双方からどうにもできないと断言されているのに、どうにかできなかったのかという後悔だけが頭の中をぐるぐると回る。
実際、アルフェミナ達がフォーレの鉱山ダンジョン化を阻止する協力をしていた頃は、まだ巫女が助かる可能性は残っていたのは事実だ。その時点で宏達では無くアルチェムとエアリスが来ていれば話は別だが、その頃は宏達ですら、まだフォーレに入ったばかり。可能性があったというだけで、結局はどうにもならなかったのだ。
「……とりあえず春菜、今更どうにもならねえ話はここで終わりだ。他の話をするぞ」
「……うん」
このまま済んでしまった事を愚痴愚痴と言っていてもはじまらない。そう判断して無理やり気分を変える一同。
「とりあえず、この神殿の状況は分かりました。それとは別に、私達が元の世界に戻る方法について、手がかりになるような事を教えていただけませんか?」
「教えて差し上げたいのは山々ですが、他の世界とのあれこれはアルフェミナの、知識や知恵の関連はダルジャンの担当です。残念ながら、私は大地に関連することと自分が直接関わったこと以外には大した情報は持ち合わせていません」
「つまり、アルフェミナ様に色々制約がある上に仕事が忙しい今、ダルジャン様以外からこの関連の情報を得ることは難しい、と?」
「そうなりますね。五大神などと言っても、全ての情報を完璧に共有できている訳ではありません。ダルジャンにデータセンター的な役割を任せていますし、そちらにアクセスして得た情報を渡すにしても色々制約があります。ダルジャンの持っている情報は、ダルジャン以外が人間に渡す事を禁じられています。例外として、自分の役割が関わる情報、たとえば私ならば大地に関連する情報なら、ダルジャンから得た内容をあなた方に伝える事が出来ます」
春菜の質問に対するエルザの説明で、意外と細かい規定がある事を思い知る一同。正直、非常に面倒くさい。
「ほな、次。僕と兄貴が妙なスキルを使えるようになったんですけど、これについて何か知ってはります?」
「もちろんです。本来なら、それらの技は私が目覚めさせる予定だったのですから」
「へっ?」
エルザから返ってきた回答に、思わず面喰った顔をする宏と達也。何というか、こう、碌でもない話が飛び出しそうで怖い。
「宏殿が使えるようになった二つと、達也殿が使えるようになった一つは、どちらも神の技、あなた達が言うところのエクストラスキルということになります。すべて大地の技に分類されるため、先ほどの戦闘で目覚めなければ、私がこの場で目覚めさせる予定でした。お二人とも、大方条件は満たしていましたしね」
「……まあ、エクストラスキルなんはなんとなく分かっとったんでええんですけど、ね」
「まあ、予想はついていたでしょうね」
「予想は。ただ、無理やり形にしたもんやから、いまいち仕様がよう分かってへんのんですけど、教えてもろうても?」
「ええ、もちろんです」
宏の要請に頷くと、技の大体の仕様を説明しはじめるエルザ。
「そうですね。まずは最初に宏殿が身につけた力場、ガーディアンフィールドについて説明しましょう」
宏が最初に目覚めたスキル・ガーディアンフィールドは、範囲内の任意の対象に、基礎防御力及び基礎魔法防御力の一部を一時的に譲り渡すスキルである。基礎防御力なので、防具貫通などの特性は無視できる。また、防御力を強化するスキルの一部については、割合で強化しているものでかつ基礎部分の増幅分のみではあるが、強化した防御力も一緒に渡す事が出来る。
譲り渡す、という表現から分かる通り、フィールドを展開している間は、宏の基礎防御力が一割低下する。技の性質を考えると、譲り渡す人数が増えると一人頭に渡せる防御力が下がるか宏の防御力の低下量が増えそうなイメージはあるが、どちらも渡す人数の影響は受けず、維持に必要なスタミナと魔力の消費量が増える。
防御力の低下量は一割で固定、譲り渡した相手の防御力上昇量、譲り渡せる範囲、及び譲り渡す相手一人頭に対するスタミナと魔力の消費量はスキルの熟練度によって変わり、防御力の上昇量は恐らく最高で三割前後になるだろうとの事。
発動までに若干のタイムラグがあるがクールタイムの類はなく、持続時間の制限も無し。維持コストさえ支払えるのであれば、常時展開できるスキルだ。もっとも、慣れて無意識に防御力を渡す相手を識別できるようになるまでは、常時展開などやろうと思っても出来ないだろうが。
「いまいち低下量は分からんかったけど、一割ぐらいやったらどうとでもなるやろう」
「宏君、スタミナとかの消費はどんな感じだったの?」
「二人ぐらいやったら戦闘中の自然回復量と釣り合うとるかやや回復量が勝っとる感じやから、恐らく大したことあらへんのんちゃうか」
「なるほど」
宏の言葉に頷く春菜。言うまでも無い話だが、大したことないだのどうとでもなるだのは、宏だから言えることだ。宏のスタミナや魔力の回復量と釣り合うスキルなど、普通はそんな長時間展開できない。しかもこの発言には、自身がスキルを得て耐久や精神の能力が上昇している、つまり自然回復量も増えているという視点が見事に欠けている。
それに、過剰な防御力を持つ宏だから一割低下を鼻で笑えるが、戦闘廃人と比較しても硬い方に入る澪でも、一割下がれば結構影響が大きい。適当に数値を決めて計算してみれば分かる事だが、防御力が一割下がれば、場合によっては受けるダメージが倍ぐらいに跳ね上がるのだから、当然である。下がるのは基礎防御力だけなのだから多少影響はマシだが、それでもホイホイと使う決断が出来るスキルではない。
「で、他のスキルは?」
「達也殿のスキルは地脈接続。名前のとおりです。詳しく説明しようと思えばいくらでも詳しく説明できますが、必要ですか?」
「いえ。その名前と先ほどの弾幕で大体の性質は把握しています。体に対する負担も、慣れてちゃんと制御できるようになれば軽減できそうなので問題ありません。問題があるとすれば、どの程度の深さの地脈まで接続できるか、ですが……」
「慣れれば大気圏の外からでも接続できるようになりますよ。相当訓練が必要でしょうけど」
エルザのその言葉に、微妙に顔色が青ざめる達也。そこまでとなると、もはや人間では無いのではなかろうか。そんな疑問が無きにしも非ずである。
なお、言うまでも無い事だが、地脈までの距離が長くなればなるほど制御が難しくなり、接続を維持するコストも跳ね上がる。今の達也だと、地脈の真上以外で使うのはほぼ不可能だろう。
「あと、達也殿は地脈に接続したときに、保有できる魔力量と体内で生成できる魔力量、外部からの魔力回収能力が大きく増えているかと思います。理由は説明しなくても分かるかと思います」
「まあ、地脈の影響ってのはなんとなく」
「残念ながら、出力の方はほとんど変わりませんので、そちらは自力で何とかしてください」
エルザの言葉に頷く達也。たった一つスキルを覚えただけで、何でもかんでも問題が解決する訳がないのだ。
説明されていない部分で補足しておくならば、地脈接続は一度使えば二時間程度の冷却時間が必要となる。このスキルに限っては、他のスキルのようにそういう法則だからという理由ではなく、一度地脈と接続すると地脈側も術者側も魔力循環がおかしくなるからで、技量が上がれば冷却時間も短くなる。もっとも、そもそも地脈接続を行っている状況だと、術者の肉体の限界まで接続時間を延ばしているだろうから、どちらにせよそれなりの時間休憩しないと接続そのものを失敗するだろうが。
「他の説明は特に必要なさそうですね。では、宏殿が最後に使った技、金剛不壊について」
「そっちも、大体の事はなんとなく分かりますわ。防御貫通とかの類をキャンセルできる、かなり高倍率の防御力向上技でっしゃろ」
「基本はそんなところでしょうね。いくつか補足しておきますと、その技を使えるようになるという事は、そのための体に変化するという事なので、何もしなくても防御力や抵抗力の類が大きく強化されます。また、相手の攻撃がエクストラスキル相当のものでない限りは防御貫通の類の機能を一方的に打ち消せますが、相手の攻撃も同等レベルであれば、相手の攻撃を防いだ後に金剛不壊の効果が解除されます」
「まあ、現状やとそんな長時間使えん技やから、ほとんど相手の攻撃を相殺する以外には使えん感じですけど」
「そこはもう、訓練しかありません。何度も使えば恐らくそのうち、常時展開できる程度には消耗も抑えられるようになるでしょう」
「常時展開とか、あんまり考えたあない状況やなあ……」
これまたとんでもない事を言い出すエルザ。この分だと、真琴のイグニッションソウルもいずれ常時発動できるようになりそうだ。
「あ、せやせや。さっきの話で気になったんやけど、ガーディアンフィールド展開中に金剛不壊使うたら、どないなります?」
「金剛不壊の効果が、ガーディアンフィールドの効果に乗ります。あと、金剛不壊を習得した時に増えた防御力は普通に生身の防御力ですので、当然ガーディアンフィールドの効果を底上げします」
さすがエクストラスキルというべきか。何処までも過剰な性能である。現時点で普通に使えるのはガーディアンフィールドだけだが、これも覚えたのが宏だから使える、という面が強い。
「説明はこんなものでよろしいでしょうか?」
「俺の方は問題ありません」
「僕も大体分かりましたわ」
宏と達也の言葉に一つ頷くと、次の話に移るエルザ。
「それでは、皆様に今回のお礼として、いくつか力を与えましょう」
その言葉と同時に、アランウェンの時同様に掌から光を出して一行を包みこむエルザ。三回目ともなると、この急に力が湧いてくるこの感覚にもいい加減慣れてきたらしく、戸惑うことなく中身の説明を待つ宏達。
「まずは、大地の力を扱う術を皆様に刻み込みました。これで、地属性の魔法や技の効果が強くなります。また、土や金属を使って作るものの質や性能が若干良くなります」
「そこは、やっぱり基本なんですね」
「ええ、基本です」
どうでもいい事に突っ込みを入れる真琴に対して、真顔で頷くエルザ。大地の女神として、大地の力を扱う術を刻みこむのは絶対に外せない要素だ。
「それから、皆様に大地系の技と魔法のうち、身につけられそうなものを全て伝授してあります。残念ながら、宏殿は初歩のものしか身につけられませんでしたが……」
「そらまあ、そうやろうと思いますわ」
エルザの申し訳なさそうな言葉に、特に気にする様子も見せずに答える宏。そもそもそれを言い出せば、イグレオスは宏に対しては技の類を一切くれなかったのだ。そのイグレオスと比べれば、初級のスキルだけでも普通にまとめて伝授してくれただけエルザは良心的な方である。
因みに、イグレオスが宏に技の類を伝授しなかったのは、わざわざその手の技を使うより、簡易エンチャントで属性付与をして通常攻撃かスマイトで殴る方が威力があるからという、身も蓋もない理由からだ。
「その代わり、宏殿には神の農園と神の道を作る資格を与えておきました。農園はすでに条件を満たしていましたし、神の道も時間の問題でしたので」
「……ねえ、エルザ様……」
「なんですか、真琴殿?」
「これ以上この生産狂いの生産能力を強化してどうするんですか!!」
「宏殿なら、どう転んでもいずれこの領域に至るかと思いますが?」
真琴の突っ込みに対し、身も蓋もない事実をつきかえすエルザ。
「まあ、それはそうだとして、宏君」
「何や?」
「これで、今持ってない生産系のエクストラって何がある?」
「せやなあ。エンチャント、家具製造、釣り、料理やな。どれも多分、後はきっかけやと思うで」
「料理はともかく、釣りも?」
「元々、釣りはこっち来る前の時点で、カンストまで残り熟練度十を切っとったからな。ウルスおるときは、たまにこっそり大物釣って漁港に買い取って貰うとったし、鰹節に使った鰹も半分ぐらいは自分で釣ってきた奴やで」
達也達が合流する前の事を話す宏に、そんな事をしていたのかとジト目を向ける一同。道理で、漁港の連中と妙に仲がいい訳である。
「あら、気が付いていないのですか?」
「気が付いてへん、とは?」
「宏殿は、もう神の調度品を作る事が出来ます、というより、作っているではないですか」
「……なんですと? そんなもん作った記憶あらへんけど……?」
いきなり恐ろしい事を言われ、必死になって思い出そうとする宏。それらしいものといえば、ベヒモスの革でソファーを作った事ぐらいだが……。
「もしかしてやけど、あのベヒ革のソファー……?」
「はい。素材としてはぎりぎりのところですが、スティレンの工房にあるソファーは神の調度品として認められています」
「マジかい……」
エルザに断言されて、思わず頭を抱える宏。身につけていた事に対して、ではない。その切っ掛けが、暇つぶしに作ったソファーである事に対してだ。確かにベヒモスの革クラスの素材で家具を作った事はないが、正直それほどの難易度では無かった。ダンジョンの中で暇つぶしにあり合わせの道具と材料で作れる程度なのだから、難易度が高いと判断する理由がない。
「そうそう、アランウェンから忘れてたから代わりにと頼まれていたので、植物を使って作ったものの性能を気持ち強化する祝福を授けておきました。これで、薬類に関しては今まで以上に有利になるはずです」
「忘れとったんかい……」
「忘れていたそうです」
貰いものなので一つ二つ足りなくても文句を言う筋合いはないのだが、何ともアバウトな話に微妙に呆れてしまう宏。
「後、最後にお願いとセットで、もう一つの祝福を」
そう言って、再びエルザが宏以外の全員を光で包む。
「……今のは?」
「宏殿以外の皆様の、身を守る力を強化しておきました。副次効果として、今までより体力切れや魔力切れも起こりにくくなっているはずです。宏殿は金剛不壊で身体を作りかえた直後ですので、直接肉体に干渉する事は避けました」
その言葉に、最後にエルザが行った事の正体を確信する一行。どうやらエルザは、宏以外の四人の耐久と精神を直接増加させたらしい。最も手っ取り早く、効果的な手段をとったようだ。
「なんだか、ものすごくいい報酬をもらってしまったようですが、お願い、というのは何でしょうか?」
中身を理解してやや引きつつ、どんな無理難題を言われるのかと警戒をにじませながら問いかける達也。かなり失礼な態度ではあるが、すでにいろいろ崩れてきているので今さらだろう。
「それほど無茶を言う訳ではありません。新たな巫女の継承の儀式、それに立ち会っていただきたいのです」
「……その程度の事で、ここまでの報酬を何故?」
「どうせ、新たな巫女も皆様になにがしかのご迷惑をおかけします。その迷惑料の前払いも含んでいます」
エルザの言葉に妙に納得し、ありがたく最後の報酬を受け取る一行。後処理も全部終わったところで、そのまま夕食と泊まりの準備に入る。
夕食にベヒモスもも肉のステーキなどをエルザにも振舞ったが、どうやらこれだけではまだ神々の晩餐には届かないらしいと分かった神殿での一夜であった。
翌日。
「皆の者よ! 此度の一件で逝った者達の分まで、今宵は飲みあかし語りつくそうぞ!」
フォーレ王のその一言で、真昼間から大宴会は始まった。
「……僕が言うんもあれですけど、こんな昼間っから城を上げての大宴会とか、大丈夫なんでっか」
「一日ぐらい宴会で潰しても問題ないように、主らを送り出す事が決まってから限界まで仕事を前倒し潰したからな」
「人の事は言えんけど、情熱を向ける方向が間違っとりません?」
「宴会のためにとことんまで情熱を傾けるのが、儂らフォーレ人のたしなみだ」
駄目だこの国、早く何とかしないと。思わずそんな事を考える宏達。とは言え、宴会のために頑張りすぎる点に関しては、世代によってはだが彼ら日本人も人の事は言えないのだが。
「……なんだ、ありゃ……」
「このフォーレ城が誇る大宴会の目玉、チキンタワーだが何か問題でも?」
「いや、こう、豪快ってレベルを超えてるってか……」
達也が運び込まれた料理を見て、引きつった声でその説明に突っ込みを入れる。何しろ、その鳥の丸焼きはどうやって積み上げたのか、人の頭よりも高い位置まで積み重ねられているのだ。
他にも豪快に盛られた生野菜サラダ、寸胴鍋いっぱいのシチュー、人の顔より長いスペアリブなど、酒以上に分量というものを考えていない料理がどんどん運びこまれる。存在しないのは、酒にあうものが少ない甘味の類だけである。
「一番乗り」
「澪、お前平常運転すぎるぞ……」
「少しタレの塩気がきつすぎる。後、ハーブは効かせればいいってものじゃない」
「本気で平常運転だな……」
運び込まれてすぐに鳥の丸焼きを回収してきた澪が、達也の突っ込みにめげずに淡々と平らげる。食が細いと言われている日本人なら、それだけで他に何も入らなくなりそうなサイズだ。フードファイターでもない限り、いきなりこれから行くのは無謀に過ぎる。
「達兄は食べないの?」
「流石に丸一羽は無理だ……」
「言えば切り分けてもらえるみたい」
澪の指摘に確認してみると、確かに切り分けてもらっている人がちらほらいる。というよりむしろ、丸一羽抱えてかぶりついている人間の方が少数派である。
「樽から直接なんて風情のない真似は、このあたしが許さないわよ?」
見ているだけで腹いっぱいになりそうな光景から目をそむけていると、そんな真琴の啖呵が聞こえてくる。
「何やってんだよ、真琴……」
「この人がね、樽から直接行くとか言い出したから説教してたのよ」
「別にいいじゃねえか、人の事なんざ。どうせここの人たちはそれぐらい飲むんだからよ……」
真琴の説教に呆れながら突っ込みを入れる達也。飲み食いに関しては無礼講という今回の大宴会、ちゃんと残さずに飲み干すのであれば、樽に直接口をつけてあおったところで基本的に問題ない。
「この樽が、貴重なお酒だったらどうすんのよ?」
「それが本音かよ……」
真琴の本音を聞き、思わずぐったりしながら突っ込みを重ねざるを得ない達也。考えるのが面倒になってきたため、思わず余計な提案をする。
「だったら、こいつで飲み比べでもすればいいじゃねえか」
「あ~、なるほど。酒のトラブルは酒で、ってね。そっちはいい?」
「ドワーフが酒で挑まれて逃げると思うたか?」
達也の提案に、一も二も無く頷く飲兵衛二人。言うまでも無く、用意した酒はドワーフ殺しである。
「で、この流れだとそろそろ……」
いつの間にか春菜が居なくなっていた事に気が付き、宏の元に戻りながら宴会場の演壇に視線を向ける達也。見ればフォーレ王と何やら話していた宏も、そろそろだと気が付いたか演壇の方を向いている。
「国王陛下のお言葉により、僭越ながら何曲か披露させていただくことになりました。まずは、エルザ神殿本殿の今回の事件で命を落とされた方のために、鎮魂歌を歌わせていただきます」
それほど声を張り上げている訳ではないというのに、割と騒がしい宴会場の隅々まで春菜のあいさつが届く。その言葉を聞いた参加者の注目が集まったところで、鎮魂歌を朗々と歌い始める春菜。この時ばかりは、厳粛な雰囲気が場を覆う。
もっとも、厳粛な雰囲気なのは、その一曲かせいぜい三曲目ぐらいまでの間だけなのはもはやお約束ではあるが。
「……いくら宴会の場で酒飲みばっかりだとはいえ、いきなりスー○ラ節ってのはどうなんだ?」
「まあ、受けとるからええんちゃう?」
終わった途端に響いた歌声に、疲れた顔で突っ込みを入れる達也。恐らく、明るくて軽いノリの歌、辺りのリクエストを受けたのだろう。春菜は、二曲目から速攻で残念な選曲に入っていた。
その後も海外ではスキヤキの名で知られている歌や甘い思い出を歌った八十年代を代表するアイドルソングなどしんみりした歌から、同じく八十年代を代表するアイドルが着物風の奇抜な衣装で歌ったシャープな歌、黒田節や炭坑節などの民謡、更にはド○フなどのコミックソングまで無駄に幅広く十曲ほど歌い上げる。
「毎度のことながら、すごい才能なんだがなあ……」
「これぐらい残念なとこがないと、一緒におるんもしんどいで」
「とりあえず、スー○ラ節で感動の嵐に叩き込むのはやめてもらいたいところだぞ」
どうやら、スー○ラ節で歌われている人間のある種のどうしようもなさは、フォーレの人たちにも十分通じたらしい。というより、フォーレだからこそ何処よりも共感を得られた節はある。
「はあ、お腹すいた……」
ステージが終わった春菜が、空腹を訴えながら戻ってくる。それを見て、さっきまでの話題をさっさと打ち切る事にする宏と達也。
「お疲れさん。鳥の丸焼きがまだ残ってるぞ?」
「澪ちゃんじゃあるまいし、丸一羽はちょっとつらいよ」
「だよな?」
春菜の一言に、思わず同意する達也。宏も、流石にそこは同感らしい。
「とりあえず、いろいろもらってきたから、ちょっとずつつまもうかな、って」
そう言って大きめの皿を見せる春菜。その皿には、彼女の言葉通りバランス良く色々な料理がとり分けられていた。
「ヒロシ様、ハルナ様、タツヤ様、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
「あ、エルちゃん、アルチェムさん」
料理をつつきながら駄弁っていると、エアリスとアルチェムが声をかけてくる。その声に振り向いて……。
「アルチェムさん、なんだかぼろぼろのような……」
「どう言う訳か、絡まれるんですよ……」
妙に服が乱れているアルチェムの姿が目に入る。
「チェムちゃんターゲット~」
「美味しいイベント盛りだくさ~ん」
「ここからは大人のじか~ん」
「ああ、なるほど……」
乱入してきたオクトガルの言葉に、納得の声を漏らす春菜。どうやら、アルチェムのエロトラブル誘発体質がばれたらしい。宴会でちょっとエッチなイベントというのは、いろんな意味で美味しい。しかも、アルチェムの場合、ちょっときっかけを与えてやれば特に手を出さなくても合法的にイベントが起こる。
「とりあえず、こっちに避難しておいた方がいいよ」
「まあ、どれだけガードできるか分からねえけどな……」
そう言いながら、さりげなくアルチェムを人の視界から隠すように動く春菜と達也。宏もアルチェムの姿を目に入れないようにしながら、ブラインドになるように協力する。その心遣いに感謝しながら、いそいそと身づくろいを始めるアルチェム。どうやら、今回はトラブル発生は避けられたようだ。
「それにしても、エルちゃんもやっぱり鳥肉は切り分けてもらったんだ」
「あの、ハルナ様。いくら私が食いしん坊でも、鳥を丸一羽は無理です」
切り分けられた鳥肉を食べていた所を見ての春菜の言葉に、割と本気で抗議の声を上げるエアリス。鳥を丸一羽食べてまだ普通に食事をし、縦にも横にもほとんど肉が付いていない澪は何なのか、と小一時間ほど問い詰めたくなる話だ。
「それにしても、これはこれでいい宴です」
「そうなの?」
「はい。少々もめごとがあっても、特に瘴気が発生する事も無く、というよりむしろ綺麗に浄化されています」
「この光景を見てると、いまいち納得できねえなあ……」
「だよね……」
エアリスのその言葉に、どうにも納得できない声を上げる達也と春菜。その言葉に、小さくクスッと笑うエアリス。
「まあ、何にしても、フォーレのごたごたもやっと終わったで」
「ほとんど寄り道だったけどな」
「ええやん。そのおかげで装備一新できたんやし」
宏の言葉に苦笑するしかない春菜と達也。装備を一新していなければラストバトルがやばかったのは事実なので、あまりきつく文句を言えない。
「あ、そうだ。素材って何もらったの?」
「アミュオン鋼のインゴットを五十キロほどやな。まだ使い道は決めてへんけど、作るんやったらまずはうちらの装備より、エルとアルチェムの装備を作りなおした方がええかもしれんで」
「その心は?」
「他の素材が揃うまで、作れる装備が今の奴から一割程度の強化にしかならんのよ。作ったばっかりで他に使いまわし効かん装備捨てるにゃ、ちょっと性能的にもったいないなあ、思って」
「なるほど」
宏の言葉に納得する春菜。内心でこっそり、どうせまた自重しないものを作るんだろうなあ、とか、もしかしたら他の素材が揃う前に神鋼とかが手に入ってお蔵入りになるかも、とか、微妙な事を考えていたのはここだけの話だ。
「何にしても、エルザ様の巫女の後任が決まるまであまりうろうろできんし、よう考えたら即死回避の使い捨てアイテムの材料も集めてへんし、もうしばらくはフォーレにおらんとあかんやろうなあ」
「あ、ヒロシ様。エルザ様の巫女の事で、アルフェミナ様とアランウェン様から伝言が」
「えっと、まったく目途が立っていない上、どう短縮しても一カ月やそこらでは決まらないから、先にローレンでの用事を済ませて来い、だそうです」
「なるほどな」
どうやら、アルフェミナ達はもうしばらくエルザのフォローを続けねばならないらしい。
「どっちにしろ、ウルスとダールの工房の様子も見なあかんし、そんなかからんっちゅうても素材集めは必要やし、すぐにローレンに行かれへんのは一緒やけど」
「大図書館に賢者の学院か。どんな所か楽しみだよね」
「せやな」
大きな仕事も終え、いろいろ核心に迫ってきた手ごたえを感じながら、次の国に思いをはせる宏達。フォーレでの大きな事件は、こうして多少仕事を残しながらも幕を下ろしたのであった。
今回ゲットしたエクストラスキル、それ自身は性能はともかくビジュアル面では非常に地味な気がする。
地脈接続も弾幕張ったから派手なだけで、起動しただけだと見た目が何も変わらないし。