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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

フォーレ編後日談・こぼれ話

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こぼれ話 その1

1.オクトガルの子守

 オクトガルは、基本的に暇である。なので、気が向けばどこにでも顔を出す。

「遊びに来たの~」

 この日、オクトガルが顔を出したのは、ファーレーン王の正妃・エリザベス妃のプライベートエリアであった。無論、普通は関係者以外立ち入り禁止だが、神の眷族である上にダンジョン化していなければどこにでも転移できるこの謎生物に、それを言って阻もうとする人間はこの城にはいない。やろうとするだけ時間と労力の無駄だからだ。

「あら、いらっしゃい」

 現れた三匹のオクトガルに、特に動じずに挨拶をするエリザベス妃。手のかかる双子の赤子をあやしながらなので立ち上がったりは出来ないが、それなりに歓迎の意思は見せる。周りに控えている侍女たちも、特に何も言わない。

 なお、言うまでもないことながら、ファーレーンに限らずどこの国でも、王妃だけで子育てなどしない。むしろ、王妃はそれほど積極的に子育てに関わらせてなどもらえず、昼間でかつ子供が起きている時間にこうやってふれあいのひと時を作って貰うぐらいが関の山。授乳はともかく、おむつを替えたりとかそういう作業は、やりたくてもなかなかさせてもらえないのだ。

 なお、赤子の名は、男の子がレドリック、女の子がエリーゼである。まだ生後半年にならないため、最近ようやく城内でのお披露目が済んだばかりだ。国民に対してはまだ正式発表のみで、お披露目はもっと先の事になる。

「赤ちゃん元気~?」

「ええ。とっても元気よ」

 オクトガル達に双子の様子を見せながら、ニコニコと微笑むエリザベス妃。双子も母親にしがみつきながら、オクトガルを見てキャッキャと喜んでいる。

「赤ちゃんと遊んでいい~?」

「ええ」

 王妃にちゃんと許可を取った上で、赤子と遊ぶオクトガル。マークの時はマー君で、なのに、赤子だと赤ちゃんと、になるあたり、マークは泣いてもいい。

「膨張~」

「伸び~る」

「大かいて~ん」

 顔の部分だけ膨張させたり、明らかに設定されているより長く足を延ばしたり、複雑怪奇な回転運動をしたりして双子をあやすオクトガル。双子の方も大喜びだ。更に複数のおもちゃを同時に振ったりといった、オクトガルの身体だから出来るあやし方もする。さらに

「ひっさ~つ」

「三体合体~」

「オープン○ット~」

 などといいながら、明らかに合理的では無い動きで飛び回って合体するオクトガル。双子の反応に気を良くしたらしい。

 なお、当人達によると、三体合体の時は大人しい、やかましい、ポセイドンの三形態があるとの事。言うまでも無く、人間が見ても違いなど分からない。

「更に分裂~」

「高い高~い」

「バレルロ~ル~」

「遺体遺棄~」

「キャッチ~」

 赤子が二人ともしがみついてきたので、更に積極的に遊んでやる。安全のため一匹がトランポリン代わりになってスタンバイし、分裂で増えたものと合わせて二匹一組でふよふよへんな軌道で飛んだり、物騒な事を言いながらわざと落としてキャッチしたりと見てる方がはらはらしそうな遊びに走る。

 普通によい子は真似してはいけない遊びだが、仮にも神の眷族だけあって、オクトガルの安全対策は完璧だ。キャッチする際にも軟体動物の体を上手く活かして、赤子に一切衝撃を与えずに受け止めている。

 最初の頃はその余りに豪快な子守の仕方に焦っていた関係者たちだが、オクトガル達が見た目よりはるかに丁寧に赤子を扱っている事に気が付いてからは、余計な口を挟まなくなった。

「あうあ~」

「そろそろおしまい~」

 双子がはしゃぎすぎて疲れているのを見て、不思議な動きでなだめてから王妃に返すオクトガル達。名残惜しそうにしていた双子も、王妃と乳母に抱かれたところで目がトロンとし始める。

「そろそろ帰るの~」

「おじゃましました~」

「はい、またいらっしゃい」

 赤子が眠ってしまったのを確認して、起こさないようにちょっと声をひそめて挨拶をした後、さっさと転移して立ち去る。

 オクトガルが立ち去った後には、眠ってしまった我が子をいとおしそうに抱くエリザベス王妃とそれを見守る人たちが残されるのであった。







「リリアちゃん元気~?」

 続いてオクトガルが現れたのは、ダール王宮の王太子夫妻の住居であった。

「うむ」

「あれ以来、特に病気もしてないわ」

 唐突に表れたオクトガルに、特に驚く事も無く平然と返す王太子夫妻。彼らも慣れたものである。

「膨張~」

「クッション~」

 おもちゃで遊んでいたリリア姫(まだ親が即位していないので、現時点では王女ではない)が立ち上がろうとしたのを補助するために、膨張してクッション代わりになるオクトガル。妙に空気を読んだ行動である。

「あ~、う~」

 立ち上がったリリアが少し離れた場所に居る両親のもとに歩こうとして転倒。オクトガルクッションにバフっと埋まる。まだつかまり立ちを始めたぐらいの月齢なので、歩けなくて当然だろう。

「だ~、だ~」

 オクトガルクッションの弾力に喜び、上機嫌でぽよぽよし始めるリリア。しばらくそうして遊んでいるうちに、近くに浮いていたオクトガルの足に興味が移り、物凄い反応速度でパシッとつかんで口に入れる。丁度離乳食の時期だからか、元々乳幼児というのがそういうものだからか、今は何でも口に入れたがる時期らしい。

「食べちゃだめ~」

「悪い子にはお仕置き~」

「持ち上げて~」

「遺体遺棄~」

「キャッチ~」

「あ~、あ~!」

 必死になってリリアのつかんでいる手を振りほどき、唾液まみれになった足を謎生物特有の謎技能で清浄化した後、悪い子にお仕置きを開始するオクトガル達。

 とは言え、それなりの高さに持ち上げて落として怪我しないようにキャッチするだけなので、お仕置きになっているかどうかというと微妙である。その証拠に、一連の行為はリリアも大喜びだ。

「リリアちゃんそろそろおねむ~」

「帰るの~」

「また遊びに来る~」

「うむ」

「またいらっしゃい」

 ダールの未来を担うお姫様とさんざん遊んでから立ち去るオクトガル達。この後、オルテム村やウルスの工房付近の子供たちと遊んで、この日の暇つぶしは終わった。







 こんな感じで日々のんきに過ごしているオクトガル達。場合によっては赤子のおむつを替えたり寝かしつけたりもしてくれ、迷子をあっという間に探し出してくれるなど、周囲の人も地味に重宝していたりする。するのだが、弊害がない訳でもない。それは何かというと……

「いあいいい~、いあいいい~」

「遺体遺棄が来た~」

 子供がオクトガルの口癖である遺体遺棄という単語を覚えて、何かにつけて言いたがるようになるという、特に王家の教育係にとって微妙に頭の痛い問題である。何事も、いい事ばかりでは無いという典型例であった。







2.春菜の屋台・武闘大会編

「さて、仕込みの量は足りてるかな?」

 本日の商品を睨みながら、真剣な表情で呟く春菜。武闘大会に合わせての屋台、という意味では初日となる今日。この日の商品は三種。定番のカレーパンと鯛焼き、それにアドラシアザウルスのザプレ(ファーレーン風葉っぱの包み焼き)である。手間がかかるのは鯛焼きぐらいで、ザプレはワンボックス屋台のオーブン機能を使えば結構な数を順次焼きあげていけるし、カレーパンを大量に揚げるのはお手の物だ。

 最初酒粕があるので粕汁なども考えたのだが、どちらかというと寒い季節の料理なので、これから暑くなっていくこの季節にどれぐらい受けるかが分からないため、今回は見送った。

「この屋台は何を売っているのかな?」

 オーブンに火を入れて、鯛焼きとザプレの最初のロットを焼き始めた所で、この日最初の客が現れる。初老のヒューマン種男性だ。

「ファーレーン料理、って事になるのかな? ファーレーンで大人気のカレーパンと伝統料理のザプレ、それから私達の故郷のお菓子で鯛焼きって言うのをね」

「ザプレとは確か葉っぱの包み焼きだったね。中身は何かな?」

「アドラシアザウルスのもも肉。独自の製法で臭みを抜いて柔らかく食べやすくした肉を、ミョクリムの葉で包んで焼いてるんだ」

 アドラシアザウルスと聞いて、好奇心を刺激された顔をする男性。アドラシアザウルスは五級ぐらいの冒険者がようやく仕留められる程度の強さを持つ恐竜で、皮は普通の職人が扱えるものとしては最高品質を持つ。半面、肉は食べられなくはないが、独特の臭みが強く、その上筋張ってかたいため、決してうまい肉とはいえない。もっとも、強さが強さゆえにその素材が流通することなどほとんど無く、肉を食べた事がある人間は滅多にいないのだが。

 なお、ミョクリムとはこのあたりで普通に見かける一年草で、大人の握りこぶし二つ分ぐらいは普通に包みこめる大きさの葉をつける草だ。その葉を燻すといい香りがするため、フォーレでは燻した葉を焼き物などの料理の下に敷くことも多い。基本雑草だが、それなりにフォーレの生活に根差した植物である。

「ならば、そのザプレを一つ。それから、カレーパンとやらもいただこう。鯛焼きは……、甘味はさほど得意ではないから、今回は見送るか」

「はーい。今焼き始めた所だから、ちょっと待ってね」

 注文を受け、てきぱきとカレーパンを揚げながら客にそう告げる春菜。ザプレがそこそこ時間のかかる料理である事を知っている男性は、特に文句を言うでもなく頷く。それに、屋台では見た事のない揚げ物があるのだ。細かい事を気にする気も起らない。

「そういえば、君はファーレーンの出身なのかね?」

「そうだといえばそうだし、違うといえば違うかな?」

「ふむ、ややこしそうな事情があるようだね」

「まあ、ザプレの焼き上がりを待つ間に説明できるか、って言うとちょっと怪しいぐらいにはややこしい事情があるかな」

 などといいながら、カラッと揚がったカレーパンの油を手早くきり、用意しておいた包み紙に包んで渡す。

「ほう、これは旨そうだ」

「ウルスではこれでも行列ができる店だったよ?」

「それは楽しみだ。ザプレの分も先に支払いを済まそう。いくらだ?」

「カレーパンが三十五ドーマ、ザプレが四十ドーマ」

「……カレーパンというのが意外と高いのも気になるが、高位のモンスター肉を使っているザプレが妙に安いね?」

 春菜に告げられた値段を聞き、怪訝な顔をする客。合計金額でいえばそれぐらいなのかもしれないが、モンスター肉が安すぎる。

 最低ラインの食事なら十ドーマぐらい、家賃を考えないのであれば一日百ドーマあれば暮らしていける事を考えると、カレーパンは間違いなく高い。

「カレーパンに使ってるカレー粉が、今現在は需要過多で値段が高いんだ。私のところは自前でカレー粉を調合してるから値段を下げてるけど、それでもあっちこっちの兼ね合いがあるからこれ以上はちょっと厳しいの」

「なるほど。カレーパンに関しては理解した。ザプレは?」

「仲間が仕留めてきた肉だし、需要ないから値段が付かないんだよね。だから、ちょっと安めに設定してあるの」

「なるほどな」

 春菜の説明に納得し、七十五ドーマ支払う客。丁度それぐらいのタイミングでザプレの最初のロットが焼き上がってオーブンから出てくる。

「はい、お待たせしました」

「これまた、いい焼き上がりだ」

 素手で持つにはまだまだ熱いザプレ。それを乗せた葉っぱの皿を受け取る客。この世界では、賢者の国・ローレンのおかげで紙はそこまでの貴重品ではないが、流石に紙皿のようなものは存在しない。機密でも何でもないちょっとした書類に使われた古紙は捨て値同然で大量に出回っているため、新聞紙のように屋台などで料理を包むのに使われていたりもするが、せいぜいその程度である。

「……なるほど。カレーパンは三十五ドーマの価値は十分あるし、ザプレは四十ドーマでは申し訳ない味だ。アドラシアザウルスがここまでやわらかく味わい深くなるとは、恐れ入った」

 この場で早々に平らげた男性が、恐れ入ったようにそう告げ、もう一つといいだす。それに苦笑しながら頷いて、更に七十五ドーマと引き換えにカレーパンとザプレを渡す。

 その様子を見ていた好奇心の強い客や、焼き上がった魚の形をしたお菓子が気になっていた子供達が、春菜の屋台に殺到する。オーブンのコンベア機能のおかげでそれほど待たさずに客をさばけたのはいいが、口コミで広がるのが予想以上に速く、半日持たずに鯛焼き以外の料理が完売する。鯛焼きが時間がかかったのは、単純に一度に焼き上がる数の問題であり、それも昼過ぎにはきっちり売り切れるのだが。

 なんだかんだで、出だしは上々だったようだ。







「あら。今日は違うメニューなの?」

「今日は故郷の味で攻めてみました」

 昨日屋台に並んでいた女性客が、今日のメニューを見て首をかしげる。この日のメニューはカレーパン、肉巻きおにぎり、串焼き団子の三つである。カレーパンは定番という事で、今回は外さなかったようだ。

 串焼き団子はみたらしと味噌だれ、砂糖醤油を選べるようになっており、見た目に結構不思議な印象を与えている。

「そっちの串に刺さってるのは、何?」

「私達はお米、エルフ達はラース麦って呼んでる穀物で作った団子。私達の感覚としてはお菓子の類かな?」

「へえ? 塗ってあるのは?」

「お味噌と醤油。どっちも私の故郷の調味料で、今ウルスで大流行中。こっちのたれは醤油ベースに色々と工夫したもの。肉巻きおにぎりのたれも、配合とかは違うけど醤油を使ってるよ」

 ウルスで大流行、と聞いて好奇心がうずいたらしい。

「いくら?」

「一本十ドーマ」

「じゃあ、全部一種類ずつ頂戴」

「は~い」

 注文を受け、まず砂糖醤油と味噌を塗って焼いたものを一本ずつ葉っぱに乗せて渡し、続いてある程度火が通った団子にたっぷりたれをかけたものを別の葉っぱに乗せて渡す。

「姉ちゃんの屋台だったら、外れはねえんだろう。俺にもワンセットくれ」

「こっちも。あと、肉巻きおにぎりって奴とカレーパンも頼むわ」

 こういうものは、最初の一人が買うとあとは早い。しかも、昨日の実績のおかげで、珍しくて美味いものを出すとの認識が早くも浸透しつつあり、珍しい物好きが躊躇なく手を出す。

「不思議なやわらかさね……」

「ちょっと粘っこいから、喉に詰まらせないように注意して食べてね」

 一口食べて感想を言う客に、そう注意を促す春菜。基本は餅とさほど変わらないため、喉に詰まらせないように注意が必要である。

「全部基本は甘辛い味なのに、全然違うんだな」

「俺はこの味噌味が好みだ」

「あたしはこっちのたれがいい」

「醤油が最高」

「肉巻きおにぎりってのもうめえ。醤油ってのはすげえな」

 客達の間ではなかなかの評判だ。中には団子のやわらかさと粘り気の強さを受け付けない客もいたが、そういう人間でも肉巻きおにぎりは高確率で気に入っており、醤油は割と受け入れられたようだ。

「姉ちゃん、肉巻きおにぎりもう一個!」

「は~い」

 四十五ドーマする肉巻きおにぎりもさっくり完売し、フォーレにも米文化の足跡を刻みこむ春菜であった。






 三日目は中華まんだった。

「これはまた、変わってるな」

 湯気を上げるパンのようなものを見て、不思議そうに客が呟く。

「これ、どう違うんだ?」

「中身が違うんだ。カレーまん以外はちょっと口で説明し辛いんだけど……」

 四種類、それぞれ見た目をちょっと変えた肉まんを指さしての客の質問に、どうこたえるかを考え込む春菜。

「こっちの肉まんは中の具が挽き肉と玉ねぎその他を醤油で味付けしたもので、カレーまんはカレーパンとほぼ同じ。ただ、中身がカレーパンよりは少ないかな? ピザまんはひき肉とチーズをトマトソースでまとめて、海鮮まんは肉まんのひき肉がエビとホタテになった感じ」

「値段は?」

「全部一個二十ドーマ均一」

「肉と海鮮くれ」

 醤油ベースの味付けと聞いて、肉まんと海鮮まんを選ぶ男性客。昨日すっかり醤油の虜になったようだ。

「じゃあ、俺はカレーまんとピザまんにするか。半分ずつ分けないか?」

「そうだな。折角だからそうするか」

 連れの男が、最初の客が頼まなかったものを頼んでそう提案し、最初の客も連れの提案を受け入れる。食ってみて好みだったら、全種類制覇すればいい、という考えらしい。

「外のパンみたいなところがフカフカだな」

「確かに具は少ないみたいだな。理由があるのか?」

「それぐらいの量にしておかないと包むのが難しくなるし、蒸すと外側が膨らむから大きさが凄い事になるの」

「ああ、なるほど」

 春菜の説明に納得すると、一つ一つ半分に割って試食を開始する。

「うめえな、これ!」

「どれもいける!」

 中身を単品の料理として売り出しても倍は値段が取れそうな味に舌鼓を打つ客達。肉まんを口に入れた瞬間、肉汁とたまねぎの甘みをしょうゆがマッチさせて、それがしみこんだ生地と渾然一体になって言葉に出来ぬ至福の高みへ持ち上げる。ピザまんもチーズとひき肉とトマトソースが絶妙のハーモニーを見せ、海鮮まんは完璧な味付けで魚介の独特の生臭さを打ち消し相乗効果を引き出している。カレーまんに至っては言うに及ばずだ。元々海鮮まん以外は日本で定番の商品だけあり、外れを引いたという声は上がらない。

「そういや、肉、カレー、海鮮は分かるんだが、ピザってのはなんだ?」

「ん~、説明するの難しいから、明日作るよ」

 客二人の質問を受けて、明日のメニューをさっくり決める春菜。三日目の中華まん、四日目のピザともに、大会の本戦中に販売したにもかかわらず予定されていた試合がすべて終わる前に売り切れるのであった。







「屋台、結構な利益だったよ」

 大会の日程が終わったその日、期間中の売り上げを集計していた春菜がちょっと嬉しそうに報告する。

「まあ、平均すれば他の屋台より高い強気の値段設定だったのに、毎日試合が終わるまでに完売してたからなあ」

「もっと仕込んでも良かったんだけど、別に頑張って稼ぐ必要もあんまりなかったから自重したんだ」

「それで正解だな。自重しなかった馬鹿もいるし」

 達也に睨まれ、明後日の方向を向いてならない口笛を吹いて誤魔化そうとする宏。その誤魔化し方が澪に通じるあたり、さすが師弟とでもいうべきか。

「で、具体的にはどれぐらい?」

「この工房の家賃三カ月分ぐらいの利益、かな?」

 損益計算書を見せながら、胸を張って真琴の質問に答える春菜。材料費だけでなくちゃんと場所代や税金も引かれたその利益は、びっくりするほどの金額になっていた。人件費の計算がいい加減だが、生計を一にしている人間だけでやっている商売などこんなものだ。

 宏のせいで割と無茶苦茶になってしまっているが、実は春菜はちゃんと貸借対照表や損益計算書、キャッシュフロー計算書などをつけている。拠点として工房を買う、と決めた時点で、きちっと会計をやっておかないとそんな費用は捻出できないと踏んだのが理由だ。

 結局、その努力は余り役には立っておらず、しかも値段をつけられない種類の資産も大量にあるため貸借対照表の内容は非常に怪しい事になっているが、始めてしまったのだからと習慣として続けていたのである。

 宏ではないが、慣れと惰性と根気のなせるわざであろう。

「いつも思うんだけど、食って行くだけなら春菜一人いれば余裕なのよね」

「そうだよなあ。単位時間頭の稼ぎで言うんだったら、春菜が突出して多いんだよなあ」

 まだ十代の少女に稼ぎで負ける点で、地味にへこむ年長組。今回は武闘大会という特殊事情に助けられた側面はあるが、恐らくそれを差し引いても半日が丸一日に変わるだけだろう。そう考えると、多少すごい獲物をしとめた所でまったく威張れない。

 もっとも、日本に戻ったところで、生涯収入はおそらく本気になって稼ぎに走った春菜に勝てはしないのだろうが。

「で、稼いだ金はどうするんだ?」

「フォーレでしか買えない素材とか食材買いこんだら、後は美味しいドルーツェンの研究に使おうかなって」

「結局飯関係かよ……」

「コストかけられるのって、そこしかないし」

 春菜の言葉にうなるしかない年長組。強力な装備を手に入れるのにほとんどコストがかかっていないとか、普通の冒険者からすれば羨ましいで済まない話だろう。

 結局、春菜がスティレンで売りまくったあれこれのおかげでアズマ工房に味噌と醤油、カレー粉についての質問が殺到、更にそれらの調味料の需要が増えてしまうのであった。







3.宏の家庭菜園

 東宏には最近、仲間に話していない秘密があった。

「……そろそろええ感じかな?」

 ダールを出てから、こっそり植木鉢を使った家庭菜園をしていたのである。

 たかが植木鉢での家庭菜園、などと侮るなかれ。やっているのが宏である以上、まともな内容である訳がない。そもそも、植木鉢自体が一日で収穫まで持ち込める特別製なのだ。それを宏が使って栽培している以上、普通の家庭菜園やプランター農園ではあり得ない。

「おっし、ええ出来や。ちょっと乾燥させとくか」

 植木鉢からとれたとは思えない量のハーブを魔法で乾燥させ、こっそり倉庫の食材エリアに格納する。植木鉢から一日で収穫できるとは思えない、非常識なまでに上質なハーブだ。持っていくところによっては、これだけで一般人の一月分の生活費になる。

「さて、次は何植えるか」

 データを帳面に記録し、今までの家庭菜園でこっそり蓄えた種やら何やらを並べながら次の事を考える宏。その表情は実にマッドだ。

「せやなあ。そろそろトマトの品種改良やっとくか」

 そう言って、今までの収穫から確保した二種類のトマトの実を別々の植木鉢に植える。まずはベースとなる品種を栽培するところからスタートだ。

「さて、普通にやるんやったら、ほっといても明日には勝手に受粉して実ぃ付くけど、それやったら意味あらへんからなあ。ちょっと加速したるか」

 データ取り用の用紙を作ったところで、植木鉢の機能を使って成長を加速する。それなりに魔力を使うが、宏の魔力は半ば無尽蔵だ。ちょっとやそっとでは減った事にすら気が付かない。

「まずはここでこの二品種を掛け合わせ、やな」

 適当に花粉を回収して互いに受粉させる。全部ではなく、あえて半々ぐらいにするのがミソらしい。

「さて、ええ実ぃつけや」

 肥料や水を足した上で、そんな事を言いながらもう一度魔力を注ぐ。目の前で見る見るうちに大きくなり、真っ赤に熟していくトマトの実。それを最近こっそり作った品種テスターで鑑定していく。

「やっぱ、同じ品種の掛け合わせでも結構いろいろできおんなあ。植木鉢二つ三つやとなかなか終わらんかもなあ」

 などと呟きながら、まずは収穫した新種全てを一度育てて数を増やす事にする。こんなことに時間をかけていられない、とばかりにサクサク魔力を注いで数を増やし、全てをチェックして使い物にならない実を隔離する。この実は後で肥料に加工する予定だ。

「さて、まずは生食用に向いた奴を徹底的にやろか」

 宏はこちらの世界のトマトに不満だった。何しろ、一般に手に入るものが、どれもこれも生で食べるには酸っぱい上に皮が硬く、そのくせ熱を加えると味がいまいちになるのだ。ある程度は春菜の技量と情熱でカバーしてきたが、やはり限界はある。ならば、職人魂にかけて自分の求めるものを作り出すしかない。

 日本には、なければ作るしかない、といういい言葉がある。日本人の職人として、それを実践するのにやぶさかではない。

「ほな、そろそろ交配いこか」

 数も品質も安定してきたところで、ついに品種改良を始める宏。結局加工用と生食用、どちらも満足いくトマトが出来たのは三日後、大量の失敗作を積み上げてからであった。







「ねえ、師匠?」

「なんや?」

「最近部屋にこもって、何してるの?」

「ちょっとした趣味や」

 澪の質問に、ある意味正直に答える宏。だが、趣味という言葉を聞いた澪は、即行で怪しいと判断する。何しろ、宏の趣味といえば、こちらの世界で出来る事はモノづくりだけである。そして、わざわざ部屋に引きこもって隠れて趣味を実行しているとなると、絶対ろくでもない事をしている。

「……師匠、何作ってるの?」

「秘密や。まだまだ失敗作が多いからな」

「失敗作……?」

 更に物騒で胡散臭い言葉が飛び出してきたところで、澪はある決意をする。

(これは、確認した方がいい)

 宏が余計なものを作るのは今に始まった事ではないが、今回はどうにも胡散臭い。なんとなく、身内だけで済まない結果になりそうな気がする。

 その直感に従い、宏が何をこそこそやっているのかを忍び込んで確認する事にする。そんな澪が見たのは……。

「あんまうまないなあ……」

 促成栽培したトウモロコシを捕まえてもぎ取り、その場でさっとゆでて試食する宏の姿であった。

 トウモロコシは言うまでも無く、モンスターである。育ち切った時の姿はあちらこちらから何本も実のところが生えた人型の草であり、一株から平均して十二本のトウモロコシが取れる。育ち切ると新天地を求めてわしゃわしゃと逃げ回る面倒な生き物で、並の戦士ではそう簡単に仕留められない実力者だ。それを逃げる隙も与えず確保し、頭の部分に当たる実をもいで一瞬で沈黙させるあたり、熟練農家並に手慣れている。

 あの行動は、上手くやらないと強烈な枝チョップを食らってひどい目にあうのだ。

「師匠、何やってるの……?」

「……何や、澪。おったんか……」

「師匠が怪しかったから、隠れてた」

「こら迂闊やったな……」

 澪が本気で忍び込めば、宏でも確実には発見できない。それを証明した形になったのだが、正直この際どうでもいい。その一点でお互いに意見を一致させつつ、とりあえず問い詰めにかかる澪。

「こんなところでモンスター発生させて、何やってるの?」

「そら、トウモロコシの品種改良に決まっとるやん」

「品種改良って……」

 宏の品種改良には、特大ポメという前科がある。トウモロコシの品種改良とて、突然変異を起こしてとんでもない強さのものが発生するリスクがあり、一人で勝手にこそこそやっていいものでは無い。

「結構ええとこまで行ってんねんけど、なかなか白いトウモロコシの再現まではいけんでなあ……」

「師匠、強いの発生したら危ないから、モンスター食材だけはやめて……」

「普通の作物でも、似たようなもんやで。トマトの品種改良でも、二回ほどモンスター化しとったし」

「師匠……」

 トマトまでやっていたのか、と、モンスター化するような作業をこっそりやるな、と、二重の意味でジト目で見て突っ込みを入れる澪。その視線に気が付いた宏が、完成した現時点では究極のトマトを澪に投げて渡す。

「食ってみ」

「……これは……」

「美味いやろ?」

 宏に言われて、何処となく悔しそうに頷く澪。納得してしまうと、文句は言いづらい。

「師匠。やるんだったらせめて、堂々とやって」

「了解や」

 澪に言われて、あっさりうなずく宏。翌日そのネタをカミングアウトしたところ、

「買った覚えのない物凄く品質のいいハーブとか、見覚えのない品種のトマトとかが混ざってたのって、宏君だったんだ」

「せやで」

「使っちゃって良かったの?」

「使うためにやっとるからな」

 達也と真琴からの説教より先に春菜の質問が飛び、結局色々うやむやになる。この時品種改良した野菜や果物、薬草類はウルスの実験農場を経由して世界中に広まり、農業改革を発生させてまた一つ後世まで余計な影響を残す宏であった。
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