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後日談 その2

 その日、ウルスの工房からは、普段の槌音とは違う音が漏れていた。


「宏君」


「ん? なんや?」


「お昼できたから呼びにきたんだけど、何やってたの?」


 なかなかに派手な音が響き渡り、外にまで青白い光が漏れていた真火炉棟。その中で作業中の宏に声をかけに来た春菜は、宏の作業に首をかしげながら用件を告げた。宏がやっている作業が何かはなんとなくわかっていたが、何を作っているかまでは全然分からなかったのだ。


「これ見たらわかるんちゃう?」


 春菜の質問に応えるように、先ほどまでいじっていたものを掲げて見せる。いくつかの鉄板と鉄パイプを組み合わせて溶接したそれは、地球の先進主要国家に住んでいる人間なら、必ず一度は見た事があるものであった。


「……もしかして、自転車?」


「うん。ちょっと思うところがあってな。ウルスとかダールやったら、あったら便利ちゃうかなあ、って」


 そう。宏が作っていたものは、自転車のフレームであった。素材が丸材ではなく鉄パイプなのは、おそらく重量を軽くするためだろう。まだ組み合わせてはいないが、ハンドルと前輪が付くであろうフレーム(フロントフォークと言うが、春菜は名称を知らない)も、既に作り終わっている。


 ちなみに、思うところがあってというが、実際には溶鉱炉の性能試験のついでに思いつきで作っただけである。あったら便利、というのも当然後付けの理由だ。


「これって、普通の鉄?」


「普通の鉄やな。あっちこっちから修理もきかんなったクズ鉄もらってきてな、その炉で再生してん」


 ちりも積もればと言うやつで、この工房には知りあいや冒険者協会から融通してもらった、ゴミとして処理するか二束三文で叩き売るしかないクズ鉄がかなりの量集まっていた。職員達の訓練に使う予定だったそれらのうち、三割程度で自転車一台分の材料+αを捻出できたと言えば、その量がどれだけか分かるだろう。


「とはいえ、ライン設備の類でも作らんと、量産はさすがに無理やなあ」


「それは流石に見れば分かるよ」


「溶接ぐらいはまあ、どうとでもなるねん。問題はチェーンとかベアリングとかチェーンホイルの類やな」


「チェーンホイル?」


「チェーンで動力伝達する類の歯車をな、スプロケットとかチェーンホイルとか言うねん」


 そう言って、ほぼ完成品だという歯車を見せる宏。どうやら手作業で作ったらしく、歯の端面にはやすりの跡が残っている。軸が入るであろう穴には一ヶ所溝が掘りこまれているが、春菜にはこの溝の用途はよく分からない。


「ギアとチェーンホイルって、何か違うの?」


「基本的にはギアは総称みたいなもんやねんけどな。多分、素人が単品で見ても違いは分からへんと思うけど、並べて比べたら一発で分かるぐらいには、歯型とかもろもろ違うとこがあんで」


 実際、どちらも歯車である以上、作り方と言う点ではそれほど変わらない。だが、歯車同士が噛み合うギアとチェーンが引っ掛かるチェーンホイルでは、やはり歯形をはじめとしていろんな所が違う。


「気になってたんだけど、この溝は?」


「キー溝っちゅうてな。軸にも同じ幅の溝掘って、空回りせえへんようにそこに棒みたいなやつかますねん」


「ああ、なるほど。このパチンコ玉みたいなのは?」


「ベアリングに使う玉や。まだ簡単に成型して焼き入れただけやから、真球も重心も出てへんねん。フレーム作り終わったらええ具合に冷めてねじれも出切っとるはずやから、それから研磨剤使うて百分の一ミクロンぐらいの公差でそろえたる予定や」


 などと、工業については素人の春菜に、問われるままにいろいろ答える宏。言うまでもない事だが、いかに高精度で表面の仕上がりが美しい事が売りの研磨といえども、百分の一ミクロンの公差など機械を使ってもそう簡単には出ない。むしろ、一ミクロン未満の公差に安定して収める事が出来るのならば、普通に腕がいい方に分類される。


 何しろ、製品のサイズによるとはいえ、百分の一ミリぐらいまでは温度変化などによる膨張収縮で割と容易く変化する数値である。それは品物だけではなく削るための工具や磨くための砥石にも言える事であり、その熱膨張などの変化を見切った上で寸法をそろえると言うのは、それなりの腕と経験と勘の良さがないとできる事ではない。


 もっとも、仮にこの場に春菜以外がいても、その数値について突っ込みを入れる事は出来なかっただろう。何しろ、現代の金属加工について少しでも知識があるのは、このチームでは宏だけなのだから。


 この後もしばらく、研磨関係以外にも色々ととんでもない発言を織り混ぜながら、次々と春菜の質問に応えていく宏。打てば響くようなテンポの良い回答に引きこまれ、知的好奇心の赴くままに時間を忘れて次々と質問を飛ばしていく春菜。そのやり取りは、


「師匠、春姉、遅い」


 あまりに戻ってくるのが遅いのを気にして、澪が様子を見に来るまで続いた。


「あ、ごめん」


「何やってたの?」


「宏君が自転車作ってたから、ついついいろいろ質問しちゃって」


「気持ちは分かるけど、そう言うのはご飯食べてから」


「そうだね」


 澪に言われて、素直に謝る春菜。実際、後でもできる話で無駄に盛り上がってしまったのは事実である。


「あんまり遅いから、春姉が思いあまって師匠を襲って押し倒してるんじゃないか、みたいな話も出てた」


「ええ!?」


「そんな物騒な……」


 澪から告げられたその言葉に、目を白黒させながら思わず絶叫する春菜と、あまりにあり得ない内容に呆れたコメントを漏らす宏。最近春菜が色々トチ狂う事があるのはしっかり認識しているが、それでもこの色気も何もない環境で押し倒しに来るほど末期かどうかぐらいはなんとなくわかる。


 正直に言うならば、そもそも春菜が自分を押し倒しに来る可能性がある事自体を否定したいところではあるが、ダールでの一連の出来事に加え、女王やマグダレナ王太子妃、果てはエレーナやレラにゴヴェジョンやフォレダンにまで釘を刺されれば、いい加減勘違いだのなんだのと言って目を背けるのは不可能である。


「春姉、二人っきりだって事、気が付いてなかった?」


「自転車がらみの話が面白くて、全然意識してなかった」


「春姉……」


 恋する乙女とは思えない春菜の言動に、呆れたように呟く澪。相手が宏でなければ、恐らく本気のアプローチをかけて三日もあれば陥落させうるだけのスペックを持つくせに、どうにも妙なところで残念な女である。


「と言うかさ、澪ちゃん」


「何?」


「恋してるからって言って、一緒にいても別に四六時中その事ばかり考えてる訳じゃないと思うんだ」


「……まあ、そうだけど……」


 春菜の反論に、覚えがある澪は言葉に詰まるしかない。とはいえ、だ。


「滅多にない二人きりのチャンスでそっちに走って全く意識しないとか、かなり残念な思考だと思う」


「……言われてみれば、ものすごくそんな気がしてきたよ……」


 澪に指摘されて、自分でも非常に残念な事をした気がする春菜。


「そろそろ、その会話やめてくれんかなあ……」


「あ、ごめん」


 そんな本人の前でするのはどうかと思う会話は、宏の非常に居心地の悪そうな言葉によって中断することになる。


「そう言えば、昼は何用意したん?」


「旬の野菜の天ぷら定食、かな?」


「そら美味そうや」


 居心地の悪い話題は、さっくり昼のメニューの内容に変わるのであった。








「とりあえず、現時点で自転車量産するんは厳しそうや」


「理由は?」


「歯切り盤とかあのへんの機械用意せんと、精度のええ部品を数作るんがきついと思う」


「……いきなり一足飛びに近代工業に足を踏み入れてる気がするが、どうなんだ?」


「そこら辺は、気にしたら負けや」


 なんだかんだで昼食後。食後のお茶を飲みながら、先ほどまでの作業についてそんな会話をする宏と達也。真琴は久しぶりに顔を出していたレイナに誘われて、騎士団の訓練に混ざりに行っている。最初期に挫折したもの以外生産系のスキルを持たず、積極的にものづくりに関わる理由もない真琴は、こういう時はどうしても暇になりがちである。結果として、単独もしくは同じように暇になりがちな達也とともに、結構自由にあれこれ行動している事が多くなる。


 春菜達は昼からの講義や昼食の後かたづけ、子供だから昼寝、などの理由で席を外しており、この場にいるのは男二人だけである。


「で、何がそんなにネックになるんだ?」


「一番厄介なんは、ベアリングやな。あれは中の玉の精度をきっちり出しとかんと、物凄い重なって回らへんからなあ」


「重くなるっつっても、適当に軸刺して回すよりは軽く回るだろう?」


「試してみんと分からへんけど、流石にそこまでは重くはならんとは思う」


 持ってくる基準がいちいち現代の工業製品になりがちな宏に対し、とりあえず突っ込みを入れて意識を変えさせる達也。意外と技術が発達しているこの世界だが、魔法のせいで割といびつな発達の仕方をしているものも多いため、宏が考えているはるか手前のラインでも、十分革新的な技術として広まるものは多い。


 今回の場合、ベアリングがその代表である。高速回転するようなものはゴーレム技術である程度代用がきくことに加え、馬車や荷車程度だと軸にガタがあろうが遊びが少なすぎて重かろうが、ほとんどの人が気にしない。故に、軽く手でも回せるようにするベアリングの技術はほとんど重要視されず、困った時は魔法で何とかするという感じで技術開発が止まっているのである。


 なので、現代の工業で使われているような高精度なものでなくても、普通にベアリングという概念と構造が分かる物を作れば十分なのだ。


「それに、自転車にしても、そこまで難しいものを作る必要はあるのか?」


「と言うと?」


「博物館にあるような、ものすごく初期の簡単な構造の奴でもいいと思うんだが、そこら辺はどうなんだ?」


「足蹴り式のはともかく、流石にタイヤにペダルが直結しとるような奴は、色々不便すぎるからあかんと思う」


 廃れる技術というのは、廃れるだけの理由がある。最初期の足蹴り式のものはともかく、系譜としては現在のものにつながるであろう前輪にペダルが直結しているタイプの自転車も、操作性の悪さをはじめとした色々なところに問題があって、現在では街中ではまず見かけない程度には廃れてしまったのだ。


「基本的な構造は現代主流のものでいいとしても、この工房にいる連中でも作れる程度には簡略化しないと庶民の足にはならねえと思うぞ」


「せやなあ。いっそ、そこから重工業化してもええかも、とか思わんでもないけど、そこまでするんもあれやし」


「まあ、インスタントラーメンの製造ラインこしらえようとしてる時点で、既にある面では手遅れって気もしなくはないがね」


 達也の突っ込みに、小さく苦笑するしかない宏。インスタントラーメンの製造ラインに関しては、王族や騎士団の猛烈なプッシュもあって、結局それなりに大規模なラインを作る流れになってしまったのだ。


 現時点では何処にラインを作るのかを話し合っている最中だが、それ以外にどんなラーメンを作るのか、カップめんと袋めんの比率はどうするのか、どれぐらいの生産量が必要なのか、一般人にも卸すのか、などの部分でも話し合いが進んでいる。


 なお、一番のネックになっているのがメリザ商会だけに任せていいのか、という点である。最近王室御用達の商会の一つになりつつあるメリザ商会だが、一つの商会が握るには、インスタントラーメンの利権は流石に大きすぎる。腐敗防止のエンチャントの弊害で簡単に食べられる携行食やインスタント食品の発達が遅れ気味のこの世界において、鍋と水と火種があれば即座に食べられるインスタントラーメンはかなりのインパクトがある。


 そのインパクトの大きさを十分理解しているだけに、メリザ商会だけがこの商売に関わる事には当のメリザ自身が及び腰である。カレー粉や醤油、味噌などの製法を独占しなかったのも、商売としての発展性だけでなく、利権として大きくなりすぎると自分の手に負えなくなると分かっていたという理由も大きいのだ。


「何にしても、まずは自分らが使う試作品作って、そこからどのぐらい簡略化しても大丈夫かとどのぐらい簡略化すればテレスらでも作れるかを確認するところからやな」


「そうだな。とりあえず、一台目はともかく、二台目はファムとライムが乗る子供用を優先だろうな」


「そらまた何で?」


「子供の足でここから東門とか、結構大変だぞ?」


「ああ、なるほど」


 達也の言わんとしているところを理解し、納得して頷く宏。


「どっちにしても、今回は手作業で部品全部用意したけど、いちいちヤスリで塊から歯車削るんは大変やから、たくさん作るんやったら簡単な歯切り盤ぐらいはあった方がええやろうし、穴も綺麗な穴開いてへんと軸との兼ね合いがあれやから、旋盤もあった方がええか。軸の先端角に切る必要もあるから、フライス盤も欲しいとこやな」


「いやだからやりすぎだって」


「歯切り盤はともかく、旋盤はこの世界でも近い奴があるで」


「……そうなのか?」


「水車とか利用した奴でな。自然エネルギー使うてそのまま回しとるから、回転安定せえへん上に回転速度も遅くてそんな精度の出る加工は出来へんねんけど、軸に穴くるぐらいやったら十分使える奴や」


 宏の言葉に、なんとなく納得する達也。因みに、もとの世界でも行われていた加工方法である。


「ただ、俺はあんまり詳しくないんだが、旋盤って奴は危ないんだろう? たまに営業でいく取引先でえぐい死亡事故の話聞くぞ?」


「旋盤に限らず、工作機械は基本的に危ないで」


「だったら、下手に作らねえ方がいいんじゃねえか? ここには子供もいるんだしさ」


 心配そうな達也の言葉に、思わず苦笑が漏れる宏。確かに旋盤はプレス機などと並んで、年間の死亡事故が多い機械ではある。だが、そのほとんどが手順を守って作業をしていれば発生しないものであり、そもそも動いている機械のそばで油断すること自体がもってのほかだ。それに、自転車の部品を加工するだけならば、それほど大きなサイズの機械は必要ない。自作するのだから地球の規格にこだわる必要はなく、全身巻き込まれるようなサイズの機械を作らない、と言う選択肢もある。


 とはいえ、どんなに安全に気を配っても、事故と言うやつは起きる時は起きる。つまるところ、どれだけ徹底的に安全教育を叩きこむか、それだけである。


「心配なんは分かるけどな。危険っちゅうたら製薬も錬金術も危ない作業は山ほどあんねんし、今度教える精錬とか鍛冶なんかは、それこそ一瞬の油断が命取りや。もの作る作業で、まったく物理的な危険がない作業はそうそうあらへんよ」


「そりゃそうなのかもしれねえけどなあ……」


 あくまでも釈然としない様子の達也にどう説明すればいいか分からず、もう一つ苦笑を漏らして茶を飲み干す宏。詳しくは知らないジャンルのこと故、どうしても過剰に心配してしまうのだろう。こういう種類の心配性には、どれだけ説明してもそう簡単には理解を得られない。


「まあ、とりあえずは一台完成させるわ」


「了解」


 結局最後まで釈然としないまま、達也は一人食堂に残されるのであった。








 それから時間は流れて、そろそろ夕方と言う時間帯。


「とりあえず、試作品は完成したで」


 結局ほとんど一日真火炉棟にこもっていた宏が、大人用と子供用の自転車をかついで工房の庭先に現れた。


「部品作りから全部手作業でやったとしたら無茶苦茶早いんだが、普段のお前からするとやけに時間がかかったな」


「まあ、ついでにいろいろ試作しとったし」


「色々?」


「おもちゃみたいなもんや。具体的にはこれとかこれとか」


 達也の問いかけに応えながら宏が工房の倉庫から引っ張り出したのは、ホッピングや一輪車と言った、ある種の運動器具だった。他にも余った鉄パイプで作った竹馬にベアリング周りの試作ついでに作ったらしいスケートボードやローラースケート、インラインスケートなどもある。


「うわあ、ホッピングとか懐かしい」


「なるほど、そんなもんまで作ってたのか」


「微妙な端材が結構出てな。折角やから、子供が身体使うて遊べる道具作ってみてん」


 そんな宏のコメントに頷き、自転車より先に竹馬に手を伸ばす春菜。親戚の家ではいまだ現役の遊具だが、実家近くではあまり見かけなくなったものである。


「春菜さん、まずはそこから行くか」


「小さいころ、親戚の家でよく遊んだんだ。久しぶりに見て、まだ乗れるかな、って思って」


 そう言いながら、器用にバランスを取ってそこらを軽く一周し、宏達の前でそのまま立ち止まってみせる春菜。こんなことまで危なげなくこなすあたり、相変わらず妙なところまでスペックが高い女である。


「師匠、春姉、これどうやって乗るの?」


 小さいころ余り触らせてもらえなかったあれこれに目を輝かせ、春菜が手を出さなかったホッピングを持って何処となく期待に満ちた顔で質問してくる澪。基本無表情なのに、こういう時はやけに分かりやすい。


「澪の世代は、こういうんはほとんど触ってへん?」


「世代っつうか、澪は体が弱かったからな。あんまりこういう体力使う遊びは経験がないんだよ」


「ああ、なるほどなあ」


 達也の解説を聞いて納得し、とりあえず乗り方を説明しようと考えてから、ふと余計な事を思い出す。


「庭でホッピングは、ちっとまずいかもしれへんで」


「ん? 何でだ?」


「確か、ライムがソルマイセン植えとったはずやし、他にもこまごまと実験栽培してる植物があるし」


「……ライムが夜中こそこそしてたのって、そのせいか?」


「せやで。別に悪いことしとる訳でもないし、内緒にしときたいんやったら大人が口はさむ事でもあらへん、思って黙っとったけどな」


「まあ、そうだな」


 宏の言い分に賛同する達也。これが夜更かしをして何か悪さをしているのなら注意もするところだが、植物の世話を夜中にこっそりやっているだけだとなると、昼間に堂々とやれという以外に文句をつける理由もない。それに、夜更かしと言ってもせいぜい十時過ぎぐらい。午前様になる事もある真琴に比べればどうという事も無い時間だし、トイレで目が覚めた、と言われれば別段おかしな時間でもない。


 因みに、その時間に工房が寝静まっている理由は簡単で、この世界の人間は基本的に早寝早起きだからである。ごく一部の例外を除き、特別な理由がない限りは大体午後六時から七時に夕食を済ませ、九時頃には大人も子供も眠りについているのが一般的だ。飲食店も大半は遅くて八時には店じまいで、飲み屋を除いて深夜営業をしている店などない。


「そういや、真琴さんはまだやとして、ファムらは?」


「ファムちゃんとライムちゃんは友達と遊びに行ってる。テレスさんとノーラさんは配達ついでにスパイス類の仕入れしてくるって。レラさんはダールの工房の掃除」


「なるほどな」


 春菜から告げられた工房職員の行動に納得し、とりあえず色々と遊ぶために場所を変える。


「で、ホッピングやったっけ?」


「ん」


「っちゅうても、そんな乗り方とか説明するほどのもんでもあれへんねんけどなあ」


 そう言いながら、ハンドルを握ってステップに足を乗せ、意外と軽快な動作で飛び跳ねる宏。最初の一回目にバランスをとるにはコツがいるが、そこを超えれば後は特に難しいものではない。ただ、長く続けるにもそれなりにコツは必要で、だんだん疲れてバランスが取れなくなってくるのだが。


「まあ、こんな感じで飛び跳ねる訳や」


「微妙に説明になってねえぞ」


「こんなもん、口で説明できるかい」


 達也の厳しい突っ込みに対して、開き直るように宣言する宏。実際のところ、この手の遊びに関して口で説明するのは難しい。説明書も文章ではなくイラストがメインのようなもので、それすら実際に乗っているところを見るほどは分かりやすくもない。


「っちゅう訳やから、やってみ」


「ん」


 宏から渡されたホッピングを受け取り、目を輝かせながらジャンプしようと頑張ってみる澪。どうにもこういうものは能力値やスキルではなく本人のセンスがものを言うようで、しばらくは乗るのに失敗したり、一回二回飛び跳ねてバランスを崩して足をついたり、と言った感じの少々どんくさい光景が続く。


「……意外と難しい」


「地味にセンスいるんやなあ、この手の遊びって」


「運動センスが絶望的な自覚はある」


 そもそも、外で遊んだ経験自体がほとんど無く、体育の授業は九割方が見学だった澪。運動神経や運動センスと言うものが鍛えられる時期にそうだった影響は大きいようで、運動スキルを持っていても、こういう事のコツをつかむのは苦手なようだ。逆に、生産関係のコツをつかむのは割と速いのは、恐らく室内で一人遊びを続けざるを得なかった事が影響しているのだろう。


「あっ」


「できた」


 その後も何度かトライし、ようやく普通にジャンプできるようになる澪。コツさえつかめば能力値自体は高い澪の事、自分がつかんだコツが確かなものかを確認するためにわざと足をついた時を除き、かなり長い時間無表情ながら実に楽しそうに飛び続ける。そして十分後。


「……堪能した」


「そっか。楽しかった?」


「うん」


 妙につやつやした表情で春菜に頷くと、次は一輪車をロックオンする。


「あれはどうやって乗るの?」


「あ~、すまんけど、僕は作っただけでよう乗らんねん。兄貴は」


「俺も一輪車は無理だな」


「私乗れるよ」


 地味に難易度が高い一輪車の実演。それを出来ないと正直に宣言した男性陣に代わり、またも春菜が余計なスペックの高さを見せつける。さっさとサドルの高さを調整すると、誰かの肩を借りたり壁に手をついたりせずに一輪車にまたがってバランスを取り、すいすいと直進やバック、八の字走行などをやってのける。


「こんな感じだけど、初めてだったら乗るときは誰かに手伝ってもらう方がいいかな」


「手伝ってもらっても、乗れるようにならない奴が結構いるんだがな」


「せやなあ。僕とかどんくさい方やから、結局乗れんままやったし」


 春菜のコメントに、余計な補足を入れる達也と宏。実際、一輪車はホッピングとはずいぶん最初の難易度が違う。


「春姉、手伝って」


「はーい」


 澪に頼まれ、バランスをとるために支えてやる春菜。とはいえ、ホッピングに苦戦した澪がすぐに乗りこなせる訳も無く……。


「……難しい」


「どうも澪ちゃん、こう言うのを使って何かするの、ちょっと向いてないみたいだよね」


「ん」


 最初のペダルの踏み込みがどうしても上手くできず、すぐに足をついてしまう。ロープワークとか壁のぼりとかは器用にこなす澪の、意外な弱点である。


「とりあえず、そろそろ休憩せえへん?」


「そうだね」


「賛成」


 春菜に支えられながら漕ぎ方のコツを覚えようと練習する事十五分。他のおもちゃの調子を確認し終えた宏のその提案に、そろそろ気分転換が必要だと思っていた春菜と澪は、特に抵抗することなく従う。


「とりあえず、すごく楽しかった」


「そらよかった」


 結局上手く乗りこなせなかった一輪車を宏に渡しながら、充実し切った顔でそうコメントをする澪。とはいえ、他にもまだまだ試していないおもちゃは一杯ある訳で、明日も時間が許せばとことんチャレンジする気満々ではあるが。


「とりあえず、明日はまず、自転車の練習やな」


「そうだね」


「そっちも楽しみ」


 そんな感じで明日の予定を立てていると、微妙に恨みがましい視線が一同を突き刺す。


「皆様だけ、ずるいです……」


 微妙に恨めしそうな視線とともにかけられたその声に慌てて振り向くと、工房の玄関から、エアリスが恨めしそうに宏達を見ながら、心底寂しそうにそんなコメントを漏らしていた。もちろん、いつもの変装をばっちり決めている。


「エルちゃん?」


「ゴーレム馬車の要求仕様が決まって、打ち合わせのためにこちらを訪ねてみれば……」


「な、なにかな?」


「皆様だけで、そんな楽しそうな事をしているとか、ずるいです……」


 自分だけ仲間はずれはひどいと、切々と訴えてくるエアリスに、どうにもこうにも反応に困る宏達。仲間はずれも何も、そもそも宏が突発的に思い付いて作ったものばかりなので、誰かを呼ぼうとかそう言う発想自体が出て来なかったのだ。


「ずるい、っちゅうてもなあ……」


「さっき完成してテスト始めたばっかりだしね」


「エルに連絡取れるような時間はなかったしなあ……」


「わがままなのは分かっていますが、それでもずるいと思ってしまうのです……」


 最近のエアリスは、こういう自己主張には一切の遠慮がない。これぐらいの自己主張があった方がつきあいはやりやすいのだが、今回のような突発事態に対してずるいといわれても困るのも事実だ。


「とりあえず、明日もこの辺のおもちゃで遊ぶ予定やし、その時一緒に遊べばええやん。それとも、明日はまずいか?」


「……少々お待ちください」


 宏の提案を受け、通信具で何やら相談を始めるエアリス。小声で二言三言言葉を交わし、その表情を輝かせる。


「お休みがいただけました!」


「そらよかった。ほな、今日はこっちに泊まっていくか?」


「はい! 一度戻って、泊まりの準備をしてきます!」


 そう言って、慌ただしく転移魔法で神殿に戻っていくエアリス。そのエアリスを見送り、とりあえずおもちゃ類を片付ける宏達。


「さて、晩飯何にするか、やな」


「砂鮫のふかひれが結構残ってるから、一品はそれでふかひれスープかな?」


「っちゅうことは、餃子とシュウマイあたりは鉄板か」


「じゃあ、ロックボアで酢豚作って、あとは青菜の炒め物と麻婆豆腐あたり?」


「そんなとこやな。白ご飯とチャーハン、どっちにする?」


「味の濃い料理が多いから、白ご飯でいいんじゃないかな?」


 などと、わずかたりとも口を挟む隙を与えずにメニューを確定させる宏と春菜。毎日毎日食事のメニューを決めるのに苦労している一般家庭の主婦からすれば、その決定能力の高さとレパートリーの豊富さは羨ましいところだろう。


「と言う訳で、今日は中華だけど、別にいいよね?」


「おう」


「師匠、春姉、餃子は皆で包んだらいいと思う」


「せやな。エルもライムも喜びそうや」


 餃子を包むというのは、家族の団らんの定番だろう。不格好だったり作りすぎたりするのもまた一興である。


「ほな、皮と餃子の餡仕込んでくるわ」


「だったら、私はシュウマイ先に用意しておくね」


 皆で餃子を包むのであれば、餃子の皮は大量に必要になる。餡もそれなりの量がないとすぐ終わってしまうため、作業する人数を考えるならば、商売でもするのかという分量を仕込む必要があるのだ。


「師匠、皮仕込むの手伝う」


「頼むわ」


「私も下ごしらえ済ませたらそっちに回るから」


 などと、料理の時は普段以上に息の合ったところを見せる宏達を、なんとなくほのぼのと見守る達也。こういう時、料理が出来ない年長者の自分は、下手に口を挟まないのが一番だと心得ている。


「さて、俺はここで、エルが戻ってくるのを待つとするか」


 そうやって待つこと三十分。戻ってきた工房職員達を迎え入れ、レイナを伴って帰ってきた真琴と軽く雑談し、それも終わって手持無沙汰になりかけたところで、エアリスが戻ってくる。


「お待たせしました」


「遊びに来たの~」


「お前らも一緒か。まあ、別にかまわないが」


 エアリスの頭の上にいるオクトガルを見て苦笑しながら、エアリスをいつも使っている部屋に案内する。もはや勝手知ったるなんとやら、ではあるが、流石に案内も待たずに勝手に部屋に入るような真似はしない。


「今日は皆で作る料理があるから、手を洗って下で待ってるといい」


「はい」


「私達もいい~?」


「元々大人数でやる前提だからな。ただ、材料に限界があるから、もう一匹ぐらいにしとけよ」


「は~い」


 その言葉と同時に、ポンという音を立ててもう一匹のオクトガルが現れる。そのままふよふよ飛んで階下に降り、テレスやノーラに軽くセクハラしてから手(?)を洗いに行く。


「相変わらずだな、あいつら」


「楽しそうなので、いいのではないかと思います」


 呆れた様子の達也のコメントに、実に楽しそうににこにこと答えるエアリス。


「さて、俺達も行くか」


「はい」


 下ではどうやら、餃子の準備ができたようだ。あまりのんびりしていると、自分達の分が無くなりかねない。二人は速やかに手洗いを済ませて食堂に向かうのであった。








「これ、意外と難しいのです」


「まあ、慣れも絡むからね」


「ちょっとその餡、多すぎんで」


「あ、そうなんだ」


 いろんな種族が入り混じるファンタジーな光景の中、餃子作りは和やかな空気の中で進んだ。


「ぺったんぺったん~」


「ぺったんこ~、ぺったんこ~」


「おっぱいじゃなくて大胸筋~」


「レイナちゃん大胸筋~」


「悪かったな!」


 相変わらずおかしな連想ゲームで失礼な事を言いながら、実に器用に餃子を包んでいくオクトガル達。タコもどきが餃子を包むというのは、見ようによっては悪夢を見そうな光景である。


「そもそも、大胸筋だというのであれば、マコトも大差ないだろうが……」


「喧嘩売ってるんだったら買うわよ。って言うか、少なくともあたしはあんたよりは女子力あるわよ」


「ほほう? どう言うところが女子力を主張しているのか、少しばかりはっきりさせてもらえるか?」


「少なくとも、あんたよりは餃子上手に包めてるし?」


「……騎士に、こんなものを包む技は必要ない」


「いや、女子力の話だから。てか、そもそもあんた今見習いでしょうに」


 憎まれ口を叩きあいながら、せっせと餃子を包む真琴とレイナ。それなりに餡の量を均等に盛り、綺麗に包んで行く真琴に対し、レイナの方は割と悲惨な状態になっている。恐らく料理など野営の時の丸焼きぐらいしか経験がないレイナと、最近屋台で鯛焼きを焼いていて、恐らく料理スキルを習得してしまったであろう真琴との差がダイレクトに出た形である。


「おら、こういう作業は苦手だべ……」


「フォレダンさは手がでけえからなあ。こんなちまちました作業が出来ねえのも仕方ねえだ」


 掌の大きさに対してかなり小さい皮に苦戦するフォレダンを慰めながら、こちらは妙に器用に包んで行くゴヴェジョン。料理が苦手なテレスより綺麗に包んでいるところが皮肉である。


「親方~、上手に包めたの~」


「お、ライム、上手やん」


「えっへん」


 会心の出来の餃子を掲げて見せて、得意げに胸を張るライム。テレスやレイナはおろか、ノーラあたりよりよりはるかに綺麗に包めているあたり、出来ない連中になんと声をかけていいか分からない感じだ。


「うう、ライムに抜かれてる……」


「テレスも、出来ない訳ではないのですが……」


「何で、私は料理の腕がいまいちなんだろう……」


「テレスちゃん、量産型エルフ~」


「多分、それは関係ないのです」


 料理となると途端に不器用になるテレスを、同期のよしみでよしよしと慰めるノーラ。いろんな意味で可もなく不可もなしと言う彼女の場合、餃子の出来も可もなく不可もなしと言う感じである。


「こうやって、こうかな?」


「アルチェム、ちょっと中身が多すぎるんじゃないかな」


「あ、うん。確かに。ファムちゃん、ここの折り方、先にこうした方がやりやすいみたい」


「あ、本当だ」


 ライムの作業を見ながら、互いに気が付いた事を教え合うファムとアルチェム。外見年齢がやや近い事もあり、実の姉妹のように見える。その様子を慈愛のこもった瞳で見守りながら、自分の担当を着実にこなしていくレラ。


「これ、楽しいですね」


 和気藹々と餃子を包んでいるその光景をにこにこと眺めながら手を動かしていたエアリスが、心の底から楽しそうにつぶやく。この国では頂点に近い立場にいる自分と、身分的には平民でも立ち位置としては最下位にいたレラ達。ヒューマン種であるエアリス達とゴブリン、エルフ、フォレストジャイアント、モーラ族、更にはオクトガルと言う神の眷族が揃い、身分や立場の上下に関係なく同じテーブルで同じ作業をし、同じものを食べる。


 宏達は全く意識していないが、これは実際のところ、かなり奇跡的な光景なのである。種族による差別がほとんど無いファーレーンといえども、やはり生活習慣などの問題で地元の住民たちと軋轢を起こしているケースは珍しくない。結果として行動範囲がきっちり線引きされ、お互いに必要最低限しか関わり合わないのが普通になっている。


 人の出入りが激しいウルスではそれほどでもないが、そもそもヒューマン種以外の滞在・居住人口が少ないため、やはりどうしても複数の種族が同じテーブルで作業するケースは少なくなる。故に、この光景はこの国が平和であることの証左であると同時に、エアリスにとっては未来に対する大きな希望として映るのである。


「ご家庭で餃子作る、っちゅうたら、これが一番の醍醐味やからなあ」


「綺麗に作れなくても、それはそれで楽しいんだよね」


「餃子作るの、小学校に上がって以来」


 そんなエアリスの気持ちを知ってか知らずか、この状況を当たり前のように堪能している宏達。異世界から来た彼らにとって、言葉が通じる相手であれば、種族と言うやつはほとんど関係がない。そもそも常識や生活習慣の違いを言い出せば、ヒューマン種だろうがエルフだろうが、宏達にとってはまったく同じなのである。


 故に、差別意識も忌避する感情も無く、何の疑問も持たずにただひたすら駄弁りながら和気藹々と餃子を包む。


「エルちゃん。後でレシピ教えるから、時間があったら陛下やエレーナ様達も巻き込んで一緒に作ったらどうかな?」


「それは素敵ですね」


「マー君とか、包むんに物凄い苦労しそうやな」


「アヴィン殿下が地味にこういうの得意そう」


 宏達が語るその光景を想像して、嬉しそうに頷くエアリス。王族と言うのは窮屈なものだが、神殿で厳選した食材を使って更に宏謹製の万能薬を用意しておけば、毒見だのなんだのと無粋な事を言ってくる輩をはねのける事ぐらいは出来るだろう。後は予定のすり合わせぐらいか。


「さて、そろそろ餡も皮も無くなってきた事やし、焼く準備に入ろうか」


「宏君、焼くのは台所でやる?」


「ここまでやっといて、それは流石に興醒めやろう。やるんやったら焼くとこまでや」


「だよね。だったら、他の料理を仕上げてくるよ」


「頼むわ。僕はここで鉄板使うて焼いてまうわ」


 残りの料理を準備しに行く春菜を見送り、鉄板を加熱して油を引く。その様子を見ていた澪が厨房へ走り、全員分の箸と餃子の皿、そしてタレを入れる小皿を準備する。


「ほな、一気に行くで」


 鉄板がいい具合に熱くなったのを確認し、片っ端から鉄板の上に餃子を並べていく。景気良く音を立てながら焼けていく餃子、その音と匂いが否応なしに食欲を高めていく。


「さて、そろそろ焼けんで」


 水をさして蓋をし、蒸し焼きにしながらそう宣言する宏に、もう辛抱たまらんと言う顔を浮かべる一同。エアリスも上品にすました顔をしながら、その視線は鉄板をロックオンして離さない。


「よし、ええ感じや」


 焼き上がった第一陣をフライ返しでがさっとさらえ、次々に皿に盛って配っていく。それと同時に、厨房から最初の料理一品目として青菜の炒め物が運ばれてくる。


「まだまだ焼くから、熱いうちに行ってや」


 宏に促されて、もう辛抱たまらなかった一同が、食前の祈りもそこそこに、次々と餃子を口に運ぶ。


「熱っ!」


「うめえ……」


「これでよく冷えたビールがあれば最高なのにねえ」


「だよなあ」


 本気でアツアツの餃子に目を白黒させているアルチェムをよそに、ある意味黄金コンビとも言えるビールの不在を嘆く達也と真琴。そんな酒飲みコンビの声が聞こえたのか、レラの手により厨房から酢豚と一緒にビールが運び込まれる。


「おっ!」


「春菜さんから、お二人は多分これが欲しいだろうから、と」


「流石春菜! 愛してる!!」


 渡されたよく冷えたビールを前に、歓声を上げる達也と真琴。餃子を口に入れた後ぐっと一気にあおり、何ともいえぬ幸せそうな顔を浮かべる。


「か~っ、きくなあ!」


「やっぱり、基本はビールよねぇ!」


 美味い酒と美味い料理に箸が進むのか、餃子だけでなく酢豚や青菜の炒め物も次々と平らげていく達也と真琴。見ると、同じようにビールをあてがわれたゴヴェジョンとフォレダンも似たような表情をしている。


「ここの飯はいつもうめえだよ」


「酒との相性も最高だでな」


 現在、この工房で酒を飲むのは達也と真琴以外はゴヴェジョンとフォレダンだけ。テレスとノーラは嫌いではないが進んで飲むほどではなく、それ以外は酒を飲むほどの年はとっていない。


「テレス姉さん、お酒ってそんなに美味しいのかな?」


「好き好きかな? 私は今日はあんまり飲もうって気分じゃないけど、この料理だとお酒が進みそうだっていうのも分かるし」


「アルチェムは飲まないのですか?」


「飲んでも怒られないとは思うんだけど、飲んだ事がないからちょっと怖いっていうか」


 などと異種族女性組で酒についてトークしていると、


「チェムちゃん多分酒乱~」


「泣き上戸~」


「絡み酒~」


「脱ぎ癖~」


「遺体遺棄~」


「なんかひどい言いがかりを聞いた気がする!!」


 オクトガル達に速攻でいじられてしまう。


「まま~、おね~ちゃん、これ美味しいの~」


「ほら、ライム、落ち着いて食べる!」


「ファムも人の事は言えないですよ」


 美味しそうに食べ散らかすライムを注意するファムと、地味に大差ない事を指摘して窘めるレラ。何ともほのぼのとする親子の時間である。


「……なんか、こういうにぎやかな食卓って、いいよね」 


 和気藹々と食事を続けるメンバーを見ながら、残りの料理であるふかひれスープとシュウマイ、麻婆豆腐、そして白いご飯をカートに乗せて運んできた春菜が、給仕をしながらしみじみと呟く。


「楽しい雰囲気と空腹は、最強の調味料やからな」


「そうですね。私も、ここでお兄様達と食べる食事が一番美味しいと思います」


「エルちゃんは、こういうリラックスした空気でご飯食べる機会、少なそうだよね」


「はい。ですので、お父様も皆様がいるときはここに逃げてくるのだと思います」


「あまり避難所にされるのは勘弁してほしいかな」


 エアリスのそれはどうなんだという言葉に、苦笑しながらぼやいて見せる春菜。ここに来ている時は無礼講といえど、やっぱり身分のある人たちを相手にするのはそれなりに気を使うのだ。


「……ねえ、春姉」


「何?」


「こっちにいる間は、出来るだけこういうにぎやかな食卓が出来るといいよね」


「……ん、そうだね」


 にぎやかに美味しそうに食事を続ける一同を見ていて、自然にぽろっとこぼれた澪の言葉。その言葉に何か感じいるように頷くと、まだまだアツアツの自分の分に箸をつける春菜であった。








 なお、余談ながら翌日の自転車の練習だが……。


「これ速~い!」


「ライム、ちゃんと前見て走る!!」


「この自転車という乗り物、魔力も何も使わずにこれだけのスピードが出るんですね」


「便利だけど、自分達で作るとなると結構大変そう」


 交代で自転車を乗り回しながらそんな感想を言い合う工房組やエアリスを横目に


「うう……、自分のどんくささが恨めしい……」


「なんか結構屈辱……」


 こけて何ぼと言う言葉に従って、何度も転倒しながら必死に練習を重ねる澪とアルチェムの姿があったそうな。

やっぱり家族みんなで料理って言ったら餃子でしょう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 魔法とかの飛び道具前提の機械は何をどう表現されてもそんなもんだ、なんせ魔法の力でなんとかすれば、と思えるのですが 自転車だとなかなか自分を誤魔化しきれないのでやっぱりひょいと作れちゃう描画は…
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