第8話
『行方不明?』
『今日で不在三日目』
『……まあ、連中の事だから、どうせ妙なものを見つけて、そっちに意識を全部持って行かれているとかそんなところだろう』
レイニーから宏達の不在を聞かされたレイオットの反応は、宏達の事を知りぬいていると言ってよさそうなものであった。
『盗賊ギルドの情報網にも引っかかってないのに?』
『連中は、動き始めるとものすごい行動範囲で動くからな。しかも、普通の馬車の四倍以上の速度が出る乗物を持っているとくれば、いかな盗賊ギルドやダール王宮の諜報網といえど、確実に捕捉できるとは限らん』
『そういうもの?』
『ああ。馬車で一日以上の距離になってくると、場合によっては普通の通信具では直接通信できなくなるケースもある。そうなってくると、伝言ゲームになって急激に情報の確度も落ちる。情報というやつは、人の口が一つ増えるたびに加速度的にねじ曲がって行くからな。行き先が灼熱砂漠となると、通信距離から外れても不思議ではない』
レイオットの言葉に、感心したように頷くレイニー。こうした事は本来、彼女自身がちゃんと理解したうえで行動しなければいけない事なのに、まるで素人のような反応である。元々余り期待していないとはいえ、今後が非常に不安になるレイオット。
なお、この定時連絡には、レイオットが宏に注文して作らせた通信具を使っている。ブースターユニットを双方に取り付ければ、大陸の端から端まで通信出来る優れものだ。魔法の水晶玉や水鏡を接続すると、相手の顔を見ての会話もできる。
『……まあ、いい。それで、ダール国内の様子は?』
『最近、例の義賊が元気に暴れてる感じ。調査対象の半分は義賊に成敗されて、女王に止めを刺された。それ以外は特に問題らしいものは見えない。物価も安定してて、子供がすさんだりとか事件が多発してるとかそういう様子も特にない。街の往来もなかなかの活況』
『ふむ。どうやら予想通り、義賊アルヴァンとやらはダール王家と何らかのつながりがあるようだな』
『それは間違いない。盗賊ギルドの情報だと、アルヴァンが王城の隠し通路を使ったところを目撃したものがいる、との事』
『……なるほど。恐らくそれは、わざと見せているな』
『だと思う』
王家の直轄地にある盗賊ギルドなど、基本的に王家と慣れ合っている存在だ。そこにわざわざつながりを誇示するような情報を見せる理由など、詮索無用だと示す以外の理由はない。
『それで、聞いていいなら質問』
『なんだ?』
『調べてた貴族、何?』
レイニーのアバウトな質問に、怪訝な顔をするレイオット。
『どういう意味だ?』
『あの連中、いろいろおかしい』
『具体的には?』
『単に井戸端会議に他所者が混ざっただけで、執拗に追いまわして始末しようとするのって、普通?』
かなり異常な情報を聞かされ、しばし黙りこむ。レイニーがドジを踏んだ、という可能性もあるが、井戸端会議でそこまで突っ込んだ質問をするほど間抜けでもない。流石にそこまで無能だと、他所の国に送り込むような真似は出来ない。
『一応確認しておく。何かミスをしたのか?』
『世間話をした後、戻る最中につけられてた。セーフハウスが見つかると拙いかと思って、撒こうとして失敗した』
『……微妙なラインだな……』
『その時から気になっていろいろ調べてたら、行商人の弟子とかが世間話でそいつらの噂聞いた後、治安の悪い地域に誘い込まれて殺されそうになったりしてる現場を何回か押さえた』
因みに、押さえた現場はダールの治安維持員に任せ、レイニー自身は基本放置している。その結果助からなかったとしても、目立つ訳にはいかない裏稼業なので気にしない方針にしている。
実のところ、確率四割程度でアルヴァンが割り込んで連中を始末しているため、最近他所から来た人間の不審死は格段に減っているのだが。
『その情報、そちらの盗賊ギルドには?』
『まだ流していない。だけどおそらく、大体のところはつかんでると思う』
『だろうな』
レイニーの判断を妥当だと認め、見えないと分かっていながら一つ頷くレイオット。自分の縄張りで起こっている出来事を、その地域の盗賊ギルドが全く把握していないはずが無い。手を出していない理由はおそらく、被害者がすべて他所者であるため、貴族を敵に回してまで制裁に走るには材料が足りない、というところだろう。もう少し目立った人数の被害者が出れば、流石に傍観は出来ないのだろうが。
『それで、連中一体何?』
『お前は多分覚えていないだろうが、お前が宏を殺そうとした事件、その首謀者とつながりがあった連中だ』
『その事件は覚えてないけど、捕まってた間にあった反乱がどうのこうのの関係?』
『そんなところだ』
それで、なんとなく納得する。薬の影響で以前のファーレーンは知らないが、それでも現王家の人気が一年二年で得られるようなぬるいものではない事ぐらいは知っている。いくら当時のファーレーン王家が先代のおかげで両手両足を縛られているような状況だったとはいえ、少し考えれば反乱など起こしても上手くいかない事は明白だった。
その状況で反乱をおこすような、そんな明らかに頭のおかしい連中とつながりがあるのだ。まともな思考回路をしていなくても、全く驚くに値しない。
『そいつらも、瘴気に頭をやられてまともな思考が出来なくなっていたが、どうやらそのつながった先も似たようなものらしいな』
『瘴気に頭をやられると、そこまで頭が悪くなるの?』
『まあ、度合いによるのだろうがな』
そこまで行って、脇道にそれかけた会話を戻すことにする。
『とりあえずはそうだな。連中についての調査は継続として、だ。それと並行してしばらく、前に聞いた神殿関係者の不審死事件について追いかけろ。恐らく、裏で何らかのつながりがある』
『了解』
『あと、連中が帰ってきたら一度接触をはかり、その時点で得た情報を全部奴らに伝えろ』
『いいの?』
『必要な事だからな。ただし、ヒロシには迫るなよ?』
天国から地獄に叩き落とすようなレイオットの言葉に、
『無理』
『いや、お前のために言っているんだが……』
『ハニーを見て、ハニーの匂いをかいで、自制がきくとでも?』
『……そうだったな。お前はそう言う生き物だったな……』
制御不能である事をはっきり理解し、心の中で宏に謝罪しながら深々とため息をつくレイオット。宏にとっての受難は、刻一刻と迫っているのであった。
「達兄、変なのがいる」
砂漠からの帰り道。ワンボックスの中で、澪がぽつりと漏らす。
「変なの?」
「不確定名・存在感の薄い人型飛行物体」
「多分バルドね」
「バルドだな」
不確定名を聞いた瞬間、真琴と達也が妙に力強く断定する。だが、それに対して
「もしかしたら、偽バルドとかコピーとかの方かもしれへんで?」
宏がそんな異論をぶつけてくる。
「なあ、ヒロ」
「ん?」
「その違いは、これから起こるであろう事ややるであろう行動に対して、何か影響がある違いなのか?」
「敵の強さと、黒幕が健在かどうかが変わってきおるで」
「いやまあ、そうなんだろうとは思うが……」
などと微妙にメタな感じの会話をしつつ、自分達にとってやりやすそうなフィールドを探して走り回る。下手にダールの街まで戻ってしまうと、一般人を巻き込んで派手な戦闘をやらかす羽目になりかねない。ダールの一連の事件がバルドのやったことだとするならば、そういうテロ的な行動をためらうとは思えない。
「あの、バルドってなんでしょうか?」
宏達の会話を不思議そうに聞いていたジュディスが、思い切って質問する。彼らは時折、内輪だけの話に没頭する事があるため、口を挟めるタイミングで質問をしておかないと、話に取り残される。
「ファーレーンを転覆させようとした邪神教団の小者。こっちでは義賊が、問答無用で一人切り捨ててるらしいがね」
「そんなのがいるんですか?」
「いるんだよ。普通に戦うと結構面倒なのがな」
ジュディスの質問にかなりアバウトな答えを返し、当座の対応を確認しようと宏に視線を向ける達也。
「とりあえず、シールドシステムは起動したで」
「どの程度の攻撃なら、耐えられる?」
「ファーレーンの時で言うんやったら、ラストのヘルインフェルノ以外はしのげるで」
「なら、相手の出方を見るのもありか」
「出方を見る必要もなさそうや」
宏のコメントと同時に、車全体が大きく揺れる。どうやら体当たりを食らったらしい。その後も立て続けに何度か衝撃を受けるワンボックス。宏特製のオートジャイロのおかげで横転するような事はないが、正直乗り心地の悪さがひどい。
「流石に空飛んでるん相手やと、逃げる側は不利やなあ」
「まったくだな」
派手に揺らされながらも大したダメージを受けていないワンボックスに安心し、のんきな会話を続ける宏と達也。普通の車ならとうの昔に大破している状況だが、戦車より頑丈なこのワンボックスを壊すには、少々どころではなく足りない。
「で、なんか反撃手段はあるか?」
「とりあえずは、相手の動きを止めるところからやな」
「そう言う機能もあるのか?」
「そらもちろん」
宏の予想通りの回答に、思わずにやりと笑ってしまう達也。この手の何に使うのか分からないギミック満載の車というのは、おっさんとまでは言わなくてもそれなりにいい年の達也でも、かなりわくわくしてしまうものだ。というより、一般的に男というやつは、オタクかどうかに関係なく、最先端技術だの戦闘用だの新機能だのという単語に弱いのである。
「なら、反撃開始か」
「まずは砂漠の方まで誘導してや」
「了解!」
宏の要請に従い、派手にドリフトしながら進行方向を変え、アクセルベタ踏みで一気に加速する。慣らしの時以外一度も出した事が無い、時速百六十キロという悪路走行には向かない速度までわずか数秒で加速し、そのまま一目散に砂漠方面へ突っ走る。
無論、そんな荒っぽい真似をして、車内が無事で済む訳が無い。全員シートベルトをしていたために大事には至っていないが、いきなり大きく振り回されたため、窓際に座っていた真琴と澪が思いっきりよく頭をぶつける羽目になる。オートジャイロが無ければ、下手をすれば転覆しているレベルの挙動だ。むしろそれですんだのは運がいい方だろう。
「ちょっと達也! もうちょっと丁寧な運転を!」
「達兄、女の子はもっと優しく扱う」
「その手の苦情は、あの影の薄い悪役に言ってくれ!」
体当たりを外し、火炎弾での妨害に切り替えた不確定名・バルドを示しながら、真琴の文句を封殺する達也。いきなりのドリフトターンに虚を突かれ、しかも速度が大幅に上がったため、すぐに体当たりの態勢が取れなかったらしい。外した際に街道脇の草原に生えていたひょろ長い木に突っ込んで思いっきりなぎ倒しているが、なぎ倒した本人も含めて誰も気にしていない。
そのまま、ひたすら荒っぽい運転を続けながら、砂漠を目指して爆走する達也。地味にいつの間にか人型から悪魔型に変身して、火力を上げた状態で攻撃をしかけながら追ってくる不確定名・バルド。時間帯と位置の問題で、現在砂漠方面との行き来がほとんど無いからいいが、これが朝方や日が落ち始める時間帯のように、移動している人間が多いタイミングであったら大惨事だろう。
「砂漠が見えてきたぞ!」
「そのまま街道から適当にそれて!」
デッドヒートを繰り広げる事三十分。ついに砂漠まで戻ってくるワンボックス。この面倒くさい追いかけっこもそろそろ終わりのようだ。余りに荒い動きにノートン姉妹が震えあがり、身を寄せ合って神に祈りを捧げ続けているのが印象的である。
「このまま砂漠に入って、大丈夫なのか?」
「今さっきモードチェンジしといたから、普通に走れんで」
「どんなワンボックスだよ……」
ワンタッチ全自動で砂漠仕様、熱帯仕様、寒冷地仕様などを切り替えられるワンボックス。いくら分類上はゴーレム馬車で厳密には自動車ではないと言っても、流石に好き放題やりすぎのような気がしなくもない達也。耐環境性では世界に冠たる日本車といえども、流石に細かい整備なしで全く問題なく雪道から砂漠まで走れる訳ではない。
「まあいい。どのあたりまで引っ張りこむ?」
「とりあえず、大きい奴ぶっ放しても街道に影響せえへんところまで引っ張りこまんとな」
隣で助手席に仕込まれたタッチパネルをこそこそ操作しながら、ナビに大雑把な目標ポイントを設定する宏。そのポイントに一目散に走る達也。広い場所は好都合とばかりに追跡の手を緩める気配を見せずに突っ込んでくる不確定名・バルド。そろそろ目標ポイント付近、というあたりで、ついに宏が動きを見せた。
「ほな、そろそろ行くで!」
パネルを操作し、ファーレーンの時とは微妙にデザインが違うバルドを画面のセンターにとらえ、体当たりを仕掛けてくるタイミングを見計らってスイッチを操作する。
「まずは、特製鳥もち弾や!」
その言葉と同時に、画面内のバルドの正面に巨大な鳥もちが拡がる。体当たりのために速度を上げていた事が災いし、避ける余地も無く真正面から突っ込んで行くバルド。
「よしっ! 命中や! 兄貴、車止めて!」
「それで拘束は終わりか?」
「まさか。どんどん行くで! 次は硬化剤! 更にデバフネット! 止めに捕縛結界弾!」
一体どこにそんなものを仕込んであったのか、次々と怪しげなあれこれを発射するワンボックス。硬化剤により鳥もちがゴムのような感じに固まり、デバフネットに付与された各種能力低下で抵抗する力を削り取られ、捕縛結界弾で完全に身動きを封じられるバルド。ここまで徹底的にやる必要があるのか、というやり口に対し、呆れればいいのか感心すればいいのか分からなくなる達也。
一つ言えるのは、このワンボックスは、一昔前のスパイ映画の車よりえぐい。
「また、容赦ないわねえ」
「だって、フリーにうろうろさせたら面倒やん」
「まあ、そうなんだけど……」
漏れ出ている瘴気の量から、明らかにファーレーンで仕留めたバルドと大差ない強さだと判断できるこの推定バルド。それがこうまで見事に封殺されてしまっているのを見ると、何とも言い難い気持ちになってくる。
「とりあえず、復活されたら鬱陶しい。とっとと始末つけんで」
「まだやるのかよ……」
「当然や。いつ突破してくるか分からへんねんし、ああいうのは跡形も無く吹っ飛ばしとかんとな。っちゅう訳で、街道に背中向けるように移動して」
「へいへい……」
何処までも容赦のない宏の言い分に、まあバルドだろうからいいか、などと何処となく投げた事を考えながら指示通り街道に背を向けるよう車を移動させる。移動中でも、視界の隅では硬化剤で固められた鳥もちがプルプル震えているのが見える。
「ほな、最後の仕上げ行くで。澪、周囲に人影は?」
「半径一キロ圏内には人の気配なし」
「了解、問題なしやな。安全ロック、解除。エネルギーバイパス接続、チャージ開始。本体固定」
宏が何か手順を一つ踏むたびに、車のそこかしこであれで何な感じの不吉な音が漏れ始める。先ほどまでの碌でもない捕縛システムの事もあり、いろんな意味で非常に不安になってくる一同。こいつの好きにやらせておいて、本当に大丈夫なのだろうか?
「バイパス解放、バレルセット、展開。エネルギーチャージ完了、照準セット。耐衝撃シールド展開」
妙に淡々と手順を進める宏。バレルセット、のところで窓の外を巨大なアームが横切ったのを目撃した春菜達だが、バレルと言う単語の時点で何をやろうとしているかを理解したため、とりあえず終わってから突っ込みを入れることにしてここは傍観する。
「準備完了! ちょっち衝撃来るかもやから、しっかりつかまって頭下げとってや!」
「どんなでかい威力の砲撃ぶっ放す気だよ、おい!」
「見たらすぐ分かる! っちゅう訳で、天地波動砲、発射や!!」
やたらいい笑顔で高らかに宣言し、操作パネルとは別のところにあるボタンをぽちっと押しこむ。次の瞬間、ものすごい魔力の塊がワンボックスの屋根の上から発射され、二呼吸ほどのタイムラグのあと推定バルドに直撃する。
その後がいろいろと大変だった。発射された天地波動砲とやらはあっさりとバルドらしい何かを飲み込んで巨大なクレーターを穿ち、付近一帯にいたモンスターを駆逐し、それだけでは飽き足らずに大量の砂煙を巻き上げ大地震を発生させたのだ。ワンボックスは本体を固定してあった上に耐衝撃シールドを張ってあったから無事だが、少なくとも爆心地から半径二キロほどの空間はただでは済んでいない。
もっとも、破壊力が拡散しているが故に規模は大きくなっているが、実際の攻撃力はタイタニックロアや澪のエクストラスキルの方が圧倒的に上だったりするのだが。
「フルチャージはやりすぎやったか?」
「やりすぎやったか? じゃないわよ!」
「宏君、流石に地形を変えるのはちょっと……」
「後、今普通に視界ゼロだから、ここから身動きがとれねえぞ」
遺跡の件といい今回といい、本気でマッドの好きにやらせるとろくなことにならない。
「結局、今のは何だったんだ?」
「天地波動砲か? 性能的にはヘルインフェルノの属性違いみたいなもんや。ただ、向こうと違うて基本は一点攻撃やから、作用範囲っちゅう面ではこっちは圧倒的に負けおる。何ぼ何でも、これ一発やとウルスの一割ぐらいしか廃墟にできへんよ」
「物騒だな、おい!」
「いやいや。一回撃ったら砲身自体のクールダウンに三時間、システム全体の冷却に一週間、もう一遍エネルギー蓄えるんに一週間かかる、非常に手数の少ない切り札的武器やねんから、あれぐらいはないと」
確かに切り札だ。だが、切れるタイミングが極度に限られる上に破壊力がありすぎるこんな武装、とてもではないが当てにできたものではない。ダールの砂漠という立地条件でなければ、発射そのものが不可能という次元の攻撃である。
「つうか、何とも言えない名前だが、お前がつけたのか?」
「元々そういう名前やねん。因みに、この系列で一番えげつない奴は天地開闢砲っちゅうてな。数値上は5%程度のチャージで今の威力を鼻で笑える感じや。これもそっちも、車両か船舶に据え付けやんと運用出来へんのが最大の弱点やけどな」
流石に車両据え付け用の兵装だけあって、名前も威力もいろいろとアレな感じである。余談ながら、この天地波動砲、素材にファーレーンでどつき倒したバルドのコアが使われている。そのままだとろくなことにならない可能性が濃厚だったため、色々小細工でこねくりまわして瘴気を完全に抜き、大砲の部品にしたのだ。
つまり、今回の不確定名・バルドは、同僚の一部を素材として使った兵器に吹っ飛ばされてしまったのである。
「で、師匠」
「なんや?」
「戦闘用のギミックは、これで終わり?」
「後は、副砲をまだ使うてへんな。それと、特殊弾も何個か出してへんし」
目を輝かせながらの澪の質問に、これまた物騒な単語をごく普通に出してくる宏。なんというか、やっている事がまるで戦車を発掘して穴をあけて改造する某RPGのようである。
「宏君。今後のために一応聞いておきたいんだけど、副砲ってどんなの?」
「魔導レーザー砲やな。マシンガン系と悩んだんやけど、物量の限界でそっちに」
「威力は?」
「ハンターツリーで作った弓で澪が普通に射撃するレベル、やな」
微妙なところだ。飛び道具としては驚異的な威力ではあるが、バルドクラスに通るかどうかは本当に微妙な線である。
「まあ、っちゅうても今はそっちも発射できへんけど」
「もしかして?」
「車の武装全体の共有ディレイがな、天地波動砲の場合三十分ぐらいあるねんわ。せやから、今できるんは普通の車として走る事と、屋台に変形して商売する事だけやな」
「いや、普通に十分だと思うんだけど……」
「今はレーダーも死んどるからなあ。下手に移動するんも危なっかしいし、もうちょい待たんとなあ」
まだまだおさまらない砂嵐を見て、のんきにどうしようもない事を言い放つ宏。とはいえ、単に一瞬の強風で砂が舞い上がっただけなのだから、普通の砂嵐と違ってそれほど長く待たずとも収まりはするだろうが。
「それにしても、単に衝撃波で巻き上げたにしては長い嵐だな」
「思ったよりすごい量を吹っ飛ばしたみたいやなあ」
「他人事のように言うなよ、主犯格……」
「ようある話や」
などと駄弁ってからしばらく後、ようやく視界がクリアになってくる。
「念のために、あれが生き残ってへんか確認してくるわ」
「あ、私も行く」
「了解」
瘴気は特に残っていないし、デバフネットと捕縛結界はそれこそオクトガルの転移ですら潰す特別製だ。逃げられた可能性もまだ生き残っている可能性も限りなく低いが、討ち漏らしていたら面倒なことになる。
「とりあえず春菜さん、これしとき」
「はーい」
いわゆるガスマスク的なものを春菜に渡し、車の外に出て警戒しながら爆心地へ移動する二人。爆心地には、もはや死が免れぬ状態になった推定バルドが、それでもしつこく生き延びていた。
「あ、生きてた……」
「とりあえず、止め刺しとこか」
日本の台所での嫌われ者、黒いつやつやしたかさかさ動く節足動物のような生命力を見せた不確定名・バルドだが、結局ろくな打撃を与える事も出来ないまま宏に頭をかち割られてコアをえぐりだされ、最後の言葉を発する事も無く絶命した。
「なあ、春菜さん」
「何?」
「あのへんちょっと美味しい事なってへん?」
二人だけで行動している事にドキドキしながら、宏が指さした方に視線を向ける春菜。そこには、砂鮫やサンドマンタなどの砂漠の幸が、かなりの分量転がっていた。
「……わっ、本当だ!」
「ちょっと澪呼んでくるわ」
「あ、私が呼んでくるよ。宏君は先に解体してて」
「了解」
どうせもう今日中にはダールには戻れまい。そのことが決定的になった時点で、とことんまでのんびりと利益をむさぼる事にする一行。ノートン姉妹ですら異を唱えないあたり、実に染まったものである。
こうして最後まで確定名を与えてもらえなかった今回のバルドは、藪をつついてヤマタノオロチを出したレベルでの藪蛇により、何を思ってこんな直接的な攻撃に出たのかを語る事すらなく、大したことが出来ぬまま宏に素材扱いされて終わったのであった。
「砂漠の異変について、何か分かっている事は?」
「アルヴァンの旦那も、興味がおありで?」
「それは当然だろう。馬車で一日以上はかかると言っても、逆に言えば、砂漠まではその気になれば所詮一日だ。そんなところで異変が起これば、このダールにどういう形で波及してくるか分からんからな」
「そういうもんですか」
「そういうものだ」
某うっかりな人のようなやり方で街の噂を集めて回っている自身の協力者に、世の中の理の一つをなんとなく説きながら情報をせびるアルヴァン。因みに言うまでもないが、このうっかりな人風の協力者も、アルヴァンの仮面の下の顔は知らない。
「現状、異変については集まってくる噂話はこんなところでさあ」
「なるほど。やはりお前のところでも、確定しているのは唐突に大きな音がして大地が揺れて、凄まじい砂嵐が巻き起こったと言う事だけか」
「へえ、申し訳ありません」
「いや、ここまで情報が錯綜している以上、まともな分析は難しいだろう。多少なりとも現象を確定できるだけマシだ」
恐縮している協力者をそうねぎらい、ついでに聞けるだけの事を聞いておこうと欲しい情報を頭の中でリストアップする。
「あとはそうだな。最近他所者に対して妙に攻撃的な頭のおかしい連中について、新しい情報は?」
「申し訳ねえっすけど、最近動きが少なくて、集まった噂話も微妙なところでさあ」
「最近? どのぐらいからだ?」
「へえ。旦那が気にかけてた連中が、屋台を毎日出すようになったあたりからでさあ」
その言葉に、やはりかという感じでわずかに眉を動かすアルヴァン。
「旦那、何か心当たりでも?」
「無くはないが、それをお前に教えたところで、入ってくる情報はおそらく変わらんよ」
「へえ、そういうもんですか」
「そういうものだ。……そうだな。噂の収集はいまのまま続けてもらうとして、この街のイグレオス神殿関係者の動きについても、今までより突っ込んだところを探って欲しい」
「そりゃかまわんですが、本当に突っ込んだところは旦那かスパローの兄貴、ストロー姐さんの専門分野じゃございやせんか?」
「そっちはそっちで当然動く。が、裏を取るとなると、噂話の類もかなり馬鹿に出来なくてね。まったく、人の口に扉はつけられぬとはよく言ったものだ」
アルヴァンの言葉に、違いないと頷くうっかり。もっとも、長年道化風の情報収集を続けてきた男の勘としては、今回の神殿関係に関しては、噂話はそれほど当てにならないのではないかと考えている。何しろ、関係者の狙われ方もその後の対応も、いまいち何処を目指しているのか分からない。そのせいか噂にも骨格というか筋というか、どうにもそういうものが無くてふるい分けも難しい。たまにあることとはいえ、ここまで方向性が分散した揚句に筋が近いものすらほとんど無いとなると、アルヴァンに報告するのもなかなかつらい。
「何にしても、今回はあっしの仕事にあんまり期待しねえでくだせえ。尾ひれはひれどころか魚からいきなりロックワームに化けるぐらいすっ飛んだ噂ばかりですんで……」
「とりあえず、ある程度裏が取れた情報が入っている噂だけでもいいさ」
「へえ。まあ、探り入れてみまさあ」
アルヴァンに頼まれては、嫌とは言えない。恐らく徒労にはなるだろうが、それは別段気にはしない。自分の役割は、徒労になる確率の方が基本高いのだから、今更の話である。
「あ、そう言えば」
「ん? 何かあるのか?」
「旦那が気にかけてる連中が街からいなくなったとき、貴族連中も神殿関係も妙に慌ててたそうで」
「……どうも、そこに色々と集約している印象があるが、どう思う?」
「同感でさあ。連中が砂漠方面に向かったってんだったら、今日の砂漠の異変とやらもその連中が噛んでるのかもしれませんなあ。案外、神殿関係を襲ってた連中も、その異変で始末されてるなんてこともあり得るかもしれませんぜ」
うっかりの言い分に、思わず苦笑を浮かべるアルヴァン。可能性としては確かにゼロではない。だが、そこまでうまく行くと言うのはご都合主義にすぎるだろう。
神殿関係者を襲撃していたのが、かつて自身が斬り捨てたバルドと同じ程度の能力を持っているのだとすれば、正面から襲撃をかけられればそう簡単に始末できる相手ではない。アルヴァンが単独で勝てたのも、問答無用で変身前を狙って不意打ちで、しかも自身の家系に伝わる最大奥義まで使って一気に相手をばらばらに切り捨てたから成功したのだ。襲撃をかけられる立場だったら、簡単に負けはしなくても勝てるかどうかは微妙なラインだと言う自覚はある。
「私達が追っている襲撃犯が予想通りなら、少なくとも主犯格はそこまで簡単に始末は出来ないだろう」
「旦那がそう言うんであれば、そうなんでしょうなあ」
「とはいえ、彼らは私が予想している黒幕、それと同等程度の相手と戦って勝利を収めていると聞く。連中の狙いが彼らに同行している司祭と見習いだとすれば、彼らが襲撃を受けて撃退した、という可能性が無いとは言い切れない」
真面目ぶった顔をしてそんな分析をしてのけるアルヴァンだが、流石にうっかりの言葉が真相のど真ん中を貫いているとは想像すらしていない。一度顔を合わせただけ、あとはあれこれうっかり以外からの伝手で集めただけの微妙な情報では、宏のアレっぷりを理解出来ないのは無理も無い話ではあるが。
「何にしても、そのあたりの話は彼らが戻ってこない事には先に進まないだろう。それまで、さっき言った通りの形で色々と探ってくれ」
「分かりやした。旦那はこの後は?」
「少しばかり、花を愛でてくる事にするさ」
気障な言葉を言い捨てて、その場から消えるアルヴァン。いつもの事なので気にしないが、少しぐらいはあやかりたいなあなどと本能に忠実な事を考えるうっかりであった。
「戻ったぞ。砂漠の異変について、何か新しい情報は?」
ダール王宮。神殿との会合という名目で不在だった女王が、戻ってくるなり今最大の関心事をセルジオに問いかける。そもそも今回の外出も、この異変についての話し合いだったのだ。
「神殿で話をしていただけにしては、随分と遅かったですね。情報については、それなりに色々と集まっては来ています」
「そうか。こちらもついでに寄れるところは全て寄り道して、集められる範囲で集めてきた」
「陛下、この非常時に余りうろうろなさらないでください……」
「情報なんぞ、ある程度自分の足で稼いだものも握っておかんと、誰に何をつかまされるか分からん」
情報源を王宮内の関係者だけに依存するなどという事は、怖くて女王にはとてもできる行動ではない。仮に自身で歩き回って噂などを集めていなかったとしたら、まかり間違ってセルジオが裏切るような事態になれば、自分は何も知らない裸の王様になってしまう。セルジオが裏切る可能性は現状ではそれほど高くはないが、物事に絶対という言葉はない。
本当のところを言うならば、女王としては宮廷内の全ての情報が一度セルジオを経由する、というシステム自体を変えたいところではあるが、残念ながら他に適任者が見つからないため、現状維持が続いている。
「まあ、話をもどそう。新たな情報は?」
「そうですね。つい先ほど調査隊が帰還しました。おかげでようやく発生地点が絞り込めたことが、最大の情報でしょうか」
「ほう? どのあたりだ?」
「灼熱砂漠の入り口付近から約五十キロ南南東に移動したあたりだとの事です。現場を見ない事にははっきりした事は言えないようですが、何者かが大魔法、それもこちらまで振動が伝わってくるほどの威力から、ヘルインフェルノに相当する魔法を発動させたのではないか、との事です」
「……物騒な話よのう。だが、それだけの術を使える術者となると、相当絞り込まれることになるな」
十数年に一回ぐらいの頻度で、モンスターの大規模発生などで大活躍のヘルインフェルノだが、当然のことながら、こちらの世界ではそうホイホイ使えるものではない。何しろ、通常戦闘で使えるような魔法とは、必要な魔力量が文字通り桁違いだ。単独の魔法使いが普通に使うのは難しい類のものである。
一般的な魔法使いと比べて十倍以上の魔力を持っている達也ですら、杖のコストダウン効果が無ければ全快状態で一回しか使えないのが、大魔法というやつだ。当然使い手は限られてくるし、普通は儀式魔法として使うか何らかの補助具を大量に使わないと発動できないため、術者を特定するのもそれほど難しいものではない。ヘルインフェルノクラスよりはるかに燃費がいいとはいえ、この世界での分類上は大魔法に入る聖天八極砲も、立ち位置としては似たようなものである。
一般庶民はもとより、それなり以上のランクの冒険者でも見た事が無い人間も少なくないのが大魔法というやつだ。発生した規模が規模だけあり、砂漠で異変が起こった、という話になっても仕方が無いと言えば仕方が無いのだろう。何しろ、ダールの場合、使用頻度が十数年に一度である。
「妾の個人的な見解だが、バルドとやらが関わっている、というより犯人なのではないか?」
「ふむ。よろしければ、その根拠を教えていただいても?」
「まず、ファーレーンからの資料によると、バルドとやらは普通にヘルインフェルノを使ってきたそうじゃ。それに、つい最近ちまたを賑わせた神殿関係者の襲撃事件、どうもバルドとやらの手口と一部似通っているようでな」
「それだけでは、根拠として薄いのでは? それにそもそも、バルドと言えば、アルヴァンが問答無用で切り捨てたはず」
「同時期にファーレーンでも活動しておったのじゃ。同名で似たような力量の連中がわらわら存在しても、何一つおかしくはあるまい?」
女王の切り返しに、眉間に皺を刻みこみながらも頷くしかないセルジオ。正直、ヘルインフェルノを単独で発動してくるような生き物がわらわら居てはたまらないのだが、他の国からの情報まで精査すると、女王の指摘が間違いとは言い切れないのが悩ましい。
「そして、これが一番の根拠じゃが」
「……どうぞ」
「昼前の段階で、ファーレーンからの客人達が砂漠におったという情報がある。そして、例の異変が三時過ぎ。ノートン姉妹が一緒であった事を考えれば、そこを狙ったバルドと一戦交えた結果があの異変だという可能性も無くはない」
最初のころは除外していた可能性、それについて頭の中で真剣に検討して出した結論をセルジオに伝える女王。異変がいわゆる大魔法の類ではないと確定していれば、おそらく今でもこの説は一顧だにしていなかっただろう。
「では、彼らは……」
「どんな手段を使ったかは知らんが、どうやら生きてはいるらしい。砂嵐に巻き込まれて立ち往生したから、帰着が明日以降になると言う連絡が神殿の方に入っておる」
「大魔法に巻き込まれて、生きていますか……」
「そうでなければ、ファーレーンの事件で死んでおろう」
女王の身も蓋もない意見に、苦笑しながら同意するセルジオ。ファーレーンとの兼ね合いもあるから取り込むと言うのは難しそうだが、間違っても敵に回してはいけないだろう。はっきり言って、勝てる気がしない。
「何にしても、今後の問題もある。帰ってきたら早急に、かつ失礼の無いように王宮に来てもらわねばな」
「御意」
今後のあれこれもある。とにかくまずはつなぎを取らなければいけない。そんな王家側の都合により、やっぱりダールでもお城と関わりを持つ羽目になる宏達であった。
一方、その頃。
「ダールのバルドが消えた」
「……二人目か。また義賊か?」
「否。ファーレーンのバルドを仕留めた連中のようだ」
とある闇の中。あって無きがごとき存在感の連中が、何やらごちゃごちゃと話をしていた。
「また、連中か?」
「今度はどのような状況で?」
「巫女の資質を持つ連中を始末しようと攻撃を仕掛けて、そのまま正体不明の攻撃で返り討ちにあったらしい」
その報告に、その場を沈黙が覆い尽くす。しばしの沈黙の後、一人が口を開く。
「それで、どうする?」
「新たなバルドについては、すでに手配は終わっている。だが……」
「単独で送り込んだところで、また返り討ちにあって終わる可能性が高い」
「だが、ファーレーンと違って内部に火種が残っている以上、何もせんというのもな」
前回と違い、健闘した様子すらなくあっけなく仕留められた今回のバルドについて、頭が痛いといわんばかりの口調で会話を続ける影達。再びしばし沈黙が場を覆い、一人がポツリと言葉を漏らす。
「……一人で無理なら、三人ぐらい送り込むか?」
「……それも手ではあるが、奴らは自分以外にバルドが居るとは思っておらん。連携など取れるとは到底思えんが?」
「少し細工をして、最初から三人組だったと思わせるしかあるまい」
「可能か?」
「ある程度は、な。もともと、バルドという名が自分だけのものだと思ってはいるが、自身と同じ立場の存在が居ることは知っている。そこを利用して細工すればいい」
最後の影の言葉で、とりあえず方針は固まる。どの道現状のままでは詰むのだ。それに、少々手間がかかりはするが、バルド自体はいくらでも作り出せる。まったく痛手がない、とまでは言わないが、それほど気にする必要がある損失でもない。
「では?」
「まあ、いきなり数を送り込んだところで上手く行かぬだろう。今後のテストケースとして、まずは二人送り込むことにしよう。先ほど手配したというバルドは、もう送り込まれているのか?」
「否」
「ならば、記憶に細工をする。起動させずに待機させておいてくれ」
「分かった」
いくら自作といっても、バルドは起動させた時点で独立した人格を持つ。後からの記憶の変更は難しい。それに、独立した人格を持つため、最初からチームを組んだという設定を記録してあったとしても、必ずしも相性がいいとも限らなければ、頭を使って連携をとるとも限らない。データがない状況で三人以上というのは制御不能になったときのリスクが大きすぎる。そのことは理解しているからか、当初から一人減らすことに対して、この場の誰も異を唱えない。
「さて、後は私の仕事のようだ。貴様らは貴様らの仕事に戻れ。世界を聖気で満たすために」
「ああ。世界を聖気で満たすために」
その合言葉をきっかけに、全員が各々の仕事に戻るためにその場から姿を消す。
「知られざる大陸からの客人どもを、これ以上放置しておくわけにもいかんか」
闇の中から浮かび上がったバルドにいろいろな改造を施しながら、そんなことをポツリと呟く影。とりあえずそのまま送り込んでも上手く行く気がしないため、少しばかりギミックのようなものを仕込む。
「さて、後は成り行きを見守るか」
やるべきことを終えた影は、次こそ客人どもを始末してくれることを期待しながらバルドを送り出し、闇の中に消える。
影がそんなことをやっていた同時刻。
「へえ? サンドマンタって、フカヒレみたいなのが採れるんだ?」
「砂鮫からキャビアも採れんで」
「デザートクラブって、結構身がしまってて甘みがあるから、カニ酢で焼きガニとか最高じゃないかな?」
そんなダールをめぐる新たな陰謀など知る由もない宏達は夜空の下、砂漠の幸でやたら贅沢な夕飯に舌鼓を打っているのであった。
書いていて某戦車発掘RPGを思い出した作者がここに。