第14話
「むう……、終わらない……」
夏休み最終日。ずっと机に向かっていた澪が、最後の宿題の圧倒的なボリュームに根を上げかけていた。
「本当、澪も間抜けというかなんというか……」
「せっかく最初の週にほとんど全部終わらせとったのに、なんで数学の宿題だけ忘れとんねん……」
そんな澪を、あきれた目で見守る真琴と宏。澪なら自力で解けると分かっている事もあり、手伝うとためにならないからと完全放置である。
「でも師匠、真琴姉。小学校の算数全体の復習三十ページに加えて、一学期の範囲全体とは別に一ページびっちり一次方程式の問題集三十ページはいくら何でも多すぎる気がする」
「一カ月以上あるんやから、そんぐらいの分量はいけるっちゅう判断やろ?」
「まあ、多いっちゃ多いかもしれないけど、一次方程式はともかく、算数の復習はたかだか三十ページぐらい、大した量じゃないでしょ? 単純な四則演算のページも多いし、後半なんてほとんどが文章題だから一ページに二問か三問しかないし」
「算数を初日二日目ぐらいで終わらせて、残り一日五ページ頑張れば十日もかからんと終わる分量やしなあ」
澪の苦情を、さくっと叩き潰す宏と真琴。確かに宿題の量としてはかなり多いが、一日でやろうとしなければ十分終えられる分量なのも事実だ。
「てか、そもそもなんで数学だけ忘れてたのよ?」
「数学みたいな宿題がないわけない教科、意図的に無視せん限りはふつう忘れへんわなあ」
「……メールの見落とし」
「……よく気が付いたわね?」
「昨日の晩、春姉と深雪姉にちゃんと宿題やったかどうかチェックされて、そこで数学が漏れてたのに気が付いた」
「なるほどね……」
澪が宿題を見落とした理由を聞き、なんとなく納得する真琴。メールやメッセージの見落としというのは、ありがちなミスである。
特に澪は、転校の関係もあっていろんな連絡事項のメールやメッセージが来る。その合間を縫ってゲーム関係のお知らせメールやスパムメールが大量に届くとあっては、メールの一通や二通は普通に見落としそうである。
「正直、重要マークもなきゃ差出人もメアドそのままでアドレス帳に登録がない宛先で、件名に宿題の宿の字も入ってないスパムっぽいメールなんて普通に見ない……」
「あ~、いまだにそういう先生おるんか……」
「ん。ちなみに、これがそのメール」
「……こら確かに、スルーすんでなあ……」
「……これ、場合によってはセキュリティAIに秒殺で迷惑メールフォルダにぶち込まれるか、下手するとその場で即座に完全削除よね」
澪に見せられたメールを見て、これはないとあきれる宏と真琴。澪の場合、しばらくは学校関係からいろいろ届くと分かっていたためにセキュリティAIの設定レベルを低めにしており、そのおかげで非常に運よく削除されずにメールが残った。だが、普通なら添付ファイルが付いている怪しいメールという時点でサクッと無視か削除され、間違いなく後で派手に揉める案件である。
「……ちょい待ち、これ一斉送信メールちゃうか?」
「……あら、本当ね」
「他の生徒のメアド、思いっきり漏れとるやん……」
「今の時代に、ここまでメールの扱いがザルというかリテラシーが怪しい教師が残ってるって、逆に奇跡じゃない?」
インターネットと電子メールという連絡手段が普及しはじめてから、もうじき半世紀が経とうというこの時代。この種の連絡におけるメールのマナーやルールは随分前に統一されたというのに、よりにもよって教師の中にいまだに普及し始めたころと同じようなメールの使い方をする人間が生き残っていることに、むしろ感心してしまう宏と真琴。
今回は送信先が全部同じ中学の生徒なので、漏れると大騒ぎになるようなところに漏れてはいない感じだが、間違っても放置などできない案件ではある。
「まあ、こんな教師に巻き込まれた澪には頑張ってと言うしかないとして……」
「これ、学校側に連絡して対処してもらわんとあかん案件やんなあ……」
いつ外部に重要な情報と個人情報をセットで漏らすか分からない教師に、どうしたものかと頭をひねる真琴と宏。今回問題なのは、宏にも真琴にもこの中学と直接的な接点が一切ない事だ。
何かアクションを起こすのであれば、在校生がいる藤堂家に頼るのが一番だが、それをするとなんとなく大事になりそうなのが悩ましい所である。
それ以前に、春菜と深雪がこのあたりの事情を確認していない筈もなかろうし、もう対処に動いている可能性の方が高い。その場合、自分たちにできることなど恐らく何もないだろう。
などと二人で勉強の手を止めて考え込んでいると、珍しく来るのが遅れていた春菜がチャットルームに入ってきた。
「あら春菜、遅かったじゃない」
「ちょっと澪ちゃんの課題の件が長引いてね」
「あ~、やっぱりもう対処してたのね」
「さすがにそのメールはないからね」
どうやら、半ば予想通り、春菜の方でこの問題はちゃんと対処していたようだ。もとより部外者なので大したことはできないのだが、それでもこれだけ完全に取り越し苦労に終わると、ちょっと寂しいというか間抜けな気持ちになってくる宏と真琴。
そんな宏達の気持ちを知ってか知らずか、春菜がどうなったのかの説明を始める。
「で、とりあえず決まったこととしては、まず澪ちゃんの数学の宿題について」
「ん」
「澪ちゃんの課題だけど、大半の生徒が今日連絡が行くまで気が付いてなかったみたいでね。中にはセキュリティAIの削除履歴にばっちり残ってたって子もかなりの人数いたから、宿題としては取り下げになったよ」
「って事は、やらなくていい?」
「そこがちょっとややこしくてね。数学の初日の時点で終わってなくてもいいから、再来週以降の最初の数学の時間までに、小学校の範囲の復習分と方程式を五ページ終わらせるように、だって」
「……それぐらいなら、今日の時点でどうにか……」
春菜の説明に、ほっとした様子を見せる澪。いい加減集中力も切れて、続きを解く気力が失せてきていたのだ。
「あと、先生に関しては他にも同じ種類の雑なメールを送ってないかとか、そこから情報漏洩をしてないか調査するから、混乱を避けるために今年度いっぱいは担当から外れるみたい。その代わりの先生の手配と引き継ぎの関係で、新学期始まってからの授業はちょっとの間、別の科目に振り替えるって」
「なんだか、今年は学校がらみの不祥事が続くわねえ……」
「まあ、今回のは宿題がらみで揉める以外は、大したことにはならないかな、って感じだけどね」
「そうね。ただ、二度あることはって言うし、もう一回ぐらい何かあるかもしれないわね。特に春菜が関わってると、どうやっても体質の影響でおかしなことが起こりがちだし」
「あったとしても、できたら次は私たちに直接関係ない所で起こっててほしいよ……」
どうにもうんざりした顔で、そんな話をする春菜と真琴。経験上、こういうことは一度起こり始めると連鎖することが分かっているため、口ではかもしれないと言っているが、心の中ではすでに起こる前提でものを考えていたりする。
「……考えれば考えるほど面倒なことになりそうだから、この話は終わりにしましょう」
「……そうだね」
「それで気になってたんだけど、あんたたちの畑って、まだ絶賛収穫期継続中よね?」
「うん。多分また明日ぐらいに、真琴さんと達也さんのところにも次の野菜が届くと思うよ」
「ああ、ありがとうね。うちの両親も喜んでたし、しばらく野菜料理とかお酒のあてとかが美味しかったから、あたし的にも非常にありがたかったわ。スイカも甘くてみずみずしくて、今年はスーパーで買う必要が完全になくなったわね」
「喜んでもらえてるなら、良かったよ」
真琴の感想に、思わず安堵のため息をつく春菜。宏もどことなく安心したような表情を浮かべている。
野菜の味にはそれなりに自信があったが、送り付けた量が結構なものだったため、迷惑になっていなかったか気になっていたのだ。
「で、話に聞く限りでは、あたし達に押し付けた程度じゃ処理しきれないほど穫れて、ついに道の駅にまで出荷するようになったって言ってたけど、その後どうなってるの?」
「えっとね。店の名前は聞いてないけど、どこかのレストランが道の駅に出荷しきれない分は種類に関係なく、全部買い上げてくれてるんだ。さすがに商用だと消費量も大きいから、少々穫れすぎたぐらいじゃ足りないみたい」
「へえ。順調に話が大きくなってるわね。で、それはあんたが直接交渉してるの?」
「地主の安永さんが代理でやってくれてるよ。高校生にやらせることじゃないからって、代わりに矢面に立ってくれてるんだ。その代わり、ちゃんと中間マージンは支払ってる、っていうより売り上げから持って行ってもらってるけど」
「なるほど。まあ、あんたが、っていうより藤堂家の人たちが全員信用してるぐらいだから、その安永さんって人は任せて安心なんでしょうけど、売上誤魔化されたりしないようには一応注意しなさいよ」
「ん~。正直な話、別に農業で食べていく訳じゃないから、それならそれでもいいかなって思ってるんだけど……」
真琴の言葉に、ちょっと困ったような曖昧な笑みを浮かべてそう答える春菜。
正直なところ、変に売り上げが上がって大きな利益が出てしまうと、税金関連の問題が出てきて手に余る。なので、安永氏が売り上げを誤魔化して、というより中間マージンを多めにとっても、確定申告や納税周りの手間が省けるのであればむしろプラスになると春菜は考えている。
実は安永氏としては、宏と春菜の野菜のついでに自分たちの作った作物も卸値より高く買い取ってもらっており、そもそも中間マージンなどもらう必要がない。むしろ、雪菜たちの信用を失うリスクを冒してまで、売り上げを誤魔化すメリットがない。
ただし、ひそかにいつきを通して関係者と話し合い、初年度は宏と春菜が折半すれば税金が必要なくなる程度の売り上げになるように、仲介料の金額を調整することで合意してはいる。税金以外にも、安永農園の売上比率の方が高いということにしておけば、少なくとも宏と春菜が目をつけられるまでの時間が引き延ばせる、というのも、こんな迂遠でリスキーな真似をする理由である。
また、調整で余分に取った売り上げは、設備面で宏達に還元できるよう現在色々計画している。
このあたりの話については、余計な気を遣わせないためということで、額が確定するまでは宏も春菜も聞かされていない。
「まあ、野菜を腐らせずに消費し切れてるんだったらいいわ」
「うん。とりあえず、これ以上収穫量が増えない限りは大丈夫なはず、だよね?」
「最近は作物が入れ替わったんもあって結構落ち着いとるから、多分大丈夫やろう」
「……非常に不安な回答、ありがとう」
明らかにフラグとしか思えない宏と春菜の答えに、じとっとした目を向けながら乾いた口調でそう返す真琴。どうにも、今日の話題は余計なフラグが多すぎる。
「正直、なるようにしかならない私たちの畑の問題よりも、明日からの澪ちゃんの方が気になるよ」
「せやなあ。深雪がにらみ効かせとるみたいやから、そんなアホなことする奴はおらんやろうけどなあ……」
「長い事学校に通えてなくて、しかもこの容姿だものねえ。そういや、澪が通う中学って、制服は?」
「ん、セーラー服。自分でいうのもなんだけど、変な方向に似合いすぎててちょっと怖かった」
「……ちょっと見てみたいわね、それ」
真琴に言われ、切りのいいところまで進んだ宿題を置いて立ち上がる澪。一応の慎みとかたしなみの類で隣室に移動し、アバターアイテムとして取り込んでおいた中学の制服を着用する。
そのまま特に意味もなくモデル歩きでリビングに戻ると、澪の姿を見た真琴が小さく息を飲んだのが伝わってきた。
「……確かに、変な迫力というか雰囲気があるわね……」
「ん。深雪姉にも言われた」
「春菜さんとはちゃう形で、美人なんがマイナス補正になっとんなあ……」
「こんなに言われてうれしくない美人って言葉、ボク初めて……」
真琴と宏の感想に、分かっていた事実を再び突きつけられて、表情に出さずにへこむ澪。無表情なセーラー服姿の和風美少女というのは、確かにホラーでは定番の一つではあるが、自分がそうなるといろいろクるものがあるようだ。
「澪ちゃんの場合、表情も怖く見える原因なんだけど、それ以上に明日から転校生として通うってことに不安を持ってるのが、態度や表情の端々からにじみ出ちゃってるのが大きいかな」
「せやな。なんっちゅうかこう、制服着る、っちゅうこと自体にものすごい緊張しとる感じがすんでな」
「うん。変な緊張感があるよね」
澪の制服姿がホラー方面に振っている原因について、春菜と宏が分析する。その分析内容に真琴と澪が納得したところで、入室音とともに達也と詩織が入ってくる。
「あ、達也さん、詩織さん。いらっしゃい」
「おう。……それ、明日から澪が着る制服か?」
「ん。かなりホラーな感じで着るたびにダメージが……」
「あ~……。今は確かにホラー入っちまってるが、真琴と違ってそのうち着慣れて普通に似合うようになると思うぞ」
「うんうん。変な緊張感がなくなって雰囲気がちょっと明るくなるだけで、一気に印象変わると思うな~」
自分の制服姿にへこんでいる澪を、そう慰める香月夫妻。普通に似合うようになってホラーな雰囲気が消えたところで、恐らくジャンルが変わるだけで近寄りがたさは変わらないという予想は、これ以上澪にダメージを与えないために黙っておくことにする。
「……ボク、友達作れると思う?」
「無理だとは思わねえが、努力はいるだろうな」
「本性は、どの程度出して大丈夫そう?」
「そいつもなんとも言えないところだが、少なくとも学校でエロ系のネタやるのだけはやめとけ。家族ともども先生に睨まれそうだし、性的な面だけ早熟で頭の足りないガキが妙なちょっかいをかけてくる可能性もあるしな」
「逆に、普通のゲームとかアニメとかのネタは、最近のものなら積極的に振っても大丈夫かな~って思うよ。ずっと体動かせなかったんだから、そういうのしか楽しめなかった、っていうのは本当だしね~」
澪の不安に対して、予想できる範囲で達也と詩織がアドバイスをする。二人とも中学生だった頃なんて十年以上前だが、それでも一応どうだったかの記憶ぐらいはまだ残っているのだ。
十年あれば結構なジェネレーションギャップも起こるが、それでもそんなに変わらないであろう事柄はある。小学校高学年から中学生というのが第二次性徴を伴う思春期の入り口であり、性に対する好奇心や欲求が急激に強くなってくる時期なのは、生理的な要素が絡んでいるだけに、時代に関係なく共通する要素の一つだろう。
他にも、中学一年生の二学期だと男子生徒の大部分はまだまだ小学生を引きずっているとか、逆に女子は程度の差はあれ男女関係の基本的な感覚は大人と変わらなくなっているとか、根拠のない全能感により大人に対して妙な反発を始めるとか、生理的な要素が絡むという理由であまり変わらないところはいろいろある。
澪の場合はこれまでの経験で、この手の体の発育に引きずられて起こすあれこれに関しては大よそ克服しているが、普通はここまで物分かりがよくも大人しくもない。たとえVRシステムの時間加速により数年長い主観時間を過ごしていても、余程特殊な環境で育つか強烈な体験をしない限り、未成熟な脳や体に引っ張られて年相応の行動や考え方しかできないのが普通なのだ。
「なんて偉そうにアドバイスはしたが、残念ながら生徒側の学校の雰囲気や環境が本当の意味で分かるのは、その学校の在校生だけだからなあ。俺らに言えるのはどこでも共通するようなことだけなんだよな」
「そうだよね。私だって卒業生だけど、今どんな雰囲気かなんて全然わかんないし。実践的な部分は深雪にアドバイスとフォローをお願いするしかないんだよね」
「深雪やから悪いようにはせんやろうけど、なあ。基本しっかりしとって筋の通った行動はするけど、時々周囲を見んとえらい事やってもうたりしおるしなあ……」
「深雪姉、本質的には自分の考えや気持ちに忠実に、かつ最短距離を突っ走りたがるタイプだから……」
友達ができるかどうかとは別の不安要素に、思わずため息をつく一同。澪の社会復帰に関しては随分深雪に助けられてはいるが、その過程で素直に信頼しきれないシーンをいくつも目の当たりにしているため、どうにも安心できない。
「とりあえず、澪。今回ばかりはあたし達は手出しできないから、頑張んなさい。何かあったら、学校終わってから愚痴ぐらいいくらでも聞いてあげるから」
「ん。ありがとう、真琴姉」
「あと、とりあえず忠告しとくと、コイバナに巻き込まれたら、素直に好きな人がいるって言っときなさい。あんたの場合、下手に宏が好きだってこと誤魔化さない方が安全だと思うわ」
「ん、そうする」
真剣な表情で真琴が告げてきた言葉に、同じぐらい真剣な表情でうなずく澪。他のメンバーも、それこそ相手として名前を出された宏まで真琴に対して異を唱えないぐらいには、澪の容姿は人を引き付ける。体つきはともかく、顔に限って言えば健康体になってから急激に、向こうから戻ってくる直前の単独で歩いていれば誰もが目を奪われるレベルの美貌に近づきつつある。
さらに、誰もあえて口に出しては言わないが、こっちに戻ってから健康体になった澪は、何とも言えない危なっかしい種類の色気とエロスがにじみ出ている。セーラー服を着るとホラー風になる原因でもある、和風で儚げでかつどこか神秘的な雰囲気と引っ込み思案な本質からくる無表情が、日頃の春菜にはない禁断の果実のような色香を漂わせてしまっているのだ。
普段身内といるときはその残念な本性をダダ漏れ全開にしているために問題になっていないが、現段階ではアウェーである中学においてはそうもいかず、その緊張感が普段は分かるかどうか程度にほのかに香る、年相応としか言えないレベルの色気を無駄に増幅している。これでフリーなどと言ってはどうなるか分かったものではない。
日頃恋愛問題では腰が引けている宏が逃げを打とうとしないのも納得できてしまうぐらい、今の澪は危険物になりつつある。
どれぐらい危険かと言えば、スイッチが入ってエロス全開になった時の春菜の次ぐらいに危険だ。容姿が未完成故に手を出すハードルが低くなりがちな点や、実年齢や体の成熟度合い的に手を出せば確実にアウトな点などは、下手をするとスイッチが入った春菜以上に危険である。
いっそ中途半端な猫などかぶらせず、ごく普通にエロトークを垂れ流させた方が、変な色気が消え去って安全かもしれない。この場にいる全員が頭の片隅でそう考えてしまうあたり、澪はどこまで行ってもネタ系特殊キャラの立ち位置から動けないようだ。
「あたし達に言える事、出来る事ってこんなもんね」
「そうだね~。後は深雪ちゃんに任せるしかなさそうだね~」
「とりあえず春菜さん。深雪といっちゃん簡単に情報交換できんの自分やねんし、できるだけ細かいフォローは頼むわ」
「うん、頑張るよ」
なんとなく、全員が妙に悲壮な表情を浮かべながら、明日以降の連絡事項や準備事項について話し合いを済ませる。結局なんだかんだで、本人と同じぐらい明日からの澪の中学生活が不安になる宏達であった。
「今日から皆さんと一緒に勉強します、水橋澪さんです」
「東京から来ました、水橋澪です。よろしく」
始業式の後のロングホームルーム。潮見第二中学一年三組に、かつてない大事件が襲い掛かった。
めったにない転校生というイベント。それも、漫画やアニメでのお約束のような、人目を惹く美少女の登場。これを事件と言わずして何を事件と言えばいいのか。
潮見第二中学の場合、藤堂深雪という他と隔絶した美少女が在籍しており、他にも数人澪と同等程度に整った容姿をしている女子生徒がいるから少しはましではある。
それでも未完成ながらも平均をぶっちぎった美貌と独特の雰囲気を持つ澪の存在は、中学生のクラスを飲み込むのに充分であった。
「水橋さんは事故の後遺症と難病でずっと入院生活をしていました。こちらに引っ越しして受けた治療の成果があって学校に通えるようになりましたが、学校に通うのは四年ぶりだとのことですので、皆さん助けてあげてくださいね」
いろんな意味で存在感を全開にする澪。その澪が醸し出す重度の緊張感に飲まれ見入っていたクラスメイト達に、担任教師の南原梢先生がそう事情を告げる。その南原先生の説明を聞き、クラスの中でも特に目立つ生真面目そうな女子生徒が、我に返って手を挙げる。
「先生、確認させてください」
「はい、どうぞ」
「学校に通えるようになった、ということは、病気と事故の後遺症は完治していますか? 完治していないなら、クラスメイトとして注意しておくべきことはありますか?」
「そうですね。その点について、今から話します。病院から受けた説明では、現時点では病状そのものは完全に消えているとのことです。ただ、未承認の新薬をテストを兼ねて治療に使ったため、現在経過観察中だそうです。ですので、少なくとも二学期の体育はすべて見学、激しい運動はできるだけ避けることになりますね。他に、水橋さんから何かありますか?」
「検査や診察で時々遅刻や早退をすることがあるのと、その絡みで今年は多分部活動に参加できません。今のところ特に変な発作とかは出ていないので、多分そんなに気を遣ってもらわなくても大丈夫です」
女子生徒のかなり重要な質問を受け、南原先生と澪が追加説明をする。その説明で、若干大きくなりつつあった腫れ物に触るような雰囲気が和らぐ。
「水橋さんは、視力はどうですか?」
「両目とも2.0です」
席を決めるための視力の確認に、当たり障りのない数字を告げておく澪。実は視力は検査で測れる範囲を軽くぶっちぎり、今立っている場所から窓越しに見える一番遠い家の屋根瓦、それも普通なら手に取ってじっくり観察しなければわからないような細かな傷や汚れまではっきり見える、などとは口が裂けても言えない。
「では、後ろの方でも大丈夫ですね。とりあえず、一番後ろの空いている席に座ってください」
「はい」
南原先生に促され、クラスメイトの注目を浴びながら静々と上品に一番後ろの席に移動する澪。別段猫をかぶっている訳ではなく、極度の緊張により、シーフ系キャラとして身に着けた音を立てず重心をぶれさせない歩き方を、綺麗に背筋を伸ばしたやたらといい姿勢で実践してしまっただけである。
その妙な緊張感が再びクラス全体を圧倒してしまったようで、澪が席についてカバンの中から筆記用具を取り出すまで、一年三組の教室は転校生が来たクラスとは思えない異様な静けさに包まれていた。
澪が筆記用具を取り出し、連絡事項をメモするためにノートを開く。その音で、ずっと澪に注目していたクラスメイト達が、我に返って慌てて前を向いた。
その様子に、同様に空気に飲まれていた南原先生も我に返って、連絡事項に移る。
「それでは、連絡事項に移ります。水橋さんへの質問や自己紹介は、この後余った時間にしますね」
プリントを配りながら、どんどん連絡事項を進めていく南原先生。内容は主に今後の数学の授業についての説明を改めて行うものだったが、それ以外にも細々とした、だがちゃんとメモしておかないとまずそうな内容も含まれており、クラスメイト達の意識が完全に澪からそれる。
ようやく注目されている状態から解放され、連絡事項を記録しながら小さく小さく安堵のため息を漏らす澪。余計な注目を浴びぬようほとんど音を立てずに漏らされたそのため息を、次のプリントを後ろに回していた幾人かの生徒がたまたま目撃し、本能に直撃する妙な色気に男女関係なくゴクリと唾を飲み込む。
こちらの世界でも健康を取り戻し、順調に普通の生活に戻りつつある澪。そんな澪は、中学デビューという形で未知なる世界に単独で送り込まれることにより、どんどん余計な才能を開花させていくのであった。
「澪ちゃん、いるかな~?」
昼休み。一年三組の教室に、深雪の声が響き渡る。
昼食の準備もせずに澪を囲み、お互いに妙な牽制をしあいながらぽつぽつと毒にも薬にもならぬ質問を続けていた一年三組の生徒たちが、その声に驚き澪の周りから離れる。
ちなみに、潮見市にある公立中学校は、すべて給食ではなく弁当持参である。なので、転校生である澪を誰が昼食に誘うかで、牽制のしあいのような押し付け合いのような空気が生まれていたのだ。
「あ~、やっぱり予想通りになってたか」
「ごめん、深雪姉。せっかく教えてもらってたのに、ちゃんと対処できなかった」
「澪ちゃんを含めて誰も悪くはないし、そもそもこういう時にフォローしないとわたしの出番ないから、気にせず頼ってよ」
「ん、ありがとう」
深雪の登場で明らかに雰囲気が柔らかくなった澪に、クラスメイトが息を飲む。表情の変化に乏しい娘だけに、こういった雰囲気の変化はどうしても劇的な影響を与える。
「で、この様子だと、お昼まだだよね?」
「ん。お弁当出すに出せなくて、困ってた」
「転校初日からあんまりクラスメイトと引き離すの良くないとは思うけど、これじゃあお互いに手詰まりで気詰まりでもありそうだしねえ」
「正直、ボクどうすればいいか分かんない……」
「ん~、そうだね……。よし! 君と君に決めた!!」
澪とクラスの窮地を救おうと、ざっとクラスメイトの顔や様子を確認した深雪が男女各一人の手を引いて澪の前に連れてくる。どちらも没個性というわけではないが、さほど人目を引くような容姿も雰囲気も持ち合わせてはいない、いわゆる普通の生徒である。
「えっ? えっ?」
「な、なんですか藤堂先輩!? なんで俺の手を引っ張ってんですか!?」
「なんでって、このクラスにおける澪ちゃんのお世話係にするため?」
「「え~!?」」
いきなりな深雪の宣言に、思わず大声を出す男子生徒と女子生徒。澪の周りから離れ、遠巻きにしていた他のクラスメイト達の間にもざわめきが走る。
「な、なんであたしなんですか!?」
「そりゃだって、女子の中で一番落ち着いてて、転校生の心配はしてても特に敵視もしてなきゃ媚びる気もなさそうだったからに決まってるじゃない。ね、大友凛さん?」
「自己紹介もしてないのに、なんで名前知ってるんですか!?」
「この学校にいる先生と生徒、それから用務員さんの顔と名前は全部覚えてるよ。さすがに性格までは分かんないけど」
「嘘っ!?」
「本当本当。何だったら全員指さし呼称しようか?」
そういって、片っ端から次々名指しで声をかけていく深雪。クラスの半分の名前を呼んだ時点で、彼女が少なくともこのクラスの生徒の顔と名前を全部一致させていることを信じる一年三組の生徒一同。
「だったら如月さんでいいじゃないですか! クラス委員なんだし!」
「如月千歳さん、かあ。正直、ああいう計算高くて自分作ってるタイプは、もう少し世間知らずが治るまで澪ちゃんの近くに置いときたくないんだよね」
深雪にそう断言され、最初に澪について質問した生真面目そうな女子生徒こと如月千歳が怒りと羞恥で顔を赤くしながら黙り込む。
ここでせめて深雪相手に怒って抗議の声を上げるぐらいの事をすれば、自分を作っているかどうかはともかく計算高いという点は否定できていたのに、それに気づかず自分のイメージに気が弱そうとか大人しそうとか言ったものがない事を失念し、深雪を敵に回す可能性や上級生と事を構えるデメリットを考えて何も言わずにやり過ごしてしまうあたり、自分を作って行動するにはまだまだ人生経験が足りないと言えよう。
「なんかそれ、如月さんが性格悪いみたいな言い方ですよね……」
「そうは言わないよ。ただ、澪ちゃんはいろんな意味でちょっとどころでなく特殊だからねえ。先々ではともかく、現段階では相性悪いの分かってて、お姉ちゃんから預かってる大切な妹分を任せるわけにはいかないんだよね~」
「あ~……」
千歳のために一応突っ込みを入れた凛が、澪がちょっとどころでなく特殊で千歳と相性が悪い、という説明にサクッと納得する。澪の雰囲気や反応から、凛自身も千歳とはあまり相性が良くなさそうという印象を持っていたのだ。
「それは分かったんですが、なんで俺まで巻き込むんですか!?」
「そりゃ、クラスメイトと上手くやっていく上で、男子からのフォローだって必要だよね。そうでしょ、山手総一郎君?」
「否定はしませんけど、しませんけど……」
どうやら避けられない運命だと悟り、肩を落としながら弁当箱を取り出す男子生徒こと山手総一郎。それにならって、どこか期待とあきらめの入り混じった表情で同じように弁当を準備する凛。
「それで、深雪姉。お昼どこで食べるの? というか、教室以外で食べていいの?」
「今日は生徒会室で。校長先生から許可もらってるから大丈夫」
昼休みのシステムについて確認を取った澪に対し、深雪がその手回しの良さを披露する。
特別な理由でもない限り、基本的に潮見第二中学では昼食を教室以外で食べることは禁止されている。もっと言うならば、学食や購買のような施設も校内になく、生徒が座って弁当を広げられるような場所も各種教室以外にはない。
だが、絶対禁止にするといろいろ問題が出てくるため、許可を取る必要はあるが、職員室や保健室、生徒会室に生徒指導室など、いくつかの部屋は使わせてもらえる。
今回の場合、澪は誰がどう見てもこの種の配慮が必要な生徒であり、姉同様学校の覚えがめでたい深雪からの申請であったため、他のケースよりもさくっと簡単に許可が下りたのだ。
「じゃあ、行こっか」
「ん」
深雪に促され、自分の弁当を鞄から取り出して席を立つ澪。その手に持っているのが運動部の男子生徒が食べるのと変わらぬような、かなりのボリュームを誇る大きな弁当だったことに妙などよめきが起こる。
「……そんなに食べるの?」
「主治医の先生いわく、寝たきり時代の成長を取り戻すために、今はたくさん栄養がいる、らしい。おかげでボク、食べても食べてもすぐおなかが減って……」
澪の見た目とギャップが大きすぎる弁当を見て、凛がおずおずと質問する。その質問に対する澪の答えに、ギャラリーの内心は
(全然取り戻せてない!!)
という点で一致する。
なお、現時点での澪の身長は入院時代より若干育って百四十四センチちょっと。少なくとも、一年三組では一番背が低い。
「はいはい、散った散った。お昼休みは有限だよ~」
いろいろインパクトがある澪のあれこれに固まっていたギャラリーを、深雪が容赦なく追い散らす。深雪に追い払われて、特に不満そうな様子も見せずに散っていくギャラリー。その中に明らかに上級生が混ざっていたり、どう見ても追い散らされたことを喜んでいる人間がかなりの数混じっていたりする点に関しては、さすがの澪もいろいろ怖くて突っ込めない。
「さて、やっと落ち着いてご飯食べられそうだね」
「深雪姉、いつもこんな感じ?」
「今日は特別だよ、特別。転校生が来て、私が直接声かけに行ったからこうなった、って感じ」
「……深雪姉、ひそかに下僕とか愚民とかその類のオプション、持ってない?」
「何それ?」
「漫画とかによくある、書き割りのようにワラワラ現れてはことあるごとに吹っ飛ばされたり足場になったり貢物もってきたり国を運営したり盾になったりする特殊なモブ。ちなみに、下僕は強さの単位にされてたこともある方で、シタボクじゃないから要注意」
「……ねえ、澪ちゃん。最初の方はまだしも途中から完全に意味わかんないんだけど……」
人がいなくなった途端にいろいろ全開にする澪に、ジトッとした目を向ける深雪。付き合いの広さの関係上、そっち方面にもそれなりにたしなみがある深雪ではあるが、ここまでとなるとついていける範囲を超えている。
「……やべえ……」
「山手君、どうしたの?」
「愚民の方、元ネタ知ってる……」
「……そっか」
いろいろ愕然とした様子を見せる総一郎に、凛が慰めるようにポンポンと背中をたたく。下僕が強さの単位、というネタに関して、父親の本棚の片隅にある文庫本にそういうのがあったなあ、などとちらっと思ったがあえて口には出さない。
部分的にとはいえ、澪が言い放ったネタに心当たりを持っているあたり、深雪の人選は恐ろしく正確だったようだ。
「なんか、俺らこのまま水橋さんに、泥沼のように深い所に引きずり込まれるんじゃ……」
「そうならないように、頑張ろう?」
「おう……」
見た目や雰囲気とギャップがあるにもほどがある澪の本性に触れ、早くも先行きが不安になる総一郎と凛。
どうにか踏みとどまろうという二人の決意もむなしく、公認のお世話係として行動させられた結果、一週間も経たずにいろいろディープなネタを仕込まれてしまう総一郎と凛であった。
「澪ちゃん、どうだった?」
その日の夜、チャットルーム。なんだかんだ言ってやきもきしていた春菜が、澪の顔を見るなり真っ先にその質問を飛ばした。
「深雪姉のおかげで、公認のお世話係はゲットできた」
「……なんか、微妙に聞き捨てならない表現だけど、仲良くはできそう?」
「ん。大丈夫そう」
「そっか、なら良かったよ」
澪の返事に、春菜がほっと溜息をつく。お世話係という表現に引っかかるものはあるが、うまく行きそうだと聞いて気にしないことにする。
「とりあえず、深雪姉が女王様なのはよく分かった」
「あ~、そこはもう、深雪だから……」
「というか、一声かけるだけでギャラリーを散らすとか、間違いなく先生よりも言うこと聞かせられてる」
「私も、あれはどうやっても真似できないんだよね。真似したいとも思わないけど」
深雪の持つ過剰な統率力に、苦笑しながら語り合う春菜と澪。今は澪のこともあっておとなしくしているが、あの統率力で好き勝手突っ走られたら色々と怖いものがある。
何より怖いのが、きっちり教師にも手綱をつけている感じがするところである。
本人に言わせれば、何でもかんでもいうことを聞いてもらえるわけでも無条件で従ってもらえるわけでもなく、更にどんなにうまくお願いしても全体が思った通りに動いてもらえることなどほとんどなく、何より相手の事を考えないでお願いしたところで誰も聞き入れてくれない、とのことだが、とてもそうは思えないぐらいにはすごい統率力を見せているのも事実だ。
深雪が関わると聞くたびに、お互い様だと知りつつ春菜が不安に思うのも無理はないだろう。
「とりあえず、春姉と深雪姉の場合、そもそも出演してるゲームのジャンル自体が違う感じがする」
「……すごい例えられ方だけど、どういう意味?」
「春姉は一般的なRPGのヒロインで、基本少数精鋭かつ影響力は大きいけど直接的にお願いとかはできないタイプ。深雪姉は国つくりとか世界統一とかそういうタイプのシミュレーションゲームの君主で、基本的に数で勝負する感じ」
「私がヒロインかどうかはともかく、小母さん達みたいに直接動かせる人とか予算の規模が大きい人に頼まなきゃ何もできない、っていうのは否定できないよね」
澪の解説に、複雑な表情を浮かべながら同意する春菜。自分が上に立って何かするタイプではないのは、誰に言われるまでもなく春菜自身が自覚している。
「まあ、何にしても、今回は深雪に感謝しないとね」
「ん。深雪姉には、足を向けて眠れない」
「後は、澪ちゃん自身が頑張らないとね」
「ん、頑張る」
春菜に言われ、素直にうなずく澪。今の自分がどれだけ恵まれているか分かっているだけに、それに甘えるだけではなく自身の成長につなげていかねば、という思いも強い。
特に今回の場合、直接的に世話になったのは深雪だが、宏と春菜がうまくいくように祈ってくれていたのも知っている。というより、いくら現在権能を封じているといっても、一応神の座にいる宏と春菜が祈って、何の影響もないはずがない。
宏と春菜の祈りは加護となり、極度の緊張状態にあった澪が醸し出していたはずのホラーな雰囲気を、重度の緊張感という形に中和していたのだ。
視線の質から割と早い段階でその事に気が付いた澪だが、恐らく宏も春菜も無自覚であろうことと祈ってくれたことに対するお礼というのが照れくさいのとで、あえてそのことについては何も言わずに黙っている事にした。
「ねえ、春姉」
「なにかな?」
「お世話係になってくれた山手君と大友さん、自己紹介の時のボクがホラーな感じになってなかった? って聞いたら、特に怖いとは思わなかった、って言ってた」
「そっか。よかったね」
「ん」
ただ、何も言わずに黙っているのも不誠実な気がするので、とりあえず祈ってくれていたことには気が付いている、ということをそれとなく遠回しに春菜に告げる澪。澪が何を言いたいのか理解しつつ、わざとらしくしらばっくれる春菜。二人の間では、この話はこれで終わりである。
「ねえ、春姉。師匠は?」
「私の代わりに、放課後の畑仕事やってくれてるんだ。宏君も澪ちゃんの事すごく気にしてたんだけど、私に譲ってくれたんだ」
「そっか」
恐らく同じぐらい気にかけていたであろうに、こういう時はまず、女同士の方がいいだろうといろいろ譲ってくれた宏。その心配りに感謝しつつ、どうにかして負担にならない形でお礼をしなければ、と考える澪。
ほぼ治ったとはいえ女性が苦手なのは変わらないため、澪の頭ですっと出てくるお礼は全部アウトなのが難しい。
「真琴姉は?」
「詳しくは教えてくれなかったけど、大事な用事があるから今日はログインしないかもって」
「そっか」
どうやってもいろいろアウトなお礼しか思いつかない、ある意味ではレイニーと変わらない自身の発想力に愕然としつつ、一旦考えるのをやめて、居そうなのに居ない真琴について確認する澪。
その問いに春菜が聞いていた真琴の予定を告げたところで、澪のアバターが持つ携帯端末が鳴り響く。
「……リアルの方で来客」
「そっか。行ってらっしゃい」
「ん。……春姉」
「なに?」
「大好き」
「……私もだよ、澪ちゃん」
場合によっては、今日はもうログインできないかもしれない。そう思った瞬間、衝動的に心の底から春菜に好きだと告げる澪。そのシンプルな言葉と共に向けられた小さな、だが心の底からの笑顔に、同じく心からの笑顔と共に好きをお返しする春菜。
その後、来客として復学祝いとちょっと早い誕生日プレゼントを手に訪れていた真琴に、衝動的に抱き着きながら春菜と変わらぬほどの気持ちを乗せて大好きと告げる澪。
澪にとっての中学生活初日はいろんな人への感謝と好きを確認でき、少しでも立派な人間になりたいと思えるようになった幸せな一日となったのであった。
マッドマンイージーと枯れントの強弱関係が分かる人、正直に手を上げなさい(待て
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