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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

後日談 春菜ちゃん、がんばる?

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第13話

日本に戻って最初の年の夏休み、メインとなるエピソードはこれで終わりです。
「大霊窟とか優先してるうちにうやむやになっちゃったけど、南部大森林地帯のあれこれ、そろそろ見に行ってみない?」

「あ~、そういえばあったなあ」

 そろそろお盆休みが目前となったある日。もはや完全に日課として定着した早朝の畑仕事の時に、春菜が宏にそんな提案をした。

 春菜の言う南部大森林地帯のあれこれ、というのは、かつて神の船で南部大森林地帯の上空を通り過ぎた際に発見した、ダンジョンやサイクロプスの集落などの事である。

 いずれも歩いて到達できるような場所にはなく、また大森林という名の分厚い壁にさえぎられて街道からはどうやっても視認できないものばかりで、宏達にしても神の船で上空を通り過ぎていなければ一生その存在を知ることはなかったであろうものばかりだ。

 余談ながら、南部大森林地帯を上空から見下ろした際、一番神秘的で感動的な光景は広大なオルテム村の景色だったのはここだけの話である。

「見に行くんはええけど、集落跡以外はどれもなかなかの危険地帯、っちゅう感じやで?」

「うん。分かってるよ。でも、サイクロプスは何とも言えないけど、ダンジョンはあの時の瘴気の感じから、そんなに難易度は高くない気がするんだ」

「モンスター、っちゅう面ではそうやろうけど、ああいうダンジョンはギミックが厄介やで」

「あ~……」

 宏の指摘を受け、春菜が納得の声を上げる。オルテム村のダンジョンを見ればわかるように、面倒なギミックがあるとたとえボス以外に強いモンスターが居なくても、宏達の力量ですらピンチに陥る可能性は高い。

 宏と春菜に限っていえば、もはや煉獄クラスのダンジョンでもピンチに陥ることなどあり得ないが、二人だけでギミック満載のダンジョンを突破しようとすると、まず間違いなく相当な力技になる。仲間をかばってとなるとなおのことだ。

 危険なダンジョンに挑んで力技で突破、という作業は今に始まったことではないが、邪神も消滅し向こうとの行き来も自由にできるようになった今、仲間を巻き込んで危険なダンジョンに挑む理由はほとんどない。

「うちらの好奇心だけで、今更危険地帯に行くんもどうかと思うんよ」

「確かにその意見も分からなくはないけど、多分提案したらみんな食いつくのは食いつくと思うよ?」

「僕が気にしとんのは、生身やとダンジョンも対モンスター戦も初心者な詩織さんの事やねん」

「あっ……」

 宏に言われ、問題の本質を理解する春菜。

 確かに、詩織が一緒となると、下手にダンジョンに挑むのは危険だ。スキルオーブによる補正で戦闘能力は十分で、宏が用意した装備のおかげで被弾ダメージも気にする必要はないだろうが、それでもぶっつけ本番は怖い。

 装備以外はほぼ同じ条件だった宏達も、格下のモンスター相手に死人が出かけたり、初めてのダンジョンで全滅の危機に陥ったりしている。今ならフォローできると言えど、詩織もこのあたりは同じだと考えた方がいい。

 冒険者協会が戦闘能力に関係なくすべての新人を十級からスタートし、実績がなければダンジョンに入れるだけの等級もダンジョンに入るための許可も与えないのも、根っこの部分は同じである。

 いくら戦闘能力が高く雑用をいとわない人物であろうと、冒険すべき時と安全マージンを確保して冒険を避けるべき時を判断できないような人間を、一人前の冒険者として扱うことはできないのだ。

「チュートリアル的な事するのにちょうどいいダンジョンとか、どっかに転がってないかなあ……」

「その前に、まずは詩織さんに頑張って八級まで上がってもらわんとあかんで。そこまでは僕らもショートカットとかせんとやっとんねんし」

「だよねえ」

 宏のどこまでも厳しい突っ込みに、どことなくあきらめの表情で春菜がうなずく。とにかく件数を積み重ねるしかない八級までの昇格は、週末冒険者の詩織にはなかなか高いハードルである。

 実のところ、すっかりウルスが気に入ってしまった詩織は、在宅ワークで時間の融通が利くことを利用して、ひそかにアズマ工房の新人たちと一緒にほとんど毎日なにがしかの依頼をこなしていたりする。どれぐらいの依頼をこなしていたかというと、すでに九級への昇格試験が終わっているぐらい。

 ネトゲにはまった自由業の人間とやっていることが全く同じだ、という点には突っ込んではいけない。少なくとも、最悪本業を失業してもそちらで食っていける分、ネトゲにはまって身を持ち崩すよりはるかにましだ。

 無論、宏達はそんなことは知らず、また、アズマ工房のメンバーは宏達が詩織の動向を知らないことを知らない。工房の職員たちは知っているものだと思っているためわざわざ報告などしないので、結果として詩織本人も含め誰も隠していないにもかかわらず、詩織の冒険者活動を宏達が知らない状況が今も続いていた。

「まあ、南部大森林地帯のあれこれはいつ行っても問題あらへんし、あんまり慌てんと様子を見もっていこや」

「そうだね」

 詩織が結構冒険者として活動していることを知らない宏と春菜が、そう結論を出す。そのまま、まだまだ収穫期が続いている作物あれこれに目を向ける。

「次の問題は、この豪快に穫れてるゴーヤとか、どうやって消費するかだよね」

「せやなあ」

 二株ほどしか植えておらず、ある程度はちゃんと間引いているにもかかわらず毎日毎日箱単位で収穫できるゴーヤや、同じく一株一個になるように摘果したはずなのにいつの間にか増殖して立派な実をダース単位でゴロゴロつけているスイカなど、どう頑張っても食いきれないほどの量の実りにどうしたものかとため息をつく宏と春菜。

 同じものをたくさん作っても消費しきれないことなど最初から分かっており、また、一株でどの程度収穫できるかのノウハウもなかった事もあり、春菜の畑で栽培されている作物はどれも多くて五株程度に絞っている代わりに、とにかく種類を多く植えていた。収穫時期もある程度ばらつくようにして、切れ目は少ない代わりにあまりたくさんの作物が同時に収穫時期を迎えないようにも意識してあった。

 それら全てが毎日毎日大量に実をつけては食べごろになりを繰り返し、挙句の果てに専業農家でもそろそろ終わろうかという作物がまだまだ大量に食べごろを迎えてしまうため、結果として一アール程度の畑から得られるとは思えないほどの収穫を得る羽目になっている。

 恐らく、今の二人が専業農家として数ヘクタールの田んぼと畑で作物を育てれば、日本の食糧自給率を数%は押し上げることができるだろう。作物の種類によっては、食糧問題を解決に導いてしまう可能性すらある。それほど、質・量ともに異常な収穫なのだ。

 普通にやってこんなに穫れるはずがないのだから、宏の持つ神の農園スキルが余計な仕事をしているのは間違いないが、ではそれを自由にコントロールできるかというとかなり難しい。

 どんなに手を抜いて雑な仕事をしたところで限度があり、無意識に行っていることまで手を抜くのは不可能だ。とことんまで雑に水まきをしても最適な量の水を与えてしまう現状、これ以上収穫量を落とすことは無理だろう。

 何より問題なのは、これでもまだ、神の農園スキルの効果としては自重している方だという点である。どの程度自重しているかというと、ようやく歯磨き洗顔が終わってこれからアップを始めようかというレベルにとどめている感じだ。

 内容的には家庭菜園で素人が陥りやすい罠でしかない筈なのに、あっさり規模が桁違いになる辺りが実にこの二人らしい。

 ちなみに、神の農園スキルが行っている一番の仕事は、これだけ非常識な量の収穫があっても、普通の人間は専門家ですら誰もそれを疑問に思わないよう、完全に認識を狂わせている事である。この点に関して宏達の指導教官をはじめとした人外連中は、たまに普通の人間にも同じような特殊能力を持って生まれるのが混ざるので、よほど本気を出して黄金のリンゴとかその類のものを栽培し始めない限りは、特に気にしていなかったりする。

「礼宮の本邸で住み込みの従業員さんのごはんとかに使ってもらうのも、いい加減限界だよね、多分」

「いくら人数多いっちゅうても、毎日同じ野菜で料理作るんは限界あるしなあ」

「親戚一同もそろそろギブアップだろうし、蓉子も美香もとっくに特大のスイカ三玉に段ボール二箱分ぐらいの野菜引き取ってもらってるから、これ以上はちょっと無理だろうし」

「そらうちも同じことやで」

 とりあえず収穫と仕訳が終わった作物を軽トラに積みながら、押し付け先を検討する春菜と宏。

 ちなみにこの軽トラ、宏が畑を手伝っていると聞いて、どうせ必要になるだろうと雪菜が前もって即金で新車を購入していたものである。

 このあたりの判断に関しては、天音辺りにもこの考えをどう思うか確認を取った上で、普通の人間がどう頑張っても運べそうもない分量をリアカーに積んで運ぶような真似をされるよりマシという結論のもとに行われている。さすがに不特定多数相手にこのあたりを確実に誤魔化す手段は、指導教官クラスの人外ですら持ち合わせていないのだ。

 なお、宏は誕生日の翌週に直接試験場に行って学科と実技の試験両方を受けるやり方で運転免許を取得し、まともな神経をしているベテランの運転手並みに安全で安定した運転をしている。

 実技の練習に関しては、礼宮家の私有地に内にある練習用コースを使わせてもらって練習したほか、神の城にも同様にコースを設置した上で、運転操作に関しては完全に同じ仕様であるゴーレム馬車(ワンボックスカー)を使い倒して、時間の流れをいじってとことんまで練習している。

 やたら協力的だったラーちゃんたちや礼宮家の従業員のおかげで、実際に路上で走っているのと変わらぬ緊張感をもって練習ができ、実にスムーズに免許が取れたと試験終了後に宏が語ったことから、宏がどんな練習をしてきたのかいろいろ察せそうである。

「お~い、お二人さんや~」

 荷台一杯に積み込んだところで、畑の外から二人を呼ぶ声が聞こえてきた。

「あれ? 安永さん?」

「どないしましたん?」

 宏と春菜に声をかけたのは、この畑の地主である安永氏であった。

 安永氏は七十歳をいくつかこえる専業農家で、江戸の頃からの大地主の一族である。大地主だけあってGHQの占領政策と無縁ではいられなかったが、食えない爺様として有名だった安永氏の祖父は、戦後の礼宮を築き上げた鉄斎氏と手を組んであの手この手でそれらをやり過ごしたらしい。

 そんな安永家も後継者不足には抗えず、自宅から距離が遠い農地はすべて貸し農園にしてしまっている。

 春菜が使わせてもらっている農園も、そんな貸し農園の一つである。

「いやなあ、あんたたちは若いのに腕がよくて、作物穫れすぎて持て余しとると横山さんから聞いたんよ。で、爺からの提案だが、とりあえず一度試しに、うちの名前で道の駅に並べてみてはどうかね? この野菜なら十分売り物になる」

「……いいんですか?」

「おうおう。趣味の範囲でとは言っても、折角若いもんが農業をやってくれとるんだ。年寄りが手を貸すんは当たり前だて。それに、こんないい野菜を持て余して腐らせるのは、いくら何でも食いもんに対する冒涜よ」

「売りもんになるんやったらぜひお願いしたいんですけど、流石に袋詰めもせんとこのまま売りもんにはできんでしょうから、ちょっと準備せんと……」

「そんなもん、しばらくはうちの機材を使えばええ。さすがにタダで、ってえのはよろしくないから、袋代と機材の使用料と手間賃もろもろ込みの費用として、一袋売れるたびに十五円ほど貰いたいところだがの」

「売れるんやったらそんぐらい、っちゅうか、もっと出しても……」

「地代ももらっとるからの。そんぐらいにしとかんと取りすぎよ」

 そう言ってカラカラ笑う安永氏。実際、安永氏からすれば、作物の原価計算をすればこれでも取りすぎだという意識がある。

「さてさて。今から袋詰めすればまだ今日の分に間に合うが、どうするかね?」

「……そうだね。せっかくだから、売りに出してみよっか」

「せやな」

「きまりだの。では、作業場に案内するから、爺のトラックについてきておくれ」

 安永氏に促され、さっさと軽トラに乗り込む宏と春菜。まだ早朝だからか、普通にハンドルが握れる程度の車内温度に思わずほっとする。

「ちっとは小遣いの足しになるぐらい売れたらええんやけどなあ」

「そうだね」

 農道をのんびり先導する安永氏のトラックを追いかけながら、そんなのんきな話をする宏と春菜。

 神の農園を創り出せる宏と、その宏に手伝ってもらうことで急激に農業周りの能力が強化されている春菜。そんな二人が愛情を込めて作った野菜が小遣いの足し程度で終わるわけがない。

 少し考えれば誰でも分かるような当たり前の事実だが、この時点では宏も春菜も全く思い至らなかったのであった。







「師匠、春姉」

 畑作業を終え、軽トラを返して藤堂家のガレージから出てきた宏と春菜に、いつの間に来ていたのか、澪が声をかけてきた。

「あれ? 澪ちゃん?」

「澪がここに来とるとか、珍しいな」

「ん。深雪姉に呼ばれた」

 深雪の名前を聞いて、なんとなく納得する宏と春菜。二学期から先輩後輩の間柄になることもあり、アクティブでアグレッシブな深雪は、隙を見ては澪を構い倒しているのだ。

 澪としても深雪は嫌いでも苦手でもないが、ここ数日は連続して振り回されていることもあり、少々お疲れ気味である。

 外で立ち話をするのも暑い、ということでとりあえず話をしながら玄関に移動する。玄関は、特殊技術による冷房のおかげで快適な気温になっていた。

「それにしても、澪ちゃんをわざわざここに呼び出すなんて、深雪はいったい何の用なんだろうね?」

「長年入院して世間知らずになってるボクの、社会復帰プロジェクトの一環とか言ってた」

「そこはかとなく不安を感じる話だけど、それって今まではどんな事してたの?」

「ん……、スーパーとかコンビニで買い物したり、ショッピングモールで服見たり、カラオケボックスとかゲームセンターとかに入ったり、バイト情報誌で平均時給を調べたり」

「意外とまともというか、半分遊んでるだけというか……」

 深雪が澪にさせていたことを聞き、複雑な表情でそう漏らす春菜。

 確かに澪は、結構深刻な世間知らずだ。人見知り故に警戒心は強く、頭も悪いわけではないので詐欺の類には強いが、普通の社会生活を送るにはいろいろ足りていない。

 特に致命的に足りていないのが、社交性と日本で日常生活を送る上で必要となる細かい常識。そのうち社交性に関しては一朝一夕でどうにかなる問題ではないため、深雪は主に細かい常識を身に着けさせるために連れまわしているようだ。

 それだけを聞くとまともなのだが、その内容を見ると、バイト情報誌以外は普通に遊んでいるだけにしか見えない。

「ボクもそう思うけど、深雪姉に言わせれば、そもそもゲーム以外の遊びを全く知らないでこれから無事に暮らしていけないんだって」

「否定はできんなあ」

「あと、お母さんにお小遣い貰うの忘れて無一文だったから、ついそこら辺のものを拾って何か作ってお金に変えようとして、ものすごく深雪姉に怒られた」

「……そら色々すまんなあ……」

「別に、師匠が悪いわけじゃ……」

 澪が白状した非常識行動に、思わず申し訳なさそうな表情で謝ってしまう宏。拾ったガラクタから売り物を作って換金する、なんて発想は、間違いなく工房を開いてすぐのころの宏の行動に影響を受けている。

「結局、世間一般とは違う意味で危なっかしいから、目立ちたくないなら当分工具禁止、って言われた」

「せやなあ。しばらくはその方がええなあ」

「私もそう思うよ」

 自由奔放な印象が強い深雪の、否定の余地を見つけられないレベルの正論に、心の底から同意する宏と春菜。澪もこの一件で、自分に日本で暮らしていくための社会常識がどこまでも足りない事を自覚したため、当面は深雪に逆らうつもりはない。

「それにしても、ガラクタ拾って加工するのはまあ、分からなくもないんだけど、工具はどうするつもりだったの?」

「空き缶とか割れたガラスの破片とかボロ布とかあったから、それ素手で加工して工具代わりにするつもりだった」

「……ああ、向こうに飛ばされた直後に宏君が乳鉢作ったのと、同じような事しようとしたんだ……」

「ん。それも深雪姉にものすごく怒られた」

「そりゃ怒るよね、普通……」

 澪の武勇伝を聞き、思わず深雪に同情してしまう春菜。日本に戻ってきてから今まで、一緒に行動しているときに澪が自分の小遣いで支払いをする必要がある状況がなかったため、手持ちがない時の澪の行動までは知らなかったのだ。

 さらに思い起こせば、フェアクロ世界を旅していた時も、澪が支払いに回った回数というのはかなり少なかった。全くなかったわけではないので買い物ぐらいは普通にできるが、いわゆる『初めてのお使い』的な状況はなかなか怖い事になりそうだ。

「とりあえず、しばらくは学校に通うための必要経費ってことでかなり多めのお小遣いをもらってる」

「まあ、それが妥当やわな」

「あと、電車の切符の買い方とか乗り換えとか、正直把握しきれない……」

「電車に関しては、僕も澪のことはよう言わんなあ……」

「そのうち宏君も練習しなきゃいけなくなるかもね……」

 澪の社会的な面でのリハビリの話に、今までと違って深く深く深雪に感謝する宏と春菜。深雪がやっているような、澪の両親では手が届きづらい点に関するフォローは、せめて春菜がすべき案件であっただろう。

 深雪が先手を打って澪の予定の大半を押さえてしまったことを踏まえても、もう少し積極的に関わるべきだったというのは深く反省すべき点だ。

「それで、深雪姉とあっちこっちうろうろして気になったことがあるんだけど……」

「何かな?」

「なんで電車の支払いはいまだに独自のICカード使ってて、パソコン端末での電子決済ができないの?」

「ん~、その辺は良く知らないから何とも言えないよ。多分、パソコンに決済用の端子が標準搭載されるようになる前にICカードの方が普及しちゃって、まだシステムの統一が進んでないからじゃないかな?」

「電子マネー決済とかポイントカードとかがまだ統一されてへんのと同じ話やろうなあ」

「あと、普通の買い物でも、結構な金額なのに現金限定だったり、逆に五十円とか百円とかぐらいの品物しか売ってないのに現金が使えなかったりとか、独自のプリペイドカードでないとだめだったりとか、買い物一つとっても複雑すぎて、なんで統一されてないのか理解できない……」

「電子決済自体まだまだ歴史が浅いから、いろいろ混乱してるっぽいんだよね~……」

 澪どころか普通の一般市民でも混乱している要素について、遠い目をしながらそう春菜が語る。店や決済手段がコロコロ入れ替わることもあって、全部覚えている春菜ですら、支払いが連続すると勘違いしたり訳が分からなくなることがある。

「何してんの澪ちゃん……、って、お姉ちゃんに義兄さん、居たんだ」

「ちょうど今帰ってきたところ」

「荷物降ろして軽トラガレージに入れてきたところでな。この後どないするか、っちゅうタイミングで澪に声かけられたんよ」

「ふ~ん。で、今日の収穫は?」

「安永さんに勧められて、傷んでたやつとその箱の分以外は道の駅に出荷しちゃった」

 道の駅、と聞き、やっちゃったよこの人たち、という表情を浮かべる深雪。その反応に、こっちでも宏が絡んだ生産品は危険物なのかと理解する澪。

「……そんなにやっちゃったかな?」

「……まあ、野菜だったらいくらでもごまかしがきくから、惣菜とかに加工してないだけマシかな。お姉ちゃんの料理とか、絶対いろんな所から目をつけられて大騒ぎになるの目に見えてるし」

「師匠と春姉の料理に関しては同意」

「向こうで前科があるから偉そうなことは言えないけど、流石に今朝勧められて今朝のうちに出荷できるだけの量の料理なんて、いくら私達でもそこまで先走ったことはしないよ」

「せやで。それに根本的な話、いきなり言われた話やから料理するにしても他の何かに加工するにしても、収穫物だけやと野菜ジュースがせいぜいやし、他の材料仕入れるにしても間に合わんで」

「いやいやいや、宏君。材料あってもいきなり料理にステップアップとかはしないよ。加工食品は規制がうるさいんだし」

 いろいろと不安をそそる宏と春菜の弁明に、思いっきり白い目を向ける深雪。普段の笑って済ませられる範囲の問題行動は自分の方が圧倒的に多い自覚はあるが、その分一撃の威力では姉に圧倒的に負けている。そんな常日頃の思いを再認識していたりする。

 両親や関係者から言わせれば、総合計でいえばどっちもどっちなのだが、そのあたりの自覚はないあたり、深雪もなかなか都合のいい頭をしている。

「まあ、道の駅に関しては横に置いておこうよ。基本的に市販の肥料使ってホームセンターの苗を育てて収穫したものなんだし、ちょっとしたお小遣いぐらい、どころかそこまでもいかない可能性の方が高いんだし」

「……絶対そんなことはないと思うんだけど、お姉ちゃんがそう思いたいんだったらそういうことにしておくよ。で、横に置いておくのはいいとして、何か話とかあるの?」

「えっとね。澪ちゃんを呼んだ理由は何かなって」

「ああ。義兄さんと一緒に行動しそうなお姉ちゃんにはあんまり関係ないけど、もうじきあっちこっちで夏祭りラッシュだから、澪ちゃんに浴衣を用意しておこうかと思ってね。澪ちゃん、純和風って感じだからすごく似合うと思う」

 予想していたよりはるかに真っ当な用件に、思わず拍子抜けする春菜。深雪の事だから、センスがないわけでもないのにいまいちお洒落をすることに及び腰な澪を、意識改革も含めて最新の割ととんでもない方向のファッションに誘導するぐらいのことはしそうだと思っていたのだ。

 おしゃれをすることに及び腰、という点は思いっきりブーメランになっているのだが、深雪とは違う方向で都合のいい頭をしている春菜は一切気が付ていない。

「それにね。多分澪ちゃんって、浴衣とか着物とか着せると、お姉ちゃんなんて目じゃないぐらい色っぽくてエロい感じになると思うから、うまくやれば義兄さんの本能を……」

「深雪姉、深雪姉」

「何?」

「着物着たぐらいでスイッチ入った時の春姉のエロさに勝てるようだと、普通に日常生活無理」

「えっ? 何? お姉ちゃん、いけないスイッチ入るとそんなにエロいの?」

「悟り開いたお坊さんが性欲の海に沈んで抜け出せなくなりそうなぐらい、エロかった。あまりのエロさに、師匠が危うく正気失って嘔吐とパニックのデフレスパイラルに陥るところだった」

「……さすがにそのレベルは無理というか、常時それってただの変態だよね……」

 ろくでもないことを言い出す深雪に対し、割と真剣に澪がダメ出しをする。澪にダメ出しをされて慄きかなりひどい感想を漏らす深雪。その会話に、春菜が全力でへこむ。

「変態……。日常生活が無理なぐらい変態……」

「あ、いや、普段のお姉ちゃんはそんなことないっていうか、その恵まれた顔と体なのに心配になるぐらい声以外に色気とかエロさとかを感じさせない、というか……」

「……なんか、それはそれで凄くへこむんだけど……」

「……あ~、うん。なんかごめん……」

 かなり本気でへこむ春菜に、フォローのつもりで止めを刺してしまう深雪。

 本人の気質とは裏腹に、いろんな意味でほどほどという単語と無縁な春菜。この極端さのおかげで宏と上手くやっていけた面があるとはいえ、こういうケースではどうコメントしてもディスる結果にしかならないのが難儀なところだ。

「とりあえず深雪姉、この話題はこれ以上は危険」

「……そうだね。で、お姉ちゃんたちはこれからどうするの?」

「特に決めてなかったから、これから相談しようかな、って」

「だったら、着る着ないは横に置いといて、お姉ちゃんも浴衣新調する?」

「ん~、それもいいんだけど、ねえ……」

 深雪に誘われ、しばし考え込む春菜。それを見た宏が口を挟む。

「別に僕に遠慮せんと、浴衣新調して澪らとお祭り行ってもええで」

「え~?」

「っちゅうか、春菜さんもそろそろ、女同士の付き合いとかちゃんとせんとまずいんちゃう?」

「うっ……」

 宏に言われ、反論できずに言葉に詰まる春菜。やたら強力な周囲の後押しに甘え、すっかり恋愛脳になってそのあたりをおざなりにしている自覚があるのだ。

 それで女友達と仲が悪くなったかというと、むしろ逆に宏の事をネタにもっと仲良くなっていたりはするが、いつまでもそれでいいわけないことぐらいは、いくら恋愛脳で茹った思考でも言われるまでもなく理解している。

 理解しつつ己の欲求に従って宏にべったりになり、女の友情を蔑ろにした挙句に当の宏にそこを指摘されるとか、その浅ましい思考回路には恥ずかしさと情けなさで悶え死にそうだ。

「まあ、義兄さんはそれぐらいしないと落とせなさそうなぐらい厄介だから、しょうがないって」

「ん。というより、エルがそう頻繁にこっちに来れない以上、師匠のそのあたりの事は春姉に頼るしかないし」

 少々過剰に反省している春菜を、深雪と澪がフォローする。宏に関して春菜に頼るしかなく、またその点に周囲がやきもきしているのも事実だが、今回に関しては放置しておくと春菜が実に面倒くさいへこみ方をしそうなので、それを避けたかったのが本音だ。

「で、義兄さんはどうする?」

「自分らに混ざって浴衣の新調とか、女性恐怖症関係なく居心地悪うてしゃあないからパスな」

「むう、残念」

 あっさり断ってくる宏に対し、本気で残念そうにする深雪。宏には意外と浴衣が似合うのではないか、と、かなり期待していたのだ。

 もっと正確に言うならば、浴衣というより甚平や作務衣が物凄く様になるのではないかと踏んでおり、それらを着た宏を一度見てみたかったのである。

「そういえば師匠。ずっと春姉と一緒に行動してるみたいだけど、師匠の方も男の付き合いはいいの?」

「付き合いある連中みんな、予備校の夏期講習とかで暇がないみたいでなあ。家は知っとるから、予備校が昼だけの日の夕方とか晩とかに野菜もって行ったりはしとるんやけどなあ。僕も含めて男どもは女性陣ほどそのあたりの要領がようないから、一緒になんかするっちゅうんはなかなかうまくいかんでな」

「……なるほど、納得」

「中村さんとか高橋さんとかは結構そのあたり上手い事やっとるみたいやねんけど、ちゃんと時間のやりくりしてそこそこ遊んどんの、田村ぐらいやで」

 受験生という世知辛い事情と男性陣のそのあたりの要領の悪さを聞かされ、心の底から納得した様子を見せる澪。潮見高校に通う男子は本質的な部分で優等生なタイプが多い事もあり、受験の天王山などと呼ばれている三年生の夏休みに、わざわざ時間をやりくりして遊ぶような要領の良さを持っている人間は少ないようだ。

 宏にしても、ものづくりも仕事も絡まないスケジューリングに関しては結構要領が悪い。今までそのあたりは話し合いで決めることが多かったために目立っていないが、宏単独でスケジュールを組んで行動したときは、ものづくり以外の部分での要領の悪さを春菜や達也、真琴などがフォローしてどうにかすることがしょっちゅうあった。

 このあたり、高校での友人関係に関しては、恐らく完全に類が友を呼んでいるのだろう。

「とりあえず師匠。人混みさえ避けられたら、花火ぐらいは一緒に見れない?」

「ピークタイムすぎたスーパーぐらいの人口密度と女性の数やったら、花火見るぐらいは大丈夫やと思うで」

「ん。だったらカップルが藪の中で盛ってる可能性が低くて、そこそこ人がいるけど道中含めてそんなに人に会わないような穴場の場所、探しとく。とりあえず、礼宮花火大会狙いで」

「あ~、カップルが盛ってない事、っていうのは大事だよね~、お姉ちゃん」

「深雪、変なことを蒸し返さないでほしいんだけど……」

 変な話を振られ、色々な意味で復活した春菜が深く深くため息をつきながら、うんざりした様子で深雪にそう苦情をぶつける。その会話を聞いて何やら察した宏と澪が、ご愁傷さまという感じの視線を春菜に向ける。

「ああいうシーンに遭遇すると、好奇心よりも居心地の悪さの方が勝つよね、お姉ちゃん」

「本当に、あれに関しては心の底から反応に困ったよ……」

「聞かれてるって分かってるからか、わざと大きな声を出させたりしてたし。正直、全く知らない素人の濡れ場とか見せられてもうれしくもなんともないってのに、ああいう人たちの羞恥心とか常識とかってどうなってるんだろうね?」

「私に聞かれても……」

 もはや、いつどういう状況で遭遇したか以外の事を、ほぼすべて語ってしまった春菜と深雪。その会話を聞いた宏が澪に視線を向けると、澪は気まずそうに視線をそらしながらタバコを吸う真似をして誤魔化そうとする。

「なんかこう、そういう変なもん引くんは春菜さんらしいっちゃあらしいんやけど、どういう状況やったん?」

「家族で別の花火見に行った時だよ。たしか、深雪が小学六年の時だったかな」

「そらまた、気まずい状況やなあ……」

「ちなみに、もう深雪も性教育受けてたからか、お父さんもお母さんも変な顔しながら場所移す以上の事はしなかったよ。お母さんなんか、明らかに爆笑しそうになってるのこらえてる風情だったし」

「そのあたり、雪菜さんらしいっちゃあらしい話やな」

「せっかくお父さんとお母さんが時間作って穴場まで見つけて一緒に花火見に行ってくれたのに、そのおかげでほとんど印象に残ってないんだ」

 いろいろ無念そうな春菜に対し、かける言葉も見つけられない宏と澪。その場を微妙な沈黙が支配する。

「……とりあえず澪、エロゲ系の、それも野外がらみのネタは厳禁な」

「ん。さすがに現場に遭遇したら困るから、思ってても自重する」

「そもそも本来、澪の歳でそういうネタに詳しいほうが問題やねんから、ネタ振るだけやのうてその手の作品に手ぇ出すんもそろそろ自重してほしいとこやけど……」

「そっちは実際に行動に移さない抑止力、という建前のもとに拒否」

 笑えないのに笑い話にするしかない感じのエピソードを聞き、微妙に乾いた声でそんな会話をする宏と澪。

「ねえ、義兄さん、澪ちゃん。お姉ちゃんの性質的に、口にしちゃった時点でアウトじゃないかなあ」

「我がことながら、否定できる材料がない……」

「いっそ、どうやっても遭遇するもんやっちゅう前提で、澪の探知能力でことに及んでそうなのがおる場所を避ける方が、建設的かもなあ」

「「「それだ!」」」

 宏の明らかに能力の使い方を間違っている提案に、三人そろって同意する。切羽詰まっていることもあってこの場の誰も気にしていないが、盗賊系キャラの探知能力の使い方としては、間違いなく最低な部類であろう。

 何より最低なのが、中学生の女の子にそういう仕事を振っている事なのだが、振られた相手が澪なだけに、本人も含めて誰もそのあたりに疑問を持っていない。

「後は、今後のための紹介もかねて、エルを誘っとくかやな。少なくとも春菜さんの家族とかには、いずれちゃんと紹介しとかなあかんやろうし」

「ん、師匠に賛成」

「ちなみに、エルを誘っとく理由はもう一つあってな。祭りの雰囲気とかにあてられて自分らが暴走せんよう、抑止力として来てもらっときたいんよ」

「……なんか、宏君から凄く信用無い意見が……」

「普段はともかく、こういう時の春菜さんはたま~に信用できん時があるからなあ」

 宏に言われ、言葉に詰まる春菜。なお、深雪と澪に関しては最初からそういう方面での信用はかけらもない。

「そういえば、そろそろアルチェムさんもこっちに連れてきた方がよさそうな気がするけど……」

「エルフはいろいろハードル高いねんわ。ぶっちゃけ、ヘンドリックさんとかアンジェリカさんの方が簡単に連れてこれるレベルやで」

「そっか」

「まあ、エルに関しては特に反対意見もないみたいやし、ちょっと行ってくるわ」

「行ってらっしゃい」

 話もまとまったと見て、ウルスへ行くために神の城へ転移する宏と、それを見送る春菜。

「さて、念のためにエルちゃんの分も見立てておこうか」

「ん」

「ついでだから、義兄さんの分の甚平とか作務衣もね」

「あ、いいね。宏君の場合、地味というか渋めの色合いと柄が凄く様になりそう」

「メンバー考えると、花火はともかくその前の縁日の時は弾除けが必要かも。春姉、念のために達兄にも声かけときたい」

「あ、だったらお姉ちゃん、和ちゃんたちにも頼んでおこうよ」

 宏が立ち去った後、夏祭りラッシュの目玉である礼宮花火大会に参加するための話し合いをどんどん進めていく春菜達。

 なお、和ちゃんとは天音の双子の妹である美優の息子で、宏と春菜の一年後輩にあたる小川俊和(としかず)の事だ。春菜がよく弾除けに使う美男子で、並んで歩いていると非常にお似合いなのに一緒にいるときの行動は宏達の比ではないほど残念で色気がない、メインジャンルは違えど澪と同等レベルの濃さを持つオープンオタクである。

 大財閥の中心となる企業の社長、それも次期会長が内定している女性の息子だというのに、商店街の飲食店で学割使って食べるラーメンが大好物だったり、プラモデルやフィギュアのためだけにモデルのバイトを引き受けたりと、なかなか濃い人物だ。

 ちなみに、深雪は俊和のことを和ちゃんと呼ぶが、春菜はカズ君と呼ぶ。

「……お姉ちゃん、未来おばさんから連絡が来たよ。折角だから、今年は参加できる人間全員で本邸屋上の展望テラスから花火を見ないか、だって」

「あ~、カズ君から連絡がいっちゃったか~」

「まあ、一番いいロケーションで、十八禁的な意味でも一番安全な場所だよね、間違いなく」

「あと、人口密度的な意味でも、師匠でも安心」

「……なんかまた話が大きくなっちゃったけど、お座敷借り切ってとか屋形船用意して、とかよりは目立たないからいっか」

 弾除けを頼んだ結果加速度的に話が大きくなった花火観覧に、何やらあきらめの表情と共に現状を受け入れて計画を立てる春菜であった。







 そして、花火大会当日。

「エルは縁日の方はええん?」

「はい。日が落ちる前にいくつかは見て回りましたし、その……」

「やっぱ、面倒なんに絡まれた?」

「ええ。タツヤ様とトシカズ様が追い払ってはくださいましたが、人の多さもあってあまり落ち着いてお店を見て回れる状況ではありませんでした……」

「そらまあ、しゃあないわなあ。春菜さんとエルと澪が並んどったら、それだけでものすごい目立ちおるし」

 礼宮庭園内に出された祭りの屋台巡りを早々に切り上げ、宏と二人落ち着いて花火を待つエアリス。その手には、縁日の定番である綿あめだけが握られている。

 なお、現在宏は渋い色と柄の作務衣を着ている。女性陣全員の熱烈な要請を受け、諦めて着替えたのだ。

 基本的に作業着と同じ立ち位置だけあって、異常なまでに宏によく似合っている。その前に着ていた無難な柄のTシャツとGパンなど比較にもならないほど格好よく、伝統工芸の若き達人とでも紹介すれば誰も疑わないほどの風格を漂わせている。容姿に合わせて華やかな花をあしらった浴衣を着ているエアリスと並ぶと、驚くほど絵になる。

 もっとも、着る人を選ばないデザインのTシャツとGパンをだらしなくならないように着こなして、体形や顔に難があるわけでもないのに殿堂入りできるレベルでダサく見えるのも、それはそれですごいかもしれないが。

「恐らくですが、他の皆様もそろそろこちらに戻ってこられるかと思います」

「まだ花火には早いけど、話聞く限りやと普通にそうなるやろうなあ」

「ヒロシ様がここから動く気にならない、というのもよく分かります」

「そうでのうても休みの日の礼宮庭園は吐きそうなほど人、っちゅうか女性が多いっちゅうのに、そこに関東一円から人呼べる規模の花火大会やからなあ……」

 などと言いあっているうちに、がやがやと大勢の人間が入ってくる。

 藍色の生地を流水紋で彩った浴衣を着た春菜と、黒地に金魚柄の浴衣を身にまとった澪が、宏を見つけて嬉しそうに速足で寄ってきた。

「おう、おかえり」

「ただいま。雰囲気ぐらいは味わえるように、それっぽいものいろいろ買ってきたよ」

「おすすめはリンゴ飴。他のものはお祭りじゃなくても普通に食べるけど、これはこういう機会じゃないと食べない」

 そういいながら、テーブルに買ってきたものを並べていく春菜と澪。それを横目に、他のメンバーがぞろぞろと別の場所に移動する。それを見とがめて宏が声をかけようとすると……

「折角エアリス様がいらっしゃってるのに、春姉と澪ちゃんは東先輩と花火見てる時に邪魔が入るのはいやだろう?」

 俊和が先手を打って、そんな理由(言い訳)を告げてきた。

「別に、そんなに気を遣わなくてもいいって言ったよね?」

「まあ、そうなんだが、せっかく色気づいた春姉のためにも、お邪魔虫はしたくないのさ。それに……」

 宏達に対する弁明を途中で止め、自分の方をじーっと見ている上品な十歳ぐらいの女の子に視線を向ける俊和。それを見て、いろいろ納得する春菜、澪、エアリスの三人。そんな春菜達とは逆に、大丈夫なのかこの組み合わせ、という気持ちを素直に表情に出す宏。

 女の子の名前は礼宮神楽、小学校五年生。未来の娘で幼稚園の頃の初恋を未だに本気で貫いている、ビジュアル的には極端な肥満にでもならない限りどう転んでも間違いなく将来が約束されている少女である。

「……まあ、東先輩が澪ちゃんに手ぇ出すよりはるかに犯罪くさいってのは分かってんだけど、こっちに趣味まで合わせてくれてんのに冷たくあしらうとか、ちょっと無理」

「別に、小川がどんな趣味持っとっても口挟むつもりはないけど、さすがに注意せんとオタク趣味オープンにするよりも世間の目ぇヤバいからな」

「心配しなくても、俺の趣味はちゃんと第二次性徴が終わってるのが分かる外見だし、そっち方面ではアウトオブ眼中だって。さすがに、小学生は最高だ! とか言っちまうような趣味はないさ」

「現時点で妹見るノリで相手見てへんっちゅうんが既に不安要素やけどなあ……」

 俊和のカミングアウトに、思わずジト目でそう突っ込みを入れる宏。今朝合流した際にした趣味の話や、その際宏との連帯感を深めるために見せてくれた隠し持っているあれこれにDドライブの中身などを踏まえれば、俊和に性的な面で幼女趣味がないのは疑う余地もない。ないのだが、今の様子を見るに素質がないとも言い切れない所ではある。

「ま、そういう訳だから、たまには神楽に付き合ってやらないとな」

「あ~、うん。カズ君に関しては納得したけど、達也さんたちは、……って、そういうこと……」

「夕食はビアガーデン形式だって聞いて、喜んでたからなあ……」

 大きなテーブルを囲み、早速喜々として大ジョッキに注がれたビールで乾杯をしている酒飲みたちを見て、色々なことを悟る宏達。どうやって仕事を片したのか、俊和の母美優やその夫でスバルと同じグループのメンバーである亮平、さらにはスバルと雪菜もいつの間にか混ざって乾杯しているのは、とりあえず見なかったことにしたい宏達。

 これでも大物人口という点ではマックスではなく、礼宮財閥現会長で神楽の祖母である綾乃や未来とその夫、天音一家などが都合がつかずに欠席しているだけましだったりする。

 エアリスの紹介ついでに巻き込んだ田村、山口、蓉子、美香の四人も、エアリスとの交流は花火の後でいいと言わんばかりに四人掛けのテーブルで青春している。

 予備校などに通わずせっせと自分たちだけで受験勉強をしている間に、どうやら向こうは向こうでいい感じになっていたようだ。

「ま、そういう訳だから、また後で」

「おう」

 いろいろ納得して、席を外す俊和を見送る宏達。そのあと、春菜と澪が買い込んできたあれこれに口をつける。

「縁日のにしては、割とうまいやん」

「頑張って目利きしてきたよ」

「でも、タコ焼きとお好み焼きと焼きそばは基準が高すぎるから、最初から選択肢から除外」

「なるほどなあ」

 などと言いながら、やけに本格的なフランクフルトや手の込んでいるミニ野菜クレープなどを平らげていく宏達。それらがすべてなくなり、屋敷の使用人がラムネベースの綺麗な色をしたノンアルコールカクテルを持ってきてくれた辺りで、ついに花火が始まる。

「うわあ……」

「……すごいです……」

 大規模な花火大会初体験の澪とエアリスが、次々と打ち上げられ夜空を彩る花火に、魂を抜かれたように見入る。徐々に大物になりながら、次々に打ち上げられる花火。最初の大物とキャラクター部門が終わり、インターバルに規模が小さいものに移ったところで、春菜がポツリとつぶやく。

「来年も、みんなで花火みたいな……」

「せやな」

「さすがに今日みたいな規模だと私達でも厳しいけど、そのうちもうちょっと落ち着いた規模の縁日とか、宏君も一緒に回れたらいいよね」

「……まあ、頑張るから気長に待ってや」

「うん」

「私は、いつかウルスの新年祭に、皆様と一緒に見る側で参加したいです。その時は、もちろんアルチェムさんも一緒に」

「師匠が人混み大丈夫になったら、みんなで公共交通機関使ってちょっと遠くへ旅行行きたい」

「せやな。人混み平気になったら、全部やろか」

 花火を見上げながら、そんなささやかな将来の約束を交わす宏達。アルコールに浮かされながら花火に大喜びしている大人組のテーブルを背に、宏達の花火大会は歳に似合わぬしっとりとした雰囲気となるのであった。
登校日とか書こうと思って挫折しました。
とりあえず、次の話の冒頭で、夏休み最終日のお約束ネタを少し仕込んで、澪の最初のモラトリアムは終わりになります。

南部大森林の上空云々に関しては、世界編で端折った部分のどこかにあったと思ってください。
ぶっちゃけ南部大森林の上空を飛んでいろいろ見つけて、オルテム村に着地したっていうシーンがあっただけですので。
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