表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
192/247

第10話

珍しく春菜さんがわがままプーな感じになってる件について

「やっと試験から解放された」


「お疲れさん」


 夏休み一週間前、期末試験最終日の夜。いつものチャットルーム。


 ついに期末試験も終わり、あとはテストの返却と問題の解説を残すのみとなったその日、珍しく澪が喜びの表情を浮かべながら全身で開放感を表現していた。


 そんな澪の学生らしい反応に苦笑しながら、真面目にテスト勉強をこなした未成年組をねぎらう達也。


 無駄知識だけは満載だが学校の勉強は嫌いだった澪が、今日まで大真面目にテスト勉強を続けた。そのことに対して明日にでもご褒美を用意しないと、などと考えているあたり、なんだかんだ言って達也も澪には大層甘い。


「んで、ヒロと春菜は明日も学校だったか?」


「せやで。ストーカー先輩のせいで、補講が必要になってもうたからな」


「もともとうちの学校、各種行事とその代休をきっちりやる代わりに、試験休みがないんだよね。だから、こういう時は土曜とか祝日とか潰すしかないの」


「大変だなあ」


「正直、いろんな意味でいい迷惑だよ」


 面倒なことこの上ない補講とその原因に、深く深くため息をつく春菜。はっきり言って自分たちは悪くないのだが、それでも原因の一部として学校中に迷惑をかけてしまった後ろめたさもあり、なかなか気分が重い。


「まあ、なんにしても明日は学校やけど明後日はちゃんと休みやから、そろそろ写真撮ってまいたいねんわ」


「ああ、そうだな。澪も普通に歩けるようになったし、いい頃合だろう」


「ただ、写真撮影がメインになると、あんまり観光する時間はなくなると思うんだよね。そうでなくても礼宮庭園は広いから、全部見て回ろうと思うと一日でたぶん終わらないし」


「だろうなあ」


 春菜の言葉に、礼宮庭園の公式ページを思い出しながらうなずく達也。さすがに山一つ分の敷地面積を誇るだけあり、公開部分だけでも礼宮庭園は広い。無料ゾーンを普通に散歩するだけでも二時間ぐらいは余裕でつぶせるうえ、敷地内には住居として使わなくなった建物を改装した郷土資料館や博物館、美術館などもある。


 そのうち郷土資料館は無料公開だが、無料の建物とは思えないほど展示が充実しており、小中学校の社会見学などによく利用されている。美術館と博物館は有料だが、通年展示や企画展が国内どころか世界で屈指というレベルで工夫されており、結構ディープなファンが常連として足を運ぶ隠れた人気スポットだったりする。


 他にも有料ゾーンには、貴重な自生種や原種の植物がある程度野生の状態を保ったまま庭として成立しているゾーンや、下手な植物園より立派な温室、文化財登録されている日本庭園など一見の価値ありと思わせる場所が山ほどある。


 いかにもともとの地価が安い潮見の、その中でもさらに安い山林がベースになっていると言えど、ヨーロッパではなく日本にこれだけの規模の個人邸宅が存続していること自体、驚異的な出来事と言えよう。


「そういやさ、この博物館とか美術館とか、全部礼宮家の個人所有物?」


「うん。接点の持ちようがない海外の古い作家のものとかはともかく、国内のは全部本人から直接買ったとか貰ったとかそういうのが大半だから、九割以上は本物でしかもここにしかない物なんだ」


「……うへえ……」


 怖い事をあっさり肯定する春菜に、思わずげんなりした顔をする真琴。


 春菜の言葉からも分かる通り、礼宮庭園内にある美術館や博物館、郷土資料館などは、礼宮家の道楽の集大成ともいえる。出所のほとんどが縁があって援助した、だの、作者を居候させていた、だの、古くからのしきたりで使っていた、だのといったもので、それゆえにほとんど全てが本物かつ一点ものだ。


 それだけに礼宮家から外部に出されることなどまずない、ここでしか見られないものが山ほどある。学芸員たちも礼宮家の道楽によって集められた優秀な人材で、少々薄給でも、というより自分の給料より礼宮庭園の施設や資料に金を回せ、が本音の人材が集まっているためか、毎年発表される研究成果もなかなか濃い。


 流石に道楽だけに学芸員の待遇はさほど良いものではなく、給料ははっきり言って高校生のアルバイトレベルである。その代わり、給料を抑えるために住居は礼宮家の従業員スペースを提供、食事も現物支給で三食提供、申請さえすれば結構な額の調査費用や交通費が認められるシステムとなっている。


 正直結婚して子供を作ることなど望めない薄給であり、現当主の礼宮綾乃やその娘の未来などは安すぎて申し訳ないと心を痛めているが、実際に働いている学芸員に言わせれば、どうせ給料が多くても自腹で研究費用に回すのだから大差ない、と言ってはばからない。結果として、なんだかんだと言って就職先としては結構狭き門となっていたりする。


「まあ、結局のところ、そういう普通に見どころになるものがいっぱいあるから、私達が撮影で使わせてもらう予定にしてる場所って、地味さもあってほとんど人が来ないんだよね」


「あ~、風情があっていいとは思うが、確かに地味そうだもんなあ……」


 春菜の説明を聞き、納得の声を上げる達也。


 今回写真撮影に使おうとしているブロックは、色々派手な売りがある礼宮庭園の中では珍しく、一見ごく普通の植物園にしか見えない場所である。


 庭園内で最も礼宮家の本館に近い場所にある有料ゾーン、ということでいろいろ察している人もいるにはいるが、大部分の人間は二百円とはいえ入場料がかかる上に他に見るべき場所がありすぎて近寄らない、という不人気ブロックになっている。


 その不人気さが都合がいいとばかりに、何人かの高名な写真家が正確な場所を隠して名画を撮っていたりするのが奥の深い話である。


「達兄。明日、詩織姉と一緒に朝からうちに来て、他のところ見て回る?」


「そうだな。朝一にそっち行って荷物置かせてもらって、みんなで庭園観光としゃれこむか?」


「あ、車だったら途中であたしも拾ってほしいんだけど、いい?」


「おう。どこで待ち合わせする?」


「後でメッセ送っとくわ」


 着々と遊ぶための打ち合わせを済ませていく達也と真琴、澪。明日も学校である宏と春菜は、完全にハブられる流れである。


「いいな~、楽しそう……」


「僕は最初から土日の礼宮庭園とか無理やけど、春菜さんは散々見て回ってんちゃうん?」


「そうだけど、親戚とかと行くのとみんなで行くのとはやっぱり違うよ」


 エアリス来日に続き、またしてもハブられそうな流れに、春菜が素直に不満を漏らす。どちらも仕方がない事でハブられるのが自分だけではないとはいえ、一人だけ両方に参加できないというのは仲間外れにされた感が非常に強いのだ。


「まあ、そのうち僕と春菜さんだけ、みたいなことも出てきおるかもしれんし、あんまりこだわらんと、な」


「……うん」


 宏にたしなめられ、さすがに態度が悪かったかと反省する春菜。ついでに、宏と二人だけでデートもどきの事ができないかと少しばかり期待する。


 一応時空神ではあるが体質的に未来予知がほとんどできない春菜には、他のメンバーに外せない用事ができた夏休み初日に狙ったようにピンポイントでエアリスが来日し、宏を両手に花状態にして人の少ない場所を遊び歩くことになることは予想だにしていない。


「まあ、僕らはあきらめて大人しゅう学校行って勉強しとくから、こっちは気にせんとがっつり楽しんできたって。特に澪」


「ん。楽しむ」


 こういうケースでハブられることには慣れている宏が、春菜の態度に苦笑しながら言う。


 正直な話、いわゆる観光名所と呼ばれる場所の大半は、世間一般の中学一年の女子が好むような場所ではない。礼宮庭園にしても、その広さと中身のバリエーションの豊富さから、どの年代でもどこか一カ所ぐらいは好みの施設や区画が存在してはいるが、おそらく大部分は思春期入りたての現代っ子が楽しむには微妙であろう。


 さらに残念ながら、礼宮庭園内には動物園と水族館、遊園地は存在していない。一応馬がいて乗馬もさせてもらえるが、礼宮庭園で明確に飼育している動物はそれだけだ。


 なんだかんだでデートスポットとして利用はされているものの、分かりやすくデートスポットとして万人受けする施設は一切ないのが礼宮庭園である。


 達也、真琴、詩織の三人は普通に隅々まで楽しめるだろうが、澪がどうかというと何とも言えない感じなのだ。


 礼宮庭園に関してはまだ直接入ったことがない宏だが、礼宮庭園も日本の観光名所の宿命から完全に逃れられているわけではないことぐらいは、公式ページの写真やVRの方の庭園を見て察している。


 なので宏は、あえて澪に楽しむよう念押ししたのだ。


「日本で観光地に行くの、初めて」


 そんな宏のひそかな心配をよそに、明日の庭園観光を心の底から楽しみにしている澪であった。








「そろそろ達也さんたち、礼宮庭園に入った頃かな?」


「そんなに気になるんだったら、学校休んで一緒に行けばよかったのに」


「先月もお母さんのわがままに付き合って休んだばかりだし、さすがに今日まではちょっと……」


 達也たちの動向を気にしてそわそわしている春菜に、思わずあきれた笑みを浮かべてしまう蓉子と美香。


 修学旅行の時に続いて二回目とはいえ、まだ一時限目が終わったばかりの時間だ。いくら何でも気にしすぎである。


 それだけ春菜の情が深いのは分かっているが、同じ条件で宏がもっと落ち着いているのだから、さすがにいい加減落ち着けと言いたくなるのも無理はないだろう。


 ちなみに、蓉子と美香も達也、真琴、詩織の三人との面識を得ている。休校の間に見舞いに行った際に、顔を合わせる機会があったのだ。


「いくら気にしたところで今日は六限まで補習入っとるし、向こうで兄貴らに合流するんは無理やで」


「分かってるんだけど、気になるものは気になるよ」


「まあ、その気持ちはわからんでもないけどなあ」


 普段めったに駄々をこねない春菜の珍しい姿に、しょうがないなあ、という感じの表情を浮かべる宏。常日頃の行動を考えると、完全に立場が逆転している。


「それにしても、前々から思ってたんだけど、春菜ちゃんってこういう時、間が悪かったり貧乏くじ引いたりすること多いよね~」


「そうね。修学旅行の時も、普段なかなか会えない友達が潮見に来てて、春菜だけが会えない状態になってたんだっけ?」


「私だけじゃなくて、達也さんも会えなかったんだけど……」


「ああ、そうなの。でも、あの人はそういう部分でも大人だから、春菜みたいに寂しがってがっくりしたりとかはしないでしょ?」


「まあ、すごく残念がってはいたけど、ちゃんと割り切ってはいたよ」


 駄々っ子モードに入りかけている春菜を、矛先をそらさせることでどうにかなだめようとする蓉子と美香。春菜の駄々など可愛らしいものではあるが、それを聞かされ続けるとそうでなくても面倒くさい補講が、さらに面倒な気分になってしまう。


 なので、自分たちの精神衛生上、春菜には落ち着いてもらいたいのである。


「この感じやと、晩飯ぐらいはみんなで食いに行かんとあかんかなあ……」


「多分、それぐらいはしないと収まらないと思うわ」


 どうにも身が入っていない様子の春菜に、苦笑しながらそう結論を出す宏と蓉子。そのタイミングでチャイムが鳴り、二時限目がスタートする。


 結局、春菜に引きずられてかどうにも授業に身が入らないまま、補講という名の長い一日を戦い抜くことになる宏であった。








「ここなんか、よさげじゃない?」


「ん。この構図だと、師匠と春姉がハイタッチとかしてると見栄えしそう」


 宏と春菜が集中力を欠いた状態で三時限目の授業を受けている、ちょうどその頃。達也・詩織夫妻と真琴、澪の四人は、礼宮庭園の奥地にある有料ゾーン「鉄斎の庭」で、明日の撮影によさそうな場所と構図を見繕っていた。


「じゃあ、ちょっと確認するね~」


「お願いするわ」


 真琴と澪の提案を受け、宏と春菜のダミーデータを立体投影して大まかにポーズを取らせ、構図を確認する詩織。デザイナーという仕事柄写真を撮ることが多い詩織は、このメンバーの中で一番カメラの腕がいい。また、手持ちのパソコンの中にもそれ専用のソフトやデータを大量に保存してあるため、結構いろんなことができるのだ。


 もっとも、あくまで本業はデザイナーなので、プロの写真家ほど素晴らしい写真を撮れるわけではない。あくまで、大学でデザインを勉強した際に講義で基礎を学んだだけなので、特技と呼べるほどの技量はさすがにない。


「……うん。確かに見栄えは良さそう。後は明日、実際に宏君と春菜ちゃんにやってもらってから、かな?」


「そうだな。後は、こっちか?」


「了解。……この木と草花の配置だと、この角度からかな? タッちゃん、真琴ちゃん。ビーコン出すから、その位置に立ってこう、悪友っぽい感じに笑って拳とか合わせる感じのポーズやってみてもらっていい?」


「おう」


「ちょっと待って。えっと、この位置で達也とあたしの体格差だと、こういう感じ?」


 詩織の指示に従い、並んで立って軽くポーズを決める達也と真琴。立ち位置や体格差から、拳を合わせるのではなく真琴の裏拳を達也が手のひらで受け止める感じになる。


 真琴が割とノリノリでポーズを決めたこともあってか、自然と達也の表情もそれらしいものになる。明らかに悪い事を考えている感じの実に楽しそうな表情を浮かべる真琴に対し、真面目に裏拳を受け止めながらやはりどことなく悪い事を考えているように見える表情を見せる達也。


 どことなく悪い事を考えている感じではあっても、主成分が苦笑である辺りが達也の達也たるゆえんである。


 なお、割と密着気味で見ようによっては手を握っているように見えなくもないのに、色っぽさとか男女関係をにおわせる雰囲気とかが皆無なのは言うまでもない。


「お~、ばっちり! もったいないから、撮っちゃうね」


「おう」


 イメージ通りでありながら、イメージ以上にしっくりくる素晴らしい構図に、もうこれ本番でいいじゃんとさっくり写真を撮る詩織。


「なんか、結構な枚数撮っちゃったよね~」


「その分明日は他の所を回る時間が取れるからいいんじゃないか?」


「それはそれで、春菜が寂しがりそうな気もするんだけどね」


「どうせ全部は無理なんだから、そこはあきらめてもらうしかねえさ」


 宏と春菜が絡まぬショットの大部分を撮影してしまったことに対して、そんなことを言い合う年長組。一般的な使い捨てカメラなら、普通にフィルムを使い切っている枚数は撮影している。


 余談ながら、撮影機器もデジタル全盛になっているこのご時世だが、使い捨てカメラもそれなりの需要で生き延びている。恐らく、パソコンの非物理デバイスで撮影することに馴染めない世代が居なくなるまで、使い捨てカメラの需要が全く存在しなくなることはないだろう。


 そのままの流れで小休止を入れ、手近な東屋で一息入れながらこの後のことについて相談に移る。


「まあ、昼まではこのままここで撮影を続けるとして、飯の後はどうする?」


「師匠が一緒だと厳しい、人が多くて人気のあるスポットを巡りたい」


「そうだな。ついでに、あっちこっちにキッチンカーが出店してるみたいだし、適当に回るか?」


「ん」


 混雑状況付きの庭園全体のマップを見ながら、この後どこを見て回るかの意見を出し合う達也と澪。それでいいかと問いかける達也の視線に対し、特に異存はないとうなずく真琴と詩織。


「だとしたら、無料ゾーンの生垣迷路か、有料の欧風庭園が候補だな。後は同じく有料の大温室付き植物園か」


「この混雑具合だと、全部は厳しそうね」


「ん。というか、生垣迷路は近くの広場に屋台が多いから、これからの時間帯は特に危険」


「そうだな。ってことは、距離的にも第一候補はやっぱり欧風庭園か?」


「私はそれでいいと思うよ~」


「てか、無料の生垣迷路は明日早めに、……そうね、九時前ぐらい、欲を言うなら八時半ごろがいいかしら。それぐらいに来て撮影の前に見て回るぐらいでいいんじゃないかしら?」


「ん。それだったら師匠も一緒に回れるかも」


 真琴の提案に、即座に食いつく澪。駐車場は夜十時に閉鎖され翌朝六時半まで利用できないが、礼宮庭園の無料ゾーン自体には、二十四時間いつでも入ることができる。


 そして、この手の庭園の基本として、十時を回るぐらいまでは人が少ない。


 どんなに朝早くから来ても、人の少ない時間帯に全ての人気スポットを回ることなど不可能な広さではあるが、それでも人気スポット一カ所ぐらいは人が増える前に見て回れるだろう。


「じゃあ、午後からは欧風庭園として、ご飯はどこで食べる?」


「庭園内にあるレストランは五軒か……。間違いなくどこも混んでるだろうな」


「それ以外となると、有料ゾーン内かミュージアムレストランになってくるわね」


「他に物を食えそうな場所はってえと、キッチンカーを横に置いとくと、喫茶店やカフェの類が七軒、ファーストフードも扱ってる類の売店が十カ所か。そのうち七カ所は、コンビニのホットスナック程度のものしか売ってねえみたいだがな」


 庭園内の飲食関係のデータを確認し、思わず頭を悩ませる一同。ライブカメラの映像が、上野公園などの山手線沿線の観光スポットと大差ない人混みを映しているのも、頭を抱えたくなる要素である。


 はっきり言って、ここに宏を連れ込むのは間違いなく不可能だ。


「……なんかこの映像、ここと同じ庭園内とは思えない人ごみになってるわねえ……」


「てか、これだけいたら緊急避難的にこの中に入ってくる人もいるだろうに、ビビるほど他人と会わねえよなあ」


「ん。撮影中に遭遇したの、たったの五人」


「いい所なのに、なんでお客さん来ないんだろうね~?」


 おなじ庭園内の施設とは思えない人口密度の差に、何とも不思議なものを感じてしまう一同。


 確かにこの鉄斎の庭は、あると知らなければ入ろうとも思わないほど入り口が地味だ。広い庭園の奥まった場所にあり、入り口からはとにかく遠いのも事実である。


 が、明らかに万人単位の来場者が居るというのに、大多数がスルーするというのは間違いなく変だ。


 それを意識してしまうと、この静けさが不気味にすら感じてしまう。そう意見が一致する達也達。


「……正直、礼宮で綾瀬教授が絡んでるから、どんな仕掛けがあってもおかしくない」


「……まあ、澪の言う通りなんだが、だったら何でここをガードしてるのか、ってのが疑問ではあるな。仮に本当にガードしてたのであれば、だが」


「綾瀬教授、確か鉄斎氏のお気に入り」


「鉄斎の庭って名前からして、そこが絡んでそうだよな。ガードしてるんだったら」


 澪の指摘に、小さくうなずく達也。とはいえ、基本部外者でしかない達也達に、そのあたりの真相など分かるはずもない。


「まあ、そのあたりの考えても分かんない事は置いといて、撮影に戻りましょ」


「ん。それにしても、ちょっと思った」


「何よ?」


「これだけ人がいないと、この中で声全開で(さか)ってても、見つかるリスク低そう」


「……あんたねえ。なんですぐそういう方向に発想が行くのよ……」


「そっち方面のギャルゲーとか漫画だと、結構あるシチュエーション」


「そういうこと言ってんじゃないわよ!」


 例によって例のごとく、何重もの意味でダメなことを言い放つ澪。澪の言い分に内心で同意しつつも、年長者として全力で突っ込みを入れておく真琴。


 何が問題かといって、本番に至るかどうかや本番描写があるかどうかを横においておけば、こういうシチュエーションでイチャコラする作品など普通に転がっている事であろう。


 澪の場合は基本的に口だけだとは知っているが、今回のようなロケーションだといずれ本当に本番に突入しようと画策しないかというのが、真琴としてはとにかく心配でたまらない。


「どうでもいいけど、これと同じぐらい鉄板の観覧車で本番、あれって間に合う?」


「だからそういうことを考えてんじゃないわよ!」


「大丈夫。仮に間に合ったとして、臭いでバレバレなのにやるわけが」


「そういう問題じゃないでしょうが!」


 そのままの流れで、いつものように年齢的に触ってはいけない系統の作品によくあるシチュエーションで話題を膨らませようとする澪と、それを全力でつぶしにかかる真琴。


 そんないつもの会話を聞きながら、どことなく遠い目になった達也が口を開く。


「なあ……」


「うん。前は逃げられちゃったから、今度こそしっかりとっちめておかないとね~」


「つうか、大和の奴、まだ澪に貢いでんじゃねえだろうな……」


「そのあたりも、今度しっかり確認しようね」


 結局なんだかんだ言って逃げ回っている元凶、水橋大和。毎回毎回気配でばれてか、どうしても捕まえられない大和に関して、今度はそれこそ場合によっては宏達どころか春菜の関係者の手を借りてでもとっちめてやることを心に誓う達也と詩織であった。








「ってな訳で、今日はほとんど下見だった」


 その日の夕食時。本日不参加だった宏と春菜に、達也が一日の行動を説明した。


 なお、夕食は神の城で神の食材を使った豪華な定食を食している。無論これは、春菜の憂さ晴らしも兼ねた行動である。


 早くも一人前二十五万の料理に使われていた超絶技巧が、一部分とはいえ再現されているあたり、食い意地がどうとかそういうところを超越した春菜の食にかける情熱の一端を垣間見ることができよう。


「……結構たくさん撮ってるね」


「そこはもう、勘弁してくれるとありがたい」


「うん、まあ、しょうがない事だし、グチグチいうのも筋違いだしね。ただ、この写真とかこの写真とかは、撮ってる瞬間を凄く見たかったな、ってどうしても思っちゃうけど」


「あ~、まあ、そうだろうなあ」


 思ったよりも荒れていなかった、というか物分かりのいい態度の春菜にやや拍子抜けしつつ、指し示された写真を見て納得する達也。春菜が示した写真はどれも特に出来がいいもので、写っている人間の表情も自然でかつ楽しそうなものだ。


 所詮はアマチュアレベルの写真なので、プロから見ればいくらでも工夫の余地がある写真ではあるが、逆にその分自然な感じが際立って魅力的な作品である。


 とはいえ、テストショットの含めて数十枚撮ったうち二、三枚だけしか、いい写真がないのがアマチュアである詩織の限界だろう。


 もっとも、そもそもの話として身内や知り合いに見せるための写真に、プロの腕など必要ないのだが。


「それで、明日早朝に生垣迷路を見に行きたい、だっけ?」


「ん。せっかくだから、時間選べば師匠も一緒で大丈夫なところは、みんなで行きたい」


「だったら、私のコネを使えば確実に朝一番で見に行ける手段があるけど、どうする? ちなみに朝食付き」


「……もしかして、春姉。それって庭園に泊まるとか、そのパターン?」


「近いけどちょっと違うよ。礼宮家の本館に泊めてもらうの。幸いにして、詩織さん以外はお母さんに引っ張りまわされたときに綾乃おばさんと未来おばさんには会ってるから、セキュリティ面でも問題はないし」


 割ととんでもない事を言い出す春菜に、やや遠い目で視線を泳がせる澪。春菜と関わり続ける以上仕方がない事ではあるが、正直フェアクロ世界でならともかく日本でセレブな世界に深入りしたくはない。


 だが、春菜がその気になっている以上、ここは抵抗しても無駄だろう。夕食が終われば普通に八時を回るが、春菜がそんな常識的なことをわきまえていない筈もない。それを踏まえた上で言い出す以上は、多少非常識な時間に転がり込んでも問題ないということだ。


 とはいえ、時間に関しては一応突っ込んでおかねばなるまい。どうせ問題などなかろうが、確認しておかねば精神衛生の面でよろしくない。


「春姉、ご飯食べてからだと八時回るけど、それは大丈夫なの?」


「うん。実は放課後に、八時過ぎてから行っても大丈夫か確認だけはしてあったんだ。行き先が礼宮庭園の各施設だったら、本館に泊めてもらった方が圧倒的に早くて楽だと思って」


 ある意味予想通りの春菜の答えに、やはり避けられない運命というのはあるものだ、と再び遠い目をする澪。幸いにして、食事の提供が朝食だけなので、春菜の家に誘われた時のように気を使って食べねばならない時間は短くて済みそうなのが救いではある。


「向こうがいいっていうならいいんだが、そんなホテルの代わりみたいな扱いするのって、どうなんだろうな」


「空き部屋が多くて維持してるだけだともったいないから、ホテルの代わりでいいから理由があるんだったらどんどん泊まってほしいらしいよ。働いてる人も、使わない部屋の掃除とかって張り合いがないって言ってたし」


「あ~、私その気持ちはちょっとわかるかも」


 達也の疑問に対する春菜の説明に、みそ汁の味を楽しんでいた詩織が理解を示す。


 今でこそ在宅ワークだが、詩織にも二年ほど通勤していた時期があった。その頃に業務の一環として機材の保守管理をしていたことがあり、頻繁に手入れが必要な割にめったに使わない、そのくせないと困る器具を手入れしている時に、よく似たような気持を味わっていたのだ。


 結局、詩織がその業務を担当している間にその器具が使われたのはたったの一度で、詩織が在宅ワークに移ってからも片手の指が埋まらない程度の回数しか使われていなかったりする。


 レンタルしたり手入れを怠って使えない状態にしてしまったりすると非常に高くつくこともあり、歴代の担当者はむなしさと戦いつつもせっせと丁寧に手入れしているようだ。


「どっちにしても、もともとお昼は本館で用意してもらう手はずになってたし、本館の人たちって仕事増える方が喜ぶ人多いから、確認取った時点でたぶんその気になってると思う」


「つうかそれ、どんだけ客少ないんだよ……」


「さすがに礼宮の名前的に、下手に人を泊められないから」


「だったら、俺たちはどうなんだって話になるんだが、それ」


「厳しい宿泊審査をパスした、ってことでいいんじゃないかな? 私とか親戚とかの友達でも、全員OK出てるわけじゃないし」


 あっさり怖い事を言う春菜に、頭を抱える達也。事実上世界を牛耳っているという噂すらある礼宮グループ、その創業者一族にそこまで認められるのは人として嬉しく無いとは言わないが、はっきり言ってそのレベルの人間関係は手に余る。


 いかにエリートに分類されるとはいえ、達也には世界相手にどうこうするような野心はない。小市民的な幸せを求める達也からすれば、礼宮一族だの礼宮商事の現トップだのは名刺交換すら避けたい相手なのだ。


 無論、そういう人材だからこそ春菜の無意識の線引きを潜り抜け、天音や雪菜に特別扱いをさせ、さらに礼宮家の皆様が本邸にフリーパスで受け入れる事を決めさせたのだが、本人にその自覚はない。


「てか、達也。あんたぐらいの立場だと、普通はこういうのすごく喜ぶもんだと思うんだけど、そこまで嫌なものなの?」


「嫌だっていうか、ヘタにこういうコネを持っちまうと、頑張って成果出してもどこかで礼宮のおかげで優遇されたんじゃねえか、って気分であんまり喜べねえんだよな」


「だったら、逆に礼宮を利用して成果出しちゃってもいいんじゃないの? あんたが小市民的な幸せを求めるタイプだってことぐらいは知ってるけど、別に全く野心がないって訳じゃないでしょ?」


「そりゃ、俺だってささやかな野心ぐらいは持ってるがね。所詮俺レベルが持つ野心なんざ、こんなデカい後ろ盾に頼らずに自分で作った人間関係と俺自身の能力だけで達成するのが筋ってもんだ」


「そういうところが気に入られてんじゃないの?」


 なんとなく意地悪をしたい気分になった真琴が、達也を軽くつついて追い詰める。人の悪い笑みを浮かべながらそうやって言い詰めてくる真琴に、思わず苦笑を返す達也。


「それで、春菜ちゃん。真相はどんな感じ?」


「まあ、分をわきまえてる人とか、自分の利益のためだけにはコネを使わないタイプの人とかは気に入られる傾向があるよ。後は、礼宮って名前をあんまり気にしない人?」


「ああ、確かにたっちゃんなら、大体の条件に当てはまってるよね~。でも、綾瀬教授以外とは直接会った事がない私もOKなのは?」


「申し訳ない話ではあるけど、達也さんが私と深くかかわることになった時点で、多分身辺調査はしてるから、そこに詩織さんの情報も入ってると思うんだ。で、それ見た上で天音おばさんの印象とかも合わせて合格だったんじゃないかな。詩織さんって、利用しようって気はないけど、必要以上にかしこまったり馴れ馴れしくしたりはしないし、達也さんとか宏君とは別方向で礼宮の人たちが好きなタイプだとは思うよ」


「なるほどね~」


 春菜の説明に、なんとなく納得してしまう詩織。とりあえずはっきり断言できるのは、もはや今後どうやったところで、春菜の人間関係にどっぷりつかることは避けられない、という事であろう。


 一歩間違えれば問答無用で排除される立場になっていたことを考えると、調子に乗りさえしなければ身の安全はある程度保証されてる今の立場に文句を言っても仕方がない。


 正直に言うなら、達也と同等レベルには小市民の詩織としては、かつての春菜の友人たちのように、人間関係から排除されず、だが宿泊審査はパスしない程度が一番落ち着けそうなのだが、もはやいまさら言ってもどうにもならない。


「ねえ、春姉」


「何?」


「とりあえず、泊まらせてもらったりご飯ご馳走してもらったりするのって、今後の面倒と引き換えの役得、ぐらいでいいの?」


「そんなところかな。ちなみに、真琴さんと澪ちゃん、詩織さんに関しては、今後間違いなく綾乃おばさんの買い物ツアーとか未来おばさんのモデルという名の着せ替え人形には付き合わされるから、ちょっとだけ覚悟しててね」


「着せ替え人形は分かるけど、その建前がモデルってどういう事よ? 前に綾乃さんと未来さんを紹介してもらった時、そのあたりの話は何もなかったと思うんだけど?」


「あ~、説明してなかったね、そういえば。未来おばさん、道楽で自分の服飾ブランド持っててそのオーナー兼デザイナーやってるの。エンジェルメロディっていうブランド、聞いたことない?」


 春菜の口にしたブランド名に、絶望的な表情を浮かべる真琴と詩織。


 それもある意味当然であろう。一見して子供服を連想させるブランド名でありながら、エンジェルメロディの服は小学校高学年から還暦を超えた人まで、幅広い女性をターゲットにしたオーダーメイド主体の女性向け高級ブランドである。


 高級ブランド、というだけでも真琴や詩織の腰が引けるのも仕方がないが、それ以上にエンジェルメロディの服はデザインの素晴らしさ故に、ものすごく着る人を選ぶ。一番容姿を選ばない服ですら、中身が伴っていないとびっくりするほどダサく、痛く、卑しく見えてしまうのだから、自身にそれほど自惚れを持ち合わせていない真琴や詩織からすれば勘弁してほしい話であろう。


 このエンジェルメロディ、天音と同じ歳の未来が立ち上げたブランドであるが故に、当然歴史は浅い。それだけに格式だの業界の常識だのにとらわれず、また、礼宮の力を使って結構な無茶もしてきたブランドだ。その最大の無茶であり功績でもあるのが、百六十センチ未満でBMI値が22以上の普通だったりグラビアアイドル体形だったりする女性を普通にモデルとして使い、最終的にパリコレなどの権威あるファッションショーでそれらのモデルが通用するように業界を改革してしまったことであろう。


 そのことに賛否は分かれているものの、自分に対する自信と世界に対する発言力・影響力を持っている女性の大部分がエンジェルメロディの服を支持している、という一点から一般的な評価は大よそ察せる。


 そんな大層なブランドであるが、始まりは未来が天音や天音の妹の美優、春菜の母雪菜、果ては自身の母親の綾乃の服をデザインしてはせっせと作り、着せ替え人形にしてその出来栄えのすばらしさに使用人たちとうっとりしていたことだというのは、基本的にあまり知られていない歴史である。


 着せ替え人形にされた人々の容姿や品性、人格などを考えれば、やたらと着る人を選ぶブランドになったのも仕方がないといえばいえる。


 生まれたころからモデルにされている春菜やこれから巻き込まれるであろう真琴たちには、何の慰めにもならない話ではあるが。


「澪、あんたエンジェルメロディって聞いてよく平気でいられるわね……」


「真琴姉、分かってない」


「分かってない、って何がよ?」


「ボクが、服のブランドの知識なんて持ってるわけがない。それこそ、コンビニやスーパーの品ぞろえと同レベルの知識量」


「あ~、そうね。寝たきりでダメな感じの趣味に全力だったあんたが、服のブランドになんて興味示すわけなかったわね……」


「ん、そういうこと」


 今回に限っては羨ましい種類の無知を堂々と自慢する澪に、納得しつつがっくりするものを感じる真琴。ほとんど表情が動いていないのに、どう見てもはっきりとドヤ顔をしているのが分かる澪の顔つきが妙にイラッと来る。


「まあ、いずれにしても早いか遅いかの違いって感じだし、ご飯終わったら着替えとか準備して待ってて。いつきさんの車で迎えに行くから」


 春菜の念押しの一言に、あきらめのため息と共にうなずいて同意を示す一同。こうして、どんどん深みにはまっていく宏達であった。








「へえ、これが生垣迷路か」


「近くで見ると、なかなか立派だな」


「ん。でも、ちゃんとマッピングしておかないと、普通に迷いそう」


 翌日の午前八時半。屋敷を維持する皆様のおかげで思ったよりリラックスして夜を過ごせた一行は、普段と同じ時間の朝食を済ませ、早々に庭園観光に乗り出していた。


「しかし、本気でこの時間は空いてるなあ」


「本当に、びっくりするぐらいガラガラねえ」


「昨日の混雑は何だったんだ、って感じだよね~」


 従業員が最短三十分待ちという看板を上げていた昨日の混雑を思い出し、小さく苦笑する年長組。全く人がいないわけではないが、清掃中の従業員を含めても見える範囲にいる人間は両手の指で足りるぐらいだ。


 おかげで、詩織が堂々と写真を撮っても誰の迷惑にもなっていない。


「とりあえず、平日はともかく土日の場合、いいところ十時半ぐらいまでしか時間帯の魔法は効果がないんだよね」


「せやなあ。毎年おっきい休みやと、地元のローカルニュースで何人来とるとかいうんが話題になるぐらいやからなあ。しかもこの公園、夏場でも結構涼しいっちゅうか、熱中症の話題沸騰中でも割とそこまで暑くならんっちゅう話やから余計やろうな」


「うん。いい風が吹くし、アスファルトで舗装してるようなところも少ないし、それに日陰も多いからね。まあ、結構涼しいって言っても夏は夏だから、暑いのは暑いんだけど、平均するとぎりぎりで三十度を超えるかどうかぐらいらしいんだ」


「今も、ええ感じの風が吹いとるしなあ」


 宏の言葉を肯定するように、夏の暑さをさわやかに感じさせる程よい強さのそよ風が、公園全体を通り抜ける。公園の構造上、地面からの照り返しも少なく、また空調を聞かせている建物も少ないためヒートアイランド現象とも縁が薄い。


 流石に芋洗い状態になると公園の地形効果も機能しなくなるが、そこで効いてくるのが入場無料という魔法。地元民であればバス代往復四百円で市内のほとんどの場所から遊びに来れることもあり、人が多すぎて暑すぎるとなると、大抵は割とあっさりバスなどで中心市街の方に移動する。


 それでも人気のあるブロックは庭を見に来たのか人を見に来たのかわからなくなるあたり、やたら集客力のある庭園ではある。


「さ。せっかくだから一杯写真撮っちゃおうよ」


「ん。でも春姉。下手に中に入って迷子になったら、人増える前に脱出できる?」


「あっちこっちに出口への順路が描いてあるから、イモ洗い状態で足元も看板も見えない、なんて状態にならない限りは大丈夫だよ」


「なるほど、了解」


 春菜の説明に納得し、結構な広さの生垣迷路に入っていく澪。わざと迷いながらうろうろし、季節の花が咲いているところで写真を撮り、迷路内の広場に生えている木登りOKの木に登り、と、一時間ちょっと迷路の中を動き回る。


「人気になるのも分かるけど、並んでまではいるようなところじゃないわねえ」


「そうだな。前の人にぞろぞろついて歩いて、ってなると、この迷路の魅力半減だよなあ」


「ただ見て回るだけでも楽しいのは確かだけど、迷路なんだからやっぱり、今みたいにすいてるときにうろうろしたいわよねえ」


「地元民とか俺たちみたいなフリーで来てる人間はともかく、バスツアーで来てる人なんかはそうもいかねえだろうしなあ……」


「でも、そういう人たちは、三十分も並べないのよねえ」


 ひとしきり迷路を楽しんだ後、素直に思ったことを口にする真琴と達也。わざと迷うことで見られる景色や要所要所に咲いている季節の花、子供から大人まで楽しめる仕掛けなど、無料ゾーン一番人気の理由がよく分かるだけに、昨日見たような混雑状況になるのは実にもったいない気分だ。


 何よりもったいなく感じてしまうのは、恐らく混雑した状態で入っても、三十分並んで入るだけの価値が十分あるように工夫されていることである。この分では、何度も来ているのに本当の魅力に気が付いていない人間もいるかもしれない。


「まあ、平日だったら団体客がいない限り、夕方以外はちょっと混雑してるぐらいで並ばずに入れるから、あのすさまじい混雑は休みの日限定だと思っていいよ」


「っつっても、平日の昼間って土日以外が休み、もしくは時間に自由が利く職業か専業主婦、あとは無職の人間ぐらいしかこれねえんじゃねえか?」


「後は遠足とか社会見学、ちょっと離れたところにある幼稚園や保育園の人たちなんかが利用してる感じ」


「あ~。そう考えると、本来ここをうろうろさせたい人たちは、意外とすいてる時間に利用してる訳か」


「おばさんたちからは、そう聞いてるよ。まあ、絶対って訳でもないとは思うけど」


 水筒のお茶で喉を潤しながら、礼宮庭園の実情を説明する春菜。平日の昼の観光地など、基本的にはどこもそんなものであろう。


「さて、あと一時間ぐらいはそんなに混雑しないし、隠れた人気スポットを見に行こうよ。撮影現場に近い場所にお勧めのところがあるよ」


「そうだね~。せっかく休みなのにいつもと同じぐらいの時間に起きたんだし、空いてる間に一杯見て回らないともったいないよね~」


 春菜に促され、ぞろぞろと移動を始める一同。移動途中でも見ごろの花だったり感じのいい遊歩道だったりがあり、その都度何枚か写真を撮りながらのんびり移動する。


 そして……。


「へえ……」


「なるほどなあ……」


「展望そのものは、もう一つの大展望台の方がいいんだけどね。ここは借景の仕方が大展望台より良くて、ひそかに人気があるんだ。ちょっと入り口から遠くて、比較的空いてるのもポイントかな」


 春菜の説明を聞きながら、庭園と海がうまい具合に重なり合って見えるその景色に息を飲む一同。


 春菜に案内されたのは、無料ゾーンの隅っこの方にある展望台であった。


 遠いだけでなく標高的な意味で結構な高さにある展望台。一般客が使えるエスカレーターやエレベーターの類がないため、なかなかの距離を歩いて上ることになったが、それだけの価値は十分にある。


「ちなみに春菜さん、ここピークやとどれぐらい人来るん?」


「展望台から景色を見るのは問題ないけど、集合写真とかは無理なぐらい、かな?」


「そらまた、結構な混雑になるんやな」


「うん。ちなみに、個人的に一番なのはここで見る日の出なんだけど、今日はちょっと朝が早くなりすぎるからあえて外したの。今度はみんなで朝日を見ようね」


「せやな。楽しみにしとくわ。ほな、せっかくやから集合写真やな。ついでに何枚か撮っとくか?」


「そうだね」


 宏に促され、みんなで何枚か写真を撮る。結局今回のベストショットは、急遽この展望台でとることに変更した宏と春菜のハイタッチ写真であった。

いくら物分かりがいい春菜さんでも、さすがに楽しいことに連続ではぶられるとだめらしい

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ