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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

後日談 春菜ちゃん、がんばる?

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第11話

リアルの夏休みがほぼ終わってからようやく夏休みに入った件について
「そろそろ、こっちも収穫時やな」

「うん、そうだね」

 夏休み初日。宏と春菜はいつものように、早朝から貸し農園で農作業をしていた。

 一部の作物はそろそろ熟してきており、畑は夏の収穫祭という様相を見せつつある。

 ちなみに、この年は二十四日に終業式を行い夏休みは二十五日スタートとなっている学校が多い。宏達の地域にある学校も澪が在籍している学校も、夏休みは二十五日スタートである。

「それにしても、様子見ながら結構手探りで育てた割には豊作だよね」

「せやなあ。これでも無駄にできすぎんように結構間引いたんやけどなあ」

「みんなにお裾分けして毎日食べても、さすがにちょっと食べきれない感じだよね」

「まあ、この広さの畑っちゅうたら、そうなるやろうなあ」

 キュウリをはじめとした大量の収穫物に、苦笑しながらそんなことを言い合う宏と春菜。

 現在の時刻は八時を少し過ぎたところ。六時半ごろから作業を開始し、こまごまとした畑の世話や収穫できる野菜を収穫し終えたら、この時刻になっていたのだ。

「売りもんにするには量少ない、っちゅうかそもそも流通に乗せるような規模の畑やないしなあ」

「まあね。それに、仮にもっと畑借りてたくさん育てて流通に乗せるにしても、どこに持ち込んでどうやって売って、税金どうやって納めればいいのか、っていうのが全然わからないけど」

「せやねんなあ。農協通せばええんやろうけど、そこまでして農業で生計立てんでもええんちゃうか、っちゅう感じやしなあ」

 今日収穫した分だけでも段ボール何箱分かになる野菜に、最初からちょっと張り切りすぎたかと苦笑する宏と春菜。これが毎日となると、間違いなく持て余す。

「とりあえず、せっかくやしちょっとトマトでも試食してみよか」

「そうだね」

 うだうだ言っていても仕方がないと、とりあえず日本に戻ってきてから初めての収穫物を試食してみることにする宏と春菜。その味は……。

「ホームセンターで仕入れた苗と肥料使うて育てた割にはなかなかなんちゃう?」

「そうだね。っていうか、小学校の頃に夏休みの自由研究で育てたトマトは、こんなに美味しくなかった気がするよ」

「ホームセンターの苗も、結構品種改良が進んどるっちゅう事やろうなあ」

「そうだろうね。秋のさつまいもとか、ちょっと楽しみ」

 というものであった。

 なおこの時、宏も春菜も自分の作った野菜ということで思い入れ補正をあえてマイナスにかけて評価をしていたが、実のところこのトマト、宏の顔写真でも乗せてスーパーにややお高めの値段で並べれば、リピーターが付く程度にはうまかったりする。

 少なくとも、農家の生まれでもない高校生がホームセンターの苗と肥料で収穫した野菜と説明しても、誰も信じない程度にはいい出来である。

 収穫量も含めて、フェアクロ世界で鍛えた農業スキルが仕事をした結果なのは間違いない。

「とりあえず、持って帰って近所や知り合いにお裾分けした後、冷蔵庫の中かな?」

「せやな」

 朝の間にできる作業もすべて終え、片づけを始める宏と春菜。そこに転移反応が。

「……このタイミング、この転移反応のパターン、エルか?」

「……ああ、前回はこういう感じだったんだ」

「せやで」

 そんな話をしている間に転移が終わり、宏の予想通りエアリスが現れる。

「ヒロシ様、ハルナ様、おはようございます」

「おう、おはよう」

「おはよう、エルちゃん」

 転移してすぐに朝の挨拶を口にするエアリスに合わせ、挨拶を返す宏と春菜。

 前回と違い、今回のエアリスは畑に出る可能性や現代日本の一般的な服装を踏まえた恰好をしており、以前より場違い感は薄い。

 が、もっと根本的な話として、春菜にしろエアリスにしろ、猛烈に畑仕事というものが似合わない華麗で可憐な容姿をしている。しかも、双方ともに内に秘めたカリスマがオーラとして漏れ出し、仮に容姿が普通であったとしても立っているだけでこれでもかと人目を集めるだけのあれこれを身に着けている。

 結果として、地方都市の家庭菜園とは思えない、やたらと華やかな空間が完成していた。

「とりあえず、作業終わったっていつきさんを呼ぶね。ただ、さすがにエルちゃんと野菜だけ先に運んでもらうっていうのはちょっと駄目だよね?」

「せやなあ。……ほな、自転車と作物は、緊急避難で一旦神の城の倉庫に突っ込んどくわ」

「うん」

 エアリスが来たことで、内心大慌てになりながらあれこれ緊急対応を行う宏と春菜。特に二台ある自転車は、作物と一緒に積み込んだうえで運転手も含めて四人乗れるような車が藤堂家にない。それに、作物も段ボール箱数箱分となると、さすがに普通のセダンではトランクに積みきれない。

 昨日の朝の時点で、恐らく自転車で運びきれない量の野菜が収穫できると分かっていた。なので、各々段ボールひと箱から二箱ほどを自転車の荷台に括り付けて運び、それ以外は素直にいつきに頼んで車で持ち帰ってもらう予定だった。

 その予定が狂ってしまったため、諦めて緊急避難に走ったのである。

「とりあえず、エルちゃん。食べれそうだったら、トマトとかキュウリとか適当に食べていいからね」

「ありがとうございます。それでは、トマトを一ついただきますね」

 春菜に勧められて、目に入ったよく熟れた真っ赤なトマトを手に取るエアリス。少し観察してから綺麗な布で汚れをさっと落とし、小さくかぶりつく。

「……とてもおいしいです」

「こっちで初めて育てた割には、なかなかやろ?」

「はい」

 穫れたてのトマトのうまさに顔をほころばせながら、無心にかぶりつくエアリス。あっという間にヘタを残して食べ終える。

「手はそこの水道で洗えばいいよ。ヘタはあそこの蓋を開けて中に入れておいてね」

「はい」

 春菜の指示に従い、コンポストの蓋を開けてトマトのヘタを捨て、共同の水道で手を洗うエアリス。その間も宏達はてきぱきと片づけを進めていく。

 こういう時、自分だけ何もせずに突っ立っているというのは非常に居心地が悪いのだが、かといってアポも取らずに押しかけたとはいえ一応客人に当たる人間が手伝おうとすると、相手に気を使わせるだけでかえって邪魔になる。

 なので、エアリスは大人しく宏達の撤収作業が終わるのを待っていた。

「お待たせしました」

 軽く雑談しながら待つこと数分。いつきが迎えに来た。

「いつきさん、ご苦労様。いつもありがとうね」

「これが私の仕事ですので、いくらでも言ってください。それで、どうします?」

「そうなんだよね。深雪はまだ家にいる?」

「先ほどお出かけになられました。夏休みの自由研究に関係するお出かけで、基本的には夜まで帰ってこないそうです。夕食もそちらで食べると聞いています」

「なるほど。ってことは、今は誰もいないんだね。じゃあ、私の家に一度もどろっか」

「分かりました」

 深雪の不在を確認し、とりあえず自宅に戻ることを選ぶ春菜。両親はどちらも海外なので、しばらく帰ってこない。それを聞いて、エアリスが不思議そうな顔をする。

「ハルナ様、ミユキ様というのはどなたですか?」

「私の妹。紹介するのが嫌って訳じゃないんだけど、単純に今日は深雪に振り回されるのを避けたかったんだ」

「ああ、春菜さん的には前回おらんかった分取り戻したい、っちゅう感じか」

「うん。だから、達也さんとか澪ちゃん、真琴さんならともかく、蓉子とか深雪は、出来たら次回以降にしたいの」

「なるほどなあ。ほんならまあ、今は安全地帯らしい春菜さんちにお邪魔させてもろて、今日この後何するか決めよか」

 春菜の意図を理解し、素直に提案に乗っかる宏。エアリスも特に異存はないようで、小さくうなずいて車に乗り込む。

「それにしても、前々から思ってたんだけど」

「なんや?」

「私たちも、早めに免許取って車運転できるようになっておかないと、今日みたいな状況で不便だよね」

「せやなあ。っちゅうか、エルの事がのうても、車要る感じやで。すでに収穫物が自転車で運べる分量やなくなっとるし」

「問題なのは、私は誕生日が遠い事なんだよね。十八歳になるまでに、最低でもあと二回は収穫時期があるのがね~」

「場合によっちゃあ、軽トラ欲しい分量になるかもしれんからなあ」

 春菜の言葉に、宏が同意する。残念ながら学生の身の上でかつ十八歳未満である宏と春菜は、現在いつきをはじめとした関係者に頼む以外、日本で車を個人使用する手段がない。

 年齢さえ達すれば、恐らく免許の取得はそれほど困難ではないだろうとは思うのだが、その年齢が大きな壁となって立ち塞がっている。

「運転免許でしたら、宏さんがもうそろそろ満十八歳になると思うのですが?」

「せやせや。よう考えたら、明後日誕生日やな」

「私、覚えてはいたんだけど、今までみたいなお祝いの仕方でいいのかな、ってちょっと悩んでたんだ。真琴さんみたいに、私達はおめでとうを言ってケーキ一緒に食べるだけにして、お祝いのパーティとかは家族だけでする選択肢もあるし」

「まあ、その辺は帰ってからおとんとおかんに確認するとして、や。免許はまあ、何とかして夏休み中に取るにしても、運転する車がなあ……」

 宏の言葉に、あ~、という表情を浮かべる春菜といつき。農作業に関しては藤堂家の車を使えばいい、というのは簡単であるが、簡単に言っていい言葉かどうかというと難しい所である。

 夫婦とまではいわずとも、婚約者かせめて同棲している間柄にならないと、春菜の所有物ではない乗用車の共有は線引きの上で少々問題がある。

 宏と春菜の間柄を知っている第三者からすれば、今更それぐらい別にいいのでは、と思うような話だが、自動車という高価な物の話だけに、ある程度ちゃんとしたけじめは必要だろう。

「あの、一つ気になったのですがよろしいですか?」

「何かな、エルちゃん?」

「ヒロシ様なら、車を自分で作ればいいのでは、と思うのですが駄目なのでしょうか?」

「法的な問題がいろいろあるし、それで事故でも起こしたら市販の車を買うより何倍も大変なことになるから、ちょっと自作は無理かな」

「せやな。それに、うちの工場の設備やと、外注したっちゅう以外でどうやって作ったかっちゅう言い訳が出来ん部品も山ほど出てきおるしな。そういうんを作るっちゅうとどうしても権能使う羽目になりおるから、そっから人間やない事にまで話が飛び火せんとも限らんし、下手なことはできんでな」

「法に触れない範囲で自転車改造するぐらいだったらともかく、流石に自動車作るレベルになると天音おばさんとかも大目には見てくれないだろうしね」

「法的な問題があるのでしたら、確かに無理ですね」

 宏と春菜の説明に、あっさり納得するエアリス。こちらの神々の場合、実体をもって人間の世界に滞在するときは、滞在する地域の法やルールを守ったうえで、基本的に権能の類を使わないようにするのが統一ルールとなっている。

 エアリスはその事をアルフェミナたちから聞かされ、さらに一度こちらに来た時に神々が自由に動いて許される世界ではないことを肌で感じている。なので、宏が自力で自動車を作るわけにはいかない、という事情も普通に納得できている。

 エアリスたちの世界の神々も舞台装置として結構不自由を強いられているが、神々からすれば宏達の世界もそれはそれでかなり不自由なのだ。

「まあ、権能使うために周囲に目がないか探知かけたりとか、自転車とか収穫物を一時的に神の城の倉庫に突っ込んどくとかぐらいやったら、収納シーンを神様とかに直接の縁がない一般人に見られてへん限りはお目こぼししてもらえんねんけどな」

「あそこの畑は私達だけが使ってるわけじゃないし、あんまりホイホイ使える手じゃないんだよね」

「たまに、他の人と駄弁ったりしとるしなあ」

「今回はまあ、エルちゃんが転移してこれるだけあって、誰もいなかったけどね」

 神が貸し農園で農業をやる場合、避けて通れない面倒ごとに言及する宏と春菜。この時、神が人間の貸農園を借りて家庭菜園なんぞするな、という突っ込みは無意味である。

「せやなあ。作物運ぶんは、とりあえずリアカー用意するか」

「そうだね。でも、自作するにしても、容量拡張とかはほどほどじゃないとダメだよ?」

「分かっとるって。上からのぞきこまれたらアウトやから、容量拡張は無理やな」

「つまり、普通のリアカーと変わらない、ってかんじ?」

「まあ、普通のんよりは軽い力で引けるやろうけどな」

 宏の結論を聞き、安心したようながっかりしたような複雑な気持ちになる春菜とエアリス。ものづくりの時の宏にしては判断が穏便すぎて、何とも拍子抜けした気分なのだ。

「作物の運搬に関しては当面それでいいとして、エルちゃんは朝ごはん、食べてきてるんだよね?」

「はい。お二人はもうお済ですか?」

「うん。畑仕事の前に食べてるよ」

「っちゅうても、食うたん六時ごろやし、食おう思えば食えるけどな」

 とりあえず朝食は必要ない事を確認し、ではどうするか、と考え始める春菜。

「どこ行くかは、一旦うちで休憩してから決めよっか」

「せやな。お茶でも飲んで一息入れてから、っちゅう感じやな」

 そろそろ藤堂家の玄関が見えて来たこともあり、予定を決めるのは後回しにする春菜と宏。

「それにしても、今日も暑くなりそうやなあ」

「そうだね」

 まだ朝と言い切れる時間帯なのに気温をじりじりと釣り上げる真夏の太陽に、出かけるにしても注意が必要そうだとため息が漏れる宏と春菜であった。







「まず正直な話、エル連れて人がようけおるところ行くんだけは、絶対嫌やで」

「うん。それは私も同じだから安心して」

 藤堂家の家族専用リビング。よく冷えた麦茶を飲み干した宏の第一声に、春菜が真顔でうなずく。

「というか、この国だと金髪とか銀髪って何もなくても目立つから、宏君の事がなくてもできるだけそういうところは避けたいよ」

「そういえば、この日本という国は、黒髪に黒目の方が多いのですか?」

「うん。染めたり脱色したりカツラかぶったりしてなきゃ、黒から濃い茶色ぐらいの人が圧倒的に多いよ。瞳の色も同じかな」

「春菜さん以外全員、その範囲やったやろ?」

「そういえば、そうでしたね」

 達也や真琴、澪の容姿を思い出して小さくうなずくエアリス。綺麗な黒と呼べるのは澪ぐらいではあったが、確かに宏も含め全員が黒から濃い茶色の範囲に収まっていた。

 もっとも、宏達の地球では顔だちはともかく髪と瞳の色を決める遺伝子に優性劣性の関係はなく、せいぜい環境などの影響で地域によって出やすい色、出にくい色がある程度だ。

 なので、国際結婚が進んでいる現在、純粋な日本人なのに生まれつき髪の色が金髪だったり、青や緑の瞳をもって生まれてきたりする人間が出てきても全く驚くに値しない。

 が、前述した環境の影響が強いためか、現在の日本はまだ、圧倒的に目も髪も黒もしくはかなり黒に近い茶が多いのだが。

「それに、春菜さんもエルも、それこそテレビでもめったに見ぃひんぐらいの美形やし、エルの雰囲気とか下手に雑踏に放り込みたぁない感じやしなあ」

「私の見た目に関してはもう、昔からそうだったから諦めてるけど、エルちゃんはその見た目にどこからどう見てもノーブルな存在ですっていう雰囲気が追加されるからね~……」

「雰囲気に関しては、春菜さんは春菜さんで結構難儀な感じやねんけどな」

「……そうかな?」

「せやで。っちゅうか、春菜さん、普通にええ所のお嬢っちゅう雰囲気やし」

 宏の反論に同意するようにうなずくエアリス。

 春菜の場合、態度や物腰である程度中和こそされているが、本質的にはエアリスとそう大差ない。この点に関しては実は、我がまま系元気娘という雰囲気をばらまき、ある面に置いて澪の同類という印象を持たせている深雪も同じである。

 結局のところ、余程の年月か経験でもない限り、生まれや育ちは早々変わらないということなのだろう。

「まあ、その話は置いとくとしてや。人が少のうてある程度遊べてそこそこ涼しいところ、っちゅうたらどこがあるか、やな」

「そうだね」

 宏の言葉に同意し、少し考え込む春菜。人が少ない、はまだしも、そこそこ涼しいとある程度遊べる、の両立が割とネックである。

「……ん~。エルちゃんは、興味あることとか何かある?」

「……そうですね。こちらの神々とかには、興味があります。後、ハルナ様がよく唱えておられた般若心経に関しても、こちらではどういう存在なのかが興味がありますね」

「となると、神社とお寺、かな?」

「せやなあ。ただ、神社とか寺とかは一応よそ様のテリトリーやから、うちらが入って大丈夫なんか、ちょっと師匠筋に確認しといた方がええやろうな。ついでやから念のために、真琴さんらにもエルが来とること連絡しとくわ」

「うん」

 宏の言葉にうなずくと、とりあえずお茶のおかわりを用意しに席を立つ春菜。朝とはいえ、夏場にそこそこの時間外にいただけあって、三人とも結構喉が渇いているのだ。

 その間に、指導教官に確認のメッセージを送る宏。即座にメッセージに返事が届く。

「もう根回しはしてくれとったみたいやわ。友達と遊びに来てんの邪魔するような野暮は誰もせんから、また別の機会に顔出してちゃんとあいさつしとくように、やって」

「あ、うん。了解」

「あと、真琴さんらは全員、今日は合流無理やって。兄貴は普通に仕事で、真琴さんはこっちに顔出しすぎやから大人しゅうしとく必要があるっぽいんよ。で、澪も東京の学校で面談とかあるらしくて、それがオンラインやのうて直接顔合わせて、っちゅうんが向こうの要求やから行ってこなあかんそうや」

「って事は、今日は私たち三人で行動、ってことになるのかな?」

「せやな。で、今になって気ぃ付いたんやけど、春菜さんは修学旅行の時、普通に神社とか入っとったはずやんな?」

「うん。あの時も事前連絡が行ってたみたいで、修学旅行だからってことで神様も仏様も配慮してくれてたよ。ちゃんとした対面に関しては、生活が落ち着いて修行とかも一段落してから顔出してくれたらいいって」

「……やっぱ、夏休み中に行けるだけあいさつ回りした方がよさそうやな。地上だけやと金銭的にも時間的にも移動ルートの混雑の面でも限界あるから、こっちの天界とかにも顔出さんとあかんか」

「そうだね~」

 思った以上に指導教官およびその関係の人たちが根回しをしてくれていることに、心の中で感謝をささげる宏と春菜。直接会って礼を言ったところでとぼけるだけなので、恩返しは別の形を考える必要がある。

「……ヒロシ様とハルナ様の、お師匠様、ですか?」

「師匠、っちゅうても神様としての、やけどな」

「私は小さい頃からいろいろお世話になってるよ。素手でのサバイバル技術とか食べて大丈夫かどうかの判断方法とか、あと本当の意味で何でも食べる教育とかも、その人に叩き込まれたことだし」

「あ~、向こうに飛ばされてすぐの時、いろんな意味で妙に手慣れとったんはそういうことか」

「うん。世の中何が起こるか分からないから、せめて人類が生存可能な環境でなら生きて行けるように、って事でね。教えてもらってた時は役に立つことがあるのかって思ってたけど、実際に役に立っちゃったあたり、人生って奥が深いよね」

「普通は一生役に立たんはずやのに、しれっと使う羽目になる辺りが春菜さんらしいっちゅう気はするなあ」

「最近、そういう事について否定するの諦めたよ、実際。とはいっても、大部分は宏君のおかげであんまり必要がなかったし、それ以前に素手で熊とかイノシシみたいな危険な獣仕留めるような技までは身に着けられなかったから、教えてもらったことだけで生き延びられたかっていうと、って感じだけど」

「そらまあなあ……」

 春菜の言い分に、思わず微妙な笑みを浮かべる宏とエアリス。

 飛ばされてすぐにバーサークベアからの襲撃があった事などを考えれば、確かに春菜が子供の頃から教わっていたことだけで生き延びるのは不可能だっただろう。

 だが、仮に熊や猪を素手で倒せたとして、その後の食糧調達や調達した食料を安全に食う技、安全圏の作り方などの知識・技能を持っていなければ、結局すぐに詰んでしまう。その点を踏まえるなら、戦闘能力より生存能力を優先して鍛えるのは当然である。

 そもそも、すべての状況で生存を確保する、となると、宇宙空間などどうにもならない場所がある時点で不可能だ。生存可能な環境だけに絞っても、すべてを習得するには人間の寿命は短すぎる。

 四月で十八歳という年齢と人間をやめないことを前提にしている事を踏まえて考えるならば、春菜が受けた教育は恐らく出来うる最上のものだったと言える。

「まあ、教官の事は置いとこうや」

「そうだね。で、神社とお寺ってことになると、近い所では大潮おおうしお神社かな?」

「せやな。ほとんど行ったことあらへんからはっきりとは言えんねんけど、あそこは祭りと初詣以外やとあんまり参拝客とかもおらんっぽいし、高台にあるから割かし涼しいし。ただ、あそこが何の神様祀っとんのか、よう知らんねんけど」

「塩の神様の一柱、だったかな? 私も詳しい事は知らないけど、確かかなり大きな塩の塊がご神体だったと思う」

「ほほう。しかし、うしおっちゅう名前で塩の神様やのに高台にあるんやなあ」

「その辺の詳しい事情は知らないよ。氏子じゃないから深入りしてないし」

 宏の疑問に対し、春菜が実にいい加減な答えを返す。

 とはいえ、近くにある社だの神社だのに対する一般市民の知識や感覚など、基本そんなものであろう。

 神など超常の存在が実在することを知っているからとはいえ、子供の頃からちゃんと道祖神やお地蔵さまにお供えをしたり、社や神棚などを掃除している春菜はマシな方だ。

「で、お寺は般若心経を主体に、ってことだから、真言宗じゃないとだめだよね」

「そうなん?」

「うん、多分。一応般若心経自体はほとんどの宗派で読んでるけど、確か日本の仏教に持ち込んだのは弘法大師だったはずだから、一番縁が深いのは真言宗だったと思う」

 春菜の説明に、そういうものかと納得する宏。

 実際のところ、日本の仏教において般若心経がどういう存在なのか、という話になると、別段真言宗でなくても大体のところは教えてもらえる。修行も出家もせずに説明だけを聞く関係上、どうやっても大体のところを表面的に理解する以上のことはできなかろうが、その点も別に宗派に関係なく同じである。

「お寺は……、そうだね。法定寺ほうじょうじさんにお邪魔しよっか。大潮神社の近くにあるし、真言宗でそこそこ大きなお寺だし」

「了解や。歩いていくか?」

「どうしようか?」

 宏に問われ、思わず問い返す春菜。

 神社も寺も、歩いて三十分あれば両方回れるぐらいの場所にある。これが秋口なら、迷わず歩いていく距離だが、今は七月末。外がカンカン照りになっており、そろそろ長時間歩くのは勘弁願いたい気温になりつつある。

 さらに、どちらもそれなりの広さがあり、見て回るだけでも結構歩く。どちらも観光地となるような場所ではないが、それなりに由緒正しく立派な寺社仏閣なのだ。

 それを考えると、歩いていくというのは少々悩みどころである。

 何やら雑用を済ませてリビングに入ってきたいつきが、そんな宏と春菜に対して素朴な疑問を告げる。

「暑いのが嫌で人が少ない場所、というのでしたら、いっそうちか礼宮本邸のプールでも使ってはいかがですか?」

「「それは無理」」

 何やら贅沢なことを考え込んでいた宏と春菜に対し、夏場の若者が普通選択するであろう選択肢を提示するいつき。それをさっくり却下する宏と春菜。

 なおこの場合、普通の若者には自宅にプールを持っている友人だの知り合いだのはまずいない、という点は突っ込んではいけない。あくまで重要なのは、プールで遊ぶという選択肢である。

「やっぱり無理ですか?」

「うん、無理。いくら私達だけしかいないって言っても、宏君が水着姿の私とエルちゃんに囲まれて、プレッシャーを感じずに楽しむのは難しいと思う。すごく残念だけど、まだそこまで平気じゃないみたいだし」

「せやで。向こうおった時に一回、水着の春菜さんと一緒に行動せんとあかんかったことがあったけど、そらもう本能的な部分でしんどかってんから」

「そうだよ。それに、エルちゃんの水着どうするのか、っていう問題もあるしね」

「ああ。確かにエアリス様に合いそうなサイズの水着は、この家の在庫にはありませんね」

 エアリスの体つきを確認し、何やら納得するいつき。芸能人であることも含む諸般の事情により、この家には未使用の水着の在庫が結構あるが、当然ながらどれも藤堂家一家の体に合わせたものだ。

 エアリスの現在の身長とボディラインだと、雪菜や春菜に合わせた水着では若干大きく、深雪の水着ではかなり小さい。特に問題になるのが胸のサイズで、深雪相手だとカップサイズで一個半ほど大きく、だが春菜や雪菜相手となると逆に一個半から二個小さい。このあたりの、ちょうど調整が効かない感じがいっそ見事である。

 また、ワンピースの水着だと、現在日本人の平均身長しかない深雪のものは、背丈の面でも少々きつい。もっとも、こちらは無理ができないほどではないのだが。

「というわけだから、どう転んでもプールで水遊びっていうのはちょっと無理」

「なるほど、分かりました。でしたら、車で送り迎えしますよ」

「家のお仕事とか、大丈夫?」

「ええ。お掃除はお掃除ロボットでも十分ですし、今日はほとんど誰も食べないので食料品にも余裕があります。人が少ないのでお洗濯も帰ってから洗濯機を回すぐらいでないと洗濯物が少なすぎて無駄が多いですし、今日は意外と家事労働が少ないんですよ。スバルさんも雪菜さんも不在なので、来客の予定もありませんし」

「そっか」

「ただ、炎天下に車を放置すると車内が素敵なことになりますし、大潮神社も法定寺も野ざらしの駐車場しかありませんので、行き帰りだけ送り迎えする、ということでどうですか?」

「いつきさんが面倒でないなら、それでお願いするよ」

 いつきの本日の予定を聞き、申し出をありがたく受けることにする春菜。基本的にほとんど人間と変わらないメンタリティを持っているとはいえ、いつきはお手伝いロボだ。むしろ面倒な雑用が多い方が喜ぶのである。

「じゃあ、片づけをしたら、大潮神社から行こうか」

「はい」

 春菜の言葉にうなずき、食器を回収して台所に向かういつき。その間に新しい汗拭き用のタオルなどを用意し、準備万端で出発する春菜達であった。







「……長い石段ですね」

「神社の場合、別段珍しいわけやないからなあ」

 大潮神社の大鳥居前。天まで続いていると錯覚させるような長い石段を見て慄くエアリスに、宏がこともなげにそう告げる。

 もっとも、大潮神社の石段に関しては、金毘羅のように奥宮まで行くのに数時間登り続ける、などというほどの長さはない。ちゃんとある程度の運動をしている若者の足ならば、途中のベンチで長めの休憩を入れても、十五分はかからないぐらいの長さだ。

 ただし、ある程度の運動をしている若者の足、という注釈が付くため、体力はともかく脚力には難があるエアリスにとっては、相当な試練になるのは避けられないのだが。

「……ここに降ろされた、ということは、自動車では上に行く道はない、と考えてよろしいのですね?」

「正確には、一般人の車が入っていい道がない、っていうのが正しいかな」

「でしたら、覚悟を決めて上がりましょう」

 しばらく呆然と見上げていたエアリスが、そのことを確認して覚悟を決め、悲壮な表情で石段を上がっていく。誰に教わった訳でもないのに、大鳥居をくぐる際にちゃんと一礼するのも忘れないあたり、違う世界でとはいえ神職に就いている者として何か感じるものがあったのだろう。

 その後ろ姿に苦笑しながら、後をついていく宏と春菜。こちらも当然、鳥居をくぐる際に礼をすることは忘れない。

 二十分後。急な石段を登り切ったエアリスは、境内にあるベンチでぐったりと座り込みながら、ふくらはぎのあたりをもみほぐしていた。

 息が上がったりはしていないが、向こうの世界から履いてきた靴の問題と長く急な石段を上るという行為に不慣れなことが重なって、スタミナより先に足の普段使っていない部分の筋肉が悲鳴を上げたのだ。

 変なところでトラブルを起こさぬように、と、エンチャントなどが特にかけられていないもので身を固めてきたのが裏目に出た格好である。

「お疲れさま」

「……修行に踏み台昇降でも組み込むべきかと、今真剣に悩んでいます……」

「足腰を鍛える重要性は否定しないけど、無理はよくないよ」

 春菜にスプレータイプの湿布薬を足に吹き付けて貰いながら、そんなことを言うエアリス。エアリスの足をケアしながら、余計なことで思い詰めるエアリスをたしなめる春菜。

 急な石段を十分以上となると、鍛えている人間でもそれなりにきつい。途中で休憩せずに最後まで登りきれただけ、エアリスは体力と根性がある方だろう。

 神殿の農作業程度では、体力は鍛えられても山を登る種類の足腰は得られないのは仕方がない事なのだ。

「とりあえず、エルが動けるようになったら、まずはお参りしてからいろいろ見学やな」

 水筒の麦茶をコップに注ぎ、エアリスに渡しながらそういう宏。宏の言葉にうなずき、礼を言って麦茶を受け取って、上品なしぐさで一気に麦茶を飲み干すエアリス。どうやら、ものすごく喉が渇いていたようだ。

 ちなみにこの大潮神社、春菜が宏とエアリスを連れてくる場所に真っ先に選ぶぐらいなので、普段はそれほど参拝客はいない。参拝客が少ないだけに、ふもとの大鳥居のあたりはともかく石段を登り切った境内には飲食関係の売店や自販機の類はなく、飲み物などは最初から自分で用意してきておく必要があるのだ。

 長い石段という人が来なくなる要素があるとはいえ、人があまり来ないからそういったものがないのか、そういったものがないから余計人が寄り付かないのかは、実に興味をそそる重要な命題だろう。

「それにしても、ここは涼しいです」

「いい風が吹いてるよね~」

「どの時間でもある程度日陰になるっちゅうんもポイント高いでな」

 休憩したことで疲労による足の痛みも治まり、汗もある程度引いてきたところで、エアリスが気持ちよさそうに言う。

 鎮守の森から吹いてくる清涼な風は、まるで石段の試練を乗り越えたものを歓迎しねぎらってくれているようである。

 境内の清冽な雰囲気と相まって、何となく心が澄み渡っていくような気すらする。

 この時点でエアリスは、神社というものをなんとなく理解し始めていた。

「じゃあ、そろそろお参りしよっか」

「はい」

「まずはあそこの手水で清めて、それからあっちの本殿やな。清めるときの作法は、まず片手ずつ手水で清めた後、左手で受けた水で口の中清める、やったかな?」

「分かりました。お参りの時には、何か決まった作法はございますか?」

「お賽銭入れたら、正面に向かって二拝二拍一拝。本当は神社ごとに違う作法があったらしいんだけど、百六十年ぐらい前の明治維新の時だったかな? 出雲大社をはじめとしたごく一部を除いて、その作法に統一したの」

「なるほど」

「まあ、日本の神様とか神社は、あんまりそういう作法にうるさくはないんだけどね」

 などと言いながら、本殿でのお参りを済ませる。

 なお、普通はこういうお参りではお願いごとをするのが一般的な日本人というものだが、今回は宏も春菜もエアリスも、この神社で祭られている神に挨拶をしただけである。

 宏と春菜は格としては同格であり、エアリスはそもそも神に願い事をするという感覚がないので、この場合こうなるのは当然だろう。

「……それにしても、ここはなんだか不思議な感じがします」

「不思議?」

「はい。とても神の存在を近くに感じるのに、同じぐらい人の営みの息吹を感じます。うまく説明することはできないのですが、なんというか日々の暮らしの一部に神々への祈りが息づいている、と言いますか……」

「あ~、この神社はどっちかっていうと地元密着型だから、そんな感じにはなるよね」

「ああ、そうなんや」

「そうなの。確かに参拝客はほとんどいないけど、夏場の昼間以外はいつも一人か二人は地域の人が掃除とかに来てるんだよね」

「集会所みたいな感じやな」

「そうだね」

 宏の言葉に、思わず吹き出しながらうなずく春菜。伊勢神宮などの例外を除き、神社というのはもともとそういうものだ。

 実のところそのあたりは、神道というのが原始的なアニミズム信仰を維持し続けている宗教であることと、非常に密接な関係がある。

 神道というのは基本的に、何か大きな災害があった、ものすごく立派な木が生えていた、凄い吉事があった、果ては誰かが命を散らしながらその土地と人々を守った、などといった事柄に対し、偉大なる何かを感じ取って感謝や鎮魂のために儀式(多くの場合は祭り)を行った、というのが始まりである。

 そして、その儀式の場所であり信仰の象徴として社が作られ、祀られている対象に縁の深いものをご神体として祭ったというのがほとんどの神社の始まりだ。自然、儀式としての祭りはそこで取り仕切られることとなり、祭りを中心に地域のコミュニティが成立し、さらには一年のリズムまでも祭りが中心となっていく。

 そうなると、自然と神社が地域の中心となり、集会所的な役割も果たすようになってくる。そのあたりの伝統は大半が高度成長期辺りまでに途絶えてしまっているが、その名残として地域の神社に人が集まり、地域のことを決めている集落というのは意外と多い。

 当然ながらすべての地域で神社が中心となっていたわけではなく、寺や庄屋などがこの役割を果たしてきた地域も多い。だが、祭りの中心として人が集まる場所、となると神社という印象が強いだろう。

 その割に、必ずしも便利な場所にあるわけではないあたりは、宗教や信仰というのはそういうものだと言うしかない所ではあるが。

「で、おみくじとかどないする?」

「ん~……。見た感じ、神主さんたちが不在っぽいから、今日はなしにしようか」

「せやな。にしても、ここの神社結構立派な感じやけど、この参拝客の数でどないやって維持してんねんやろうなあ」

 神主も巫女も不在で無人の授与所を見ながら、宏がそう呟く。

 宏の言葉の通り、この大潮神社は本殿だけでなく神楽殿などの建物に、何柱かの神様を分祀した社を完備した本式の神社である。規模こそ小さいが神社によっては省かれているような建物もしっかりあって、なかなかの維持費がかかりそうだ。

 その割には、神社にとって比較的重要な収入源である賽銭やおみくじなどの販売がほとんどなさそうな上に、神主や巫女どころかそれ以外の関係者も不在らしい時間がある、というのが非常に気になるところである。

「ここの神主さんって代々大地主だし、潮見駅周辺にも土地とかビルとか持ってるらしいから、その収益を維持費に充ててるって聞いたことがあるよ」

「……世知辛い話やなあ……」

「あと、塩の神様だってことで、出張でのお払いとか多いみたい」

「そっちはなんとなく分かるわ」

 現代の神社事情を物語る世知辛い話に、思わず遠い目をする宏。現代日本のことなどほとんど知らない筈のエアリスも、お金がらみの話は思うところがあるのか、どことなく微妙な表情だ。

 なお、今時の神社がその手の副業収入で維持されていたり、極貧の中地域の方の厚意で食材だけはどうにか確保して食いつないでいたり、というのはむしろ普通の事だったりする。

 神主やその関係者が専業で神事だけ行い、賽銭や寄付、物販だけで運営できている神社など、実際のところはごくごく少数派だ。このあたりの事情は、寺も似たようなものである。

「やはり、神様の加護があってもお金の問題はどうにもならないのですね……」

「世の中、そんなもんやからなあ……」

「何をするにも、お金はかかるからね~……」

「神事というのは、必要な道具も消耗品もたくさんありますから……」

 そんな世知辛さにぼやきとも何ともつかない言葉を漏らしつつ、神社をぐるりと一周する一同。一周するころにはエアリスが神社建築というものに引き込まれ、世知辛さに対して感じていた複雑な感情などきれいさっぱり忘れていた。

「……向こうでは、こういう建築様式の建物は見たことがありませんでしたので、なんだかとても不思議です」

「うん。私達も、結局こっちに戻ってくるまで見かけなかったよ」

「中国とか中東とかに近い建築様式の建物はあったんやけどなあ」

「地底でも、なぜか和風建築のアトラクションは少なかったしね」

「そう言われてみれば、そうですね」

 春菜の指摘に、言われてみればと頷くエアリス。ド○フのコントをベースにしていた第一層ですら、不思議と和風建築の建物は少なかった。

 実のところ、これに関しては割と簡単な事情で、地底にあるとあまりに不自然で引っ掛けるのが難しそうだったために、諦めざるを得なかっただけだったりする。

「ただ、不思議な印象の建物ですが、周囲と調和していてとても綺麗です」

「そうだよね」

 エアリスの感想に、心の底から同意する春菜。海外の宮殿や庭園のような分かりやすい派手な美しさというのはないが、人の営みに溶け込みながらちゃんと手入れされている神社や寺というのは、地味ではあるが何とも言えない神秘的な美しさがある。

「後向こうで見なかったのなんて、高度成長期以降の日本的な建物と巨大墳墓の類ぐらいだよね」

「巨大墳墓、ですか?」

「うん。向こうじゃそんな大きなお墓ってなかったけど、こっちだと日本を含む一部の地域に、ものすごく大きなお墓があるんだよ。地上部分も建造物の墳墓で、ほぼ完全に原形をとどめた状態で現存してるものだと、小さな山一つ分ぐらい、っていうのが一番大きかったっけ?」

「詳しいサイズまで覚えてへんからなあ。多分、そんなもんやったやろう」

 いまいち自信なさそうに宏に確認を取る春菜に対し、宏も似たような感じの回答をする。

 春菜の方は日本最大の古墳やエジプト最大のピラミッドの大きさ自体は覚えているものの、数字で覚えているだけなのでスケール感がピンと来ていない。修学旅行でもそっちの方には行かなかったため実物を見る機会もなく、どうしても自信を持てないのだ。

 対する宏の方は小学校の遠足などで近畿にある大型の古墳は大体見ているものの、詳しい数字を覚えていない。さらに、エジプトのピラミッドは現物を見たことがなく、サイズについてもちゃんと知らない。そのため、子供の頃に見た集落が余裕で作れるサイズの島、という古墳が世界最大なのかどうかが分からないため、曖昧な返事しかできないのである。

 なお、墳墓という話になると始皇帝陵やカタコンベなども含まれてくるが、始皇帝陵は崩落が激しい部分も多く専門家でもなければ全容が分からない事から、カタコンベは日本人である二人にはピンと来なかったことから、今回の話題からは外されている。

「まあでも、向こうで巨大墳墓が存在しないのは、すごく当たり前の話なんだよね」

「まあなあ。建築技術云々以前に、そんなデカい墓作ったら間違いなくダンジョン化一直線やからなあ」

「下手をしたら、作ってる最中に瘴気溜め込んで異界化とかしかねないしね」

「墓地っちゅうんは、どないしても瘴気溜まりやすいからなあ」

「そうですね。大きなお墓というのは、溜め込んだ瘴気を増幅する作用を持つ可能性が高いと思いますし」

 春菜と宏の会話に、自身の見解を添えて同意するエアリス。歴代のウォルディス王ですらやらなかったぐらいなので、恐らく邪神関係ですら制御できないレベルで瘴気を溜め込み、増幅するのだろう。

 そう考えれば、無くて当然である。

「それにしても、結構見て回ったよね」

 時計を確認して、思った以上に時間が経っていたことに驚く春菜。それほど大きな神社ではないのに、エアリスが復活してから一時間以上見学していたのだ。

「せやな。そろそろ次行くか?」

「はい」

「ほな、エルにとっては地獄の石段下りか……」

「……頑張ります」

 あの長い石段を思い出し、何やら覚悟を決めた様子を見せるエアリス。人生において、避けられない試練というのはいくらでもあるのだ。

 そんな気合と覚悟をもって石段を下りる事十五分。登りの時とは違う部分に負担がかかりまくった足を車の中でケアしてもらい、足の痛みにぐったりしていたエアリスだったが……。

「素晴らしいですわ!」

「ほうほう。お嬢さんは異国の方なのに、随分と御仏の教えを素直に受け入れられますなあ」

 続く法定寺ではシックな寺の外観や、それと裏腹な真言宗特有の派手な祭壇に感嘆の声を上げ、真言宗や般若心経にまつわる住職の説話にいたく感動し、実に充実した寺社仏閣ライフを過ごすのであった。
参考文献:JAPAN CLASS第6弾、ウィキペディア

神道関しては一応ある程度調べながら書きましたが、途中で力尽きた部分も多いため間違えているところもあるかもしれません。
あと、仏教に関しては、神道の部分で完全に力尽きたため、ちょっと逃げを打たせてもらいました。
今後機会があれば、もうちょっとちゃんと調べたうえでフェアクロの地球だとどうなのかという点も含めて触れられたらいいんですが、その体力はなさそうな感じ
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