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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

後日談 春菜ちゃん、がんばる?

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第9話

「あ、そうだ。今週から毎週土曜日に補習が入るから、夏休みになるまで向こうへ顔出すのはちょっと難しくなりそう」

 六月下旬に入ったある日。達也と詩織が不在の、いつものチャットルーム。みんなで勉強を始める準備をしていた春菜が、思い出したように真琴にそう告げる。

「補習って、例の事件の?」

「うん。夏休み一週間も短くなるぐらいなら、って、全校集会で土曜日を補習にあてることで話がまとまったんだ。先生方も赤点の生徒に対する補習の計画が狂うから、って、大筋では同意してたよ。それでも、どうにかなるのは五教科だけで、副教科の分は二学期始まって直ぐの土曜を使うことになってるし、体育なんかは潔く全員出席扱いで授業を取りやめにしたみたいだけど」

「……そんなことまで、全校集会で決めたの?」

「うん。って言っても、体育なんかは決定事項の通達だったし、それ以外は事前に生徒会と先生方との話し合いでプランを出して、全校集会で投票って形だから、別に直接意見とか言ってたわけじゃないよ」

「よく考えたら、言われるまでもなく、普通全校集会で決定ってそういうやり方よね」

 事の経過を聞いて、いろいろ納得する真琴。

 余談ながら、こういう時の投票は学校のコンピューターを使い、全員の手元に投票ボタンが投影されるやり方で採決を取る。一度押すとボタンが消えるため二重投票などの問題もなく、コンピューターを使ってのリアルタイムカウントなので票の読み間違いなどもない。

「後、うちの学校は七月九日から学期末試験なんだ」

「了解。試験日程は?」

「副教科の試験もあるから、一週間全部試験。ただ、土曜日に補習入れても全部カバーできるわけじゃないから、先生もちょっと大変そうだったよ」

「そうでしょうねえ」

 春菜の言葉に、さもありなんという感じでうなずく真琴。非合法な組織にそそのかされた愚か者の行動は、まだまだあちらこちらに根深く爪痕を残している。

「そういえば、澪の方は期末試験とかどうなってるの?」

「まだ編入手続き終わってないから、テストそのものは前の中学のをやる。ただ、住居は近いうちにこっちに移るし、一度も通ってない学校にテストだけ受けに登校するのはややこしい事になるから、ネット使ってそれ専用のソフトで試験」

「なるほどね。前からそうだったの?」

「ん、そんな感じ。まあ、小学校はテストで落第とかなかったけど」

 澪の最後の余計な一言に、むしろ落第させた方が当人のためだったんじゃないかと思ってしまう真琴。

 とはいえ、なんだかんだ言って澪の学力は最低ラインをちゃんと超えているので、仮に落第があっても澪が落とされることはないのだが。

「真琴姉の方は、受験勉強どんな感じ?」

「なんかずるしてるような感じがしてあんまりうれしくないんだけど、すごく順調よ。前の大学に入るのも結構必死だったのに、もっとレベルが高い海南大学でも余裕のA判定とか、あの時の勉強はいったい何だったのかって思うわ」

「真琴姉のそれは、向こうで命張って頑張ってきた結果。ズルなんてしてない」

「分かってるんだけどね、大図書館で底上げされた分とかマジックマスタリーの分とかはまだしも、バルドとか闇の主とかとどつきあいした後で神様からもらった分は、さすがにちょっと行動が学力と無関係すぎて申し訳ないのよね……」

「実はボクも、そこはちょっと後ろめたい気分」

 お互いに意見が一致したのを受け、小さく苦笑しあう真琴と澪。ちゃんと努力や行動の結果として得た能力ではあるが、正攻法で勉強して鍛えたものではないだけに、どうにも褒められたことではないという意識が抜けないのだ。

「そのあたり、能力が百パーセント定着しちゃった悩みだよね」

「っちゅうても、その能力に今まで散々助けられとる訳やし、今更ずるしとる気ぃするから使いたない、っちゅうんも虫が良すぎんでな」

「まあ、そうなんだけどね」

 春菜達女性陣の会話に、黙って勉強を続けていた宏が口を挟む。その反論しづらい言葉に、思わず黙ってしまう女性陣。

「っちゅうかな。一応努力の裏付けがある分、食堂の出前とかにオクトガル使うんに比べたら、はるかに真っ当やと思うで」

「確かに、あれはかなりずるかった気がするよね……」

「背に腹は代えれん状況やった上に、本人らがやたらやる気やったからお願いしてもうたけど、正直あれは反則どころの騒ぎやなかったでな」

 ルーフェウスのアズマ食堂を引き合いに出されて、なんとなく納得してしまう女性陣。

 学食の立て直しに目途が立っていない現状、ルーフェウス学院の昼食はほぼアズマ食堂が担う状態になっている。結果としてアズマ食堂の店内スペースではどう頑張っても需要が満たせず、テイクアウトと出前を始めざるを得なかったのだ。

 とはいっても、同じくスペースの問題から従業員はそれほど増やせず、かといって二人や三人増やしたところで、テイクアウトや出前まで対応するのは不可能。

 結局、省スペースで無駄に対応能力が高いオクトガル達に手伝ってもらうことで、とりあえず急場をしのいでいるのが現状なのだ。

 はっきり言って、転移能力を使い倒しているという一点だけでもかなりずるいのに、オクトガルは何体雇っても人件費がかからない。

 一応ちゃんと報酬を出してはいるが、相手はオクトガルだ。その報酬というのも売り物にならないレベルの残り物だったり、試作品の試食だったり、客から食事を分けてもらっても黙認することだったりと、本来なら報酬と呼べないレベルのものばかりである。

 オクトガルにお金を渡しても意味がないとはいえ、いくら何でもこれはだめだろう、と利益を享受している宏達が後ろめたさを感じてしまうのも無理はない。

 もはやルーフェウスの風物詩として定着している以上、自分たちの後ろめたさだけでやめるにやめられないのが難儀なところであろう。

「結局、慣れるしかないよね」

「そうね。今更どうにもならないし、慣れるしかないわよね」

「ん。ボクたちの場合、老化問題で頭を抱えないで済むだけ、師匠や春姉より恵まれてる」

「そうよね。ってか、この件に関しては、宏が一番大変なのよね。神様になっちゃったのは春菜も同じだけど、春菜の場合は家庭環境的に多少は慣れとか心構えがあったっぽいし」

「確かに、私は体質の問題以外にはそこまで戸惑うようなことはなかったよ」

「まあ、ええ加減慣れてきたし、トラックにでもはねられん限り誤魔化し効かんような事態にはならんと思うで」

「さすがに、トラックにはねられちゃうと誤魔化せないよね」

「せやから、交通事故とか崩落事故とかの類にだけは、とにかくとことん注意せんとあかんねんわ」

 数式を解く手を止めず、超越者の悩みについて駄弁る宏達。目指せ一般市民、という目標を達成するには、色々厄介なハードルが存在するのだ。

「で、話は戻るんだけど、宏と春菜は中間試験とか全国模試の成績、どんな感じ?」

「中間は、加減が分からんで学年三位っちゅう感じやったわ。一位は言うまでもなく春菜さんやけど、こっちはいつもの事やから誰も注目してへんかったで」

「模試の方は確か、お互い辛うじて三ケタ順位だったかな? 小論文とかで結構マイナスが入ってるし、文系科目の解釈関連の問題だと腑に落ちない問題で意地張っちゃうから、たぶん今ぐらいの順位が限界だと思うよ」

「せやな。数学なんかでも、式の展開書けっちゅう奴は標準と違うやり方やってマイナス食らったりしとるし。まあ、手ぇ抜かんでもええ感じのところに落ち着いとるっちゅうんは、考えようによっちゃありがたいわな」

「そうだね」

「つまり、マークシートのテストだったら、問題によってはもっと上も狙える、って感じなわけね」

 宏と春菜の答えを聞き、納得したとばかりにうなずく真琴。そんな真琴の成績は、現在五千位台。大学受験の総人口を考えれば、十分に自慢できる順位であろう。

 なお、天才・綾瀬天音効果でレベルが極端に上がってしまった海南大学と言えども、文系学部はさすがに旧帝大レベルと張り合えるほどではない。なので、今の真琴の成績なら鼻歌交じりで合格できてしまう。

「何にしても、油断せずに勉強を続けたら、とりあえず無事に大学生になれそうな感じだよね」

「っちゅうか、普通に考えてこの成績であかんとか、よっぽどのチョンボせんと無理ちゃうか?」

「そうね。あたしの場合は、赤門くぐろうとするとちょっとやばい感じだけど。っと、ごめん。ここ分かんないんだけど、教えてもらっていい?」

「ちょっと見せて。……ああ、ここはね、丁寧にやるんだったらこうやってこっちの式をこう展開して、なんだけど、この公式をここに代入すればショートカットできるから、試験だけだったらそっちを覚えれば楽かな?」

「……ああ、なるほど、分かったわ。ありがとう」

 春菜の説明を聞き、もう一度自分で解きなおして納得する真琴。すぐに同じタイプの違う問題を解いてやり方を確認する。雑談を続けながらも、ちゃんと勉強はしているようだ。

「それにしても、数学とか物理とかは勉強しやすうてええわ。最近の地理とか時事問題が絡む奴は、正直ややこしなりすぎてついていけんでなあ」

「そうねえ。中東の方とか、分離合併が連打で起こって前より国が増えてるものねえ。正直、そうでなくてもあのあたりは国が多くて覚えきれないのに、今となっては何が何やらさっぱりだわ」

「あのあたりに関しては国境線とかが民族や宗派に合わせて再編されただけで、実際のところは細かい部分はあんまり変わってないんだけどね」

「春姉、春姉。日本人に中東の民族とか宗派の話しても、全然ついていけない」

「まあ、それはそうだと思うよ。そもそも日本国内の時点で、関東の人間は関西の事イメージだけでしか理解してないのが普通だしね。他所の、それも遠く離れた沢山国がある地域の事なんて、専門家でもなきゃ知らなくて当然だと思うよ」

 ある程度数学の勉強に区切りがついたところで、宏のボヤキに乗っかって最近の国際情勢の面倒くささを愚痴る一同。時事問題が面倒臭いのはいつの時代も変わらないが、宏達の地球、宏達の生きている時代は特にややこしい事になっている。

 2030年を目前に控えた宏達の地球では、現在世界規模での再編が加速している。

 発端は十年ちょっと前に起こった中東における独裁政権やテロ組織、および非公式国家の連鎖崩壊と、同時期のEUの大分裂。それに引きずられる形で中央アジアや中国などにも国家再編が飛び火し、いまだにユーラシア大陸では分離独立だの国同士の合併統合だのが毎月のように起こっている。

 さすがにイギリスやドイツなどの主要な国はそのままだが、それでも政治・経済における環境は大きく変わっており、完全に落ち着いているとはいい難い状況だ。ロシアや中国などに至ってはもはや国外の人間には内部事情が分からぬ状態になっており、たまたま大規模な戦争が起こっていないだけ、という情勢がずっと続いている。

 そんな中で、日本とアメリカは数少ない内部事情が安定している国として、現在世界中の調停役として引っ張りまわされる羽目になっていた。

 その影響で、試験などに出てくる時事問題が複雑怪奇なことになっており、現在の宏や春菜が大きく点を落としているのも出題者がどの時期を想定しているのかが判断できない、という事情が噛んでいたりする。

 宏も春菜もこのあたりに関して点を取るためだけのテクニックは磨いていないため、どうしてもそっちに専念している秀才達には成績で勝てなくなっているのだ。

 図らずも香月夫妻以外全員が学生、もしくは受験生となってしまった宏達が、このあたりについてぼやきたくなるのも無理からぬことであろう。

「ホンマ、国内はむっちゃ平和やのになあ……」

「少子化も解消傾向らしいし、経済も雇用もずっと上向き。一国だけ物凄く順調な状態になってるよね」

「まあ、むしろそんな状況だから、ずっとそのきっかけになってる綾瀬教授っていうか綾瀬研究室と、その本拠地の潮見市をどうにかしたい連中があの事件を起こしたんでしょうね」

「そうだろうね」

 天音が表舞台に立ってからこっち、現地生産以外のグローバル化に完全に背を向けて、どんどんガラパゴス化を進めていった宏達の日本。エネルギーも資源もどうにかなる目途が立ってしまったこともあり、別に無理して海外に売らなくてもいいのでは、ということに気が付いてしまったのが最大の原因であろう。

 さすがに輸入をやめたり減らしたりすると、それこそ世界大戦の引き金になりかねないため、自給できる体制を作りつつ輸入量を維持している。既にその努力は実を結んでおり、実のところ輸出入に関してはいつでも鎖国状態にできる準備は整っている。

 そう聞くと輸出も大した額ではなさそうに思えるが、世界標準に背を向け世界的な競争からもとっとと離脱し、海外での売れ行きを気にせずどんどん独自路線で様々な商品やサービスを発達させていったにもかかわらず、現在はグローバル化に巻き込まれて世界中の国と競争していたころよりも輸出金額や品目は増えている。

 なので実際には、むしろ輸入よりも輸出や現地生産を止める方が、世界に対して大打撃を与えてしまう。ここまでくると、うかつに貿易摩擦で日本を叩けなくなっており、油断すると国内に引きこもりそうな日本を必死になってつなぎとめているのが現在の国際情勢だ。

 ここまで至ってしまうと、その存在を面白く思わない国があの手この手で内部から混乱させようとするのも当然であろう。その結果日本が混乱し産業に打撃を受けると、ちょっかいを出した国にもかなりの被害が出るのだが、自国の競争力をつけるより先に他国の足を引っ張る発想をする国に限って、そこまで考えないのもよくある話である。

「なんか、考えたら気がめいってきたし、ちょっと気分転換かな」

「そうね。あ、そうだ。明日ぐらいにあたしと澪で向こう行って、宏と春菜があんまり顔出せそうにないって連絡してくるわ」

「うん、おねがいね。一応できるだけ日曜日は向こうに行くようにするけど、ちょっと忙しい事になりそうだから」

 気分転換用にバーチャルなお茶を用意し、ついでに軽いパーティゲームを起動しながら軽く打ち合わせを済ませる春菜と真琴。

 その後、三十分ほどゲームで遊んでから、達也と詩織が入ってくるまで科目を変えながらずっと勉強を続ける宏達であった。







「春菜ちゃん! 英語教えて!!」

「うん、いいよ」

 翌日の昼休み。授業が終わってすぐに泣きついてきた美香に対し、弁当をカバンから出していた春菜が苦笑しながらそう答える。

「だったら俺らもいいか?」

「うん」

 ゴールデンウィークのクラス会以来、良くつるむようになった山口と田村が、便乗しようと声をかけてくる。手に弁当を持っているのは、最近弁当の日は宏や春菜と同じグループで食べるようになったからである。

 もはや宏と春菜をくっつけようと画策する側になっている山口と田村だが、今回に関しては割と真剣に勉強を教えてもらいたがっている。別に成績に問題があるわけではないが、志望校に受かるかどうかの不安がぬぐいきれないのだ。

「悪いな。そういえば、東はどうするんだ?」

「どこでやるか次第やな」

「あ~、そうだね。宏君も来てくれるんだったら、図書室で下校時間ぎりぎりまでやる、って感じかな?」

「せやな。それやったら参加できるわ」

 机をくっつけ、弁当の準備を済ませた宏が、春菜の提案にうなずく。図書室であれば、宏でも特にプレッシャーを感じずに勉強することができる。

「蓉子はどうする?」

「物理がちょっと不安だから、参加させてもらうわ」

「了解。でも、物理だったら私より宏君の方が上手に教えられるかな?」

「そうなの?」

「うん。まあ、宏君が良ければ、なんだけどね」

「別に、そんぐらいかまへんで」

 参加表明をしていなかった蓉子の意向を確認し、ついでに宏にも春菜以外の女子に教えるのは大丈夫かを問う春菜。さすがにテスト勉強の類となると距離的な部分で不安があったのだが、当の宏は特に気負うことなくあっさり引き受ける。

 その答えに、思わず安どのため息を漏らす春菜。どうやら宏にとって、蓉子は勉強を教えるぐらいの距離に入れても大丈夫な対象になっているようだ。

「お願いする身の上でこういうこと言うのは何だけど、惚れた男がほかの女に勉強教えるってシチュエーションで、安心したって表情でため息つくのってどうなのかしらね」

「好きになったのが他の人だったら多分、いくら私でもこんな態度にはなってないかな、って思うよ。あんまり自信はないけど」

「本当に?」

「って言うか、私だってやきもちぐらいは焼く、というか、実際に誰も悪くなくて状況的にどうしようもない事で、ものすごくやきもち焼いちゃって後でへこみまくった事があったし」

「……えっ!?」

 良く通る声で行われた春菜のものすごいカミングアウトに、グループどころかクラス中が静まり返る。

 学校中に宏に対する気持ちが知れ渡ってからこちら、春菜の日ごろの態度にはそれをにおわせるようなことは何一つなかった。

 恐らく、開き直ったがゆえに事あるごとにダダ漏れになるラブラブオーラと、時折見せる普通の恋人同士でもこうはいくまいというほどの仲睦まじさがなければ、本当に春菜は宏の事が好きなのだろうかと疑いの目で見られていたであろう。それぐらい、春菜は嫉妬らしいものを見せない。

 それだけに、後でへこむほどの嫉妬をしたことがある、と聞かされれば、クラスの全員が驚いて動きが止まっても仕方がないであろう。

 嫉妬された宏まで驚いているが、大体そういう状況では宏自身はそれどころではないので、気が付かなくてもおかしなことはない。

「そこのところ、詳しく」

「それは秘密。正直、私にとっては墓の中にまでもっていきたいぐらい恥ずかしい記憶だし」

 クラスを代表しての蓉子の質問に、にべもなく答えて弁当を開ける春菜。ちゃんとその感情と向き合い、自身の中で折り合いもつけてはいるが、人に話したいかというとそれはまた別の問題なのだ。

「東君の方は、心当たりはある?」

「あるようなないようなっちゅう感じやなあ。誰が見ても誰も悪くなくてかつ、ラブコメなんぞで片想いしとる子がやきもち焼きそうなシチュエーション、っちゅうんは多々あったけど、大体そういうときは吐かんように根性入れるんで手いっぱいで、春菜さんの様子まで意識してへんかったし」

「ああ、東君だったらそうだよね~……」

 美香から飛んで来た質問に、何とも言えぬ情けない表情でそう答える宏。宏の回答に、美香どころかその会話が聞こえていた他のクラスメイト達も納得する。

 宏がそこを把握できるようであれば、春菜は苦労しないのだ。

「正直、飯時にそういう気ぃまずなる話を掘り下げんの、勘弁してほしいねんわ」

「そうね、ごめんなさい」

「よくよく考えたら、東と藤堂さんの間でそういう話するならともかく、部外者が突っ込むのは野暮だよなあ。悪い」

 疲れ切った表情で弁当箱のふたを開けた宏に、蓉子と田村が同じように弁当箱を開けつつそう謝罪する。

 普段なら、火種が燃え盛ったままではあっても、ここで話は完全に終わっていたのだが、どうにもこの日はいろいろ間が悪かったらしい。

 宏と春菜の弁当の中身に、新たな燃料が大量に仕込まれていたのだ。

「……なあ、ちょっと気になったんだがいいか?」

「なんや?」

「東と藤堂さんの弁当、中身が同じに見えるんだが、藤堂さんが東の分も作ったのか?」

「あ、言われてみればそうだね~。もしかしたら、東君が春菜ちゃんの分を作ったのかもしれないよ~?」

 そう。今日に限って、宏と春菜の弁当の中身が完全に一致していたのだ。分量こそ宏の方が五割ほど多いが、はっきり言って見た目だけでいえばまとめて作って同時に詰めたようにしか見えない。

「残念ながら、単なる偶然や。冷蔵庫にあった材料で適当に作ったからな」

「あっ、私も」

 単なる偶然というには苦しい一致具合、しかもメインとなる鶏肉の唐揚げは色艶や揚げ具合も区別がつかないほどそっくりだ。

 これが市販の冷凍食品を使っている、というのであれば話は別だが、藤堂家では弁当に市販の冷凍食品が登場することはまずない。あったとしても普通のスーパーで買えるようなものではなく、東家の弁当とメニューが被ることなどあり得ない。

 それ以前の問題として、鶏肉の形や衣の付き具合などが、どこからどう見ても自分の家で作りましたというビジュアルを保っているのだから、手作りであること自体は疑う余地もない。

「今日のメニューって、基本的に昨日スーパーで買った特売品をそのまま使ってるよ」

「春菜さんが普段使っとるスーパーって、うちの近くにある安食屋(あじきや)か?」

「うん。うちから一番近い商店街だし、毎日高級食材で料理作るような家でもないし」

「っちゅうことは、うちの親も同じもん買うてきとるな」

 春菜の答えから、そう推測する宏。

 安食屋とは、潮見市全域に十店舗ほどある、食料品主体の地元密着型のスーパーマーケットだ。手ごろな値段で質のいい生鮮食品を扱い、何より地魚をはじめとした魚が美味しい事で人気の食品スーパーである。

 一見、こういうスーパーは地元の商店街にとって敵になりがちな印象があるが、スーパー安食屋の場合はむしろ、地元の零細商店を味方につける戦略を取っている。安食屋と地元商店街にとって、敵となるのはお互いではなく外様の郊外型スーパーマーケットなので、むしろそちらと対抗するために徹底的に手を組んでいるのだ。

 特に評判がいいのが、店舗のある地域の商店街で買い物をした客に対し割引を行うサービスで、その日の商店街でのお買い得商品を宣伝、商店街で生鮮食品を買った客のための保冷バッグ貸し出しまでするという徹底ぶりである。

 それだけではなく、総菜や弁当などは地元の商店街の店で作られているものを並べていることも多く、生鮮食品も大体は地元の商店街と共同で仕入れていたりする。

 ここまでくると、もはや疑似的な大規模ショッピングモールと変わらないと言えよう。

 一応全国チェーンの大規模ショッピングモールやその傘下のスーパーマーケットも存在するが、安食屋と地元商店街の戦略により、現在絶賛大苦戦中で、ショッピングモールはともかくスーパーマーケットの方は、いつ撤退してもおかしくない状況だ。

 潮見に住んでいれば基本、食料品の仕入れは安食屋か商店街の店になるのだが、春菜の場合は家が家だ。セレブ向けの高級品メインで配達主体の店もないわけではないので、仕入れ先の確信が持てなかった宏はとりあえずその点を確認したのである。

 この場合、高級住宅街に大豪邸を建てるような家庭の人間が、庶民の味方みたいなスーパーを使う事に対して突っ込んでも無駄だ。

 なお、念のために述べておくと、今回使っている食材は全て、ちゃんと日本のスーパーで購入したものである。間違っても唐揚げの肉にジズのものを使ったり、サラダに神キャベツや神レタスを使ったりといったことはしていない。

「っていうか、宏君。ずっとスーパーとかに入れなかったのに、よく私たちが使う店が分かったよね」

「おかんが買うて帰ってくる袋にロゴが入っとるからな。家の位置とかから考えて、使うんやったらあそこかな、っちゅうんがあったんよ」

「なるほどね」

 ここまでの疑問に対する答えには一切なっていない、どうにもピントがずれた会話で何やら納得する春菜。そんな宏と春菜の会話に突っ込みを入れようと考え、ため息とともに諦める蓉子。

 突っ込めば突っ込んだだけピントがずれていくのが分かっていて、それに付き合えるほど蓉子の精神は頑丈ではないのだ。

「とりあえず、話しとったら昼休み終わってまうし、さっさと食おか」

「そうね。あ、そうだ。ちょっと気になってるから、東君と春菜の卵焼き、一切れずつ貰っていい? その代わり、私の分あげるから」

「ええで、もってって」

「私もいいよ」

 頼みを聞き入れ、蓉子と卵焼きをトレードする宏と春菜。行儀よくいただきますをしてから、慎重に食べ比べる蓉子。

「……私の舌だと、味の違いが全然分からないわ……」

「蓉子ちゃん、それ本当?」

「ええ。同じお弁当から取り分けた、って言っても通じるレベルよ……」

 美香の質問に、半分ずつ残した卵焼きを差し出しながらそう告げる蓉子。差し出された卵焼きを食べ、自身の弁当に入っているものを確認し、なるほどとうなずく美香。

 余談ながらこのメンバー、今まで男女混合でおかずの交換をしたことはない。なんだかんだと言いながらも、クラス会までそれほど仲良くしていなかった異性とおかずの交換をするのは、お互いに心理的なハードルが高かったのだ。

 恐らく、今回のように宏と春菜の弁当の中身が完全に一致したとかそのレベルの珍事でもなければ、卒業までそのハードルを越えることはなかったであろう。

 さらにそのあたりの遠慮があってか、春菜達三大お姉さまの間でも、ゴールデンウィーク以降はおかずの交換は行われていなかった。

 三年生になってからは調理実習もなかったため、実は春菜がフェアクロ世界から帰ってきて以降、蓉子と美香が春菜の料理を食べるのは今日が初めてだったりする。

 当人たちに自覚はないが、今日のおかず交換会はひそかに初めて尽くしであった。

「うん。びっくりするほどそっくり。っていうか、春菜ちゃん、味付け変わった?」

「あ~、どうかな? あんまり自覚はないけど、変わっちゃってるかも」

「やっぱり、東君の好みに合わせたの?」

「そういう訳じゃないんだけど、例の治療の時に一緒に料理する機会が多かったから、引っ張られて変わっちゃった可能性はあるんだよね」

 春菜の言い訳のような言葉に、疑わしそうな視線を向ける蓉子たち。普通に考えれば、惚れた男と同じ味付けの料理を作るなど、どう考えても好きな人に対するアピールのために味付けを変えた、としか思えない。

 だが、万能とすら思えるほど器用なくせに変なところで不器用な春菜に、そんなあざとい真似ができるわけがない。それに蓉子たちは知りようがないが、そもそも春菜の味付けが変わったのは、宏を好きになるよりずっと前のことだ。アピールする意図など、持ちようがない。

「そういえば、明日は延期になってた調理実習だったよな?」

「ああ、言われてみればそうだったわね」

「こう、いろんな意味で楽しみじゃないか?」

「……山口君、悪いこと考えてるでしょう?」

「……中村に言われたくはないなあ」

 クラス委員とクール系お姉さまの組み合わせとは思えない、実に悪い笑顔で何やら通じ合っている山口と蓉子。その様子に苦笑しながら、いい感じに揚がっている唐揚げを堪能する宏。

 そのあまりにも旨そうな唐揚げにそそられるものがあったのか、それとも春菜の弁当と同じ味付けというのが効いたのか、田村がもうたまらん、とばかりに口を開く。

「なあ、東。こっちのシュウマイとその唐揚げ、一個交換しない?」

「おう。ばっちこいや」

 そんなことを言いながら、結構な数が入っている唐揚げとシュウマイがトレードされる。

 なお、ひそかにこの男子三人組の中でおかずのトーレドが成立したのも、これが初めてのことだったりする。

 この日の昼休みは、本当に初めて尽くしである。

「あ、俺も。このミニハンバーグでどうだ?」

「商談成立やな」

 田村につられ、山口も宏から唐揚げをゲットする。そのまま、ノータイムで唐揚げを頬張り、そのうまさに目を丸くする。

「ボウリングに続いて、意外すぎる上に凄すぎる特技だな……」

「……自分で料理作ってるって聞いてたから、料理が得意ってのはなんとなく分かってたけど、このレベルとはねえ……」

 プロでも通用する宏の唐揚げを堪能し、しみじみと東宏という男の奥の深さに感じ入る山口と田村。

「明日の調理実習が、実に楽しみだ」

「俺、この班に入れてもらってよかった……」

 プロ級の料理上手が二人もいる、という幸運に、思わず偉大なる何かに感謝してしまう男二人。そんな彼らの幸運をうらやみ、クラス中の男女が殺意のこもった視線を向ける。

 この後から翌日の調理実習までの間、元から別格扱いの蓉子と美香の分も上乗せされた状態で、クラスメイトたちから飯の恨みでチクチク攻撃されることになる山口と田村であった。







「とりあえず参考までに聞いておくけど、山口君と田村君は、どれぐらいお料理できるの?」

「そうだな。とりあえず卵焼きとカレーと野菜炒めと味噌汁ぐらいは作れる。焼き魚とかは火加減が分からなくて、いつも焦がすか生焼けにしてしまう感じだな。後、カレーっつっても市販のルー使わないと無理だ」

「こっちも似たようなもんさ。味付けもちゃんとわかってないから、市販のレトルト調味料とか使わないとまともな料理はできないレベル」

「なるほど。美香と同じぐらいなんだね、了解」

 山口と田村の調理能力を確認し、小さくうなずく春菜。高校生の男子としては普通、もしくはそれよりちょっと料理できるぐらい。戦力外通知をしなければいけないほどではない。

 ちなみに蓉子は、料理できる高校生と言えばこれぐらい、という感じである。毎日やっているわけではないので平均的な主婦の調理能力には劣るが、レシピを見れば大抵のものは作れる腕はあるので、料理部などに所属していたわけでもない高校生としては十分な技量だと言えよう。

 このあたりに関してはむしろ、いつきというお手伝いさんが存在するのに、なぜか高校進学時点でプロ級の腕前を持っていた春菜がおかしい。

「まあ、全部私と春菜と東君だけでやる、みたいな状況は避けられそうな感じよね」

「ねえ、蓉子。さすがに美香は前々からそこまで戦力外扱いしてなかったと思うんだけど」

「でも、ちょっと難しいところは結局春菜がやってたじゃないの」

「難しいっていうか、慣れてない人がやると危ないところをやってた、っていうのが正解なんだけどそれ」

 米を炊く準備をしながらそういう蓉子に対し、包丁などの調理器具を点検しながら春菜が実際のところを告げる。

 春菜の言葉通り、過去の調理実習は割と高い確率で一品、不慣れな人間がやると危ない作業が入るメニューが指定されていた。教師に言わせると、そういうメニューが入っていないと緊張感に欠けて悪ふざけする人間が出てくるとのことだが、春菜などは高校の調理実習でフランベをさせるとかは流石にやりすぎではないかと思わずにはいられない所である。

「まあ、なんにしても、今日はハンバーグとポテトサラダにミニオムレツもしくは卵焼き、それにお味噌汁だから、あんまり難しいところはないよ」

「それなら、全員作業に参加できそうね」

「ハンバーグはある程度のアレンジはOKみたいだから、私と宏君はちょっと別口で作ってもいいかな、って思ってる」

「っちゅうか、用意したある材料好きに使うてええんやったら、課題に入ってへん料理一品作りたいんやけどなあ」

「何作るの?」

「パン粉もハムもあるから、蒸かしたジャガイモ潰してマヨネーズで和えたんをハムで巻いてカツにしたやつ作りたいんよ」

 スーパーの総菜売り場などで割と定番の一品を口にする宏に、納得の表情でうなずく春菜。いい具合に、ポテトサラダ用に用意されたハムも丸い薄切りのロースハムではなく、四角く成形されたプレスハムだ。

「っちゅうわけなんですけど、勝手に作ってもうてええですか?」

「そうですね。ちゃんと既定の料理を完成させた上でなら、構いませんよ」

「先生の許可も出たことやし、一品勝手に作るわ。春菜さんは、ハンバーグソース作ったって」

「了解。ついでにお味噌汁も作っちゃうよ」

「だったら私はこの場合、ハンバーグに回るべきなのか、それとも美香たちの成長のために、卵焼きを作りながらフォローに回るべきなのか、どっちかしら?」

「卵焼きでいいんじゃないかな?」

 宏の宣言をきっかけに、さっさと割り当てを決める普段から料理をする組の三人。メニュー的にメインとなるハンバーグとポテトサラダを押し付けられた普段料理しない組が、不安そうな顔をする。

「えっと、ハンバーグってまずはひき肉こねるんだったか?」

「いやいやいや。さすがにひき肉だけ焼き固めるわけじゃなかったはず」

「それよりも、ポテトサラダのジャガイモって、皮をむいてからゆでればいいんだよね?」

 普段作らないものを振られ、半ばパニック状態になりながら作業を確認する料理しない組。レシピを見ればそのあたりの手順はちゃんと書いてあるのだが、心の準備ができていない所に話が飛んで来たため、そこに考えが至らないのだ。

「はいはい、落ち着きなさい。手本は見せてあげるから、私がやった通りに材料を切っていきなさい。それと美香。ポテトサラダの下準備は、東君の作業を見て真似をすればいいから」

「は~い。って、春菜ちゃん、なんで玉ねぎ刻んでるの?」

「ここの包丁、あんまりちゃんと手入れできてないから、私がやっちゃった方がいろんな意味で安全かなって思ったんだ。切れ味悪い包丁で切ると、目に染みるから」

 早くもあれこれ怪しいところを見せ始めた料理しない組を、的確にフォローする春菜と蓉子。ハンバーグは料理の中では比較的分かりやすいものだが、それでも慣れないうちはあれこれ不安になる事をよく知っている。

 自分たちも通った道なので、難しく考えすぎてパニックを起こす美香たちを馬鹿にする気もなければ、フォローを面倒だと思うこともない。

「玉ねぎは春菜がやってくれるから、人参ときゅうりね。人参はハンバーグに入れるならこれぐらい細かくみじん切りに。ポテトサラダに入れる分はこうやって半円か扇形に切っていけばいいわ。きゅうりは普通に薄く切っていけばいいけど、スライサーも一応あるからヘタだけ落としてスライサーでやるのもありね」

「ハンバーグって、人参入れるのか?」

「家庭によりけりね。入れる家もあれば入れない家もあるし。ちなみに、私の家では入れないけど、母方の従兄の家では入ってたわ」

「手作りハンバーグも、結構家庭の流儀が出るよね。ちなみに、うちは日によっていろいろで、細かく刻んだピーマンが入ったりとかすることもあるよ。ちりめんじゃこなんかは普通に入るかな」

「ああ、ピーマンはうちでも子供の頃にあったわね。ピーマンを食べない私たちにどうにか食べさせようと工夫したらしいわ」

 美香たちに調理手順を教えながら、家庭の味について花を咲かせる春菜と蓉子。その間にも、着々と料理は進んでいく。

「こねるのは、こんなもんでいいか?」

「……そうね。後は成形して、空気を抜いて焼けば完成ね」

「空気を抜く、って?」

「こうやって両手の間で往復させて、中の空気を抜いてきっちり固めないとね、焼いたときに中の空気が膨張してぼろぼろに崩れるのよ」

「ああ、なるほどな。どれぐらいやればいい?」

 なんとなくいい雰囲気になりながら、蓉子が山口に手順を指導する。やっているうちに慣れてきたのか、なかなかの手際で作業を進めている。

 ひそかに他の班の生徒も、このあたりの説明を聞きに来ては春菜や蓉子に見てもらっていたりするのだが、そもそも人に教えるほどの余裕がある生徒自体数えるほどなのでしょうがないだろう。

 ちなみに、全く毛色が違う作業をしている宏には、遠慮して誰も質問に行かない。それに気をよくしてか、よその班のあまりの卵を回収した挙句、残り物のひき肉やら何やらを流用してスコッチエッグに加工するなどという暴挙に出始めているのはここだけの話だ。

余談ながら、この学校の調理実習では、食べ盛りの男子生徒の胃袋や致命的に料理に向いていない種類の初心者が失敗しまくることを前提に、どこの班にもすべての料理を二~三人分余分に作れるだけの材料を用意している。

「しかしこう、俺たち足引っ張ってるなあ……」

「そうだよね~……。東君たちだけだったら、とっくに終わってる気がするよ」

 ゆで上がったジャガイモと人参にキュウリを加えて和えながら、情けないという気持ちを隠さずにぼやく田村と美香。もっとも、田村と山口、美香の三人は説明を聞くだけで作業ができている分、まだましだ。

 中にはレシピを見ながら説明を受けているにもかかわらず、どうしてこうなるのかわからないと言いたくなるようなものを作っている生徒もいるし、そうでなくても三分の一近い生徒は、教えられてもかなり作業がもたついている。

「美香にしても田村君や山口君にしても、あとは場数と慣れの問題だから、そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ」

「そうか?」

「うん。毎日、とまでは言わないけど、週に二回か三回料理するだけでも大抵のものは作れるようになるって」

「週二回かあ……。今のあたしの手際で、そんなに台所明け渡してくれるかなあ……」

「いきなり手間がかかるものからじゃなくて、簡単に作れる一品を作らせてもらうところから始めて、徐々に手間がかかったり難しかったりするものにチャレンジしていけば大丈夫だと思うよ」

 どうにも足を引っ張ったことを過剰に気にしている田村たちを、そういって励ます春菜。そもそも作業の絶対量だけでいうなら、恐らく今日は春菜が一番遊んでいる。

「それはいいとして、藤堂さん。一つよろしいですか?」

「えっと、なんでしょう?」

「さすがに、そろそろ東君と藤堂さんの行動が目に余るのですが、いい加減自重してくださいませんか?」

「あ~……、ごめんなさい」

 先生に注意され、成形していたコロッケ(・・・・)を皿の上においてペコペコ頭を下げる春菜。

 みそ汁もハンバーグソースも作り終え、しかも指導の大半は春菜が口を挟む前に蓉子が進めてしまっていたこともあり、あまりの暇さに宏同様、他の班から失敗したハンバーグの破片やらゆですぎたジャガイモやらを回収してコロッケに加工していたのだ。

 それらを宏が黙々と揚げ続けた結果、別個に用意してあった皿にはお肉屋さんで定番になっていそうな揚げ物が山盛りになっていた。

 ボリュームの面でいえば、スコッチエッグの存在感がものすごいことになっているのはここだけの話である。

「ねえ、春菜」

「あ~、うん。言いたいことは分かるよ」

「余りものと失敗作のリカバリーだけで、よくもまあこんなにいろいろ作れるわねえ……」

「衣のタネが余るのもったいないからって、つい頑張りすぎたよ……」

 蓉子に突っ込まれ、調理台に両手をついてがっくりする春菜。冷静になってみると、流石にやりすぎたと思わざるを得ない。いくらなんでもこのボリューム、メインのハンバーグ定食の存在も考えれば、クラス全員で分け合っても食べきれそうな気がしない。

「先に言うとくけど、春菜さんは揚げ物以外にもこっそり作っとるからな」

「そういえば、お酢とか味醂とかが並んでたけど、基本的に今日のメニューには使わないわよね?」

「あ、うん。実はきゅうりとわかめの酢の物とかをちょっと、ね……」

「また、渋いメニューを……」

 いくら何でもそれはないだろう、というメニューに、思わずジト目になる蓉子。事の発端は宏ではあるが、流石に本来作るメニューには使わない調味料を使うような真似はしていない。せいぜい、揚げ物のために油を大量に使っている程度である。

 宏が作ったものはどれもこれも、かなり苦しくはあるが、同じ材料と調味料で作れるアレンジメニューの範囲に一応おさまっているのだ。

「とりあえず、僕が言うこっちゃあらへんけど、食いもん関係で春菜さん野放しにしたら、下手したら僕なんぞより暴走するから注意な」

「本当に、東君が言えることじゃないわよね……」

 お前が言うな、と突っ込むしかないようなことを胸を張って堂々と言う宏に対し、蓉子が心底疲れをにじませつつそう突っ込む。

 結局、作りすぎたあれこれは運動部が美味しくいただいてくれたため、どうにか事なきを得るのであった。
時事問題のあたりで出てきた世界情勢、実は書き始めたころからこういう風に決めてました。当時の時点で、世界情勢的に2030年ごろって言ったら日本の立ち位置以外はこうなるだろうなあ、と漠然と考えてたら、現実にそうなりそうで笑うしかないというか。

ちなみに、宏たちの日本は核兵器の無力化済み、日本の地理特性に特化したやたらガチガチの防衛システムのおかげで、公になっている防衛装備だけでも米軍が全力攻撃しなければぶち抜けないとかなんとか。

ただし、あくまで持っているのは隠してるものも含めてすべて防衛装備ゆえに攻撃力は0同然、日本の地理特性に特化しすぎて輸出不能という致命的な弱点が。

あと、前回の澪の悪あがきの結果についてはこちら
http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/247802/blogkey/1471384/
一応残しとかないとすぐに流れていきそうですので記録として。
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