第8話
「さて、まずはどこから顔出すか、やな」
「スルーしたところとか行ったことがない所とか、結構いっぱいあるよね」
「せやな。っちゅうか、行ったことないっちゅうと、こっちの世界の大部分は行ったことあらへんけどな」
雪菜のオフに付き合わされて散々振り回された翌日。神の城に集合した宏達は、春菜を探しにこっちに来ているという知り合いを探す旅を始めることとなった。
なお、詩織は割り込みで入った別件が長引いて、日曜まで出先で拘束されるのが確定している。そのため、残念ながら今回は不参加だ。
「しらみつぶしにやると時間がかかるってレベルじゃなくなるし、春菜が神の城の機能でスキャンかけて見つからない以上、異界か、もしくはダンジョン化してる空間に絞っていいと思うんだが、どうだ?」
「そうだね。通常空間にいるなら、神の城のスキャンで分かるはずだし、神域とか隠れ里とかその類のフィールドにいることだけは間違いなさそうだよ」
達也の提案も兼ねた確認に、春菜が同意する。
「じゃあ、とりあえずまずは巡ってないダンジョンで比較的安全そう、とか、隠れ里につながってそう、とか、そういうところを重点的にやる?」
「ん、個人的には、繊維ダンジョンの奥地にあった隠れ里が気になる」
「そうだなあ。今まで行ったところで、明確に確認してない場所ってそこぐらいだよな」
「せやな。心当たりっちゅう程の心当たりもあらへんし、特に後回しにする理由もないから、まずはそこから回ろうか」
澪の提案に全員が同意し、最初の目的地が決まる。そのまま、目的地が決まったことだし準備を、と立ち上がりかけたところで、春菜が声を上げる。
「あ、そうだ。繊維ダンジョン行く前に、ちょっと寄り道していいかな?」
「寄り道? ええけど、どこに?」
「ルーフェウス大図書館の禁書庫に。もうルーフェウスも落ち着いてるみたいだし、一番最初のエリアに居た守護者さんの所に顔出して、何か美味しいもの食べさせてあげたいんだけど、どうかな?」
「ああ、せやなあ」
春菜の要望を聞き、なるほど、とうなずく宏。もはや大図書館に用はないが、あの守護者に会いに行くのは悪くない。というより、あの守護者は禁書庫の守護者の中で、唯一宏達が好感を持っている相手と言える。
その後ルーフェウスがごたごたしていたことに加えて方々に用事ができたり余計な寄り道をしたりと、大図書館のことを意識しなくなって久しい。が、そのまま忘れて顔を出さなくなるなど、これまでの薄情な学者とどこが違うのかと問われると、宏達としても反論できない。
何より、美味しそうにご飯を食べる存在には、美味い飯を食わせてやるのが正義というものである。食材も料理の幅も広がっているのだから、守護者にさらに食の楽しみを教え込むのは、もはや宏や春菜、澪のような料理人組にとって義務の領域である。
「兄貴らは、それでええ?」
「ああ、別にかまわんが」
「あたしも別にいいわよ。せっかく話題に上がったのに、ここでスルーとか薄情にもほどがあるし」
「ボクも賛成」
満場一致で大図書館への寄り道が決定する。どうやら、なんだかんだと言って思い出したら気になってしまうらしい。
「ねえ、達兄。大図書館で思い出したんだけど……」
「なんだ?」
「詩織姉のスキル、もうちょっとなじんだら一度禁書庫に連れて行った方がいいかも」
「……ああ、そうだな。もしかしたら、詩織の役に立つ情報とかスキルが手に入るかもしれないしな」
澪の提案に小さくうなずく達也。正直、戦闘スキルは全く必要ないが、細かいスキルや知識の中には、詩織の仕事や私生活に役立つものはいくらでもあるだろう。
「まあ、その辺はもう少しして、詩織さんを連れてこっちの観光旅行を一通り済ませてからでもいいんじゃないかな?」
「だな」
春菜の言葉にうなずくと、今度こそ準備のために立ち上がる達也。達也につられるように、他のメンバーも立ち上がる。
いろいろ準備は必要だが、まずは下着も含めた服や装備を、こちらのダンジョンアタック仕様に着替える必要があるのだ。
「あ、そうだ澪ちゃん。昨日聞きそびれたんだけど……」
「何?」
「今つけてる下着、向こうで買った市販品だよね?」
「ん」
宏達が出て行ったのを確認してから、適当な部屋に転移しつつ昨日気になっていたが聞きそびれていたことを口にする春菜。その春菜の問いかけに、内心でもうばれたかと思いつつ、表面上は平静を装ってそう答える澪。
澪の答えを聞いた春菜が、真剣な顔で追及を始めた。
「なんだか、下着に変なエンチャントがかかってるみたいだけど、何かかけた?」
「春姉には、何重もの意味で関係ない話」
「地球には地球のルールがあるから、関係ないでは済まないんだよ?」
シャレで済まない感じを見せる春菜の表情に、渋々といった感じで澪が口を開く。
「発育促進のエンチャント、下着にかけた」
「発育促進?」
「ん。服にかけると、寿命を減らさない形で体の発育がよくなる。出所は大図書館の例のアレ」
「……なるほど、ね。ちょっと微妙なところだから、相談はしておくよ」
澪のささやかな望みを察し、一応根回しはしておくことにする春菜。恐らく問題はなかろうが、ちゃんと相談しておかなければ何が問題になるか分からないのが怖い。
「ただ、そのエンチャント、本当に害はないの?」
「調べた感じ、そこまで劇的な効果はない。でも、気休めでも少しぐらいは身長取り戻せるはず、多分、きっと」
「……うん、そうだね」
なかなかに切実な澪の台詞に、真面目にうなずく春菜。身長順で並ぶと、高確率で先頭に来る澪。まだ望みが残っている歳ではあるものの、劇的に伸びる時期はほとんど終わっている。ほとんど頭打ちだった巻き戻る前の成長を考えても、真琴と並ぶほど背が伸びることはまずないだろう。
それでも、今からこの手の気休めを積み重ねれば、かろうじて百五十センチを超えるかもしれない。そんなわらにもすがる思いで、澪は手持ちの下着全てにせっせとエンチャントをかけたのだった。
「ちょっと待ってよ、澪。今の話聞いてると、そのエンチャントかけてるの、下着だけなのよね?」
「ん」
「服にはかけなくていいの? それと、触媒はどうしたのよ?」
「服は規則で病院から借りたものとかもあって、さすがにいろいろと危険そうだったからやめた。触媒はひよひよの抜け毛」
「あ~、なるほどね」
「あと、身長は望み薄でも、胸とお尻はまだ望みがある」
今までの流れをいろんな意味でぶち壊しにする、澪のもう一つの本音。それを聞いて思わずジト目になる真琴。
「あんたねえ……。大人になった時の姿、十分胸があったじゃないの。あの大人の姿じゃ、満足できないっての?」
「前だと、カップサイズは大きくても、ボリューム的にはボールペンぐらいまでの太さしか完全収納できない」
「よし、その喧嘩買うわ」
その種の収納スペースそのものが存在しない真琴が、澪の贅沢な言い分に対して宣戦布告を叩き付ける。その会話を、とりあえず半ばスルーする感じで見守る春菜。
立場上、何を言っても油を注ぐ結果にしかならないのだから、ここは余計な口を挟まないに越したことはない。
「とりあえず事情は分かったから、その話は終わりにしてさっさと着替えて準備しようよ」
「ん、了解」
「そうね」
着々と着替えながら澪と真琴のじゃれ合うような口喧嘩を見守っていた春菜が、頃合とみて止めに入る。春菜にたしなめられ、さっさと不毛な会話を切り上げる澪と真琴。
宏達男性陣から遅れること十五分。女性陣はようやく身支度を整えたのであった。
「よう、久しぶり」
大図書館は禁書庫、農村エリア。早速現れた守護者に対し、宏がそんな風に気楽な挨拶をした。
ちなみに、現在ここにきているのは、宏達日本人チームだけである。禁書庫に関しては守護者の統括個体の試練を終えているので、宏達がどれほど出入りしても危険はない。そのため、ダルジャンが好きに通すようにと図書館側に通達を出しているのだ。
「……ここには、あなたたちが必要としている本も、あなた達を必要としている本ももうない」
「自分に会いに来ただけで、別に本探しに来たわけやないし」
「本を探さないのに、守護者に用事?」
「せやで。っちゅうか、必ずしも本探さなあかん、っちゅうこともないやん。図書館の本分から言うたらおかしいんやろうけど」
宏の言葉に、不思議そうに首をかしげる守護者。そのどことなくあどけない様子に、女性陣の顔が和む。
「とりあえず、本探し以外の用があるのは分かった。具体的な要件は?」
「一回ラーメンセット食わせて終わりっちゅうんも薄情やから、なんぞご馳走したろうか、思ったんよ」
「えっ?」
宏の予想外の申し出に、目を丸くして絶句する守護者。そもそも生き物ではない自分に飯を食わせるだけでもありえないほど物好きだというのに、さらに用もないのにわざわざ顔を出して食事を振舞うなど、想定外にもほどがある。基本、システムの一部分でしかない守護者は、本気でそう思っていた。
だが、行動原理が趣味と好奇心とその時の気分に大きく偏っている宏達に対し、その理屈は通用しない。
飯を食わせたいと思った相手には、たとえ人間でなかろうが食わせる意味がなかろうが、容赦なく食わせる。それがアズマ工房の日本人チームなのだ。
「まあ、そういう訳やから、なんぞ食うてみたいもんあるか?」
「……興味があるものは、いくらでもある。ありすぎて、どれから試せばいいのかわからないぐらい、いっぱいある」
「今後も思い立ったら顔出すつもりやから、そんな難しい考えんでもええで」
「……少し、時間が欲しい」
「好きなだけ悩み」
宏の言葉に甘え、いくつかのメニューを口に出しながら悩む守護者。二十ほどのメニューが出た後、ようやく一番食べてみたいものが決まる。
「決まった」
「何が食いたい?」
「牛丼」
「またジャンクなとこ突いてきたな。トッピングとかの指定はあるか?」
宏に問われ、またしても少し考え込む守護者。牛丼、というワードに関連する、知られざる大陸からの客人が残した言葉があったはず、と大急ぎで検索しているのだ。
「……ネギダク大盛りギョク」
「……師匠、素人にはお勧めできない感じの指定だけどどうする?」
「まあ、少々食うても大丈夫そうやし、まずスタンダードなん出してから、ネギダク大盛りギョクにすればええんちゃうか?」
「ん、了解」
明らかに、過去にこちらに飛ばされた日本人が出したであろうネタ。それに苦笑しながら手早く牛丼の準備を進めていく宏と春菜、澪。なかなかのチームプレイである。
なお、今回使う食材は、半ば見切り品と化している普通の肉や野菜である。さすがに初めて食べるものをベヒモス肉で作って、それを基準にされてしまうといろいろと困る。
「サラダとお味噌汁はどうする?」
「食べてみたい」
「は~い。サラダセット追加ね」
予想通りと言わんばかりに、サラダとみそ汁を作り始める春菜。なお、みそ汁は分量的な作りやすさとお代わりを想定して、大体三人分ぐらいを作っている。
「早炊きの妙技成功。ご飯炊けた」
「牛丼の具も完成や。まずは、ごく普通の並盛いこか」
「サラダとみそ汁も用意できてるよ」
次々に供される料理に、無表情なまま目を輝かせる守護者。そんな在りし日の澪のような守護者の態度に、再び顔をほころばせる日本人チーム。
日本人チームの微笑ましいものを見るような視線を完全にスルーし、恐る恐る一口目を食べる守護者。そのまま、牛丼がどういう食べ物かを悟ったように、サラダやみそ汁、漬物などを交え、時折紅ショウガを足したりしながら一気に最初の一杯をかき込むように完食する。
「なんか、コマーシャルにできそうな食べっぷりね」
「朝飯きっちり食ってなかったら、俺らもつられて食いたくなってただろうなあ」
守護者の食べっぷりをニコニコと見守りながら、そんなコメントをする真琴と達也。現在の時間は午前九時半ごろ。ほとんどのファーストフードで朝メニューが幅を利かせている時間帯である。
朝食を済ませてから二時間も経っていない今の時間では、さすがに牛丼につられるほどの空腹感はない。それに、日本に戻ってからは、それなりの頻度で牛丼チェーンにも行っている。
おかげで、前回のように飴で空腹を紛らわせながら守護者の食事を見守るという、まるで罰ゲームのようなわびしい時間を送るのはどうにか回避できていた。
「さて、食い終わったみたいやし、次は本命のネギダク大盛りギョク、やな」
「お味噌汁も、お代わりする?」
「ほしい」
守護者の注文を受け、二杯目の味噌汁も一緒に提供する宏と春菜。それを受け取り、先ほどのように豪快に平らげる守護者。途中で少し眉をひそめていたものの、それでも食べる手を止めるようなことはなかった。
「……美味しかったけど、肉が少ないと何となく損した気分」
「そら、素人にはお勧めできんメニューやからなあ」
「提供する方からしても、ちょっと面倒くさいメニューだしね」
「ん。だから、牛丼屋で忙しい時にやると、店員に目をつけられる可能性が……」
「リアルにありそうな感じだよね、それ……」
守護者の正直な感想に、そんなことを言い合う学生組。
もっとも、そんな話をしている割に、実のところ学生組は牛丼チェーンの店に入った経験は乏しい。
宏は飲食店でまともに食事できるようになったこと自体割と最近で、それ以前となると小中学生なので、ホイホイと入るにはややハードルが高い。かつての地元の雰囲気からしても、未成年だけでファーストフード系に入って食事したりテイクアウトしたりは高校生以上という感じだったため、結局は親と一緒に二、三回いった程度である。
春菜は春菜で、なんだかんだ言ってお嬢様育ちなので、そもそもファーストフードそのものに出入りすることが少ない。潮見市の学生割引システムだと地元の個人経営の店で食べた方が安くつくこともあり、生まれや育ちのイメージほどたくさんの小遣いをもらっておらずアルバイトもしていない春菜の場合、どうしても選択肢に上がりづらいのだ。
無論、全くないわけではないが、その場合は大抵が友達とショッピングモールなどに買い物に行った際で、自分から積極的に選ぶことはまずない。このあたりの事情は同年代の血縁関係全員に共通する事情で、春菜が特別気取っているというわけではない。
澪に至っては、そもそもつい最近まで寝たきりだった上、それ以前も難病で偏食以外の部分でも食事には難を抱えていた身の上だ。牛丼チェーンやハンバーガーチェーンなどの店は真っ先に選択肢から排除され、どうしても食べたいとなると母親が慎重に塩分などを調整した手作りのものになる。
なので、澪はネットのネタをそのまま流用してはいるが実感は一切伴っておらず、宏達にしても概念は理解しているので作ることこそできたが、実際の店ならどうなのかなどは作った印象で言っているに過ぎない。
「それはそれとして、まだ食べる?」
「……もう一杯だけ。今度は大盛りツユダクを試してみたい」
「了解。お味噌汁も、だよね」
「ほしい」
春菜に問われ、素直にそう返事する守護者。普通に考えて食べすぎや塩分などが気になる分量だが、そもそも食事が必要ではない存在なのでそこは気にしない方針である。
「にしても、同郷の人間の言動とか、結構記録に残ってるもんだな」
「そうねえ。この分だと、ゴテ盛りマシマシとかも残ってそうよね」
「真琴姉、ゴテ盛りマシマシだったら、オクトガルが普通に言ってた」
「オクトガルは横に置いておきましょう。あいつらの台詞って、基本出所不明だし」
「ん、了解」
不毛な上にどこまでも深淵に引きずり込まれそうなオクトガルの話題を、早々に打ち切る真琴と澪。あの謎生物に関しては、いろいろな意味で気にするだけ無駄である。
「……満足」
「そら良かった。お気に入りは?」
「個人的には普通のが好み。今度機会があれば、ネギダクの時みたいに卵ものせてみたい」
「せやな。っちゅうて、次いつ牛丼やる機会があるかっちゅう問題はあるけど」
「それが難題」
宏の言葉に、やけに真剣に同意する守護者。食事の楽しみを覚えてしまった結果、食べたいものが大量に出てしまっているのだ。
「とりあえず、他の人がここ来たときは、出来るだけ現地の料理でお題出したげてや。そうでないと、クリアできんし」
「分かってる」
「ほな、また間ぁ見てくるから、そん時までに次の食いたいもん決めといてな」
「分かった。ゴテ盛りマシマシとかコッサリとかも気になるけど、とりあえずラーメンとどんぶりは優先順位下げる」
「ゴテ盛りマシマシは存在は知っとっても食うたことどころか見たこともあらへんから、ちょっとハードル高いでな……」
「残念」
後片付けをしながら、そんな会話を交わす宏と守護者。なんだかんだと言いながら、餌付けは順調に進んでいるようだ。
「さて、片付けも終わったし、もう行くね」
「ご飯美味しかった、ありがとう」
「うん。じゃあ、またね」
「また」
片づけを終えたところで、さくっと別れのあいさつを交わしてさっさと立ち去る宏達。一部エリア限定とはいえ、禁書庫の守護者という大物相手に、餌付けをするだけして特に何も要求せずに立ち去っていく日本人チームであった。
「……なあ、ヒロ」
「どないしたん、兄貴?」
「ここまでの素材、わざわざ剥いで回る必要あったのか?」
繊維ダンジョンのボスルーム。もう昼食時も過ぎたというのにまだボスを解体している宏と澪に対して、思わずあきれたように達也が言い放つ。
「いるかいらんかは関係あらへん。素材があったら回収するんが、うちらのアイデンティティや」
「ん。それに、もはや倉庫の容量とか気にする必要ない。だったら、あるものは片っ端から回収がジャスティス」
「そんな正義とアイデンティティは捨ててしまえ……」
古今東西、生産を志すプレイヤーが等しく持ち合わせている行動原理。それに忠実に従う宏と澪に対し、疲れたようにそう突っ込む達也。
とはいえ、使わないと分かっていてもこの種の素材を捨てられないのは、別に生産系のプレイヤーに限った話ではないのだが。
「宏達にそういうことを言っても無駄だし、諦めなさい」
もはやいつもの事なので、肩をすくめてそう達也をたしなめる真琴。余計な時間がかかるのは事実だが、それ以外に特に困ることはないのだから好きにさせておけばいい、というのが真琴のスタンスらしい。
「それで、あたしいい加減おなか減ってきたんだけど、ここを片してご飯にするの? それとも、隠れ里に入ってから食べる?」
「そうだね。……ん~、ここまで来たんだったら、隠れ里でスペース借りて、そこで落ち着いて食べた方がいいかも」
「そうね。今更だから別にそこまで気にはしないけど、さすがにボス解体したその場でご飯食べるのは、避けられるなら避けたいわね」
真琴の言葉にうなずく春菜。他のメンバーに視線を向けると、どうやら特に反対意見もないらしい。
「ほな、解体そのものはもう終わるから、回収手伝って」
「了解。さっさと片付けて、さっさとご飯食べに行きましょ」
宏の要請を受け、ばらすだけばらして山積みになっている素材をかき集めては倉庫に収めていく真琴。春菜の方は既に、戦闘の都合で飛び散った部位の回収漏れを探す作業に入っている。
一応念のために警戒していた達也も、さすがにもう大丈夫かと判断して、春菜とは反対の方向を確認に向かう。
「……なあ、ヒロ。こいつは回収しなくてもいいのか?」
「どこ飛んどったんか、思ったらそんなとこか。それ高いやつやから回収しといて」
「了解」
「宏君、これ見たことないんだけど、何かに使えそう?」
「……なんか、珍しい状態になっとんなあ。間違いなく素材として使えるけど、どう使うんが一番かは要解析っちゅう感じや」
などと落穂拾いもそれなりの効果を上げつつ、十分ほどで解体・回収作業が終わる。
「さて、ここを出たら、おそらく高確率でピクシーの群れが突撃をかけてくるわけだが……」
「宏君をどうガードするか、だよね」
「上からのアタックは、完璧な防御は不可能」
「とはいえ、素通しはさすがに防がないといけないわね」
以前に来た時のことを思い出し、警戒を強めながら無意識に宏を囲い込むようにフォーメーションを取る達也達。そのまま、慎重に隠れ里へと続く道を進んでいく。
「お客さんだ~!」
「エッチなピクシーはっけ~ん」
「きゃ~、変なタコ型生物が~」
「数の勝負なら負けないの~」
「悪い子はいねぇが~なの~」
隠れ里に足を踏み入れた瞬間、前回と同じように突撃して来ようとするピクシーの群れ。今度は高高度からの急降下爆撃コースだったのだが、それを唐突に現れた多数のオクトガルが迎撃する。
次々とオクトガルの触腕に捕獲されていくピクシーたち。そのまま、お互い黄色い声を上げながら戯れはじめる。
「……なんだろうな。何も変なことはしてねえのに、異常にいかがわしいビジュアルは……」
「あはははは……」
全裸のピクシーをタコ足で追い回し捕まえるオクトガル。双方表情は明るく楽しそうなのに、見た目だけで判断するとびっくりするほどいかがわしい。
「てか、前の時はこいつら、転移してこれなかったわよね? 今回はどうやってここに来たのよ?」
「色々あってパワーアップしたの~」
「このぐらいの異界化なら問題ないの~」
「あ~、ますます手に負えなくなった、って訳ね……」
あっさりパワーアップを告げるオクトガルに、思わず頭を抱える真琴。このままでは、どんどんオクトガルに汚染されていない安住の地が減っていく。
「いくらなんでも、地球にまで来るってことはねえだろうな?」
「さすがに世界は超えられないの~」
「異質すぎると弾かれるの~」
「地球の防壁は硬いの~」
「でも中から出るのは結構ザル~」
達也の懸念を、妙に残念そうに否定するオクトガル達。どうやら、この謎生物をもってしても、世界の壁を自由に超えるのは不可能らしい。
「こらこら~。お客様に裸で突撃なんて駄目ですよ~、はしたない」
オクトガル相手にそんな話をしていると、奥から誰かが出てきてピクシーたちをたしなめる。
奥から現れた、どこからどう見ても純和風の、質素な着物を着た半透明の女性、というよりは少女。その姿を確認した春菜が、安心するように息を吐き出す。
「良かった。お華さん、ちゃんと受け入れてもらってるんだ」
「はいはい~、ちゃんと仲良くしていただいてますよ~春菜ちゃん」
春菜の言葉に、お華と呼ばれたどこからどう見ても幽霊の類にしか見えない女性が、にこにこと笑顔を浮かべながら物凄くのんびりした口調でそう告げた。
指導教官をはじめとした何人もの人物に頼まれ、こちらの世界と日本とのラインをつなぎつつ春菜を探すという仕事を快く引き受けてくれた女性である。
「でもね~、春菜ちゃん。半年ぐらい前は隠れ里まで来てたのに~、わたくしに全然気が付かずにさっさと立ち去ったのは~、いくらなんでも薄情すぎると思うのですよ~。不十分な自覚はありましたが、それでも可能な範囲で一生懸命いることを主張したのですけど……」
もっとも、にこにこしていたのもその時だけ。すぐにさみしそうに表情を曇らせ、春菜に苦情を告げる。薄情という点においては反論の余地が一切ない苦情の内容に、全力でぺこぺこと頭を下げるしかない春菜。
「ごめんなさい! 本っ当にごめんなさい!」
「まあ、済んでしまったことは仕方がありませんし~、本来ならわたくしが探しに行く立場ですしね~」
そう言ってから、奥の方で成り行きを見守っているアルケニーたちの方へ、ふよふよと移動を始めるお華。どうやら、アルケニーとの間を取り持ってくれるようだ。
「それで春菜さん、あの人は何もんなん?」
「お華さんって言って、私たちの指導教官が管理人やってる寮の守護霊様。三百年以上前の人らしいよ」
「そんな人がうちらにも普通に見えとんのはまあ、こっちに来とるからやとして。前々からの知り合いっちゅうことは、春菜さんは最初からそういうの見える人やったん?」
「私は神化する前は霊視能力とかなかったよ。環境が環境だったから、ちょっとぐらいは霊感っぽいのを持ってたかもしれないけど、気のせいとかちょっと勘がいいだけとか、それで説明がつく程度だし」
「っちゅうことは、あの人自身が誰にでも見えるぐらいの力持っとる、っちゅう感じなん?」
「正確には、その寮が聖域よりの心霊スポットになってて、そこでなら誰でも普通に見える、って感じかな。と言っても、見えるのはお華さんぐらいだけど」
春菜の説明に、いろいろ納得してしまう宏。春菜の事はこちらに来るまで大した事を知らないので断言はできないが、それでも春菜が霊能力だとかそういった類の物を持っていても、普通に納得できる。
「そういえば、春姉。捜索を急がなかったのって、相手があの人だったから?」
「そういう部分も少しは。まあ、理由の大部分は急ぎようがなかったから、だけど」
澪の質問に、そう答える春菜。
守護霊になってすでに一世紀以上のお華。超越者とかかわりも多いために性質が大きく変化し、浄化系の攻撃を受けてもパワーアップこそすれど消滅したりはしなくなっている。
それ以外の対非実体用攻撃は通用してしまうため絶対に安全とまでは言い切れないが、まだ人のくくりに入る範囲ではあっても結構霊格が高いので、生半可な攻撃は通用しない。そのため、戦役当時のウォルディス関係の地域に飛ばされてでもいない限りは、そうそう危険な状況にはならない。
寿命云々に関しても、すでに死んでいるのだから関係ない。幽霊なので食事も必要なく、方向性が違い力の総量では大きく負けているが、飛ばされた直後の宏と同等程度には生存能力(と言っていいのかは不明だが)が高いのである。
結果として、関係者全員心配しないわけではないが、多少見つけるまでに手間取っても気にする必要はない、という認識になっていたのだ。
「まあ、何にしても、近くまで来てたのに、しかも私は感知能力も上がってたのに、居るのに全然気が付かずにスルーしちゃったのは大いに反省しなきゃいけない所ではあるけどね……」
「そこは大いに反省してもらうとして、逆の話として気になることはあるのよね」
「逆の話って?」
「春菜の不注意で済ますにはちょっとおかしいっていうか、この里の広さが分からないからはっきりとは言えないけど、さすがにあんな特殊な知り合い見落とすほど、今のあんたの感知能力って低くないわよね?」
「断言はできないけど、多分」
「居ると思ってなかった、とか、積極的に探知の類をかけてなかった、とか、そういう部分を差し引いても、ちょっとその辺がおかしい気がするのよ」
真琴の指摘に、言われてみればという表情でうなずく春菜。
繊維ダンジョンを最初に訪れた段階ですでに、少なくとも超常的な存在相手に対する感知範囲は澪より春菜の方が広い。精度についても、最も安定している時で比較すれば、春菜は澪を凌駕している。
とはいえ、感知能力全般で比較するとなると、方式が大きく違うため有効な場面がほとんど重ならない上に、春菜の方はいまだに範囲以外の面では不安定なため、単純に優劣を比較するのは難しい。
難しいのだが、真琴が指摘した通り、いくら不安定と言えどもお華のような存在を見落とすほど安定していないわけでもない。
真琴が春菜の見落としを気にしてしまうのも、無理はないのだ。
「あ、でも、お華さんの状況とかアピールの仕方によっては、気が付かないかも。あの時私、情報量を持て余してて、直接的な危険がないようなものは大部分をフィルターでカットしてたし」
「……それはちょっと、どうなのかって思わなくはないわねえ。まあ、それはすんでしまったことだから仕方ないとして。お華さんは春菜が来てたことに気が付いてたみたいだけど、どうして顔を出さなかったのか、ってのも気になるのよね」
「あ~、確かに。結構すぐに出て行ったから、間に合わなかったのかな?」
「すぐに、って言っても、ピクシーの洗礼があって宏を立ち直らせる時間も多少必要だったし、アルケニーのお姉さんとも話してたわよね? 時間的にシビアなのは認めるけど、絶対に顔を出せないほどでもないわよね?」
「まあ、それも里の広さが分からないと何とも言えないところだと思う」
真琴の指摘にある程度納得しつつも、一応穴となっている部分を指摘しておく春菜。幽霊だけに転移に近い能力は持っているお華だが、無条件というわけではない。
食事するほどの時間滞在していたのであればともかく、十分やそこらの時間では顔を出せなくてもおかしくはないだろう。
「おまたせしました~」
「申し訳ありません。お華さんのお客様だというのに、随分お待たせしてしまいました」
「いえいえ。急に押しかけたのはこちらですから」
お華に連れられたアルケニーの女性が、恐縮しながら頭を下げる。それに柔らかい態度で応じる春菜。
「そういえば春菜ちゃん、ご飯は食べました~?」
「ここで場所を借りて食べようかな、って思ってたから、まだなんだ」
「だったら、紹介したい人たちもいますから、一緒に食べましょう~」
「そうだね」
お華の誘いに対し、アイコンタクトで他のメンバーの意見を確認してから頷く春菜。もっと重大なことならともかく、これぐらいの事であればわざわざ口に出さなくても意見交換できる。
「では、こちらへ~」
お華に先導され、里の中にある食堂へと移動する宏達。そこを管理していたのは、ヴァンパイアの一家であった。
「いらっしゃいませ、ようこそ隠れ里へ」
「お世話になります」
ヴァンパイアの一家、その中の母親と思わしき女性の挨拶にそう返した後、思わず春菜が首をかしげる。
「……あれ? この感覚、もしかして?」
「どうなさいましたか?」
「あ、いえ。なんとなくヴァンパイアの真祖みたいな感じだったから、もしかしてアンジェリカさんの知り合いなのかな、って」
「まあ! アンジェリカ様のお知り合いでしたか!」
アンジェリカの名を出したとたんに、顔をほころばせて大げさに喜ぶヴァンパイアの女性。そばに寄り添っていた男性の方も、嬉しそうな表情を浮かべる。
「里を出て二千年以上経ってしまって、どうなさっておられるのか心配していたのです」
「ただ、我々もこちらで所帯を持ってしまいまして、動くに動けなくなってしまいまして……」
「あ~、なんだか、お子さんいっぱいいますよね」
春菜の言葉に、照れくさそうにするヴァンパイア夫婦。その後ろには、人間で言うなら青年ぐらいのヴァンパイアが数人、赤子や幼子を抱っこしている。
「実は、他にも真祖が数人、こっちに来ていまして。と言っても、子供や孫を入れても五十人はいないぐらいなんですけど……」
「そういう話は~、ご飯を食べながらにしましょうね~」
話したいこと、聞きたいことがいくらでもある、という感じの春菜とヴァンパイアに対し、お華がそう釘をさす。
「そうですね。せっかく来ていただいたことですし、いろいろご馳走させていただきますね」
お華にたしなめられ、笑顔でそう言って厨房に消えるヴァンパイア夫婦。それを見送った後、適当な席に座る宏達。
「あ、そうだ。お華さんに私の仲間を紹介しておくね」
とりあえず落ち着いたところで、お華に宏達を紹介する春菜。その紹介をニコニコしながら聞くお華。
「春菜ちゃんがお世話になったようで~、ありがとうございます~」
「いえいえ。こっちこそ春菜がいないと何もできない感じでして」
関係者に会うたびに繰り返される、お約束の会話。今回は真琴がそれを担当する。
「あ、それでちょっと気になってたんですけど、いいですか?」
「どうぞどうぞ~」
「前回あたしたちがここに来た時、お華さんは春菜が来たこと分かってたんですよね?」
「ええ~」
「春菜の方はお華さんの存在に気が付かなかったみたいなんですけど、いくら不安定でも今の春菜の能力で分からないのは変だな、って気になって。それに、お華さんの方も、春菜が来てた時に顔を出せなかったのはなんでかな、っていうのが気になってたんですよ」
「ああ~」
真琴の遠慮のない疑問に、笑顔のまま得心行ったと手を叩くお華。聞きようによってはかなり無礼なその言葉に、特に気を悪くした様子も見せず答えを告げる。
「顔を出せなかったのはですね~、里の中に変な溜まり方をしていた穢れを頑張って祓っていたからなんですよ~」
「穢れって、瘴気ですか?」
「多分そうだと思うんですが~、本職ではないので断言はちょっと~」
「なるほど。っていうか春菜。それは感知できなかったの?」
真琴に聞かれ、情けない表情で首を左右に振る春菜。どうやら、感知できなかったらしい。
「でも、お華さんの話でなんとなく分かったよ」
「心当たりがあるのか?」
「うん。お華さん、多分穢れを祓う時はものすごく存在感が薄くなるんだと思う。詳しい事はそれこそ本職の人にきかなきゃなんだけど、そうしないと穢れを取り込んで禍津神とかになりかねないんじゃないかな?」
「良く知ってますね~、春菜ちゃん」
「知ってるっていうか、神になってそういう力の流れとか理屈が分かるようになったというか」
春菜の推測に、満点をつけるお華。春菜とお華の会話に納得したようで、真琴も疑問が解けてすっきりした顔をしている。
「まあ、そういう事情なので~、春菜ちゃんがすぐに気が付かないこと自体はしょうがないとは思うんですよ~。ただ、それでも、結構至近距離に小さな分体を飛ばしたりして~、できるだけ所在を知らせるようにはしたんですよ~?」
「あ~、ごめんなさい」
「わたくしだから良かったようなものの、場合によっては結構危険ですよ~?」
「はい、反省してます……」
お華に指摘され、ガクッとうなだれながら反省を口にする春菜。お華の存在に気が付かなかったこともそうだが、至近距離に分体がいたことに気が付かないのは、さすがに言い訳ができないミスだ。
その時、宏が妙な顔を浮かべて自分の背後を確認し、さらに春菜と澪の後ろを見た後、さらに微妙な表情を浮かべてお華に視線を向ける。その宏の反応とそれに気が付いていない春菜の様子に、少々困った笑みを浮かべているお華だが、当時のミスにへこまされてか、春菜はそのことにも気が付いていないようだ。
「まあ、春菜がポカやったのは事実として、それとは別にちょっと気になったんだけど」
「はい~、なんでしょう~?」
「ずいぶん里になじんでるみたいだけど、お華さんってどれぐらい前からここにいたの?」
「正確なところは分かりませんが~、まだ季節が一巡していないので一年は経っていませんね~。転移してきた先がこの里でしたので~、結局どこにも行っていませんね~」
「その間、春菜を探すためにこの里から出よう、とか思わなかったの?」
「思わなかったわけではないのですが~、まずこちらについて地理とか言葉とかそういうのを勉強して~、幽霊が一人うろうろと人探しして大丈夫なのかとかそのあたりの常識を確認しているうちに~、ちょっと外がとても出歩けない状況になったようでして~」
「ああ、そういえばこのあたり、外はもろ戦場になってたわね……」
お華の事情を聴き、出歩けない理由を納得してしまう真琴。繊維ダンジョン周辺までこそ戦火は届いていなかったが、半周ほどはウォルディスのモンスター兵が暴れていた土地に囲まれている。
土地勘のない存在が下手にうろつくと、結構な高確率でウォルディス軍に遭遇していたのは間違いない。
「で、そうこうしているうちに~、結構定期的に外部から穢れが流れ込んでくるようになって~、出歩けない状況になっているうちに春菜ちゃんが来て~」
「もう一度来る、みたいな話してたから、二重遭難を避けるためにここに居座ってた、と?」
「はい~」
お華の事情を聴き、いろんな意味で納得する真琴。お華の行動が全て最善だったかどうかはともかく、ちゃんと合理的に行動していたのは事実のようだ。
そんな話をしているうちに、ヴァンパイアの料理人が料理を持ってくる。
「お待たせしました」
「わっ、ごちそう」
「こういう機会でもないと作らない料理ですからね」
テーブルの上に並べられた力作に、目を輝かせる澪。さすがに宏と春菜が作る神々の晩餐には及ばないが、普通に暮らしている分にはめったに食べる機会がない料理ばかりである。
「とりあえず、これ食べたらアンジェリカさんとヘンドリックさんに連絡とって、こっちに案内しないとね」
「春菜ちゃ~ん、春菜ちゃ~ん」
「どうしたの?」
「私たち~、連絡済~」
「アンジェリカちゃん、正座で待機~」
「残念ながら、全裸待機じゃないの~」
「いや、全裸待機とかされても困るんだけど……」
やたらと手回しのいいオクトガル達。そのいつもの妙な台詞に苦笑しながら、とりあえず食事を続ける春菜。
待たせるのはどうかと思うが、慌てて味わわずに食べるのも失礼に過ぎる。そう考え、特に食べるペースを変えたりはしない。
「春菜ちゃん~、人を待たせているのですから~、もう少し急いでもいいと思いますよ~」
「そうなんだけど、下手に急ぐとすごい汚い食べ方になりそうな料理だから、つい」
「っちゅうか、上手い事やったら神の城経由でここに転移してくるんも、無理ではないんちゃうかな?」
お華にたしなめられ、できるだけ急いで食べようと四苦八苦している春菜を見かね、宏がそう提案する。食べにくいわけではないがソースが飛び散りやすい物もあり、春菜の苦労が他人事ではなかったのだ。
「あ、そっか。できそう?」
「ちょい待ち、今ローリエに確認中や。……できるっぽいな。ほな、アンジェリカさんに神の城に転移するよう伝言して」
「は~い」
宏に頼まれ、適当に盗み食いしていたオクトガル達が一斉に転移する。オクトガルネットワークで伝言だけすればいいのに、わざわざ転移するあたり完全に遊んでいる。
オクトガルが転移してから十分後。食堂の入り口にざわめきが生まれた。
「里のものがおるというのは、本当か?」
「あ、アンジェリカさん、いらっしゃい」
「うむ。すまぬな、食事中だというのに」
「こっちこそ、待たせちゃってごめんね」
「お主らが気にすることではない。おると分かればいつでも問題なかろうに、こらえきれなくて早くから待っていたのは我の勝手よ」
そういいながらも、そわそわと食堂の中に視線を這わせるアンジェリカ。そんなアンジェリカを、遅れて入ってきたヘンドリックがたしなめる。
「これこれ、落ち着かんかい」
「分かっておる。分かっておるのだが……」
そういいながら、まとわりついてくる真祖の幼児をわしゃわしゃとなで回すアンジェリカ。現在はロリッ娘モードなので、姉が下の子を可愛がっているようにしか見えない。
「しかし、こんなに真祖の子供を見る日が来るとはのう」
「やはり、引きこもりはよくなかったじゃろう、アンジェリカよ?」
「言われずとも分かってはおったが、今までの状況で我らがそう簡単に外に出られるものか」
「まあ、のう……」
久しぶりの同族の子供をついつい甘やかしながら、そんな会話を続ける祖父と孫娘。隠れ里で最後にヴァンパイアの乳幼児がいたのは、最低でも二千五百年は前の事。甘くなるのも仕方がないだろう。
「アンジェリカ様!? 本当にアンジェリカ様ですか!?」
「ヘンドリック様まで!?」
「ロベルトにジュスフィーヌか。よくぞ無事でいてくれた」
「アルベルトがアンデッドになっておったからのう。正直に言うと、儂はあやつを見たときに、お主らも無事ではおるまいと勝手に覚悟を決めておった。正直、すまぬ」
「そうですか、アルベルトが……」
二千年以上の時を経て、ついに再会した真祖たち。離れている年月が長かっただけに、積もる話も多いようだ。
「それにしても、幸せそうじゃのう」
「こんなにたくさん子供を作ってくれて、実にありがたい。正直もはや真祖のヴァンパイアは儂らで終わりかと覚悟を決めておった」
「私たち夫婦以外にも、エーリッヒやギルモア、シャルロッテなどもいますし、その子供たちやさらに孫もたくさんいます」
「繁栄しておるようで、何よりじゃな」
「風の噂では、他にもヴァンパイアがひっそりと暮らしている隠れ里がいくつかあるようです」
「ほう。それは、探してみねばなるまい」
積もる話で盛り上がりかけたところで、食事を終えた春菜達に目が行くヘンドリックとアンジェリカ。
「そういえば聞くところによると、お主らはこの隠れ里、以前にも一度来ておったという話だったのう?」
「ええ~、来ていましたよ~」
「ふむ、なかなかの霊格のようじゃが、貴女は?」
「これはこれは、ご挨拶が遅れまして~。私、お華と申します~。こちらに飛ばされた春菜ちゃんを探しに来ていました~」
「ご丁寧にどうも。儂はかつて真祖のヴァンパイアの里を束ねておった、ヘンドリックと申す。しかしどうやら、その話ではせっかく探しに来たあなたも、ろくに確認もされずにスルーされたようじゃの」
「実はそうなんですよ~」
ひそかに重要な情報が山盛りであった、繊維ダンジョンの隠れ里。それをあっさりスルーしたこと、もっと正確に言えば、それなりに高位の存在に捕捉されているのに気が付かなかったことに対して、いろいろ思うところができたらしい。
ヘンドリックとアンジェリカの視線が、宏達に向く。
「我らでは探しようがなかった、同族の重要な情報をもらったことには感謝しておるが……」
「さすがに、ちょっと手間をかけて確認すれば分かるお華殿をスルーしたのはいただけんの」
「恩はあれど、それとこれとは別問題だと思うが、じー様はどう思う?」
「恩を仇で返す様な形にはなるが、人の尺度だと手遅れになりかねん要素もある。少々経過やら何やらを確認しておいた方がよかろう」
あまりに取りこぼしが多い今回の件に関して、さすがに放置できぬとばかりに宏達に迫るヘンドリックとアンジェリカ。
結局この後宏達は、ヘンドリックとアンジェリカに十分ほど愚痴交じりの突込みを受けることになる。さらに帰還した後でお華から報告を聞いた指導教官の手で、特に希薄な分体とはいえ守護霊クラスの高位存在が至近距離まできていることに気づけないフィルターのかけ方およびその関連項目について、指導後も一部同じミスを繰り返していることについて小一時間ほど問い詰められる羽目になるのであった。
余談ながら、お華もアピールが足りなかった点については多少指導を受けたものの、善意の協力者として頼み込んで行ってもらった上に目的の一部はちゃんと達成していたため、指導教官的にあまり厳しい追及はできなかったのはここだけの話である。
澪のせこい努力が実を結ぶかどうかは、サイコロの神様の機嫌次第です(待て