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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

後日談 春菜ちゃん、がんばる?

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第7話

今回、非常に難産でした。
正直、春菜さんの父親がどうにもキャラつかみきれてない感じです(しくしく)
「……ついにこの日が来た」

「……来てもうたな」

 澪がついに歩けるようになり、これから春菜の知り合いを探しにくぞ、という日を二日後に控えた平日。宏と澪は、お泊りセットの入ったスポーツバッグを手に車から降りて、小規模な超高級リゾートホテルと言っても通用しそうな目の前の豪邸を見上げながら半ば死んだような眼でそうつぶやいた。

 この潮見において一番大きな屋敷と比較すると十分の一、どころか下手をすると百分の一にも満たぬ規模ではあるが、それでも一般人が圧倒されるには十分なその豪邸には、藤堂という表札がかかっている。

 そう、この大豪邸は、春菜の自宅なのだ。

 なお、潮見で一番大きな豪邸に関しては、山一つの敷地を持ち、庭園を有料と無料のゾーンに分けて一般公開し、その上で住み込みで働いている使用人の居住スペースだけで下手な観光ホテル一棟より広大、という豪邸という単語が空しくなるような屋敷なので、比較すること自体が無謀だったりする。

「そんな、伏魔殿に送り込まれるような反応しなくてもいいと思うんだ、私」

「ねえ、春姉。いろんな関係者から漏れ聞こえてくる噂を踏まえた上で、同じこと言える?」

「……まあ、両親ともに変なところで浮世離れしてるのは、否定しないよ」

 自分の住んでいる家を前にそんな反応をされ、さすがに文句を言わずにはいられなかった春菜。そんな春菜に対し、澪のカウンターが綺麗に決まる。

「まあ、ヒロや澪の反応もどうかとは思うが、向こうの世界で最近の王族に会うより、春菜のご両親に会う方が緊張するってのも事実だしな」

「そうね。春菜のご両親って、どっちも日本人だったら、ほとんどの人が顔と曲を知ってるレベルのスターだもの。正直、あたしも緊張してしょうがないのよね……」

 いろんな意味で巻き込まれた感が強い達也と真琴も、緊張で硬くなった態度でそうコメントする。

 特に達也は、昨日天音や春菜から急に連絡が入った上に、いつきに回収されて他県に営業に行って直帰と翌日に有休をとる連絡を入れる羽目になった、という面でも割を食っている。

 一応このあたり、朝の時点で事前に根回しを済ませた上で潮見の方に営業に行く、と会社に伝えてあり、アリバイ工作的に天音の研究室にもカタログをおいて営業しているのでさぼりではない。ないのだが、どうしても気分的に後ろめたいものがある。

 なお、詩織は本日、少々遠方に打ち合わせに出ていて夜まで不在である。在宅ワークが基本と言っても、この種の仕事が一切ないわけではないのだ。

「とりあえず、玄関でこうしてても仕方がないから、上がってもらっていいかな?」

 カードリーダーにカードキーを通し、指紋認証を済ませながら春菜がそういう。それと同時に輝度が低めのサーチライトで春菜の全身がスキャンされ、そのまま周囲で待機していた宏たちも照らされる。

 個人の邸宅で、住人がいつきを含めてもたった五人しかいない家とは思えない厳重なセキュリティに引きながら、促されるままに家の中に入っていく一同。

 向こうの世界で鍛えた各種感覚のおかげで、この屋敷のセキュリティが下手をすれば要塞並みであるという事実に気が付いてしまったのも、不幸と言えば不幸であろう。

 どうにも落ち着かない気分のまま、宏達は家族用のリビングへと通された。

「深雪はまだ、帰ってないんだ」

「先ほど連絡がありまして、いろいろ仕入れてから帰ってくる、とのことです」

「うわあ、我が妹ながら不安になる連絡……」

 いつきの言葉を聞き、思わず大きくため息をつく春菜。母の動向も気になるが、妹もいろいろ不穏である。

「とりあえず、皆さんをお部屋にご案内する前に、お茶を用意しますね」

「そうだね、お願い」

 未だにどうにも落ち着かない様子を見せる宏達を見て、いつきの申し出にうなずく春菜。部屋に案内するにしても、もうちょっと落ち着いてからの方がいいだろう。

「それにしても、広いリビングね……」

「ん。でも、外から見た印象からすると、このリビング小さい気がする」

 家具のないスペースだけでも二十畳以上、全体で見れば三十畳ではきかなそうなリビングにもはやため息しか出ない真琴に対し、澪が外見や敷地面積とリビングの広さのつり合いに首をかしげる。

 なお、このリビング、ダイニングとは完全に独立している。可動式の壁を取り払えばダイニングと続き間になるが、現在は完全に区切られているため、ざっと見積もって三十畳以上というのは、純粋にリビングだけの広さだ。

 確かに広いと言えば広いのだが、一般庶民を圧倒するほどの大豪邸のリビングとしてはいささかこじんまりしすぎている。上級に届く大工スキルを持っている澪が、そこを不思議に思うのも当然であろう。

「まあ、ここは家族用のスペースだから」

 そんな澪の疑問に対し、春菜が爆弾を投下した。

「……家族用?」

「うん。うちって、両親ともに芸能人だから、そっち方面の付き合いが多いの。お母さんなんか、肩書はともかく実質的には事務所の経営者も兼任してるような状態だし。その関係でホームパーティとか多くなるんだけど、毎回それで家族のためのスペース占有されるのって、私と妹がたまったものじゃないよね?」

「……それはまあ、そうでしょうね」

「だから、家建てるときに、最初から家族用に比率の上で小規模なスペースを分離確保する設計にしたんだって」

「……小規模?」

「比率の上では、だよ?」

 小規模という聞き捨てならない春菜の発言に、即座に食いつく達也。食いつかれると分かっていたため、苦笑しながらそう返す春菜。

 実際の話、このリビングの家具がないスペースである二十畳の空間があれば、無理をすれば一軒家が建てられる。そんな極端な例を除くにしても、単身者向けのマンションやアパートの部屋は、ほとんどが風呂やトイレ、キッチンを合わせても二十畳ものスペースはない。

 それを小規模と言われて達也が反発気味に食いつくのも、当然すぎるほど当然である。

「正直、私たち家族四人にいつきさんを含めても五人しかいないのに、家族用のスペースをちょっと贅沢に取りすぎてる気はするんだけど、やっぱりそこはある程度見栄が必要なんだって」

「有名人、っちゅうんも大変やなあ」

「うん。だから私、あんまり芸能界とかに首突っ込みたくないんだよね」

 宏の言葉に、しみじみとうなずく春菜。小さい頃から歌うために生まれてきたと豪語し、実際にそうとしか思えない人生を歩んできた雪菜と違い、春菜にはそこまで芸事に興味も思い入れもない。

 親のおかげでいろいろと面倒な面も知り尽くしているため、正直関わり合いは必要最低限にしておきたいのだ。

「お茶をお持ちしました」

 そのまま春菜が芸能界を嫌がる理由に話が移りそうになったタイミングで、話をぶった切るように春菜によく似た声が割り込んでくる。

 声につられてリビングの入り口に視線を向けると、そこには二十代後半ぐらいに見える、銀髪のメイド服の女性が。どこで身に着けたのか、立ち居振る舞いも完全にメイドのものである。

「えっ? あれ? いつきさんじゃないの?」

「春姉、他にメイドさんなんて雇ってるの?」

 居るとは思わなかったメイドさんの登場に、思わず戸惑った表情で春菜に問いかける真琴と澪。普通に考えれば、銀髪で春菜によく似た声という時点でいろいろバレバレなのに、何故か誰もその正体に思い至っていないらしい。

 そんな仲間たちの様子に大きくため息をつき、春菜はサクッとネタばらしを始めた。

「お母さん、何やってるの?」

「何って、歌手のYukinaは世を忍ぶ仮の姿!」

「はいはい、世の中のためにも関係者全員のためにも、お母さんはずっと仮の姿で世を忍んでいてください」

「え~?」

 澪どころか宏にすら春菜との血縁関係を微塵も感じさせないという、無駄に高度なテクニックを使って余計ないたずらを仕掛けようとした雪菜。そんな母親の茶目っ気に、再び大きくため息をつく春菜。

 春菜にネタばらしされた瞬間に偽装が解けたか、宏達の目でもどこからどう見ても春菜の血縁であり歌手のYukinaにしか見えなくなる。

 そんな急激な変化にさらに唖然としている宏達の前で、雪菜は新たに入ってきた味方になりそうな人物を巻き込むべく、積極的に絡みに行っていた。

「いつきさん、娘が冷たい……」

「そりゃ、当然ですよ。母親がこういう子供っぽいいたずらをするとか、思春期を過ぎた子供にとっては恥ずかしい事なんですから」

「え~?」

 いつきまで敵に回り、早変わりの妙技でかっちりしたスーツ姿に着替えながらしょんぼりと不満の声を上げる雪菜。これでもう二人の子を持つ四十二歳だとは到底思えない態度だ。

 未だに芸能界で妖精扱いされるのも頷けよう。

「……テレビとかで散々見とったはずやのに、全然気ぃ付かんかったわ……」

「すごいでしょう。オフの時に邪魔されずに遊びに行くために、頑張って編み出した偽装技なんだ」

「なんっちゅうかこう、無駄に高度すぎてそこまで必要なんかが非常に疑問なんですけど……」

 春菜との血のつながりを感じさせる豊かな胸を張って自慢げに答える雪菜に、ジト目で突っ込みを入れる宏。

 妙なところで凝り性だったりなぜそれをやろうと思ったのかという行動をしたりと、外見以外の面でも春菜との間に母娘を感じさせる女性である。

 もっとも、妙なところで凝り性だとか思考回路や行動原理が明後日の方向に突っ走るだとかに関しては、宏は決して雪菜や春菜の事を言える立場にはない。特に、無駄に高度すぎるという点に関しては、それこそ宏の方が質・量ともに雪菜など比較にもならないほどいろいろやらかしている。

「というか、最近頻繁にこれ聞いてる気がするんだけど、お母さんお仕事は?」

「今日はもう終わらせてきたし、明日はオフをもぎ取ってきた。お母さん、頑張ったよ!」

 とてもいい笑顔で、お仕事を頑張って終わらせてきたことを告げる雪菜。物凄く頑張ったことは事実なので、いつきもねぎらいの表情でうなずく。

 実際、雪菜のここ数週間はかなりハードだった。今日の半日と明日丸一日のオフを確かなものとするため、コンサートの合間を縫ってできる収録はすべて前倒しで詰め、後輩たちの指導や試験の立ち合いをこなし、さらに事務所上げての毎年恒例夏休み大コンサートの今年の分の企画をまとめあげ、と、八面六臂の活躍を見せていた。

 あまりのハードスケジュールに、一日と言わず一週間ぐらいオフにしていいんじゃ、と方々から言われた雪菜だが、明日のオフを終えればすぐに海外ツアーだ。むしろ、夏休み前に顔合わせをするとなると、ここぐらいしか日がなかったのである。

 十三歳の時に日本でデビューしてから、来年で三十年。映画やドラマ、バラエティ番組などにはほとんど出演しないのに、未だに案外休めなかったりする雪菜であった。

「なんだか相当無理をなさったようですが、どうしてそこまで?」

「えっと、その質問に答える前に、一つだけ。いくら娘のお友達だって言っても、本来は初対面でしかもちゃんと社会人として活躍してる方にどうなのか、とは思うんだけど、かえって気を使わせそうだから普段通りの口調でお話しさせてもらうね」

「それはもちろん」

「で、香月達也さん、でいいんだよね? 香月さんの質問に答えるなら、娘のお友達で恩人である皆さんに、一度直接会ってお礼を言いたかったから、頑張ってスケジュールを調整したの。本当は、平日じゃなくて土日に合わせたかったんだけど、こっちの日程がどうしようもなかった上に、春菜の話だと予定があったみたいだし、割り切ってわがままを聞いてもらうことにするしかなかったの。この埋め合わせは必ずどこかでするから、許してくれると助かるよ」

 真面目な顔でそう告げ、きれいな所作でお辞儀をする雪菜。春菜もそうだが、こういうところで育ちの良さが端々からにじみ出ている。

「娘を、春菜を助けてくれてありがとう。多分、この子一人だったら、心が無事なままこっちに帰ってくることはできなかった。私たちが親失格なせいもあって、年の割にはしっかりしてる娘だけど、やっぱり未成年で未熟なところはいっぱいある。だから、皆さんが居なかったら、どうなってたかは分からなかったと思うの」

「頭を上げてください。娘さんに助けてもらったのは、あたしたちも同じです。っていうか、こちらこそ春菜が居なかったら、無事に帰ってくるどころか生活の面でどこかで行き詰ってた可能性が高いですし」

「ん。むしろ、ボク達の方が春姉に助けてもらってる」

 真剣に、全身全霊をもって感謝を告げてくる雪菜に、反応に困って大慌てで本音を告げる真琴と澪。正直、助けられてたことの方が圧倒的に多い自覚があるだけに、そこまで全力で感謝されると居心地が悪いにもほどがあるのだ。

「雪菜さん、大げさなお礼とかはそれぐらいにしてはいかがですか? 皆さまがお困りですよ?」

「うん、そうだね。あと、荷物ここに置いたままあまり長く話しててもあれだから、お茶飲んで一服したら部屋に案内するよ」

「あの、それは基本的には私の仕事なのですが……」

「お仕事取っちゃうのはいけないことだって分かってるけど、今回は譲ってもらっていいかな?」

「どうぞ。実は雪菜さんがすでに帰宅なさっていた時点で、そうなると思っていましたし」

 雪菜のわがままに、笑顔でそう答えるいつき。アイデンティティにかかわる問題なので一応主張しただけで、案内のように主人が行わなければいけないこともある仕事や料理などの趣味が絡む仕事に関しては、実のところそこまで自分の仕事だというこだわりはないのだ。

「後話しておかないといけないことは……。っと、そうそう」

「何、お母さん?」

「部屋割りなんだけど、水橋さんと溝口さんは、蓉子ちゃんたちと同じように春菜と同室でいいの?」

「あ、そうしてくれるとうれしいかな。向こうだと結構そういう部屋割りも多かったし」

「了解。だったら、香月さんと東さんも男性部屋を用意して同室の方がいいのかな?」

 雪菜に言われ、若干考え込む宏と達也。出した結論はというと……。

「なんとなく、カルチャーショック的な意味で一人一部屋は怖い気がしないか?」

「せやなあ。っちゅう事ですんで、兄貴と一緒にしてもろてええですか?」

 であった。

「それで問題ないよ。いつきさん、お部屋の準備はどうなってるの?」

「どのパターンでも可能なように進めてあります」

「O.K、ありがとう」

 できる使用人ぶりを発揮しているいつきに笑顔を見せ、自分で淹れたお茶を美味しそうに飲む雪菜。なんだかんだ言って意外と長話になってしまったものの、まだそれほどお茶は冷めていない。というよりむしろ、飲む分には適温である。

「あっ、このクッキー美味しい」

「それ、さっきの収録の時に差し入れで貰ったやつなんだ。貰い物を出して申し訳ないんだけど、美味しかったからつい、ね」

「へえ? どこのお店の?」

「えっと、確かベル・モンジュって言ってたかな? 東京のお店らしいよ」

「ん~、私は知らないかな?」

 有名店というものに興味がない春菜と雪菜のやり取りをよそに、店の名前を聞いて動きが止まる達也と真琴。実はこのクッキー、開店前から並ばなければなかなか買えないことで有名な洋菓子店の、それも看板商品と言えるものである。一応ネット通販などもしているが、毎日注文が規定数に達すると容赦なく打ち切る上に一日の受け付け開始が妙な時間なので、注文するのもなかなか難しい一般人には厳しい店のものなのだ。

 そんなものが普通に差し入れとして持ち込まれるところが芸能界の芸能界たる所以なのだろうが、芸能人の感覚がいろいろずれているのも納得できてしまう話である。

「というか、よくこれ、余りましたよね?」

「スタッフも出演者も少ない収録だったからね。それに、今日はお客さんが来るからって話をしてあったからか、気を利かせて私の分は別個に用意してくれてたみたい」

「うわあ……」

 入手困難なお菓子を、手土産として勝手に用意してくれる。その特別扱いぶりに、やはり目の前の面白おかしい性格をした美女が超大物であることを実感してしまう達也。

 そんな達也の感慨をよそに、どこかずれた母娘の会話は続く。

「でも実のところ、今まで大抵のところで一番人気だったのって、春菜の作るお菓子とかお料理だったりするんだけどね」

「へえ、そうなんだ」

「うん。たまたま春菜の顔見たことがある何人かなんか、前に差し入れしてくれたお重のおかず食べた瞬間に『結婚したい!』とか叫んでたよ。割と本気の子もいたけど、うちの娘は恋愛がらみでは物凄くポンコツだから多分無理だと思うよ、って言っておいた」

「まあ、確かに芸能界の人とは大体無理だと思うけど、その言い方はどうかと思うんだ、私」

「いやだってさ、恋愛関係ではポンコツだった私と電波系なスバルの娘なんだから、普通に無理っしょ?」

 否定できない根拠をもって実の母にまでポンコツ認定され、自分の家にいてさえがっくりする羽目になる春菜。そこまで救いようのないほどポンコツなのか、と聞きたいところだが、それを聞くと止めを刺されそうで踏ん切りがつかない。

「私はもう方々で言われてるから自覚せざるを得ないけどさ、その根拠だと深雪もポンコツってことになるよね?」

「あの子はあの子で、恋愛関係はかなりポンコツだと思うよ。春菜とは全然方向性が違うけどね」

 もう一人の娘について、そう力強く断言する雪菜。どうやら、藤堂家の女性はどう転んでも恋愛関連がポンコツになる運命からは逃れられないらしい。

「さて、そろそろお茶も空になってみんな落ち着いたみたいだし、芸能人お宅拝見のコーナーにうつろっか」

「ボクもそのネタ一瞬考えたけど、本人の口から言われると突っ込みづらい……」

「ちなみに、向こうの芸能界向けスペースに関しては、スバルが出演した番組の似たような名前のコーナーで一度公開されてたり」

「あっ、それ見たことあるかもしれません。確か高校生ぐらいの頃だった気が……」

「うん、そんなもんだと思うよ。だって、春菜がまだぎりぎり小学生だったし。まあ、私は仕事でいなかったから、どんな撮影してたか全然知らないんだけどね」

 そんな話をしながら、とりあえずまずは寝泊まりする予定の部屋へ案内する雪菜。その部屋からして既に庶民が夢想する憧れの部屋より数段立派で、フェアクロ世界にいたころの自分たちを棚に上げて遠い目をする宏達であった。







「むう、出遅れた!」

 そんな声が家に響き渡ったのは、藤堂家のプライベートエリアを三割ほど見学し終えたころのことであった。

「あ、深雪が帰ってきたみたい」

「ああ、なんぞ変なこと目論んどるらしい妹さんか」

「うん。いろいろ不穏で不安な感じの事考えてそうな妹」

 春菜や雪菜とよく似た、だが聞き比べれば一発で違いが分かるその声を聴いて、割と言いたい放題なコメントをする宏と春菜。そんな宏と春菜の様子を、ニコニコとニヤニヤの中間ぐらいの表情で見守る雪菜。

 そんな中、真琴より若干高い身長と中学二年生の平均よりはかなり豊かだがエアリスほど大きくはない胸を持つ、銀髪に青い目の雪菜をそのまま十代前半ぐらいまで幼くした感じの顔だちの女の子が、何かを取り繕おうとしているような態度で宏達の前に姿を現した。

「ただいま!」

「おかえり。それで、何が出遅れたの? というか、何を仕込もうとしてたの?」

「どうせ今から仕込んだところで不発だから秘密」

「別にお母さんはそれでもいいけど、黙ってると後々お姉ちゃんが怖くなる可能性がなくもないから、正直に話した方が身のためだと思うよ?」

 どことなく挙動不審なまま姿を見せた深雪に、雪菜がそう告げる。そんな雪菜の言葉と、一見普段と変わらぬように見えるのにやたら背筋に冷たいものが走る何かがにじみ出ている春菜の様子に、肩を落として降参する深雪。

 しぶしぶといった感じで、カバンの中に隠してあったいろいろや後ろ手に隠し持っていた紙袋の中身を見せる。

「こういうのを寝室とかに仕込んで、お姉ちゃんの彼氏とかお友達の反応を見ようと思ってたんだ」

「……古今東西のいたずらグッズがぎっしり。というか全部知ってるけど、ボクは半分ぐらいは現存してないと思ってた」

「こっちは漫画ね。中身は中学生が買っちゃダメな系統の、それも結構どぎついやつが半分ぐらいね。残りの半分は今時の中学生が読むとは思えない、絵柄も内容も濃くて泥臭い類の色気とかエロスとか甘酸っぱさとかが皆無って感じの作品だわ。全部カバーを入れ替えてあるのとか、BLから百合、スポ根、最低野郎な感じの作品まで幅広く取り扱ってるのとか、いろんなところで無駄に芸が細かいわね」

「こいつは写真集か? ……コラ写真集なんて、見たのいつ以来だ? っつうか、やたらと高度な技術使って自然な感じで春菜の顔を合成してるが、わざわざこんな技術使ってまでエログラビアに春菜の顔を合成する意味はあったのか?」

「ちょっと見せて。……確かに合成技術はすごいけど、使ってる素材が駄目ね。本物の方が圧倒的にスタイルも脱いだ時のエロさも上よ、これ」

「さすがに、そのあたりは俺らにゃ判断できねえからなあ。つうか、さっきからヒロが何もコメントしてねえんだが、何見てんだ?」

 達也に振られて、手に持っている何かから視線を外す宏。宏の手には、コースターのようなものがあった。

「いやな、これ竹細工のコースターらしいねんけど、市販品にしては作りが荒くて一般人が作ったにしちゃよう出来とるから、誰が作ったんかなあ、思ってな」

 そう言って、手に持っていたコースターらしい何かを見せる宏。

 そのコースターは、確かによくできていた。

「あ、それわたしが友達と一緒に作ったの」

「ほほう。まあ、春菜さんかてこういうの器用に作っとったから、驚くようなこっちゃあらへんわな」

「というか、これだけネタ仕込んであるのに、特に仕込みに使うつもりもなかったものに食いつくとか、お兄さん結構変わってるね」

「兄貴らがチェックしてくれるっちゅうんが分かっとって、あんな見える地雷に反応してどないすんねん。っちゅうか根本的な話としてや、初めてお邪魔した家で置いたある漫画とか写真集に勝手に手ぇ出すとか、そんな非常識な真似するほどガキやないで」

「うわ、一番根本的なところをつつかれた……」

 宏の指摘に、姉によく似た感じでがくりとする深雪。妙なところで春菜との血のつながりを感じさせる娘である。

「とりあえず論評が終わったなら、案内の続きしていいかな?」

「あ、そうですね。お願いします」

「はーい。深雪は着替えて、晩御飯まで大人しくしてなさいね」

「うん。お母さんに言われなくても、お姉ちゃんが怖いからそうするつもり」

 雪菜の言葉に素直に従い、仕込もうとしていたものを回収してから、宏達に一つ頭を下げて自身の部屋に戻る深雪。

 それを見送った後、真琴がポツリとつぶやく。

「別にどうでもいい事なんだけどさ、あたし達がどういう部屋割りでどこの部屋に泊まるのか、とかさっきまで確定してなかったのに、用意してたネタアイテムをどうやって仕込むつもりだったのかしら?」

「ん~、まあ、うちの場合家の中のことに関しては、いつきさんを抱き込めば結構どうにかなることも多いから、あのぐらいのいたずらなら何とかなるんじゃないかな、と思う。ただ、今日はもうお母さんがすでに余計なネタ仕込んでたから、深雪のいたずらまで協力するかどうかはかなり不透明だとは思うけどね」

「なるほどねえ。っていうか、いつきさんもそういうのに付き合うのね……」

「それなりにいたずらとか好きだからね」

 春菜の説明を聞き、世の中の奥の深さに思わずうなってしまう真琴。お手伝いロボに対する考え方もいつきに対する印象も大きく変わる話だ。

「溝口さんの疑問を春菜が解消してくれた事だし、次行ってみよっか。スタジオにカラオケルームにトレーニングルームは見せたから、次はプールかホームシアター?」

「その手の施設は全部あるだろうなとは思っていましたが、プライベートエリアの方にも完備とは思いませんでした……」

「さすがにプールは芸能界向けエリアと共用だけどね。やっぱりその手の設備は充実させておかないと、いつ秘密のトレーニングが必要になるか分かんないし」

 達也の正直な感想に、不敵な笑みを浮かべながらそう胸を張って断言する雪菜。芸能界向けエリア自体は大半が見栄と社交のためのものではあるが、それでも一応必要性と必然性はあるのだ。

「あ、そうそう。もうちょっとしたら晩御飯だけど、先に一つ謝っておかなきゃ、って」

「お母さん、いったい何仕込んだの?」

「仕込んだっていうか、ちょっと好奇心がうずいたメニューがあって、それ食べるための口実にさせてもらったというか」

「本当に、いったい何を用意したの……?」

「言うとお客様が委縮しちゃいそうだから、終わってから種明かし、ってことにさせて。詳細聞いたら『馬鹿じゃないの?』って思うような類のメニューだけど、変なものじゃない事だけは断言するよ」

 いろいろ不安になるようなことを言い出す雪菜に、深く深くため息をつく春菜。

 さすがに客人相手にゲテモノ系珍味とか一般人が食べられないようなものを出すほど非常識な母ではないが、逆に言えば一般人でも普通においしく食べられるメニューでいたずらを仕掛けることはある。

 委縮する、という単語から今回は恐らく値段方向だが、値段ではなく料理する人材だったり一部食材が昔から食べられているジビエ系のものだったりと、失礼にならない範囲でいろんな方向から妙な遊びを仕込むのだ。

「……まあ、今は追及しないでおくよ」

「ん、ありがと。じゃあ、次に行くよ。場所的に、プールからホームシアター、書庫って感じで回ればいいかな。お風呂は入るときに案内、でいいよね?」

「それでいいと思うよ」

 いろいろ不穏なものを残しつつ、金持ちの邸宅というイメージそのままの設備が完備された大豪邸を案内する雪菜であった。







「初めまして。春菜の父の、藤堂スバルです」

 お宅拝見も終わり、夕食の席。先に食堂で待機していた春菜の父・スバルが、席を立ってそう挨拶してきた。

 雪菜とは結構な歳の差がある、そろそろ五十の声が聞こえてきている男だが、上で見ても四十手前ぐらいにしか見えない程度には、かつての線が細い美少年の面影はそこかしこに残っている。そういった部分も含めて、どこか浮世離れした雰囲気を持つダンディである。

 そんな彼でも、元の歳の差に加え雪菜の外見が異常に若い事もあって、並んで立つと下手をすれば親子に見えなくもないのが、この一家のややこしいところであろう。

 ちなみに、この男の最大のポイントは、このなりでドラマーであることだ。曲を選べば雪菜とどうにかデュエットできる程度の歌唱力があろうと、ソロアルバムを二枚ほど出していようと、あくまでドラマーなのだ。

「初めまして。クラスで仲良うさせてもらってます、東宏です」

「君の話は娘からよく聞いているよ、神様」

 一同を代表して一番最初に自己紹介をした宏に対し、そんな素っ頓狂なコメントをするスバル。あまりに素っ頓狂なコメントで、しかもそれが口をついて出たことに全く違和感を感じないその人間性に、思わず雪菜と春菜の方へ視線を向ける。

 その視線を受けて、苦笑を浮かべる雪菜と春菜。いつの間にか来ていた深雪も、少し恥ずかしそうにぺこぺこと頭を下げている。

 藤堂家の女性陣の反応を見て、どうやらそういう人物らしい、と割り切って自己紹介を続ける宏達。全員が本質をとらえていながらもコメントに困る呼び名をいただいたところで、そろそろ料理を始めて大丈夫か、という厨房からの確認が入る。

「始めてもらって」

「分かりました」

 雪菜の許可を受け、内線で厨房に始めてほしい旨を伝えて一番下座となる席に着くいつき。この件については裏で雪菜といつきの間でひと悶着あったのだが、最終的には雪菜の意向が勝り、使用人であるはずのいつきも同席して食事をすることになってしまったのだ。

「なんだか、ケータリング系の夕ご飯って、久しぶりだよね。お姉ちゃんのお友達が来てるから?」

「それを口実に、内容はまともなんだけど誰が頼むんだろう的な意味で好奇心がそそられたものを頼んでみました」

「初めてここに来た人に、その仕打ちはひどいと思う」

「大丈夫大丈夫。メニュー自体はちょっと本格派っぽい演出してるレストランで、普通に出されてる感じのものばっかりだったから。特殊なのはせいぜい、和洋中が折衷になってて品数が多いことぐらいかな?」

 一応常識人的な抗議をした深雪が、それを聞いて矛を収める。この後起こるであろう反応も予想できるが、今から口にするのも野暮であろう。

 そんな話をしているうちに、本日のメニューカードと先付、食前の飲み物、各種カトラリーが並べられる。

「それでお母さん、必要ないと思うけど乾杯する?」

「ん~、そうだね。せっかくだから、今日の良き出会いに乾杯しよっか」

 春菜に問われ、雪菜がそう答える。スバルに確認がいかないのは、主催したのが雪菜でスバルは便乗した形になっているからである。

 雪菜の言葉に全員がうなずき、こういう時の作法に従って乾杯の音頭に合わせて軽くグラスを掲げる。宏達庶民組がこのあたりの作法を知っていた理由は単純で、春菜に教わっていたからである。

 そのまま先付に箸をつけ、ほぼ同時に運ばれてきた洋風の前菜にふかひれスープ、和洋中折衷の八寸、盛り付けの時点で凝っているサラダを順番に平らげていく。

「あ~、僕の妖精さんが何を頼んだのか、大体分かったよ」

「あ、やっぱり?」

「確かに、こういう口実でもないと馬鹿みたいなことにお金使ってる気分になって試しづらいね、これ」

「でしょ? しかも、好奇心だけでやっておいてこんなこと言うのもなんだけど、大方予想通りな感じだったし。お客様の反応も予想通りだよ」

 ここまでに出てきた料理を食べ終え、次の料理が出てくるまでの隙間の時間。ちょうど給仕に控えていた人間も皿を下げるために席を外しており、少々辛辣なことを言ってもいいタイミングに、スバルと雪菜が夫婦で結構きついコメントを漏らした。

 なお、スバルが雪菜の事を妖精さん呼ばわりするのは出会った頃からの事であり、今でも事あるごとにそう呼んでいる。もうずいぶん昔の時点で本人も周囲も慣れており、またスバルの容姿や雰囲気、中身などからこの手の言動が痛く感じず気障にも見えないこともあり、もはや誰も何も言わなくなっている。

 この家庭環境で、春菜と深雪がこの点において普通の感性をしており、父親というのはすべからく妻を妖精さんと呼ぶものだと思わずに育っているのは、ひとえに周囲の教育のたまものである。

「まあ、これ以上正直なコメントをするのは、料理に来てる人たちが帰ってから。一応料理のレベルは十分すぎる水準だし」

 雪菜にそう釘を刺され、苦笑しながらうなずくスバル。

 実際、ここまでの料理も、これを不味いと言ったら刺されるレベルには達している。好みの問題はあろうが、高い金を出す価値は十分にある。

 単に、この場にいる人間全員、もっとうまい物を知っているだけである。

「それにしても、こんな日が来るとは思わなかった」

 外聞的な意味で地雷が山ほど埋まってそうな話題を切り上げ、しみじみとした口調でスバルが語りだす。

 今発言すれば、つられて余計なことを言いそうだと思っていた宏達は、渡りに船とばかりにスバルの語りに耳を傾けることにした。

「いずれ来るはず。そうは思っていても、正直な話、春菜が友達じゃなくて好きになった男の子を連れてくる日が来るとは、今日が来るまでずっと思えなかった」

「あ、それは私も思ってた」

「好きな人ができたって聞かされた時、僕の大事な小妖精さんを連れていく男が誰なのか、気になってしょうがなかったけど……」

 そこまで言って宏をじっと見つめた後、小さく、だが深く深くため息をつくスバル。普通なら考えなくても失礼な行為だが、宏をけなす意図をもってのため息ではないからか、不思議なまでに失礼さを感じさせない。

「会ってみて思ったよ。僕の大事な小妖精さんが、彼を射止められる日が来るのだろうかって」

「いや、そこは普通、こんなダサくてさえんヘタレ男なんぞに、っちゅう反応になるもんやと思うんですけど……」

「それは、いくら何でも君自身とうちの関係者を甘く見すぎだよ。世間一般の反応はどうか知らないけど、僕や妖精さんたちが身内認定している大人が、君を見て侮った反応をする事はありえない」

「え~……」

 スバルの物言いに、思わずそんな声を上げてしまう宏。なんだかんだと言いながら実績を見せつけてきたフェアクロ世界の人たちならともかく、こちらの世界の、それもスバルのような大物に分類されるであろう人物にそんなことを言われるとは、思ってもみなかったのだ。

「とりあえず、一つだけ、神様にお願いしておきたいことがあるんだ」

「お願い、ですか?」

「うん。春菜から君の事情について軽く教えてもらってはいる。それを踏まえた上でのお願いなんだけど、君を縛っている事情をどうにか克服できたとして、それでも春菜と夫婦は無理だと思ったら、ちゃんときっぱり振ってあげてほしいんだ」

「……また、いきなり話がすっ飛んだ上に、やたらヘビーな要求してきますなあ……」

「そうしないと、多分春菜はいつまでも君に執着するよ。なまじお互いにあふれるほど時間があるだけに、区切りをつけることができないだろうしね」

 スバルの指摘にどうとも答えることができず口を閉ざす宏と、うつむいてしまう春菜。そんな二人に視線を往復させ、真琴が首をかしげる。

「この二人が別れるとか、どうにも想像できないんだけど……」

「恋人や夫婦になれるかどうかと、家庭を作れるかどうかは別問題だからね。夫婦という形にはなれなくても、仲良く共同生活をしている人もいるし、一緒に暮らさない方がうまくいくカップルもいる。それに、そういう間柄になれないからって、完全に縁を切ったり敵対したりしなきゃいけないわけでもないしね。そもそも根本的に、今更振った振られたぐらいでどうにかなるほど、僕の小妖精さんと神様との絆はやわじゃないでしょ?」

 ポツリとこぼした真琴の疑問に、スバルがそう答える。その何とも深い言葉に、返す言葉もなくあーともうーとも取れるうなり声を上げる真琴。

 現状、もはや誰一人として、それこそ宏を恋愛的な意味で好きな澪やエアリスですら疑っていなかった、宏と春菜がいずれくっつくであろうという未来。スバルはそれに対して初めて、それなりに説得力を感じさせる理由で異を唱えたと言えよう。

 その内容に、宏達は誰一人まともな答えを返せなかった。

「別段今すぐ答えを出さなきゃいけない事でもないから、そんなに難しく考えることはないよ。あんなことを言っておいてなんだけど、そもそも人間のタイムスケールや現代人の価値観で物を考える必要すらないと思ってるし」

「ねえ、スバル。言いたいことは分かるんだけど、わざわざいま脅さなくてもいいんじゃない?」

「なんとなく、世間一般の娘を持っていかれそうになってる父親のマネ、みたいなことをしてみたかったんだけど、駄目だった?」

「世間一般の父親は、駄目そうならきっぱり振ってあげてとか言わないと思うんだ」

 重くなった空気を茶化すように、雪菜がスバルをたしなめる。正直な話、話の内容が先走りすぎているうえに、雪菜的には親が口を挟む種類の事でもないと思えて仕方がないのだ。

「次の料理もきたし、そういう楽しくない話はお風呂ででもしててよ」

「そうだね。うちのメンバー以外で男湯に一緒に入るのは久しぶりだし、そうさせてもらうか」

 次の料理が並んだのをきっかけに、話題を切り替える藤堂夫妻。そのまま、日ごろのポンコツエピソードなどで軽く娘をへこませつつ、和やかに食事を進めていく。

 その後は順調に会話も料理も進んでゆき、無事に食後のお茶も二杯目となったところで、雪菜が苦笑交じりに確認を取ってくる。

「で、どう思った?」

「……そうですね。美味しかったのは、美味しかったですよ」

 雪菜の問いかけに、慎重に言葉を選んでそう答える達也。達也の答えの裏にあるものを察し、スバルも苦笑しながらうなずく。

「いろいろと物凄く工夫してあって、どの料理も物凄く手が込んでた」

「うん。正直、毎日のご飯にあのレベルの工夫はちょっとできないよね」

「食材も、かなりええのを使うとる感じやったな」

「ん。そういうの横においても、すごく美味しくはあった」

 いろいろ腹の探り合いをするように、気が付いたことをコメントしあう澪と春菜、宏の料理人組。いろいろ思うところはあるが、すごく美味しいに分類できること自体は間違いないので、自分の口から決定的な評価を表に出すのはためらいがあるのだ。

「料理人の皆様が、お帰りになられました」

「そっか、ありがとう。もう本音を言っていいよ」

 二杯目のお茶が行き渡ったあたりで席をはずしていたいつきが、雪菜にそう連絡を告げる。その連絡を受けた雪菜が、意地の悪い顔で宏達に本心を言うよう促す。

 その言葉に顔を見合わせ、若干牽制しあうような態度を見せた後で、食い専の真琴が正直に答える。

「そうですね。こっちに戻ってきてからは食べてないので断言できませんが、宏や春菜、澪の料理だったら向こうの微妙なレベルの食材でもこれよりおいしいものを普通に作るかな、と」

「お姉ちゃんだったら、普通にスーパーのセール品でもこのレベルの見た目と味は出すよね。特に最近は、好きな人ができたからかどんどん腕を上げてるし」

 真琴の正直な感想に深雪が乗っかり、身も蓋もない評価を下す。

「というか、和食のメニューはスバルでも十分できるんじゃない?」

「最近研鑽の時間が減ってるから、ちょっと自信はないかな?」

「そう? でも、百人に食べさせて八十五人から九十人は区別がつかない所には持っていけるよね?」

「さすがにそれぐらいできないと、せっかく仕込んでくれたおじいちゃんに申し訳が立たないよ」

 聞かれて困る相手がいなくなったと分かったとたん、言いたい放題になる藤堂家の皆様。そんな家族の反応に苦笑しつつ、春菜が今日の料理がどういうものだったのか確認する。

「それで、お母さん。いったいどんなものを手配したの?」

「ん? ああ、ちょっと小耳にはさんで気になってた、一人前二十五万円税抜きの和洋中折中コース。ちなみに、料理人や給仕の人の出張費も込みだけど、コーヒーと紅茶以外の飲み物は別料金」

「……あ~、うん。確かにお母さんが好奇心を刺激されるのも、こんなことにお金使って馬鹿じゃないのって思われる覚悟が必要なのも、今回みたいな口実でもないと積極的に頼む気になれないのもよく分かったよ」

「でしょ? しかもね、注文する条件として、専門的なキッチンがあること、っていうのがあってさ。料理人が最低三人必要とか給仕の人がそういうのを踏まえて人件費計算しても、どうやったらこの値段になるのかさっぱり分かんなくてね。つい好奇心に負けて、注文しちゃった」

「……まあ、全然思いつかなかった工夫とかも見れたから、値段に見合ってるかどうかはともかく無駄なお金でもない、っていうことにしておくよ」

 春菜の言葉に、どことなく満足げにうなずく雪菜。

「……やっぱ金持ちは怖えなあ……」

「……やっぱ、あたしのお金はあぶく銭だってよく分かるわね……。全員分で普通に新車のファミリーカーが買えちゃう値段を、好奇心を満たすために出せるとか……」

「向こうやったらともかく、こっちでその金銭感覚にはよう付き合わんで……」

「ん。というか、春姉が日頃普通の金銭感覚なのか、非常に謎……」

 あまりに庶民感覚からかけ離れたお金の使い方に、思わずドン引きする達也を筆頭とした庶民グループ。それに気が付いた春菜が、慌てて言い訳を口にする。

「っていうか、いつもいつもこんな事してるわけじゃないよ!? そもそも私、こういう種類のおねだりとかしたことないよ!?」

「そうだね。うちの場合、こういう種類のお金かかるおねだりは大体深雪のほうだね。春菜の場合、今まで自主的におねだりしてきた一番高いのが貸し農園の手配だから、お母さん的にはちょっと寂しい気分になるよ」

「あ、お母さん、今私を悪者にしようとした。確かにお姉ちゃんはあんまりおねだりしないけど、その代わりおねだりされると全力を出すから、下手すると私のおねだりよりお金かかってるはずだよ」

「お金かけられるときにはそうしてるけど、全部がそうじゃないから、やっぱり深雪の方がお金かかってるよ」

 春菜の言い訳を叩き潰すようなことを言う雪菜と深雪。その言葉に、というより、知らないところで自分にも大金がかかっていたことに対し、またしてもがっくりしてしまう春菜。

 どうやっても金がかかる女であることから脱却できないのは、宏と行動する上でかなりの不安要素である。

「とりあえず、春菜も皆さんも、金持ちはお金使うのも仕事だってことであきらめて」

「今回の場合、問題なんはその使い道が引く種類のもんやっちゅうことやと思うんですけど……」

「だから最初に、『馬鹿じゃないの?』って思われそうな事してる、って断ったじゃない。食べた感想を言えば、二度目はないけど」

「あかん……。やっぱ、金持ち怖いわ……」

「うん……、自分の親ながら、私も今更思い知ったよ……」

 雪菜の言動に、思わず全力で引いた発言をする宏と春菜。特に春菜は、今までの自分の甘やかされぶりを今更ながらに突きつけられたこともあり、自分でも恩知らずだと思いつつも他の反応ができずにいるようだ。

 結局、この日と次の日は、雪菜の庶民と金持ち両方に対応可能な謎の金銭感覚とついでとばかりに紹介されたいろんな意味でグレイトな関係者たちに、これまでの価値観を完全に粉砕される事となったアズマ工房日本人チームであった。
春菜さんの父、藤堂スバル。
昔からこういう言動の電波系なのですが、20前後の頃のこいつはどうにかつかみなおせたものの、じゃあ、アラフィフになってる本作での藤堂スバルはどうなのか、と言われると……。
いわゆる、ドラマCDの澪状態です。

で、それに引っ張られて深雪がキャラ固まらなかった感じです。
口調被るのは家族なのである程度しょうがないとして、キャラ固まってないから雪菜お母さんと春菜さんにはさまれると発言が分かりづらくてしょうがない……。

もっと精進が必要だとつくづく痛感しました(しくしく)
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