表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
185/247

第3話

 五月の第二土曜日。ようやく日本で休日を潰して行わなければならない作業を終え、宏、春菜、真琴、達也の四人は久しぶりに神の城をおとずれていた。


 余談ながら、ゲームのフェアクロに関しては、それほど攻略は進んでいない。宏と春菜が受験勉強優先になっていることに加え、達也と詩織が澪の絡みで色々忙しい事もあり、なかなか全員そろってログインできずにいるのだ。


 現在は、宏の倉庫から引っ張り出した装備を調整しつつ、集まれるメンバーでちょこちょこ連携の訓練やアバターの性能及び癖を確認している最中である。


「おかえりなさいませ、マスター」


 神の城に転移してきた宏達を、ローリエが迎え入れる。


 神の城の様子は、特に大きくは変わっていなかった。


「僕らがおらん間は……、特になんもなさそうやな」


「はい。いくつかの機能がアクティブになった以外、特に城に関しては変わったことなどはありません」


「新機能がアクティブか。……ああ、この辺やな」


 不在時にあったことに関してローリエと話をしながら、パネルを操作して選択できるようになった機能の内容を確認する宏。できるようになったことは、なかなかに創造神らしい感じであった。


「なあ、ヒロ。何ができるようになったんだ?」


「なんかこう、ものすごい創造神らしいことができるようになった感じやで」


「創造神らしいこと? どんなことだ?」


「原初生物創造と城の惑星化、それから銀河系の創造やな。後は……、スキルオーブの作成か。使えるようになった新機能でいっちゃん重要なん、これとちゃうか?」


「……そうだな。つうか、考えようによっちゃあ、それが一番やばいよな?」


「せやな。まあ、さすがにエクストラスキルは無理で、中級以上は現状、条件満たした人間に覚えさせられるだけっぽいけどな。熟練度も、一部例外を除いてゼロからスタートやし」


「それでも、一般人を簡単に超人にできるんだから、普通にやべえよ」


 達也の言葉に、苦笑しながらうなずく宏。実際のところ、付与したスキルの訓練には多大な時間がかかる上、消費するスタミナも半端ではない。


 今までの経験から言うと、実用レベルに持っていこうとするなら、少なくともメジャースポーツで全国大会の常連になっている部活程度にはハードな訓練をしなければいけない。


 そのあたりを考えれば、言うほど簡単に超人にできるわけではないが、逆に一定以上のレベルで訓練さえすれば絶対に成果が出ると考えると、それはそれで危険ではある。


「まあ、アランウェン様とかエルザ様がやったみたいに、熟練度を上げた状態で付与、みたいな真似は現状できんから、そこまで気にせんでもええやろう。その一部例外っちゅうんも、詩織さんとかみたいにゲームなりなんなりで鍛えたスキルを、そのまま現実に反映できる、っちゅう程度やし」


「そっか。詩織さんの能力をゲーム準拠にするのに、スキルオーブがあれば他の神様とかの手を借りずに済むんだ」


「重要ってのは、そういう意味でか」


「そういう意味でや。ぶっちゃけ、それ以外にこんな機能、使うつもりあらへんしな」


 宏の言葉を聞き、納得半分、安心半分、といった感じでうなずく一同。


 正直なところ、詩織の肉体能力については、かなり大きな懸念材料となっていた。


 何しろ、魔術師タイプとはいえ、達也の能力はゲーム準拠のものからさらに鍛え上げられている。そして、魔術師タイプのキャラであっても、序盤の育成や防御力向上の都合上、近接戦闘用のスキルや防御系のスキルをそれなりに鍛えているのが普通だ。


 結果として、一番物理攻撃が弱いといっても、本気を出せばベアハッグで軽く一般人の背骨をへし折れる程度の筋力は持ち合わせてしまっているのである。


 RPGでよくある、クリア後の主人公たちの上りに上がった能力をどうするのか、という問題。宏達の場合は、達也が真っ先にこの問題に直面していた。


「まあ、どの程度スキルを持たせるかは最終的にアルフェミナ様とかとの話し合いになるとして、最低限、器用と耐久がメインで上がるスキルはある程度付けやんとあかんやろうな」


「そうね。毎晩毎晩詩織さんをダウンさせてるって話聞いてると、そのあたりは急務でしょうね」


「別に毎晩ダウンさせてるわけじゃねえぞ……」


「ねえ、達也。それ、時々ダウンさせてるって白状してるのと変わらないわよ?」


「うっ……」


 真琴にそう突っ込まれ、言葉に詰まる達也。そんな二人の様子を横目に、別の事が気になっていた春菜が話を変える。


「ねえ、宏君。原初生物の創造って、何? この城の中限定だけど、今まで普通に生き物とか生み出してたよね?」


「ああ、それな。今までのはリストに載ってる生き物を生み出しとったんやけど、この機能使えば自分でビジュアルから何から何までデザインできるんよ。今のところ、バクテリアとかアメーバーとかそのレベル限定やけどな」


「なるほど。でも、それって上手くいくの?」


「そこはもう、実際にやって試してみるしかあらへんで。そもそも、ずっと作った時のままとも限らんし」


「やっぱりそうなるよね」


 宏の説明を聞き、何やらいろいろ納得したようにうなずく春菜。創造神だからと言って、何もかも思い通りにいく訳でも一発でうまくいく訳でもない事は、様々な事例からよく分かっている。


「まあ、このあたりはそのうち暇見て試すとして、早いとこあいさつ回りやな」


「そうだね。まずは冬華の顔を見てから、かな?」


「せやな。ローリエ、冬華は?」


「今は昼寝をしています。そろそろ起きてくるころかと」


「なるほどな。ほな、冬華が起きるまで待っとくから、起きたらここに連れてきてくれるか?」


「分かりました」


 他所にあいさつ回りに向かう前に、まず最初に顔を見ておくべき存在について確認を取る宏と春菜。まだ昼寝の最中だと聞き、とりあえず手近な椅子に座っていつの間にか現れたラーちゃんたち(チーム芋虫)を軽くいじりながら、打ち合わせを兼ねた雑談を続ける。


 よく見ると、ラーちゃんたちの中にやけにファッショナブルな奴が混ざっていて、宏達的には毒とかを持っていないか気になって仕方がないのは本筋に関係ないここだけの話である。


「そういや、冬華の事はどう説明するのよ?」


「そこはまだ未定。どう説明しても非常にややこしい事になるのだけは間違いないから、ちょっと頭抱えてるの」


「教授や春菜の身内はともかく、ヒロのご両親とか普通の人だもんなあ……」


「そうなんだよね……」


 宏の両親を思い浮かべながら、小さくため息をつく春菜と達也。春菜や達也と違い宏の両親とは面識がない真琴も、真剣な表情で思案顔である。大阪系のノリを持つとはいえ、宏の両親はごく普通の善良な人間だ。性交渉なしで複数の女性との間に娘を一人作った、などと説明した場合、どんな反応を見せるか分かったものではない。


 冬華の事は関係ない真琴にしても、いまだにちゃんと両親に宏達との関係を説明できていない。冬華の事がなくても同じぐらいややこしい説明になるのは間違いないため、この問題は他人事とはいいがたいのだ。


「でも、紹介しないわけにもいかないでしょ?」


「せやねんなあ。ただ、教授と一緒に春菜さん来た時、っちゅうか、その後の反応考えるとなあ……」


「何があったのよ?」


「いやな、僕って長いことあれやったやん。せやから、普通に仲がええ女の子ができると思ってへんかったところに、いきなり何の前振りもなしに春菜さんが来たもんやから、すごい舞い上がってもうてなあ……」


「あ~、なんとなく分かったわ。で、春菜の様子見て、彼女にしないとか贅沢なこと言うな、的なことを言っちゃった感じ?」


「まさしくそういう感じや。まあ、それ自体は僕もなんとなく思っとったことやから言われてもしゃあないんやけど、頭が冷えてから、他の人間やったらともかく親がそれ言うたらあかんやん、って思ってしもたらしくてなあ……」


「表には出してなかったけど結構長い事落ち込んでたし、今でもかなり気にしてる感じだよね」


 宏と春菜の説明を聞き、いろいろ納得してしまう真琴。宏の両親の気持ちもなんとなく分かるだけに、宏達がいろいろ決めかねてしまうのも仕方がないと思ってしまう。


 何しろ、春菜を含む三人の女性との間にできた娘だ。不実なことは何もしていないとはいえ、その説明だけ聞くと非常に後ろ暗い印象を受ける。


 舞い上がって悪乗りして吐いた言葉をずっと気にするような人間には、刺激が強すぎるどころの話ではない。


「まあ、結局のところ、まずは教授に相談してから、っちゅう感じやけどな」


「あたしとしてはむしろ、今まで教授にその話をしてなかったのが驚きよ」


「私がちょっと迷っちゃったから、少し保留にさせてもらったの」


「迷った? ああ、実の親より先に血縁ではあっても無関係な第三者に紹介するのは、みたいな感じ?」


「うん、そういう感じ」


 これまたわからなくもない春菜の意見に、つくづく冬華の問題のややこしさを思い知らされる真琴。宏達が先送りにしてしまうのも、よく分かる話である。


 などと話していると……。


「パパ~! ママ~!」


 昼寝から起きたらしい冬華が、嬉しそうに飛び込んできた。


「久しぶりやな。ちょっとデカなったか?」


「うん。少し大きくなったよね」


「正確には、身長が二センチ五ミリ伸びて体重が九百八十七グラム増えています」


 宏と春菜の腕に嬉しそうにぶら下がる冬華を見ながら、そんな話をする宏と春菜。ローリエの異様に細かい数値報告を横においておけば、完全に若夫婦とその娘である。


「まあ、元気そうでよかったわ」


「そうだよね。……もうちょっとしたら、この城から外に出しても大丈夫かな?」


「何とも言えんとこやなあ。霊的な防御とかもはっきりわからん感じやし、これこそ先輩らの意見を聞いた方がええやろう」


「そうだね」


 冬華を抱き上げたり肩車したりしてその成長を確認しながら、今後どうするかを話し合う宏と春菜。未だに自分の子供だという自覚はいまいち薄いが、それでも生み出してしまった責任は取るつもりである。


「まあ、とりあえず今日は工房とウルスの城に顔出してくるから、また後でな」


「晩御飯、一緒に食べようね」


 ひとしきり相手をし、冬華が落ち着いたところでそう声をかける宏と春菜。二人がなんだかんだ言って多忙なのを理解しているからか、にっこり笑って素直にうなずく冬華。


「いってらっしゃ~い!」


「ほな行ってくるわ」


「お早いお帰りをお待ちしております」


 冬華とローリエの姉妹に見送られ、宏達の時間軸で約二週間ぶり、向こうの時間では約三カ月ぶりとなるウルスのアズマ工房へと向かう宏達であった。








「親方おかえり!!」


「きゅっ!」


 転移陣を出た瞬間、宏に向かってライムが突撃をかけてくる。


 どうやって宏達の来訪を知ったのか、どうやら待ち構えていたらしい。後ろにはファム達が揃っていた。


「なんや、えらい熱烈な歓迎やな」


「てか、どうやって知ったんだ?」


 ライムの頭をよしよししながら、来る前から待ち構えていた工房職員初期メンバーにそう声をかける宏。達也も半ばあきれたように疑問を口にする。


「ライムが、親方が来るはずだって言ってたから、みんなで待ってたんだ」


「いつものことながら、ライムがどうやって察知しているのか謎なのです」


 達也の疑問に答えたファムとノーラの言葉にも、ライムのある種の超感覚に対していろいろ複雑な感情をにじませていた。


「しかし、ちょっと見んうちにファムもライムもおっきなっとるのに、ひよひよはまだひよこのままかいな」


「きゅっ!」


「いや、そんなドヤ顔で問題ないとか主張されてもなあ」


「きゅきゅっ!」


「いや、普通の鳥類基準で言うたら、さすがにそろそろ焦る時間やろう」


 はっきりわかるほど育っているファムやライムに比べ、明らかに育っている感じがしないひよひよに対し、そう突っ込みを入れる宏。謎生物の一角である神獣相手にそのあたりを追求しても無意味とはいえ、さすがにここまで変化がないのに突っ込みを入れないのは芸人的にアウトである。


 あえてスルーしてボケ殺し、という手もあるにはあるが、今回に関しては威力が低いので選択肢には上がらない。


「まあ、何にしても、久しぶりやな」


「ごめんね。思った以上に向こうでの予定が立て込んじゃって」


「気にしないでください。ちゃんと帰ってきてくれたなら、それだけでいいんです」


「ただ、そろそろいろいろ行き詰り気味なのです。時間があるなら、指導をお願いしたいところなのです」


「せやな。レイっちとエルのとこに行く前に、ちょっと見させてもらうわ」


 ノーラの要望にうなずき、まずは職員たちの現状を把握することにする宏。その宏の言葉に、嬉しそうな笑顔を浮かべるファムたち。研究の方がちょっと行き詰っているのは事実だが、それ以上に久しぶりに宏から直接指導を受けられるのが嬉しいのだ。


「だったら、あたし達はレラさんとかから近況報告を聞いとくわ」


「ついでに、周りの工房とかメリザ商会とかにも顔出しといた方がいいだろうな」


「そうだね。何だったら、メリザ商会までは私が転移を使うよ」


 そこそこ宏が拘束されると踏み、そんな風に予定を決める真琴たち。そこに


「宏ちゃんたちがいると聞いて~」


「遊びに来たの~」


「構ってくれなきゃ遺体遺棄~」


 待ち構えていたかのように、オクトガルが乱入してくる。


「なんか、まだ二週間ちょっとだっていうのに、この感じがものすごく懐かしいわね……」


「向こうには、こういう面白おかしい謎生物っていないからなあ……」


「なんかこう、向こうにおったらこっちの事が、急激に現実味なくなっていく感じやったからなあ」


「だよね」


 何一つ変わらぬオクトガルのノリに、思わず生ぬるい目になりながらそんなコメントを漏らす宏達。良し悪しは横に置いておくとして、現代地球、それも特に先進国では、この種の謎生物がここまで違和感なく日常に溶け込むのは不可能に近い。


 正直向こうにまでこのノリを持ち込まれるのは勘弁願いたいが、まったく無ければそれはそれでいろいろ寂しいものがある。


 そんな勝手なことを考えながらも、自分たちがウルスに戻ってきたことをしみじみと実感する宏達。


「まあ、オクトガルに捕まっちまったことだし、しばらくぶらぶらしてくるか」


「そうだね。どうせだから、実験農場とかも見に行こうよ」


「賛成。一時間ぐらいで戻ってくれば、お昼にちょうどいい時間になるわよね」


「ほな、僕の方はファムらだけやなしに、ジノとかもある程度見とくわ」


 オクトガルの乱入により、最短であいさつ回りだけ、とはいかなくなってしまったこともあり、予定を変えて昼までのんびりあれこれ済ませることにする宏達であった。








「なるほどなあ。やっとルーフェウス学院に通えるようになったんや」


「うん、そーなの!」


「そのうちジノ達も通わせるべきだとは思うのですが、まだまだ腕が足りないのでもうしばらくは修行させる必要があると思うのです」


「まあ、そこら辺は、いっぺん確認してからの判断やな。あっちに通うんも、それなりに得るもんはあるやろうしな」


 あいさつ回りも兼ねた物見遊山に出発した春菜達を見送り、まずは近況報告を聞く宏。その気になればいくらでも話すことはあるだろうが、今日のところは工房の現状を知るために必要な事だけに絞る。


「それにしても、ジノらはまだ八級が完全には安定してへん感じか」


「うん。ジノはそろそろ卒業かなって感じだけど、他の三人はまだまだ」


「親方やミオさんがいないと、目に見えて成長が遅くなってますね……」


「まあ、多分やけど、それが普通なんちゃうか、とは思うで。そもそも、それかてルーフェウス学院の初級薬学科の平均よりは早いんやろ?」


「そうなのですが、なんとなく自分たちも含めて色々不甲斐ないものを感じるのです」


「まあ、あせりな。ものづくりは慣れと根気と諦めと惰性や。自分の限界を知りながら、根気ようもう一個だけ、やっぱりもう一個だけ、っちゅう感じで半ば惰性で作り続けてるうちに上達しとるもんや。まあ、今は無理そうやとか今日はもう限界やっちゅうて諦めんのも大事なことではあるけどな」


 どうにも行き詰っていることに焦りを見せるファム達を、そんな風に宥める宏。ゲーム時代のこととはいえ、実のところ宏にも覚えがあることだ。


 宏とファム達との違いは、先達となる存在がいるかどうかであろう。少なくとも、宏は他の職人仲間と手探りでいろいろ進めてきた世代であり、その分壁を抜けるために余分な苦労をしてきている。その身の上からすると、ファム達はまだ焦る時期ではないと感じてしまうのだ。


 とはいえ、悩み多き弟子たちに何のアドバイスもしない、というのも、師匠としてどうなのかという面はある。なので、ものになるかどうかはともかく、作業を見た上で引っかかっていそうなところについて多少の助言ぐらいはするつもりでいる。


「何にしても、作業見んことには何とも言えんわ。っと、その前に、自分ら小舟ぐらいは作っとるか?」


「……まだ、ちゃんと浮かぶ奴は作れてない」


「いかだは大丈夫だったのですが……」


「図面通りの形にしてるはずなのに、どうしてもうまくいかないんですよね……」


「あ~、やっぱまずはそのあたりか。釣りの方はちゃんとやっとる?」


「そっちは普通にやってるよ。最近は、ライムも含めて四人分で普通に売りに出せるぐらいの数は釣れるようになったし」


「なるほどな。ほな、今日は船作るところから指導やな」


 近況報告だけで、ネックとなっている部分を特定する宏。そこをどうにかしたところで目に見えるほど向上するわけではないが、先の事を考えれば絶対に必須になってくる要素だ。


 なんだかんだ言って、ファム達もメイキングマスタリーが欲しくなる程度には腕を磨いているのである。


「まずは作った奴見よか。ちゃんと残しとるんやろ?」


「はい。と言っても、深いところに沈んで回収できなくなったものも多いので、そんなに数はありませんけど……」


「一艘見れば大体分かるから安心し」


 そう言いながら、大物を作るためのスペースに移動する宏達。邪魔になりそうなものをどけたところで、テレスが倉庫から失敗作のボートを取り出した。


「これです」


「……なるほどな。ちゃんと確認せんと断言はできんけど、大体分かったわ」


「もう、分かったの?」


「まあ、分かったっちゅうても単なる予想で、正しいかどうかは不明やけどな」


 そう言って、ボートを隅から隅まで確認する宏。何かを確信した様子で一つうなずくと、結論を告げる。


「予想通りやったわ。シールがちゃんとできてへん所が何カ所かあるで」


「「「えっ!?」」」


「後は、防水が怪しいところがあるんと木材の目利きの問題やな。水吸うたらひずみが大きく出るやつがなんぼか混ざっとる。僕が作る場合は普通に使う範囲やけど、ファムらが船作るんには向かんでな」


 宏の指摘に、渋い顔でへこむファム、テレス、ノーラ。いくら専門ではなく勉強中だといっても、船に不向きな木材を使うなど話にならない。


 実のところ、大きく歪むといっても素人の目視で分かるほど歪むわけではなく、ほんの少し隙間が多く出る程度。普通の家具などに使う分には全く問題にはならない範囲なので、ファム達が見抜けずに使っても責められるようなものではない。


 船に使うにしても、シールがちゃんとできていればこの程度の歪みは吸収できる、という範囲ではあるが、素人が作った船故に致命的な問題となってしまったのだ。


「一応確認しとくけど、僕がおらん間、ちゃんと専門の人に指導してもろた?」


「半月ほどなのですが、ちゃんと指導してもらってたのです。材料にしても、これなら問題ないとお墨付きをもらったものを使ったのです」


「なるほどなあ。まあ、実際木材は使えんほどやないから嘘を教えられとる訳やないし、結局は指導受けた時間と密度の問題やろうな。普通は実際に丸一日船作る作業手伝わせながら教えるもんやろうし」


 ノーラの答えを聞き、臨時の師匠となった船大工のフォローをしておく宏。


 そもそもの話、全くの部外者どころか下手をすればライバルになりかねない相手に、ちゃんと嘘ではない指導をしているだけその船大工は良心的である。さらに言うなら、いくら普通の大工の経験があるとはいえ、初心者にいきなりぶっつけ本番で船を作らせるような、そんな無謀な真似をする船大工はいない。


 本来なら、親方や先輩などと一緒に作業をしながら、徐々に一人でやる部分を増やし、小舟を一人で作り上げるようになれば一人前、という過程を踏むのが普通だ。ファム達のように、午後だけ教わりに来て、などというやり方で学ぶ人間はまずいない。


 こればかりは教育システムや目標としている部分の違いであり、船大工の教え方が悪いとは決して言えないのだ。


「とりあえず、今回はうちの流儀で教えるわ。まず木材やけどな……」


 ファム達に指導してくれた船大工に心の中で謝罪しつつ、とりあえず春菜に指導したときのように作り方を教えていく宏。お互い勝手が分かっていることもあり、指導も船の製造もスムーズに進んでいく。


 そして約一時間後。


「とまあ、こんな感じやな。後はしばらく養生してから漏水検査して、水に浮かべてみればええわ」


 早くも最初のボートが完成してしまう。もう何度か作っていてある程度慣れている上に宏から的確な指示が飛び、さらにライムも含めて四人がかりで作業した事も相まって、驚異的な速度である。


「っちゅうか、今思ったんやけど、作った後、ちゃんと養生終わってなかったんちゃうか?」


「あっ、そうかも」


「ちゃんと養生終わってへん奴水に浮かべると、シールが飛んだり防水が剥がれたりしおるからなあ」


「逆に、養生してる最中にそのあたりが駄目になった可能性もあるのです」


「他にも、養生中に出た歪みで全体のバランスが狂った、というのもありそうですよね」


 宏の言葉で、何が駄目だったのか、いくつか可能性を思いつくファム達。恐らく、自分たちだけだと気が付かなかったであろう。


「船大工の人には見てもらわんかったん?」


「なんとなく、そのあたりに遠慮のようなものがありまして……」


「ものすごく忙しそうにしてるところに、アタシたちの作ったへたくそな船持ち込んでどこが悪いか見てもらう度胸はちょっと……」


「これが納品しなければいけなくて切羽詰まっていたのならともかく、別に船が作れなくても困らないのにチェックを頼むのは、いくらお金を払うといってもかなり気が引けるのです」


「親方、ちゃんと戻ってくるって言ってたの。だからライムたち、親方が戻ってきてから教えてもらうことにしたの」


「あ~、まあ、分からんではないわな」


 テレス達の意見に、なんとなく納得する宏。手が空いているときならともかく、忙しそうにしているときに大した金にもならない、しかも緊急でもなくやらなくても困らない頼みを持ち込むのは気が引けるものだ。


 身内でもそのあたりの遠慮はあるのに、完全な部外者相手となるとなおの事であろう。


 しかも今回の場合、船大工たちが忙しかった原因の一部に、アズマ工房への指導で手を取られたことがかかわっている可能性が高く、より一層頼み辛かったのだ。


 本当に戻ってくるかどうか若干不安はあったものの、戻ってくると聞いていた宏を待っていた方が手間も少なく気分的にも楽である。なので、ファム達は遠慮なく頼れる身内が戻ってくるまで、試行錯誤しながら待つという選択を取ったのだ。


 なお、こういう事に関して、ファム達には外部に自分たちの失敗を知られたくないという感覚はないので、浮かばなかった船を持ち込むのが恥ずかしくて聞きに行けなかったという理由だけは無かったりする。


「まあ結局のところ、僕が指導すれば済む話やから、他所の人の手ぇ煩わせんと僕らが戻るん待っとくっちゅうんも、悪い判断やないわな。何回も試作しとったら、そんなに待つっちゅう感じでもない訳やし」


 宏の言葉に、一つうなずくファム達。そのタイミングで、外から春菜達が帰ってくる。


「ただいま」


「おう、おかえり。なんぞ珍しい事とかあった?」


「ん~、特には。せいぜい、ウォルディスの首都ジェーアンに鉄道敷くから、その前の実験もかねてウルスの東西をつなぐ計画が出てる、って噂を聞いたぐらいかな」


「そらまた、デカい話やなあ。昼からレイっちらに挨拶しに行くし、そん時に聞いてみよか」


「そうだね。さて、久しぶりにこっちでご飯作るけど、何がいいかな?」


「せやなあ。せっかくやから、神の食材豪快に使ってごちそうにしよか」


 宏の意見に、にっこり微笑んでうなずく春菜。せっかくウルスに来たのに、地球でも食せる食材を使った料理を食べるのはもったいない。


「問題は、澪に恨まれそうだってことだが……」


「まあ、それはあきらめるしかないでしょうね。ってか、ここで普通のごはん食べたところで、澪がそれを信じるかどうかって言われるとねえ……」


「まあなあ……」


 上半身こそ起こせるようになったものの、まだ寝た切りからは解放されておらず、今日は欠席せざるを得なかった澪について言及する達也と真琴。その澪について、春菜が口を挟む。


「澪ちゃんも九日から食事が解禁になってるし、来週こっちに来るまでにはちゃんとしたものが食べられるようになってると思うよ」


「つうか、むしろ食事が解禁になってるから、うるさそうだって思ったんだがな。何せ、まだ固形物が完全に解禁されてなくて、昨日ようやくコンソメスープから卵粥になったところだからなあ」


「不味いわけやないけど、味気ないにもほどがあるって文句言うとったからなあ」


「うん。だから、今日は澪ちゃんの分も作っておいて、ちゃんとした食事が完全に解禁されたときに差し入れしようか、って思ってるんだ。その頃には、多分ベッドから立てるようになってると思うし」


 春菜の言葉に、なるほど、とうなずく達也と真琴。そこまでいけば、後は日常生活を行えるようにリハビリするだけ。ほぼ健康体になったといえるので、快気祝いとしてごちそうを用意するのはありだろう。


 問題は、地球に持ち込んで大丈夫なのかと疑問に思わざるを得ない食材が大量にあることだが、そこは天音がなんとかしてくれるだろうと問題を棚上げすることにする。


「で、豪勢にやるにしても、何作るかやな」


「だったら、クラス会の時に出たスペシャルランチ、頑張って再現してみようよ」


「せやな、それもありやな」


 春菜の提案にうなずく宏。


 三十分後、ベヒモスのカットステーキを主菜とした実に豪勢なランチプレートが食卓に並び、食材を差っ引いてもこんなものをクラス会の昼飯に食ったのかと物議を醸しだすことになるのであった。








「この客間も、なんか久しぶりに見た気がすんでなあ」


「本当だね」


「そんなに長く離れてたわけじゃないのに、本当に久しぶりって気分よねえ……」


「だよなあ。実際、ヒロと春菜はともかく、俺や真琴は二週間ぐらいしか経ってないのになあ……」


 昼食も無事に終え、持ち込む手土産を完成させ城を訪れた昼下がり。もはや馴染みとなった客間でそんな益体もない事を言いながら、レイオットたちを待つ宏。そこに、控えめなノックの音が聞こえてくる。


「どうぞ」


 気配から誰が来たのか察し、入室を促す春菜。


 恐らく直前まで業務を続けていたのだろう。扉が開くと、そこには巫女装束のままのエアリスが居た。


「ヒロシ様!」


 焦る心を精神力で抑え、必死になって淑女のたしなみを忘れないように客間に入ってきたエアリスだが、乙女の自制心はそこで限界を迎えたらしい。


 飛びつくような真似こそしなかったものの、手が触れられる距離まで移動して感極まったように声を上げてしまうことまでは我慢できなかった。


「久しぶりやな、エル。元気そうでよかったわ」


「待たせちゃって、ごめんね」


「いいえ……、いいえ……! もう一度会えた、それだけでも十分です……!」


 必死になって涙をこらえるエアリスと、そんなエアリスにいつもの態度で接する宏と春菜。その様子を、温かい目で見守る年長組。そこに、再びノックの音が。


「ふむ、エアリスに先を越されたか」


「というか、エアリス。アルチェムを置いていくのはどうかと思うわよ?」


 入室の許可を出そうとするより前に、レイオットとエレーナの声が聞こえてくる。宏と春菜がそちらをむくと、ノックの姿勢のまま苦笑を浮かべているレイオットと、アルチェムを前に押し出すような姿勢であきれた顔をしているエレーナが。


 どうやら、エアリスが入ってきた時点で、扉は開けたままになっていたらしい。恐らく、レイオットたちの姿が見えていた客室係が、気を利かせて開けたままで待機していたのだろう。


 ちなみに、達也と真琴は、レイオットたちが近くまで来ていたことに気が付いていた。というより、どうするか視線で問うてきた客室係に、開けたままでいいと指示を出したのは達也であり、真琴もそれにうなずいて同意していたのだ。


 なお、アルチェムはというと、エアリス同様巫女装束のまま、感極まって言葉が出ない、といった風情で動きが止まっている。


「も、申し訳ありません!」


「まあ、エアリスの気持ちも分からんではないからな。次、気を付ければいい」


 自身の粗相に大慌てで頭を下げるエアリスを、生暖かい目で見守りつつそうたしなめるレイオット。アルチェムを置き去りにしたことに関してレイオットがどうこう言うのは筋が違うのだが、当のアルチェムは現在フリーズ中だし、そもそもこういうことを根に持つ性格でもない。


 なので、とりあえず場を収めるために、代理でレイオットが許しを与えておいたのだ。


「感動の再会もいいけど、そろそろ座ったら?」


「そうだな。いつまでも立ち話をしていても始まらん」


 真琴に言われ、素直に席に着くレイオット。レイオットに倣い、他の人間も次々に座る。普段は侍女として立ったまま後ろに控えるアルチェムも、今回は巫女待遇なのでもてなされる側だ。


 全員が席についてすぐ、お茶と茶菓子が供される。それらが全員に行き渡るのを待って、仕切りなおすようにレイオットが口を開く。


「さて、久しぶりだが、元気そうで何よりだ」


「こっちは、そんなに経ってへんからなあ。そっちこそ、元気そうでよかったわ」


「相変わらず忙しいが、色々目途がついたからな。特に、お前たちが邪神を仕留めてくれたおかげで、そちらに対する対応が一気に減ったのが大きい」


「おかげでお父様もレイオットもマークもちゃんと夕食を取れる日が増えて、最近はあまりエアリスの部屋の非常食に頼らずに済んでいるものね」


「さすがに、夜中に年頃の妹の部屋に押しかけて、家族団欒をしながらインスタントラーメンを食らう生活というのは健全とは言えん。団欒という面では惜しいが、いい加減そろそろあの形で食卓を囲む日々からは卒業すべきだろう」


 仕切りなおしてすぐに、ファーレーン王室の何とも言い難い残念な事情が飛び出す。夜中にエアリスの部屋に集まっている、ということも微妙ではあるが、その目的がインスタントラーメンであり、しかもそれが数少ないまともな食事になっているというのが何とも言い難い感じに残念さが漂う。


 仮にも世界一豊かな国のトップが、そんな貧相な食生活というのはどうなのか。その感想で日本人チームの意見が一致する。


「まあ、我々の食生活はどうでもいい。そっちはどうだ?」


「これっちゅう話は特にないなあ。そっちとちごて、うちらは二週間ぐらいしか経ってへんし。強いて言うんやったら、澪が当初の予定より早うに戻ってこれそうや、っちゅうぐらいか?」


「そうか。それで、今後はずっとこちらにいられるのか?」


「そういう訳にもいかんねんわ。今無職の真琴さんはともかく、それ以外の人間は仕事か学校があるから、休みの日しかこっち来られへん」


「ふむ。となると、これまでのようにいろいろ頼む、という訳にもいかんな」


「まあ、その辺は内容にもよんで。あんまり手間かかって納期きつい仕事は無理やけど、片手間ですむようなやつとか、インスタントラーメン工場の時みたいに四六時中関わる必要がないようなやつとかはいけるし」


「なるほどな。そうなるといろいろと協力してほしい事はあるが、そのあたりの相談事は後に回そう。あまりエアリスやアルチェムを待たせるのも悪い」


 そう言って、カップに口をつけるレイオット。それを合図に、何秒か間をおいてエアリスが口を開く。


「改めまして、お久しぶりです」


「さっきも言ったけど、元気そうで何よりだよ。エルちゃん、大分大きくなったんじゃない?」


「そうですか?」


 春菜の言葉に、不思議そうに首をかしげるエアリス。少し前に下着がきつくなってそろえなおしたが、それ以外に育ったと自覚するようなものがない。


 もっとも、エアリスに育った実感がないのも、ある面では仕方がない部分がある。何しろ、日頃身に着けているものは、大半が宏が作ったサイズ自動調整のエンチャント付きの、防御力が高い服である。サイズが自動的に変わるのだから、自身が成長している実感が薄いのは仕方がないだろう。


 王族故にドレスなどの正装はどうしても頻繁に新しいものを仕立てる事になるが、逆に王族故にあまり体格や体形の変化が話題にならない。結果として、周囲の人間はここ最近かなり育っている認識があるのに、当人はそんなに体格が変わったと思っていないという状態になっている。


 ちなみに、エアリスの身長は慰霊式典の頃から約四センチ伸び、現時点でそろそろ春菜と大差ない身長になってきてはいる。が、そもそもその春菜からして、ファーレーン人女性の平均と比較すると小柄な方に分類される。その点も、エアリスが自身の肉体的な成長を実感しづらい理由であろう。


 余談ながら、現在のエアリスは、耳を含めたノーラの身長と同じかやや高いぐらいになっている。元から耳の分がなければノーラより背が高かったのだが、今ではどうやってもノーラでは逆転できない背丈になっていたりする。


「ちょっと見ないうちに、春菜とあんまり変わらない背丈になってるわよね」


「ああ。俺たちが初めて会った時と比べると、ずいぶん大きくなったな」


「まあ、身長に関しては、あたしはかなり前に追い抜かれてるけどね」


 エアリスの成長について、そんな風に語り合う真琴と達也。先ほどは特に口にしなかったが、ファムやライムも結構大きくなっている。


 成長期の子供にとって、三カ月強というのは結構な時間なのだ。


 もっとも、個人差はあれど女性の身長が大体十三歳頃までにほぼ成長が止まり、それ以降は数年かけて一センチ二センチという伸び方になるのはファーレーン人でも同じ。それを考えると、エアリスの背もそろそろ大きな成長は止まるころである。恐らくは、かつてライムの誕生日プレゼントで大人の姿になった時のように、春菜やエレーナと同じ百六十七センチぐらいで身長は止まるであろう。


 ちなみに、先ほどエアリスの身長の話で比較対象になったノーラだが、背丈自体はアズマ工房に来た頃からほとんど変わっていない。その代わり胸の方は結構育っており、あと一年もすればエロウサギとありがたくない評価をいただいた、成長後の姿とほぼ同じになりそうな風情である。


 肉体が逆行してしまい、ないよりましというところまで胸がしぼんでしまった澪が今のノーラを見たならば、まず間違いなくどうやってもぐかを検討するに違いない。それぐらいのサイズになっている。


 胸のサイズに関しては、今のエアリスもそろそろDカップ手前までは育っている(というより、そこまで育ったから下着を新調する必要があった)が、恐らく澪にそちらをもぐような真似をする度胸はないだろう。別に権威や権力に負けたからではなく、聖女然としているエアリス相手にそれをやるところまで汚れになるような、そこまでの度胸はないのだ。


 それぐらい今更ではないか、という突っ込みは、澪の名誉のために聞かなかったことにするのが武士の情けというものであろう。


「逆に、アルチェムの方はあんまり変わらんなあ」


「まあ、エルフですから」


「そういえば、前から気になってたんだけど、エルフって何歳ぐらいまで体が大きくなるの?」


「そうですね。身長に関しては、女性はヒューマン種の平均と同じで大体十二歳から十三歳頃に成長期が終わりますが、それ以外はかなりゆっくりですが、七十歳から八十歳ぐらいまで育ちますね」


「なるほど。男の人もそんな感じ?」


「大きく育つのが十代前半なのは変わりませんが、八十歳ぐらいまでは女性よりは背が伸びやすい感じです」


「へ~」


 なんとなく成長の話になったため、エルフはどうなのか、という話を振る春菜。その春菜の素朴な疑問に答えるアルチェム。


「って事は、アルチェムのその胸は、まだ育つ可能性がある訳ね……」


「いえ、あの、さすがにここ五年ほどはサイズの変化がないので、恐らくもうこれ以上は育たないかと」


「そっか。まあ、半分負け惜しみでいうけど、それ以上大きくなったら邪魔ってレベルじゃないわよね。そもそもの話、あと一つカップが大きくなったら、そろそろ奇形の領域に片足突っ込みかけてる感じだし」


「真琴さん、そういう話は王族とか僕とかがおらんところでやってくれるか……」


「あ~、ごめんごめん」


 微妙に青い顔をしている宏にそうたしなめられ、軽い態度ではあるが素直に謝る真琴。こういう話題で宏が青ざめるのはもはや条件反射のようなもので、昔と違ってここからパニックを起こしたりはしない。なので最近は、あまり深刻な態度で謝ると空気が悪くなるという理由から、こういう時は暗黙の了解で軽い謝罪で済ませ、同じ話を蒸し返さないようにしているのだ。


 そのまま話の流れが変わり、不在の間何があったのか、とか、対三幹部や対邪神でいろいろやった影響はどうなのか、とか、そういった話が続く。


 このあたりの事はレイオットやエレーナも気になっていたのか、真剣な表情で聞き入っている。


「……この感じやと、エルもアルチェムも、成長期が終わった後ちゃんと老化するかどうかはかなり怪しくなっとんなあ」


「そうだね。病気とか事故とかがなきゃ、少なくともアンジェリカさんと同じぐらいは生きそうな気がするよ」


「てか、それだとそもそも、寿命で死ねるの?」


「分からんけど、今ん所多分、不老不死までは行ってへん。行ってへんけど、なんかデカい儀式する機会があれば、それだけ普通の人間種族からは外れていくで」


 宏の言葉を聞き、意味ありげな視線を交わすエアリスとアルチェム。それを見とがめたレイオットが、少々慌てたように口を挟む。


「とりあえず釘をさしておくが、必要もないのに大儀式の類を行うような真似はするなよ? ハルナを出し抜くために少しでも寿命が欲しいという考えは分からんでもないが、そういう不純な理由で儀式を行うなど、神に対する冒涜だからな?」


「……大丈夫ですわ、お兄様。これでもちゃんとわきまえています」


「……他の事では信用しているが、ヒロシと飯が絡むことではいまいち信用できんのがな……」


 レイオットに言われ、微妙に視線を逸らすエアリスとアルチェム。実のところ、その神の一部が「ぜひやれ」と煽っているのだが、権威とかそこら辺の都合上さすがに口にすることはできない事実である。


「なあ、レイオット殿下。気になることがあるんだが、聞いてもいいか?」


「なんだ?」


「エルの寿命に関して、一番問題になるのは姫巫女の就任期間だと思うんだが、そのあたりはどうなるんだ?」


「……そうだな。対外的にはいずれ次の姫巫女に立場を委譲することにはなるだろうが、エアリスがファーレーンにいる限りは実質姫巫女が二人いる状態になるだろうな」


「長命種が姫巫女になった事例はないのか?」


「一度だけ、先祖返りでエルフとして生まれた王家の姫が、高い資質を見せて姫巫女になったことがある。その時は四十年ほどで次の姫巫女に立場を譲ったそうだが、そのあと嫁ぐまでの二百年ほどは姫巫女が実質二人、という状態だったらしい」


「なるほどなあ」


 レイオットの答えに、感心したようにうなずく達也。さすがは三千年の歴史を誇る大国だけあって、思いつきそうな問題に対する事例は大体あるらしい。


「まあ、エルちゃんとアルチェムさんの寿命の問題は今すぐどうこうする必要はないし、とりあえず置いておこう」


「そうね。いろんな意味で、まだ焦るような状況じゃないし」


「それで、確かエレーナ様とユリウスさんが結婚するって話だったと思うんだけど、結婚式はいつ頃になるの?」


「一応、十月最初の太陽の日を予定しているわね。その日なら、あなた達も戻ってるかと思ってね。まだ本決定ではないから、後ろにずらす分には変更できるわよ」


「ということは、十月七日かな? あ、でも、二月の日数も三十日と三十一日の月も違うから……」


 そういいながら、頭の中でカレンダーを照らし合わせる春菜。出した結論は……。


「偶然の一致だけど、丁度その日は私たちの暦で土曜日だから休みの日だよ」


 であった。


「その頃には澪も完治してるから、問題なく参加できるな」


「せやな。で、エレ姉さんの結婚式は、エルが儀式担当か?」


「はい。私達で行います」


「私達? ……もしかして、アルチェムさんも?」


「ええ。私もアランウェン様の巫女として、アルフェミナ様の姫巫女であるエル様の補佐役で参加させていただくことになりました」


「……なんだか、すごく豪華な結婚式になってない?」


 春菜の指摘に、苦笑しながらエレーナがうなずく。なお余談ながら、まだ相手が未定であるレイオットの結婚式に関しては、ここにソレスの巫女であるバルシェムとエルザの巫女であるジュディスも加わることになっている。


 五大神全ての巫女とイグレオス、アランウェン、ダルジャンなど比較的重要な役割を担っている神々の巫女が取り仕切ったファーレーンの建国王には及ばないものの、レイオットの結婚式は儀式という点では歴代で二番目に豪華なものになるのが確定しているといえる。


「その関連、という訳でもないが、お前たちに少々助言をもらいたい案件があってな」


「もしかして、鉄道の話か?」


「なんだ、知っていたのか」


「春菜さんらが、街の噂話で拾ってきたからな。逆に言うと、その程度の内容しか知らん」


「ふむ。まあ、細かい話は今日はしないが、協力してもらえればありがたい」


「週末だけでええんやったら、手伝うわ。ただ、澪が復帰したら人探しすることになるから、それからしばらくはそっち優先になるけどな」


「お前たちの予定が最優先で構わない。計画の規模的に一年や二年で終わるようなものでもない、どころか一年やそこらでは着手すら怪しいしな」


 レイオットの言葉にうなずく宏達。地球でも、鉄道の新線開通というのは大事業だ。通しやすいところはほぼ通し終わっているなどの理由もあるが、用地買収などの問題をクリアしていても、部分開通ですら十年二十年の時間がかかるのが普通である。


 ある程度王権で無理が通せ、現在好景気で経済力もあるファーレーンなら、宏のような異能者の協力を得ることで半年一年である程度多数の路線を敷くことは可能かもしれない。実際、地球でも産業革命期などはものすごい勢いで鉄道の路線が伸びていたのだから、不可能ではないだろう。


 だが、それを踏まえても、ウルス内に十分な鉄道網を完成させるとなると恐らくレイオットの代では終わらない。その程度にはウルスは広い。


 他にも、運行管理や保守管理のノウハウの構築・継承の問題もあり、今までのように思い付きで進めるには難易度の高い事業なのは間違いない。


「まあ、明日も休みでこっち来る予定やから、そん時に顔出して相談に乗るわ。エルに、っちゅうかアルフェミナ様に相談したいこともあるしな」


「アルフェミナ様に、ですか? でしたら、この後お時間をいただければ、お話しできるように段取りしましょうか?」


「せやなあ。兄貴の嫁さんにかかわる話やし、早い方がええか」


「でしたら、今からアルフェミナ様にお願いしておきます」


「頼むわ」


 宏の言葉にうなずき、目を閉じてアルフェミナとコンタクトを取るエアリス。数秒後。


「アルフェミナ様から、お時間をいただきました」


「ふむ。ならば今日はこれで切り上げて、ヒロシ達の相談事という奴を優先してもらうことにするか」


「悪いな」


「気にするな。その分、明日はしっかり時間をもらうぞ」


「了解や」


 レイオットの言葉にうなずき、お茶の残りを飲み干す宏。それを見て、案内のために席を立つエアリスとアルチェム。


「では、お兄様、お姉様。お先に失礼します」


「失礼します」


「ああ」


 先に部屋を出る事を申し出るエアリスに一つうなずき、二人の先導で宏たちが立ち去るのを見送るレイオット。


「それにしても、オクトガルがヒロシ達のことを触れ回っていた時、エアリスとアルチェムなら何をおいても飛んでいくかと思っていたが……」


「巫女として、どうしても外せない儀式をしていたからしょうがないわ。さすがにあれだけは、命の危険でもない限りは絶対に放り出せない類のものだし」


「なるほどな。単に間が悪かっただけのようだが、あの様子を見ているとかなりの自制心を発揮させられた感じだな……」


「そうね。その分、今日と明日はさりげない形で沢山甘えそうな感じだけど……」


 部屋を出た時の、まるでうれしそうに尻尾を振り回しているかのようなエアリスとアルチェムの後ろ姿に、今後宏を巡って起こるであろうあれこれを思い浮かべて心の中で十字を切るレイオットとエレーナであった。

宏はリアルシムアースをゲットした!


なお、端折った平日の描写ですが、ぶっちゃけ良くも悪くも表立って派手に動いている人間はいません。大多数はからかいの言葉をかけるか九割冗談で僻みの言葉を宏にぶつけたり今からでも乗り換えない?的なことを言ってスルーされているという感じで、そこそこ平穏に進んでおります。


そもそも、ちょっと頭が回る人間は、そんなすぐに自分の関与が特定されそうな、その上冗談などの言い逃れができないような真似はしないものですので。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ