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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

後日談 春菜ちゃん、がんばる?

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第2話

「宏君、大丈夫?」

「まあ、これぐらいやったら、何とかな」

 ゴールデンウィーク後半二日目の午前中。学校近くの学生街にあるボウリング場。クラスメイトのほとんど全員が集まっている会場を見て、宏を気遣う春菜。

 今回会場になっているボウリング場は昔からある小規模なもので、さすがに一クラス全部に近い人数が集まると、少々手狭な印象になってくる。

 学生街的には基本閑散期で、予約がなければ営業自体しない事もあるゴールデンウィーク中だからこそどうにかなったが、平日や普段の土日だとまず間違いなくレーンが確保できないであろう人数だ。

 ちなみに、欠席者は男女ともに二人ずつ。ゴールデンウィークとなると、全員がフリーというわけにはいかないのだ。

 むしろ、四人しかいないというところが突っ込みどころであろう。

「それにしても、参加しとる僕が言うんもなんやけど、みんな受験は大丈夫かいな」

「まあ、今日一日ぐらいだったら、フォローは効くよ、多分」

 人数の多さに思わずそんな無粋なことを言ってしまう宏に、たしなめるようにフォローの言葉を告げる春菜。

 そもそもの話、宏達の高校は修学旅行は三年生の行事で、文化祭や体育祭にも普通に三年生を参加させる。なので、ここで夕方ぐらいまで遊んだぐらい、誤差の範囲である。

 県下有数の進学校とは思えないシステムだが、遊ぶ時は節度を守って思いっきり遊べ、という校風で、そのぐらいの事で合格しなくなる大学なんぞ最初から現役合格を狙うな、というのが教師たちの言い分である。

 それなのに、東大を筆頭にレベルの高い大学への現役合格率が意外と高いのは、間違いなく教師の教え方がうまく、大半の生徒が遊びと勉強の切り替えを上手にやっているからであろう。

「手続きはやってきたから、組み合わせ決めて名簿受付に渡せば、いつでも始められるよ」

「お疲れさま、ありがとう」

「いやいや。こっちこそ、クーポン助かったよ。いくら団体割引と学割がきくって言っても、安ければ安いほうがいいからね」

「まあ、私たちの都合で予定変えてもらったようなものだし、それぐらいはね」

 始まる前からどことなく疲れている会話をする宏と春菜の前に、今日の幹事である田村が顔を出す。

 ちなみに、田村の言うクーポンとは、今回の話を聞いた天音の双子の妹が用意してくれた、学生街全域で使える各種割引と併用可能なクーポン券の事である。天音の双子の妹・美優は、この地に根を張る大財閥企業・礼宮あやのみや商事の社長をしている人物で、創業家以外から出た初めての社長であり、四十前に社長に就任した初の人物でもある。

 高校時代に大層世話になったことや、礼宮商事の本社、および礼宮家本邸とも近いこともあり、この学生街にはあれやこれやとたくさんの支援を行っている。今回のクーポンもその支援の一環で、基本的には市内の学校に通う人間ならだれでも使える。使えるのだが、手続きの都合上今回のように急に決まったイベントには間に合わず、それを知った美優が、支援者の特権を使って申請手続きの短縮を行ったのだ。

 なお、クーポンによる割引まで含めると、今回は一ゲーム一人百円。しかも、靴のレンタル料は無料。三ゲーム割引まで併用すれば一人二百円という価格破壊ぶりだ。

 後で礼宮商事、もしくはその創業家である礼宮家が差額を補填してくれるとはいえ、ここまで優遇していいのかと思うほどの割引である。

 もはや割引というより、言い訳程度に金をとっている、という方が正しい。

「それで、レーンはどういう割り振り?」

「東と藤堂さんは一番レーン。一応ゲームごとに毎回ランダムでシャッフルの予定だけど、東と藤堂さんは一番レーンで固定」

「えっ?」

「だって、東をあんまり馴染みのない女子と一緒にするのは、まずいんでしょ? かといって、男子だけで固めるのもどうかって感じだから、二人は一番レーン固定で、他の三人を男子二人、女子一人の割合でランダムに入れ替えることにしたんだよ」

 なにも含むところはありませんよ、という表情で、今回の割り振りについて説明する田村。見ると、他のクラスメイト達も、当然という表情を浮かべている。

 過剰な配慮や手出しは無用、という事で話が付いているはずなのに、と思わなくもないが、田村が口にした建前も、宏がこういう場で落ち着いて遊ぶには必要なものなのも事実だ。それゆえに、色々追求したいのをこらえて、ありがたく心遣いを受け取ることにする春菜。

 いろいろ思うところはあれど、嬉しいか嬉しくないかでいえば、間違いなく嬉しいのだから。

「ほなまあ、球選んでくるわ」

 これ以上話をしていてもいじられるだけだと判断し、ボウリング球を選ぶという口実で逃げを打つ宏。それに続いて、いそいそとその場を離れる春菜。

 にやにやとした表情と共に向けられる生温い視線を根性でスルーし、実に久しぶりとなるボウリングを少しでも楽しむためにじっくりと球を選ぶ宏と春菜。

 ここで、思わぬ問題が発生する。

「……まあ、しゃあないっちゅうたらしゃあないんやけど、どれも軽いなあ……」

「……そうだね……」

 一番重い球を持った宏と春菜が、そのあまりの軽さに渋い顔をする。間違って、バスケットボールやバレーボールのような投げ方をしかねない。それぐらい、今の二人にとってボウリングの球は軽い。

 もともと実家の鉄工所を手伝っていた宏も、料理をはじめとした家事労働を積極的にかつ頻繁に行っていた春菜も、見た目の印象よりは腕力も体力もあった。あったのだが、あくまで常識の範囲に収まるものであり、ボウリングの球を軽いと言い切れるほどではない。

 恐らくこうなるとは分かっていたものの、実際に日常で自分たちの肉体の非常識さを突きつけられると、あまりいい気分にはならないのだ。

 さらに、宏からもう一つの不満が。

「それに、どれもこれもなんか重心が怪しいんがなあ……」

「そうなの?」

「せやねん。ついでに言うと真球もかなり怪しいけど、これは指入れる穴があいとんねんから最初から出るはずないしな。まあ、プロボウラーやあらへんねんし、そもそも重心が出とる方がええんかどうかも分からんから、こだわってもしゃあないんやけどな」

「でも、宏君的には、どうしても気になっちゃう、と」

「こればっかりは、職人のサガみたいなもんやしなあ」

 春菜のスペックではよく分からない、球そのものの不備。宏が口にしている内容は、基本素人しか使わないボウリング場備え付けの球に求めるようなものではないのだが、分かってしまうとどうしても気になるのが職人気質というものだ。

 そもそも、春菜が持ってみてもなんとなくしか分からない程度の狂いだ。こんな場末のボウリング場に常備されているものとしては、十分すぎるほどの精度である。

「まあ、ええわ。とりあえずこれが一番マシそうやから、これにしとくか」

「私は、どうしようかな……。一番重いのを使うのは、ちょっと不自然だよね?」

「せやなあ。普段はどれぐらいのん、使っとったん?」

「このあたりかな?」

 宏に問われ、一般的な女性が使うよりやや重いぐらいのものを示す春菜。春菜に示された重さの球をいくつか手に取り、そのうち一つを渡す宏。

「多分、バランスとかはこれが一番マシやと思うわ。使いやすいかどうかは分からんけど」

「うん、ありがとう」

「物凄い軽い感じやから、力加減は気ぃ付けや」

「分かってるよ。宏君も注意してね」

 選んだ球の重さや感覚を確認しながら、そんなことを言い合う宏と春菜。とはいえ、注意してどうにかなるのかというと、二人そろってまったく自信はないのだが。

 何しろ、こういう体を使った遊びの場で一般人に交じって浮かない力加減など、誰一人として教えてくれなかったのだ。天音も宏達の指導教官も、ここを超えるとアウト、というラインは教えられても、では普通の人間はどの程度なのかと問われると、どちらも今の日本人がどの程度かは全然分からない、と答える。

 これで、宏達がちゃんと浮かないように加減できるなどと、自信を持てる方がおかしい。

 なお言うまでもない事ながら、ここまでの一連のやり取りは、はたから見るとなぜカップルとして成立していないのかが分からないぐらい、仲睦まじく見える。

「早速見せつけてくれるわねえ」

「別に、球ぐらいいくらでも選んだんで?」

「春菜に悪いから、遠慮するわ」

「えっ? 私に遠慮するようなことって、何かあった?」

「……春菜、あなた本気で言ってるの?」

「??」

 宏だけでなく春菜からも思いもよらぬ反応を見せられ、思わず頭を抱える蓉子。いい感じにいちゃついていた宏と春菜をつついてみたら、帰ってきた反応がこれだ。

 この二人がカップルとして成立しない原因は、ほぼ全て宏のどうしようもない種類の事情にある。そういう認識だった蓉子だが、今ので大きく認識を改めることとなった。

 今までまともな恋愛をしてこなかった弊害か、それとも宏と春菜が常日頃からこの手のやり取りを普通に行う仲になっているからか、多少なりとも独占欲を見せるべきシーンを普通にスルーしてしまう春菜。相手がそれ以前の状態なので問題になっていないが、普通なら本当に自分の事を好いてくれているのか疑われても仕方がない態度である。

 この様子だと、アピールすべき時にアピールできていなかったり、周囲がどう見ているかをちゃんと認識できていなかったりという事例がいくらでもありそうだ。

 あまり度が過ぎても駄目ではあるが、ここまでハイレベルにスルーしているのは論外であろう。

 ここまでダメダメだと、恐らく蓉子たちがつついて開き直らせなければ、よほど親しい人間か観察力に優れた人間以外は確信を持てなかったに違いない。下手をすれば、好きな人ができたということ自体疑われかねない所である。そう考えれば、蓉子たちがしたことは藪蛇もいいところだが、恋愛に関する春菜の目を覆わんばかりのポンコツぶりを考えると、平穏無事に卒業まで誤魔化せるとも思えない。

 ダメージコントロールの観点からすれば、恐らく今の状況が一番マシだったはず。そう自分に言い聞かせつつ、蓉子は藪をつついてしまった責任を取ることにした。

「……春菜。今夜か明日、時間ある?」

「……今夜は無理かな。明日は午前中はどうにか時間作れなくはないけど、どうして?」

「……あなたが恋する乙女としてあまりにもなってないから、ちょっとがっつり説教兼レクチャーをしないといけない、と思った訳よ」

「……私、そんなにひどい?」

「ひどいなんてレベルじゃなくて、もはや論外って段階ね」

 蓉子に力強く断言され、思わずがっくり来る春菜。いろんな人に指摘され続けてきたことではあるが、親友にここまで力いっぱい言い切られると、仮にも年ごろの女として情けないものを感じてしまう。

「自分ら、そういう話は他人に聞こえんところでやってんか……」

「東君は無関係じゃないから、いいのよ」

「……僕が言うのもなんやけど、無関係やないんやったらなおのこと、男に聞こえるところでそういう話するんは、デリカシーとかそのあたりについてどうやねん、っちゅう感じやで」

 人の事は言えない宏が、人の事は言えない内容で苦情をぶつける。その会話の内容に、思わず小さく噴き出す春菜。宏がそのあたりを自覚している、というのもだが、宏にそれを言われてしまう蓉子、という構図が、なんとなくおかしかったのだ。

「まあ、そろそろみんな準備できたみたいだし、自分のレーンに戻りましょう」

 宏の実に常識的な突っ込みに、分が悪いと感じた蓉子がサクッと話を変える。蓉子も結構いい性格をしているのが、よく分かるやり口である。

「そうだね。そういえば、蓉子と美香はどこのレーン?」

「私は二番で、美香は五番ね」

「なるほど、了解」

 それだけ聞いて雑談を切り上げ、自分のレーンに移動する宏達。そのまま、特に開会のあいさつなどもなく、ごく普通にゲームが始まる。

 なお、ゲームの結果は、宏と春菜が三ゲーム連続でパーフェクトの偉業を成し遂げてしまい、特に宏がクラスメイトから驚きの目で見られてしまう。

「なんかこう、ものすごいやってもうた感じやなあ……」

「正直、普通の人の感覚が全然わかんなくなっちゃってるよ……」

 結局、頑張って注意したところで、一般人の能力に合わせるような真似は不可能な宏達であった。







「それにしても、驚いたわ……」

「春菜ちゃんはともかく、東君があんなにすごいとは思わなかったよ!」

「たまたまやで、たまたま」

「たまたまで三ゲーム連続パーフェクトなんて、出来るものじゃないと思うんだけど?」

 ボウリングも終わり、昼食の時間。同じく学生街にある創業七十年を超える老舗の洋食屋で、蓉子たちが先ほどのゲームの結果をやや興奮気味に語っていた。

「何にしても、東に素直にすごいって言い切れる特技があってよかったよ。これなら文句言ってきそうな連中をある程度牽制はできる」

「そうだな」

 同じテーブルにいる幹事の田村とクラス委員の山口が、色々と安心したように言う。今日までの二人の様子を見て、本気で春菜を応援しつつ宏のフォローに回るつもりになっていただけに、今日の宏の活躍は実にありがたかったのだ。

「今日の結果はたまたまやけど、そうやのうてもボウリング上手いぐらい、そこまで褒められるようなこっちゃあらへんで?」

「いやいやいや。普通に三ゲーム連続パーフェクトはすごいから」

「それがすごくないとは言わんけど、食うていくんに役に立つ種類の能力やないし」

「いや、確かにそうかもしれないが……」

 かなりシビアな基準で話を進める宏に、さすがに戸惑いを隠せない田村と山口。普通、高校生は食っていけるかどうかだけで、能力の凄さを判定しない。

 とはいえ、他のスポーツ、特にプロが華々しく活躍している野球やサッカー、一部の格闘技などならまだしも、ボウリングで食っていくのは不可能に近いのは事実だ。一応プロは存在しているものの、賞金が出る大会の知名度も数も大したものではないので、それだけで食っていけるだけの稼ぎはまず無理だ。

「ねえ、東君。別に、食っていくのにそんなに役に立たなくても、凄いものは凄いんだよ?」

「それも言われんでも分かっとるって。ただ、それ踏まえても、目立たんヘタレが実はボウリングが得意なヘタレになるだけで、大した差はないんちゃうんか、ってなあ」

「東君はやけに食っていけるかどうかにこだわるけど、特技とか教養って、大抵は食っていくこと自体には役に立たない物よ? それでも、優れた特技とか深い教養があるっていうのは、仕事の場でもそれなり以上に重要視されてるわ」

 あまりに自身を卑下しようとする宏に、同席している人間が総出で認識を改めさせようとする。蓉子に至っては、高校生の考え方とは思えない意見をぶつけている。

「というか、東君は春菜ちゃんと仲良くなるの、そんなに嫌?」

「そういう訳やないんやけど、なあ。自分でも感じ悪いんは自覚しとんねんけど、今でも十分すぎるほど仲ようしてもらっとるから、今はとりあえず友達付き合いできとったらええと思ってもうてなあ……」

「あ~、なんとなく、東君が何を思ってるのか分かっちゃった……」

 宏の煮え切らない態度や、やたらと自分を卑下して春菜と必要以上に距離を詰めないようにする言動、その奥にあるものに気が付いて、少し苦い笑みを浮かべる美香。それと同時に、春菜が余計な介入を嫌った理由も察してしまう。

 高度な治療が必要なほどの女性恐怖症。そこに至るまでの体験を甘く見ていたことを自覚してしまったのである。

「蓉子、美香。この話はそれぐらいで終わりにして欲しいけど、いいかな?」

「了解」

「ごめんね、春菜ちゃん」

「田村君と山口君も、いい?」

「ああ」

「悪いな、藤堂。ちょっと調子に乗ってたかもしれん」

 春菜のお願い、という形をとった最後通告に、全員が素直に応じる。意外と宏が平気そうだったことと春菜との仲の良さから勘違いして甘く見てしまったが、そもそもの話、単にヘタレがビビッて逃げているだけならば、春菜がここまで苦労することなどないのだ。

「なんかこう、色々とごめんね、宏君」

「別に、春菜さんが悪いわけやないしな。連休前やったらともかく、今やったらヘタレが言い訳くさい事言うて逃げとるようにしか見えん、っちゅうんもようわかるし」

「それこそ、宏君が悪いわけじゃないよ」

 とりあえず無責任な外野を黙らせ、いちゃついてると言われても否定できないような態度で宏と話す春菜。先ほどの事がなければ、容赦なくからかっていたであろう状況に、内心で身もだえする同席者たち。

 このまま、見ている方が恥ずかしくなるような甘酸っぱいやり取りを続けられると、自分たちの身が持たない。そう考えた蓉子が、話題転換に入る。

「今までの話でちょっと気になったのだけど、東君は修学旅行はどうするの?」

「どうするもこうするも、そもそも旅行費用の積み立てしてへんから、不参加確定やで?」

「あ~、やっぱりか。随分良くなってるみたいだから、もしかしたら参加するのか、と思ったんだけど……。でも、考えてみれば当然と言えば当然ね」

「高校入るころにこれぐらいになっとっても、多分積み立てはしてへんかったやろうけどな。残念ながら、修学旅行で行くような観光地ともなると、僕が耐えられるような人混みやあらへんし」

「今日ぐらいなら大丈夫、と考えてもいいのかしら?」

「クラスメイトはまあ、この三日ほどでそこそこ平気になったわ。ただ、知らん女が混ざると、こんな狭い空間で長時間落ち着くんはきついけどなあ」

 修学旅行の話題を利用し、宏の状態を確認する蓉子。蓉子の質問に対し、正直に答えていく宏。ほぼ正確に状態を知っている春菜以外、同席者全員が真剣な顔でその会話を聞く。

 現在の宏は、四月二十六日以前と比べれば劇的に良くなっている。初期の状態と比較すれば、ほぼ治りかけているといっても過言ではない。だが、その成果の大半は、トラウマをトラウマで上書きしたことによるものだ。なので、根本的な部分では完治したとは言えない。

 蓉子や美香のように知人枠に入っていれば、同じテーブルで食事しても特に問題はない。クラスメイトぐらいなら、多少気疲れはするが普通に食事ができる。だが、全く知らない女性がいると、取り乱しこそしないがまともに味わってものを食べることはできないだろう。

 人ごみにしても同じで、普段の教室ぐらいの人口密度なら問題はないが、ピークタイムの食品スーパーとなると少々怪しくなり、繁忙期の繁華街や通勤・通学時間の公共交通機関はまだまだ完全にアウトだ。

 ちなみに、ウルスの市場や漁港は朝一番の人口密度が教室ぐらい、漁港の競りの時間や市場の十時から昼頃はピークタイムの食品スーパーよりやや過密になり、夕方になるとまた人が減る。冒険者協会は逆に、朝一と夕方のピークを外せば大した人出はないので、飛ばされた当初の宏でも時間を選べば問題なく買い出しができた。

 また、女性の態度の方も問題で、たとえ知り合いであっても攻撃的な態度だと落ち着きをなくし、知らぬ女性から攻撃的な態度で激しく詰め寄られたりした日には、いまだにその日の体調や精神状態によっては嘔吐する可能性がある。

 もっとも、嘔吐するかも、と言っても、よほど心身ともに弱っているときでもなければ大丈夫ではある。そして、今の宏がそこまで心身ともに消耗することはそうそうありえない。

 ありえないのだが、散々女性に詰め寄られては嘔吐してきた宏を見てきた春菜としては、どうしても不安が先に立ってしまう。そのあたりの事もさりげなく確認した蓉子たちが、小さくため息をつく。

「本当、よくここまで立ち直れたわね……」

「あたし、それだけでも東君を尊敬するよ……」

「一番の問題は、この凄さって見た目や普段の態度から分かる類の物じゃない、ってところだろうなあ。確かに東は凄いけど、残念ながら普通に話す分には、単なるヘタレにしか見えないし」

「そうだな。それに、東がいまだに楽観できない程度には恐怖症が残っている、というのも、ただ見ただけでは分からないのがきつい」

 連休に治療を受ける前がどうで、現状がどうなのか。その内容の壮絶さに、すっかり宏を見る目が変わる蓉子たち。分かっていたことだが、この男、ただのヘタレではない。

「あと、蒸し返すようで悪いけど、藤堂さんが相当きつい立場ってのもよく分かったよ」

「だな。ここまでとなると、仮に女性恐怖症が完治したとして、藤堂の気持ちをストレートに信用できるかとなると少々きつい気がするぞ」

「藤堂さん以外からだと、十中八九告白されたこと自体を悪質ないたずらだって考えそうだしね。そこのところは、どう?」

「ぶっちゃけ、仮に今中村さんとか高橋さんとかから本気で告白されたとしても、まず間違いなく性質の悪い冗談か、嵌めていじるための罠かのどっちかやと思うで。申し訳ない話やけど、春菜さんにしても今はともかく先はどうやねん、とか思ってもうてなあ……」

 宏の本音を確認し、思わずうなる蓉子たち。そこに、昼食が運ばれてくる。

「……えらい豪勢やなあ」

「クーポンだからね。その代わり、料理のメニューはこれしかないけど」

 運ばれてきた豪華な昼食に宏が漏らした感想、それに答えるように店のおばちゃんがそう言う。カットステーキをメインとしたその昼食は、学生が昼から食すものとは思えない、値段を聞くのが怖くなる類の物であった。

「あと、飲み物は学割適用前の単品価格が四百円以下のは無料だから、どんどん頼んでおくれ」

「それも、クーポン効果?」

「そうそう。学生の団体客がそのクーポン使うと、自動的に昼だったらこのスペシャルランチ、夜だったらスペシャルディナーになるのさ」

「それでさっき、飲み物以外の注文聞かないのに、嫌いなものとかアレルギーとかはチェックしてたんだ」

「そういうことさね」

 今回初めて使うクーポン、その絶大な効果に目を丸くする一同。他のテーブルからも、驚きの声が上がる。

 手続きが面倒な上に申請を蹴られる事もあるだけあって、どうやら県下一で世界でも有数のお金持ち集団が地元還元のために用意しているクーポンは、相当な威力があるようだ。

 さすがに値段が気になって、幹事の田村が受け取った伝票をこのテーブルの全員で見ると、一人税込み五百円。水以外の飲み物を二杯飲んだ時点で、ほぼ確定で合計価格が支払いを超える。

「なんかこれ、いいのかな……?」

「もう出てきちゃってるし、開き直って食べるしかないでしょ……」

 凄いとの噂は聞いていたものの、詳細は流れていなかったためここまでとは思っていなかった美香と蓉子が、ありがたいを通り越して申し訳ない気分になりながら、いただきますをして豪華な料理に手を付ける。

 見れば、豪華でありながら男子と女子で分量や内容を調整してあり、量が控えめになる女子の方が全体的に手が込んで値が張りそうな料理になっている。

 なお、余談ながら、なぜか宏と春菜に出された料理は男子向けの物がベースに女子向けのメニューが一部追加されており、ボリュームもカロリーも豪華さも若干上になっている。

「なんか、春菜さんの飯、他の二人と比べるとえらい多ない?」

「それ言い出したら、宏君のもちょっとだけメニュー違うよね?」

「まあ、この後カラオケや、っちゅうん考えたら、春菜さんはそんぐらい食わんと持たんやろうけどなあ」

「なんだか自分がすごい食いしん坊に見えるから、一曲ごとに体重落ちそうになるぐらいカロリー消費するの、どうにかならないかなってたまに思うよ」

 何故か特別扱いされている宏と春菜が、首をかしげながらも出された料理を食べ始める。こういう時は一番最初にサラダや野菜料理からスタートするのは、もはや染みついた習慣となっている。

「それにしても、春菜さん混ぜてカラオケとか、自分らよう行く気になるなあ……」

「なんか、宏君にディスられてる気がする……」

「ディスる、っちゅうか、そもそも春菜さんの後に歌わされるとか、罰ゲーム以外の何もんでもないやん。何が悲しゅうて、一流歌手の後に素人丸出しの下手な歌披露せにゃあかんねん」

「別に、そこは誰も気にしないと思うんだけど……」

 美味しい昼食に舌鼓を打ちながら、いつものように会話を続ける宏と春菜。こういう時、片想いだったり付き合いはじめだったりする人間を対面に座らせてはいけない、とはよく言うが、この二人にとっては視線の罠など今更なので全く関係ない。

「あ~、やっぱり東君も、春菜ちゃんのその体質知ってたんだ」

「そらまあ、なあ」

「って事は、歌いすぎて体重減るとき、どこから減ってどこから戻るか、っていうのも知ってる?」

「……ノーコメントで」

「東君、語るに落ちてるって分かってて言ってる?」

「逆に言えば、それで察してくれ、っちゅう話なんやけど……」

 遠慮とかそういったものを捨てた会話を続ける宏と美香。自分の事を話題にされやや恥ずかしそうにしながらも、小さく微笑んでその様子を見守る春菜。

 その、いろんな意味で愛情たっぷりな春菜の表情に、思わず吸い込まれるように見入る蓉子と田村、山口の三人。

 こういう表情を見ると、この先春菜が心変わりすることなどあり得ない、と宏に対して懇々と説きたくなる衝動に駆られるが、無責任な外野がそれを言ったところで好転することなどないと必死にこらえる。

「てか、東君だったら、春菜ちゃんの正確な体型も知ってそうだよね。例えばバストサイズが驚きの……」

「はいはい、そこまで。私たちと東君だけならともかく、他の男子もいるんだから、そういうのはやめなさい」

「は~い」

 我に返った蓉子にたしなめられ、危険な話題を終了する美香。どうにかその手の話題から解放され、安堵のため息をつく宏と春菜。

「それで、話を戻すけど、東君が修学旅行に参加できないのは、ちょっと残念ね」

「そうだな。藤堂さんの事がなくても、ちょっともったいないとは思う」

「こういう機会でもないとクラス全体で旅行とかないから、本当にもったいないわ……」

「てか、俺は普通に東と旅行行ってみたくなったから、本気で惜しいな」

「話してみたら、結構いいキャラしてたからなあ、東。一緒に修学旅行行けたら、色々面白そうだったんだけど、残念だ」

 春菜の恋を見守る会活動と関係なく、宏が参加できないということ自体を本気で惜しいと思う蓉子、美香、田村、山口の四人。その気持ちが嘘偽りのないものだと素直に感じ、少しうれしくなる宏。

 正直、卒業までほとんどクラスメイトと関わることはない、と思っていただけに、たった数日でここまで受け入れてもらえたのはとてもありがたい。

「……ありがとうな」

「別に、礼を言われることじゃないさ」

「ただ、文化祭は、せめて準備はがっつり手伝ってくれよ。当日は多分きつそうだから、そこまで参加しろとは言わんけどな」

「せやな。町工場の息子として、ものづくりの神髄っちゅう奴を見せたるわ」

「宏君、ほどほどにね」

 調子に乗って張り切り過ぎそうな宏に、即座に春菜が釘をさす。ものづくりに関しては、今の宏は天音に次ぐ危険人物だ。たかが高校の文化祭程度で、下手なことをさせるわけにはいかない。

「食いもん系やることになった場合、ほどほどにっちゅうんは春菜さんにも当てはまるからな」

「……気を付けます」

 釘を刺したはずがブーメランになって頭に突き刺さり、微妙にがっくりすることになる春菜。そんな和気あいあいとした雰囲気のままデザートまで堪能し、昼食が終わるころにはすっかり仲良くなっている六人であった。







「さすがに、ちょっとカラオケボックスはしんどかったな……」

「二組に分かれてパーティルーム借り切っても、ちょっと狭かったよね」

「こら、申し訳ないけど、次から男女混合でのカラオケはパスやな……」

 夕方六時。五時間で二百円というこれまたクーポンが絶大な威力を発揮したカラオケも終わり、受験生とは思えないほど遊び倒した一日の解散時間。

 最後のカラオケを振り返って、宏と春菜が率直な感想を言う。

「それは俺たちも気が付いてたから、次からは無理にとは言わないさ」

「てか、入ってみて、これ大丈夫か? って思ったしな、実際」

「誘うにしても、次からは春菜ちゃんだけ、かな?」

「まあ、元から私や美香はあまりカラオケとか行かないし、そんな頻度で誘うこともないから安心して」

 昼食以降は大体同じグループにいた田村と山口の言葉に、同じく大体一緒に行動していた美香と蓉子が同意する。

 正直、宏があまり楽しめていないことは、全員が割と早い段階から気が付いていた。それがカラオケが好きかどうか、ではなく、あまりなじみのない、それもそこそこの人数の女子と広いとは言えない部屋で一緒に過ごしているという点にあるのも、全員が気が付いていた。

 今日に関しては、宏本人を含むクラス全員が宏の限界点を把握する事を目的としていたため、あえてカラオケを組み込んだ上でお互いに気を使いながらも最後まで続けた。

 結果として、なんだかんだ言って五時間いても「ちょっとしんどい」、程度で済んでおり、本人や春菜の認識よりは大分症状が軽くなっているのが分かる、という収穫はあった。が、なんとなく気兼ねして楽しみきれない事には変わりないので、次にこういう機会があっても、カラオケという選択肢は真っ先に排除されるのは間違いない。

 試しに男女で分けた時は普通に楽しんでいたことなどから、カラオケそのものは嫌いではないことまでは分かっているので、男子だけで遊ぶ、となると、また話は変わるだろうが。

「っちゅうか、最後二時間ほど完全に春菜さんのコンサート状態やったけど、さすがにあれはどうかと思ったで」

「春菜の歌がパワーアップしてたのが悪い」

「そうそう。前々から凄かったけど、もっと凄くなってたし」

 先ほどまでの春菜の歌を思い出してか、どこか夢見心地な様子で蓉子と美香が反論になっていない反論をする。女神になったことと神の歌のスキルがこちらの世界でも効果を示すようになったことにより、春菜が歌っていた時間は宗教団体のミサと紙一重の状態になっていた。

「本当に、藤堂さん凄かったわよね~」

「うんうん。特に、昭和の頃の恋歌とか、胸がキュンキュンしちゃった」

「やっぱり、恋って人を変えるわよね」

 蓉子と美香の反論に乗っかり、口々にそんなことを訴える女子生徒たち。春菜本人がしている難儀な恋との相乗効果で、すっかり心を持っていかれてしまったようだ。

「いや、問題はそこやのうてな……」

「宏君、私は大丈夫だから、ね?」

「大丈夫っちゅうても、昼飯の分ぐらいはとうに飛んでもうとるやろ?」

「……ノーコメントで」

「とまあ、こういうこっちゃ」

「「「「「あ~……」」」」」

 宏の解説を聞き、春菜の体質を知っていた幾人かが納得の声を上げる。

 非常に大量のカロリーを食う、という春菜の歌の性質は、女神になった今でも変わっていない。何回も歌わせればそれだけ大量にカロリーを消費するわけで、二時間となると、下手をすればフルマラソンぐらいエネルギーを使っている可能性がある。

 女神となり餓死などしたくてもできなくなった今、カロリーが枯渇しても特に問題になることはないが、それでも腹が減ると辛いのは人間と変わらない。

 創造神になった上にトラウマをトラウマで上書きしてなお女性が苦手な宏同様、女神になっても意外と不便な体をしている春菜であった。

「とりあえず、今日はもうさっさと解散したほうがいいわね」

「今日は楽しかったよ。春菜ちゃん、東君、また、勉強に影響が出ない範囲で遊ぼうね」

「うん。それじゃ、また」

 蓉子と美香の宣言を受け、三々五々散っていく生徒たち。それに合わせるように、自宅に向けて歩き出す宏と春菜。

「春菜さん、家まで持ちそうか?」

「……多分、大丈夫。例のリハビリの時ほどじゃないし」

「いや、あれは比較対象にはならんやろ。どっかでなんか食うてくか?」

「ん~……、それより、自分で料理したものを食べたい気分」

 そんなことを言いながら学生街と逆の方に向かう宏と春菜を見送り、二人の姿か完全に見えなくなったところで、なんとなく最後まで残っていた蓉子がポツリとつぶやく。

「あれで、最初どうやって誤魔化すつもりだったのかしらね?」

「ん~、あたしたちにばれたから、開き直ってる部分はあると思うよ。主に春菜ちゃんが」

「私は時間の問題だったと思うけど?」

「それは否定しない。でも、東君の方からばれる気はしないよね~」

「そうね。今まで通り、学校内での接触を必要最小限にすれば、東君がぼろを出す要素はあまりないわね」

 宏と春菜の会話やここ三日ほどの様子を元に、そんな結論を出す蓉子と美香。正直、春菜があそこまで開き直るとも、開き直った春菜があそこまで素直に宏に甘えるとも思っていなかったため、驚きの連続であった。

 逆に宏の方はというと、春菜を完全に懐に入れている様子はあれど、それが恋愛感情かと言われれば現時点では間違いなくノー。さらに言えば、自然体でビビッていることが多々あり、それがまた宏相手に恋愛を成就させる障害となっている。

 朗報があるとすれば、おそらく今の宏は女性恐怖症とまでは言えなくなっている、ということぐらいだが、それとて何かあれば逆戻りする程度のものだ。

「ま、今日一日で、無理強いはNG、けしかけたり気を利かせたりも軽くじゃないとアウト、っていうのがクラスで共有できたのはよかったわ」

「今年のクラスが、察しとノリがいい子ばかりでよかったよね~」

「そうね。さて、いつまでもこんなところで突っ立ってないで、私たちも帰りましょう」

「賛成。春菜ちゃんたちじゃないけど、何か食べて帰る?」

「お昼が豪華だったから、今日はちょっとやめときましょう」

「了解」

 ひとしきり今日の事を立ち話で語り合った後、参加できなかったクラスメイトに今日の様子を送りながら、自分たちも帰路に就く蓉子と美香。こうして、なんだかんだ言ってみんなで楽しみながら結束を強めることができたクラス会は、予想されたようなトラブルもなく無事に終わりを告げるのであった。







「今日のクラス会、どうだったのよ?」

「割と平和に終わったよ。宏君もちゃんと楽しめたみたいだし」

「せやな。カラオケん時はちょっと居心地悪かったけどなあ」

 その日の夜。例のチャットルームで、今日の様子を知りたがっていた、というより心配していた真琴に、無事に楽しめたことを春菜と宏が報告する。

 ちなみに余談ながら、この無料チャットルーム、初期設定は何もない真っ白な部屋ではあるが、ある程度自由に間取りや家具などを変更できる。現在は一番なじみが深くて落ち着けるという理由で、春菜は携帯用コテージのリビングをそのまま再現している。課金すれば広さや壁、家具の種類も変更できるのだが、コテージのリビングぐらいなら無料で使えるデータだけで再現できるため、特にお金の類は使っていない。

 なので、ここで話す時は、リアルの姿そのままのアバターを使い、ソファーやテーブルを思い思いに使っている。

「そっか。こういう時、漫画とかだと親衛隊とかそういうのがどっかから湧いて出て、みたいな展開をよく見るから、いろいろ心配だったのよね」

「さすがにうちの学校は、そういうのはないかな」

「っちゅうか、現実に学校のアイドルやの親衛隊やのが存在する学校なんか、実在するんか?」

「するとは思えないけど、春菜自身が向こうに飛ばされる前から現実離れした存在だったわけじゃない。だったら、そういうことがあってもおかしくないかも、って、ちょっとだけ心配してたのよ」

「ないない。っちゅうか、そんな学校やったら、春菜さんがいずれ自爆すんの分かっとってまともに通えるわけあらへんやん」

「まあ、それもそうね」

 宏の説得力ある言葉に、ようやく納得して見せる真琴。その会話を聞くともなしに聞いていた澪が、少しばかり不満そうに余計な一言を言い放つ。

「ここまで漫画的な状況で、そこだけ現実的なのは面白みに欠ける」

「澪の期待に沿えるようなもんでもないけど、実のところひそかに三大お姉さまとかはあったりすんで」

「あれは新聞部と放送部がアンケートの結果見て悪ノリしたのが定着しちゃっただけで、本気で言ってる子はそんなにいないよ」

「まあ、実際そんな感じやわな。たまに本気で言うとる奴もおるけど、普通に春菜さんらの話題が出ても、まずその単語って出てけえへんし」

「そりゃまあ、何百人かの高校生がいるんだから、私達を本気でそういう扱いしようとする子も混ざるのは当然だよ。でも、実際のところは、時々放送部とかがネタで出してきたり、何かトラブルがあって仲裁したときに引き下がる口実に使われたりするぐらいで、日頃はそんなに表立って口にするような感じでもないよ?」

 当事者である春菜の意見に、なるほどとうなずく真琴と澪。そもそも口実に使われるほどトラブルの仲裁をしているのはどうか、と思わなくはないが、そこは言わぬが花である。

 表立って使われるかどうかはともかく、学内の有名人に変なあだ名や変なグループ名が付くというのは、よくあるというほどではないが珍しいというほどでもない。春菜達の三大お姉さまというのも、結局はそのレベルの物である。

「むう、せっかく漫画的な要素があるのに、中途半端で面白くない……」

「あのねえ、澪。宏の生活とか人生とかがかかってるんだから、そういう不満は言わないの」

「ん、分かってる。でも、無難すぎると、春姉の恋に盛り上がりが……」

「そういうのは、こっちに戻ってくるまでに十分にあったんだから、あとは時間かけて成就でいいじゃない」

「せめて、周りがいつ引っ付くか賭けてる、ぐらいのアクセントは欲しい」

 ギャルゲ脳で漫画脳な澪の言葉に、どことなく微妙な表情を浮かべる宏と春菜。それを見て、もしかしてと思って確認をする真琴。

「さすがに、賭けはないわよね?」

「すぐに連休だったから今のところクラスメイトだけだけど、私たちの前で普通に賭けてたよ……」

「ちなみに、卒業まで現状維持、が一番人気で、次が卒業式でアタック、らしいでな」

「他にも、私が我慢しきれなくて押し倒す、とか、心が折れて破局、とかも結構人気があって複雑だったよ……」

「それはまた、やりにくいわね……」

 目の前でかけられた挙句にオッズまで当人に公開されている、という状況に、思わず同情的になる真琴。

 何よりやりづらいのが、高確率でそうなりそうな卒業まで現状維持、や、きっかけとして使いやすい卒業式で正式な告白、というのがトップ争いをしているところがやりづらい。

 半分以上は煽る意図ではあろうが、春菜の性格でそういう煽られ方をすれば、かえって動けなくなるのは目に見えている。

「でもまあ、少なくとも変な妨害をしてきたり、宏君に余計なプレッシャーかけて潰そうとしたり、って子はいなかったよ」

「せやなあ。っちゅうか、どっちかっちゅうたら、クラス全体で結束して、生温い目で見守りながらくっつくようにけしかけに来る感じやで」

「その分、おかしな事を言ってきそうな人には、結束して対抗しそうな雰囲気はあるよね」

「良くも悪くも、ノリがええっちゅう感じやな」

「……それはまた、楽しそうなクラスでよかったじゃない」

「そこは否定せえへん」

 真琴の言葉に、真顔でうなずく宏と春菜。

 三年に進級し、クラス替えがあってから一カ月。この一連の事件がなければ、自分たちのクラスがここまでノリがよく、かつお人好しそうな人間が揃っていると知ることはなかった可能性が高い。

 すぐに悪ノリして春菜をけしかけようとしそうなところが不安要素ではあるが、それを除けばクラスの内部に関しては、心配するようなことはほとんどない。

「後は、明日の午前中がちょっと憂鬱……」

「そっちは僕は一切関わらんから、自分で何とか頑張ってや」

「うん、分かってる……」

 明日の午前中、という言葉と同時に、やたらとどんよりしたものを背負う春菜。それに対して、不思議そうな顔をする真琴と澪。

「春姉、明日の午前中って?」

「えっとね。私の友達、っていうか親友、って呼んでもいいぐらいに付き合いが深い子に、中村蓉子っていう子がいるんだけど、その子がね……」

「もしかして、『あなたが恋する乙女としてあまりにもなってないから、ちょっとがっつり説教兼レクチャーをしないといけない』、とでも言われたとか?」

「……真琴さん、なんでわかったの?」

「いや、冗談のつもりだったんだけど……」

「でも、真琴姉。春姉のそういう部分に関しては、多分当事者の師匠以外みんな同じこと思ってる」

「まあ、否定はしないけど、それはあんたも同じことよ?」

「ボクは自覚した上でこうだから」

「それ、もっと救いようがないって、分かってるでしょ?」

 真琴どころか澪にまで言われ、がっくりと小道具のテーブルに顔を伏せる春菜。

 なお、真琴に追及された澪は、例によって例のごとく、視線を明後日の方向に向けながら、わざとらしくタバコを吸うしぐさをして誤魔化そうとしている。

「それにしても、その中村蓉子、って子とは気が合いそうね」

「っちゅうか、真琴さんと中村さんやと、口調とか思いっきりかぶっとんで」

「真琴姉、アイデンティティの危機?」

「そこまでやないけどな。テンションでいうたら、中村さんの方が静かやし」

「悪かったわね、騒がしくて」

 宏と澪にキャラかぶりを指摘され、思わずジト目で二人を見る真琴。その間に立ち直った春菜が、体を起こして話に割り込む。

「まあ、とりあえず、そのうち真琴さんと澪ちゃんにも紹介するよ。もう一人、親友って呼んでもいいぐらい親しい子がいるから、その子も一緒にね」

「楽しみにしてるわ。それにしても、達也は今日はこないのかしら?」

「達兄、リアルでちょっとバタバタしてる。主にボクの絡みで両親と一緒に」

「なるほどね。そっちはうちじゃ達也しか手を出せないものね」

「ん」

 春菜の言葉をきっかけに蓉子たちの話題を切り上げ、業務連絡その他に話を移す真琴。その後、なんだかんだ言いながら春菜の恋愛下手に話が戻り、涙目のままその日の報告会を終える春菜であった。
日本に戻ってきてから、春菜さんのポンコツ具合が天井知らずな件について。
あと、派手にモノづくりできる状況じゃないから、宏が思いのほかまともというか普通の人になってる感じ。

余談ながら、蓉子と田村は実は前回が初登場ではなかったりします。と言っても、今や入手不能なMFブックス1周年記念のブックレットに掲載された本編開始直前の話に出てきただけで、しかも田村はラストに今回のクラス会の約束を取り付けただけというあってないような出番しかない代物ですが。

内容もストーカー先輩の事と春菜さんの恋愛観と今回のクラス会の約束をするという、本編及び前回と今回でほぼ説明されている内容がもうちょっと詳しく描写されているだけのものです。せいぜい春菜さん「燃えろ! ステーキ丼!」Tシャツ着てることぐらいしか見どころがない、今となっては読まなくても全く困らない話でございます。

MFブックス1周年ブックレットといえば、導入的な内容が必要なのかと思って本編開始前の話にしたら、他の作品が普通にその時点で発売されている最新刊付近の時間軸で、やっぱり微妙に浮いてた感があったという。
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