第12話
「えええええええええええっ!?」
「やっぱり~!!」
日没直前。採れる素材を確認しに採取場へ来ていた宏達の耳に、エアリスとアルチェムの悲鳴が聞こえてくる。その足元には、いつの間にか大量の芋虫達が集まっている。
何故宏達がポーション作りを放り出してここに居るかと言うと、単純に四級以上のポーション素材が一部、完全に枯渇したからだ。ついでに、状勢が一気に緊迫してしまったために結局採取できていない、大陸東部地域の素材が生えていないかを確認する目的もある。
達也と真琴も、今回は一緒に居る。仮に何か状況に変化があった時、場合によっては全員ですぐに動く必要があるため、特に別行動しなければならない用事が無い限りは、基本的にまとまって行動しているのだ。
「なんや?」
「ぴぎゅ!」
戸惑いながら空を見上げる宏達の足元で、芋虫の群れが一声鳴いて糸を吐き出し、一瞬で安全ネットのようなものを作り上げる。
安全ネットが完成したと同時に、様々な手段により落下速度が落ちていたエアリスとアルチェムが、それなりの勢いで安全ネットにダイブする。
更にその後から沢山の芋虫がぼとぼとと落ちてくる様は、虫が苦手な人間にとってはホラーとしか言えないであろう。
「え、エルちゃん、アルチェムさん、大丈夫!?」
あまりにも予想外の登場の仕方をしたエアリスとアルチェムに、春菜が慌てて声をかける。
「だ、大丈夫です」
「ただ、物凄くびっくりして怖かったですけど……」
青い顔をしながら、どうにか立ち上がりつつそう答えるエアリスとアルチェム。アルチェムはまだしも、日ごろ割と泰然としていて、余程の事が無い限りはいつもにこにこしているエアリスがこういう表情を見せるのは割と珍しい。
さすがのエアリスも、何十メートルの高さから強制的に飛びおりさせられるのはかなり怖かったらしい。
なお余談ながら、エアリス達は足を下に向けた状態でお尻から落ちたため、スカートの中の秘密の花園はちゃんと秘されている。
「それで、いきなりバンジージャンプで飛びおりてきたんは何で?」
「あ、そうでした!」
宏にそう問われて、宏達を探していた理由を思い出してあたふたするエアリスとアルチェム。これまたアルチェムはともかくエアリスとしては珍しい態度である。
「あの、ヒロシ様、皆様! 先ほどアルフェミナ様からご神託がありまして、何の準備もせずにこのままいくと、皆様の命が危ないのです!」
「そらまた物騒な神託やけど、具体的にはどんな内容や?」
「女性、……そう、邪悪とか禍々しいとかそんな言葉では生ぬるい、でも人間の語彙では他に表現しようもないほど邪悪な印象を見せる女性が……」
エアリスがそこまで言いかけたところで、城全体を地震が襲う。
現在、神の城は現界した状態で地面に降りている。そのため、外部で地震が起きれば神の城も揺れるのだ。
残念ながら、現界している時は外部からの影響を完全に遮断する事は出来ないのである。
「えっ? 地震?」
「っ! ダンジョンの入り口が潰されおった!」
突然の揺れ、それも割と大きなものに戸惑う春菜達をよそに、隔離用ダンジョンに対する異変を察知した宏が険しい顔をする。
「ローリエ! 状況確認や!」
とにかく現状を把握しなければ話にならない。そう考えて宏がローリエを呼ぶ。
「現在、外部に強力な敵性体が複数出現しています。先ほどの地震は、敵性体の攻撃によるものです。まだ全数の出現が終わっていないため、数は現在サーチ中……、ただいま全数の出現を確認、サーチが終了しました。全部で十五体です」
「出てきたんはどんな奴や? それと、ダンジョンの入り口が潰されてもうとるけど、最後に閉じ込めた連中とかどないなっとる?」
「敵性体については、現在映像情報を準備中ですので、先にダンジョンについて報告します。ダンジョンですが、入り口が消失した上何者かの妨害により再度の接続が不可能なため、コスト削減のため私の判断で消去しました。最後に内部に閉じ込めたモンスター兵は、天地開闢砲により発生した穴に落ちた衝撃で跡形もなく消失しています。そのため、ダンジョンを消去した影響は一切ありません」
宏に呼ばれてすぐに現れたローリエが、現状を淡々と説明する。すぐにリアルタイムの映像情報を出せないあたり、まだまだ城の機能は十全とは言えないようだが、それでも必要最低限の情報収集はちゃんとできているようだ。
「なるほどな。とりあえず今まで隔離した連中が復活する、っちゅうんが無いんやったら問題ないわな」
「そのあたりは問題ありません。……映像情報の準備ができました。表示します」
「おう、頼むわ」
宏に促され、ローリエが全員に見えるようにリアルタイムの映像を表示する。そこに居たのは、何やら儀式中の闇の主であった。
「……こいつ、エルザ神殿本殿にちょっかいかけとった、バルドの上司ちゃうか?」
「……そうね。あいつが十五体、か。厳しいわね……」
「あんときに比べたらスキルは充実しとるけど、装備はちょっと手ぇ入れた程度やからなあ……」
エルザ神殿本殿での戦いを思い出し、思わず渋い顔をしてしまう宏達。合体前の時点でも飽和攻撃で非常に苦労させられ、宏が自力でエクストラスキル・ガーディアンフィールドを習得しなければ、ジリ貧のままパーティが壊滅していた可能性もあった相手だ。
あのころに比べるとスキルも非常に充実し、何より足りなかった火力が随分と補強されている。合体さえさせなければ、上手くやればさほど苦労せずに倒せる可能性は十分にある。
あるのだが、十五体という数は、一度も合体させずに仕留めるには少々荷が重い。
何より、エネルギー源として相手のコアを取り込むという連中の合体の仕様上、二体でしかできないとは限らないのが厄介なところだろう。
「……とりあえず、俺らも出るしかないだろうな……」
「あの数だと、ドルおじさんクラスがユニオン組めるぐらいいても厳しい」
達也の言葉に頷きながら、かつて実際に戦った時の実感を正直に口にする澪。ドーガを筆頭とする各国の最強戦力をレベルで表現するなら、ちょうど達也と真琴の中間ぐらいになる。ゲーム当時のボリュームゾーンよりは大幅に上だが、トップクラスの廃人には届かないぐらいだ。
余談ながら、ゲームのフェアクロのユニオン(複数のパーティで組むチーム)は上限人数が五十人である。フェアクロではパーティの人数は上限十人だが、ユニオンはパーティの数ではなく合計人数で判定されるため、五十人の上限まで埋まっているユニオンが、十人パーティ五つの組み合わせとは限らない。
フォーレ当時の戦闘能力で考えるなら、装備と一部スキルの分で宏達の方が強かったのは間違いない。ただ、単純な肉体の頑丈さの問題で、ドーガクラスの実力者はマジックユーザーですら下手をすると当時の春菜よりタフな事も考えると、連携を取らせない形で戦えさえすれば、バランスのとれた十人ぐらいのグループ一つで闇の主を三体から四体は問題なく仕留められるだろう。
ただし、それはあくまで連携を取らせない形で戦えば、だ。十五体も、となると一グループに三体は割り当てが行ってしまう。一体ずつを三回ならともかく、三体同時に相手取るのは、いかにドーガ達が歴戦の勇士であっても不可能だ。
少しでも負荷を減らすためには、間違いなく宏達が戦闘に参加しなければならない。
「あ、あの……!!」
話をぶった切られた上にそのまま出撃しかねない流れになり、あわてて口を挟もうとするエアリス。
その瞬間、まだ微妙にトランス状態が続いていたエアリスの脳裏に、大量の情報が流れ込んでくる。
最初に見えたのは、宏達を引きとめている間にドーガをはじめとした各国最強の戦士たちが出陣し、数体の闇の主をしとめたところで全滅、そのまま付近一帯が神の城を残し更地にされる未来であった。
ほかにもいろんなパターンの未来が頭をよぎるが、それらは被害の軽重の差はあれ、全て大量の死者を出し、マルクト東部が壊滅的な被害を受ける結末につながっていた。
起こりえそうな未来に青ざめ、ちらりとエアリスがアルチェムに視線を向けると、アルチェムも同様に青ざめて言葉を失っていた。
普段彼女たちが仕える神から受け取る神託とは違う、巫女たちの行動を阻止するのが目的としか思えない脅しのような神託。
受け取った波動は邪悪ではなく、瘴気の気配も一切しない。だが、神や世界樹が発するような、温かみのあるものでもない。最も犠牲を減らし世界を存続させることを目的とし、何の苦悩もなくあっさり生贄を捧げる、ある種防衛反応的な波動。
なまじ巫女としての能力が高かったことが災いし、二人とも完全にその波動に飲まれてしまっていた。
「うだうだ話してる暇はなさそうだし、早いところ出撃してちょっとでも数を減らすわよ!」
「せやな! ローリエ! あいつらの相手はうちらがやるから、他の国の連中は下手に手ぇ出さんように通達しといて!!」
「了解しました」
「すまん、エル! アルチェム! 神託もすごい気になるけど、聞いとったらえぐいことなりそうや! できるだけはよもどってくるから、悪いけど待っとって!」
エアリスとアルチェムが新たな神託に言葉を失っている間にも事態は動き、明らかに切迫している状況に、さっさと腹をくくった真琴が出撃を宣言する。
それに応じて宏が余計な被害を出さぬための指示を出し、エアリスとアルチェムに謝罪の言葉を告げる。そのまま全員すぐさま装備を展開し、万能薬を飲みながら転移で出撃する。
宏がちょっと手を入れた要素の一つ。それがこの装備の緊急展開機能である。また、ここ数日は緊迫した状況が続いていたため、よく使う消耗品は常にすぐに取り出せるよう準備してあり、そっちの確認に時間をとられることはない。
再び引きとめようとしたエアリスとアルチェムが、脅しのように見せられるマルクト滅亡のイメージにひるんで言葉に詰まる。その間に、ついに宏達の姿は完全に消えてしまっていた。
「……アルチェムさん、どうしましょう……?」
「結局、ちゃんとした情報は伝えられませんでしたね……」
宏達が何かひとつアクションを起こすたびにひとつずつ未来の予言が消え、彼らが出て行った時点で、最初に見ていた惨劇のイメージだけが残る。
マルクト東部壊滅のイメージが全て消えたところで、己の役割を果たせなかった事に気がついたエアリスとアルチェムが、思わず呆然と立ちすくむ。そんな二人を見ていたローリエが、二人に対してアドバイスをしようと口を開く。
「城の支援機能を起動しますので、お二人には祭壇で儀式をお願いしたいのですがよろしいでしょうか?」
「あ、そうですね! よろしくお願いします!」
ローリエの救いの手に飛び付くエアリス。今更詳しい話をする余裕などないし、下手に話をして士気を下げるのも危険だ。
こうして、情報不足でかつ準備不足のまま、強制的に厄介な中ボス戦に突入させられるのであった。
「往生せいやあ!!」
宏が吠えながらタイタニックロアを叩き込む。その一撃で、最初の闇の主が消滅する。
宏達は、初手から出し惜しみなしで攻撃を仕掛けていた。
「さすがに今回のは効いただろう!?」
宏が粉砕したのとはまた別の闇の主が、達也の超魔力圧縮式聖天八極砲・四発同時発射の全弾直撃により致命傷を食らい、そのまま超魔力圧縮による付加効果である浄化属性の追加ダメージで浄化される。
基本的に達也の魔法攻撃力が装備込みでも魔法系廃人の下限ぐらいだった上に、戦ったボス級がどいつもこいつもやたら魔法防御も魔法抵抗も高い連中だったために、これまでいまいち目立った活躍をしてこなかった聖天八極砲。それが、ようやくちゃんとした成果を見せたようだ。
もっとも、まともなバランスのRPGならオンラインゲームだろうがオフラインの作品だろうが、中盤以降のボスを一撃で倒せるような技や魔法は用意されていないのが普通だ。今までの聖天八極砲はいささか効果が薄すぎる感はあるが、逆に今回のはバランス的には威力過剰であろう。
エクストラスキルに関しては、とりあえず横に置いておく。あれらは基本的に、インフレなんてレベルではない廃人向けのエンドコンテンツに対応するためのスキルであり、そもそも普通のユーザーが遊んでいるコンテンツのバランスなど一顧だにしていないのだから。
「シッ!」
鋭い呼気とともに抜刀の構えから刀を一気に抜き、三体目の闇の主を塵となるまで斬りまくる真琴。今回初めて使う事になった疾風斬・地の上位派生技、疾風斬・天である。
性能としてはそのまま上位技で、斬撃の密度が一気に上がり、また相手のサイズによる減衰が疾風斬・地とは比べ物にならないぐらい軽減されている。技としては実はゲーム時代に既に習得していたのだが、タイタニックロアと同様のロックがかかっていた上に疾風斬・地の熟練度が今まで足りず、春菜のエクストラスキル・ウルトラスローと同じように習得しているだけで使えなかったのだ。
熟練度の問題はフィリップ相手に疾風斬・地を放ったあたりで解決していたのだが、それからエクストラスキルをぶっ放さなければいけないようなボス戦の機会が無く、今まで死蔵していたのである。
もっとも、そもそも真琴は今まで疾風斬・天が使えなかった事に気が付いていなかったりする。と言うのも、今まで真琴は、ヒヒイロカネ製の刀の成長度合いを確認しながら疾風斬を使っており、前回までは発動前に刀が折れそうだと判断していたのだ。
「師匠、時間切れ」
インフィニティミラージュと巨竜落としの合わせ技と言う極悪かつコストの重いやり方で闇の主を仕留めた澪が、残り十一体を視線で示しながらそう告げる。
視線の先では、残った十一体の闇の主が、儀式を終えて早々に合体を始めていた。
「……あかんな。外部からの干渉は無理や」
「そりゃまあ、敵のパワーアップ中はちょっかい出せねえってのが基本ルールだからな。パワーアップを指くわえて見守らにゃならん側としては、正直釈然としねえが……」
どうにかして合体を阻止できないかと検討し、そうそうに不可能だと判断を下す宏。その宏に答えるように、達也が渋い顔でお約束に言及する。
いかに神になったと言ったところで、できる事には限界がある。宏の場合、そもそもなってから日が浅く、自身の力を掌握しているとは言い難い上に、ものを作る事によって神に成りあがった関係上、基本的に何かを作る、もしくは作ったものの機能で、と言う形でしか神としての力を発揮できない。
かなり応用範囲が広い反面、どうしても即応性には欠ける。それが、現在の宏の能力である。
故に、こういう状況では、世界の確固たるルールとして守られている相手には一切手出しできないのだ。
仮に、もっと自身の能力を掌握でき、更に齢を重ねて経験を積めば、この状況下で即座に相手の合体を阻止するためのアイテムを作り、それを使って行動を潰す事ができただろう。
だが、まだまだ新米で人としての常識に大きく縛られている宏に、そこまでの事は不可能である。
「正直、もう少し数を削りたかったわよね……」
「できりゃそうしたかったが、クールタイムとコスト考えると一気に削れる数はこれが限度だろうな。正直な話、クーリングキャンセラーを使ってもあと二体か、上手くやっても三体が限界だったと思うぞ」
真琴のぼやきに、達也が厳しい現実を突きつける。実際、先手必勝とばかりに叩き込んだスキルは、どれもエクストラスキルかそれに準じたスキルばかりだ。一番コストが軽いと思われる超圧縮聖天八極砲四連ですら、五級のマナポーションで回復しきれない消耗があるのだ。澪に至っては、一回の戦闘で三発も四発も使えるようなやり方ではない。
クールタイムにしたところで、一番早く再使用可能な聖天八極砲でも二十八秒かかる。それ以外は何故かタイタニックロアが十分ほどで再使用できるのを除き、全て時間単位のクールタイムが存在している。
そして、クーリングキャンセラーを考慮する場合、魔力の圧縮と魔法詠唱が絡んでくる聖天八極砲より、攻撃モーション以外に事前の準備時間が発生しない物理攻撃系スキルの方が手数が稼げて有利になる。
その手のもろもろを考えると、仮にもう一撃入れるのが間にあったとしても、コストとの兼ね合いや出の速さを踏まえれば、叩き込めてせいぜいタイタニックロアとそれ以外の大技一発が限度だっただろう。上手く行けばタイタニックロアの三発目が間にあったかもしれないが、それでも全部は駆逐できない。
なお、達也のエナジーライアットに関しては、元より合体を阻止できるとは思えなかった事もあり、合体前に使う選択肢は最初からなかった。
あそこまでの威力となると、いかに廃人級のボスとはいえ、たかがノーマルの闇の主ごときに使うのは、あまりにも勿体ないのである。
『ウォォォォォォォォォォ!!』
念のために強化魔法をかけ直し、いつでも反撃に移れるように準備をしながら与太話を続けること約二分。全長二百メートルほどまで巨大化し、牛頭の悪魔の姿になった闇の主が、パワーアップの完了を告げるかのように大きく吠える。
物理的な衝撃を伴うほどの大きな声に、思わず動きが止まる宏達。余りの音量に、春菜の歌も完全にかき消されてしまう。声が途切れる直前に、小さく何かが割れるような音が宏の耳に届く。
「っ!! ヤバい!! 今の声で、死亡キャンセルのエンチャントを使わされた!!」
「こっちもよ!」
「ボクもレジスト失敗!」
「私も! 宏君は!?」
「僕は大丈夫や!」
どうやら、今の叫び声には即死の効果があったらしく、宏以外の全員が死亡キャンセルのエンチャントを消費してしまう。
「まずいわ! さすがにあれはタンク系のスキルでは防げないわよ!!」
「そうなのか!?」
「そうなのよ! 攻撃扱いじゃないからアラウンドガードの対象外だし、大声系の状態異常は魔法じゃないから抵抗力高いの一人前に置いて、っていう範囲魔法対策も使えないし!」
真琴の説明に、宏達の顔がこわばる。
今までに敵としては遭遇しなかった、攻撃扱いでも魔法扱いでもない状態異常技。ポメの亜種以外でまともに食らった事が無かったためにどんな種類があるかも把握できておらず、まったく対策が取れていないのだ。
実のところ、今まで亜種ポメ以外で遭遇していなかった訳ではなかった。ただ、残念ながら他のケースは全て装備込みでの抵抗力だけで完璧に無効化していたため、状態異常技を食らっていたという認識が無かったのである。
「厄介な状態異常でも飛ばされて、同士討ちにでもなったらやばい思って誰も出えへんように通達したけど、正直大正解やったな」
「そうだね。下手をしたら、さっきのあれで精鋭が全滅してた可能性があるよ……」
補助魔法の重ね掛けで抵抗力を強化していた宏達ですら、元から異常だった宏を除いて全滅だったのだ。ドーガ達が出撃していたら、春菜の言うように先ほどの即死咆哮で全員死亡していた可能性が非常に高い。
『ようやく、ようやく我らが同胞の無念を晴らせるときが来た!!』
湧きあがる力。それに背中を押され、今までうっ屈していた思いを叫ぶ闇の主。その声とともに、大量に瘴気がばらまかれる。
「こら、本気でヤバいな……。兄貴らは戻って、僕一人で相手した方が……!」
どう考えても長期戦にしかならない状況。対策が完了していない、カバー不能な即死技。その嫌な予感しかしない組み合わせに、安全策を取ろうと宏が提案しかけたところで、空間が大きく歪む。
「やられた!! 神の城の位置情報ロストや!!」
「どう言う事よ!?」
「僕らがモンスター兵にやったんと同じ事やられてしもたわ! しかも転移も組み合わせとるから、リンクも機能も不完全な神の城やと、ここにはゲート開けれん!!」
悲鳴のような宏の言葉に、全員の顔色が変わる。宏達は現在、完全に退路を断たれてしまっていた。
基本的に範囲魔法の類は大抵発動そのものを潰せる宏の抵抗力だが、あくまでも潰せるのは魔法だけである。異界化やダンジョン化の場合、魔法で行ったのではなく大量の神気や瘴気などが原因となると、発生そのものは宏にはどうにもできない。
また、強制転移の類も、異界化した空間そのものを移動させたり機械的に特定の場所に移動させたりといったケースでは、宏の抵抗力は効果を発揮しない。
今回は、こういった抜け道を次々と突かれてしまった形である。闇の主達にとってもある種の賭けではあったが、珍しく実に上手く成果を上げたようだ。
「こうなったらヒロ、腹くくってスケープドールとかを使いきる前に仕留めるぞ!!」
「分かっとる! それしかあらへん!!」
ポールアックスを構え、覚悟を決める宏。それに同調するように、普段より力強く歌い始める春菜。
「チッ! 地脈接続は無理か!」
「瘴気濃度が濃いから、集気法もやめといたほうがいいわ!」
「そのへんは最初から諦めとる!」
できるだけ一気にけりをつけようと外部からエネルギーを集めるタイプのスキルを使おうとして、問題に気がついて中断する達也と真琴。これで最大威力のエナジーライアットは使えない事が確定した。
「ねえ、師匠」
「なんや?」
「今なら、個人用の天地波動砲使えない?」
「せやな。僕がカバーするから、一発ぶっ放してみ!」
「ん、了解」
闇の主の叩き潰すような一撃をスマッシュで弾き、スマイトで追撃しながら澪の提案に頷く宏。現在戦っている空間は完全なる謎空間。地面の感触と重力はあるが、地面を含めて視界内には一切物質らしきものはない。周囲の空間もゆらゆらと揺らぎ続けており、いろんな意味で不安定な印象が前面に出ている。
この状況なら砂塵を巻き上げることも、岩石や大木を吹き散らす事もないだろう。何しろ、衝撃波でまき散らしそうな物質が一切存在していないのだから。
「準備完了。最大出力、発射」
いつものように宏がスマッシュとスマイトと挑発を駆使して闇の主の動きを固定し、決定的な隙を作るように誘導する。闇の主がいらだたしげに状態異常技・死の咆哮を繰り返し叩きつけるも、いつの間にかスピーカーまで準備して音量を上げた春菜の歌にかき消され、完全に潰されてしまう。
そうやって宏が作り上げた機会を、澪が正確にものにする。
できるだけ余計なところに余波が向かわないように、慎重に発射角を調整した上で範囲を絞りに絞って撃ち出された二門の天地波動砲は、見事に闇の主の胴体中央をとらえた。
背中の飛行ユニットのバーニアスラスターを全開にし、更にアフターバーナーまで炊いて反動に耐えながら、天地波動砲を照射しつづける澪。チャージしたエネルギーが空になるまで照射を続け、ゆっくり地上に降りる。
「手ごたえはそこそこ。無傷ではないはず」
「せやな。それなりに削っとる。ただ、致命傷には程遠い感じやけど」
「そこまでは期待してない」
余波が完全に収まるまで待ちながら、そんな益体もない話をする宏と澪。予想通り、天地波動砲では手傷と呼べる程度のダメージしか与えられなかった。
「とりあえず、思いついた事があるからちょっとその下準備してくるわ」
そう言うが早いか、余波が収まりきらないうちに、まだ態勢を立て直せていない闇の主に向かって突撃を敢行する宏。いつの間にかその手には、大型パイルバンカーがスタンバイしている。
「大人しいぶち抜かれとけやコラァ!!」
ようやく立ち上がりかけた闇の主の頭をスマッシュでけり飛ばしてもう一度転倒させ、みぞおちのあたりにパイルバンカーを設置、無慈悲にトリガーを引いて貫通させる。
更に両の掌、肘、両肩、両ひざ、足首、股間、喉、額と次々にパイルバンカーを打ち込み、完全に闇の主を地面に縫い付ける。
「よし、準備完了や! ワンボックスと潜地艇出すから、大急ぎで乗り込んだって!」
宏の言葉に意図を察し、闇の主が体勢を立て直す前にと大慌てで車両に乗り込む一同。全員がワンボックスに乗り込んだところで、宏がワンボックスのタッチパネルを操作する。
なお、潜地艇ではなくワンボックスに乗り込んだ理由は簡単。潜地艇はスムーズに乗り込むには少々、乗り込み手順が手間だからである。
「行くで! 合体シーケンス開始!」
宏が最初のボタンを押したのと同時にワンボックスが巨大化、倍以上のサイズ差がある潜地艇と同じぐらいのサイズになる。
そのまま微妙なモーフィング変形を経て潜地艇のドリルが二つに増加、コクピット部分とそれ以外のパーツに五分割される。
潜地艇が驚きのビフォーアフターを行っている間、ワンボックスは何処に折り畳まれていたのか膝ぐらいまでの足パーツが展開され、縦に若干伸びて上半身を捻れる形状に腰のくびれが発生、運転席が胸のあたりに来るように変形する。
ワンボックスの形状が大方胴体として成立するようになったあたりで、運転席の後ろに潜地艇のコクピットがドッキング。更にサイズ拡大とモーフィング変形が起こって、運転席を覆い隠すようにアズマ工房のロゴが入った放熱板のようなパーツが取り付けられる。
その後、四分割された潜地艇のパーツが両腕と両足となって接続され、ドリルパーツが一旦邪魔にならぬよう背部に移動、両肩に天地波動砲がせり上がり、頭部がにゅっと生えて変形が完了する。
「うっしゃ! 合体成功や!」
「マジで合体したよ……」
作品タイトルに勇者○○もしくは絶対無敵などの四字熟語がつく、パイロットが基本的に小中学生の三人から五人乗りだった類のロボと同系統のデザインの機体に変形し、そのまま決めポーズをとる合体ロボ。闇の主と格闘戦をするためか、そのサイズは全長約二百メートルと数あるアニメの戦闘ロボットの中でもかなり大きなものになっている。
実のところ変形合体そのものは一秒弱で完了しており、その意外と複雑で随所に物理的に怪しい要素がある変形合体シーケンスは、内部に居た宏達はもちろん、外から傍観せざるを得なかった闇の主もはっきりと確認できていなかったりする。
ただし、デザインだけはパネルに表示されており、また、がっこんがっこん景気よく変形合体の音が聞こえていたため、ロボになった事だけは疑っていない。
「それで師匠、このロボの名前は?」
「特に決めてへんから、好きにつけてええで」
「ん、だったらベタに、勇者工房ダイアズマーでどう?」
「ほなそれで」
澪に提示された、非常にベタな名前をそのまま取り入れる宏。宏の場合、作るのが楽しいのであって名前とか用途とかには割とこだわらない傾向がある。
「いいのかよ、それで……」
「てかその名前だと、合体直後に口上とかいるんじゃないの……?」
「別に他の名前でもええで。何ぞアイデアある?」
あまりにベタな名前に色々突っ込みを入れ、宏に他の名前を求められて沈黙する達也と真琴。ベタで普通にダサい癖に妙にインパクトがある名前のせいで、他の名前がパッと出て来ないのだ。
どうやら合体ロボの合体シークエンスやデザインその他は、達也たちをしてボスクラスと戦闘中であることを忘れて脱線し始めるぐらいには衝撃的であったようだ。
「とりあえずそのあたりは今はどうでもいいから、早くあれを何とかしようよ」
戦闘中に余計な方向に脱線し始めた他のメンバーを窘め、今すぐどうにかしなければならない事に話を戻す春菜。くだらない事に時間を費やして、即死攻撃でも食らったら洒落にならない。
「せやな。ほなスピーカー展開するから、春菜さんは今まで通り全力で歌ったって」
「了解、任せて」
「合体ロボの場合、いきなり大技は割と負けフラグやから、まずはどの武装がどの程度通用するか確認しつつ、相手削るところからやな」
「そうね。下手な事はしない方がいいわね」
「っちゅう訳で、適当に火器管制振るから、隙見てぶっこんだって」
スーパー系巨大ロボットの基本、目からビームを闇の主に叩き込みつつ、手持無沙汰になりそうな他のメンバーに適当に操作パネルを回す宏。それを受け、言われた通り思い思いに現在磔状態の闇の主に攻撃を叩き込んで行く春菜以外のメンバー。
「えい、胸部熱線砲」
「ブレス○ファイアーとかじゃないのか?」
「おんなじような武器でも被らないように名前をつけるか、熱線砲とかビーム砲みたいに被るも何もないような名前で呼ぶのがロボットもののマナー」
「そうか、そういうものか」
「ん、そういうもの」
「このパンチ射出するの、ドリルついた状態で飛んでいくのかと思ったんだけどそうじゃないのね」
「単にパンチ飛ばすだけやったらまだしも、ドリルつけた状態でやってまうとパクリ扱いされかねんからなあ」
などとそんな緩い会話をしながら、パンチを射出し、魔導ミサイルを大量に浴びせ、天地波動砲を叩き込み、ドリルでえぐってと好き放題攻撃を続けていく。
途中一度は体勢を立て直し反撃に移ろうとした闇の主だが、すぐに
「ん、スパイダーウェブ射出」
「命中確認。続けて硬化剤と魔封結界弾いくわよ」
一撃食らわせた時に相打ちで行動阻害用のあれこれを叩き込まれて動きを潰され、哀れな咆哮を上げるにとどまる。
「さて、そろそろ大技行ってみよか」
「師匠、大技って?」
「一応このサイズのポールアックス用意してあるから、タイタニックロアができるか試してみたいんよ。丁度ええ感じにクールタイムも終わっとるしな」
「なるほど」
澪が納得したところで、胸部の放熱板を変形させて巨大なポールアックスを作り出す宏。その格好良くもえぐい形状は、それだけで必殺技としての風格が十分である。
「ほな行くで。パイロット同期モード起動、同調開始! 必殺のタイタニックロアや!」
宏がパネルを操作した後立ち上がり、非実体のポールアックスを手に持って振り回す。その動作の邪魔にならぬよう、宏が立ち上がった段階で他のメンバーの席は斜め後ろ上方に移動する。
宏がポールアックスを振り下ろすと同時に、機体パネルのエネルギーメーターがごそっと減り、派手な衝撃音と同時に、機体全体が大きく揺られる。
途中一度何とか反撃を直撃させた以外、ただひたすらなぶられ続けた闇の主は、即死キャンセルのエンチャントを無駄遣いさせた以外にこれと言った成果を上げることもできずに、実験台としてその生涯を閉じた。
もっとも、彼にも意地と言うものはあったようで……
「ちっ! 置き土産で生存確保の札とスケープドールの効果が消去されちまった!」
「やばいなあ。補助魔法とか強化バフの類も全部つぶされたし、使えるように準備してあったアイテム類も全部破壊されとる。即死回避系が全部つぶされとるから、このままやと二十四時間は無防備っちゅうんが痛いなあ……」
命をチップに、強烈な置き土産を残していく。異界化も解除されず、保険がすべて潰される。中々の危機的状況に、宏達の表情が険しくなるのも仕方が無い事であろう。
さすがに闇の主、それも十体以上が合体した奴が命を代償に置き土産としてぶつけてきただけあって、宏特製のランクが高いアイテム類でも一方的に破壊できたようだ。
「とりあえず、ロボは収納やな。途中で食らったダメージが結構バカにできんし、エネルギーもほぼ空や」
「そうだね。正直、ちょっとどころじゃないぐらい嫌な予感はするんだけど、中に居ても外に出ても変わらない感じと言うか……」
「ねえ、春姉。それって逃げ場なしでロボを棺桶代わりにされるか、生身でなぶられるかの違いって感じ?」
「多分そんな感じ……」
闇の主を無事に倒したというのに、倒してからの方が生存本能が危険を告げる。そんな春菜の様子に、どう腹をくくるか悩む宏達。この時彼らは、万能薬の効果も一緒にキャンセルされていることに、一連の事態が終わるまで気がつかなかった。
結局、最悪神の船を出して逃げるという事で、とりあえずロボから降りて状況を確認する事にする日本人チームであった。
「まったく、これだから予測ができない連中を相手にするのは嫌なのよ……」
巨大ロボによる闇の主の滅多打ち。それを観察していたオルディアが心底嫌そうにぼやく。内包しているエネルギー量的に、自分達があれを相手にする必要はないであろう事は、観察していればすぐ分かる。
それに、あの程度の装甲なら、オルディアはともかくオクトゥムやザーバルドなら余裕でぶち抜けるし、今のところ二、三を除きダメージを受けそうな攻撃はほとんど無い。
なので、あれに乗っている間はそれほど恐れる必要はない。
ただ、全貌が分からぬ手札を使われるというのは、それだけでも心理的に結構な負荷となる。ましてや連中の場合、神の城を作った上であんなものを動かしてくるのだから、他に何が飛び出してくるかが分からない。
本当に、面倒な事この上ない。
「オルディア、そろそろ出番のようだ」
「そのようね。どうやら連中はこちらに気が付いていないようだし、無駄死にに近い形の捨て駒にしてしまったあの闇の主も多少は有効活用できそうね」
「ふむ? ああ、なるほどな」
「そういう事。あれだけの聖気と怨念なら、私が遠隔操作で多少増幅して方向性を与えても連中に察知される事はないわ」
ザーバルドにそう言いながら、巨大ロボの大技で消滅させられた闇の主の置き土産を強化し、宏達にかかっている補助や強化を全て解除し、倉庫に収納されていない消耗品を全て破壊するオルディア。
ローグ系のゲームではよくあるアイテム破壊トラップと、RPG全般でよく使われる強化解除。その合わせ技という極悪非道な、それも生産能力に特化したアズマ工房に対してある意味最も効果的な攻撃。
対象が宏自身ではないため、宏にかかっていた魔法や宏が持っていたアイテムですら完全に破壊できるという、これまた抜け道を突いたやり方。宏に通じるほどの、となると闇の主十体以上を生贄にするか、オルディアクラスが直接手を出さなければ成果を上げる事は不可能であり、それゆえに今まで宏達は対策を取れていないことにすら気が付いていない。
ルーフェウス大図書館の禁書庫にもぐったり、地道に調査をして行動パターンや性格傾向をつかんだりと地道な準備を積み重ねた下地があったとはいえ、今までの事を考えれば、今回は珍しいぐらい一方的に策が成功している。
「さて、恐らくここまでのあれこれだけど、次はもう通用しないわ。今回確実に目的を達成しないと、まず間違いなく次はないわ」
「分かっている」
『一発勝負、よくある事』
最後の勝負の前に注意を促すオルディアに、ザーバルドとオクトゥムが油断も楽観も見せぬ態度で同意する。
今まで抜け道をつき、意識の外からちょっかいをかけて戦力を削ったという事は、真っ向勝負では宏相手には勝ち目が無い事を自覚している、と言う事である。
これまでの仕掛けも、抜け道だと知られてしまえばあっという間に塞がれてしまうようなものでしかない。せいぜい死の咆哮のように対策が抵抗力を上げる、ぐらいしかないものが残る程度で、それ以外は今後二度と使えないだろう。今まで抜け道のまま残っていたのも、単に対策が必要なレベルでそこをつけるのがオルディア達ぐらいしかいなかったからだ。
対アズマ工房に関しては、これが最初で最後のチャンスだ。もし不発だったら、次は正面から挑むしかない。
「そろそろ仕掛けるわよ。覚悟はいい?」
「いつでも」
『問題ない』
「じゃあ、手筈通りに。タイミングその他は任せるわ」
気合いこそ入っているが気負った様子もなく、何処となく飄々とした態度で作戦のための姿に変身し、打ち合わせともいえぬ最後の打ち合わせを済ませて仕掛けに入るオルディア。念のために、すぐに気づかれない程度に思考を狂わせる状態異常をかけて、宏以外のターゲットに通じたことを確認しておくことも忘れない。
宏達日本人チームにとって最大のピンチが、今始まろうとしていた。
「さて、不気味なぐらい何もない訳だけど……」
刀に手をかけ、臨戦態勢のまま周囲を警戒していた真琴が、あまりに何もない事に対して更に警戒を強める。
もっとも、あからさまに不穏な空気に過剰反応してしまったせいか、それともひそかにかけられていた思考かく乱の影響か、この時点では自分たちの意識の視野が狭まっていることにも、いろいろ見落としていることにも気がついていない。
「闇の主のコアは、正直前の奴がそのままデカなっただけやな」
「今の段階では、ボクのセンサーには何も引っかかってない」
「つまり、手がかりは無し、って事か」
宏と澪の答えを聞き、達也が顔をしかめる。この何とも落ち着かぬ空間から抜け出す手段が見当たらないのは、いろんな意味でかなりのストレスになる。
「ただ、こんだけの強度で異界化が持続しとるっちゅうことは、それを引き継いどる奴がおる、っちゅうことや」
「なんかこう、完全にはめられてるよね」
恐らく、宏達を神の城から引きずり出すためだけに行われた感じが強い、一連の出来事。狙いやすく削りやすいところではなく、宏達をピンポイントで狙ってくるあたり、間違いなく必勝の策があるのだろう。
宏を狙う上で必勝の策、といえば女性恐怖症をつくしかないだろう。エアリスが言いかけていた予言も、そんな感じだった。そこまでは想像がつく。だが、どんな手段で仕掛けてくるのかが予想できない。
それなりに時間が経っているため、魔力やスタミナの回復こそ不十分だがエクストラスキルのクールタイムは大半が終了している。なので、宏が一時的に戦闘不能になっても、相手に攻撃さえさせなければ何とかなる可能性は十分にある。
そのあたりの悪くない条件を踏まえてなお、嫌な予感だけがどんどん膨れ上がっていく。
時間が無かったとはいえ、エアリスの話をちゃんと聞けなかったのが非常に痛い。
「何にせよ、俺らをわざわざ引っ張り出して足止めしてる奴を探さねえと、話が進まない訳か」
「せやな。正直、神の城とのリンクが回復する気配がまったくあらへん。そっちが回復するまで持久戦で勝負、とか言い出したら、下手したら年単位の時間がかかるでな」
気が進まないながらもボスを探す決意を固めた達也に、宏が厄介な追加情報をくれる。食料その他は年単位の時間がかかっても問題ないが、この空間に何年もと言うのは、正直精神的に無理だ。
エアリス達の気持ちも考えると、なおのこと何年もかけて脱出と言うのはあり得ない。嫌な予感しかしない状況だが、受け身で行動するよりは積極的に動いた方が、まだいくらかリスクは小さいだろう。
そんな達也の考えに全員が賛同し、この空間のボスを探そうと動き始めたのだが、その行動は少々遅かった。
「何や東、こんなとこにおったんか」
唐突に聞こえてきた女性、と言うよりは少女の声に慌てて振り向くと、いつの間にか宏から約八十五センチほどの場所に見知らぬ女が立っていた。
歳の頃は十五歳から十八歳の間ぐらい。容姿はどこからどう見ても日本人。真琴と同じぐらいの背丈で髪は光の加減によっては茶色に見える程度の薄い黒。顔立ちは一応美少女の範囲に入るが、春菜やエアリス、大人になったライムなど、絶世のと言う冠をつけても惜しくない容姿の持ち主や、澪、アルチェム、サーシャあたりの、普通なら勝負する気もそがれるほど隔絶した美女を何人も見てきた宏達からすれば、正直どうというほどの顔でもない。
ジュディスや大人になったファムあたりならいい勝負であろうが、残念ながら十人中九人は、ジュディス達を比較基準に持ってくるのはあまりに彼女達に失礼だと断じるであろう。
なぜなら、少女の表情は加虐的な喜びに歪み、その目に宿す光は暗く澱んでいる。品性と言うものは欠片たりとも感じられず、人間と言うのは内面だけでこれほどまでに醜くなれるのか、と驚くほど醜悪な印象を与える。
はっきり言って、平凡な容姿の真琴やレラの方が、何万倍も魅力的である。
「……えっ? な、何でや……? 何で吉村がここおんねん……?」
そんな少女を見た宏が、まるでリトマス紙にアルカリ溶液を垂らしたかのように一瞬で青ざめ、震えてかすれた声で呆然とそんな無意味な問いかけを口にする。
「そんなん知らんがな。それより、あたしの事病院送りにしといて、お前はのうのうと女三人もはべらせといてハーレム気取りか? ほんまキモいウジ虫やな」
「なっ!?」
「いや、それはウジ虫に失礼か。ウジ虫かて生態系維持するんにしっかりした役目果たしとるからなあ。ほんま、こんな生きてるだけで酸素とエネルギーと食糧の無駄にしかならんマイナスだけのゴミにすらならん奴のせいで、なんで何人も人生駄目にされなあかんのか、本気で理解できんわ」
余りの暴言に絶句し、一瞬取ろうとしていた行動を忘れる春菜達を尻目に、吉村と呼ばれた女はすたすたと宏に近寄ってにやにやと笑いながらしなだれかかり、ポケットから何かを取り出す。
仮に、そう、仮にこの後の惨劇を防げるタイミングがあったとすれば、恐らくこの直前、暴言を吐いている間までだったであろう。
その時点で疾風斬なりエナジーライアットなりでこの女を吹き飛ばしておけば、この後の惨劇はどうにか回避できた可能性が高い。
だが、残念ながら、完璧な不意打ちだった上に完全にペースを握られ、更に日本人の姿をしていたという事で意表を突かれ、何よりあまりに劇的な反応を見せた宏に気を取られ動揺し、阻止できるタイミングを完全に逃してしまったのだ。
完全に人間の姿をしている相手だと、余程でない限りは即座に攻撃に移れないことが多々あるのは、宏達日本人チームの致命的とまでは言えない弱点であろう。
かつて大図書館の禁書庫で春菜が問答無用で攻撃していたじゃないか、といわれそうだが、あの時は事前に宏の姿をした何かに襲われていた上、宏にちょっかいを出していた守護者は右腕が完全に人間のものではない、禍々しい何かのものになっていた。他にも攻撃モードに移りかけていたために何カ所か明らかに人間でないと確信させる要素があった。ゆえに、今回とは前提が違う。
更に、最後まで誰も気がつかなかったが、実のところ出会い頭にさらに軽度の混乱の状態異常を猫だまし的に受けていたのも致命的であった。普段なら即応できなくても暴言を吐いた時点で誰かが行動を起こしていたはずが、状態異常の影響で怒りにより頭の中が完全に真っ白になってしまい、誰一人として阻止のための行動に頭が回らなかったのである。
不確定名吉村、その中身がもっとも得意とする、人間では察知できない精神操作スキルによる思考誘導。このぐらいの時間では身構えている相手の思考を完全にのっとったりはできないが、思考を空転させて行動を遅らせることぐらいはできる。
幾重にも強化や弱体化を重ねる手法で、不確定名吉村は完全に状況を支配していた。
「ほら、これ食うて犬の糞にでも顔突っ込みながらあたしらに土下座して謝り。ゴミにも劣る分際で、人様の人生無茶苦茶にしてすんませんってな!」
そう言って取り出した、非常に気持ち悪い形をしたチョコレートを無理やり宏の口に突っ込もうとする、不確定名吉村。
春菜達は知らぬ事ながら、そのチョコは形、大きさ、匂い、その他全てが、宏があの事件で無理やり食わされたものと寸分たがわぬ仕様になっていた。
もっとも、それを知っていようが知るまいが、春菜の行動は変わらなかっただろう。遅まきながらに、春菜が行動を開始する。
「宏君!!」
事、ここに至っては、春菜の行動に迷いなどない。まずは女を宏から引きはがし、避難させなければどうにもならない。
そう考え、明らかに邪神サイドの何者かが化けているであろう女性に一撃入れようとする春菜。だが
「春姉、ダメ!!」
何かを察知した澪が、春菜の横から体当たりをする。ただしそれは、春菜が人間を攻撃しようとしたことを邪魔する、というよりは、春菜が無策で突っ込んでいこうとしたのをみてとっさに動いてしまった、という感じではあるが。
日本人チームの致命的な弱点、その一。宏に何かがあると、全体的に冷静さを失いがちである事。
恐らく、普段の春菜であれば、ここまであからさまな誘いに乗る事はなかったであろう。宏から女を引きはがすにしても、罠が疑われるこの状況で、最短距離を通るような真似はしなかったはずだ。
それ以前に、冷静であれば状態異常を食らっていても、もっと早期にもっと上手に行動を起こしていたであろう。少なくとも、オーバーアクセラレートも発動させずに突っ込んで行くような無防備な真似はしない。
その結果、見事に罠に引っかかってしまったのである。
「えっ!?」
春菜を弾き飛ばした澪に、チョコレート色をした何かが襲いかかる。体当たりの勢いがあったために全身に被る事だけは避けられたものの、下半身を完全に取り込まれてしまい、一瞬で食いちぎられてしまう。
「澪ちゃん!?」
澪を襲った惨劇に、春菜が悲鳴を上げる。だが、恐らくその声を澪は聞いてはいまい。
辛うじて即死こそ避けられたものの、下半身を食いちぎられた痛みに耐えきれず、半ば意識を飛ばしていたのだから。
また、悲鳴を上げた春菜の方も、人の心配をしている暇などなかった。
「春菜! よけなさい!」
真琴の警告も空しく、背後から飛んできたチョコレート色の何かが、春菜の心臓を正確に貫いて破壊する。
その真琴と、更に達也も当然無事では済まない。
「ちっ! エナジー……!」
せめてもの悪足掻き、と、澪が動き出した時点で強引に積層詠唱で短縮詠唱したエナジーライアット。それが完成し発動しようとしたタイミングで、明後日の方向から飛んできた、天地波動砲を凌駕するほどの出力の攻撃魔法に二人揃って飲み込まれ、跡形もなく消滅してしまう。
宏達日本人チームの致命的な弱点、その二。ザーバルドやオクトゥムの火力の前では、宏以外の防御が紙より薄く、生命力的に豆腐より脆い事。
春菜達を全滅させた攻撃は、いずれも宏に直撃させたところで大したダメージを与えることなどできないものばかりだ。
だが、これが対象が春菜達になった途端に、ガーディアンフィールドがあっても当たり所によっては即死の可能性すらある脅威となる。
しかも、今回は宏がパニックを起こしてフリーズしており、ガーディアンフィールドの効果も途切れている。即死回避の保険がすべて潰されている現状、春菜達に防ぐ手立てはない。
相手に舞台を整えさせてしまった時点で、全滅を回避する事はできなかったのだ。
「えっ? 春菜さん? 澪?」
「ここまでうまい事行くとは思わんかったわ。さすがあたし、っちゅうところやな」
「兄貴? 真琴さん?」
「後はこのゴミを、再起不能になるまでいたぶって心粉砕したるだけやな」
目の前で起こった惨劇に、壊れたように仲間達の名前を呼び続ける宏。その姿を見て、心底溜飲を下げる吉村ことオルディア。
この後の事を考え、実に愉しそうに笑うオルディアであった。
RPGなら序盤か最終盤でのパーティ壊滅イベントは必須だと思うのです。
なお、これがロボットものなら中盤から後半にかけての乗り換えイベント、もしくはパワーアップイベントの布石として、一度はぼろ負けするべきだと思ってます。
今回まで一回も女性恐怖症アタックをやってなかった理由は、作中でオルディアさんが言ってたとおりです。
本命の攻撃対象をどこに置くかも含めて、一回やったら手の内が全部ばれる類の攻撃なので、作者的にもあんまり早い段階ではできなかったというメタな事情が。
仮に途中でバルドあたりがやってたら、攻撃対象が宏だった場合でもその後ものすごく警戒されてまず不発してただろう、って言う。
あれです。人間、やらないわけがないと認識してても、あんまり長期間仕掛けられないと、自然と無意識に警戒が薄れるものです。
あと、二つの弱点とかは、意図してミスリードを誘おうとがんばってました。効果があったかどうかは不明ですが。