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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

邪神編

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第13話

全国の吉村さん、こんなのの名前に使ってごめんなさい。
「ローリエさん、まだですか!?」

「申し訳ありません。予想以上に妨害が強力で、位置情報が絞り込めません」

 手に余るほどの力に脂汗を浮かべながら、余裕のない口調でローリエに状況確認するエアリス。そのエアリスに対し、一見して普段と変わらぬ、だがその実、内心で物凄く焦っている事が伝わる口調でローリエが答える。

 現在、エアリスとアルチェムは、完全にリンクが途絶した宏達を救助すべく、神の城の機能をフル活用して一行を探していた。

 とはいえ、時空関係こそ本職ではあれどアルフェミナ以外の力を使うのは専門外のエアリスと、世界樹関連はエキスパートでも時空関係は転移魔法すら使えないアルチェムの組み合わせだ。元々神の城が持ち主である宏と管理者であるローリエ以外には使いにくい仕様なのもあって、稀代の巫女二人でもそうそううまくはいかない。

 かといって、経験も不足していれば城の外との縁も薄いローリエでは、強力な探知妨害がかけられ、更に異界化した空間に引きずり込まれた宏達を探すには、圧倒的に能力が足りない。

 今も宏達の存在をどうにか探知できてはいるが、それはアルチェムが城の機能の根幹である世界樹の力を増幅し、エアリスがそのエネルギーで空間の乱れを補正しているからこそである。

 だが、まだまだ成長期で身体ができていないエアリスでは、アルフェミナ以外の外部の力を長時間扱うのは厳しい。制御能力は足りているが、肉体的なあれこれが全然足りていないのだ。

 仮にアルフェミナの力が使えればもう少しましなのだが、現在アルフェミナもまた宏達のために動いており、エアリスのために降臨したりは出来ない。結果として、エアリスの人生で経験した事のない、どころか、その生涯で今後経験することなどあるのか不明なほどの無茶をせざるを得なかったのである。

 少しぐらいサポートになれば、と、制御している力の一部をアルフェミナの方に送っているが、それがどの程度役に立っているかも分からない。状況が好転せず、結果も見えない閉塞感が続く状況で無茶を続けるのは、まだまだ十代になったばかりの少女の心を削り続けている。

 また、アルチェムにしたところで、あまりに長時間世界樹の力を扱っていると、その存在が世界樹に引きずられていく。これはアルチェムの能力に問題があるのではなく、たかが人類の一種族でしかないエルフが、世界の根幹とも言える世界樹を長時間扱える道理がない、という当たり前の話に過ぎない。

 その結果として、エアリスもアルチェムも、宏達を発見するより前に限界を迎えようとしていた。

「エアリス様……、ローリエさん……、ごめんなさい……」

「アルチェムさん!?」

「……頑張ってるんですけど……、……だんだん意識が怪しく……」

 黙って世界樹の力を調整し、エアリスの扱いやすい形にして供給していたアルチェムが、ついにギブアップする。

 とはいえ、そのアルチェムを誰も根性無しとは言えないだろう。何しろ、今のアルチェムは、皮膚の色やら質感やらがかなり植物っぽくなっており、恐らくこのまま続けていれば、あと数分持たずに世界樹に取り込まれてしまうのが明らかなのだから。

 かといって、エアリスの方に余裕がある訳ではない。いくら扱いやすい形にしているとはいえ、本来所属している世界のものではないエネルギーだ。しかも、強力な妨害に対抗するため、かなり高出力のものを制御している。

 歴代最高の、もはや人間かどうか疑わしい水準である巫女の資質をもってしても、まだ十二歳になっていない肉体では、いつオーバーフローを起こしてもおかしくない。

 そんな致命的な結果を避けるために、本能が急ピッチでエアリスの存在を作り変えてはいるが、それがまた負荷となって襲いかかってくる訳で、実のところ、エアリスももはや根性だけでどうにかしている状況なのである。

(やっぱり、あの時無理にでも引きとめて概要だけでも話しておけば……!)

 厳しい制御を続けながら、エアリスが口に出せぬ後悔を続ける。

 だが、上に立つ者としても巫女としても、大勢が死ぬと分かっていてそれを強行できたかどうかとなると、恐らく無理だっただろうという自覚がある。引きとめた場合の結果の重大さに、あの時のエアリスは完全にひるんでいた。

 しかも、後でアルチェムから聞いた話だと、彼女の方はどんどん進んで行く話の間も声をかけようとしては消えかけていた悪いイメージがよみがえるというのを繰り返していたらしい。どうやらあの場で宏達を引きとめると、ここ百年で最大級の戦争被害が出ていたのは間違いないようだ。

 実のところあのイメージは、アルフェミナやアランウェンの神託とは違い、世界の持つ集合無意識の中の防衛本能とも言うべき要素が、巫女の資質持ちすべてに発信していたものだ。世界の集合無意識からすれば、放置しても確実に宏だけは生き残るアズマ工房の事より、維持そのものに影響が出かねないマルクト東部の大虐殺の阻止を優先するのは当然であろう。

 ただし、あの時点で受信できていたのは、微かながらトランス状態が維持されていたエアリスとアルチェムのみ。その結果として、まだ心身ともに未熟な少女達は、重い後悔を抱きながら限界まで根性を振り絞っているのである。

「……! 発見しました!」

 ローリエの言葉に、最後の気力を振り絞って最大出力で一点突破を図るエアリスとアルチェム。既に、どちらも意識が混濁し始めている。特にアルチェムの方は、意識どころか自我すら危うくなりかかっているが、あと少しだけと必死になって自分を繋ぎとめている。

 やたら強固な壁に対して二人が全力の一撃を叩きつけると同時に、内側から何らかの力がかかり、一瞬で壁が粉砕される。内側から壁を粉砕した存在が何者かを確認し、位置情報を渡したところで、ついに精根尽き果てて力を手放すエアリスとアルチェム。

 最後の根性で作業の終了処理だけは完遂したが、それをしていなければ、少なくともアルチェムは完全に世界樹に取り込まれていただろう。

 もはや混濁した意識でそこまでできたのも、宏に世界樹に取り込まれた自分を見せたくない、という恋心ゆえだったのだから、恋する乙女は時折信じられないほどの強さを見せるものである。

「お疲れさまでした。ありがとうございました」

 オーバーヒートしかかっている各種回路を冷却しながら、聞こえていないと知りつつ完全に意識を失っているエアリスとアルチェムに礼を言い、用意できる一番寝心地のいい寝台と寝具を用意して二人を寝かせるローリエ。

 ローリエとて、今回の事はいつ魂魄結晶か賢者の石がひび割れてもおかしくないほど制御周りに負荷がかかっていたが、肉体が宏の作った特別製だ。余裕のなさは似たようなものだが、とりあえず通常業務には支障が出ない。

「アルチェム様は、どうにかまだ戻れる範囲に収まったようですね」

 恐らくすぐにでも帰ってくるであろう主達のために色々準備しながら、特に負担が大きかったアルチェムの状態を再確認するローリエ。

 エアリスもアルチェムも今まで通りとはいかぬが、それでも一応無事といえる形で、どうにか人生屈指の難仕事を終える事ができたのであった。






「……あれ?」

 胸に激しい痛みを感じた次の瞬間、春菜の意識は見覚えのない空間へと引きずり込まれていた。

「どうやら、成功したようですね」

「……アルフェミナ様?」

「ええ、アルフェミナです。念のために説明しておきますと、今居るこの場はいわゆる肉体をもたぬ存在が普段いる空間です。厳密には空間という表現はおかしいのですが、あなた達に正確な概念を伝える言葉がありませんので、暫定的に空間と呼ばせて頂きます。
 時間の流れに関しては、諸般の都合で完全には切り離せておりません。ただし、こちらで一時間ぐらい過ごしても向こうでは数分程度しか経過しませんので、多少の長話や長考をするぐらいの余裕はあります。
 それで春菜殿、あなたは自分の身に何が起こったのか、どの程度把握していますか?」

 アルフェミナに問われ、ほんの少し考え込む。

「確か、宏君からあの女を引きはがそうと思わず飛び出しちゃって、澪ちゃんが体当たりして来て、その後何かが胸に当たって……」

 そこまで思い出して、自分の身に起こった事を全て把握する春菜。ついでに、自分の身どころか他のメンバーについても、なんとなく現状を悟る。

「ここに居る時点で大体予想はしていましたけど、多分、恐らく、あの時私達は宏君以外全員、死んだんですよね?」

「正確に言えば、あなたと澪殿はまだ死亡が確定してはいませんが、このまま何もしなければそれほど時をおかずに死にます」

「えっ? と言うか、私は心臓を破壊されたんだと思うんですけど、まだ死んでないんですか?」

「生き物の身体と言うのは案外丈夫で、肉体の大部分が破壊されても、ショック症状を起こさねば即死はしないことも結構あるのです。と言っても、生命活動が停止するまで数秒からせいぜい十数秒の猶予がある、と言う程度なのが普通ですけどね。、
 ただ、あなた達はその気になって鍛錬すれば、神の座に手が届く肉体を持っているのですよ。長くても数分で死に至るとはいえ、心臓や下半身ぐらいなら即死は絶対にしません」

 あまり生き物として嬉しくない事を断言され、思わず現実逃避ぎみに遠い目をしてしまう春菜。宏に比べればまだまだ普通の範囲とはいえ、頭さえ残っていれば即死しないと言われて喜べるほど、人間をやめる覚悟は出来ていないのだ。

「まず最初に、エアリスに神託を降ろすのが遅れた事をお詫びいたします。どうにも因果律が派手に乱れていて、神託としてエアリスに伝えようとすると、あのタイミング以降でなければどうにも内容が安定しませんで……」

「いえ。ものすごく邪悪な女の人が、だけだとはいえ、警戒するのに十分な情報をもらっていてそれを活かせず、イノシシみたいに突っ込んで行って返り討ちにあったのですから、こちらのミスです。警告されてたのに、何とかなるだろうって図に乗ってこの結果です。正直言って、すごく情けなくて涙が出そうです……」

「あの程度の情報で心構えをしろ、など、結果を知っているものにしか言えません。そもそも、あれだけ慌ただしく事態が動いていては、エアリスが断片的に告げただけの情報など耳に入っていなくても不思議ではありません。せめて、女性に注意、だけでもエアリスにはっきりと繰り返し言わせるべきだったと反省しています」

 深々と頭を下げながらそこまで告げるアルフェミナ。別に彼女が謝る筋合いもなかろうに、妙に腰が低い女神である。

「それで、この後の話をするにあたって、まず現時点でどうなっているのかを知っていただくために、あなたの魂をこの空間に切り離す直前までの映像を確認していただきます」

 そう言って、アルフェミナが春菜にパーティ壊滅の一部始終を神の視点からの映像で見せる。

 宏が生肉入りのチョコに偽装した何かを食わされそうになり、春菜が何も考えずに飛び出す。その直後に罠に気付いた澪が春菜を体当たりで弾き、代わりに自分が下半身を食われる。

 澪が下半身を食われた次の瞬間、春菜の胸をチョコレート色の液体が容赦なく貫く。心臓と言うポンプが無くなったからかさほど派手に血が噴き出したりはしていないが、それでも辺り一帯に広がるぐらいには血が流れ出ている。

 瞬く間に二人殺され、せめてもの抵抗とばかりに技を放とうとした達也と真琴が別の方向から飛んできた破壊光線に全身を飲まれ、跡形もなく消失する。

 その一部始終を見てしまった宏が、うわごとのように春菜達の名前を呟きはじめたところで、映像が途切れた。

「……今の防具じゃ、何の役にも立ってないんだ……」

 余りの惨劇に現実逃避しそうになった心が、紙よりもあっさりと貫かれた自分達の防具に対する感想を真っ先に思い浮かべさせる。

 正直なところ、素材こそオリハルコンクラスのままではあるが、世界中を回っている間に宏が手を入れた防具がここまで何の役にも立たないとは思いもしなかったのだ。

「皆さんが相手にしたのは、邪神から直接産まれた大幹部です。三千年前は我々が例外規定をフルに活用して支援をし、油断をついて徹底的に罠にはめてようやく相打ち同然の形で封印に持ち込んだ相手なので、オリハルコンやアダマンタイトの防具ではどうにもならないでしょう」

 春菜の感想に対し、厳しい現実を突きつけるアルフェミナ。宏達の現在の防具は、三千年前の基準なら最高峰とまでは呼べないものだ。当時最高峰の防具ですら致命傷を防げる程度の効果しかなかったのだから、それに届かない防具が役に立たないことなど、むしろ当然である。

 ただし、これは別に宏の腕が三千年前の職人より劣っている事を示している訳ではない。同等性能の素材で比較するなら、宏が作った装備品は全て三千年前の最高性能のものを大幅に凌駕している。

 あくまで、オリハルコンやアダマンタイト、幼ベヒモスの革などの素材の限界により、三千年前の最高峰には劣ってしまうだけである。

 これがせめて、使っていた素材がアミュオン鋼かガルドリウムならば、おそらく春菜の心臓は無事だっただろうし、達也と真琴も肉体が完全に消滅するようなダメージを受ける事はなかったであろう。

 もっとも、即死を避けたところで今回の場合はほぼ意味がない。今回の敵の狙いは、宏が呆けていると一気に防御能力が落ちる春菜達を殺し、宏の心をへし折る事なのだ。

 最初の一手を防いだところで、長くても十手ぐらいまでには結局殺されている。あの三体の中で、防具素材を一段階上げた程度で春菜達がまともに渡り合える可能性があるのは、諜報・謀略向けのオルディアだけである。

「さて、状況を正確に把握したところで、お詫びも兼ねて春菜殿には選択肢を差し上げます」

「選択肢、ですか?」

 アルフェミナの言葉に我に返り、これからの事に意識を切り替える春菜。正直なところ、できる事があるなら早く行動したいのだが、考えなしに衝動で動いた結果が先ほどの惨劇である。

 今回はちゃんと説明を聞いてから、と必死に自分に言い聞かせてアルフェミナが用意する選択肢を待つ。

「はい。まず最初に言っておきますが、この状況をどうにかできるのは、現状では春菜殿だけです。ただし、ここで春菜殿が何もしなくても、恐らく宏殿は勝手に立ち直り……、いえ、違いますね。復讐鬼に変貌して、邪神を消滅させるまで暴れるだけでしょう。
 過去のトラウマに負けて仲間を全員死なせてしまった己を、いつまでも呪いながら、ね」

 アルフェミナの言葉にその情景がありありと思い浮かび、春菜が顔を曇らせる。

 そんな春菜の様子に頓着せず、アルフェミナが言葉を続ける。

「ここまで話せばお分かりかと思いますが、第一の選択は何もせず、このまま死亡という結果を受け入れる事です。この世界では死んだ事になりますが、ルールに則り元の世界に戻る事になるので、藤堂春菜と言う存在が死ぬわけではありません。
 メリットは残りの選択肢と違い、あなたが人間のままでいられる事。デメリットはこちらでの思い出が高確率で消えてしまう事と、本来の世界で天寿を全うするか自力で神の座に至る、あるいはこちらの事を思い出してあなたのお知り合いに協力してもらうかのいずれかの手段を使わなければ、恐らくこちらの世界に来る事は出来ないであろう事」

「ごめんなさい、それは無理です」

「でしょうね」

 アルフェミナの説明を聞き、真っ先にその選択肢を捨てる春菜。宏が復讐鬼になってしまう未来などまっぴらごめんだからである。

 何より嫌なのが、宏が邪神を滅ぼして元の世界に戻ってきたとして、春菜にこちらの記憶が残っていない可能性が高いとなると、どうやっても彼の心を癒せない事だ。

 こちらでの思い出が無くなってしまった自分は、知らないが故に間違いなく宏の心をえぐる言動をする。それが分かるだけに、人間でいられるなんて些細なメリットで、そんな日和見のような選択など取れる訳がない。

 第一、覚悟が固まりきっていなくて先送りしていただけで、いずれ人の寿命に縛られない存在になるつもりだったのだから、人間でいられることはメリットになりえない。

「次に二つ目、に行く前に、先に死者の蘇生について話しておかねばならない大事なことがあります。
 そもそもの話、この世界に限らず何処の世界でも、死者の蘇生は世界を狂わせかねないほど多大なリスクが存在します。実際、この世界でも死者の蘇生がらみで巨大なダンジョンが一つ、不可触の呪われた領域が二カ所できています。理由については割愛しますが、不可能ではなくても基本的に不可能とほぼ変わりません。
 更に、進化することで別のルールに属することになるあなた自身とまだ死が確定していない澪殿はともかく、完全に死亡が確定している達也殿と真琴殿の蘇生に関しては、世界の理を無理に曲げる代償として、彼ら自身のどこかにゆがみが出てきます。
 幸いにして、達也殿、真琴殿、澪殿の三人は、こちらの世界に飛ばされてきた段階で魂を保全してありますので、神の力で強引に蘇生を行っても、精神面でゆがみが出てくる事はないでしょう。
 もう一つの良い情報として、あなた方に関しては恐らくルールを悪用する形でならば、世界を狂わせることなく蘇生させる事ができます」

 アルフェミナのかなり重要な説明に、概要を理解した春菜が真剣な顔で頷く。自身だけでなく、達也や真琴にも関わってくる事なので、ちゃんと理解しておかねば本当にまずい。

 長い上にやや抽象的な説明だが、事が事だけに焦りも苛立ちも出て来ない。概要が分かった事で、ここで焦っていい加減な心構えで先に進んでしまうと、そのしわ寄せがすべて達也と真琴に降りかかる、と言う事が完全に理解できてしまったのが大きい。

 なので、出てきた質問事項をすべて潰してから先に進むべし、と、腹をくくって口を開く。

「質問いいですか?」

「どうぞ」

「ルールを悪用する形、と言うのは具体的にどう言う事でしょうか?」

「それを説明するには、まずこの世界で死んだ異世界の生命体の処理についての説明から必要になりますね。先ほど同様、なぜこういった処理をするのかは割愛します。まあ、世界と世界の間の力関係とかが絡んでいるとでも思っていてください。
 元々、こちらの世界に迷い込んできた異世界の生命体は基本的にその死をもって、元の世界の迷い込む原因が解消された後最も時間経過が少ないタイミングに戻されます。要するに、元の世界では死んだ事が無かった事になっている訳ですが、これは普通の生命体だと世界間を移動する際に肉体が消滅して再生成されるケースが多く、この流れに限ってだけは死者の蘇生と認識されないが故に可能な処理です。
 ただし、戻す際に問題が発生するため、二度とこちらに来れないように、とか、その種類のプロテクトはかけません。その結果、過去一万年で二例ほど、同じ個体がさほど時間を空けずに別の原因でこちらに飛ばされてきている事例が発生しています。
 また、戻す際に痕跡と影響を減らすという目的で記憶とこちらで身に付けた能力を消している訳ですが、そちらに関しては定着率その他の問題でどちらも完全に残ったまま、というのが一万件に三件程度発生しています。
 これらの事例を踏まえれば、確率的には達也殿と真琴殿が記憶と力を残したまま日本に戻り、再びこちらに戻ってくる事があり得ない、とは言い切れません」

「……つまり、確率を操作する、もしくは地道にそれが起こるまで時間を巻き戻し続ければ、現象としては生き返ったのと同じ事にできる、と言う事ですか?」

「理屈の上ではそういう事です。ただし、それでは世界に対してもあなたの精神に対しても負荷が大きすぎますし、何よりあなたに縁のある高次存在が関わってくると、素直にルールを正面から捻じ曲げて蘇生した方がはるかにマシ、と言うほどの影響が出かねません。ですので、短縮する方法を使います。それをするためには、これから提示する三つのうち、いずれかの選択肢を選ぶ必要があります」

 アルフェミナの説明に、思わず真顔で頷く春菜。実際、恐らく一番手間をかけて穏便に処理をしてくれるであろう天才科学者・綾瀬天音ですら、春菜程度の発想力ではどんな影響をもたらすか想像もつかない。

「では、話を戻して二つ目の選択肢について。二つ目の選択肢は今の状態のまま、肉体を捨てた神になる事。メリットは、もっとも小さな影響で奇跡を起こせる事。デメリットは、あなたがどう頑張っても元の生活に戻れなくなる事。
 正直なところ、この世界の神としてはこの選択肢が一番処理が簡単でありがたくはありますが、一番目と結果があまり変わらなくなりそうなので、正直お勧めする気も強制する気もありません」

「それも、考えるまでもなく選べません」

「では、三つ目。忙しくてどなたも気が付いておられませんが、宏殿が作ったもう一体の管理者のボディに、あなたの情報が混ざっています。それを利用して新たな身体を作ることで、肉体を捨てた神になるのと同じぐらいのリスクで奇跡を起こせます。寿命についても普通の人間よりは長くなりますが神になるよりは短く、死後に全ての記憶と経験をリセットして神ではない存在として新たな生を謳歌することもできます。
 また、先ほどの蘇生に関する問題点も、この選択肢を取った場合は春菜殿の新たな身体に全てのゆがみを持ちこむという手段が使え、達也殿と真琴殿に対するマイナスの影響なしで生き返らせる事ができます。
 デメリットについては、まだまだ色々不安定ですので必ずしも子をなせる身体になるとは限らず、また、自我や魂が出来上がる兆しを完全に潰してしまう事ですね」

「……正直、他人の肉体を乗っ取る時点で色々アウトだとは思いますが、三つ目の選択肢って健康診断とかはどうなりますか?」

「当然、普通の結果は出ないでしょうね。さすがにあなたがいる時代から後の健康診断となると、少々のことでは誤魔化しようが無くなってしまいますから」

「……だったら、やめておいた方が無難ですね。産まれるはずだった命を乗っ取るなんて後味の悪い事をした揚句、普通の生活に困る肉体をもつなんてそれこそ、高次生命体方面の知人とかがどんな反応をするか分からなくて怖いです」

 春菜の回答に、小さく頷くアルフェミナ。どれも一長一短ではあるが、元々無理をして本来死んでいる人間を生きていることにするのだ。全てにおいて丸く収まる選択肢などない。

「では最後の選択肢、この場で自力で奇跡を起こし、肉体を修復して全てを巻き戻す事。今回のような事例において、人間が神化する上での常道とも言える方法です。今までの選択肢を選ばない以上、これしか選択肢はありません。
 はっきり言います。これに関しては、どこにどんな影響が出るかはまったく予想できません。更に言うと、まだ死亡が確定していない、完全に魂と縁が切れている訳ではない肉体を修復する以上、三つ目の選択肢のように春菜殿の肉体にゆがみを集中させる、という手段も使えません。
 そして、これは二番目以降の全ての選択肢に共通ですが、あなた自身はいろんな意味で後戻りはできません。その恋心が成就しなかったからと言って、定命の存在に戻る事はできないのです。
 それでも、この選択を望みますか?」

「もちろん」

 アルフェミナの覚悟を問う言葉に、迷うこと無く頷く春菜。アルフェミナに失恋後について脅されたが、仮に失恋が確定した場合、それを抱えて生きていく事に関しては寿命の長さなどあまり関係ない。

 それに、ポジティブに考えるなら、無限に近い寿命があるなら、その間想い続けてアタックし続ければ、いつかは成就する可能性だってある。それで迷惑をかけてしまうのは駄目だが、恋を続けるだけなら誰に文句を言われる筋合いもない。

 故に、失恋の可能性は選択を諦める理由にはなり得ない。

「……分かりました。正直に言うと、イレギュラーであるあなたの影響力が極大にまで増幅されてしまうので、あまりその選択を選んで欲しくはなかったのですが、人間関係と言う意味では一番丸く収まりそうなのもこの選択肢ですからね。
 この後起こるあれこれはどうにかしますので、春菜殿の想う通りに行動してください。
 女神となるための最後のひと押しについては、やり方は恐らく説明しなくても分かるかと思いますが、説明した方がよろしいですか?」

「大丈夫です。ウルス城の禁書庫で得た四つの魔法、これを合成して進化させればいいんですよね?」

「ええ。それだけの事です。ですが、あなたが合成して作り上げる術は、私が使うそれとは間違いなく別物になるでしょうね。はっきり言って、どうなるかが分からないので、アドバイスのしようもありません」

 どこか投げやりなアルフェミナの言葉に微妙に苦笑しながら頷き、さっさと術を合成、進化させる春菜。

 これまで制御に苦労し消耗に苦しみ、最後に使えるようになったウルトラスローに至っては使うたびに自分の何かが変質していく恐怖でまともに使えもしなかった四つの魔法。実は、世界を巡っているうちにいつの間にか、合成して一つの魔法にまとめ上げる方法に気が付いていた。

 ただ単純に、まとめ上げるには肉体が微妙に追いついておらず、更に心の奥底で宏と並びたてる存在になる事を望みながらも人間をやめる踏ん切りがついていなかったため、事ここに至るまで触れずに放置してあったのだ。

 既に結果が出てしまったためか、それとも肉体という枷が一時的にとはいえなくなっているからか、気負いも何もなく合成作業を進めた結果、作業の難易度も何も無視して非常にあっさり一つとなる四つの魔法。その作業による進化で四つの魔法は魔法と言うくくりから外れ、春菜の一部として完全に定着、春菜を人間から女神に後戻りできない形で変化させた。

 もともとユニコーンに御仏の教えを定着させてしまった時点で、春菜はいつ神仏の類になってもおかしくないぐらいにいろんな条件を満たしていた。そして、聖者の肉体の復活と言うのは、新たな、それも力の強い神が生まれる流れとしてはもっともポピュラーなもののひとつである。

 春菜があっさり合成に成功したのも、ある意味では当然なのだ。

「……まあ、予想はしていましたが、あまり簡単に合成されてしまうと、いろいろ複雑なものを感じますね」

「多分、腹をくくったからでしょうね」

「……それぐらいの事で簡単に女神になられても困るのですが、まあ、いいです。蘇生の作業に入る前に、注意事項があります」

「注意事項?」

「はい。あなた自身への反動は覚悟ができていましょうが、それ以外の問題についてです。生き返らせられる側にも関わってくる事なので、休眠状態で保護してある達也殿と真琴殿の魂を、一時的に起こします」

 そう言って、達也と真琴の姿を呼び出すアルフェミナ。吹き飛ばされる直前の姿で唐突に知らぬ空間に引っ張り出され、落ち着かぬ様子で周囲を見回す達也と真琴。

「えっと、ここは……?」

「ってか、あたし達、まず間違いなく死んだわよね?」

「ええ、お二人は間違いなく死んでいます。ここは私、アルフェミナのテリトリーともいえる高次空間です。今から、一度死んだ事により女神へと神化した春菜殿の力で、ルールを悪用してお二人を復活させることになるのですが、いくつか問題がありまして」

 突然現れたアルフェミナに一瞬驚き、だが、かけられた言葉で大体の事を察して聞く姿勢に移る達也と真琴。それを見て、話を続けるアルフェミナ。

「恐らくダルジャンから話を聞いているかと思いますが、お二人のように他の世界から我々の世界へ迷い込み、もしくは強制的に送り込まれた生き物は、基本的にこちらの世界で死ねばこちらに来る直前の状態まで巻き戻され、同じ原因で再びこちらに迷い込まないよう元の世界のタイミング調整をした時間軸に戻されます。
 ただし、戻す際にいろいろ問題があって、二度とこちらに来れないように、という処置は取っていませんので、違う原因であれば死んだ直後のこの世界に戻ってくる事がない訳ではありません。
 女神となった春菜殿の力を使い、その抜け道を悪用すれば、お二人はすぐに復活できます」

「それをわざわざ俺達に説明するって事は、その抜け道の悪用とやらに何か致命的な問題がある、と言う事ですね?」

「後、あたし達だけって事は、春菜と澪は対象外なんですか?」

「そうです。春菜殿にとって致命的な問題、と言うのはもう既に説明を終え、本人が納得の上準備をしています。また、澪殿はまだ死んでおらず、元の時間軸に戻って春菜殿がリターンヒールでもかければリスクなしで復活できます。ですから、お二人にとっての致命的な問題を説明します。
 まず、復活した時点で魂の保全の効果が切れるため、次に死んだ時には本来の処置で元の世界に送り返す事ができません。所詮抜け道は抜け道でルールの悪用はルールの悪用ですので、場合によっては次の死亡が本当の死亡となりえます。
 また、お二人が今持っている力がすべて定着してしまい、お世辞にも普通の人間とは言えなくなってしまいます。宏殿のように包丁が刺さらない、とまではいきませんが、お二人とも包丁で刺されたとか信号無視で突っ込んできたトラックにはねられたとか、その程度の事では死ななくなるでしょう。
 そして最後に一つ。どれほど春菜殿が上手くやっても、肉体側に何らかの変質が出てくるはずです。その度合いがどの程度になるのかは春菜殿の腕次第ですが、最悪肌の色が緑になったり、角やうろこが生えてきたり、その他日本で生活するのに不都合が生じる種類の変質が起こる可能性もあります。
 それらを踏まえたうえで、それでも今生き返る事を望みますか?」

 アルフェミナの長い、保険の契約時のような説明を聞き、しばし考える達也と真琴。ちらりと視線を交わし、春菜の様子を確認し、意を決したように口を開く。

「今回の様子を見た限り、生き返っても今後は足手まといになる可能性が高いのは承知しているが……」

「このまま向こうに戻るってのも、正直嫌なのよね。逃げたみたいで気分悪いし、宏をそのままにしとくのも怖いし、そもそも対邪神での戦力として以外でも役に立てる事はあるし」

「ま、そういうことだ。迷いがない訳じゃねえが、正直ヒロと春菜と澪だけってのも色々不安があるしな」

「ウジウジ悩んでる暇もなさそうだし、さっさとパーッと生き返らせちゃって」

 声に震えこそ混ざっているが、思ったよりも迷いのない口調で告げる達也と真琴。そんな二人に、死んだら終わりという微妙に想定していなかった問題を聞かされた春菜が、少し泣きそうな顔で確認する。

「本当に、本当にいいの? 今回はともかく、次同じ事があったら終わりなんだよ?」

「二度と生き返れない、っつうけどな、元々人間ってのはそういうもんだ。今までが過保護すぎたんだよ」

「そうそう。それに、後戻りできないのはあんたもでしょう? 陳腐かもしれないけどね、あたし達にも意地ってものはあるし、年長者としてここで日和るのは情けなすぎるのよ」

「さすがに身体の変質だけはちょっと怖いが、そこはもう春菜を全面的に信頼するさ。お前なら、こういう時にはそこまで致命的なミスはしないだろう?」

「まあ、変質って言うのがボインになる、ってんだったら大歓迎だけどね」

 春菜の問いかけに、笑って答える達也と真琴。声の震えまでは隠せないが、最後には茶目っ気のある言葉を告げる程度にはちゃんと意地を張って見せる。

 あれだけあっさり死んだのだ。達也にせよ真琴にせよ、怖くないなどとは口が裂けてもいえない。タンク以外は当たれば即死、なんて状況はネトゲでは珍しくもなんともないが、それがいざリアルに自分の命に降りかかってくるとなると、怖がらないのは余程の愚か者だけだ。

 自然の摂理に従うだけなのだから、ここでルールに従って退場しても誰も文句を言わないだろう。正直に言うなら、死んだ記憶を持ったまま再び死の危険がある相手と向きあいたくなどない。

 だが、それ以上に、残される宏達が心配なのだ。怒りにまかせて無茶をしないか、自分達の死で心を壊さないか、己の無力に自棄を起こして自堕落な暮らしをしないか。

 春菜がいれば大丈夫だと思いたいが、最近の春菜は宏に対しては色々と引きずられやすい。エアリスもアルチェムもローリエも、この点に関してはまだまだブレーキにはなり得ない。

 宏の行動に悪乗りしたり、強引に押し切られたりといまいち頼りなくはあっても、結局達也と真琴は、ちゃんと宏達の保護者をしていたのだ。

「つうわけで、さっさとやっちゃって」

「……うん」

「春菜殿、エアリスから私のもとに力が届いています。少々制御が難しくなりますが、リスク分散のために使ってください」

「分かりました、ありがたく使わせていただきます。……タイム・ドミネイション」

 真琴に促され、アルフェミナから受け取った力を自身のものと混ぜ込んだ上でリンクを形成しながら、完成した己の新たな力を完成した瞬間に思い浮かんだ名前とともに解き放つ春菜。

 春菜がキーワードを口にすると同時に、本来の時間軸に居る春菜の身体が輝き、澪の下半身が巻き戻しのように元通りになり、消失したはずの達也と真琴の身体が何事もなかったかのように五体満足の姿で現れる。それと同時に、達也と真琴の魂がこの場から消える。

 これだけの奇跡だ。初めてオーバーアクセラレートを起動した時ぐらいの消耗を覚悟していたのだが、余程完全に馴染んだのか、小指を動かすほどの苦労もなくあっさりと事を成し遂げてしまう。

 その事実に、自身がいわゆる神の類になってしまった事をこれ以上ないぐらい自覚してしまう春菜。

 もっとも、エネルギーの消耗とは別に、反動に関しては念のために時間制御で先送りをしているため、一番やばいあれこれはこの後に利息を乗せた状態で襲いかかってくるのだが。

「……本当に呆れるばかりですね。達也殿と真琴殿に対する影響は必要最低限、世界の因果に対しても異界化した空間で起こった新たな神の誕生に伴う出来事、として、抜け道を悪用したことも含めて完全に欺き切っています。
 ここまで完璧だとあなたへの反動がいろいろ心配ですが、世界としては問題がないところが一安心です。
 恐らく単独で邪神とやりあえるであろう宏殿にも呆れるしかありませんが、春菜殿も大概ですね、本当に」

「さすがに、最善を求めて全力を出した結果に呆れられるのは釈然としないんですけど……」

「正直に言います。私は貴方に対して、こちらに来た当初からずっと驚かされ、呆れさせられてきました。
 そもそもの話、本来こちらの世界に飛ばされてくる人間の中にあなたが含まれるケースは、どの過去にもどの未来にも存在しなかったんですよ?」

「えっ?」

「こちらに飛ばされてくる確率0%という因果律を無視し、何度も確定しかけた未来をひっくり返し、挙句の果てに本来の流れでは起こり得なかった宏殿の神化という結果を手繰り寄せる、そのきっかけを的確に引きよせたのですから、私が呆れるのも仕方がないとは思いませんか?」

「……えっと、その、なんかごめんなさい……」

 アルフェミナのある種理不尽な糾弾に、思わず謝ってしまう春菜。宏の性格や行動原理を理解している今となっては、確かに春菜と行動していなければ絶対に選ばないであろう選択肢が多数存在し、その積み重ねがエクストラスキル習得につながっている事例があるのは納得せざるを得ない。

 宏がこちらで習得したエクストラスキルのうち、特に春菜の関与が怪しそうなのが土木と農業、それから釣り。初期段階で宏単独だった場合、人とのかかわりが薄くなることが予想されるため土木関係は今ほど積極的に触れなかっただろうし、農業も似たようなものである。

 釣りに関しては、確率うんぬんの話に関わってくる部分で、宏が気まぐれに釣りをしたポイントで、リヴァイアサンを釣り上げる確率はどうなのか、という話だ。さらに、釣りの関係から料理も春菜がいなければエクストラスキルには至らなかったであろう。

 もっとも、確率0%を無視するという話から考えると、神の船で飛行中にジズのバードストライクを受けて墜落させるなんて事は、春菜が絡んでなければ恐らくまず起こらなかっただろう。そう考えると、どっちにしても春菜がいなければ料理のエクストラスキルは習得に至らなかったに違いない。

「とりあえず最後に忠告しておきます。
 あなたの存在でもはや完全に因果律が乱れており、私程度ではこれから先の出来事はほとんど確定的な事は分かりません。
 あと、その力を過信してはいけません。時間や空間を自由に操作できるのは、あくまであなたの干渉力で上回れる範囲だけです。相手の干渉力の方が強い場合、全面的に受け入れてもらえる範囲でしか制御できない事を肝に銘じておいてください。
 それと、念のためにもう一度言っておきますが、同じ事ができるのはあくまで今回だけ。達也殿と真琴殿に次はありません。あなた自身にしても、肉体を完全破壊されればいかに時間を制御できようと、千年は元の世界にもこの世界にも干渉できません」

「分かってます。とりあえず今だけどうにかできれば、それで十分です。元々乱用するような力でもありませんし」

 春菜の返答に、いまいち信用できないものを見る目を向けながら、ため息交じりにアルフェミナが小さく頷く。もはや春菜の存在そのものに馴染み切った力なので、どう注意したところで無意識に使ってしまうのは分かりきっている。そして、その度に巻き起こる問題のつじつま合わせでアルフェミナが振り回されることになるのも、既に覚悟ができている。

 アルフェミナ自身も、この世界とともに神として自然発生してからしばらくは似たようなミスを繰り返しては、この世界の管理を任された創造神や維持のための舞台装置として作られた他の神々を振り回していたのだ。

 自身がかつて通った道である。因果応報として受け入れるしかないし、春菜はそういう部分は慎重なので、産まれたばかりの頃のアルフェミナ自身よりはマシであろう。

 それに、宏達が来てから多忙だった原因の半分以上は、春菜が来た事によって発生している。はっきり言って今更の話だ。

「では、そろそろ愛する人を助けに戻りなさい」

「はい。色々お世話になりました」

 アルフェミナの言葉に一つ頭を下げ、死者蘇生の反動を先送り処理しつつ修復した自分の身体に戻る春菜。余りにあっさり戻った彼女を見て、再びアルフェミナがため息をつく。

「補助も無しであっさり自分の身体に戻れますか。本当に飲み込みが早い……」

 以前に神化した者達の姿を思い浮かべ、彼らとのあまりの違いにアルフェミナの口からぼやきが漏れる。彼らの様に飲み込みが悪いのも困るが、あそこまで何事もなかったかのように使いこなされると、使いこなし過ぎてこちらに余計なトラブルが降りかかってきそうで、それはそれで困る。

 贅沢を言うようだが、邪神がらみで色々と手が足りない現状、ほどほどのところで大人しくしておいてほしいのが、アルフェミナの本音だ。

 だが、神すらも超えた春菜の因果律かく乱体質の事を考えると、本人がどれほど気を使ったところであまり意味がない。アルチェムがどんなに慎重に行動してもエロトラブルを巻き起こすのと同じようなもので、本人の努力や周囲の協力だけではどうにもならないことなどいくらでもあるのである。しかも、神化したことでその振れ幅や影響範囲が今までよりはるかに大きくなっている。

 またしても貧乏くじを引かされる事を悟り、思わず遠い目をするアルフェミナであった。








「お前、ほんまゴミっちゅうんも勿体ないほど最低やなあ」

 まだエアリス達が必死になって宏達を探し、春菜がアルフェミナと話し合いをしていたその頃。微妙に復活しかかっている宏の心を徹底的に折るために、オルディアは演技を再開していた。

 とはいっても、言葉づかい以外は、さほど演技の必要がない人物だ。何しろ、たかだか十三、四歳ぐらいでオルディア好みの腐った性根を完成させた、まともな環境下で少しでも本性が外に漏れれば間違いなく排除されるしかない類の女である。

 わざわざ考えなくても、この種の女が言いそうな事、取りそうな態度、浮かべそうな表情など自然に再現できる。

 正直な話、オルディアからしてもモデルとなったこの女は、いろんな意味でゴミ以下としか思えない人種だ。性根の腐り具合は好みだが、では自分の手駒、もしくは仲間に居たらどうかと言うと、こんな無能はとっとと捨て駒にでもして排除するべし、と真っ先に判断するだろう。

 協調性など求めないが、周囲を見下すだけで碌に頭も使わず、感情だけで行動して周囲を巻き込んで自滅するような脳なしは、いかに腐った性根の持ち主がもてやはされる邪神教団といえども必要ないのだ。

 同じ性格の悪い屑ならば、その性格の悪さをフルに発揮して相手を手玉に取る能力がなければただの役立たずである。

 オルディアに言わせれば、上手く環境を利用して東宏に一生もののトラウマを刻み込んだ事以外、この吉村と言う女には一切価値がない。恐らく、邪神教団でも上層部に居る人間やモンスターなら、同じ評価をするであろう。はっきり言って、同じ無能ならまだ理屈の上では正しい行動を取っていたファーレーンのカタリナの方がはるかに使える。

 似たような属性、似たような立ち位置に居るオルディア達にそこまで言われるのだから、主犯として宏を徹底的に壊し、その報いを受けて精神崩壊を起こした吉村と言う女がどれほどだったのか、想像に難くない。

「お前のせいで死んだ連中も存在そのものが公害みたいなもんやったけど、それでもお前の最低さには負けんでほんま」

 恐らく、本人が実際に口にしたならお前が言うな、とオルディアですら突っ込んだであろう。そんな言葉でじわじわと宏のトラウマをえぐり直す。

 どう考えても二度目のチャンスがない以上、今回罪悪感と過去の恐怖の合わせ技で心を壊しきらないと、二度と自分達では宏を排除する事は出来ない。

 何しろ、この期に及んでも、肉体の再生能力を超えるだけの物理ダメージを与えられる気がしないのだから。

「こいつらもええ面の皮やろうな。善人ぶって再生利用も再処理で無害化もできんようなゴミ屑に同情する自分に酔っぱらった揚句、巻き込まれて無駄死にしたんやから」

 そう言いながら、死体が残っている春菜と澪に視線を向けるオルディア。その視線にあわせて、澪の下半身の咀嚼を終えたオクトゥムが、残りのパーツをかじろうとする。

 その瞬間、青い清浄な光が春菜の身体から広がり、巻き戻しのように自身と澪の身体を修復。更にザーバルドが消滅させたはずの達也と真琴を復活させる。

「なっ、なに!?」

 いきなりの出来事に、演技を忘れてうろたえるオルディア。異世界から飛ばされてきた人間である以上、例外ルール適用による死者蘇生の可能性も考慮はしていた。

 だが、今回起こったのは、そんな例外ルール適用なんていう簡単な話ではない。

 例外ルール適用ならば、ダンジョン化したこの空間にも外の世界にも、尋常ではない影響が発生する。なのに、今回の死者蘇生は、目立つ影響はまったく出ていない。

 恐らく、よく確認すれば出ているのだろうが、少なくともオルディアがざっと確認できるようなレベルでは発生していない。

「ま、まさか、藤堂春菜を仕留めそこなった!?」

 宏とは別の意味で要注意人物とマークしていた春菜。間違いなく心臓を完全破壊してはいたが、宏に対して追撃するために、即座に死体を完全破壊するのは避けていた。

 実際のところ、心臓を破壊した程度で即死したかどうか、という点は大いに不安ではあったのだが、今のタイミングで追い打ちをかけるように、縋るべき死体を無残に食らい尽くされるという演出に使わねば、弱点をついてかつ周囲の人間と言う支えを奪ってさえ、無駄に強靭な宏の精神を壊しきる自信がなかった。

 正直、ただ殺すだけなら、ザーバルドとオクトゥムが問題なく動けるようになってから一度だけ、単独行動をしていて奇襲でしとめられるかも知れないタイミングもあった。それをあえて見逃したのも、知らぬところで殺しても今ほど効果的にダメージが入ると思えなかったからだ。なので、最後の最後まで利用しつくそうと色気を出してしまったのだが、どうやらここにきて裏目に出てしまったようだ。

 やはりさっさと破壊しておくべきだった、と後悔し、立ち上がった春菜を見て、仮にさっさと壊していても無駄だった事を悟る。

「……やっぱり、初めてだと何もかも上手くとはいかないね。向こうでイメージしてたのと、随分タイムラグが出てる」

「……春菜……さん?」

「うん。とりあえず、詳しい話は後にして、一旦お城に戻ろう。澪ちゃん達もまだ意識が戻らないし、私と宏君だけで澪ちゃん達を守りながら相手を全滅させるのは厳しいし、ね」

 そう言いながら、あっさりダンジョンを砕く春菜。時間と空間に関しては、宏よりはるかに強力な権能を持つからこそ可能な荒技である。

 砕けたダンジョンがあった場所は、春菜達の知らない、恐らく城と思わしき建物の中であった。

「逃がすとでも……!」

 あっさりダンジョンを砕いた春菜に対し恐れを抱きながらも、二度目の奇跡はあるまいと踏んでせめてもの抵抗とばかりに達也と真琴、澪の三人を再び殺害せんと攻撃を仕掛けるオルディア達。どことなくふざけた態度を見せている不定型生物・オクトゥムでさえ妙に必死だ。

 だが、あっさりダンジョンが砕かれた事からも分かるように、オルディア達では春菜の干渉能力を超えられない。故に

「タイム・ドミネイション」

 仕掛けた攻撃は、春菜のその一言であっさりと停止する。

「ん~、制御は難しくないけど、力加減の基準がないから使うのがちょっと怖いなあ、これ……」

 そんな事を言いながら、さっさと現在地の座標と神の城の位置を割り出し、仲間全員を手元に呼び寄せて転移する春菜。神化したばかりとは思えない、実に無駄のないスムーズな力の運用である。

 とはいえ、神の城の所在地割り出しに関しては、何やら良く知る気配に誘導されたために簡単に終わったが、それがなければ探知妨害の影響もあって、ここまで簡単にはいかなかったのだが。

「……最後の最後で、作戦失敗だなんて……」

 春菜の力を振りほどいて再びオルディア達が動き出した時には、もはや日本人一行の存在は姿どころか残り香すら感じ取れなくなっていた。

『オルディア。あれには勝てない』

「今度は自爆特攻の計画を立てて、あの女がもっと高精度で使いこなす前にぶつかっていくしかないな」

 オクトゥムとザーバルドの正直な言葉にうなだれ、その場に崩れ落ちるオルディア。もはやザーバルドの言うように、早い段階で自爆特攻をする以外にできることなどない。

「……犬死にすることになるかもしれないけど、いいの?」

「上手くすれば、神化していない三人を仕留める事ぐらいは出来よう」

 恐ろしく潔いザーバルドの言葉。それを聞いて腹をくくるオルディア。

 ありったけのリソースを注ぎ込んでの作戦は失敗した。もはや簡単に立て直せないところまで疲弊してしまった以上、責任を取る方法はザーバルドの提案しかない。

「そうね。覚悟をきめましょう」

 春菜の神化というイレギュラー。それにより致命的な形で作戦が失敗したオルディアは、もはや後がないと完全に覚悟を決める。

 こうして、双方に後戻りできない形での影響を残しながら、事態は最終局面へと動き出すのであった。







 澪が目を覚ましたのは、神の城に戻ってすぐの事であった。

「えっと……、師匠!! 春姉!!」

 神の城に戻り、とりあえず適当な部屋のベッドに三人を寝かせたところで、目を覚ました澪が飛び起きる。

 下半身を食いちぎられ意識を飛ばす直前、澪は春菜の心臓を謎の液体が貫いたシーンを目撃していた。そのため、意識を取り戻して真っ先に気にするところは、やはり宏と春菜の無事であった。

 なお、一番最初にやられてしまった関係上、澪は達也と真琴がどう言う死に方をしたかまでは知らない。せいぜい、状況的に無事ではないだろうと察している程度である。

「良かった。澪ちゃん、ちゃんと目が覚めたんだ」

 飛び起きた澪が周囲の状況を把握するより早く、ほっとしたような笑顔で春菜が声をかける。

「春姉……?」

「うん」

「大丈夫、だったの?」

「大丈夫、ではなかったかな?」

 既に鎧を外して普段着になっている春菜の胸元を見て問いかけてくる澪に対し、春菜が正直に答える。その答えを聞いて、側に来た春菜にしがみつき、その胸元に耳を当てる澪。

「……私の身体はちゃんと元に戻ってるから、安心して」

「……ん」

 春菜の柔らかな胸の奥、確かに聞こえる心臓の鼓動。普段通りの優しい温もり。記憶の中にあるそのままの春菜の感触。

 五感のうち味覚以外全てで春菜を感じ、ようやく自分達が生きて帰ってきたことを実感する澪。

「本当に、本当に元通り?」

「中身は完全に元通り、とは言えないけど、身体の方は元通り」

「傷跡とか、残ってない?」

「時間を巻き戻したから、大丈夫。さすがにここではちょっと見せられないけど、後でお風呂の時に確認してくれればいいよ」

「……ん」

 いくつか疑問の残る春菜の回答。だが、普段通りの春菜がこの場に居る、と言う事に比べれば、澪からすれば大した問題ではない。

 それに、ザナフェル復活の時の会話あたりから、春菜がどうなったのかと言うのは大体想像がつく。その想像通りだったら、正直澪にとってはどうでもいい事である。

 溢れてくるに任せて涙を素直に流し、澪は自分の心の整理がつくまでずっと、春菜に抱きついて甘えることにした。

「……春姉」

「何?」

「師匠、大丈夫だったの?」

「……大丈夫、とは言えないかな……」

 数分後。自然に涙が止まると同時に心の整理もつき、今後の事を考えるべしと、五体満足で普段通りに動いていた春菜の姿に吹き飛んでしまっていた疑問を問う澪。

 澪の問いに対し、部屋の隅でいまだに呆然としている宏に視線を向け、悲しそうに春菜が言う。

 過去に受けた一番大きな心の傷をえぐられ、目の前で仲間が全滅し、更にそれをネタに敵から散々精神攻撃を食らっているのだ。

 死んだはずの春菜が復活し、その力で奇跡を起こして全滅した事をなかった事に書き換えたからと言って、すぐに立ち直れるはずがないのだ。

 下手をすると、今のこの状況が自分の都合のいい夢だと思っている可能性すらある。

 いかに宏の精神力が強靭であっても、このまま放置すれば壊れかねない。

「……師匠、どうして動かないの?」

「私達が生きてる事を、多分信じられてないんだと思う。思うんだけど……」

「……難しい」

 春菜の言わんとしている事を察し、澪が渋い顔をする。

 身体を起こした直後の様子を考えるに、恐らく宏と春菜はまだ、物理的な接触を持っていない。宏は今まで視界に入らない場所に座ったままだったし、春菜は達也と真琴をベッドに寝かせて様子を確認していた。

 はっきり言って、澪ですら春菜が生きている事を実感し、納得できたのは春菜に抱きついた後だ。目の前であれだけ見事に殺されていると、物理的に肉体を一度も触れ合わせていなければ生きていることなど実感できるはずがない。

 だが、そもそもパーティ壊滅の原因は、相手が宏の女性恐怖症の根幹とも言える部分を容赦なく徹底的にえぐってきた事である。これまで劇的とも言えるほどの改善を見せていた女性恐怖症が、再び極端に悪化していてもおかしくない。

 それゆえに、春菜は自身が生きている事を納得させられる一番簡単な方法を、素直に実行できずにいるのである。

「……正直、今まで生きてきて、こんなに怖いと思った事はないよ……」

「……春姉……」

「ここに逃げてくるまでは、このままだと宏君が壊れるって必死で、あえて深く考えずに、っていうか後の事を考えてためらう暇が惜しくて一気に突っ走ったけど……」

「……ん……」

 春菜の感じている恐怖、それに共感してしまい、己の身体が小さく震えるのを自覚する澪。

 このまま放置すれば、間違いなく宏は壊れる。だが、迂闊に近づいて接触を持って、女性恐怖症が悪化しても、やはり宏は壊れかねない。

 微妙な天秤のバランス。迂闊な対応をすれば単に天秤が傾くだけでなく、天秤そのものがバラけてしまいかねない、その癖放置しておいても天秤が壊れる側にどんどん傾いてしまう、そんな危機的状況。

 何もしないのが最悪と知りつつ、ではどうすればいいのかが見いだせず、産まれて初めて、春菜は恐怖で何の決断もできないところに追い込まれていた。

 だが、春菜が恐怖でためらっていた時間は、なんだかんだいってそんなに長くはなかった。

「……怖いからって、このままじゃ駄目、だよね」

「……春姉?」

「少しだけ、様子を見てみるよ」

 何もせずに宏が壊れてしまっては、何のために自分が人間をやめてまで、澪達を生き返らせたのか分かったものではない。同じ後悔するならば行動してから後悔しようと腹をくくり、宏の反応を見るために慎重に距離を詰める春菜。

「宏君」

 普段の七十五センチまで近づいたところでわずかに反応があり、その反応がネガティブなものではない事を確信したところで、声をかけながら思い切って十センチ距離を詰める。

 いまいち焦点があっていなかった瞳で達也達が寝かされているベッドを見ていた宏が、春菜の呼びかけに反応してのろのろと顔を上げる。

「大丈夫だよ、宏君。みんな、ちゃんと生きてるから。宏君の都合のいい妄想とかじゃなくて、ちゃんと現実だから」

 視線を合わせるようにゆっくり側で膝をつき、そっと慎重に宏の手を取る。春菜の手が触れた瞬間、宏の身体が震える。

 宏の身体が激しく震え始め、女性恐怖症の反応が大きく出たのを見て慌てて、それでも慎重にそっと手を離そうとする春菜。頭の中は失敗したと言う言葉と、その結果に対する恐怖と後悔で一杯である。

 だが、今までなら意識を手放しかねないほどの反応を見せながらも、なんと宏の方から春菜の手を握りしめた。その反応に意識を軌道修正し、宏のもう一方の手に自身の手首をつかませ、脈拍が分かるように親指を誘導する春菜。

「ちゃんと、脈があるでしょう? 体温を感じるでしょう? 私、ちゃんと生きてるから。大丈夫だから……!」

 春菜の言葉と、指に伝わる春菜の脈拍。その二つにより、呆然としていた宏の目の焦点が合い始める。

「師匠。ボクもちゃんと生きてる。ちゃんと足も体温もある」

 縋るように春菜の腕を握り、脈を確認していた宏に、澪が同じように側に近付いて健在をアピールする。今が勝負どころだ。その直感に従い、慎重に、だが大胆に行動を起こす。

 澪のアピールをうけ、宏は確認するように澪の全身に視線を這わす。宏の視線に応えるように、その場で元気に飛び跳ねて見せる澪。

「ほんまに、ほんまに無事なん……?」

「うん。元通り、とは言えないかもしれないけど、本当にみんな生きてるから。ね、澪ちゃん?」

「ん」

 春菜に促され、健在アピールをやめて宏のそばまで近寄る澪。戦闘中やダンジョン、作業指導などのどうしようもない時を除き、初めて澪が九十センチの壁を突破した瞬間であった。

「……師匠」

 春菜にならい、宏に手を差し出す澪。縋りつくように春菜の腕を握りしめていた手を片方だけ離し、差し出された澪の手を取る宏。平熱がやや低めの澪の体温。それを感じ取り、恐る恐る脈拍を確かめる。

 控えめに、だが元気にしっかりと生きている事をアピールする澪の脈拍。それをはっきり確認したところで、宏の中で何かがはじけた。

「春菜さん……、澪……」

「えっ?」

「あっ」

 感極まったように、二人の少女を抱き寄せて抱き締める宏。性的な意味も下心も、恋愛感情すらない行動だが、今の宏にとっては、何よりも必要な事だった。

 今まで、ライム以外でこれほどの接触を持てば、一分たたずに女性恐怖症の症状が出ていた宏。いや、現時点でも既に身体には症状が出始めている。だが、この時ばかりは、自分の準備不足を含めた情けないミスで死なせてしまったはずの仲間、その生存を確認したいという欲求が、女体に対する恐怖心を一蹴していたのである。

 抱きしめた腕から伝わってくる体温。至近距離から聞こえてくる息遣いと鼓動。春菜と澪、それぞれの個人特有の香りと生きている人間だけが放つ生命力溢れる匂い。

 間違いなく、春菜も澪も生きている。吐息が一つ耳に届くたびに、鼓動が一つ伝わってくるたびに、その確信が強くなっていく。

「宏君……」

「師匠……」

 図らずも、自分達の意識がある状態で恋する乙女の念願の一つが叶い、嬉しさと恥ずかしさと幸福感でどうにかなりそうになりながらも、しっかりと宏を抱きしめ返す春菜と澪。

 うるさいぐらいに嬉しそうに高鳴る心臓の音が恥ずかしく、だが、むしろどんどん聞こえて欲しくもある。

 さっきの今なので女性恐怖症を乗り越える事は一切期待していないが、それでも今回を切っ掛けに自分達の恋心が正しく伝わり、そっち方面で少しぐらいは意識してくれると嬉しいなどと下心もあり。

 春菜も澪も、宏に抱きしめられながら、宏がちゃんと立ち直った上でとの但し書き付きでこの時間がいつまでも続けばいいのに、などと切実に思っていた。

「……良かった……、……生きとった……、……ごめんな……」

 いつの間にか感極まったように泣き出した宏が、嗚咽交じりにうわごとのように繰り返す。そんな宏の震える腕にそっと触れ、背中をぽんぽんと軽く、あやすようなリズムで叩く春菜。

「もう大丈夫だから。私達は死なないから」

「……ごめんな……、……ごめんな……」

 涙でかすれる声でひたすら謝り続ける宏。そんな彼に黙って大人しく、どこか幸せそうな顔で抱きしめられ続ける春菜と澪。

「……青春してるなあ……」

「……なんか、声をかけづらいわね……」

「……だよなあ……」

 そんな学生組を、ようやく目を覚ました達也と真琴が困ったように、だが温かい目で見守り続ける。

 死んで生き返ったという意味では、達也と真琴も結構なものだった。だが、死にざまの凄惨さで言えば春菜と澪に比べれば、と言う面がどうしてもある。やはり、死体が残るかどうかは結構違う。

 まあ、何より最大の問題は、目が覚めるのがかなり遅かったために、どう転んだところで出遅れて空気に馴染めなかったことだろうが。

「とりあえず、ヒロを立ち直らせるのは春菜と澪に任せて、俺らは俺らで反省会だな」

「そうね。何か宏は物凄く自分を責めてる感じだけど、実際のところあたし達の方が反省内容は多いわよね」

「まったくだ」

 空気を読んで宏達が落ち着くのを待ちながら、先に反省会を始める達也と真琴。正直、今回のパーティ壊滅に関して言えば、年長者として情けないにもほどがある点が山ほどある。

 自分達が吹き飛ばされた破壊光線はまだしも、春菜と澪がやられた攻撃に関しては、手持ちの札だけでも対処のしようが十分にあった。

 もっと言うなら破壊光線のほうも、気がついた時点で避けようとしていれば、もしかしたら澪ぐらいのダメージで済んで、春菜に生き返らせてもらう必要などなかったかもしれない。極太といっても人二人分、速度も矢よりは遅かったのだから、相手に誘導性がない限りは絶対に避けられないほどでもない。

 おそらく、最大の反省点は、避けられそうな攻撃を迎撃しようとして直撃を食らうという頭の悪い選択をしたことであろう。

「……次は、絶対に誰も死なせねえぞ」

「……もちろんよ。この際だから、徹底的に駄目だったところを洗い直して、宏が機能不全を起こした時の対処法をちゃんと構築するわよ」

 春菜と澪を抱きしめながら、いまだにうわごとのように謝罪を続ける宏を見て、そんな決意を新たにする達也と真琴。

 オルディアの予想通り、壊滅状態になりながら春菜の起こした奇跡により窮地を脱出した日本人チームは、今まで手つかずだった弱点の数々を克服する、そのきっかけを得るのであった。
陳腐でごめんなさい。
ちょっとオーディン式で吊ってきます。
とりあえず春菜さんは今回の後始末に関して、後の話でちゃんとひどい目にあいますので……
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