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第7話

「あ~、ええ素材掘りやった……」


 一日半の素材収集ツアーを終え、つやつやした顔で宏が満足げにため息を漏らす。その後ろにはいくつかの素材が積み上がっており、この後夜なべして何か作るつもりなのは誰の目にも明らかである。


「で、そんなに素材積み上げて、何作るつもりだ?」


「そら、まずは霊帝織機に決まっとんで。今まで地味に、霊布関係は間にあわせの機材でやりくりしっぱなしやったからな」


「名前からしていかついが、そんなにすぐにできるものなのか?」


「神の城のコアに比べたら、どうとでもなる範囲やで」


 うきうきと主要素材となる霊木をチェックしながら、達也に問われ行きつくとこまで行きついたような事をあっさり言ってのける宏。その表情には、まるでヤバい薬でも決めたかのような風情が漂っている。


「それにしても、霊帝織機なんて厳つい名前のものなのに、材料に世界樹とか使わねえんだな」


「世界樹は、機材には向かんからな」


「そうなのか?」


「せやねん。そもそも、この太さの枝とか加工しよう思ったら、それだけで神の城造るぐらいの手間暇かかりおるしな」


「……さすがは世界樹、ってことか」


「そう言うこっちゃ」


 直径五十センチほどの霊木材を指しながら言った宏の言葉に、どん引きするしかない達也。神の城を造る過程であったあれこれを思えば、どん引きするのも仕方が無いだろう。


「その代わり、もっと細い枝やとかなりすんなり加工できるから、それで弓作ったり武器とか工具の柄に使うたりしたら、物凄い性能になるんやけどな」


「なるほど。武器特化ってか?」


「今の時点ではそんな感じやな。まあ、そもそもの話、家建てられるほどの材木、世界樹からゲットとかできる訳ないし、椅子とか机とか皿とか世界樹の強度がいるような用途ってなんやねん、っちゅう感じやしな」


「食器に関しては、神様に料理捧げるのに使うとかありそうだがなあ……」


「無いとは言わんけど、皿は世界樹の一番でかい葉っぱの方がよさそうやからなあ」


 早速霊木を加工しながら、仮に世界樹を使うなら武器以外にどう言う用途があるかについて駄弁る宏と達也。実際のところ、世界樹で食器を作っても宏基準では別段特別な性能機能があるでもなく、家具に関してもベヒモスあたりから上の素材はもはやデザインや構造以外に差別化される要素が無い。せいぜい若干の向き不向きがある程度だ。


 はっきり言って世界樹の素材各種は、武器と薬類、及び添加剤としての用途以外では難易度の割に価値が薄いのである。


「それにしても、どうせ素材集めが先だからって事ですぐには突っ込まなかったが、先に神器作るんじゃダメだったのか?」


「城に機材設置してからの方が、性能的にもリスク的にも問題少ないからな」


「ああ、なるほどな」


「まあ、一番大きいんは、多分今自由作成の権利使っとかんと使う暇なさそうやから、やったりするけど」


「おいこら、ちょっと待て」


「ええやん。これでも城の機材使って遊ばへん、っちゅうぎりぎりの妥協点やで?」


 宏の指摘に、思わず反論に詰まる達也。


 機材が充実し、余計な補正が入りまくる城の工房で、一週間も好き放題させる。確かに、危険極まりない。主に、作るものが増えそうだという一点で。


「とりあえず、明日一杯で霊帝織機と厨房機材と真火炉のコアは完成するやろうから、僕が遊ぶんはその後からやな」


「できるだけ、穏便なモノづくりをしてくれよ?」


「趣味には走るけど、全部が全部物騒なもんにするつもりはあらへんから安心し」


 いまいち信用できない上、全く安心できない宏の答え。それにどう突っ込もうか悩むうちに、突っ込みのタイミングを失う達也。


 そんなこんなをやりながら、寝るまでに霊帝織機のパーツはほぼ完成するのであった。








 翌朝。


「おおおおおおお!?」


 真火炉棟に仮設置された霊帝織機、その動きを見てライムが驚きの声を上げる。


「……うわあ……」


「見てる前で一反ぐらい織り上がっちゃったわねえ……」


 結構な音をたてながら全自動で霊布を織り上げる霊帝織機に、呻く事しかできない春菜と半ば絶句しながらどうにか感想を述べる真琴。達也と澪に至っては声も出ないようだ。


 今まで機材の問題で一日一反織れるかどうかだった霊布が、近代紡織産業顔負けのスピードで織り上がっていくのだ。絶句するのも仕方があるまい。


 余談ながら、工房の職員で現在ギャラリーに混ざっているのはライムだけである。ファム、テレス、ノーラの三人は、現在どれぐらい料理ができるかチェックする、と唐突に宏が言い出したため、テストのために一生懸命朝食を作っているところだ。お題はアルゲンタヴィス以上のモンスターを使った和風朝食である。


「自動運転はいけるな。後は手動で一反ぐらい織ってみて……」


 などとぶつぶつ言いながら、宏が自動運転を凌駕する速度で生地を織りあげる。完成した布を比較し、少し考え込んだ末に宏が口にした結論は


「やっぱ、自動運転やと品質も性能も落ちるなあ……」


 であった。


「えっと、そうなの?」


「せやねん。まあ、自動やと織るときにエンチャントかけられへんから、どうしても最低その分は性能落ちおるんやけどな。品質に関してはまあ、触ってみ」


 春菜の疑問に答えながら宏が差し出した霊布を、その場にいた人間が順番に確認していく。


「……気にするかどうか、ぐらいだけど、確かにちょっと自動の方が手触り悪いよね」


「ん。これを手触り悪いって言ったら怒られそうだけど」


「ほんの少しざらざらなの」


 真剣な顔で手触りを比べていた春菜を皮切りに、澪とライムが正直に気がついた事を言う。無論、あくまで宏が織ったものに比べれば、という話であり、単純な布として見た場合、これを手触りが悪いなどという人間はまずいまい。普通なら最上級の絹でもこれほどにはならないのだから、澪の言う通り比較しての感想でなければ、手触りが悪いなどといえばいろんな人に怒られそうである。


「……なあ、真琴……」


「……言わないでよ……」


 触って感触を比べて首をかしげていた達也が、同じく感触を比べてしぶい顔をしていた真琴に声をかける。二人揃って、いまいち違いが分からなかったのだ。


 言われてみれば確かに、非常によく注意して確認すればほんのかすかに肌触りの違いが感じられなくもない。だが、一般人に近い達也や真琴では、気のせいだと言われればそう思ってしまう程度でしかない。この程度の差を持って品質が悪い、と言われてしまうと困ってしまう。


「っつうか、性能に関しては分からなくもないが、普通品質って大概は手作業よりも自動機械でやった方が上になるよな?」


「一般的なイメージではそうなんだけどねえ……」


 どう比べても自信を持って言えるほどの違いを感じられない達也が、真琴と正直な感想でぼやき合う。


 現実問題として、一部のジャンルやごく一部の飛び抜けた職人を除き、現代社会で手作業が自動機に品質で勝つ事はまずない。基本的に機械なので作業にムラが出ず、安定して満足がいく品質になるように技師たちが夜なべして機械や工程を改良してきたのだから、ある意味当然である。


 手作業、手作り、と言った表現が自動機での生産に確実に勝てる部分は、言ってしまえば心がこもっているというイメージだけだろう。とある飲食チェーンの会長の、「量産品において、手作りが自動機による工場生産の料理よりうまいと言うのは幻想だ」というコメントは、大半のものにおいて否定できない事実だ。手作りよりまずいのは比較対象が一流料理人の料理だったり、元々の素材や生産工程に問題があったりといったケースがほとんどで、機械による大量生産が原因とは言い難いものばかりである。


 残念ながら近現代では、余程突き抜けた職人による一点ものやどうやっても機械化できなかった作業以外、生身の人間が機械に勝つのも機械に頼らずにいいものを作るのも不可能なのだ。性能に関しても、手作業特有のブレやムラがあった方が均一なものより高性能になるケースがある程度で、大半はちゃんと工程を吟味して機械で加工した方が上になる。


 ただし、それはあくまで現代地球において、普通に手に入る真っ当な素材を使っての話。今達也達がいるのは地球ではなく、使われている素材は普通に手に入る真っ当な素材とは口が裂けても言えず、作業しているのも突き抜けた職人どころかもはや人間ですらない存在だ。今度は逆に、たかが自動機械ごときが勝てる道理が無い。


「まあ、それでも今まで間に合わせの機材で作った奴よりはええし、もうちょい織ってこれでファムらの制服も作るか」


「だって、真琴さん」


「はいはい。デザインすればいいのね」


 宏の言葉を受けた春菜に振られ、軽く肩をすくめながら真琴が請け負う。


「あ、真琴さん。ついでやからジノら見習いのも何かデザインしたって」


「了解。折角だから、何パターンか制服デザインしちゃおうかしら。すごく腕がよさそうに見える服からどう見ても下っ端っぽい服まで」


「ああ、それもありやな。これからどんだけ職員増やすかは分からんけど、服で実力が分かるんやったらそれはそれで便利そうやし」


 真琴が余計なやる気を見せた結果、アズマ工房内で階級制度が爆誕してしまう。そのせいで、こちらでの一番弟子にあたるファム達が後々まで余計な苦労をする羽目になるのだが、主犯の真琴はそこまで考えが至らず、ライムの誕生日プレゼントをデザインした時のように完全にやる気になってしまっていた。


「とりあえず、そろそろ向こうもご飯出来てると思うし、朝ご飯食べてからだね」


「ん。ファム達の腕前が楽しみ」


「テレスおねーちゃんだけ、味付けが普通なの! 美味しくもまずくもない感じなの!」


 微妙にハードルを上げようとした春菜と澪に対し、ライムの正直だが無情なコメントがブレーキをかける。この世界ではスキルと美味いまずいは別問題ではあるが、それを踏まえてもテレスのそっち方面の向上のなさは、ある種の呪いすら感じられる。


 扱える食材のランクが上がってなお、テレスの料理は可もなく不可もなくなのである。


 もっとも、別段食えなくなったり素材を台無しにしたりするような味付けをする訳ではない。最近は使っている食材のおかげで、それなりに美味しくなってはきている。あくまで素材の手柄であり、テレスの腕ではないのだが。


「まあ、そのへんは食ってみりゃわかるだろう。にしても、神殿のメダル量産に関して、今更ちょっと余計な事が気になったんだが……」


「なんや?」


「いや、大量生産っつったらプレス加工でいいんじゃねえか、ってふと思ったんだよ」


「あ~、プレスなあ……」


 達也の質問に、宏が渋い顔をする。その表情を見て、思いつかなかったのではなく単純に難しいのだろうとあたりをつける達也。


 なお、達也が今更メダルの大量生産について思い出したのは、先ほどの霊帝織機を見たせいである。物凄い勢いで自動的に布を織りあげる霊帝織機を見て、なんとなくテレビで見たプレス機による大量生産を思い出したのだ。


 頻度の差はあれど誰でも時折起こる、関連はあれど脈絡は無い発想のつながり。それがたまたま今達也に来ただけであろう。


「プレス加工っちゅうんは、ああ見えてすごい技術の塊やからなあ。ノウハウゼロのところから、僕が関わらんとできるところまで技術進める余裕、ないやん」


「そんなに難しいのか?」


「分かっとるだけでも難点が二つあるで。一つは金型。あれ、上型と下型を噛み合わせた時の隙間が最低でも百分の一ミリ単位、場合によっちゃ一ミクロン未満での調整がいるんよ。それに、抜き勾配とかもかなりシビアに角度調整とかいるし、そのへん失敗すると、あっさり金型割れおるしな」


「あ~、そりゃ無理だな……」


 宏のざっとした説明を聞き、確かに不可能だと判断せざるを得ない達也。宏ならできるだろうが、残念ながらそれを他の人間に伝授する時間的な余裕はない。


 他にもバネや金型に使う素材の問題、金型そのものの設計など、金型を作る段階で現状宏にしかできない事柄が多数ある。部品一つ一つの精度も、これまでのこの世界の考え方では通用しない水準を求められる。間違っても、急場しのぎでやることではない。


「で、もう一つが素材の問題。あれ、結構シビアな要求があるんよ」


「そうなのか?」


「ある程度厚みとか材質が均一で、剛性弾性が一定範囲内に収まっとって、その上で数ミリ程度の薄い板を長く作らんと、連続プレスに使うにはきついで。フォーレでも、圧延関係の技術はそないええレベルでもないし」


「……そんなにシビアなのか?」


「見た目の印象よりはな。特に薄くて長い、っちゅうんがネックや。長いっちゅうても千ミリやそこらやなくて、もっと長く作らんとむっさ効率悪いしな。そこに手間かけるぐらいやったら、最初っから必要十分な技術もっとる鋳造底上げした方が圧倒的に早くて確実や。

 それに、プレス機は注意して扱わんと、操作自体は簡単やから危ないしな。あれは鋳造の溶鉱炉とか溶けた鉄とかほどには、見た目に危険っちゅう感じもせえへんから、余計やで。

 旋盤が危ない、っちゅうん聞いたことあんねんやったら、プレス機もえぐい死亡事故が多いんは聞いたことあるやろ?」


「あ~、確かにそうかもなあ。そこまで考えりゃ、確かに無理だわな」


 どうやら、現時点ではプレス加工は非常に難しいようだ。つくづく、簡単にできるモノ作りは無いものである。


 他にも鋳造以上にバリの問題が危険でシビアだったりと色々ネックはあるのだが、そもそもスタート段階に問題があるのでここでは置いておく。


 無論、宏が考えるほどシビアにやらなくても可能なプレス加工はある。初期段階のものなら、恐らくそれほど底上げしなくてもできるだろう。だが、それだと今度は底上げした鋳造の生産性にかなわない。なかったものを使えるレベルで定着させるのは、それだけ難しいのである。


「まあ、向こうとこっち行き来できるようになったら、缶詰工場のためにフォーレのドワーフにプレス加工技術教えて、完全にものになるまで徹底的に技術開発してもらうつもりではおるけど」


「あ~、ドワーフなら絶対習得するな。酒の肴に持って来いって餌をぶら下げるんだから、それこそ意地でもどうにかするだろう。後、表面だけの問題だったら、袋に入れるとかじゃ駄目だったのか?」


「そこは聞いてへんから知らん。ただ、個人的にはどうせ表面についた鋳砂は落としたらなあかんねんし、アルフェミナ神殿の生産能力やとどっちにしてもそこがネックになっとったから大差あらへん」


「なるほどなあ」


 などと言いながら、技術がらみの話を打ち切る宏達。


 この後食した朝食は難しい食材も上手く使った、普通に考えれば十分すぎるほど豪勢で美味なものだったが、


「こら味付けはともかく、食材の扱いに関しちゃまだまだ努力がいるでな」


「そうだね。食べられるように調理するのを意識しすぎて、工夫できるところを工夫してない感じだし」


「ん。通知表書くならもっと頑張りましょう」


 学生組の反応はかなり手厳しかったのであった。








 そんなこんなでそれから一週間ちょっと。神の城に設置する機材もすべて完成し、宏の誕生日プレゼント期間もおわったその日の事。ウルスの工房の作業室では、宏の一週間の成果を確認するために日本人メンバーが集まっていた。


「あ~、堪能したわあ……」


「一体何作ったのか、俺は物凄く胃が痛いがな……」


「何言うてんのんよ。ワンボックスと潜地艇に拡大縮小変形合体機構つけて人型巨大ロボットにするとか、たかだかその程度のお遊びしかしてへんで」


「ちょっと待て! それはその程度って言葉で済む範囲じゃねえ!!」


 のっけから不安をそそる発言に、達也がついつい絶叫する。はっきり言って、不安しかない。


「それでその程度って、あんた一体どんなもの作ったのよ……?」


「せやなあ。一番突っ込み多そうなんがこれやな」


 そう言って取り出したのが、懐中電灯のようなもの二つ。一応いろいろ配慮してからか、形状はマグライト型だ。


 久しぶりに宏の背中に張り付いていた芋虫のラーちゃんが、何やら確認するように懐中電灯をよじ登る。


「懐中電灯って時点で連想されるものがとてつもなく不安なんだけど、やっぱりそう言う事なのかしら?」


「まあ、大方の予想通り、巨大化ライトと小型化ライトやで。さすがにこれはワンセットで作っとかんとな」


「そりゃそうだろうとは思うけど、まさか単独で解除できない、なんてことは無いでしょうね?」


「そら当然やで。反対のライト当てるか、ライトについとる解除スイッチ押すかで解除できるようにしとる」


 宏の回答にちょっとホッとしつつ、突っ込むところはそこだけではないと微妙に悩む真琴。そんな真琴に追い打ちをかけるように、次のアイテムを取り出す宏。


 取り出されたのは、小さな箱のようなもの。ただし、宏の作るものは見た目だけでは分からないものも多い。特に場所を取る乗り物や着脱に手間がかかる鎧類は、別のものに格納してスイッチやキーワードで展開できるようにしていることも少なくない。


「次は何よ?」


「人間用のサイズの二連装天地波動砲と翼型の個人飛行ユニットのセットや。某リアルロボット少女的な感じになるように作ってみてん」


「ちょっと待ちなさい」


「ん? 因みに天地波動砲は分割して一門ずつにできるし、分割した状態で二門同時に左右に照射しながらくるりと回転すると広範囲をなぎ払えるから、いろんな意味で忠実な性能になっとるし問題ないはずやで?」


「それのどこが問題ないのか、小一時間ほど問い詰めていいかしら?」


「いやだってなあ。人間が手に持って使う天地波動砲二門とか、それできるようにしとかんかったら片手落ちとか絶対言われるやん」


「そう言う問題じゃないわよ!!」


 ついに我慢しきれず、真琴が絶叫する。何処からどう見てもやばい兵器をしれっと作っておいて、何故に問題ないと思えるのか。宏の精神構造は本当に謎である。


「真琴姉、ちょっと怖い事考えた」


「何よ?」


「その天地波動砲装備した状態で巨大化ライト浴びたら……」


「ダメダメダメダメ! そういう危険な事考えたら本気でやりかねないわよ!?」


「巨大化ライトで変わるんはサイズと重量・強度だけで、エネルギー兵器の性能は一切変わらんから安心し」


 澪の危険な発想に対し、宏が一見安心できそうでその実全く安心できない事を告げる。重量と強度がサイズに合わせて増えるのであれば、色々怖い使い道が思い付いてしまうのだ。


 こうして考えてみると、国民的漫画の青いタヌキが持っていた秘密道具の数々は、どれもこれも現実にあると非常に物騒な感じがする。


「……他は何を作ったの?」


 一品一品で説教しているとキリがなさそうだと判断した春菜が、今にも噛みつかんばかりの達也と真琴を視線で軽く制して宏に問いかける。一週間もあって、自重を投げ捨てた宏が作ったものがこれだけだとはとても思えないのだ。


「後は武器的なもんはパイルバンカーぐらいやな。ユニコーンの時に酔いどれウサギとそういう話題で盛り上がってなあ。馬鹿デカいん相手にすることも多いから、あったら便利か思って作ってん。ロマン兵器やけど」


「他には?」


「後はお遊び的に、外見年齢をいじる薬、相手の外見をコピーする薬、性別を入れ替える薬なんかを作ったな。どれも効果は十五分ほど。色々遊びに使えるんちゃう?」


「あ~、それはまだ、穏便だね。で、作ったものはそれだけ?」


「他は作物の種がメインやな。もうちょっと扱いやすい世界樹なんかも頑張って作ったけど、そんなぐらいやで」


「うわあ、最後にすごい爆弾が……」


 最後に宏が白状した爆弾に、思わず頭を抱える春菜。世界樹を扱いやすく品種改良するぐらいだ。作物の種とやらも、額面通りに受け取れないものである可能性が高い。


 やはり、宏を野放しにする期間としては、一週間は長すぎたようだ。


「ごめん、真琴さん、達也さん。私、これ以上コメントできない……」


 本当に好き放題やったらしい宏に何も言えず、素直にギブアップする春菜。約束は約束なので何を作っても春菜自身は怒る気はないが、ここまで完璧に自重を捨てられると色々困るものがある。


 だが、春菜に振られた真琴と達也も、肩をがっくり落として首を左右に振る事しかできない。一品二品だったらともかく、お遊びで済むものが外見をいじって遊ぶ薬だけとなると言ったところでどうにもならない。


 そんな場の空気など知った事かとばかりに、ラーちゃんが宏の肩に這いあがっていく。


「ここまで自重捨てて好き放題やられると、なんだか怒る気力も湧かなくなってくるわね……」


「まあ、本来は怒らない約束だったしな……」


「でもねえ、さすがに外に出されると色々やばすぎるわよね、どれもこれも」


「そうだよな。外見いじって遊ぶのにしても、使いようによっては非常にやばい事になるからな……」


 いろんな意味で怒るのをあきらめた達也と真琴ではあるが、それでも作られたものがどれもやばすぎる、という認識までは変えない。故に、懸念事項に対して釘を刺すのだけはやめない。


「そら、さすがに今回作ったもんはどれも外には出さんで。道具類はパイルバンカー以外はどう考えてもアウトやし、栽培するんにしても基本城の中でしかせえへんつもりやし」


「それならまあ、いいんだが……」


「っちゅうかな。そもそも品種改良した世界樹とか、多分普通に植えても育たんで」


「そりゃそうだろうけどなあ……」


 いまいち信用しきれない宏の言葉に、眉間にしわがよるのをこらえられない年長組。そんな様子を見て微妙に苦笑していた春菜が、とりあえず話題を変える。


「そう言えば、お城が完成するの、そろそろなんだよね?」


「正確には、初期設定と起動ができるようになるんが、やけどな」


「あとどれぐらい?」


「せやなあ。レイっちとエルに声かけて移動したら、丁度ええぐらいかもしれんわ。場合によっちゃあ、各国の王さまにも声かけることになるやろうし」


「そっか。だったら、エルちゃん達に声かけて、そろそろ移動準備かな?」


「せやな。その方がよさそうや」


 春菜の言葉に頷き、オクトガルを呼ぼうとする宏。そんな宏の機先を制するように、唐突にオクトガルが転移してくる。


「連絡してきたの~」


「現在準備中~」


「王様大集合~」


「さよか」


 どうやら、宏達の行動は読まれていたらしい。珍しくオクトガルが先回りして、方々に連絡を済ませてくれていた。


「ほな、こっちも移動準備やな」


「そうだね。それで、王族って事で思い出したんだけど、マリア様の赤ちゃんって、どうなったのかな?」


 移動準備という事で荷物を確認しながら、ふと思い出したように春菜が言う。移動準備といっても宏達の場合、服装さえ問題なければ特にする事は無い。せいぜい食料関係に問題が無いかをチェックし、必要であれば簡単に手早く料理するぐらいだ。


 なので、この場で雑談しながらでも問題ないのである。


「先週産まれた~」


「予定日超過~」


「大きな赤ちゃん~」


「私達が頑張った~」


「男の子~」


 春菜の疑問に、オクトガルが口々にマルクトの宰相の嫁・マリアの子供について説明する。


 マリアの子供は予定日を一週間以上過ぎてから産まれ、オクトガルの手によって取り出された。体重四千六百グラムの割と大きな男の子で、頭の位置などが若干悪かったこともあって、オクトガルがいなければ帝王切開が必要だったかもしれなかったという中々の難産だった。


 現在は元気に夜泣きしては沢山おっぱいをもらってすくすく育っているが、この世界の医療技術ではたとえ王宮に勤める医師の技量でも、一歩間違えれば母子ともに助からない可能性もあったぐらいには難易度が高いお産だったのである。


 それを知っているからか、今回ばかりは遺体遺棄とは口にしないオクトガル達。やはり、空気を読むべき時はちゃんと空気を読むのである。


「そっか。とりあえず、またお祝い考えないとね」


「まあ、お祝い関係はお披露目済んでからやし、まずはウォルディス関係けりつけてからやな」


「そうだね。マルクトの立場を考えると、それが一番のお祝いになるかもね」


「せやな」


 ざっと荷物に問題が無い事を確認しながら、マリアの子供についてそう結論を出す。乳幼児の死亡率が高いこの世界では、王族の子供といえども死ぬときはあっさり死ぬ。なので、産まれた事を公表する生後半年までは、基本的にお祝いの類はしない。


 今回に関して言えば、その生後半年までにウォルディスの現政権を叩き潰し世界を安定させなければ、マルクトの地政学的な立ち位置の関係上、たかが王弟の子供の誕生祝いどころではない。そういう意味でも、不憫な事にならないようにさっさとけりをつけなければならない。


 もっとも、毎回ウォルディスの起こす戦乱は、派手に被害を拡大しながらやたら短期間で妙にあっさり収束するのが常だ。恐らく今回も、けりがつくときはやたら簡単にけりがつくだろう。


「お待たせしました」


「びっくりするほど全員集合やなあ」


「金も労力も掛けておる以上、儂らが見たいと思うのも当然じゃろうが」


 エアリスの後ろに勢ぞろいした各国の王。その言い分に納得しつつも微妙に呆れてしまう宏。ウォルディス関係で右往左往しているというのに、いくらなんでも国のトップがこんな暇な事をしていていいのか、と心配にならなくもない。


「まあええわ。後が怖そうやから、さっくり移動してさっさと色々済ませてまお」


「そうだな。移動に時間をかける意味もない。余が術で全員運ぼう」


 ファーレーン王がそう申し出て、他人の意見を聞かずにさっさと転移を発動させてしまう。


 神の城のお披露目は、大陸六大国家のうち五カ国の王が参列するという、歴史に残る派手なイベントとなってしまうのであった。








「……特に何も変わっていないようだが?」


「いんや。丁度ええぐらいやわ」


 十日ほど前、この場を立ち去る直前に光のドームに覆われたまま、何一つ変わっていないように見える神の城。その城の様子を見て正直な印象を告げたレイオットに、宏がにやりと笑って否定する。


「とりあえず、入れるようにするわ」


 直視できないほどではないが、中がどうなっているかはまったく見通せない光のドーム。それに宏が触れた瞬間、中から非常に美しい城が現れた。


「これは……」


「何とも不可思議な建物じゃのう……」


 現れた城を見て、感嘆交じりのため息を漏らすローレン王とダール女王。その建物は西洋の古城と東洋の城を融合させ、ところどころに砂漠や熱帯の建築様式を取りこんだ、表現の難しい姿をしていた。


 その印象を増幅するかのように、建物に使われている建材が不思議な光沢を放っている。その非常にSFチックな建材が、建物に妙な存在感と非現実的な印象を与え、いつの時代かという考証を完膚なきまでに不可能なものにしていた。


「なるほど。デフォルトのデザインはこんな感じなんや」


「デフォルトのって事は、変えられるの?」


「確認はしてへんけど、多分できるで。っちゅうか、中に部屋とか畑とか建てもんとか森とか追加できるんやから、外見ぐらいいじれるやろう」


 言われてみれば、という感じの理由を告げながら、特にビビることなく堂々と城へ入っていく宏。どうやら宏には、間違いなくこの城が自分のものだという確信があるらしい。


「とりあえず、さっさとコアルームに移動して、初期設定済ませてまおか。今のままやと、各種便利機能もほとんど使いもんにならへんし」


「コアルームってどっち?」


「この城の真ん中の建物の地下やな。敷地広いから、転移も乗り物も使わんのやったら結構歩かなあかんわ」


 春菜に問われ、一番目立つ中央の建物を指さしながら場所を答える宏。宏が指さした建物は、大木の根元に建てられたこの城の中で最も大きなものであった。


「最初だから、周り観察しながらゆっくり歩きゃあいいんじゃねえか?」


 直線距離で一キロ以上ありそうな場所に経つ建物を見ながら、のんびり散歩する気満々で達也が提案する。その提案に異存は無いらしく、王達も含め全員が一つ頷く。


 中々幻想的な道や森が続いているのだ。転移魔法や飛行魔法でショートカットなんて、無粋な上にもったいなさすぎる。そんな意見で一致したらしい。


「それにしても、広いな」


「こんなに広い敷地だったか?」


 異常に広い城の敷地を見て、レイオットとファーレーン王が首をかしげる。異界化している感じでもないのに、最初に開拓したより明らかに敷地が広い。


 何故それが断言できるのか。簡単な話で、どれほど歩いてもコアがある一番中心の建物が近付いてこないのだ。他の王達も見た目と実際に歩いた距離との差異に、どうにも納得できずに首をかしげる。行軍訓練を積んでいる彼らにとって、大体の感覚で歩いた距離を測るぐらいの事は造作もない。


 その感覚が告げるに、既に五キロは歩いているはずなのだ。それなのに、いまだに見えている建物の大きさが変わらない。実に厄介な感じだ。歩いた距離は分かるのに、疲れた感じがしないのも問題だろう。


「予想される建物の大きさからするに、そろそろ入り口ぐらいは見えて来んとおかしいんじゃがのう」


「ヒロシよ、よもやたばかった、という事はあるまいな?」


 女王の疑問を受け、フォーレ王が宏をじろりとにらみながら問い詰める。その質問に微妙に困った表情を浮かべつつ、とりあえず宏が自分の見え方を説明する。


「僕の目ぇやと、後五キロぐらい先に見えとるんやけどなあ。多分やけど、まだ未設定やから僕以外は遠近感とか距離感とか狂わされてるんとちゃう?」


「なんと……」


「ふむ。あり得ない話でもない。というか、それぐらいは予測しておくべきだったと言うべきかな」


 宏の答えに顔を引きつらせる女王と、やけに納得して見せるローレン王。その対照的な態度は、割と情熱的なダールと一応知の国を標榜しているローレンとの性質を、そのまま端的に表しているかのようだ。


「今からでも乗り物使うか?」


「……それはそれで化かされそうだな。それに、お前達の車では乗れる人数が足りんし、かといって二台に分かれるとはぐれかねん。神の船も、そこはかとなく不安だ」


「さよか」


 レイオットの返事に頷き、そのまま歩き続ける。なんだかんだと言って、エアリス以外健脚ぞろいの彼らが建物に到着したのは、城に足を踏み入れてから一時間以上経ってからの事であった。


「やっと着いたな」


「エルちゃん大丈夫?」


「はい」


 ようやく建物に到着し、疲れのにじんだため息を漏らす宏以外の一行。到着した建物がまたかなり巨大だったりするが、予想がついていたのでその事については誰も突っ込まない。


「それにしても、途中から忘れて手加減なしで歩いていたが、よくエアリスが付いてこれたな」


「私も、それがとても不思議です」


 かなり手加減抜きで歩いたというのに、割と平気で最後までついてきたエアリスに不思議そうな、それでいて気遣わしそうな視線を向けるレイオット。


 神殿で修業をしていることもあって、エアリスは体力的には軍事関係ではない王侯貴族の娘としてはかなり優れている方だ。だが、体力的に優れているとはいえど、そこは所詮軍事的な訓練をしていない身の上。長距離を歩くとなると、どう頑張ってもこのメンバーについて来れるような体力も脚力もない。


 だというのに、今回は一切遅れることなくごく普通についてきたのだ。それも、時速十キロ近い、この世界のヒューマン種が徒歩で出せるほぼ限界といえる速度で歩いたというのに、である。


 疲れていないのはこの城の特殊効果だとしても、速度の方はどうにもならない。エアリスの足で時速十キロなど、ほとんど長距離走での全力疾走に近いはずだ。なのに、さっきまでは普通に歩いていたように思える。


 どうにも謎が深すぎて、非常に座りが悪い。


「細かい事は気にせん事やで。初期設定も終わってへん時点で、結構あれこれアバウトな仕様になっとるし」


「それ、大丈夫なのか?」


「僕が招き入れた形で入って来とるから、迷子になってもいつの間にか入り口に誘導される程度で済むはずやで。一応防衛施設やから、そこまで攻撃的な真似はせえへんはずやし」


「いい加減な話だな、まったく……」


 ひたすらアバウトな説明を繰り出す宏に、呆れのにじんだ視線を向けざるを得ないレイオット。エアリスが正体不明の影響を受けているのだから、宏でなければその程度の態度では済まなかっただろう。今回はプラス方向の影響だったのでよかったが、マイナス方向の影響だったらたとえ宏相手であっても、もっときつい対応をしていたのは間違いない。


「とりあえず、建物の中は後回しにしよか。どうせ初期設定で変わりおるし、見てまわっとったらきりあらへん」


 そう言って、入ってすぐのところにあった小さな結晶に触れて何やら操作する宏。次の瞬間、全員がどこかへ転移する。


「工房主殿よ、転移するときはせめて声ぐらいかけてくれんかのう?」


「あ~、すんません。念のためマップ見ようとして、操作間違えましてん。まあ、目的地やから勘弁したってください」


「目的地?」


「今回の目的地、コアルームですわ」


 女王の苦情と質問に答え、宏が部屋の奥へ視線を向ける。視線の先には、ずいぶん立派に成長し世界樹と一体化した城のコアユニットが鎮座していた。


「なあ、ヒロ。外から見た時も思ったんだが、ずいぶん成長したもんだな?」


「割と僕もびっくりやけどな」


「それで、全員ここに入れちまって大丈夫なのか?」


「出資者に対する義務っちゅうか義理っちゅうか、その範囲やっちゅうことでええんちゃう? どうせ初期設定終わったら、僕以外はここに入れんようにする予定やし」


「ならいいんだが……」


 微妙にセキュリティ意識の低い宏に、どうにも不安なものを感じてしまう達也。その達也の不安を感じ取ってか、今までこれと言って口を挟まなかったファルダニア王が声をかける。


「工房主殿よ。他の王はともかく、余はそなたとはほとんど接点は無かったが、ここに連れてくるのは不用心にすぎないか?」


「それを言い出せば、私とて一方的に恩恵を受けただけで、それほどの面識は無いのだがいいのか?」


「ちゃんと同盟として足並み揃えられる大国の王様が、そない頭悪い訳ないと思うんですけど、どないです?」


 ファルダニア王の疑念に便乗し、忠告も兼ねて不安要素を告げたローレン王。その二人の王の疑問を、宏が一蹴する。


 根本的な話として、いかに大国の王が基本、見た目に反して一騎当千の戦闘能力を有していようと、そもそもこのコアに対して手出しできるほどの実力ではない。神の城のコアを破壊できるのは、最低でも舞台装置である神々と同等の能力が必要だ。乗っ取りを企てるにしても、可能かどうかなどコアを見れば一目で分かる。というより、分からない人間がこの場に立てる訳が無い。


 それに、仮に何かできるだけの能力があったとして、五大国のトップが揃っているこの場で余計な事をするなど自殺行為もいい所だ。この場で他の王達を征し神の城を乗っ取り、さらに王を殺された他の四大国からの逆襲を潰す、なんてことができる人材なら、最初から恐らく同盟になど入らず、強権を持って対抗しているだろう。


 宏の反論はどちらかと言うとその場しのぎの付け焼刃ではあるが、意見自体はほぼ正しい。大体、そんな難しい理屈などなくても、宏にそっぽを向かれると今までの快適な暮らしが維持できなくなる、と言うだけで十分抑止力になるのだ。


「まあ、納得してもらえたんやったら、サクサク初期設定してまおか。管理者権限はとりあえず僕だけに固定。コアの操作も同じく。操作中の城のレイアウトに関しては、コアルームにおる人間全員が見れるようにして、と」


 王達が納得したと見て、早速宏が初期設定を始める。その間、ラーちゃんが世界樹に這い上がり、立派に生い茂った葉をもしゃもしゃと食べ始める。


「師匠、師匠。ラーちゃんが……」


「工房の庭でも食うとったから、大丈夫やろう。何ぞ、落とした方がええ葉っぱしか食わんらしいし」


 倉庫の配置や亜空間容量、資材生産の可否、工房の配置と言ったわざわざ相談するまでもない項目を設定しながら、澪に常日頃のラーちゃんの行動を説明する宏。最近のラーちゃんは、食べるというやり方で世界樹やソルマイセンの枝ぶりなどを手入れし、たかってくる害虫を駆除するという、益虫の中の益虫と表現したくなる行動をしている。


 世界樹に害虫がたかるというのも中々恐ろしい事実だが、それを食う芋虫というのも結構なホラーかもしれない。


「さて、ここからが本命やな。ダンジョンはオンでええとして、海は作っとくか?」


「作れるんだ?」


「作れるで。別空間になるけど」


「そっか。お魚とかは?」


「四季と生態系の発生をオンにしたから、あったらそのうち出来るやろう」


「なるほど。だったらほしい」


「了解や」


 いきなり問われたグレートな設定項目。その中身に思わず遠い目をする年長組や絶句している王族たちを放置して、素直に己の欲求のままに海を設置する宏と春菜。


「温泉はとりあえず本館に三カ所、念のためにできるだけ離して設置やな」


「三カ所ってのはどういう基準だ? それと、何で離す?」


「三カ所っちゅうんは、男湯、女湯、ポメの予定やからな。離すんは、トラブル防止や」


「なるほど。っつうか、ポメを栽培するのか?」


「ちょっと思うところがあって、実験の一環でな」


「実験ってのがちょっと不穏だが、お前の城だからなあ。ポメぐらいは好きにすればいいか」


 トラブル防止ときいて、達也があっさり納得する。


 ポメに関してはこれまでに色々あったため、正直そこはかとなく不安ではある。だが、そのいろいろのうち、宏が原因なのは最初の特大ポメぐらい。基本的にちゃんと管理して上手に使えば、食材としても爆弾代わりとしても色々と便利な植物なのだ。


 元々自生している植物で、産地ではちゃんとうまく付き合っている相手なのだから過剰に不安がっても仕方が無い。宏が余計な事をしないかぎり、本来それほど注意しなくても管理できる植物なのである。


「師匠、師匠」


「なんや?」


「本館とは別に、スーパー銭湯的な温泉施設が欲しい」


「あの、館内に食事どころとマッサージ室と畳の昼寝部屋とゲームコーナーがある類の施設か?」


「そうそう」


「せやなあ。どない思う?」


 澪の要求を聞き、他のメンバーにも確認を取る宏。帰ってきた反応は年長組が是非作れ、で、春菜は別にどっちでもいい、であった。


「特に反対意見もあらへんし、門の近くにでも設置やな。このへんか?」


 多数決の結果を受け設定項目を探し、全体マップに切り替えて大体の位置を決めて確認を取る宏。宏に問われ、ワイワイガヤガヤと意見を言い合いながら、日本人チーム全員で配置場所を決定する。


「あとは、本館に自由に出入りできる人間の設定やけど、うちらと一部の巫女さん連中、それからファム、ライム、テレス、ノーラ、レラさんぐらいでええか?」


「あの、ヒロシ様。お父様やお兄様は駄目なのでしょうか?」


「構わんっちゅうたら構わんねんけど、建前の上では一応他所の国の権力中枢とは距離置いてる事にしといた方がええんちゃうか、思うんよ」


「私が自由に出入りできる時点で、あまり意味のない配慮のような気がするのですが……」


「それでも、一応建前にはなるやん」


 実態がずぶずぶであっても、一応建前は重要だ。そんな宏の主張に、エアリスが苦笑しつつ頷く。既に工房の和室が高頻度で各国の王に占領されている時点で、権力中枢と距離を置くもなにもあったものではないのだが、全員そんな事ぐらい分かった上で話している。


 分かっていて言うのだから、建前なのだ。


「とりあえず、王族は今ここにおる人らとレイっちの兄弟とその配偶者が、城の敷地と温泉施設、それから離宮の迎賓館に出入りできるようにしとくわ」


「要するに、お主と面識および交流がある人間、という事か」


「そないなとこですわ。まあ、敷地に入れたところで、温泉施設と迎賓館以外はほとんど意味無いとは思いますけどね」


 いかに建前とはいえ、資材を大量に提供してもらっておいて完全にシャットアウトはまずかろう。そう考えた宏は、とりあえず顔を立てる程度に妥協案を示す。


 もっとも、そもそもの話、起動すれば空を飛び亜空間に隠れるような城だ。許可うんぬん以前に、宏が出入りのための手段を用意しなければ、敷地に入ることすらままならない。


「あと、各人の部屋の広さは、グランドフォーレで泊まった部屋ぐらいでええ?」


「そりゃ広すぎるぞ」


「多分そうやとは思うけど、それぐらいの広さにせんとスペーススカスカになるんよ。正直、初期設定で部屋作るメンバーの分はもっと広く取ってもええぐらいやで」


「絶対持て余すから、グランドフォーレで十分だ……」


「エルもそれでええか?」


「皆様が泊まった部屋の広さが分からないので、何とも返事をしがたいのですが、私も部屋をいただけるのですか?」


「巫女さん連中とファムらぐらいには、部屋あった方がええやろう? あ、因みに部屋はこんぐらいの広さや。間取りはいつでも変えれるから、好きに言うてや」


 そう言いながら宏が提示した部屋の広さをみて、エアリスが微妙に眉をひそめる。狭かったからではない。エアリスの感覚ですら、少々広すぎる気がしたのだ。


 フォーレで一番の宿であるグランドフォーレとはいえ、宏達が泊まったのは一番安い部屋である。いくらなんでもファーレーンの直系王族であるエアリスの、ウルス城に与えられている自室より広いなんて事は無い。それこそ、グランドフォーレで一番の貴賓室ですら、規模も調度もエアリスの自室にかないはしないだろう。


 ただし、エアリスの自室がその広さになったのは、宏達に助けられウルス城に戻ってからの事。五歳まではファーレーン王家の伝統に従いそれほど広い部屋では暮らしておらず、五歳で神殿に入ってからはほぼ神殿の姫巫女見習いの部屋に住んでいたため、そんなに広い部屋が無くても十分適応できるのである。


 無論、さすがに宏と春菜が最初に暮らしていたような小さな部屋となると、短期的にはともかく長期間は厳しい。だが、グランドフォーレ級の部屋となると、自分や血族の身内が権限や権威を持っていない場所に厚意で与えられるには、いくらなんでも少々広すぎる。それがエアリスの感覚である。


「狭いんやったら狭い言うてや。広げるんはいくらでも広げられるから」


「いえいえ。これで十分ですわ。むしろ、広すぎるぐらいです。余り広くても使い勝手が悪くなりますし、それに私がわがままを言ってお部屋を大きくしていただくとなると、他の皆様のお部屋も大きくする必要がありますよね?」


「そこは気にせんでもええけど?」


「気にします。気にしますとも。だって、私の部屋の広さが基準になってしまうと、恐らくファムさん達が馴染める広さではなくなってしまいます」


「あ~、そういう感覚はあるんや……」


「ヒロシ様。私は確かにファーレーン王家の直系ですが、基本的に神殿で暮らした期間が長い人間ですよ? プリムラ様やジュディス様とも日常的に接していますし、皆様に保護されて工房でも生活していました。一般的な住居の広さぐらいは理解しています」


 エアリスの主張を聞き、確かにと納得する一同。そもそも、エアリスはいまでも結構な頻度で工房に泊まる。ファム達の部屋で一緒に寝ることもあるので、一般庶民の大体の生活スペースについては皮膚感覚で理解している。


 スペースなんてものはあればあるだけ使ってしまうものではあるが、あまり立派すぎるとなんとなく萎縮して居心地が悪くなったりもする。実際、保護された当初のレラとファムは、家族で暮らすからと十二畳程度に拡張された部屋ですら、広さに馴染めていなかったのだ。今では各々の個室がそれぐらいの広さではあるが、それでもウルス下町の平均的な一軒家の総床面積より広い部屋に馴染めるかと言われると、相当時間がかかりそうである。


「という訳ですので、これ以上狭くできないのであれば、この広さのままでお願いします」


「了解や」


 おおよそ大国のお姫様とは思えない主張に苦笑しつつ、大体の部屋の配置を決めていく宏。最初は男女で分けるべきかと思ったものの、男女比が著しく女性に偏ってしまっている上人数も大して多くない。現段階でいちいち分けると色々面倒くさいという事実に気が付き、とりあえず日本人チームとそれ以外で分けて配置する。


「春菜さん、澪。厨房はこの辺でええか?」


「うん。食堂も近いし、問題ないよ。ただ、何処の部屋にもすぐ運べるように、通路か何かは欲しいかも」


「そこら辺は転移システムで何とかして。押すより早いし」


「了解。あと、さっきから気になってたんだけど、このプールとスケートリンクって、もしかして……」


「せやな。いわゆる夏場はプール、冬場はスケートリンクとして使える、っちゅう類やな。室内プールも室外プールもいけるっぽいわ」


「だったら、温泉施設に隣接して設置してもいいかも」


「師匠、観覧車もある?」


「さすがに観覧車とかジェットコースターとかは、城の中に置くんはやめとこうや」


 部屋の広さ問題を解決とは言い難い形で解決し、ワイワイとはしゃぎながら次々に設定を決めていく。部屋の大きさや間取りぐらいならともかく、建物やプールのような大型施設は初期設定で設置しておいた方がコストが安くなるとあって、あったらうれしいと思ったものは配置を考えつつどんどんと設置していく。


 実際のところ、初期に保有しているエネルギー的には、後から設置したすべてを三つずつぐらい設置しても余裕がある。あるのだが、ゲーマーというのは貧乏性の人間が多い。必要な時にリソースをケチる事は無いが、安く設置できるとなると、いくら使いきれないほどのリソースがあっても安くあげたくなるものである。


 そんなこんなで、みんなで話し合いながら城の設備を決めること一時間。途中、王達のリクエストにより迎賓館にも大浴場と露天風呂の温泉が追加されたり、折角空を飛ぶのだからと展望台が設置されたりと、当初の予定になかったいろんなものが追加されて城の設定が終わる。


 余談ながら、外観に関してはとりあえず今はこのままで、後で春菜と真琴が話し合いながらデザイン画を起こす、という事で話がまとまっている。最初から用意されているデザインは微妙に面白みがなく、かといってちゃんとした外観図も無しに変更するのは難易度が高いからである。


「ほな、設定終了して再起動するで」


「うん」


 一旦これぐらいでいいだろう、というところまで仕様が固まった時点で、宏がそう宣言して設定を完了する。コアがうっすらと青く光り、十秒ほど城全体が振動する。震動が収まると同時に光も消え、操作パネルには「Complete」の表示が。


「ちょっと外出てみよか。折角やから、ちゃんと設置されとるはずの展望台に、やな」


「そうだな。私としては、本当にこんな巨大な建造物が空を飛ぶのか、ぜひこの目で確認しておきたい」


 宏の提案にレイオットが真っ先に頷き、他の人間も次々に賛成の声を上げる。反対意見が出ていない事を確認し、宏が展望台へ転移指示を出す。


「……本当に飛んでいるのか……」


「亜空間はまたあとで、やな」


「さすがに、地上は大騒ぎよのう……」


「ダールの、現実逃避はいいが、それですませるのはどうかと思うぞ? レイオットも、覚悟して現実を直視せよ」


 半ば娯楽施設となってしまった神の城は、天空からその威容をもって世界に衝撃を与えるのであった。

前回書き忘れたのでここで。

春菜さん、まだ完全に神様になったわけではありません。

宏が神々の晩餐を取得したころより、もうちょっとだけ人間よりです。


後、感想であったプレスの話。

こういう事情でプレスは選択肢から外れました。

元から持ち合わせていない技術を定着させるのは難しいのですよ。


最後に宏の一週間の成果。

作者の貧弱な発想力では、せいぜい定番しか思いつきませんでした。

無念。

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