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第1話

「三百五十年ぶりのヒューマン種の客人だ! 今日は無礼講で大宴会だべ!」


「おう! おら、秘蔵の樽さ持ってきただ!」


「うちさ秘伝のゴロナ焼き焼いてきたべ! 腹いっぱい食っとくれ!」


 大霊峰の標高五千メートル付近の大森林地帯。そろそろ中腹、と言う単語で表せる位置も折り返しに近くなってきたあたりにあるハイランドエルフの村では、空から来たヒューマン種の一団を歓迎するため、大宴会の準備を整えていた。


 この村は総人口六百名ほど。放牧をメインにいくつかの高山作物を育てて人口を支える、この世界としては小規模な、だがハイランドエルフの集落としては比較的大規模な村である。


「あ、このお酒美味しそう。味見していいかしら?」


「おう、どんどん行くだ!」


 口を挟む暇もなくあっという間に宴会ムードになった村の様子に、これまた特に困る様子も無くあっさり馴染んだ真琴が珍しい酒をロックオンして突撃する。


 余談ながら、エルフ達と真琴の会話に使われている言葉はエルフ語だ。村人たちの言葉がなまっているのは、普通にエルフ語としてなまっているのである。


 エルフ語はゲームのフェアクロでも割と習得人数の多い言葉で、宏達も基本全員が身につけている。母国語同様に、と言うレベルではないが、早口だったり難しい言い回しだったりしなければ普通に聞き取れて話せるぐらいではある。


 オルテム村に滞在していた頃、宏達が何度かエルフ達の言葉を聞き取れなかったのは、単純に早口でまくし立てていたり、相手をひっかけるためにわざと難しい言い回しをして内容を理解できないようにしていたからだ。


「私、この世界のエルフは、お酒に関してはドワーフと同じだと思う事にしたよ」


 少々呆然とした様子で一連の流れを見ていた春菜が、どことなく所在なさげにしながら、日本語で小さくぽつりとつぶやく。


 下界から隔絶された土地で暮らしている、エルフ達の間での通称がハイエルフである彼ら。オルテム村のエルフによると、南部大森林地帯のエルフ達以上に娯楽に飢えているとは言っていたが、酒に関してはもう少し上品かと少しは期待していたのだ。


 結果を言うなら、その期待は完膚なきまでに裏切られている上に、何かあるとすぐに宴会をしたがるのではドワーフと何も変わらない。春菜が日本語でそうぼやくのも当然であろう。


 もっとも、あればあるだけ飲んでしまい、客が飲んでいると我慢できないが故に飲食店ができないドワーフと、一応飲食店ができる程度には自制するエルフとを一緒にするのは流石に問題があるのだが。


「よう考えたら、イメージ通りワイングラス傾けて静かに飲んどるエルフって、見たことあらへんよなあ」


「師匠。オルテム村以外で、お酒飲むような環境でエルフとあった事ない」


「まあ、せやねんけどな」


 基本的に宏達学生組は、酒場に行く機会がほとんどない。故に、宴会以外でエルフが酒を飲むシーンに遭遇した事はない。その事を澪に指摘され、期待を込めて達也の方に視線を向けると……。


「俺も基本的に三人ぐらいしか知らないからなあ……」


「その三人はどないなん?」


「酒がまわってくると、エールとかに手を伸ばす感じだったな。その時は、冒険者やってるぐらいだから染まったのか、と思ってたんだが……」


「現実には、それが本性やった訳か」


「多分なあ……」


 達也からの報告に、いろいろテンションが下がる学生組。どうやらこの世界には、エルフと聞いてイメージするようなスマートなエルフは生息していないらしい。


 そんな事を言っているうちに、宏達のところにも飲み物が回ってくる。達也はともかく、学生組はちゃんとノンアルコールのものらしいので、その点は一安心だ。


「飲みもんさ行きわたったけ!?」


「んだば始めるど!」


 飲み物と料理が行きわたったところで、村長と長老が高らかに宣言する。ハイエルフの宴会は、ドワーフに勝るとも劣らないものであった。








「何ぞ、妙なところだけイメージ通りのハイエルフやったやんなあ……」


 三日後。じっくり交流したハイエルフ達に別れを告げ、大霊峰の頂を目指す船の中で宏がそうこぼす。


 下界から完全に隔離されたこのあたり。日によっては完全に雲の中に隠れることもある場所で、普通に高山病になりかねない程度には空気も薄い。そんな土地なのに、植物相が違うだけで南部大森林地帯と変わらぬほどの密度で森が生い茂っている。


 その理由の一端をハイエルフ達から教えてもらったのだが、それは納得の内容であると同時に、先ほどの宏が漏らしたような感想を抱かせるにも充分であった。


「しかし、世界樹ねえ」


「この世界にも、ちゃんとあったんだね」


 大霊峰が、地球のヒマラヤ山脈を凌駕する高さと険しさを誇りながら、山頂付近ですら万年雪と大森林地帯が併存する理由。それこそが、ハイエルフ達が語った世界樹の存在であった。


 そもそも大霊峰が大霊峰と呼ばれているのも、世界樹が山頂に生えているからである。


「そういや、宏」


「ん?」


「あんた、大霊窟は何度も踏破してるんでしょ?」


「おう」


「世界樹は見てないの?」


「多分、条件の問題やろうなあ。大霊窟自体、場所が場所だけに生産組とその身内ぐらいしかクリアしてへんダンジョンやし、生産組は基本、エクストラスキルがらみのクエスト以外にフラグ立ててへん人間が多いから、神様がらみのフラグがいるんやったらどうにもならんで。僕もそうやけど、神様とかのフラグ手っ取り早く立てれるグランドクエストは、大概の人間のクリア状況が序章かせいぜい一章までやったし」


 宏の言葉に、それもそうかと頷く真琴。


 現実問題として、「フェアリーテイル・クロニクル」をはじめとしたVRMMOの大半は、NPCのAIが人間とほぼ変わらない。それゆえに、フラグに人間関係が絡むものは、検証班も検証を投げ気味である。


 それでよくグランドクエストを全部のプレイヤーにばらまける、と感心されそうだが、これに関しては単純に、NPCとプレイヤーの人間関係をいくつかの類型に分類し、一番近い類型のものにあわせてシナリオを展開するという荒っぽいやり方でどうにかしている。故に、人間関係の構築方法こそアバウトなアドバイスにとどまってはいるが、それ以外は各ルートごとにある程度詳細な攻略データは検証されている。


 無論、それだけでは色々破綻してくるので、一般アイテムの収集や雑魚の討伐ではないクエストに関しては、一度クリアしたプレイヤーは一切かかわれないようにした上で、プレイヤーごとに、もしくはパーティごとに個別のマップを生成してストーリーを展開する方法で誤魔化している。


 なので、進めてみないとプレイヤー側もどのルートで進んでいるかが分からないうえ、違うルートで進行しているプレイヤー同士では協力できない仕様になっているのが、フェアクロのグランドクエストがなかなか進まない要因の一つとなっている。


 余談ながら、生産スキルの検証が進んでいないのは、単純にスキルの育成にとてつもなく時間がかかるからだ。それでも初級の段階なら目立たずにスキル修練ができると言う事で、古参の職人プレイヤーが絡まない新たな検証班の手で、メイキングマスタリーの条件そのものはそろそろ絞られつつある。後は、マイナースキルである土木の存在や釣りとエンチャントも生産スキルに入る事に誰が気づくかと、全ての生産スキルを熟練度五十以上という数値を誰がつきとめるのか、という段階に入っている。


「今回は向こうとはいろいろちゃうし、大霊窟を踏破したらなんかあるかもしれへんで」


「そうね。まずはクリアしてみないと分からないものね」


 結局、結論はそこに落ち着くのである。


「で、大霊窟まではどんなもんだ?」


「今はゆっくり飛ばしとるけど、それでも一時間あれば、まあ発見できるやろ」


 その言葉が終わらぬうちに、船が雲海の中に飛びこむ。安全のために一分ほど真上に上昇を続け、高度計の高度が一万メートルを大きく超えたあたりで、ひときわ高い山の連なりを発見する。


「多分、あの辺のどっかやな」


「ねえ、宏くん」


「なんや?」


「ゲーム時代、どうやってここまで来たの?」


「そらもう、いろいろ装備作って、えっちらおっちら山登りやで」


「……」


 さらりと無茶な事を言ってのける宏に、春菜と達也が絶句する。実際にはゲームだと高さが大分低くなっているため、ロッククライミングのような真似をせずとも到達できるようにはなっていた。真琴と澪が普通なのは、ゲームの時は今見ている光景ほど無茶な環境ではなかった事を知っているからである。


 それでも富士山を登山道がないところを通って登るぐらいには難易度が高く、途中で普通にワイバーンクラスのモンスターも襲ってくるため、ほとんどのプレイヤーは大霊窟まで来た事はない。


 宏達職人プレイヤーが入り浸るようになる前にそれなりの数の攻略組が踏破しているのだが、余りの利便性の悪さと手に入るアイテムのまずさから、手持ちの消耗品を使いきるまでこもった後は二度と来なくなっている。最低でも採取と採掘が上級に入っていなければ、大霊窟で手に入るアイテムは下級のダンジョンの方がマシという仕様により、攻略組は見事に無駄足を踏まされた事になる。


 これが職人組になると、そもそも道中からして宝の山であるため、春菜達もお世話になっている簡易コテージのようなアイテムを持ちこんで、採れるものを採りまくりながら一心不乱に大霊窟を目指すのは、上級職人の通過儀礼となっている。


「……で、大霊窟を踏破するためのメンバーは、どうしてたんだ?」


「大霊窟前に転移ポイント記録用の小屋作ってあるから、本格的な攻略の時にはウルスとかスティレンで待ち合わせして、転送石で一発移動が基本やったで」


「なるほどな。大霊窟の中は、どんな感じだった?」


「モンスターは基本ノンアクティブが多い。強さは大体ケルベロスぐらいが平均やな。むしろ重要なんは、中で採れる苔とか鉱石とかの方やし。ただ、ボスはなかなかえぐかった」


 ほとんどがノンアクティブ、と聞き、怪訝な顔をする真琴。彼女自身は大霊窟に来た事はないが、その内部の様子は廃人仲間から聞かされている。その時の様子からすると、少なくともノンアクティブのモンスターは一切存在しなかったはずだ。


「宏、ほとんどノンアクティブって本当?」


「ほんまやで」


「……おかしいわね。あたしがギルメンから聞いた話だと、全部アクティブモンスターだったみたいなんだけど……」


「……それも、何ぞ条件とかがあるんやろうなあ。もしかしたら、僕ら職人組が出入りしとるエリアと、真琴さんのギルメンが攻略したエリアとは別モンなんかもしれん」


「あ~、ありそうねえ……」


 あれこれ意地の悪い仕様が随所に仕込まれているのがフェアクロだ。その程度の事は普通にしてくるだろう。


 その会話の途中で一番高い山の山頂に到着し、ぽっかり開いた大きな洞窟を発見する一行。やけに清浄な空間状況から、ここが目的地の大霊窟でいいだろう。


「まあ、目的地は発見したし、転移陣張るための小屋作ったら飯食って探索やな」


「結局、小屋は作るんだ?」


「一回来て終わりっちゅう事にはならんやろ?」


「確かに、そうだよね」


 宏のその主張に、確かにと同意する春菜。転移ポイント記録用の小屋ではなく転移陣を設置するための小屋に化けた事については、とりあえず何も言わない事にしたらしい。


 三時間後、転移陣を設置した立派な仮設小屋の中でミックスサンドを食べ終わった一行は、意気揚々と大霊窟に入っていくのであった。








「ちょっくら、この辺掘ってええ?」


 大霊窟に侵入して三十分。宏から三回目の待ったがかかる。


「素材集めがメインだから構わないが、今度はなんだ?」


「多分、このあたりに神鉄鉱石の鉱脈があると思うんよ」


 つるはしを取り出し、軽く壁を掘りながらそう答える宏。宏の答えを聞き、小さく頷いて作業を見守る事にする一行。


 残念ながら、この中にあるものはほとんどが宏以外には手を出せないものだ。苔などを取る分には澪もある程度戦力にはなるが、壁を掘るのは宏しかできない。


「やっぱり神鉄やな。それもかなり高純度の奴や」


「ほう? と言う事は?」


「今ここから採れる分で、とりあえず誰か一人の武器を作れんで」


「そうか。ついに俺達も神鋼製の武器になる訳か」


「せやな」


 ついに、武器に使える金属素材としては最高峰のものが、十分な量で宏のもとに来る事になった。残念ながらその他の素材が足りないため、神器を作るのはまだ不可能ではあるが、それでもアミュオン鋼製のものですら全ての面で大きく引き離す性能の武器を作り上げることができる。


「神器の素材集めて一気にそこまで加工するか、一旦踏み台として単に神鋼製ってだけの武器作るかで悩むとこやで」


「あ~、確かにそこは悩むわねえ……」


「使う期間は短いんやけど、もしかしたら作っとかんと素材集め自体できへん可能性もあるっちゅうんが悩ましいで」


「そうねえ……」


 ガンガン壁を掘りつづけながら悩ましい問題を告げる宏に、同じように頭を悩ませる真琴。


 これがポーション類のような消耗品なら、とりあえず作っておこうで問題はない。使おうと思えばいつでも使えるのだから。


 だが、武器となるとそうはいかない。使わなくなった物をどうするのか、という非常に難儀な問題が発生する。相手を選んで売る、という処分方法ができるのは、フォーレの大武闘会で悪ふざけのために冒険者たちに売り払ったものがせいぜいである。今使っているものや神鋼製のものとなると、たとえ相手を選んでも迂闊に譲り渡す訳にはいかない危険物ばかりだ。


 たとえば、澪の使っている短剣はライムがワイバーンの首を切り落とせるようになりかねないほどの業物だし、春菜のレイピアは駆け出しでも極端に相性の悪いメタルゴーレム系を仕留められる可能性がある。澪の短剣も春菜のレイピアも、むろん真琴の刀も、魔鉄ぐらいまでの普通の武器で受けた日には武器ごとすっぱり切り捨てられる可能性が高い。


 こんなものをどう処分すればいいのか、という悩みが出てくるのも当然である。


「まあ、そのあたりはまたあとで考えるとして、や。後一種類採取出来ればええから、多分ここの中層ぐらいまで突破すれば一級のポーション各種が作れんで」


「って事は、もしかして?」


「やっとエレ姉の身体治せる」


「そっか。だったら頑張らないと!」


 宏と澪からもたらされた朗報に、春菜が気合を入れる。もっとも残念ながら、いくら気合を入れた所で、彼女の腕では戦闘以外では特にできることがないのだが。


「しかし、本当にモンスターが全部、ノンアクティブねえ……」


「なんか、お前らの姿見た途端にかしこまった態度とってる気がするぞ」


「何ぞ、フラグでも立ってんねんやろうなあ……」


 銀色の象ほどある狼が宏と春菜の姿を見た途端に伏せをしたり、金色の狐が道を開けたりと、明らかに自分達の上位者として認識しているとしか思えない行動をとるのを見て、微妙な顔でぼやくしかない達也と真琴。宏もあまりにあからさまなモンスターたちの態度に、反応に困っているようだ。


「うーん。でも、この子たち凄くもふもふで気持ちいいよね」


「もふもふは正義」


 宏が採掘中、ヒマだからと狼や狐を手懐けていた春菜と澪が、巨大な毛皮に全身をうずめながら幸せそうにそんな事を言う。全身をうずめながらまさにもふると表現するほかない春菜と澪の撫でかたに、狼や狐もまんざらでもなさそうな、妙に気持ちよさそうな態度で身体をすり寄せている。


「とりあえずここの鉱脈は掘りつくしたから、そろそろ移動すんで」


「は~い。またね」


 宏に促され、名残惜しげに毛皮から身体を引きはがす春菜。澪も残念そうに狐を解放する。解放された狼と狐も、何処となく寂しそうにちょこんと座っている。


 もっとも、象ほどのサイズの肉食動物を、ちょこんと言う擬音で表現していいのかどうかは疑問であるが。


「……師匠」


「何や?」


「今までのボク達に足りなかったものって、もふもふだと思う」


「何をいきなり唐突に……」


 まだ微妙にとろけ切っている顔の澪に、呆れた様子で突っ込みを入れる宏。だが、意外にも、こういう時に一緒に突っ込みに回るはずの達也から、澪に対する援護が飛んでくる。


「そういや確かに、ふかふかの毛皮着たペットって、まったく縁がなかったよなあ……」


「オクトガルは軟体動物だし、ひよひよは羽毛で手触りがちょっと違うものねえ……」


「ポメは野菜だし、そもそも爆発するから愛でる対象じゃないしね」


 達也だけでなく、真琴や春菜からも澪のもふもふが足りないという意見を肯定する台詞が出てくる。


「てか、宏君は動物は嫌い?」


「いんや。家で猫飼うてるし、犬も押しつぶしにこんかったら嫌いやないで」


「……もしかして、何かトラウマある?」


「小学生の頃ローラースケートで遊んどった時に、ハスキーに足払いされてこかされた揚句、のしかかられて身動きとれんなった事があってなあ……」


 今の澪より大きな犬。それに押しつぶされた経験を苦笑しながら答える宏。今は別にどうでもよくなっているが、昔はしばらく、ちょっと大きな犬は全て怖かったものである。


 正直なところ今となっては、犬に押しつぶされるぐらい、女体やチョコレートに比べれば全然怖くないのだ。


「まあ、今は別段怖いとは思わんけど」


「……そっか」


「春菜さんとこも、なんか飼うてんの?」


「うちも猫かな。うちは私と妹も含めて全員家を空けなきゃいけないこともたまにあるし、犬は長期間放置できないから、ちょっと飼えないんだ」


「師匠も春姉も羨ましい……」


 自分の身体の問題で、ペットどころではなかった澪。家で猫を飼っていると言う話を非常に羨ましそうに聞いている。


「向こうで元気になったら、おねだりしてみたら?」


「ん、そうする」


 このまま向こうに帰れれば、いずれ身体がちゃんと治る。それを知っている澪が春菜の提案に頷く。諦めていた夢が色々かなう可能性が出てきた、その一点だけでも、こちらに来た甲斐があったというものだ。


「っと、ちょいストップ」


「ん?」


「あそこに生えとるん、ジェルト草っちゅうてな。応用レシピの方になるけど、あれで一級ポーションの素材がコンプリートや」


「了解」


 特級素材の宝庫、大霊窟。そこでついに、いろんな人間にとって待望の一級ポーションの材料が揃うのであった。








「……ボス部屋か?」


「……多分。でも、今回の場合、ボスってどうなるんだろうね?」


 六時間後。手書きの地図もあらかた埋まり、もはや最後の一カ所となった所でひそひそと相談する一行。隅から隅まで探索し、大量の素材を収集し終え、そろそろ工房に戻るかどうするかを決めようかと言うところだ。


 視線の先にあるのは、かなり大きな広場。明かりが手元にしかないこともあり、宏達の位置からは奥まで見通せない。天井もかなり高く、特撮映画の怪獣ぐらいなら普通に暴れ回れるぐらいの空間がある。出入り口の幅も二十メートル程度と割と広く、戦闘をするにはそれほど困らない。


 時間的にも、ボスとやり合うかどうかは悩ましいところである。それ以前に、敵対的な反応が一切なかったどころか積極的に懐きに来た道中のモンスターたちの事を考えると、そもそも戦闘になるのかどうかも微妙なところである。


「で、どうするよ?」


「あまり長引くと、ご飯が遅くなるんだよね……」


「結局飯かよ……」


「ご飯は大事なんだよ? 特に成長期の澪ちゃんにとっては」


 別に食い意地が張っている訳ではないのに、どんな状況でも食事の心配だけはやめない春菜。こちらに来た当初はメニューの改善がメインだったが、今は年少組の身体について気にしているらしい。そのまるで母親のような思考に色々思うところがある達也と真琴だが、ここではあえて何も言わない。


「春姉、お腹減った」


「だよね。私もお腹減ったよ」


 外の時間はそろそろ夜七時。いい加減空腹だし、それ以外の事情からも夕食は済ませてしまいたいところである。


「ただ、ちゃんとしたもの食べてからの戦闘って、結構きついのよねえ……」


「それはあるよな。俺はポジション的にあんまり派手には動かねえけど、それでも結構動き回るからなあ」


「オキサイドサークル一発でけりがつくような雑魚なら問題ないけど、いくらなんでもボスでそれはないものねえ」


 ちゃんとした飯とボス戦、そのはざまで揺れ動く心を正直に吐き出す達也と真琴。結局飯かよ、などと言いながら、やはり達也も食えるならちゃんとしたものを食べたいのだ。


「……ごちゃごちゃ言うとる余裕はなくなったみたいやで」


 飯をどうするかの結論が出る前に、時間切れを告げる使者がボス部屋からのそっと頭を出す。


「うわあ……」


「こらまた大きな狼だな……」


 いつまでたっても入ってこない宏達を見に来たのは、頭だけで幅十五メートル以上ある巨大な銀色狼であった。


『入ってこないのか?』


「テレパシーとか、出来るんだ」


『さすがに、口の構造上この姿では人間の言葉は話せんのでな』


 いきなり頭の中に直接語りかけてきた狼に驚き、素直な感想を漏らす春菜。意思疎通ができる事よりそちらを気にするあたり、相も変わらずポイントがずれている。


「入って行ったら、いきなり襲いかかったりとかはしない?」


『我をなんだと思っている?』


「こういう洞窟とかの主って、なんとなくそういうイメージがあって……」


『知能の低いドラゴンなどはそうであろうが、一応神域の守護者である我が、濃厚な神の匂いを漂わせているものに攻撃を仕掛ける理由があるまい』


 地味に聞き捨てならぬ事を言いながら、早く入ってくるように促す狼。その言葉に顔を見合わせ、恐る恐る中に入って行く一行。


『よく来られた。歓迎しよう』


 中に入ったところで、銀狼が歓迎の言葉を告げる。顔のサイズから予想はしていたが、全長二百メートル以上の狼となるとかなりの迫力である。


 宏が釣り上げたリヴァイアサンは別格として、それ以外に彼らが遭遇した生き物としては最大のサイズ。そんな狼が普通に動き回れるこの広間、どう小さく見積もっても都市と呼べる規模の街が入るぐらいの広さはある。


 凄まじく広い上に狼が発するほのかな光のおかげで妙に神秘的ではあるが、逆にそれだけ広いのに何もないのは、考えようによっては非常に殺風景な環境に思える。


「どう考えてもここから出られへんと思うんやけど、不便はあらへんの?」


『真っ先に気にするのがそこか』


「そら気になるでな。人間より賢そうな知的生命体がこんなところに閉じ込められとって、精神的に大丈夫なんか、っちゅうんも含めて、色々問題ありそうな環境やしな」


『普通なら、確かに狂うか飢えるかしているだろうな。残念ながら、我はこの大霊窟にいる限りは食事の必要がなく、守護者として他にも仕事があるから狂う要素も無い。それに、そもそもこの姿では出入りができんだけで、出入りが可能な姿ぐらいは持ち合わせておる』


「なるほど」


 宏が気になっていた事に対し、大体必要な答えを返す狼。身体の大きさと大霊窟に生息する生物の種類や個体数から、食事は必要ないのだろうと大体予想はしていたので、そこに驚きは特にない。


『とりあえず、お主たちは神域に入る資格を持っている。故に、守護者としてお主たちに試練を課す必要はない。また、限度はあるが、神域にあるものは好きに持ち出してもらって構わぬ』


「えらい太っ腹やん」


『それが仕事だからな。ただし、我らの毛皮や牙などが欲しいのであれば、流石に一戦交えさせてもらう事になるが』


「非常に悩ましいとこやなあ……」


 狼に釘を刺され、正直に悩ましそうにする宏。狼たちの毛皮は欲しい。ドラゴンやベヒモスの革などと合皮にすれば革素材としては最高性能のものが作れる。だが、意志疎通ができたり懐いたりしている敵対的ではない生き物を狩って素材を剥ぐのは、少々抵抗を覚えるところだ。


「なんかこう、ここの生き物とは戦いたあないねんなあ……」


『ここの生き物は厳密には生命体ではないから、別に気兼ねせずに戦えば良いが?』


「そういう問題やあらへんで」


『そういうものか。ならば、我が作り出した分体を襲わせれば、普通に戦って剥ぎとれる訳だな?』


「そうやけど、またえらい好戦的やな」


 やたら戦闘を押す狼に、苦笑が漏れる宏。何故にそんなに戦いたいのか、理解に苦しむところだ。


『正直に言おう。守護者として戦闘用に育ったと言うのに、我がまともに戦ったのはわずか数回でな。最後に戦ったのが三百五十年ほど前となると、いい加減いろいろと錆びついていそうで困るのだ』


「いやいやいや。普通の相手やったら、その前足で軽くぺしっとやるだけで一瞬やで」


『お主たちはそこまで容易くあるまい?』


「重量の差っちゅう奴考えようや……」


 地味にバトルホリックな思考ルーチンを駄々漏れにしている狼。その話相手を疲れたような態度で続ける宏。達也も微妙に呆れている。


 なお、特にコメントをしようとする気配がない女性陣がどうしていたかと言うと……。


「……尻尾もおっきい」


「この大きさの狼だと、全身埋まるぐらいフカフカかも」


「軽く振るだけで壁際まで吹っ飛ばされそうだけど、手触りはものすごく気になるわよねえ……」


 一軒家と変わらぬぐらい太い尻尾に、興味の全てを持っていかれていたのである。


『それにしても、お主の仲間はこの尻尾が気になってしょうがないようだな』


 注がれる熱視線。それを受け苦笑気味に小さく尻尾を振って見せる狼。衝撃を起こさずゆらりと優しく揺れる尻尾に、女性陣の視線は釘づけである。


「触ってみたい……。触ってもふってみたい……」


 欲望を駄々漏れにしながら、ふらふらと尻尾の方に近寄って行く澪。敵対していない毛皮の生き物、その魔力に完全にとりつかれている。


『別に尻尾に触れるぐらいはかまわんが、埋まって窒息せんように注意するのだぞ』


 そう言って、伏せの姿勢になってそっと尻尾を差し出す狼。差し出された尻尾に、歓声を上げて埋まりに行く女性陣。意外にも毛の長さはそれほどでもなかったようで、澪だと全身が埋まるが春菜なら普通に脱出可能だったりする。


 その極上の手触りとふかふかした感触に、我を忘れて戯れ続ける女達。食事の事を思い出したのは、それから三十分後の事であった。








「おはよう」


『起きたか?』


 なんだかんだで翌日。一番最初に起床した春菜が、朝食の準備をしながら狼に朝の挨拶をする。


『昨日も思ったのだが、こんな場所で、やけにしっかり調理をするのだな。今の下界の冒険者は、皆そうなのか?』


「多分、私達だけだと思うよ。私達のチームは、割と調理器具が充実してるし」


『そういうものか?』


「うん。あっちこっちで随分突っ込まれてるから、間違いないはず」


 炊飯器に米をセットし、リヴァイアサンの貝柱からシジミ的なものを選んで味噌汁の具にするための下処理を済ませ、昆布とかつお節でダシをとりながら他のおかずの準備に入る。その手際の良い作業を観察していた狼の言葉に、自分達が世間一般からずれている事を正直に告げる春菜。


 もう一品は何がいいか、と思って食料リストを覗いていると、唐突にロックボアのベーコンが二百グラムほど減る。


「あ、宏君、おはよう」


「おはようさん」


「朝はベーコンの気分?」


「単に、そろそろこのロックボアのベーコンも食べてもうた方がええ、っちゅう気がしたんよ」


「あ~、そういえば、これファーレーン出る前に、護衛依頼の最中に狩った肉で作ったベーコンの残りだもんね」


 アズマ工房の食糧庫には、実に多種多様な食材が眠っている。狩りの成果が基本一頭単位になる上、屋台以外で肉類をお金に換えることがないので消費しきれないのである。


 それでも調理難易度がトロール鳥以下のモンスター食材は、工房の職員達が勝手に調理して食べてくれるのでそれなりに消費は進んでいる。問題は、ロックボアのように職員達の手にはやや余り、だがベヒモスやリヴァイアサン、ガルバレンジアに現地食材などの消費を優先する宏達がなかなか目を向けない食材だろう。こちらは宏達が調子に乗ってベヒモスを狩りすぎたあたりから消費のペースがガクンと落ち、リヴァイアサンによって止めを刺された現在はまったく消費されなくなってしまったのである。


 結果としてロックボアのベーコンのような、いつ作ったっけ、なんて言語道断な言葉が出てくる加工食品が色々倉庫の肥やしになってしまうのだ。


「ここんところ、朝飯はリヴァイアサンの部位を焼き魚にしたんが多かったから、たまには目先変えたかったっちゅうんもない訳やないねんけどな」


「まあ、こういう細かいものも、間を見て食べないと忘れるしね」


「せやねんなあ。ボンバーベア肉とか、まだ二頭分ぐらい残っとるし」


「あ~、地味にピアラノークの足が一本残ってるよ……」


 調理の手を止めず、食材の在庫を確認してため息をつく宏と春菜。いくら腐敗防止で腐らないと言っても、ピアラノークを仕留めたのはもう一年ぐらい前だ。ため息が漏れるのも仕方がないだろう。


 万トン単位で確保してしまった食材にばかり目を奪われ、この手の細かい食材の消費を怠ったのは失敗としか言えない。


「残りが少ない食材は、朝ご飯に使っちゃおうか」


「せやな。全部は無理やけど、残り一キロとかぐらいのんは今日明日ぐらいで使いきれるやろ」


 そうときまれば早速、とばかりに、ピアラノークの足肉をサラダにすべく身をほぐし始める春菜。完成品は、カニカマを使ったサラダのような味わいになる。


 ロックボアのベーコンは素直にベーコンエッグにし、ピアラノークの時に一緒に仕留めた、と言うより、スパイダーシルクを作るために尊い犠牲になって貰ったジャイアントホーネットの蜜を使った甘辛いたれで味付けしたパイルポテトを添える。


 その後、味噌汁を完成させて朝食の準備を終えた所で、他のメンバーが起きてくる前に砂漠のモンスターであるヒュージカクタスを表皮を取り払って角切りにし、ジャイアントホーネットの蜜を入れたヨーグルトであえてデザートもしくはおやつを完成させ、朝の調理を終わりにする。


「ジャイアントホーネットの蜜は、半分ぐらい使うたな」


「ピアラノークの足は一割も減ってない感じ。第一関節を食べ終わるまでに、何日かかるかなあ……」


「イビルタイガーの肉、ベーコンにでもせんと消費量増えへんで」


「あ~、お酒のつまみ、最近はリヴァイアサンのゲソに偏ってるからね……」


『気の長い話をしているな』


 食べきれそうで食べきれない食材の前に、無力感を味わっている宏と春菜。その二人に、狼が呆れたように口を挟む。


『食事の後に案内する神域には食材になるものも多数あるが、その調子で大丈夫なのか?』


「うわあ……」


「新しい食材が増えるのは嬉しいけど、古い食材が使いきれてない現状ではちょっと悩ましいよ……」


 宏達の前途は、どこまでも多難なようである。


 残念ながら、ほとんど自業自得なので同情の余地は欠片も無いのだが。


「おはよ~。今日の朝は肉?」


「あ、真琴さん、おはよう。ロックボアのベーコンが残ってたの思い出したんだ」


「おはよう。今日はリヴァイアサンが主菜じゃねえんだな」


「おはよう、達也さん。ちょっと食材の整理した方がいいかな、って事になって」


 今後の食材消費計画を練り直しているうちに、まだ寝ていた真琴達が起きて来ては二週間ぶりぐらいのリヴァイアサンではないメイン料理にコメントしていく。


『リヴァイアサンか。確かにあれは、食い終るまでにかなりかかるな』


「食べた事あるの?」


『神話の時代に一度だけ、な。我のような守護者を総動員して消費して、食べ終わるのに三日ほどかかったのはよい思い出だ』


「三日で済んだんだ……」


 色々スケールの大きな話に、少々引きつった苦笑とともに感想を漏らす春菜。そもそも神話の時代にリヴァイアサンを食べる羽目になった理由が気になりはしたが、藪をつついて蛇を出す事を恐れてコメントはしない事にする。


「春姉、さっさと食べて神域に移動」


「あ、そうだね」


 腹ペコの澪にせっつかれ、不良在庫の消費を目的としたメニューの朝食を味わう一同であった。








「わあ……」


 狼に案内されて訪れた神域は、まさに楽園であった。


「あのものすごい説得力のある樹が世界樹でええん?」


『ああ。諸般の事情で幹の大半が地下にもぐっているが、まぎれもなく世界樹だ』


 大霊峰の山頂から移動したとは思えない広大な草原。ウルスがすっぽり入るであろう草原、その中心にそびえたつ神聖な雰囲気をたたえた大木に目を奪われた宏の質問に、狼が補足説明を交えて答える。


 後ろを振り返れば万年雪が残る山頂が見え、空を見上げてもまったく雲が見えないどころか、山と山との隙間から見降ろした方がたくさん雲が見えることから、ここが大霊峰のもっとも高い山に囲まれた場所にある事は疑う余地も無い。


 だが、宏が感じている気温は二十三度ほど。あえて外の環境にある程度連動するようにエンチャントを調整しているので、自分達が感じている気温が二十三度なら、この草原の気温は二十三度なのだろう。


 さらに、気圧や空気の濃度も、下界と大して変わらない。後ろの万年雪がなければ、そして世界樹の存在が無ければ、ウルス近郊の草原だと嘘をついても普通に騙されそうである。


「で、今気がついたんだが……」


『なんだ?』


「あっちこっちにある畑とか田んぼ、誰が管理してるんだ?」


『私が管理者だと言っただろう?』


「畑仕事してるのかよ……」


『それが仕事だからな。家庭菜園と言う奴も、なかなか楽しいものだぞ』


 巨大な狼による家庭菜園。その言葉に、くらりとするものを感じる達也。ここまでちゃんとファンタジーだったのに、急に色々とおかしくなった気分である。


「ここで育ってる品種って、地上でちゃんと育つのかな?」


「やってみんと分からん。ただ、普通に移植したところであかんやろな」


 狼の家庭菜園という言葉をきっちりスルーして、宏と春菜が色々持ち出す段取りをする。真っ先に育てる事を考えるあたり、色々手遅れな連中である。


「まあ、とりあえずはええ時期の奴を収穫して回ろうか」


「そうだね。どの位、採ってもいい?」


『畑や田んぼで実っているものは、すべて持って行っていい。種はいくらでもあるからな』


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 狼の太っ腹な言葉に甘え、ジャガイモやキャベツ、玉ねぎ、豆などを収穫して回る春菜。米が気になっていた宏は、稲刈りに全力投球である。


 宏と春菜につられて、農作業に移る真琴達。こんな場所で育てられている作物を、自分達の能力で収穫などできるのかと不安になったものの、宏が作業監督と言う扱いになっているからか、不思議と特に苦労せずに収穫が進んで行く。


「大分収穫できたし、ある程度倉庫に移そっか」


「了解」


 二時間ほど黙々と収穫作業を続け、いくつかの作物が全て収穫し終えた所で、春菜の提案に従って食糧庫に収めていく。宏が神力付与で容量を拡張していなければ、またしても倉庫を圧迫しそうな量の野菜を次々に収納する。


「ちょっとまておい!」


 収納作業が終わり、どれぐらいの分量になったかを確認したところで、表示された作物の名前に達也が全力で突っ込みを入れる。


「えっと、なになに……?」


「神米、神ジャガ、神キャベツ、神玉ねぎ……」


 達也の全力の突っ込みに興味を引かれた春菜と澪が、作物の名前を確認して渋い顔になる。


「何このストレートな名前……」


「ボク、ちょっとこれは酷いと思う」


 何でも神とつければいいと思ってるのが明白な、あまりに手抜き全開の名前を持つ作物に、達也が全力で突っ込みを入れたくなる理由を痛いほど理解してしまう春菜と澪。


 誰が名前をつけたのかは知らないが、もう少しひねった名前をつけても罰が当たるまい。それが、名前を確認した人間の統一した見解である。


「あ、でもこの豆は名前が違うよ」


「どんな名前?」


「えっとね、仙……」


「春姉、その名前は絶対危険」


「そうなの? って、名前変わった」


 澪に突っ込みを入れられた瞬間、豆が神豆という名前にしれっと変更される。そんな明らかに突っ込み待ちとしか思えない流れに、更に関係者全員の顔が渋くなる。


「で、でもさ。これで『神々の晩餐』スキルが手に入るんじゃないの?」


「あ~、そうかも。後はせいぜい、鳥肉ぐらいかなあ……」


 後は鳥肉、と言う春菜の言葉に、何故か宏を除く全員の背筋に冷たいものが走る。


「なあ、鳥肉って、ベヒモスとかみたいな事になったりしねえよな……?」


「分かんないけど、とりあえずリヴァイアサンと同じサイズまでは倉庫の容量もどうにかなるから……」


「いや、そういう問題じゃねえんだ、そういう問題じゃ」


 視線を泳がせながら指摘に対してピントのずれた答えを返す春菜に、容赦なく突っ込みを入れて追い詰める達也。ここでうやむやにすれば、絶対に後悔する。そんな強迫観念が達也に手加減と言う単語を忘れさせる。


「なあ、ちょっとええ?」


「ど、どうしたの、宏君?」


 鳥肉の事で一触即発となった春菜達四人のもとへ、少々遠くで作業をしていた宏が戻ってきて声をかける。


「とりあえず、世界樹が枝四本ほどくれたから、どっかで植樹考えなあかんねんけど、どうしたもんやろ?」


「枝をくれたって……」


「いや、な。近くに寄ったらわさわさ揺れてやで、四本ほどぽきぽき折れて足元に転がってきたんよ。それも葉っぱがついとるまだまだ健康な枝が」


「そ、それは確かに……」


「一応確認したら、持ってけ持ってけみたいな揺れ方したから、ありがたく貰ってきたんよ」


 背中に背負った丸太かと言いたくなるほど太い枝四本と、その際一緒に落ちたらしい、接木するのにちょうどよさげな大きさの枝数本を見せながら説明を続ける宏。どれもまだ健康そうな枝で、見ただけで洒落にならない力と思わず平伏したくなるほどの神聖さを内包している。


「まあ、一本はウルスの工房の庭でいいんじゃねえか?」


「一本はそれしかないとして、残り三本どないするかなあ、ってな。一応、一本は考えてる事がなくはないんやけど……」


「残り二本か。まあ、おいおい考えればいいんじゃねえか?」


「せやな。で、もう一つあって……」


 そのまま説明を続けようとした宏をさえぎって、春菜が口を開く。


「その芋虫の事だよね?」


「なんか、いつの間にか背中に貼りついとって、離れてくれへんのよ……」


「凄く落ち着いちゃってるよね」


 宏の背中、丁度背負子の肩ひも辺りのところにしがみついている、親指ほどの大きさの芋虫。こんなところにいる以上、ただの芋虫ではないのは間違いない。


 そもそも、芋虫と言ってはいるが、その姿は漫画チックに、それも正確に言うならメルヘン系統ではなくギャグ漫画方面にデフォルメされたものである。その分生々しさはないが、どう見ても虫という目玉でやたらと濃い顔が乗っている芋虫と言うのは、見た目の印象が奇妙な事になっている。


「どないしたもんやと思う?」


『連れていけばよかろう?』


「何で自分がしれっとそういう事言うんよ……」


『いや、お前達もそろそろ眷族なりなんなりの候補は必要だろう?』


「人間にそんなもんは要らんで……」


 色々と聞き捨てならない事を言ってのける狼に、ボケのはずの宏が力なく突っ込みを入れる。どうにも大図書館での用事を終えてからこっち、神様サイドの連中はどいつもこいつも宏の事を人間扱いしなくなって困る。


「そもそも、何で芋虫やねん」


『職人なら、布はいくらでも使うだろうに』


「こいつも糸吐くんかい……」


 宏のぼやきに反応してか、ぴぎゅっと微妙な鳴き声を上げて糸を吐きだして見せる芋虫。微妙に意思疎通が成立する所が泣けてくる。


「……ヒロ……」


「あ~、うん。諦めるわ……」


 どうやら、連れて帰る以外の選択肢はないらしい。いつの間にか宏にプレッシャーを与えない距離まで近づいていた春菜が、神キャベツの外皮の捨てる部分を食べさせているところが、なんとなくこの先の運命を感じさせる。


「春菜さん、餌やるんはええけど、せめて僕の背中におるときにやるんはやめてんか……」


「あ、ごめん。見てるとどうしても我慢できなくて……」


「まあ、ええわ。いっぺん工房帰ろか……」


 地味に虫にも寛大で面倒見がいいところを春菜が見せた所で、とりあえず一度楽園での作業を切り上げる一行であった。

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