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第44話 殺戮の代償

 ヴォラクside ―


 「拓也達大丈夫かな」

 「なんだよヴォラク心配なのかよ」


 未だに帰ってこない拓也たちが気になって、窓に張り付いて呟いた俺の頬をシトリーが茶化してつつく。あまり心配していないようなシトリーの軽い態度が何となく苛ついてつついてきた指にかみつこうと口を開けると、慌てたように指が引っ込み未遂で終わってしまった。

 時計の針はもう夜の十九時半前。少し時間がかかってるようにも感じる。



 44 殺戮の代償



 「お前、あっぶねえなー!指持ってかれるかと思ったわ」

 「持ってく気だったんだよ!もう行って三時間近くかかってんじゃん。大丈夫なのかな」


 部活が終わった中谷もマンションに来ており、横でカップラーメンの大盛を食べ終わり、デザートのヨーグルトを食べている。明日の朝も部活の練習があるらしく、二十時までは待つけど、それまでに帰ってこなければ夕飯も食べたいから家に帰るらしい。こいつ、あんなサイズのカップ麺を食っておきながらまだ家で夕飯を食べる気なのか。知ってたけど大食いすぎ。

 光太郎は塾が二十時半にしか終わらないらしく、終わり次第顔を出すと言っていた。皆が拓也を心配している。無事に帰ってきてほしいって思ってる。だけど、未だに戻ってこない。


 「でも待ってるのって性にあわないんだよね」


 シトリーは笑いながら「そりゃお前はな」って返事した。

 どうやら俺たちについてくることが少ないこいつは全然平気みたいだ。俺は気になって仕方ないね、だってパイモンがいるんだし。


 「パイモンもいるし大丈夫だろ」


 確かにそうだけど、そうだけどさぁ。俺とシトリーのあいつに対する信頼度の違いって何なんだろ。なんでこいつは信用できるんだろ。平然と私はルシファー様の命令に従っているまでです。とか言い放っちゃうくらいなのに。そりゃ実力はピカイチだと思うよ。ソロモンの悪魔だけじゃない、すべての悪魔の中でも上位の悪魔だし、ルシファー様の腹心なわけだし、味方なら最強に心強いけどさ。


 「あ、帰ってきた!」


 一人で考え込んでいる間に中谷がベランダに指をさす。あ、ジェダイトだ!あー良かった。ちゃんと帰ってきた。俺と中谷はベランダの窓を開けてジェダイトに近寄る。

 てっきり拓也の「ただいまー!怖かったー!」が聞けると思ってたのに、空気は重く、セーレの視線も俯きがちだった。


 「おかえり〜結構時間かかってた……」


 中谷はそんな空気を微塵も気にせず笑って話しかけたが、途中で黙ってしまった。どうかしたのかと思い、覗きこんだら俺も固まってしまった。

 そこには血まみれでぐったりしている拓也の姿があったからだ。


 「何があったんだよ……?」


 声が震える。血まみれでぐったりしている拓也。もしかしてこれは最悪のパターンなんじゃないか?だけどパイモンが一緒にいる。こいつが裏切ったわけじゃなさそうだ、だったら……悪魔に負けたのか?

 固まっている俺たちにセーレは力なく笑った。


 『これは拓也の血じゃないよ。全部返り血だ。ジェダイトお疲れ様。戻っていいよ』


 返り血ってどういうことだ?

 セーレは拓也を担いでジェダイトから降りると、部屋に入ってしまった。


 「な、なんだよこれ」

 『中谷、話は中でする。とりあえず入れ』


 パイモンに促されて俺と中谷はリビングに戻った。

 リビングでは拓也の姿を見て、固まっているシトリーの姿。


 『シトリー、バスタオルを用意してくれ。拓也を寝かせたい』

 「お、おう」


 何がどうなってんだよ。


 ***


 その場の空気が重い。

 中谷なんか血を見て完全に怯えてしまっており、俺にしがみついている。ソファで寝ている拓也は最低限の汚れは取っているみたいだけど、それでもあまりにも凄惨な状態に吐き気さえする。大泣きしたのか、目は腫れて涙の跡があった。


 「どういうことだよ。なんで拓也がこんなことになってんだよ」


 シトリーは苛立ちながらも極めて冷静に問いかけた。分かるよ、本当は怒りたいんだよね。お前らがついていてなんで拓也がこんなことになってるんだ!?って言いたいんだよね。俺も同じだもの。でもストラスの泣きそうな顔やセーレとパイモンの意気消沈した姿にそんな強く問い詰めるわけにもいかないんだよね。

 俺まで話に参加したら喧嘩腰になりそうで、シトリーにここはお任せする。

 ストラスはシトリーの問いかけに何かを言いかけて下を向く。よほど言いたくないのだろうか。でも俺とシトリーはそんなのでわかる訳ないじゃないか。


 「わかんねえよ。言ってくれなきゃ。俺とヴォラクはもう関係ねえから言わねえのかよ」


 苛立ちをぶつけるかのように舌打ちをして飲んでいたカップを少々強めにテーブルに置いたシトリーをパイモンが睨む。


 「よせ。主が起きる」

 「くそ!じゃあさっさと答えを言いやがれ!」

 「ストラス、お前は無理に話さなくていい。俺が話そう」


 ストラスとセーレとは対照的にパイモンはいつも通り冷静だ。この状態の拓也を見ても何も思っていないんだろうか。パイモンは俺とシトリーと中谷に向き合った。


 「主が人を殺した」


 え、どういうこと?

 あまりに簡潔でインパクトの強い一文に全員の目が丸くなる。あの拓也が?俺が拓也を殺そうとした時、逆に俺がやられかけた時でも俺を助けるような拓也が?いっつも戦うの怖いって逃げまくってた拓也が?人を、殺した?

 じゃあこの血は……その人間の血?


 「誰を殺したんだ?」

 「悪魔と契約をしていたのはシスターだった。そのシスターを……」


 シトリーの声が震えてる。どうやらシトリーも信じられないみたいだ。

 殺したって言うのか?なんで?どうして?


 「契約していた悪魔はイポス。あいつはシスターと主、二人を結界に閉じ込めた。言い訳にしかならないが俺達はイポスの相手で手がいっぱいで奴の結界を壊すことができなかった。その間にシスターは斧で主に斬りかかったらしい。殺さなければ主が殺されていた」


 パイモンも心苦しいのか、そのまま顔を伏せた。


 「ずっと泣き叫んでいた。人を殺してしまったと、今は気を失ってこの状態だが……」


 ウソ、嘘だ。

 中谷は真っ青になってしまった。


 「い、池上が人殺したって嘘だよ、な……?」


 パイモンは返事をしない。それがますます現実を浮き彫りにして中谷の顔がゆがむ。


 「嘘だって言えよ!」


 中谷がパイモンに掴みかかり、慌ててセーレがそれを引きはがしたけど、否定をしないパイモンを見て中谷の目が潤んでいく。沈黙は肯定を裏付けていたからだ。


 「うそ……」


 中谷はその場に膝をついて肩を震わせて泣いた。


 「なんで、なんだよ……」


 中谷の目から涙があふれる。ストラス達だって精一杯だったはず、それは中谷もわかってる。それでも言葉は止まらない。あまりにも、拓也が可哀想だから。


 「なんでだよ、なんでなんだよ!なんでお前らがいたのに池上がこんな目に遭ってんだ!?お前らがもっとしっかりしてれば!」

 「すまない」

 「謝って済む問題かよ!!?大丈夫だって言ってたじゃん!全然大丈夫じゃねえじゃん!!」


 かすかな声が聞こえて振り返ると、拓也がうっすら目を開けていた。

 どうやら俺たちの会話で目が覚めてしまったようだ。俺は拓也の顔を覗き込む。


 「拓也!」

 「ヴォ、ラク?」

 「拓也!俺だよ!わかる!?」


 中谷とシトリーも拓也の顔を覗き込む。拓也は焦点の合ってない目で俺たちを見ていたが、急に目を見開き叫んだ。


 「触るな!!」


 拓也は俺の手を払いのけ部屋の隅っこに震えながらしゃがみこんでしまった。体は震えて、視線は忙しなく動いており、酷く動揺しているのが見て取れた。


 「血、血がついてる……これは夢だ。夢、夢だ……」


 こんな痛々しい拓也いつぶり?

 シャックスの時もかなり怯えてたけど、はるかに今の方が怯えてる。拓也の前に涙を隠すことなく顔をぐしゃぐしゃにした中谷が座り込む。拓也はもう無意識なんだろう、泣きながら笑っていた。

 

 「中谷、俺人殺したんだよ。血がブシャーって出て、それが顔にかかって……」

 「もういいよ……」

 「俺、どうすれば良かったんだ?ギリシャ語も英語も話せなくて、何にもあの子を説得することできなくて、全部俺が悪いのかな……」

 「もういいってば!!」


 中谷はそれ以上聞きたくなかったのか声を張り上げた。


 「お前が悪いんじゃない!だって殺されかけたんだろ!?正当防衛だよ!……ッおまえが悪いわけじゃないっ!」

 「お、俺……あの子の未来を奪ったんだ。説得できたら、未来があったはずなのに……」


 顔を手で覆い、床に頭をこすりつけて拓也は咽び泣いている。こんな状態になったらもう何も言えず、中谷も呆然と拓也の肩を掴んだまま固まってしまった。

 その状態を破ったのは一本の電話だった。それは拓也のポケットから聞こえており、当然のように拓也の手は動かない。見かねた中谷が拓也のポケットから震える手で携帯をとり、相手が誰かを確認する。ディスプレイには「母さん」の文字が光っており、中谷は顔を真っ青にした。


 「池上のお母さんからだ。どうしよう……」


 どうしようって、そんなこと言われても。今回ばかりはごまかせないんじゃない?正直に言うしかない。でも拓也がこんな状態だって知ったら、母親って言うのは怒るんだろうな。俺はよくわかんないけど、でもブエルならどうかなあ?怒ってくれるのかもしれない。でも俺たちはきっと拓也の家族に恨まれる。

 自分の子供をこんな事に巻き込むなんて!って泣き叫ばれると思う。


 『今の拓也はとても動ける状態ではありません。中谷、代わりに出てください』

 「え、でも……」

 『こんな状態では、もう誤魔化せません』


 ストラスに言われて中谷は頷いて通話ボタンを押した。着信を受け取った瞬間に聞こえてきた声は今の拓也の様子を全く想像していない声で、帰ってこない息子に痺れを切らしていた。


 『拓也、あんた連絡もしないで何してんの!?もうご飯作っちゃったわよ!友達と遊んでんの!?早く帰ってきなさい!』


 拓也のお母さんの声は受話器を通じて俺たちにも小さく聞こえてくる。その声があまりにもこの場とは不釣り合いでストラスは悲しそうに眼を閉じた。だって拓也はいつも通り遊んでると思ってるんだもん。

 拓也が人を殺したなんて微塵も思ってない喋り方なんだもん。中谷はどうしていいか分からないと言う顔をしていたけど、深呼吸して声を出した。


 「あの俺、中谷です」

 『あら中谷君?なんで拓也は出ないの。まさか怒られるの嫌で出ないとか』

 「違います。その、色々あって」

 『色々?』


 中谷は俺たちに振り返る。どうすればいいんだよ?とでも言うみたいに。


 『今回の件は私たちの責任で隠すなどできません。マンションに来ていただきましょう』


 ストラス本気かよ……それ修羅場確定じゃん。

 中谷もどう説明していいのか分からない顔をしていたけど、つっかえながらも説明する。


 「あの……池上は今帰れる状態じゃないんです」

 『どういうこと?どこか怪我をしたの?」

 「違います。とりあえず○○区の13−2のマンションに来てください。部屋番号は1007です」

 『中谷君?』


 中谷は何も言えずに唇をかむ。少しの間、沈黙が包んだが拓也のお母さんは小さくため息をついていくと返事をした。


 『わかったわ。それは拓也にとっても私たちにとっても重要なこと?』

 「はい。とても」

 『じゃあパパがもうすぐ仕事から帰ってくるから、パパと直哉も連れていくわ』

 「え、直哉君もですか?」

 『当たり前よ。留守番させるのも心配だし。どうして直哉は駄目なの?』

 「直哉君は止めた方がいいと思います。きっと辛いものを見ることになるから……」

 『何を隠してるの?』

 「……ッとにかく来てください!」


 中谷はそう大声で言い残して、電話を切った。話し声は携帯から漏れており、説明する必要もない。振り返った中谷は泣きそうになっており、どうしていいかわからないと声を張り上げた。


 「どうすんだよ!直哉君も連れてくるって言ってたぞ!?」


 あんな泣き虫が今の拓也見たら腰を抜かしかねないね。

 でも拓也は今までの会話を聞いていたのか、ポツリと呟いた。


 「逃げな、きゃ」

 「池上?」

 「逃げなきゃ見られる……この姿を皆に見られる!」


 拓也はどうやらパニックを起こしてるみたいだった。それも無理ないのかもしれないね。見られたくないんだよね、こんな姿……気味悪がられるかもしれない。軽蔑されるかもしれない。それが怖いんだよね。


 「大丈夫だって池上!迎えに来るだけなんだから!」


 根拠がなくってもそう言って落ち着かせるしか方法はない。ガタガタ震えながらも立ち上がろうとする拓也を中谷が抑え込む。必死で抵抗してるけど、体に力が入らないんだろうな。拓也が中谷を押しのけることはない。まあ中谷って結構力あるしね。

 それでも暴れる拓也に触った中谷の手や服にも血がついて汚れていく。でもそんなのを中谷は気にせず色んな感情がごっちゃになって耐えられず泣き出した拓也を抱きしめていた。


 そんな状態が十分程度続き、インターホンが鳴る。


 「え?拓也の家族もう来たわけ?」


 電話してからまだ五分くらいしかたってなくない?

 拓也はインターホンを聞いて、我に返ったかのように再び中谷の腕をはずそうと暴れ出した。


 「放せ中谷!」

 「池上!やめろって!」


 拓也達が暴れる中、シトリーが慌ててインターホンに出た。


 「はい」

 『あ!シットリ〜♪俺だよ〜ん』


 画面に映っていたのは光太郎だった。緊張感を返せとでも言わんばかりにため息をついてシトリーが応答する。

 

 「なんでいんだよ」

 『え?言ったじゃん。塾が終わったら一時間くらい稽古つけてもらいに行くって。なんでそんなこと言うんだよ腹立つなー』

 「今日はもう帰れ」

 『は?やだよ。別にパイモンがいれば稽古つけてもらえるんだからお前に関係ないだろ。まだ戻ってないの?じゃあ拓也が心配だし、どっちにせよ鍵開けろ』

 「……後悔すんなよ。駄目だこりゃ」


 開錠ボタンを押して光太郎がマンションの中に入っていくのをカメラで確認した後、シトリーがお手上げポーズをとる。光太郎は巻き込みたくないと思ったんだろうけど、帰れと言ってもあそこに居座ってインターホン鳴らし続けそうだし、そのうち拓也の家族と合流するもんね。

 もうすぐ光太郎がここに来る。あいつはこの拓也を見たらどうすんだろう。


 「おっじゃま〜」


 あまりにも呑気な声が響き、光太郎がリビングの扉を開ける。でもこの異常な空気を瞬時に察したんだろう。訳が分からないながらも目を丸くして、光太郎は俺たちを見ていたけど、血の匂いで充満しているこの部屋は外から来た光太郎には刺激が強かったらしく鼻をつまんだ。


 「なんか臭くね?」


 知らなかったとはいえ放たれた言葉に隅にいる拓也の肩が震える。シトリーが光太郎の腕を引っ張って軽く頭をはたく。光太郎は悪くないよ。でもタイミングが悪かったね……シトリーに叩かれて目を白黒させている光太郎はちょっと可哀想だ。


 「はい?俺何か悪いこと言った?」

 「いや、タイミングだ。お前の反応はしょうがねえが、叩かずにはいられなかったんだよ」


 光太郎はいまだに拓也の存在に気づかずにシトリーに食って掛かっている。でもパイモンたちの姿を視界にとらえ、拓也が帰っていると分かったのだろう。表情を輝かせた。


 「お前らいるってことは拓也帰ってんのか?入れ違いになっちゃったのかなー帰ってこれてよかったよかった」

 「そこにいんぞ」


 安心して笑っている光太郎。そうだね、本当にそうだったらよかったのに。でもシトリーが中谷と拓也のいる場所に指をさして、座り込んでいる拓也と歯を食いしばって泣いている中谷を視界にとらえた瞬間、光太郎は固まって、数秒間二人を凝視した後振り返った。

 その表情は酷く動揺していた。


 「え?拓也?え?は?え、ええ?どういうこと、なんで拓也があんなに血だらけになってんの?」

 「きついなら見んな」

 「きついというか意味が分かんないんだけど……いやこれどういうこと?」

 「あれは全部帰り血。あいつ今回の悪魔の契約者を殺したそうだ」


 光太郎が目を丸くして、力が抜けたようにその場に座り込む。何も言えずにじっと見続ける光太郎に拓也は隠れるように腕で顔を覆う。


 「冗談だよな?」

 「こんなことで嘘なんか言えるかよ…」


 それ以上、光太郎の口からは何の言葉も出てこなかった。誰もしゃべらない空間で、拓也の嗚咽だけが響く。中谷にしがみついて泣いている拓也は子供みたいだった。

 三十分後、インターホンが鳴り、今度こそ目的の相手が映し出された画面に全員が息を飲んだ。


 「あがってください」


 シトリーは解錠ボタンを押した。拓也の家族が来る……こんな姿の拓也を見たらなんて言うんだろうか。もう逃げることはあきらめたのか、拓也は動こうとせず泣き続けている。拓也の家族がこの部屋につくまでの数分間がとてつもなく長く感じた。

 玄関のインターホンが鳴らされ、セーレが扉を開けに行く。俺もこっそり顔をのぞかせたら、そこには拓也の両親と直哉がいた。三人とも詳しい話は聞いてないから不安そうな表情を浮かべて、セーレに拓也のことをすぐに聞いてきた。


 「あの、拓也がここにいるって伺ったのですが……あの子に何かあったんですか?」

 「こっちです」


 セーレに案内されて拓也の家族が俺に軽く頭を下げてリビングに入っていく。どうしよう、俺まで心臓が破裂しそうに緊張してる。俺でもこんななのに、ストラス達は比じゃないだろう。固まってる俺にシトリーが背中をポンっと叩いて一緒にリビングに向かうと、頭を抱えてふさぎこむ拓也の肩を必死で掴んでる母親がいた。


 「拓也、拓也!?どういうことなの!?どうしちゃったの!!?」


 拓也の母親は泣きそうな声で拓也の名前を呼び続けるけど、拓也は何の反応もできない。この世の終わりのように嗚咽を漏らして泣くだけ。そんな拓也を見て父親がものすごい形相でこっちを睨んできた。


 「何をした?うちの息子に何をしたんだ!?」


 中谷と光太郎がシトリーの後ろに逃げ込む。憎悪を宿した目が真っすぐこっちに向かってくる。まるで視線だけで人を殺さんとするような目つきにストラスも俺も目をそらした。顔をまともに見られない。だって、だって……!


 『拓也が今回の悪魔の契約者の人間を……殺しました』

 「……殺した?」


 悔しそうに目をつぶり、自分にも言い聞かせるようなストラスの発言に拓也の両親は言葉を失った。

 あまりの出来事にオウム返ししかできない母親に感情が爆発したかのように早口で語る。


 『仕方なかったのです!悪魔は拓也とその契約者の人間二人を結界に閉じ込めて……私たちが中に入れないようにしたのです。その人間は拓也を殺そうと、斧で拓也に斬りかかった!拓也は最後まで説得しようとしていました!でもその人間は聞く耳をもたなかった!殺さなければ拓也が殺されていたのです!!』


 自分はどうすれば良かったのか、何をすれば拓也を救えたのか、未だに解決策が見えない現実にストらの心が悲鳴をあげている。あまりにも悲痛なストラスの言葉を聞いて、拓也の母親は耐えきれなくなったのか涙腺が決壊したように号泣する。


 「拓也、拓也、拓也ぁ……」


 血で汚れるのも構わず、母親は拓也を抱きしめる。その姿がまるで聖母マリアのようで、釘付けになってしまった。拓也はそれでも頭を上げず、母親を抱きしめ返さない。自分で自分を抱きしめて泣くだけ。

 そんな拓也の姿を見て、直哉も大声で泣き出した。


 「うあああぁぁああぁぁぁぁああ!!兄ちゃ〜〜〜〜〜ん!!」


 拓也の家族が号泣する中、父親は肩をふるわせて拳を握り締めている。


 「お前たちが巻き込んだんだ……全部、全部お前たちが!」


 拓也のおじさんが声を張り上げる。

 光太郎と中谷はそれにビビってシトリーの後ろに顔すらも引っ込めてしまう。


 『そうです。全て私たちの注意不足です』

 「注意不足?そんな言葉で済まされるか!!お前たちは拓也を、私たちの息子を人殺しにしたんだぞ!?」

 「おい!あいつの前でなんてこと言うんだよ!」


 話を聞いて怒ったシトリーが父親に掴みかかり、取っ組み合いになってしまった。


 「よくも、よくも拓也をこんな目に……!人を殺させたな!!?」

 「それは悪かった!だけどあいつの前でそんな言い方ねぇだろ!まずあいつの傷を取り除く方が先だろうが!!」

 「この子の前でこれ以上揉め事を起こさないで!!」


 母親が二人を怒鳴りつけ静まり返った空間に母親は涙を拭い、無理やり口角をあげ拓也に笑って見せる。あまりに下手くそな笑みに無理をしているのがバレバレで、気丈なふりしても全く説得力がない。


 「拓也、家に帰りましょう?ご飯温めなおすから一緒に食べましょ。その後は、お風呂にゆっくり入って……もうその制服は捨てなきゃね」


 母親は震える手で拓也を抱きしめる。


 「明日は学校休みなさい。お母さんがずっと付いててあげるから」

 「拓也のその恰好じゃ外は歩けませんよね?俺が送ります」


 セーレの申し出を拓也の母親は断った。


 「結構です。もう金輪際この子に近寄らないで。この子に関わらないで」


 心からの願い何だろう。それを、聞いてやれないのが悔しいけど……拓也の母親は声を張り上げて、悲痛な声で胸の内を明かす。


 「この子は普通の子よ!指輪に選ばれたか何だか知らないけど、この子は私達の子!この子は…………普通の子なのよ!」


 再び口元を手で覆って、母親は声を殺して涙を流す。拓也の前でこれ以上泣いたらいけないって思ってるんだろうけど、耐えられないんだろうな。肩をふるわせながら拓也に一緒に帰るように促して二人は立ち上がる。でも、この状態の拓也が家に帰れるのかな。

 流石にこの服で帰れないって言うのは全員が思ってたことだ。シトリーは着替えの服を渡せば、母親はそれを受け取った。


 「その服じゃ無理だ。せめて着替えて連れてけ」

 「その好意はありがたく受け取っておくわ」


 おばさんは服を受け取って拓也に渡す。


 「拓也、上着だけは着替えなさい。ね?」


 拓也は震えながらも服を着替え、母親と一緒に歩きだす。

 でも一瞬こっちを見てストラスに手を伸ばす。


 「ストラス」


 拓也はストラスを連れて帰ろうとしてるんだ。

 でもストラスは拓也の肩に飛んでいかない。


 『私にはそんな資格もありません……』

 「拓也、行きましょう」


 拓也はそのままマンションから出て行った。


 ***


 拓也side ―


 家に着いて、母さんが急いで沸かしてくれた風呂に入った。シャワーのお湯が赤くなってまたパニックになって悲鳴をあげた俺を、母さんは付きっきりで一緒にいてくれた。恥ずかしいとか、そんな感情はどこかに消え去っていた。

 そのあとは夕飯を温めなおして出してくれて、それを一口食べると、枯れたと思った涙がまた溢れてきた。帰ってきたことに対する安堵と、これから先のことに対する恐怖が入り混じる。泣きながら飯を食う俺の髪を母さんがタオルで拭いてくれる。


 「あんたが髪の色を脱色した時、母さん本当に怒ったわね……」


 母さんは昔を懐かしむように笑いながら話した。

 高校に入ってから黒い髪の毛を染めたくて、髪の毛を脱色したらすごい勢いで母さんに怒られた。せっかくの黒髪をなんで脱色したんだって。


 「でも今はあんたの茶髪が早く見たい……うん、綺麗になった。ご飯食べ終わったら、ゆっくり休みなさい」

 「……うん」


 ベッドに潜り込んで、どのくらい経ったんだろうか。眠れない、目がさえて全然眠くない。時計の針が動く音にイライラして無理やり目をつぶっていると、ドアが開けられて誰かが入ってきた。


 「兄ちゃん」


 ベッドで横になっていたら部屋に直哉が入ってきた。


 「一緒に寝ていい?」

 「……父さん達と寝ろよ」


 俺なんかに近づいちゃ駄目だよ。

 しかし直哉はベッドに無理やり侵入してきた。


 「直哉……」

 「おやすみ」


 直哉にも気を遣わせてしまったみたいだ。


 「ごめんな直哉」


 直哉は多分起きてる、それでも何も言わない。直哉の体温と少し狭い布団の中でやっと眠気が訪れ、俺の意識は闇に溶けて行った。


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