「なぁ中谷、広瀬」
次の日、10分休みに広瀬と話していると上野たちが話しかけてきた。
「今日拓也休み?」
「あ、うん」
上野はそっかぁ。と言いケータイを見た。
45 優しい手
「何かメールしても返信こねーしさー。電話も出ねーし、なんでかなーって」
「お前絶対さぁ、拒否られてんだって」
「マジで!?着拒!?それって滅茶苦茶ショックじゃね!?」
桜井は上野をからかって遊んでいる。
俺と広瀬は顔を見合せて少しだけ顔を伏せた。
池上は今日学校を休んだ。
やっぱり昨日のことがショックで仕方がないんだろう。
そうだよな。俺も自分が人を殺したら、仕方ないとは言えパニックになると思う。
でもそんな事情を知らない上野と桜井は着拒だーやらサボリだーやら騒いでる。
違う!そんなんじゃない!
そう叫びたかったが叫べない。
だって本当のこと言っても信じてなんかもらえない。
桜井はロノヴェの記憶無くしたって池上言ってたし。
俺達はサボりだなんやらで騒いでいる桜井たちを少しだけやるせない気持ちで見ていた。
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「あ、松本さん」
学校帰り、池上の見舞い(?)なのかな?
池上の家に向かってる途中で、玄関の前に立っている松本さんの姿を広瀬が発見した。
松本さんは玄関の前のインターホンを押そうとしていた。
「松本さん」
広瀬が名前を呼ぶと、少し驚いて肩を揺らした。
「あ、広瀬君。中谷君」
「拓也の見舞い?」
松本さんは「うん」と頷く。
「今日学校いなかったでしょ?風邪でも引いちゃったのかなって」
松本さんには話してないのか。
まぁ池上は松本さんに惚れてるからなぁ。こんなこと話したくなんてないだろう。
「広瀬君達もお見舞い?」
「あ、うん」
「一緒だね」
広瀬はバツの悪そうに頭を掻いた。
松本さんはクスリと笑い、インターホンを押した。
『はい』
「あ、おばさん?澪です」
『……澪ちゃん?』
なんかおばさんの声、少し疲れてる感じがする。
「拓也、今日学校休んでて……お見舞いに来たんですけど」
『ありがとう。でもあの子、今少し気分が悪いみたいだからごめんなさいね』
「そう、ですか……」
松本さんが落ち込んだ声を出す。
俺はそのインターホンに思い切って声を出した。
「あの!俺中谷です。学校のプリント持ってきたんですけど」
『そうなの?ありがとう。ちょっと待っててね』
しばらくすると、おばさんが玄関から出てきた。
俺はおばさんにプリントを渡す。
「プリント、代わりに受け取るわ」
「拓也は大丈夫なんですか?」
広瀬は不安そうに声を上げる。でもおばさんは笑ったまま。
「きっとすぐに良くなる、良くなるから」
「どうしても会えないんですか?俺、あいつに謝りたいんです」
「どうして?広瀬君は関係ないでしょう?」
松本さんは話しについて行けないのか首をかしげている。
「だって……」
「もういいから、ね?あの子のことはそっとしておいてあげて」
おばさんはそう言って家の中に戻ろうとした瞬間、顔を歪めた。
おばさんの後ろを見ると、そこには池上の姿。
「何してるの?部屋で寝てなさい。疲れてるんでしょ?」
「ストラス迎えに行く」
「拓也、なに言ってるの?迎えに行く必要ないでしょ。ストラスのせいで貴方はあんな目に……」
「あんな目?どういうこと?」
松本さんに問いかけられて、俺は言葉を濁した。
でも池上は聞く耳持たない。
「ダメだ。ストラスは俺の相棒なんだから、迎えに行かないと」
「拓也お願い、ここに居て。もうあんな目に遭わせたくないの。拓也の気持ち、お母さんすごくわかる」
「嘘付き」
池上はおばさんを鋭く睨みつける。
「わかんの?本当にわかんの?」
「たく、や……」
「肉が切れる感触は?噴き出る血の生ぬるさは?血で体がべたべたになる感じは?血が腐った臭いは?本当に全部わかんの?」
「……っ!」
「わかんないじゃん。わかるのは、本当に理解してくれるのはストラス達だけ」
池上は靴を履いて俺たちの横を通り過ぎる。
後ろ姿は酷く震えているように感じて、思わず目をそらしてしまった。
「拓也っ」
松本さんが思わず池上の手を掴む。
でも池上は違った。松本さんの手を払いのけた。
「触んな」
俺達はみんな呆然とする。
池上が松本さんにあんなこと言うなんて!
俺達はそのまま池上が消えるまでその場で固まっていた。
「どういうこと?ねぇ、血が噴き出るって何?また誰かが死んだの?」
松本さんは答えを欲している。
池上があんなことになっている原因知りたがっている。
「ギリシャで何があったの?隠さないで教えて」
そこまでは池上言ってるんだ。
でも松本さんは真実を聞いて平気でいられる?
「言えない」
広瀬は首を横に振った。
池上のおばさんも横にいるんだ。
事実を確認するように話して傷を抉る様な真似はしたくない。
でも松本さんは頑なに首を振った。
「話してよ。拓也がおかしい原因はギリシャで何かあったからなんでしょ?どうして教えてくれないの?」
おばさんの目にも涙がたまり始めている。
広瀬も下唇を噛んで悔しそうに下を向いた。
「ねぇなんで?誰か死んだの?」
「拓也が人を殺したのよ……」
松本さんの目が見開かれる。
池上のおばさんは泣きながら緊張をほぐすように笑った。
「嘘みたいでしょう?でも本当。昨日は髪の毛も顔も制服も全部真っ赤に染まってた」
「嘘、だよね?」
松本さんは俺たちに振り替える。
「拓也が人を殺したなんて嘘だよね?だって拓也はあんなに優しいんだよ?」
「本当だよ。あいつはギリシャで悪魔と契約してた人間を殺した」
俺の言葉に松本さんの腕がだらんと垂れる。
そしてカタカタと震えだす。
「でもあいつは最後まで説得しようとしてたみたいなんだ。でも相手はそれでも池上を殺そうとした。仕方なかったんだよ……」
「ヴォラク君達は?何してたの?」
「俺、昨日部活でギリシャに行けなかった。だから俺と契約してるヴォラクも契約者以外の奴とは行動を共にできないって、ギリシャに行かなかったんだ」
「じゃあパイモンさんは?」
「あいつはついて行った。でも悪魔が拓也と契約者を結界に閉じ込めたらしい。パイモンは悪魔を倒して結界を壊さなきゃいけなかったらしくて、手が出せなかったんだよ」
「そんなことって……」
松本さんは走り出す。
「松本さん!どこ行くんだよ!」
まさか池上のとこに行く気なのか!?
行ったところで何もできない。あの場にいなかった俺たちには気休めしか言えない。
それなのに行こうとしたら駄目だ!
「行ったって何もできないんだ!傷に塩を塗るだけだ!」
「拓也はあたし達には分からないって言った。あたしはわかりたいの」
「どうやって?」
「わかんない。でも1人にしたくないの」
「松本さん、馬鹿は幸せになれねーぞ」
広瀬の言葉に松本さんの目から涙がこぼれおちる。
「馬鹿でもいい、幸せになれなくてもいい!あんな拓也を1人にするなんてできない」
松本さんはそう言って池上の後を追いかけて行った。
「いいのかよ広瀬」
「でも俺らよりも確率高いっしょ」
確かにそうかも。
俺達はおばさんに頭を下げて、それぞれの帰路についた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
俺はマンションのインターホンを鳴らす。
『拓也?』
「開けろよ」
セーレは慌てて鍵を開けた。
俺はエレベータで10階まであがって部屋に入った。
「拓也、どうして……」
「ストラス迎えにきた」
俺はどんどん進んでいく。パイモンもヴォラクもシトリーも驚いた顔をしている。
ストラスは怯えたような目で俺を見る。
なんでお前が怯えてんだよ。怯えるのはこっちだろ。
「帰ろう。ストラス」
『しかし私は……』
「俺はお前の契約者だろ。俺がこんな目に遭って後悔してもう近寄らないっつーのは間違いだ。最後まで俺と一緒にいろ。全部ちゃんと終わらせることで償え」
『拓也……』
ストラスは俺の肩に飛び乗る。
『平気なのですか?私が……』
「きっとお前がいなきゃ耐えられない。お前らしかわかってくれないから」
『そうですか……』
ストラスは大人しく頷いた。
「主、申し訳ありません。我らの不注意が原因でこのようなことに……」
「もういいよ。お前らも精いっぱいだったんだし、気にしてないって言えばウソになる。でも1人が怖いよ……」
「申し訳ありません」
俺はできる限りの笑顔をあいつ等に向けた。
その時インターホンが鳴り、セーレが画面を覗き込んだ。
「澪?」
『拓也いますか?鍵を開けてください!』
セーレは俺に振り返る。
「俺も話したい。さっきは当たっちゃったから」
俺の返事を聞いてセーレは解錠ボタンを押した。
少しして玄関が開く。
澪は走ってリビングまで向かってきた。
「拓也、話は聞いたの。あたしきっと励ませない。上手いことも言えない。でもあたし拓也の味方でいたいの!拓也に笑っててほしいの!」
「澪……」
澪は俺に手を伸ばす。
「帰ろう拓也、帰ろうよ。一緒に帰ろう」
澪の手は綺麗だ。それに引き換え俺の手は血で汚れた。
俺がためらっていると、シトリーが俺の背中を押した。
「お前さ、俺たちの手汚れてると思うか?」
「え?」
「俺達はお前より遥かに人を殺したし傷つけた。でもお前は俺たちに平気で手をのばした。確かに俺たちが人を殺す現場を見てないからかもしれないけど、お前は俺たちに手を伸ばした時、俺たちの手に何を思った?」
何を思った?何も思わなかった。汚いなんて全く思わなかった。
俺は目を見開いた。
シトリーはそれを見て、少し満足そうに笑った。
「おんなじだよ。澪ちゃんはな〜んにも考えてねーよ」
「それあたしが馬鹿みたいじゃないですか!」
「ごめんごめんっ!そんなつもりはないんだけどさ!でも拓也、そうなんだよ。中谷も光太郎もお前の手が汚れてるなんて微塵も思ってないんだよ。お前はいつでも帰れるんだ」
シトリーの言葉に背を押されて、澪の手を恐る恐る掴む。あったかい手。
そんな俺を見て、澪は嬉しそうに微笑んだ。
あ、やばい泣きそう。
そう思った瞬間、俺の目からは涙があふれ出した。
澪が心配そうに俺の顔を覗き込む。
「感動してんだろ」
「そーだよ。悪いかこのヤロー!だってお前ら優しいんだもんっこうやって手のばしてくれて、軽蔑しないでくれて!」
「そんなの当たり前じゃん。拓也がそんな人じゃないのは皆がわかってるんだから」
「うあああぁぁああ!」
俺かっこわりぃ。
その言葉が嬉しくってまた大声で泣いてしまった。
澪も俺につられて泣いて散々だったけど、でも嬉しかった。嬉しかったんだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「母さんになんて謝ろう。俺を心配してくれてただけなのに」
「いつも通りの拓也のままでいてくれたらきっとそれだけでいいと思う」
『それならば私の方が気まずいですよ』
帰り道、母さんになんて謝ればいいかをストラスと考える。
きっと許してはくれると思う。でも当たり散らす俺は最低だ。
胸のつっかえはまだ取れる訳もなく、しこりの様に俺の心の中に存在する。
絶対に忘れない。
あの子の痛みを、自分のしてしまったことも。
だからもう絶対にあの子みたいな人は出したくない。俺に手を差し伸べてくれた皆を守るためにも。
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