192 仮面の少女再び 3
「で、お前達におかしなことを吹き込んだのは、いったい何者なのだ?」
動揺激しい農民達のリーダーに指揮官がそう尋ねると、喋っても別に問題がないことであるし、何やら状況が非常にマズいのではないかと思い始めたこともあり、素直に喋り始めた。
「あ、あれは、6日前のことです……」
農民が言うには、6日前、行き倒れ寸前のひとりの男が村に辿り着き、水と食料を分けてやったところ、感謝の印として自分達の村が行った減税策を教えてくれた、とのことであった。
……そのような策が成功するはずがないし、あからさまに怪しかった。
そしてその男は、村で1泊し、翌日の朝、出て行ったとか……。
「詐欺師にしては、儲けがないですよね。ということは、目的は村人達に恨みがあって村を破滅させたかったか、村人と領主様側との諍いを起こさせることかな? 敵対者の工作?
村が誰かの恨みを買っている、ということはありませんか? どこかの家族を苛めて村から追い出したとか、旅の商人を村人みんなで殺してお金を奪ったとか……」
「と、とんでもねぇ! そんな極悪非道なこと、するわけがねぇ!」
青い顔をして、必死でマイルの言葉を否定する農民リーダー。
「じゃあ、もっと大きな話かな……。他の村の様子はどうですか?」
「昨日、この村からの税の減額要求、拒否するならば納税拒否、という一方的な要求書が届いただけだ。他の村からは、何もない」
マイルにそう答える指揮官であるが、ここ数日の話であれば、ただ単に他の村からの行動がまだそこまで進んでいないだけ、という可能性もある。
「その男や、その仲間達が村を廻っているかも知れません。急がないと、下手をすると……」
指揮官の顔色が変わった。
無理もない。同時に複数の村から反旗を翻されると、制圧は容易くとも、管理能力を疑われたり圧政を敷いているのではないかと勘ぐられ、国からの処分や、最悪の場合はお家お取り潰し等もあり得るのだから。
「ど、どうすれば……」
指揮官とは言っても、所詮は小隊長クラス。士官の中では下っ端である。しかも地方の下級貴族の領軍では、大した士官教育も受けていないだろう。なので、危機の認識はあるのだが、大きな立場から見た瞬間的な判断と行動が出来ず、狼狽えた。
それを見たマイルは、自分が主導権を取ることにした。漫画やアニメ、小説等で培った知識を活かす時がやって来たのである。
「まず、部下の方をひとり、村へ派遣して下さい。そして、村人の意見を聞き、領主様に陳情するために皆で領都に向かうことになったから心配しないように、と伝えさせて下さい。
そして、情報漏洩を防ぐためにこの人達を連れて急いで領都に戻ります。その後領主様に状況を報告し、領内の村々全てに同時に隠密の調査隊を派遣、状況を把握すると共に、敵一味の現在の位置を把握します。まぁ、そのあたりは領主様が判断されるでしょうから、今のみなさんの最優先事項は、状況に気付いたということの隠蔽と、上司への迅速な報告です。いいですか?」
「あ……、ああ。よし、トリムス、今の話を聞いていたな? 直ちに村へ向かえ! 他の者は、直ちに領都へ向かう!」
兵士からの叩き上げらしい指揮官は、予想外の重要な判断を行うのはあまり得意ではないようであるが、動くべき指針を与えられれば、決して無能ではなかった。
「あれ、どうかなさったのですか?」
村の近くで、街道に座り込んだ男性を見つけた少女が心配そうに話し掛けた。
「あ、ああ、向こうの山で斜面を滑り落ちて、荷物も水や食料も全部無くしてしまったんだ。もう、2日間何も飲み食いしていない……」
「ええっ、それは大変でしたね。とにかく、うちの村に来て下さい、すぐそこですから。水と食料をお分けしますから、今夜は村でゆっくり休んで下さい」
そう言って村へと案内する少女について行きながら、男はにやりと嗤った。
「ありがとうございました、おかげで助かりました!」
水を飲み、温かい食事を摂った男は、少女とその父親、兄達に嬉しそうにそう礼を言った。
「是非、何かお礼をさせて戴きたいのですが、生憎、荷物は全て無くしてしまいまして……」
「いや、礼には及びません。困った時は、お互い様。今度は、あなたが誰か困っている人に手助けをして下されば、それで充分ですよ」
そう言う父親に、大袈裟に驚く男。
「おお、何と立派なお方だ……。そうだ、お礼の代わりに、私達の村が領主様へ納める税の税率を下げた方法をお教えしましょう!
実は、私達の村の税率は以前5割だったのですが、領主様に3割にするよう強硬に申し入れ、それを通したのですよ。最初は脅しをかけられますが、なぁに、向こうには村を潰して税が麦一粒も取れなくなっては本末転倒、引かずに強く出れば、結局はこちらの要求を呑まざるを得ないのです。そのやり方ですが……」
饒舌に喋る男がふと気が付くと、少女も父親も兄も、無表情で黙り込んでいた。
「え……」
その異様な雰囲気に、男が言葉を途切らせた時。
「「「貴様かあああぁ~!」」」
「ひいぃっ!」
突然、その場にいる全員から怒鳴りつけられ、悲鳴を上げて竦み上がる男。
「聞いたぞ! 村人に謀反を唆す大罪人め! 縛り首だな……」
「いや、待って下さい、それは駄目ですよ!」
父親を止める銀髪の少女に、期待の眼を向ける男。
「縛り首は、拷問して全てを吐かせてからにして下さいよ! まぁ、本当に全部喋ったのかどうかは分からないから、死ぬまで拷問が終わることはないんですけどね……」
「ぎゃあああああ!」
「……吐きましたか?」
「ああ。正規の軍人ではなく、使い捨ての雇われ者だ。だから、いくら吐こうが『そのような者は知らない。でっち上げで言い掛かりを付けるつもりか』と言われれば終わりだな」
「やっぱり……」
娘と父親、ではなく、マイルと、あの時の指揮官である初級士官が話していた。
そしてマイルの脳裏には、あの、通商破壊を行っていた帝国兵達のことが思い浮かんでいた。
「ところで、ひとつ聞いてもいいか?」
「はい、何でしょうか?」
指揮官の男が、少し聞きづらそうな顔で尋ねた。
「そのマスクだが、……付けておかなければならんのか?」
「勿論ですよ! 私は、優勢な者の味方に付く正体不明のスーパーヒロイン、『優勢仮面』なんですから!」
胸を反らしてそう熱弁を振るうマイル。
「いや、しかし、さっきまで外していたじゃ……、いや、何でもない!」
マイルにぎろりと睨まれて、指揮官は言葉を引っ込めた。
そして結局、雇われた男は雇い主は帝国であると吐いたが、それが事実かどうかは分からない。本当にそうなのか、喋ると自分の命が危なくなるから嘘を吐いているのか、はたまた雇い主がそう言っていただけなのか……。
これでは何の役にも立たなかったが、今回の危機は防げたし、同様のことに備えるための対策を取ることはできる。今回の事件のことは直ちに王都へ知らされるであろうし、領主は国の危機を未然に防いだとして褒賞モノであろう。なので、マイル達の行動は、決して無駄ではなかった。
そのため、指揮官の口利きで領主に謁見したマイルは、褒賞金として20枚の金貨を賜った。
初動を誤れば大事になっていたかも知れないのである、領主にとって金貨20枚など安いものであった。
そして領主は、マイルが着けているマスクについてはひと言も言及せず、まるでマスクなど無いかのように、平然と対応してくれたのであった。
……いい人であった。
「あ!」
そしてマイルは気付いた。今日が休暇の5日目、最終日であることに。
あまり遅くなるわけにはいかない。少なくとも、夕食前には戻り、皆と休暇中の話をしなければ。
そして今は、既に陽が傾きかけていた。
「まずい! 普通に走ったんじゃ、間に合わない……」
そしてマイルは決断した。万一の場合に備えて考えていた、あの「非常手段」を使うことを。
「ナノちゃん、お願い!」
『わかりました』
(重力遮断! そう、あの重力遮断物質、ケイバーライトのように……)
そしてマイルは、その魔法の効果をイメージしながら、口頭でもナノマシンに指示を出した。
「全周の重力を遮断!」
そして、身体の重さを感じなくなると、トン、と軽く地面を蹴った。
身体が浮き上がり、高度がこのあたりの山より高くなったことを確認。
「下方への引力を歪曲、水平方向、王都の方角へ。そして、その方向のみ重力の遮断を解除。
秒読み開始、5、4、3、2、1、今!」
そして、マイルは、頭から真っ逆さまに落下した。水平方向へ。
「ぎゃああああああぁ~!」
「ふ、風圧が! 服が、服が脱げるうぅ!
ば、バリアー! バリアアアアアアァ!!」
「……どうなるかと思った……」
そして、マイルは戻っていった。仲間達が待つ宿へ、土産話を持って。
それを聞いた仲間達に、散々に叱られ、こき下ろされることになるとも知らずに……。