191 仮面の少女再び 2
「……終わりました」
「お、おぅ…………」
目の前に並ぶ、縛り上げられた17人の農民達。騒いでうるさいので、猿ぐつわ付き。
そしてそれをぽかんと眺める、11人の兵士達。
どうやら、兵士達のうち9人が一般兵、ひとりが下士官、そして最後のひとりは兵士ではなく士官のようである。おそらく分隊編成の兵士に、下士官と小隊長を加えたものであろう。重要な判断を求められる任務に、一般兵士だけを派遣するとは思えない。
「で、ひとつお願いがあるのですが……」
「礼金か? 確かに、あのままだと部下や農民達に怪我人、いや、下手をすると死人が出ていたかも知れん。押し掛け援軍とはいえ、助けられたのは事実だ。
それに、双方に怪我人がいないとなると、農民達が武力に訴えようとしたという事実は無かったことにできる。誰も怪我をしていないし、『戦闘行為』は無かったのだからな、突然現れた謎の少女の『説得』のおかげでな。なので当然、貴殿には我が領主軍からの感謝と礼金を受け取る権利がある。領主様に報告する都合もあるから、我々に同行して貰いたいのだが……」
マイルの言葉に、そう返す指揮官。
そう、確かに、戦闘行為と呼べるものは存在しなかった。先程のは、とても「戦い」と呼べるようなものではなかったのであるから。
しかし、指揮官の言葉に、マイルは首を横に振った。
「いえ、同行するのは別に構わないのですが、お願いは礼金じゃありません。
私が捕らえた農民の皆さんを、自主的に投降したように、とお願いしようと思ったのですけど、……何か、元々そのお積もりだったようですね……」
農民の反抗など、領主軍の兵士達にとっては唾棄すべき行為である。それも、やむを得ない理由があるならばともかく、税が上がったわけでも、他領より税が高いわけでも、そして妻や娘が召し上げられたわけでもなく、勝手な納税拒否。そんな相手に、温情を掛けるとは思ってもみなかったマイルであった。
「……ああ、彼らも、我が領の領民だ。意味もなく縛り首にするのは忍びないし、そうすると、それだけ税の収入が減るから、領主様にとってもお得にはならないからな」
指揮官の淡々とした説明に、そういうものか、と思ったマイルであるが、勿論、普通はそんなことはない。同じような村が現れないよう、見せしめのために容赦なく処分するのが普通であり、この指揮官が余程のお人好しか、領主が良い人であるかの、どちらかであった。
縛られた村人達は猿ぐつわのためにウゴウゴ言っているが、全員に喋らせたのでは話が進まない。指揮官は、農民達のリーダーらしき男とのみ話すことにしたらしく、その者だけ猿ぐつわを外した。他の農民達は、それを見て「リーダーが自分達の言いたいことを喋ってくれる」と思ったのか、静かになった。
「さて、では喋って貰おうか。まず、お前がこの連中のリーダーだと考えて良いのか? そして、村の代表者なのか?」
指揮官の質問に、40歳過ぎくらいの農民が答えた。
「ああ、そうだ。俺が村長の息子で、親父が病気で寝込んでいるから、村長の代理をやっている」
「では、なぜ突然、税率を下げるようにと一方的に通告してきたのだ? そのようなことが、通るはずがないだろう」
「へっ、騙されないぞ! 農民が強く出れば、領主様側は要求を聞かざるを得ない、ということは、ちゃあんと知っているんだからな!」
「「え?」」
農民の言葉に、思わず声を出してぽかんとする指揮官とマイル。
他の兵士達も、声は出さなかったものの、皆、ぽかんとした顔をしている。
「ほれ見ろ、図星を指されて焦ってやがる!」
ドヤ顔の農民。
しかし、マイル達が驚いたのは、決して図星を指されたからではなかった。
「い、いったい何を言っているのでしょうか、この人は……」
「わ、分からん。おい、お前、それはどういう理屈でそうなるのか、教えて貰えるか?」
「へへっ、いいだろう。俺達がちゃんと知っているということを教えてやろう」
そう言って、滔々(とうとう)と語り始めた農民達のリーダー。
「いいか、よく聞けよ。
領主様は、俺達農民から集めた税で暮らしを立てていなさる。お前達に払われる賃金も、国に納めなさる税も、みんなそうだ」
他にも商業関連の税や通行税等、色々とあるが、まぁそれはいいだろう。概ねその通りなので、指揮官とマイルは黙って頷いた。
「で、もし俺達が『税率を下げろ』と言ったら、どうなる?」
「突っぱねられるでしょうね」
マイルが即答した。
「そこで、俺達が『言う通りにしないと、税を納めない』と言い出したら?」
「「討伐隊が出る」」
指揮官とハモってしまったマイル。
事実、『今、そこ』なのである。この指揮官が、その討伐隊の隊長なのであるから。
この指揮官は何とか討伐ではなく説得による和解にしようとしてくれているらしいが、普通ならば、反乱を起こした農民達を討伐した、という手柄欲しさに、説得など考えもせず一方的に殲滅してもおかしくない状況である。
「へへへ、そう思うだろ? でも、それはあくまでも脅しに過ぎないんだ。もし本当に俺達を捕らえたり殺したりすれば、税が全く取れなくなるだろ。少し税率を下げても、ゼロよりはずっとマシだ。だから、結局、俺達の言い分が通るんだよ。さっきのも、俺達が本当に襲い掛からない限り、剣を抜いてみせて脅すだけだったんだろ。分かってるんだよ。
さ、さっさとこの縄を解いて貰おうか!」
「「………………」」
呆然とする、マイルと指揮官。そして、他の兵士達。
「あ、あの……」
そして、恐る恐る農民に話し掛けるマイル。
「あの、そんなことをすれば、その噂が広まって、全部の村がそう要求するようになりますよね?」
「ああ、だから俺達も、それを聞いて要求したわけだ」
「「…………」」
「あの、そうすると、全部の村からの税収が落ちますよね? そうなるくらいなら、最初に要求してきた村の人達を犯罪奴隷にでもして見せしめにすれば、後に続く村がいなくなって、税収が落ちずに済むのでは? 犯罪奴隷にして売れば、儲かりますし……」
「え……」
今度は、ぽかんとするのは農民、村長の息子達の方であった。
「い、いや、ちゃんと聞いてるんだからな、騙されないぞ! 昔、ローブトンの村、というところで、そういう要求をして、最初の年は税率ゼロ、以後は3割になったと……」
「ローブトンの村?」
指揮官は心当たりがないようであったが、マイルにはその名に聞き覚えがあった。
「ローブトンの村……。以前、本で読んだことがあります……」
「ほら見ろ!」
鬼の首を獲ったかのような顔の農民。しかし、マイルの話はまだ終わっていなかった。
「他国にそういう名の村があるそうです。確か、一方的に減税を要求した結果、村中の男は乳幼児から老人まで皆殺し。近隣の村々から、土地を継げない次男坊以下の男達が、家族持ちは妻子を連れて、独身者はひとりでその村に入植、独身者は未亡人となった女性や、まだ子供であった少女達を娶り、村を継いだ、とか……。
なので、入植した年は税を免除、その後3年間は税率を低くして、4年目からは通常の税率になったはずです。
つまり、ローブトンの村の話は、税を下げて貰えたという話ではなく、調子に乗った農民達の末路を伝えた教訓のお話なんですけど……」
「え…………」
話をしていた村長の息子だけでなく、聞いていた他の農民達も、顔色が悪くなっていた。
「で、俺達が、その『男は皆殺し』のための兵力、というわけなんだが……」
「ええええええぇっ!」
「「「「「「モ、モガモガモガモガガ!」」」」」」
指揮官の言葉に、動揺の叫びを上げる農民達であった。
まぁ、実際には、強硬手段は「説得が不首尾に終わった場合」の話であり、その場合も、皆殺しではなく犯罪奴隷くらいになる予定ではあるが。
殺しては銅貨1枚にもならないが、犯罪奴隷であればお金になる。
ここの領主は、優しいのやら、お金に細かいのやら……。
一昨日、5月14日は、『私、能力は平均値でって言ったよね! ①』初版1刷の発刊日、つまり私の小説家デビューから丁度1年、一周年でした。(^^)/
のんびり暮らす予定が、前職の時を上回る多忙さと、激動の1年に……。
そして今月は、講談社様にて『ポーション』と『8万枚』の書籍化とコミカライズの発表と、次の1年間が益々の波乱に満ちたものとなりそうな前振りが……。(^^ゞ
そしてそして、何と、『平均値』、遂に20万ポイント突破!
更に、9400万PV!
もう少しで、何と1億PV!!
これからも、引き続き、よろしくお願い致します!(^^)/