128 まさかの敗北
「「「「「「「はぁはぁはぁはぁはぁ…………」」」」」」」
疲れ果てて部屋に転がる、衣服の乱れた7人の少女達。
そう、ようやくウルトラファイト、ではなく、キャットファイトが終わったのであった。
「な、何よコイツら! どうして私達が、年下のただの学生に負けるのよおぉっ!!」
組み伏せられたままの体勢で吠えるレーナ。
そう、戦いは、『赤き誓い』の完敗であった。
学園の女子寮の一室で、ハンターではない普通の学生相手に、しかも相手が悪いわけでもないのに危害を加えるわけには行かない。
そのため、火魔法を始めとした殺傷力の高い魔法を使うわけには行かず、専ら腕力と拘束系の魔法で相手を抑えて逃げ出そうとした『赤き誓い』の面々であったが、腕力はないもののほとんどタイムロスなく使われる拘束魔法や水魔法に太刀打ちできず、簡単に取り押さえられてしまったのであった。
「ど、どうして……」
いくらリミッターを掛けていたとはいえ、拘束魔法で簡単に押さえ込まれてしまい呆然とするマイルに、マルセラが、ふふん、という顔をして答えた。
「アデルさん、あなたがいなくなられてからの1年以上もの間、私達が遊んでいたとでもお思いなのかしら?」
「うう……。そ、それにしても、上達し過ぎですよぉ……」
泣きが入るマイル。
「では、お話の続きをしましょうか?」
「……それなら、領地を売って、現金を貰う、ということにすれば……」
「そんなこと、できるもんですか!」
マイルの提案は、マルセラによって即座に否定された。
「領地は、国王陛下からの預かり物。それを守り、維持管理し、発展させることの対価として、貴族たる特権を戴くことができるのよ! 勝手に売れるわけがないでしょう!」
メーヴィスも、こくこくと頷いている。
「ならば、陛下に返上する、ということにしては……。もしくは、親戚筋に継がせる、とか」
「まぁ、普通ならそうですわね。不祥事を起こした所領はお召し上げとか、お家お取り潰しとかにもなりますし、当主を蟄居させて、子供は廃嫡にして遠縁の者に継がせる、とかいうのもありますし。
但しそれは、普通の方の場合は、ということですわ。アデルさん、あなたは駄目ですの」
「え?」
マイルの提案を、マルセラがバッサリと斬って捨てた。
「だってアデルさん、あなた、国王陛下が逃がすおつもり皆無ですもの。
あなたのお祖父さまの妹さんの息子、とかいう方が、御自分にアスカム子爵家の相続権があるとゴリ押しされまして、陛下が却下なさいましたわ。
正統後継者がいると何度説明されましても、出奔した行方不明の者など廃嫡である、と言い張られ、あまりにもしつこく食い下がられましたので、将来アデルさんに危害を加えたり、何らかの障害になってはいけないと、その、お気の毒な結果に……。
国王陛下は、どうしてもアデルさんをアスカム子爵家の当主に据えるお積もりらしいですわね、あの御様子では……」
「…………」
マイル、呆然。呆然、サラダ油セット。
「ど、どうすれば……」
焦るマイルと、レーナ達。
にゃあ
その時、一匹の黒猫が、窓から部屋にはいってきた。
「あ、かぎしっぽ!」
久し振りに会ったかぎしっぽ、別名『虫取り器』に背中を擦りつけられて、笑顔が戻ったマイル。
「……あれって、臭いをつけているだけだよな?」
「いえ、ただ単に背中が痒いだけでしょう?」
「コイツは自分の下僕である、という、自分の所有権を主張するためのアピールじゃないの?」
「う、うるさいです!」
メーヴィス、ポーリン、そしてレーナの言い草に、珍しく声を荒げるマイルであった……。
その後、必死の説得の甲斐あって、マルセラ達はマイルを見逃してくれることになった。
「まぁ、まだ婚約やら結婚やらで縛られるには早過ぎますわよねぇ。私達、まだ12歳なのですから……。もうしばらく、自由を満喫しなさいな」
そう言うマルセラであるが、誕生日が早いマイルは、既に13歳であった。
「マ、マルセラさん……」
眼をうるうるさせるマイル。
「まだ、少しは時間があるのでしょう? あれからの話をして下さいな」
「は、はいっ!」
そして、マイルが、いや、アデルが学園を出てからの、互いのことを話すマイルとマルセラ達。
レーナ達は、黙ってそれを見守っていた。自分達はマイルとは後でいくらでも話せるのだから、マルセラ達にとって何物にも代えがたいこの僅かな時間を邪魔するつもりはなかった。
「そろそろいいでしょう?」
放っておくと夜明けまで話し続けそうな4人の様子に、とうとうレーナが口を挟んだ。
あまり遅くなっては、都合が悪い。夕方に出入りする学生はスルーされても、深夜や平日の朝に出て行く学生には、門番が外出証の提示を求めるに決まっている。
名残り惜しいが、何事にも、終わりの時間というものがある。それが分からないマルセラ達ではなかった。
「仕方ないですわね。でも、これで今生の別れというわけでもありませんわ。また、すぐにお会いできますよね、アデルさん」
「は、はいっ、勿論です!」
そして、最後の名残を惜しむマイル、マルセラ、モニカ、そしてオリアーナの4人。
「あ、そうですわ!」
マルセラが、思い出した、というように告げた。
「私達、見張りがついていますの。さすがに学園内では見張られていませんけど、外に出た時は見張りがいますし、学園に出入りする、学生や関係者以外の者は尾行がついて調べられますのよ」
「「「「え……」」」」
顔を引き攣らせる、マイル達。
「ああ、今回は大丈夫だと思いますわ。幸い、アデルさんは見られていないようですし、学園の服装をなさったおふたりと、その姉に見える方。おそらく、何とも思われていないと思いますわ。
今ならまだ、妹の様子を見に来た姉が帰り、それを見送る妹、と思われるでしょう。
但し、次に来られる時は、注意して下さいましね。
それと、私達宛の手紙や荷物は、おそらく全て開封調査されていると思いますわ。
以前、おとうさまに頼んで荷物を送って貰って試しましたところ、封紙のずれや、不用意に開けるとバラけるようにしてあったカードの順番がバラバラになったりと、全ての仕込みが開封されたことを示しておりましたのよ」
「「「「…………」」」」
皆、マルセラの慎重さに、呆然であった。
(こ、この子、マイルと同じ歳よね……。いや、マイルも、普段は抜けているけれど、いざという時には結構頭が回るわよね。恐るべし、ブランデル王国の下級貴族!)
(私には、とてもそのような事には気付けないし、思い付けない……。12歳の子供に及ばぬとは、情けない……)
レーナとメーヴィスは、まだ12歳であるマルセラの洞察力に驚きを隠せなかった。ポーリンだけは、ふむ、なかなかやるわね、という余裕の顔をしていたが……。
しかし、レーナ達は、皆、気付いていなかった。
いつも『ワンダースリー』のリーダーとして主導権を取るマルセラであるが、この3人の中で、本当に一番頭が回るのは、マルセラではなく、大人しくて目立たないオリアーナであることに。
そしてそのオリアーナは、全ての情報を記憶し、分析するために、あまり喋らず聞き手に回っていたということも。
常にマルセラを立て、しかし大事なところではうまくマルセラを誘導して最適解へと導く。マルセラが自分でそう判断したと思うようにして。
貴族枠や一般入学ではなく、超難関である奨学生枠で入学した、貧乏な平民であるオリアーナ。実は、『ワンダースリー』のジョーカーであった。