129 夜戦
学園を後にした、『赤き誓い』一行。
普通に歩いて、堂々と正門から出てきただけである。勿論、マイルは光学迷彩でステルス化、肉眼では視認できない状態であった。
メーヴィスが門番に軽く頭を下げると、門番は笑顔で軽く右手を挙げて応えてくれた。
「じゃあ、このあたりで着替えましょうか。そこを左にはいりましょう」
そう言って、光学迷彩で不可視のまま、裏路地へと進むマイル。
皆も、別に驚いたりはせず、黙ってマイルに付いて行く。何せ、学園に行く前も、こうして着替えたのだから。
夜もかなり遅くなってからの、王都からの出発。
商人やハンターならば別におかしなことはないが、それがエクランド学園の制服を着た徒歩の少女となると、そうは行かない。絶対に止められ、確認される。
しかも、制服を着ているだけでも怪しまれるというのに、サイズの合わないぱっつんぱっつんの運動着を着た巨乳少女となると、もう、捕縛と通報、間違いなしである。
「もう、これ着るの、勘弁して下さいよぉ!」
学園に行く時、そして出てきてからも通行人の視線を集めまくるポーリンが、泣きを入れた。
いや、学園内でも、学生や警備員達の視線を集めまくっていたが……。
そして、例によって、サイズが全く合わないため被害を免れたメーヴィスは、眼を逸らしていた。
「じゃ、そこを曲がった先で、……あ」
「「「あ……」」」
5人のチンピラが現れた。皆、安物の剣を身に付けている。
レーナ達は、引き返そうとした。
しかし、回り込まれてしまった。
「ひゃあ、エクランドの学生じゃねぇか! こんな時間に裏路地に来るたぁ、夜遊びか? しかも、何だ、そっちのねぇちゃんは! 誘ってんのかよ、おい!」
「だから言ったでしょう! こんなの着たくないって!」
怯えるのではなく、何もない空間に向かって怒りの声を上げるポーリン。
「はい、どうぞ」
姿を消したままのマイルが収納から出したスタッフと剣をまとめて受け取り、ポーリンはレーナとメーヴィスにそれぞれの得物を渡した。
魔法少女のステッキではなく、スタッフはただの護身用の殴打武器なので、魔法攻撃には関係ない。しかしマイルは、今はポーリンにはこれが必要なのだろうな、と思ったのである。
そして、何もない空間からにょっきりと出てきた武器を見て驚く、チンピラ達。
「しゅ、収納魔法か? 捕まえれば、いい値で売れるぞ!」
収納魔法は、確かに使える者が非常に少ない高位の魔法であるが、だからと言って、収納魔法が使える者は攻撃魔法も得意であるとは限らない。素晴らしい支援魔法の使い手が、攻撃魔法は全く駄目、ということも、決して珍しいことではないのである。
そしてチンピラ達は、ポーリンの年齢と、大人しく気弱そうな外見から、攻撃魔法は苦手であろうと決めつけた。
なぜそんな浅慮をしたのか? それは勿論、『チンピラだから』である。
後は、子供と女剣士。5人いれば、簡単に捕まえられる。そう考えて、剣を手にして一斉に襲い掛かるチンピラ達。
勿論、チンピラ達に獲物を殺す気はなかった。殺してはカネにならないし、楽しめないから、当たり前である。
そしてポーリンに向かったひとりのチンピラは、剣を手に、ポーリンに近付いていった。剣は、ポーリンがスタッフを使おうとした時に払いのけるためのものであり、女が振るうスタッフなど全く脅威とは思っていなかった。そしてこの近距離では、魔法の詠唱も間に合うまい、と。
「水流噴射!」
どしゅ!
「ぎゃあぁ!」
ポーリンの詠唱省略魔法により、両眼に細く強い水流が当たり、男は悲鳴をあげながら両手で眼を押さえた。
「眼が! 眼がぁ!」
まだ剣を取り落としてはいなかったが、立ち止まり、両手で眼を押さえた男を打ち据えることなど簡単であった。児戯にも等しい。
ポーリンは、ばしっ、とスタッフで男の手を打ち、剣を叩き落とした。
そして続く、ポーリンの攻撃。
ゴツゴツゴツゴツゴツゴツゴツゴツゴツ!
そう、レーナが得意な、アレである。スタッフによる、連続殴打。主な標的は、マイル。
水流はかなり強かったものの、別に眼が潰れたり視力を失ったりしたわけではない。ただのジャブ、牽制攻撃である。
そして続く、ポーリンの本番攻撃。怒りと鬱憤を晴らすための、マジ殴りであった。
ゴツゴツゴツゴツゴツゴツゴツゴツゴツ!
「い、痛、やめ、やめ、やめてえぇ~~!!」
支援魔術師に向かった仲間の、まさかの敗北に驚く4人の男達は、早く助けに行くべく、自分達の相手を叩き伏せようと急いだ。しかし。
「アイシクル・ジャベリン!」
4本の氷の槍が出現し、ふたりの男の腹に2本ずつ命中した。
「なっ! コイツも詠唱省略魔法だと!」
レーナの攻撃を受けなかったふたりが、驚きに思わず足を止めて叫んだ。
氷の槍を腹に受けたふたりは、声も出せずに蹲っている。勿論、手加減して先端は尖らせずに丸めておいたので、刺さってはいない。強烈なボディブローを2発受けたような状態である。
ポーリンもレーナも、魔法の発動は、呪文を口に出して唱えることなく、発動のキーワードとしての魔法名を唱えただけである。
呪文そのものは頭の中で唱え、魔法名だけを口にするという、無詠唱魔法に次ぐ難易度である、詠唱省略魔法。これで攻撃魔法を撃てる魔術師は、そう多くはない。
「最後は、私の番かな?」
残ったふたりに、メーヴィスが声を掛けた。ウォーミングアップ代わりに、手にした剣を、凄く速く振り回しながら。
くるり、と同時に後ろを向き、逃げ出そうとした男達。
その目の前の空間がブレて、人の姿が現れた。
「……逃がしませんよ?」
「「ぎゃああああぁ~~!!」」
「こんなものかしらね」
「はい、これ以上は持ってなさそうです……」
男達から身ぐるみ剥いで縛り上げた、レーナとポーリン。マイルは、何かの役に立つかと、一応剣やナイフ等の武器を没収して、収納に入れておいた。
「こいつらはハンターじゃないからギルドは関係ないし、盗賊と言う程のこともないただのチンピラだから、報奨金も出ないし、犯罪奴隷にもならないわ。……つまり、捕らえて突き出してもお金にならないし、大した処罰も与えられないという、面倒なだけで利点が全くない連中よ。
だから、これくらいでいいでしょ。安物の剣でも、こいつらにとっちゃ結構な痛手だろうし、丸腰でウロウロしていたら、今までこいつらに色々とやられていた人達が、どうにかするかも知れないし。
……というか、縛られて転がった状態のこいつらを誰が見つけるか、見物よね」
レーナの言葉に頷く3人。
「じゃ、やりますよ。ダークネス・カーテン!」
収納から衣服を出した後、マイルの魔法で半径数メートルが闇に覆われ、レーナとポーリンが急いで着替えを始めた。マイルとメーヴィスは学園の服に着替えていたわけではないので、着替えるのはふたりだけである。脱いだ服は、再び収納。
街門は、何事もなく、無事通過。
ハンターが夜間に急いで出発することは、そう珍しいことでもない。
今のところ、マイルの、いや、アデルの存在が露見した形跡はないが、安全第一である。『赤き誓い』の4人は、魔法による灯りをともし、足早に王都から遠ざかっていった。
「行っちゃいましたね」
「行ってしまいましたわね……」
マイル達が去った後、マルセラ達は、しばらくぼんやりとしていた。そして今、ようやく再起動したところである。
「まぁ、無事で、そして結構楽しくやっているようで、何よりですわ」
そう言いながらも、マルセラの表情は冴えない。
「少し癪ですよね……」
モニカの言葉に、何が、と聞く者はいない。聞くまでもないからであった。
「アデルちゃんと、ずっと一緒に冒険の旅、ですか……」
「「……」」
珍しく空気を読まないオリアーナの言葉に、黙り込むマルセラとモニカ。
「あの、マルセラさん、モニカさん。私、少し考えたのですが……」
そして、オリアーナが言葉を続けた。
「あと数カ月で、私達、卒業ですよね。そして、マルセラさんは領地に戻って嫁入り修業、モニカさんは家業のお手伝いをしながら、同じく嫁入り準備。そして私は、奨学金の返済免除のため、国の施設のどこかでお仕事です。
そうなると、もし次のアデルちゃんの帰国が私達の卒業後だと、もう二度と会えないかも知れませんよね。アデルちゃんが私達を探して訪ねてくるというのは、国王陛下の手の者や、しつこく嗅ぎ回る貴族や神殿の連中に見つかる危険が大きすぎますし……」
「「え……」」
オリアーナの言葉に、愕然とするふたり。
「そこで、私は考えたのです。マルセラさんもモニカさんも、普通の貴族の娘や商人の娘よりずっと付加価値が高くなった今、少しくらい結婚年齢が高くなっても問題ないんじゃないか、って。
たとえば、5年や10年経って、18歳とか、23歳とかになってからでも、良い縁談には困らないんじゃないかな、と……」
オリアーナの話の先が、どこに向かおうとしているのか。
何となくそれが見えてきたふたりの眼が、輝き始めた。
アデルが去って、ぼんやりとしていたマルセラの頭が、急速に回転し始めた。
「卒業後、王女殿下に雇って戴く、というのはどうでしょうか? 王女殿下直属の、アスカム子爵捜索隊とかの役職を用意して戴いて。
それならば、国の仕事なので、私の奨学金返済免除の対象になり、貴族家の方の職歴としても恥ずかしくなく、商人の娘としても、国や王族とのコネができる仕事に文句を言う親がいるはずもなく、そして予算と給金が貰えて、堂々と……」
「乗ったあぁ!」
「てっ、天才ですかッッ!」
「あは……」
「うふ……」
「「「あはははははは!」」」
必ず出会える。
何しろ、こちらには『スーパー・アデルシミュレーター』があるのだから。
そして、出会えたら、王女殿下には時々適当な報告を送ればいい。「アデル・フォン・アスカム子爵の捜索継続中」とか。
そして私達は、マイルという名の、ただのハンターの少女と一緒に旅をする。
それは、数十年の人生の間の、ほんの短いひとときかも知れない。
でも、きっとそれは、素敵で楽しい、生涯の宝物。光り輝く時間となるだろう。
そんな気がして、仕方ない……。