127 現状
「な、何ですか、これは……」
そう言いながらも、どうやら手紙らしいと判断したマルセラは、竹の棒から書状らしきものを外して受け取った。そして、まずは、裏返してみた。
……差出人の名はない。
しかし、勿論マルセラは気付いていた。
ドアの外で囁かれた言葉。そして、何となく見覚えのあるこの3人。
そう、どこかで、それも、生身ではないもので見た記憶のある、3人の少女。
そしてフル回転する、アデルシミュレーター……。
「知能を下げて、常識を取り外して、うっかりを5倍にして……」
怪しい呪文を唱えるマルセラに、引くレーナ達と、またか、と平然としたモニカ達。
そして。
「そこですわ!」
突然、メーヴィスの隣、何もない空間に右手を突き出したマルセラ。
何事、と、驚愕するモニカとオリアーナ。
そして、何もないはずの空間が揺らぎ、人の形をした影が現れた。マルセラに襟首を掴まれて。
「ぎゃああぁ!」
「「ひいいいぃ!」」
叫ぶ人影と、悲鳴をあげるモニカ、オリアーナ。
「そこにいると思いましたわよ!」
「ど、どうして……」
得意げなマルセラと、完全に姿を現して、呆然とするマイル。そして、それを見て眼を丸くしたモニカとオリアーナであった。
マイルは、光学操作による変身魔法は既に解除しており、元の顔と銀髪に戻っている。
動揺が激しいマイルは、信じられない、という顔をしていた。
何しろ、音、臭い、気配等、全てを完璧に遮断していたはずなのである。
分かるはずがない。絶対に、あり得ない!
そう思っていたマイルに、マルセラが平然と言い放った。
「……どうして? 簡単なことですわ。
それは、あなたがアデルさんで、私がマルセラだからですわ。
私が、あなたを見つけることができないなどと、まさか本当にそう思っていたりはなさいませんわよね?」
そう言いながら、しだいにしかめられるマルセラの眉。
目尻に溜まる水滴。
そしてマルセラは、ぎゅっとマイルに抱きついた。
「う……、うう、う……」
「アデル!」
「アデルちゃん!」
マルセラに続いて、左右からモニカとオリアーナが抱きつき、マイルも、わんわんと泣き出した。
それを見て、貰い泣きをするメーヴィスと、少し不機嫌そうに頬を膨らませたレーナ。
そして、マイルに抱きついて涙を溢しながらも、横目でレーナの表情をしっかりと確認しているマルセラ。
(……ライバル、ですわね!)
そんなことには何も気付かずに泣き続けるマイル。
何か、怖いことになりそうな気がする。そう思う、ポーリンであった。
「……で、私が逃げ出した後、どういう状況になっているのでしょうか……」
ようやくみんなが落ち着いて、情報交換タイムである。
とりあえず防音と振動遮断の結界を張ったマイルの質問に、マルセラが3人を代表して答えてくれた。
「ちょっと王宮にはいくつかコネができまして、かなり正確な情報が入手できておりますわ。
まず、その、大変申し上げにくいのですが、アデルさん、あなたのお父様は、お亡くなりになられましたわ。お母様とお祖父様の殺害と、唯一の正統な後継者であるアデルさんを追い出してアスカム家を乗っ取ろうとした罪で、死罪でしたわ。死罪3回分くらいの罪だったそうで、どう擁護しようが死罪は逃れられないものだったそうですの。
まぁ、擁護の声は、誰からも、ひと言も出なかったそうですが……。
あ、アデルさん、お父様は入り婿で正式な継承権はなく、アデルさんが正式に継がれるまでの代行者に過ぎず、アスカム家の血筋である正統後継者はアデルさんただひとり、ということは御存じでしたか?」
マイルは、こくりと頷いた。
正式に聞かされていたわけではないが、海里の意識が覚醒してから、それまでのアデルが見聞きしたことの記憶と、起きたこととを詳細に分析検討した結果、そうである確率がかなり高いと判断していたのである。
そして、あの男は、いくら非道い男だったとはいえ、マイルにとっては実の父親である。マイルの、というか、アデルの心中を慮って沈痛な顔をするマルセラであったが、マイルは、全く、全然気にしていなかった。
あの男のことは、統合される前の、海里としての自意識がなかった時のアデルの記憶の中にあるだけであり、それも、決して多くの記憶量ではなく、また、良い思い出でもなかった。
何の想いもない、他人。
いや、優しかった母と祖父を殺させ、覚醒前のアデルを虐待した悪人。
マイルにとって、あの男は、ただそれだけの人間であった。
結局、マイルにとっての父親は、前世における海里の父、ただひとりであった。
「……そうですか。他の方々や、アスカム家はどのように?」
全く動揺した様子もなく、平然としたマイルに少し驚いたものの、マルセラは説明を続けてくれた。
「義母も、同罪でしたわ。他にも、協力者や実行犯、賄賂を貰って偽証した者、見逃した者等、それぞれ相応の罰を受けましたわ」
「義妹は、プリシーはどうなりました?」
「ああ、あの子は、両親に色々と吹き込まれてああいう言動をするようになってしまっただけで、小さな子供には罪はない、ということになりましたわ。
しかし、両親を重罪犯として失って、貴族の身分もなくした幼い少女の行く末など、先が知れておりますわ。それで、修道院へ、というお話が出ていたそうなのですが、アデルさんの父方の御実家から、息子は救いようがなく、またその気もないけれど、孫娘は救いたい、とのことで、養女として引き取られましたわ。
陛下も、それをお許しになりましたの。どうやら我が国は、慈悲深い王を戴くことができたようですわね。
貴族籍はなく、平民扱いで、継承権とかは全くないのですが、貴族家の世話になっている平民として、それなりの幸せは掴めるのではないかしら……」
「よかった……」
色々な意地悪をされたプリシーであるが、所詮は子供の嫌がらせであり、生命に関わるとか大怪我をするとかいったものではなかった。
ただ両親に恵まれなかっただけの義妹が、そう酷い目に遭うことなく、それなりの人生を歩めそうだと知り、マイルは反射的にそう言葉を漏らして嬉しそうに微笑んだ。
(やはり、アデルさんは、こういう人ですわね。だからこそ、友達甲斐があるというものですわ!)
(マイルのお人好しは、ブレないよねぇ……)
新旧の友人達は、似たようなことを考えていた。
「そして、アデルさん。アスカム子爵家は、あなたがお継ぎになられましたわ。
今は、あなたがアスカム家当主、つまり、アデル・フォン・アスカム子爵様ですの。
今は陛下が代官を立てて領地を運営させておられますけど、アデルさんを狙う御家族の問題もなくなりましたので、早急に引き継ぎを行い、婿養子を見繕って……」
「さぁ、この国での用事も終わったことですし、そろそろ次の国へ向けて出発しましょう!」
「「「おお!」」」
「え?」
突然自分の話を遮ったアデルの唐突な言葉と、それに賛同して立ち上がった少女達に、狼狽えるマルセラ。
「な、何を? こら、待ちなさい、どこへ行こうとしているの!
モニカさん、ドアの前に立ち塞がって! オリアーナさん、窓を!
こら、逃げるなあぁ!」