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ジェノヴァの瞳 ランシィと女神の剣 作者:河東ちか

第二章 騎士タリニオールの章

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第四話 12歳の職業相談<前>

「考えてみたら、タリニオールは赤ん坊の時のランシィを見ているのであるからな」
 タリニオールの館で、小さな額に入れて飾られたランシィの手形を眺めるたびに、ディゼルトは呆れたような笑みを見せるようになった。
「心を開いてもらうつもりが、タリニオールの方が先に陥落してしまうのだからなぁ。こういうのもミイラ取りがミイラになったというのであろうか」


 タリニオールの、ランシィの住む孤児院への訪問は相変わらず続いている。ランシィが不在の時でもタリニオールは孤児院で働く女性達からの意見に熱心に耳を傾け、運営に関して困っていることや、周辺に住む子ども達の事情も吸い上げていったので、煙たがられることもなかった。
「子は国の宝なのだから、子育てに良い環境を整えるのは国の繁栄に大切なことだ」
 とタリニオールは言うのだが、結婚歴もなければもちろん子どももいないタリニオールがそんなことを考慮できるようになったのは、やはりランシィの存在が大きい。
 今日も孤児院に顔を出して来たらしいタリニオールは、夕食の後の紅茶を頂きながら、なにやら考え込むようにエリディアに話しかけた。
「……孤児院の女性達が、近所の母親達によく相談をされるのが、仕事をしたくても子どもを見てくれる者がいないことと、教育の問題だというよ」
「そうかも知れませんね、戦争で親族の多くを喪われたり、身寄りがなくなった方も少なくないとと聞きましたもの」
「そうなんだ。経済はだいぶ回復してきているとはいえ、戦争で夫や父親を失ったものは多いし、そういう家庭では女性が働きに出なければ生活が出来ない。でも、子どもを見ながら出来る仕事は限られているからなぁ。ある程度大きくなると今度は、貧しい家の子は、働き手の頭数に入れられてしまって、学校に行くのもままならなくなるそうだ」
「学校に通うための援助があっても、それではなんにもなりませんわね」
「基本の読み書きと計算が出来ないと、普段の生活でも困ることが多くなるはずなんだ。レマイナの孤児院は、読み書きは早い段階で教えているそうなんだが、あそこは教会からの援助もあるからまだ手が回るらしい。ほかの民間の孤児院だと、そうもいかないところも多いようだ」
「ではまず、母親が安心して子供を預けられる環境が必要なのでございますね」
「そうなんだよな……。その点、国はどういう対策をしているのかなぁ。してないわけがないんだから、現状とうまくかみ合ってないのかも知れないし……」
 タリニオールは普段はあまり、自分の仕事の内容を話題にしないのだが、ことが民間の女性達や子ども達に関わっている問題と思うと、相談できる相手がエリディアくらいしか思い当たらないようだった。
 ランシィが自分から、『タリニオールとエリディアに相談があるから、また遊びに来たい』と言いだしたのは、そんな折だった
 タリニオールとしては大歓迎である。うまく答えられれば、「頼りないおじさん」の面目躍如の機会になりうる。双方の予定をすりあわせて、その週末の午後にランシィの訪問が決まった。
「……おじさんは、この町の子どもには、学校に行くための補助があるのは知ってる?」
 午後のお茶が整えられた居間のテーブルで、ランシィは二人にそう切り出した。
「それと、片親がいない家の子にも、町から補助があるんだって。わたしは孤児院の子どもだから、わたしの面倒を見るための補助が孤児院にあるの」
「うん、知っているよ」
「それが、一二歳からだんだん、補助してもらえるお金が減っていくんだって」
 それは、子ども達が社会に出て仕事を得るための、大事な動機付けでもある。一二歳にもなれば、学校に通いながら短時間でも仕事を得ることは可能になる。家の手伝いだけでなく、近隣の店の手伝いなどで駄賃を稼ぐ子は多い。
「一五歳で学校へ通う補助が終わるのは知ってたんだけど、生活のための補助が一二歳から減っていくのはわたし、知らなかった。同じ道場に一緒に通ってた子が、来る回数が減ったからどうしたのかと思ったら、週に二回、近所の食堂で仕事をして、補助が減って足りなくなった分の生活費を家に入れてるんだって……」
 ランシィは自分の無知を恥じるように目をうつむかせ、カップの縁に指を添えたまま、揺れる紅茶の表面を眺めている。
「レマイナ教会の孤児院の子どもには、教会からその分の援助があるのだから気にしないようにって、姉さんたちは言ってくれるの。学校のことはもちろんだけど、わたしには才能があるんだから、剣術の道場に通う時間を削ってはいけないって。でもわたし、道場で必要な道具を揃える為のお金まで免除してもらってるの」
 それは孤児院に住んでいるという理由だけではなく、ランシィの連れであったカーシャム神官の青年の紹介ということもあるだろう。しかしなにを置いても、剣術の才能を見込まれているからという面が大きいはずだ。だがランシィはそれに驕ることがない。
「ランシィは、学校が休みの時は、孤児院の子ども達の世話も手伝っているんだろう? それは家の稼業を手伝うのと変わりないことだよ。孤児院の神官殿が、気を遣わなくてもいいというのは嘘ではないと思うよ」
「でもそれは、前からやってたことだし……。ほかの孤児院の子は、院の大人に、学校に行く暇があるなら働けっていわれたりするんだって。さすがにそれはおかしいと思うけど、わたしだけこんなに恵まれてるのは、なんだか申し訳ない気がする」
「ふーむ……」
 もちろん、ランシィが週に何日か働いたからといって、他の孤児院の子ども達の環境が変わるわけではない。もう少し気楽に、自分の境遇を利用するくらいの気持ちでいても罰は当たらないのではないかと、タリニオールは思う。
 むしろ、当のランシィが「自分は恵まれている」と思うほど条件の良い預け先を選んだ、カーシャム神官の青年と歌姫の判断力に、タリニオールは感謝したくなったほどだった。そんな悩みを持てる孤児などそういるものではない。
「それに、このまま一五歳まで変わらず過ごしたとして、わたし、その先どうすればいいんだろう?」
「その先?」
「うん」
 ランシィは頷いて、小さくため息をついた。
「今までは、剣術を学んで、ジェノヴァから剣をもらえるくらい強くなればそれでいいんだって、思ってた。でも、強くなるのと、お仕事を選ぶのは、別だよね。カーシャムの道場の人は、一五歳になれば神官学校に入れる、わたしには剣に関して素晴らしい素質があるから、成績さえ一定以上を保てれば学費も援助してもらえるだろうって言うの。カーシャムの神官学校を出れば、例え神官にならなくても、いろいろな国の軍隊が良い待遇で迎えてくれるだろうって。でも、そういうの、本当に神官になりたくて頑張ってる人に失礼な気もする」
「ふむ」
「だからって、軍隊とかに入るのも、なんだか違う気がするし……。それなら、剣術は剣術でちゃんと学んで、それとは別にちゃんとお仕事を持った方がいいのかなぁ。でもそうすると、どんなお仕事をしたらいいんだろう。わたし、剣を学ぶ以外のことは今まであんまり考えたことがなかったから……」
 周りの状況が見えたことが、改めて自分の姿を客観的に眺めるきっかけになったのだろう。今まで見せたことのない心細そうな顔つきに、
「……ランシィはすごいなぁ」
 タリニオールは場違いなほど感心した様子で呟いた。ランシィはあっけにとられたように口を開けた。
「……おじさん?」
「いやごめん、ふざけてるわけじゃないんだよ、本当にそう思ったんだ」
 さすがにエリディアまでが、困った様子で声も出せずにいる。タリニオールは慌てて、言い訳のような言葉を並べ始めた。
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