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ジェノヴァの瞳 ランシィと女神の剣 作者:河東ちか

第二章 騎士タリニオールの章

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第四話 12歳の職業相談<後>

「私は、ランシィくらいの年の頃は、ほんとになにも考えていなかったんだ。私の家は商売をやってるのだけど、出来の良い兄が二人いて跡取りは心配ないし、剣術以外なんの取り柄もなかった私には、将来なんて煩わしいものでしかなかったんだよ。剣術も馬術も好きだったけど、積極的に軍人を志願するほど根性があったわけでもない。オルネスト様が声をかけてくださらなかったら、今頃何をやってたのかなぁ……。ひょっとしたら『剣術より算術を習え』って毎日怒鳴られながら、家の手伝いでもしてたかも知れないよ」
 真面目に騎士を志しているものが聞いたら後ろから石を投げてきそうな打ち明け話に、ランシィはあっけにとられた様子だった。せっかくランシィが自分を頼って相談してくれているのに、なんとも様にならない。
「でも、私は思うのだけど……。子どもの頃から将来の仕事を見極めて、それに向かってまっしぐらに努力できて、夢を叶えられるなら、それはとても素晴らしいことだけれど、実際にそれができる人はごく少数なんだよ。多くの人は、あれこれ悩んで迷って、いろいろなことを経験して、やっとそれなりの所に落ち着くものだよ。一見寄り道に見えることが、案外人が生きる為に無駄ではなかったりするし……」
 自分は的はずれなことを言っているのだろうか。だんだん不安になってきて、タリニオールは頭をかいた。
「……オルネスト様のご友人に、創作文学を手がけてる方がいらっしゃるのだけど、その方は子どもの頃から『自分は文学者になるのだ』と思い定めて、それ以外の勉強をほとんどされなかったそうなんだ。まわりのみんなが家のため、生活のためにと働いても、自分は文学者になるのだからと、周りのすることにあまり関心を持たなかったというよ」
 オルネストの名前が出てきたからか、話に耳を傾けるランシィが幾分真面目な顔つきになった。
「結果どうなったかと言えば、書くのはひとりよがりのものばかりで、とても文学者を名乗るほどの作品を世に送り出すことなど出来なかった。当然だよね、人の心を打つものは、実際に人の心を知らないと作り出せないものだよ。その人は一旦あきらめて、巷の仕事を経験し、その仕事を通して、世の中のいろいろなものを見て、たくさんの人に出会った。そして昔の夢を思い出して、改めて創作文学を手がけるようになった」
「どうなったの?」
「半分は趣味の範囲だけど、それでも本を書く傍ら、演劇の脚本を手がけたり、それなりに忙しくしておられるよ。オルネスト様とそう違わないお歳なのだけど、意欲的な方で、暇があると『取材』と称して、馬車で国内のあちこちに遊びに行かれては、そこでの経験を発表したりとかね」
「……パルディナも、いろんなことを知ってた」
 ランシィは、なにを思い出したのか、腑に落ちた様子で頷いた。
「綺麗な声だからとか、歌を知ってるってだけじゃ、駄目なんだって。歌を作った人が、実際になにを見て、どう感じたか、その歌を通してなにを伝えたかったのかを知って、自分でもきちんと考えないと、人を感動させられる歌は唄えないんだって言ってた」
「歌姫や吟遊詩人は伝承者でもあるからね、博識で、いろいろな国の文化や歴史に詳しい人が多いようだよ」
 それなりに話に格好がつきそうで、タリニオールは内心ほっとしながら微笑んだ。
「だから、ランシィが少し先のことをあれこれ悩むのは、すごいことだし、大事なことだと思ったんだ。でも、それは今すぐ将来の仕事を決めて、それに向かって脇目もふらずに頑張らなきゃいけないものじゃないと思う。機会があるなら、いろいろなことを経験してみればいい。もし、これといったものがなくて、とりあえずカーシャムの神官学校に行ってみようか、っていうことになっても、それをいい加減に済ませようとさえしなければ、それは恥じることではないと思うよ。きっかけなんて、どこに転がっているか判らないからね」
 今度こそ、ランシィは感心したように頷いた。なんとか助言らしいものに落ち着いたので、エリディアもほっとしたように微笑んでいる。
「でも、それはそれとして、今の問題は生活のための補助が減っていくのが気にかかるって言うことだよね? 私は、孤児院の大人が気にしなくていいと言っているなら、必要以上に苦に感じる必要はないと思う」
「うん……」
「でもそれとは別に、自分で働いてお金を得る経験は、今のうちからしておいても損はないとも思うよ。もちろん、学校に行くことと、道場に通うことを、犠牲にしない範囲が望ましいと思う。そんなことになったら逆に、君の孤児院いえの大人達も、君と一緒に旅をしてきたカーシャムの神官殿や歌姫殿も、残念に思うだろうからね」
 今度は最初からうまくいったような気がする。ランシィは素直に聞いていたが、しばらくして少し首を傾げた。
「そうすると、お仕事をする時間は、限られるよね。そんな都合のいい時間にできるお仕事って、あるものなのかなぁ……」
「うーん……」
 肝心の所でこれである。これでも『視察』と称した市街見学のおかげでこの町にも人脈はあるし、ディゼルトなどにも声をかければ、ランシィにも不安のない条件の仕事を見つけるのは難しくないだろうが、やはり今すぐにというわけにもいかない。
「それは、慌てない程度にいろいろと探してみようよ。こういうことは、なるべく多くの人を巻き込んで、情報を集めるのが一番だ」
「うん」
 とりあえず、ランシィは指針となる助言が得られて、焦りを解いたようだった。それだけでも、相談を受けた成果はあったというものだろう。
「話を聞いてくれてありがとう。こういうことって、孤児院の大人にはなかなか話しにくくて」
 素直に頭を下げたランシィに、タリニオールは嬉しそうに目を細めた。
「ランシィも、大事なことを相談してくれてありがとう。相談してもらってるはずなのに、私の方がいろいろ教えてもらってるんだから、恥ずかしい話だけど……」
「わたしの話が、おじさんの役に立ってるの?」
 なぜか礼を言うタリニオールに、ランシィは目をぱちくりとさせた。
「そうだよ、私はこの国の偉い人が、偉い人の立場から見ているだけでは判らないことをいろいろ探って欲しいと言われて、ここにいるんだ。でもこんなだから、見えていても気がつかないことの方が多いんだね」
 ランシィに見返されて、タリニオールは照れくさそうに笑みを見せた。
「ランシィも、遠慮しないでもっといろいろなことを頼ってくれると、私は嬉しいよ。みんながどんなことに困っていて、なにを必要としているか知ることが出来て助かるって言うのもあるけど、私たちは大事な友達として、君の力になりたいと思っているんだよ」
「友達……?」
「うん」
 飾らないタリニオールの言葉に、ランシィはなぜかエリディアの方に目を向けた。
「……おじさんって、実はすごいひと?」
「たぶん、そうですわ」
 エリディアが嬉しそうに頷いた。どうして今の話でそういう問いが出てくるのか、しかもその答えに「たぶん」などと付け加えられているのはなんなんだろう。とりあえず褒められているらしいのだけは判ったので、タリニオールは深くは考えないことにした。
 あまり暗くならないうちにとランシィを送り出すと、お茶に使ったカップや皿を片付けながら、エリディアが微笑んだ。
「よい子でございますね」
「そうだね」
 無意識に、ランシィの手形の飾られた額を眺めながら、タリニオールも頷いた。
「ランシィにもっと頼ってもらえるように、私も頑張らなければいけないな」
「あら、ご友人なのに、年上だから一方的に頼られなければならないというのは変でございますわ」
 言われて、タリニオールは困った様子で頭をかいた。
「そうなんだけどね……。ランシィから聞くにつけ、カーシャムの神官殿や歌姫殿は、頼れる大人だったのだろうなと思うと、なんだか恥ずかしいよ。私の方がずっと年上なのに」
「その頃は、ランシィはもっと小さくて、なにも知らなかったのでございましょう。初めて出会った、身内以外の大人ですもの、頼るのは当然ですわ。今は状況も違いますし、タリニオール様がそのまま比べる必要はないと思います」
 諭すように言われて、タリニオールは小さく息をついた。
「エリディアもランシィも、ものごとを深く考えていて、感心させられてばかりだよ」
「タリニオール様こそ、女だから子どもだからと馬鹿にせず、話にきちんと耳を傾けてくださるのが、私は嬉しゅうございます。きっとそんなところを、ランシィは『すごい人』だといっているのですわ」
「そうなのかなぁ……」
 どうして自分などが、アルテヤ王の相談役に選ばれたのかタリニオールは今もって不思議なのだが、経験が浅いからこそ人の話に耳を傾けることができる者が、必要とされていたのかも知れない。少し気分が持ち直した様子のタリニオールに、エリディアは嬉しそうに微笑んだ。
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