一一〇 姜維の北伐
~~~羌族の街~~~
「む、むう……。
蜀軍に協力するよう羌族との仲を取り持ってくれと言うのか」
「やはり気が進まないか?
かつてアンタを裏切った俺や姜維に協力すんのは」
「いや、そういうわけではない。
どうせ任地を奪われた私は、魏に帰っても処罰されるだけだった。
こうして羌族のもとでそれなりの地位を得た今、別にお前たちを恨んではいない」
「だっだら何を悩むんだ。
羌族を抜けて蜀に来いと言ってるわけじゃねえぞ。
ちょいと羌族に援軍を出して欲しいだけだ」
「ぼくちゃんは協力してもいいよ!」
「……アンタに協力されても無意味だ ボソッ」
「助力を渋っているのではない。
こうして私のことを忘れず、頼ってきてくれたことを奇縁に思ってな。
正直言ってうれしかったぞ。
私が口添えして効力があるかはわからないが、できるだけのことはしよう」
「そうか! 感謝するぜ!」
「今となっては何もかも懐かしい……。姜維にも久々に会いたいものだ」
~~~魏 長安~~~
「郭淮将軍! 姜維のヤツが諸葛亮を真似て北伐の軍を上げやがったぞ!
大軍で長安を目指してやがる!」
「姜維め! あいつもまた北伐などという馬鹿な夢を追って、
またのこのこと姿を現しおったか! 残らず逮捕してやる!」
「逮捕してやりてえのはやまやまだが……俺らも杜襲のジジイが引退したり、
司馬懿や孫礼が都に、楽綝が揚州刺史に栄転したりで戦力不足だぜ」
「アンタが総大将なのは心配いらないけどよ、自分で言うのもなんだが、
俺や戴陵みてえな三下しかいなくて、こんな戦力で大丈夫か?」
「案ずることはない。陛下から新戦力を預かっている。
紹介しよう、まずは陳羣殿の子、陳泰だ!」
「………………」
「陳羣つったら曹丕陛下の友人で偉い政治家だろ?
その息子が最前線に飛ばされるなんざ、
俺みたいになんかやらかしちまったのか?」
「………………」
「あぁん? 名家の子息サンは左遷ヤローの言葉なんて聞こえねえってか?」
「お、おい。こいつ、無視してるんじゃなくて目を開けたまま寝てるぞ!」
「………………ん?
ああ、失礼。あんまりいい陽気なもんで、つい。なんか御用ですかい?」
「……なんでもねえよ。なかなの大物みたいだな」
「オヤジにゃあ頭で勝てないもんでね。槍だけはそれなりに使えますよ。
起きてる時は頼りにしてくださいな」
「か、郭淮さんよ。他の奴は大丈夫なんだろうな?」
「次も頼りになるぞ。
どもりのハンデを乗り越え一兵卒から叩き上げで昇進してきた鄧艾だ!」
「俺は鄧艾。俺は要害。食前食後に蜀軍倒す」
(…………またすげえのが出てきやがった)
(第一これはどもりと言うのか……?)
「あと引き続き俺様も加わるんで夜露死苦チョリース」
「申儀だと? 貴官は上庸の守備を命じられているだろう。なぜここにいる?」
「そんなつまんねー任務はちょちょいと勅命を書き換えて、
カタブツ兄貴に押し付けてきたっつーの」
「い、いえ。申耽将軍が代わりに引き受けてくれたのよ!」
「……まあいい、戦力になるのは確かだ。
この後にも都から援軍を送ってもらう手筈は整えてある。
とにかく目標は蜀軍を全員逮捕だ! 出動するぞ!」
~~~蜀 北伐軍~~~
「………………」
「そ、そこにいるのは姜維か? イメチェンしすぎて誰かわからなかったぞ」
「諸葛亮サマの跡を継いで初の北伐だ。そんで軍師スタイルにしだのが?」
「……それが軍師スタイルなのかどうかはよくわからんがな」
「形だけ真似ても仕方ない。だがまずは形だけでも丞相に近づけたかった」
「美しい師弟愛だよなあ!」
「よおし、姜維の北伐の初陣は俺らの手で飾らせてやんねえとな!」
「同意」
「及ばずながら先陣は俺に任せていただきたい。
――考えるな。感じろ」
「ホホホ。李歆ばかりにいい格好はさせませんよ。
華麗な戦いの舞いをお見せしましょう」
~~~魏軍~~~
「姜維め、主力は後方に温存しまずは李歆と傅僉とやらの兵を押し出してきたか」
「………………」
「こっちは申儀が抜け駆けして応戦しているが、本官らはどう動くべきか。
陳泰……は寝ているから戴陵はどう思う?」
「俺に戦術を聞くなよ。鄧艾に聞いてくれ」
「……実を言うとあいつの話は本官にはよくわからんのだ」
「……今からでも遅くねえから、
中央から誰か軍師を呼んでもらいなよ」
「いや、俺なら起きてますよ?
見た感じ、蜀軍の構えは持久戦だ。
時間を稼げば何かが起こると思ってるようなね」
「蜀軍、諸君、待ってるショッキング。
魏軍、大軍、持ってるドッキング」
「ほら、鄧艾も蜀軍が何かをやらかす前に、
兵力で勝る俺らが押しつぶすべきだと言ってますよ」
「ならば頼もしい新戦力の意見に従おう。
総攻撃だ! 全員出動で蜀軍をお縄に掛けろ!」
~~~蜀 北伐軍~~~
「姜維! 掛かったぞ! 魏軍の背後はがら空きだ!」
「いや……。予測より早すぎる。
これでは十分な包囲効果は得られない」
「しかし罠に掛かったのは確かだろうが!
さっさと合図を出しやがれ!」
「やむをえん。――羌族に合図を送れ!!」
「蛾遮塞ターーイム!」
「魏軍め泡を食ってるぞ! サンドバッグより殴り甲斐があるぜ!」
「行くぞ! 吹雪のように切り裂いてやれ!」
「か、郭淮将軍! 背後に伏兵が現れたわ!
それもなんか野蛮そうな連中よ!」
「やはり本官らを誘い込む罠であったか!
わかっていればどうということはない。
陳泰と鄧艾は反転し背後の敵を逮捕しろ!」
「あいよ」
「了解、紹介、俺の名は鄧艾」
「俺らはこのまま背中を気にせず蜀軍に突っ込むぞ!」
「背後の伏兵と合わせても蜀軍の兵は俺らより少ねえんだ!」
「さすがは郭淮、ここ北の果てで長年我らと戦ってきただけはある。
その冷静な判断、さながら斗星の北天にあるが如し……」
「き、姜維落ち着け。昔のお前に戻りかけてるぞ」
「私は至って冷静だ。
――蔣琬殿に合図を出せ!」
「どうも~レディ・ガガで~す」
「なに!? 側面から一斉射撃だと!?」
「こっそり軍艦で河をさかのぼって来ました。
あの時お世話になった鮭です!」
「背後に羌族、側面に蔣琬の水軍。
どうやら二段構えの伏兵でしたね」
「陳泰! 勝手に持ち場を離れるな」
「後ろの羌族は鄧艾だけで十分ですよ。ありゃただの牽制役だ。
――それより、撤退するなら今のうちですよ」
「ああ、無念だがこれ以上の戦は無意味だ。
全軍撤退しろ! ひとまず蜀軍を泳がせる!」
~~~蜀 北伐軍~~~
「ご苦労であったな」
「この程度お安い御用だ。あっさり撤退されて物足りなかったぜ」
「蛾遮塞ボムヲ出スマデモナカタ。
魏軍ガンバッテーガンバッテー!!」
「はるばる羌族のもとまで出向いて、渡りをつけた甲斐があったな!」
(……いや。魏軍は私がすでに後方に兵を回していたことを読み切っていた。
進むも退くも全軍を同時に動かしたため、損害は最小限に留まっている)
「どうしたどうした姜維! しけたツラしやがってよ!」
「次はこちらから攻めかかる番だ。
俺のシベリアンフックで魏軍をKOしてやる!」
(……それだけではない。魏軍は次なる一手もすでに打っているはずだ。
それも羌族と我らの連携が整わない今のうちに、打つべき手を)
「おい姜維! 話を聞いてるのか。
我々の士気は軒昂だ。この機に乗じて一気に攻勢に転じるぞ!」
「いや、私が思うに――」
「隙ありィィッ!!」
「グワアアアッ!?」
「夏侯淵が一子・夏侯覇見参! いざ尋常に勝負しろ!」
「が、蛾遮塞の兜のわずかな隙間から眉間を射抜いただと!?
な、なんて弓の腕だ!」
「か、夏侯淵と言えば魏の、いや三国屈指の弓の名手。
そいつの息子がいやがったのか!」
「そんなことよりもここまで敵に入り込まれているのが問題だ!
夏侯覇一人で来たとは思えん。敵襲に備えろ!」
「ご名答~。っつーことで挨拶代わりにそらよっと」
「ハラショーー!?」
「が、餓何焼戈まで斬られたぞ!!」
「わっはっはっ! 勝どきを上げるには早すぎたようだな。
神妙にお縄を頂戴しろ!!」
「ありえねえ……。
どうやって俺達の懐深くまで入って来やがったんだ?」
「俺の特技はマッピング。蜀の懐ザッピング」
「鄧艾は趣味で魏国中の地図を作ってるそうだ。
お前たちに気づかれず接近できる間道なんていくらでも知ってるってよ。
――おっと逃がすか! 石の雨を喰らえ!!」
「鄧艾…………」
「オホホ。姜維様、ここは我々に任せ退却を」
「しかし前線には李歆が残っている……」
「私は無事に姜維様を逃がすよう李歆に頼まれ、前線から戻ってきたのです。
さあ、遠慮はいりませんよ」
(丞相ならば奇襲を察知してとうに撤退していただろう……)
「迅速」
「ぼやぼやしてんな姜維! てめえに出来ることをやりやがれ!」
「……撤退路はプランEを選択する。蔣琬殿にも早く逃げるよう伝えよ。
殿軍は梁緒、梁虔が務めよ」
「んだ。早く逃げろ」
「しかたない ボソッ」
(僕はまだ丞相の背中すら見えない。僕はどうすれば……)
「あんまり邪魔しないでもらえますか。追撃なんてただでさえ面倒なんですから」
(ハローハロー。僕から丞相へ応答願います。
システムオールグリーン。コミュニケーションは不全……)
~~~~~~~~~
かくして姜維の初の北伐は惨敗に終わった。
鬼才諸葛亮ですら果たせなかった宿望に姜維は近づけるのか。
一方、魏の都ではついにあの男が立とうとしていた。
次回 一一一 司馬懿の野望