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旅男! 作者:吉岡果音

第三章 足し算は、無限大

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怒られたさん。

 キースたちのいる都市より北の町。現在クラウスのいる町より少し東側にあたる町。昼どきを過ぎ客足もまばらになった、小さな食堂。

「まさか、あのクラウス君が予言の魔法使いだったとはねえ……。ああ……。ラーシュ君のこと、彼はちゃんと丁寧に扱ってくれているでしょうか」

フレデリクは天井を見上げ呟く。

「フレデリク! そんなのん気なことを言っている場合か!」

 どんっ!

 年老いた紳士、ベルトルドがテーブルを叩く。フレデリクの叔父だった。テーブルに並んだ料理の皿やグラスが揺れる。

「叔父さん。焦っても仕方のないことですよ。焦ったところで物事は変わりません」

 フレデリクは飄々と食事を続ける。

「フレデリク! お前の管理がなっていないからこんなことになるんだ! 兄さんたちが生きていれば『知恵の杯』のラーシュが盗まれるなんてとんでもないことは……!」

「お父さん。もうその話は何回も……」

「そうよ。お父さん。そんなに怒っても血圧が上がるだけだって」

 フレデリクのいとこ、イデオンとアンネがベルトルドの説教に割って入った。

「叔父さん。これは北の巫女様の予言されていたことです。必ずいつかは起きることでした。それがたまたま私の代だったというだけです」

「父さん! その言い方はさすがにちょっと……!」

 フレデリクの息子、ハンスがたまらず声を上げた。
 魔法学校の先生であるフレデリク、そしてその叔父ベルトルド、フレデリクのいとこの兄妹イデオンとアンネ、それからフレデリクの息子ハンス。合計五人で『知恵の杯』のラーシュを盗んだクラウスを追っていた。

「フレデリク……! まったく、お前という男は……!」

 叔父のベルトルドは、うつむき頭を左右に振った。

「だいたい、悠長に店で飯を食ってる場合では……!」

「いえ。叔父さん。食べてる場合ですよ。だって今はお昼を過ぎてますから。むしろ遅いくらいです」

「フレデリクーッ!」

 フレデリクの息子ハンスは、五十を過ぎた自分の親父が目の前で怒られているところを肩身の狭い思いで見ていた。本当に申し訳ない、父親の代わりに謝りたい気分だった。
 フレデリクは思う。ラーシュのことはとても心配だし、一刻も早く彼を安全に連れ戻したい。一刻も早くラーシュの元気な顔を見たい。しかし、クラウスの行方がつかめない現在、やみくもに動いたところでどうしようもない。ラーシュは、素晴らしい大魔法使いヴァルデマー様によって生み出された傑作のひとつである、計り知れない才能の持ち主クラウスをもってしても完全に支配することは不可能のはずだ、と考える。
 それに、スノウラー山の吹雪が晴れる三日間――来年の『緋色の月』の十三日――までクラウスも目立った動きはしないだろう、最悪、それまでにノースカンザーランドに到着すればいいだろう、余裕である、と考えていた。
 そして今は怒られどきだ、叔父さんの気が済むまで存分に怒られておこう、と腹をくくっていた。たっぷり絞られて、それから食事を済ませて、その後改めてこれからの動き方を講じよう、いっぺんにいくつものことを進めようとしてもよい結果は生まれないだろうと考えた。
 フレデリクは、息子の気持ちや立場などにはまったく思いを馳せず、どこまでもマイペースだった。



 緑の光あふれる公園。穏やかな時間が流れていた。
 ベンチで並んで座る二人。キースとアーデルハイト。
 隣のベンチにはカイと妖精のユリエと、ドラゴンのゲオルクとペガサスのルーク。皆、空気を読んで隣のベンチにそおっと移動していた。隣のベンチだけすごい人口密度である。もっとも、隣のベンチのほうに移動した一行に人間は一人もいなかったので、人口密度という言い方は正しくない。摩訶不思議メンバーの集結した、不思議ベンチと化していた。
 アーデルハイトとキースの間には、沈黙が流れていた。沈黙を先に破ったのはキースだった。

「アーデルハイト……」

「な、なあに? キース」

 アーデルハイトは頬を染めていた。

 どうしよう。まだどきどきしている――。

 アーデルハイトはキースの青い瞳を見つめられず、ただ下を向いていた。この小石、まんまるで綺麗だな、などと無理やりなんでもないことに意識を向けていた。

「思うんだが……」

「え……?」

「アーデルハイトは、引き返したほうがいいのかもしれない」

 絞り出すように、キースは言った。

「え……」

「このまま旅を続けても……。ますます辛い思いをするだけだと思う」

 キースはアーデルハイトのエメラルドグリーンの瞳をまっすぐ見つめた。

「俺には、辛い結果しか見えない」

「辛い……結果……?」

「……平和的な解決は望めないと思う」

 最悪の場合、とキースは思う。

 ――最悪の場合、死体がひとつ――、もしかしたら、ふたつ、転がるだけだ――。

 クラウスの身代わり人形と剣を合わせてみたからわかる。これは、死闘になる。俺か、クラウス、どちらかが死ぬ。もしかしたら、相打ちでどちらも死ぬ。そんな戦いになる、とキースは考えていた。

 ――俺は人を殺めてしまうのだろうか。そんなことは絶対にしたくはない。しかし、相手が全力で向かってくる以上――、不幸な結末は避けられないだろう――。

 俺が負けたら、とキースはふと考える。

 ――もし、俺が負けてしまったら、世界はどうなるのだろう……? いや、そんなことを考えるのはよそう。きっと、世界は回り続ける。俺がいなくても、必ず次の救世主が現れるはずだ。たとえいっとき世界が破滅に向かったとしても、それでも皆、それぞれ自分の人生を生きられるはずだ――! 一人一人にちゃんと役割があって、定められた運命、そしてさらにそれを越えた自分の望む人生を生きられるはずだ!

 キースは信じていた。一人一人の運命を。一人一人の力を。

 ――たった一人の魔法使いに、世界が、人間が、人間以外の生命が、星の数ほど膨大な尊い魂たちが、翻弄されるわけがない――!

「俺は、アーデルハイトには笑っていて欲しいと思う」

「え……」

 ふっ、とキースは笑った。

「大丈夫だって! 俺が、救世主のこの俺が、後はなんとかするから! どーんとまかせとけ! まあ、アーデルハイトは、家に帰ってゲオルクと遊んだり、家族や友だちとおいしいものを食べたりして、のんびり過ごしなよ! うん! そのほうがいいと思う!」

 キースは無理に明るく話していた。

 ――今度は、いい男を見つけなよ。

 きっと、アーデルハイトは明るくあたたかい家庭を築けるだろう。

 ――心の片隅にでも、俺のことを覚えておいてもらえたら、それでいい――。

「……この男は、なんですぐ暴走するかな……」

 ぼそり、とアーデルハイトが呟いた。

「……へ?」

 アーデルハイトはうつむき、肩を震わせていた。そして、いきなり顔を上げた。

「私のこと、勝手に決めつけないでよ! そのほうがいいなんて、軽々しく言わないでよっ!」

 アーデルハイトは叫びながらベンチから立ち上がっていた。
 隣のベンチにいたカイやユリエ、そしてゲオルクやルークまでもが目を丸くした。

 ついさっきまで、いい雰囲気みたいだったのに、どうしたんだろう――?

「ばかっ!」

「ば、ばか……?」

 ――アホ、じゃなく、ばか……?

「もう、ばかばかばかーっ!」

 ――なにゆえ「ばか」の連呼? 「ばか」のオンパレード?

「キースの、ばかーっ!」

 ――「ばか」の、大売り出し?

 ひたすら「ばか」という言葉が並ぶ。今日は、ばかの特売日だろうか。

「人の気も知らないでっ……!」

 ――なんで俺はまた、キレられてんだろー……。

 呆然とするキース。なにがなんだかわからない。ただ、アーデルハイトが怒っているのだけはわかった。

「いい? 予言の救世主だかなんだか知らないけど、あんた一人ができることなんてたかが知れてるんだからっ! 私だって優秀な魔法使いなんだから! 私をここで帰したりしたら、キース、あんた絶対後悔するわよっ!」

 アーデルハイトはキースを指差し言い放つ。

「え、えーと……」

 ここは、なんと言うべきなんだろう、思いがけないアーデルハイトの反応に、キースは頭が真っ白になっていた。

「それにこれは、私の旅でもあるんだからっ! 口出しされる筋合いはないわ!」

 ――うーん。確かに、ないなあ。

「じゃあ! もう行くわよ! キース、のんびり座ってないで、出発よ! カイ! ユリエちゃん! ゲオルクにルーク! みんなも行くわよ!」

 ぽかあん。

 一同、目が点になっていた。

「……キース。いったい、なにがあったんです?」

 おそるおそるカイがキースに尋ねる。

「カイ。俺に聞くな。わからん……」

 アーデルハイトは、美しい金の髪をなびかせゲオルクの背に乗り飛び立っていた。仕方なくキース達も後に続く。
 アーデルハイトは後悔していた。

 ばかなのは、私だ。もう! 私のばかっ! せっかくいい雰囲気だったのに――!
 キースと一緒にいたい、ここでお別れなんて嫌だ、素直にそう言えばよかった、私はなんてばかなんだろう、これじゃ全然かわいくない!

 アーデルハイトは一人悶々としていた。

「ばかーっ!」

 アーデルハイトは空に向かって叫んでいた。

「俺、なんで怒られてるんだろう……」

 それぞれに揺れる想いを抱えながら、青空を駆ける。
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