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旅男! 作者:吉岡果音

第三章 足し算は、無限大

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抱擁

 アーデルハイトは、キースの後姿を見ながら歩く。なるべく考えないように努めていたが、つい思い出していた。水晶の洞窟で、キースに抱きしめられたことを――。
 キースは優しい人だ。友情とか、仲間意識で自分を抱きしめてくれたんだ、とアーデルハイトは思う。きっと、それ以上の気持ちはない、と。もしあったとしても、それは例の「ほんのりエロい」ってやつだろう、ともアーデルハイトは思う。しかし、それはなんだかキースに失礼なような気がして、今回に限りその説は取り消しておいてあげることにした。
 期待するな、とアーデルハイトは自分に言い聞かせていた。
 そこで、アーデルハイトの足は止まった。

 期待? どうして今、期待、と思ったのだろう? 期待ということは、私は望んでいるのだろうか? 友情以上のなにかを――。私はまさかキースのことを……?

 そこまで考え、アーデルハイトは頭を左右に振った。アーデルハイトは、あまり深く考えるのはよそう、と無理やり心の奥深くに考えを押し込んだ。
 でも、思い出してしまう。キースのあのたくましい胸を、力強い腕を、そして優しいぬくもりを――。
 胸の奥が甘く疼いた。

 キースに触れてみたい。

 広くたくましい背中。手を伸ばせば簡単に触れられる距離――。
 思わず手を伸ばす。

 私は、伸ばした手をどうしたいのだろう……?

 アーデルハイトの細く長い指は、ためらいがちに空をそっとつかみ、そして――。

「……でも! でも! こいつは……、アホなんだ!」

 アーデルハイトは思わず声に出していた。伸ばした手は、もう降ろされていた。

「えっ!? 誰がアホって!?」

 キースが振り向く。キースは「アホ」という単語に敏感になっていた。

「心当たりがありすぎるようですね」

 カイが笑う。キースはカイを羽交い絞めにした。

「私ったら、どうかしてる……」

 アーデルハイトはため息をついた。

 顔が熱い。体が熱い。火照るようだ。

 キースのせいだ、とアーデルハイトは思う。

 キースが悪いんだ。キースがあんなに強く抱きしめたりするから――。
 心まで、抱きしめるから――。

「……ばか」

 アーデルハイトは小さく呟いた。キースもカイもプロレスごっこのようにふざけあっていて、アーデルハイトのため息のような呟きは聞こえていない――。もっとも、聞こえたところで「誰がばかだって!?」といった具合に、キースは言葉の額面通りにしか受け取れないだろうけれど。その裏にある、繊細で密やかに揺れるアーデルハイトの心のひだには気付かないだろうけれど。



 たくさんの店が立ち並ぶ。珍しい物を扱った店もある。旅に必要なものや掘り出し物がないか見て回ることにした。
 ペガサスのルークは、人目を集めた。通り過ぎる人は皆振り返った。話しかけてくる人も多い。当のルークはというと、我関せず、といった様子で、見知らぬ人に触られても、特別嫌がりも喜びもしないようだった。ちなみに、ドラゴンのゲオルクは、親しげに触られても撫でられても大喜び、常に大歓迎といった感じだった。

「あっ! あんなところに! 甘蜜花!」

 妖精のユリエが道端に咲いている花を指差した。一本の茎に、淡いピンク色をした釣鐘状の花がいくつもついている。

「これ、私もルークも大好きなの! とっても美味しいの!」

 ルークとユリエが思わず花のほうへ近づいていく。
 瞬間。
 キースとカイは、異様な気配を察知した。
 カイが素早く剣の姿に変化した。青い光をまとい、宙に浮いたような状態のカイを、キースはすくい取るように掴んだ。

 ギンッ!

 キースめがけ、剣を振り下ろす者がいた。キースはその剣を、「滅悪の剣」で受け止める。剣と剣がぶつかり合う金属音が響く。

「キース!」

 悲鳴のようなアーデルハイトの叫び声。
 その男は、長い金の髪にアイスブルーの瞳の美しい容貌をしていた。

「貴様、なに者……!」

 剣を合わせたまま、キースが尋ねた。

 ――まさか……、まさかこいつが……!

「クラウス!」

 アーデルハイトが叫んだ。

「貴様がクラウスか!」

 クラウスと呼ばれた男は、氷のように無表情だった。

「妖精……、ペガサス……、受け継ぐ者……」

 無機質な声で呟いていた。

 ――こいつ、この目、この気配、人間じゃねえ!

 カッ!

 滅悪の剣、カイが強い光を放った。ほぼ同時に、キースが男の剣をはねのけていた。
 男は、消えていた。

「消えた……!」

 驚くキースの目の前に、ひらひらと白い小さな紙が一枚舞い降りてきた。

「これは……。人形……?」

 その紙は、人の形に切り取られていた。

「クラウスによって練られた術だわ……!」

「さっきの男は、この紙の人形だったのか……!」

 カイは人の姿に戻る。

「『受け継ぐ者』、北の巫女様の予言の救世主は、証として妖精とペガサスを連れていることになっています。クラウスは、ノースカンザーランドを目指す予言の救世主が、この都市に立ち寄る可能性を考えて、妖精とペガサスが好む甘蜜花の近くに術を仕掛けておいたのでしょう」

 カイが冷静な声で分析した。

「クラウスが……、クラウスが……!」

 アーデルハイトの顔は真っ青になっていた。

「クラウスは本気だわ……!」

 震えるアーデルハイト。今にも倒れそうなアーデルハイトの体をキースが支えた。

「アーデルハイト! やつのことは、もう忘れるんだ!」

「クラウスが、本気で……! 本気で人を殺そうと……! クラウス……!」

 アーデルハイトはキースの腕の中で震えた。

「あれは、本気で人を殺そうとした術……!」

「アーデルハイト!! お前の知っているクラウスはもうどこにもいなくなってしまったんだ!」

 キースは叫んでいた。

「やつの魂は、もう光の届かない闇の底へ堕ちてしまったんだ!」



 そこから北の小さな町。クラウスは、自分の仕掛けておいた術が破られたことを感知した。

「ふむ。どうやら本当に『受け継ぐ者』とやらが現れたようだ」

 美しい口元に笑みが浮かんでいた。
 クラウスは、予言の『受け継ぐ者』があの程度の仕掛けで始末できるとは最初から考えていない。

「まあ、挨拶代わりにはなったかな?」

 アイスブルーの瞳が怪しい光を放つ。

「……ふふふ。なあ、『知恵の杯』のラーシュさん」

 クラウスの手には青い杯。『知恵の杯』のラーシュだった。
 彼は、沈黙を続けていた。



 キースたちは、花咲く静かな公園に来ていた。緑の風が優しくそよぐ。

「アーデルハイト。少しは落ち着いた?」

 キースは近くの屋台で温かい飲み物を買っていた。ベンチに腰かけていたアーデルハイトに飲み物を手渡す。甘いよい香りの湯気が漂う。

「……ありがとう。キース」

 泣きはらした目。きっと、今自分はひどい顔だ、とアーデルハイトは思う。

「ごめんね……。ごめん……。キースのほうが、恐ろしい目にあったのに……」

「私も怖かった! たぶんルークもゲオルクもカイも、怖かったと思う!」

 ユリエが挙手をしながら、キースの懐から顔を出す。実はずっと怖くてキースの懐深く隠れていた。

「ユリエ。俺は平気ですよ。キースも、大丈夫です。平気ですよ」

 カイが優しく微笑む。ユリエに、というよりアーデルハイトのために言っていた。

「ユリエ。ユリエも温かいの、飲むか?」

 キースが自分用に買った飲み物をユリエに差し出す。

「飲むーっ!」

「ユリエにはでかすぎたか?」

 心配は無用である。ユリエはすごい勢いでカップの飲み物を飲んでいる。

「アーデルハイト……」

「……美味しい」

 アーデルハイトは甘い飲み物をゆっくりと口に入れた。体中に染み渡るような優しい味。

「アーデルハイト。大丈夫か?」

「うん……」

 目の前を、年老いた夫婦がゆっくりと歩いている。散歩のようだ。仲睦まじく手をつないでいた。

「なんか……。気持ちが落ち着く魔法とかってないのか?」

 キースは心配そうにアーデルハイトを見つめる。

「……あるわ」

 暖かい日差しに、老夫婦の姿は輝いて見えた。

「あるのか。じゃあ、ちょっと試してみたら?」

「……誰かに抱きしめてもらうこと……、かな?」

 上目遣いで冗談っぽく言ってみた。それくらい言ってみても、いいかな、と思った。
 キースは黙ってアーデルハイトを抱きしめた。

「うん……。落ち着く……、かも」

 とくん。とくん。

 キースの鼓動が聞こえる。
 ベンチの前を、子どもたちが走り抜ける。楽しそうにはしゃぐ声。しかし、アーデルハイトは安らかな鼓動のリズムに包まれていた。

「ありがとう……」

 アーデルハイトはエメラルドグリーンの瞳を閉じた。
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