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亡霊葬稿ダイホーン だれが変温の哺乳類を操っているのか/コリカンチャとカト●チャはインカに違うのか 作者:烏田かあ

第四章『闘牛入門』

19/93

どーでもいい知識その④ アンボイナの異名は「ハブガイ」

 今回は生物屈指の毒を持つ巻き貝、アンボイナに付いて語っています。
 毒矢を発射するメカニズムを調べるために、図鑑とにらめっこしたのもいい思い出です(笑)
「まずはジャマーダ」
 気取った口調で宣告すると、〈ダイホーン〉は墓石越しに餓鬼を見定め、引き金を引く。
 びゃっくしょん!
 やかましく木霊こだましたのは、窓際係長のクシャミっぽい轟音。
 一応、銃声だ。
 銃口から外気との寒暖差によって白く染まった鼻息が伸び、人間では抑えきれないだろう反動が骨格をがたがた揺さ振る。

 進路上の墓石を発泡スチロールのように砕き、砕き、砕きまくり、空中を疾駆する青い残像。銃口から一直線に伸びていった弾道が、餓鬼と交錯した瞬間、御影石みかげいしの破片に混じって珍妙なロケットが飛ぶ。腰から下をねじ切られ、上半身だけになった餓鬼だ。

 尚も直進を続けた残像は、餓鬼が背にしていた墓石に突っ込み、クレーター状の亀裂を走らせた。深々とくぼんだその中心には、BBQ(バーベキュー)に使うような金串が刺さっている。餓鬼の血にまみれたそれは、卒塔婆そとばと同じように霜降り状の溝彫りを青く発光させていた。

 青く輝くエネルギー流動路〈フリッケライン〉は、〈ダイホーン〉にも備わっている。
 身体の隅々にまで縫合痕ほうごうこんのような溝彫りを走らせる姿は、まるでツギハギされたバラバラ死体。〈ダイホーン〉自身イケてないとは思うが、背に腹は代えられない。本当は実在しない物体を「ある」と認めさせ続けるには、絶えず嘘を並べ立てている必要があるのだから。

「相変わらずトンデモねぇ威力だったり」
 粉々の墓石を前に思わず呟くと、〈ダイホーン〉は右腕をまじまじと眺めた。
 薄く湯気を棚引かせるそれは、水牛の頭骨をかたどった銃剣〈ダイマチェット〉に覆われている。〈ダイホーン〉の右腕は指先から肘まですっぽり包まれた状態で、満足に頭を掻くことも出来ない。出来るのは手綱型の引き金を引き、水牛の鼻の穴〈ダイノーズ〉から金串を撃つことくらいだ。

 人間の銃は、弾丸を発射するのに火薬を使う。爆発の風圧で弾丸を吹き飛ばし、銃身と言う筒の延長上を貫くと言う仕組みは、力の強弱こそあれ吹き矢と同じだ。
 対して〈ダイホーン〉の水牛は、金串を発射するのに火薬を使っていない。鼻の内側にある人工筋肉を収縮させることで、矢のように弾丸を撃ち出している。
 ピーマンも楽々詰められそうな鼻の穴がしっとり濡れているのは、鼻水のせい――ではない。金串を噴き出した拍子に水牛内部の温かい空気が漏れ、冷たい外気に触れたことで結露したのだ。夏場、氷水に触れた蒸し暑い空気が、コップをびしょ濡れにしてしまうのと原理は変わらない。

 金串の発射メカニズムは、タガヤサンミナシを参考に開発された。
 タガヤサンミナシは新腹足目しんふくそくもくイモガイ科に属する巻き貝で、紀伊半島以南(いなん)の浅瀬に棲息している。体長は一一㌢前後。「イモ」ガイの由来になった「サトイモ」型の殻は赤褐色で、白い鱗模様が精緻に浮き出ている。外見に定評のあるイモガイ科の中でも、特に美しい。
「ミナシ」の名は、「殻に隠れるとほぼ身が隠れて、ないように見えてしまう」ことに由来する。ただ、これには「身が少なく、食べる部分がないから」との説もある。

 およそ五〇〇種確認されているイモガイ科の貝は、大半が夜行性で熱帯の温暖な海域に棲む。日本に棲息するのは一二〇種程度で、その内一〇〇種以上が沖縄で暮らしている。
 彼等は全て肉食で、他の貝や魚を補食する。
 狩りに使われるのは毒だ。
 中でも紀伊半島以南(いなん)の岩礁に棲むアンボイナは、全生物の中でも屈指の猛毒を持つ。体長は一〇㌢程度で、「アンボイナ」の和名は棲息地であるインドネシアの「アンボン島」に由来する。
 恐るべき本性とは裏腹に、赤褐色の殻は色鮮やかで、霧のように儚く白みがかっている。見た目の美しさに惹かれ、手に取ってしまうダイバーも少なくない。また、形の似たマガキガイと勘違いして採取してしまうケースもあると言う。
 マガキガイは盤足目ばんそくもくソデボラ科に属する巻き貝だ。食用になり、酢の物や味噌炒めできょうされる。

 アンボイナが持つのは、コノトキシンと言う神経毒しんけいどくだ。
 文字通り、神経毒しんけいどくとは神経系に作用する毒のことで、コノトキシンの場合、一〇分程度で痺れやめまい、吐き気を引き起こす。重症化すると意識不明に陥り、呼吸困難によって死を迎える。致死率は低くとも二〇㌫、高ければ七〇㌫と見積もられている。
 その危険性から、沖縄では彼等を「ハブガイ」の異名で呼ぶ。だが実のところ、致死量の多い少ないだけで言うなら、ハブはおろかキングコブラよりもアンボイナのほうが危険だ。

 彼等の毒は、五、六時間でピークを迎える。一見すると充分な猶予があるように思えるが、彼等の棲息地は海だ。四肢に痺れが生じた時点で、ゴムゴムの実を食った状態になってしまう。麻痺は唇や舌にも及ぶため、助けを呼べずに溺死してしまうケースも少なくない。
 このことから、沖縄では「ハブガイ」の他に「ハマナカー」の俗称でアンボイナを呼ぶ。「被害に遭うと、岸に辿り着くどころか『浜の中程』で死んでしまう」と言う意味だ。

 コノトキシンには血清がない。万が一、毒を受けた場合は、溺れないように一刻も早く海から上がる。応急処置としては、毒を吸い出しておくといいそうだ。
 後は人工呼吸器で呼吸を維持し続け、毒が自然に抜けるのを待つしかない。一二時間も経過すれば、命の危機はなくなる。適切な処置を行えば、後遺症も残らない。

 ヘビは噛み、ハチは刺すと言った具合に、毒を持つ生物には幾つか手口がある。
 アンボイナの凶器は「銛」だ。
 普段、殻の中に蓄えられているそれは、穂先の歯舌歯しぜつしと紐状のふんで構成されている。歯舌歯しぜつし中空ちゅうくうで、狩りの前に毒腺どくせんからコノトキシンが注入される。発射口は「身」の部分にある管で、吻鞘ふんしょうと言う。
 彼等はエサとなる魚に狙いを定めると、捕鯨砲ほげいほうのように銛を撃ち出し、「とったどー!」してしまう。
 銛には「返し」が付いていて、獲物が暴れても簡単には抜けない。毒で麻痺した魚は紐に手繰たぐり寄せられ、ラッパ状に広がった吻鞘ふんしょうに丸呑みされてしまう。彼等は自分と同じ大きさまでなら、一〇秒以内に呑み込むことが出来るそうだ。

 タガヤサンミナシもアンボイナと同じように、猛毒の銛で獲物を仕留める。ただし、彼等の銛には紐が付いていない。つまり、矢だ。
 この矢は連射可能で、一二発続けて放った記録も残っている。おおむね六発の回転式拳銃はおろか、自動式拳銃にも迫る装弾数だ。立て続けに放たれる矢と一緒に漏れ出す毒液は、周辺を白く濁らせてしまうと言う。

 アンボイナとタガヤサンミナシの違いは、食性に起因すると考えられる。
 アンボイナの獲物である魚は素早い。きちんと「手綱」を付けておかないと、毒が回る前に遠くへ逃げられるおそれがある。
 一方、タガヤサンミナシは他の貝を食べる。基本的に貝はのろまだ。放っておいても、息絶えるまでに進める距離は限られている。

 ちぃちぃ……。
 健気に声を合わせながら、墓場の外にある本堂に大量のハゲモグラが群がる。点々と肉片のこびり付いた瓦屋根には、先ほど吹っ飛ばした餓鬼の上半身が転がっていた。
 目的地に到着した大群は、押し合いへし合い餓鬼の傷口に潜り込んでいく。個々の姿を判別するのが難しいほど密集した集団は、少しずつ餓鬼の下半身を形作っていった。

「やっぱ、上半身と下半身を生き別れにした程度じゃ修理されちゃうか」
 二本足で立つ餓鬼を目の当たりにした〈ダイホーン〉は、右腕の水牛に手を伸ばした。
 取っ手の役目を持つ鼻輪を掴み、レバーのように引き上げる。水牛の口がいやらしく開き、忍び笑うような電子音声が鳴り響いた。
USSISSI(ウッシッシ)

〈ダイホーン〉は右腿から牛蒡ごぼう大の突剣〈ダイコーン〉を引き抜き、水牛の口〈ソシャックジャック〉に差し込む。
 刀身が丸まる呑まれ、円筒形の柄だけが口の外にはみ出た瞬間、今の今までお通夜状態だった電子音声が、レニーさんばりに巻き舌する。
〝SENMAIMPACTセンマインパクト!〟

 突剣が認識されたことを知った〈ダイホーン〉は、顔の横に水牛を構え、その下顎をカスタネットのように叩いた。
 カン! と水牛が突剣を噛み、モニターのクワガタさんが魔法少女の変身バンクっぽく回り出す。やがて威勢のいい電子音声が響くと、橙のエプロンに衣装チェンジした魔法少女が、お肉満載のザルを振った。
TUYUDAKU(ツユダク)! OLE(オーレ)!〟
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