挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
亡霊葬稿ダイホーン だれが変温の哺乳類を操っているのか/コリカンチャとカト●チャはインカに違うのか 作者:烏田かあ

第四章『闘牛入門』

18/88

どーでもいい知識その③ 闘牛士の帽子は「モンテーラ」と言う

 ずず……ずずず……と前触れもなく始まる弱震。
 べっとり、べっとり……とサナギの根元から霧が這い出し、地表を覆うハゲモグラたちを呑み込んでいく。比例して真夏の丑三うしみつ時を思わせる生温かさが広がり、冷え切っていた墓石を結露させた。

 ぎぃぎぃ……と「冷や汗」をかく墓石たちを更におどかしたのは、何かが不気味にきしむ音。
 暗い土の中で目覚めた死者が、内側から棺桶を開けようとしているような音だ。
 霧の表面をさめざめと震わせながら、空き缶大の影が浮いてくる。
 位牌いはいだ。
 化石を思わせるタッチで、ノコギリクワガタが描かれている。

 サナギの土台を担う骸骨が苦しげに腕を伸ばし、地面の位牌いはいを掴み取る。
 始まったのは、バケツリレー。
 骸骨から骸骨へと手渡される位牌いはいが、上へ上へと移動していく。同時に彼等はそれをルービックキューブのようにこね回し、怪傑ゾロっぽいアイマスクに組み替えていった。

 サナギの左肩から頭蓋骨の欠けた骸骨が這い出し、アイマスクこと〈スキャバイザー〉を受け取る。前進し、前進し、箱乗りっぽく身を乗り出した彼は、改の顔面が埋まっている場所にバイザーを叩き付けた。
 史上最もバイオレンスな焼香しょうこうとでも言うべき強打が、骨のサナギを完膚なきまでに打ち砕く。吹雪のごとく白煙が噴き出すと、鋭利な骨片こっぺんがハゲモグラたちに降り注いだ。ちぃー! と耳をつんざくような悲鳴が飛び交い、薄い血煙が地表を覆う。

 骸骨どもの体臭――石灰のような乾燥臭が、改の鼻から離れていく。前後して、合成された画像に過ぎなかった視界が、バイザーのカメラで捉えた映像に切り替わった。
 画面の端からひょっこり顔を覗かせたのは、やなせたかし先生チックなクワガタさん。
 ジェスチャーやリアクションで、現在の状況を教えてくれる頼れる奴だ。

「さあ、踊ろうか」
 恒例の決め台詞を放った改――いや〈ダイホーン〉は、顔の横で手を叩き、フラメンコの足拍子「サパテアート」風のステップを踏む。鍛冶が刀を叩いた時のように火花が散り、トン! テン! カン! と情熱的な足音が響き渡った。
 フラメンコの踊り子「バイラオール」の靴は「ボタ」と言い、軽快な音を出せるようにつま先とかかとに釘が打ってある。
 本来なら加工された靴も技術もない〈ダイホーン〉に、彼等の真似をするのは無理だ。今回は蹄鉄ていてつの付いたブーツと石畳の加勢によって、何とか小気味よい音を響かせることが出来た。

 キザな振る舞いを見た餓鬼は、辟易へきえきとするでもなく縮み上がり、一歩後ずさる。足下まで迫っていたハゲモグラの大群もまた引き潮の様相を呈し、〈ダイホーン〉と距離を取った。
 思わず背後に足を出してしまうのは、〈ダイホーン〉にもよく理解出来る。
 何しろ歯を食いしばった骸骨が、目からノコギリクワガタばりの大顎を生やしているのだ。〈ダイホーン〉を着て、始めてファッションチェックした時は、腰の引けた鏡像が鏡に映らなくなる場所まで逃げた。

 骸骨とは言っても、改の肉が剥がれてしまったわけではない。
 正確には、骸骨を模した鎧だ。
 鎧と聞くと仰々《ぎょうぎょう》しく金属板をまとった姿を想像しがちだが、〈ダイホーン〉は違う。
 全身をくまなく守るのは、ミイラ顔負けに巻いた黒いチューブのみ。ガラス化した金属で作られた装甲〈アモルファシュラウド〉は、頭や胸などの急所、もしくは攻防に駆使される手足などに限られている。薄膜を何回も重ね、群青ぐんじょうに塗装された表面は、タマムシのようにきらびやかな光沢を放っていた。
 面積こそ少ないそれだが、モチーフの再現度は芸術的と言っていい。
〈ダイホーン〉の姿を一言で言い表せと求められたら、誰もが同じ答えを返すだろう。
 そう、「闘牛士」と。

 目から生えた大顎は、こめかみを挟むように後頭部へ回ることで、闘牛士の帽子「モンテーラ」をかたどっている。
 肩当てで角張り、黄金のラインで縁取ふちどられた胸当ては、彼等のジャケット「チャケティリーヤ」そのもの。ウシの一撃を避けるために、短く作られたところまで瓜二つだ。タイトかつ長めに作られた腰部ようぶの装甲は、七分丈のズボン「タレギーリャ」をうまく表現している。
〈ダイホーン〉の背中から左半身を覆うのは、青いボロ布〈ヒラリムレタ〉。何かの間違いでウシが墓場に迷い込んで来たら、突進を即決することだろう。

 この骸骨〈Phantom(ファントム)Document(ドキュメント)Frame(フレーム)〉――略して〈PDF〉は、敵対者への威圧も考慮してデザインされている。でなければ、骸骨の闘牛士なんか作らない。素直にハリウッド的なパワードスーツを用意する。

 動物と人間とでは、感性が違う。
 例えば、動物は銀幕のエイリアンを怖いとは思わない。
 台所に出現する黒い悪魔も、ただのエサだ。
 何より、多くの動物は「死」と言う概念を知らない。
 捕食者から逃げるのは、本能的に遺伝子を存続させようとするためだ。喰われれば自分が消えると理解しているからではない。
 その証拠にアリやハチなど、巣全体で遺伝子を共有する生物の場合、兵隊は進んで女王の盾になる。大事なのは自分たちの遺伝子であって、我が身ではないのだ。

 ある意味で動物は、知性的な宇宙人以上に感情を共有しづらい相手だ。
 そんなイカルス星人よりきもの座った連中を、人間と同様に後ずさらせる――。
 断言しよう。
〈ダイホーン〉の外見には、雷鳴や地震に通じる破壊力がある。
 生物と言う生物に理屈や経験を超越した恐怖を味わわせ、すくむ以外の選択肢を奪ってしまう。

「あ~、あった~い。やっぱ冬はこいつに限るなあ~」
 呆けきった声を漏らすと、〈ダイホーン〉は自分の肩を抱き締めた。
 先ほどまでは凍えて痺れていた身体が、今はコタツのような温もりに包まれている。言わずもがな、〈PDF〉の恩恵だ。
 腹部の気門きもん〈レームダクト〉から取り入れられた空気は、高性能の空調によって快適な温度に調節される。北極でもハワイの気分を楽しめたし、夏コミでも汗一滴かかなかった。

 とぉ!
 隙あり! と宣言するかのような勇ましい咆哮。
 油断しきった〈ダイホーン〉を見て恐怖心が薄れたのか、立ちすくんでいたはずの餓鬼が両足で跳び上がる。物々しい地鳴りが大地を揺さ振ったかと思うと、足場に使うにはもろすぎた墓石が粉々に砕け散った。

 風圧によって外套がいとうを膨らませながら、高々と放物線を描いていく餓鬼。〈ダイホーン〉の頭上に到達したそれが、フィギュア選手のようにスピンした途端、外套がいとうの裾からしゅるしゅる! と大蛇が飛び出す。いや大蛇ではない。消防隊のホースのように長く太い尾だ。

 スピンの生んだ遠心力によって急加速したそれが、空中を薙ぎながら〈ダイホーン〉に迫る。
 尾の先端にある羽根状の塊を引き寄せ、引き寄せ、尾の太刀風たちかぜが頬を打つ距離まで引き寄せると、〈ダイホーン〉は左腕に掛けていたマントをひら~りとひるがえした。狙い通り尾の羽根とマントの表面が接触し、ホットミルクの膜に似た白い光がまたたく。

 マントの表面をスリップしながら、明後日の方向に逸れていく。
 立ちはだかる空気を鎌のように刈り取り、横から脇腹を打ち据えるはずだった尾が。
 予想だにしなかった動きに体勢を崩され、空中の餓鬼が墓石の間に落ちる。ドサッ! と間抜けな墜落音が響くと、湿気しけった土埃が低く舞い上がった。

 マントの表面には「嘘で実体化した何枚もの水面」が、高密度に圧縮した状態で積み重ねられている。
 機能に即した表現をするなら、「濡れた路面」とでも言ったところか。攻撃を逸らすように傾ければ、ツルツルな表面が弾丸や切っ先を「スリップ」させてしまう。
 仮に滑らせることが出来なかったとしても、分厚く積み重なった水の抵抗が、攻撃の勢いを殺してくれる。熱の遮断や光の吸収、屈折にも効果覿面こうかてきめんだ。また電磁波を減衰げんすいさせやすい水で身体の大半を覆うことは、人間のレーダーに捉えられにくくする働きも担っている。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ