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子どものお世話は楽勝?

「タカヒロさん、一週間だけ、孤児院のみんなの面倒を見ていただけませんか?」


 新年祭の熱狂も冷め、各々が元の日常を取り戻し始めてしばらく。暦は、早や二月に差し掛かろうとしていた。そんな折だ。ルードスさんからの依頼があったのは。


「孤児院のみんなって……え? ルードスさんはどうするんです?」


「私はその間、聖都サーバリオで用事があって……」


「え、ええ!?」


 時々、教会から派遣されたシスターが手伝ってはいるようだけど、基本的にブライト孤児院の運営は、院長であるルードスさんによって成り立っている。


 歳が大きい子どもたちはお手伝いをしているようだけど、まだまだ頼りない。ルードスさんという大きな大黒柱があってこそのブライト孤児院なのだ。


 そのルードスさんが孤児院を長期間開ける。なるほど、代わりの人手は必要だろう。だが……。


「時々手伝いに来てくれるシスターとかじゃダメなんですか?」


「この時期は、司祭や司教への任命式がありまして……この街の教会の人手が足りなくなるのです。この街はサーバリオに近いですからね。街の教会での略式では駄目なのですよ」


「そうなんすか……」


 宗教に限らず、こういう格式ばった決まりごとって断るに断れないもんだよな。俺だって冒険者ギルドの定例会には出てるぐらいだ。大陸最大の宗教団体に所属しているルードスさんなら、なおさらだろう。


「お手伝いだけなら冒険者の方でも問題ないのですが、一週間も子どもたちを預かってもらうとなると、気心の知れた方でなくては安心できなくて……。その点、タカヒロさんなら申し分ないと思いまして、こうして依頼をお願いに来ました」


「はぁ、そういうことでしたか……」


 確かに、どんな奴かも分からないような人に、大事な子どもたちを預けるようなことはしないだろう。その点、何度も通っていて、子どもたちにも気に入れられている俺は合格ラインには達しているとは思う。


 それに、俺自身、子どもたちの世話は嫌いじゃない。適当にスキルを使ってだまくらかしてやりゃあ、体力の限り遊び回って、こてんと眠りこける。そうすりゃあ、特にすることなんかない……ん?


 ……ユミィを連れていけば、もしかすると三食昼寝付きの環境ができあがるんじゃ?


 そうだよ、「昼寝の添い寝って仕事だ!」と言えば、あいつも納得するはずだ!それに、図書館と違って飲食物の持ち込みは当然OKだ。正門から伸びる五つの大通りの内、「屋台通り」と呼ばれる通りにも近い。


 ほんの少しのお仕事、後は食っちゃ寝、食っちゃ寝……イイネ!


「お任せください、ルードスさん!」


「まぁ、受けていただけますか!」


「はい!」


 俺、ものっそい笑顔。ルードスさんは安堵に頬を緩ませる。脇に控えているユミィは相変わらず無表情だ。


「あ、でも、教会の人員で賄おうと思って、任命式の瀬戸際まで依頼に来るのが遅れてしまって……もう十日後の話なのですが、大丈夫ですか……?」


「はい、大丈夫です!」


 元々、自由業みたいなもんだ。定例会で回される仕事はもう片付けているし、学園はエルゥがいるから一回ぐらい休んでも大丈夫だろ。最近は、実技担当じゃない教師陣も、学園迷宮攻略で頼もしくなってきたからな。


 なに、結局ろくに取れなかった遅めの冬休みと思えばいいんだよ。


「いつもすみません。では、お願いしますね」


「はい!」


 笑顔で握手を交わす俺たち。こうして、俺の一週間限定保父さん生活は契約された。




 それからきっかり十日、約束通り孤児院へと赴いた俺は、教会所属の高速馬車(ユニコーンに引かせている……宗教団体はやっぱり金持ちだね)の前でルードスさんと話していた。


「ケビンは怪我しやすいので注意して、テオは時々夜泣きするので、その時は抱っこしてあげて……あ、あと、クルミアにはお肉だけじゃなくて野菜も食べるように……」


「分かってます、分かってますよ。手伝いに来た時のような感じでいいんすよね?」


「すみません、私、何だか心配で……」


 心配性のシスターは、ここまできても不安が拭えないようだ。まぁ、面倒見るのが俺じゃあそれも当然……いやいや、これはルードスさんの性分だと信じたい。


 ルードスさんは、結局、時間ぎりぎりまで子どもたちに何かを言い含めていた。きっと、俺やユミィに迷惑をかけないように、とか、一人でふらふら出歩いちゃいけない、とかだろう。


 そうこうしている内に時間は来てしまい、躊躇いながらも馬車へと乗り込んでいくルードスさん。


 彼女は用事で遠くへ行くだけなのに、それを理解できないようなちっちゃい子たちが「行っちゃやだぁ~!」と泣きじゃくる。それを受け止め、シスターも「大丈夫、すぐに、すぐに戻ってくるからね!」と涙を浮かべて手を振る。


 こうして、ルードスさんを乗せた馬車は走り去っていった。正門で他の馬車と合流し、聖都サーバリオへと出発するのだろう。


 後に残されたのは、頼りにならなそうな男(俺)と、無表情ロリメイド。それに、大小ごちゃ混ぜの総勢十九人もの子どもたち。泣いていた子はまだぐずっていて、お姉さんたち(それでも十代前半だ)にあやされている。


 「お腹すいた~」や、「遊ぼーぜー」と、てんでバラバラに行動しようとするガキども。俺やユミエルに纏わりついては、服の袖や手を異なる方向へ引っ張り出す。


 おーおー、いつも通り元気なこったね。まぁ、単純なこいつらのことだ。飯でも作ってやりゃあ大人しくなるだろ。




 しょりしょりしょり……


 ここは孤児院の台所。大人数を賄うためか、一般家庭のものよりかはニ倍ほどの広さがある。竈だけでも三つある。趣味で料理を作る身としては、うらやましい限りだ。掃除がめんどくさそうだけど。


 天井にかかる梁からは玉ねぎや唐辛子がぶら下がっていて、いかにも洋風なキッチンって感じだ。そんな場所で今、俺は無心にジャガイモの皮を剥いている。その周りで、何人かの子どもたちが、やはり人参やら玉ねぎの皮を剥いている。


「ねぇお兄ちゃん、今日はお野菜のスープなの?」


 台所中央に置かれた大きな木製の作業台の向かいから、剥きかけの玉ねぎを手に持ったベラが聞いてくる。なるほど、ジャガイモ、人参、玉ねぎを鶏ガラや獣肉、骨の出汁で煮込んだスープは、一般的な家庭料理だ。材料からそれを連想するのも、無理はない。


 だが、俺がお世話をするうえで、そんな面白味もない飯を作ると思うか? いや、あり得ない! こいつらが食ったこともないような食いもんを用意してやるぜ!


「ふふふ……違うな。今日はな、カレーだ」


「「「かれー?」」」


 きょとんとして聞き返すのも当然だ。本来なら、地球でいうところのインド周辺にしか発生しない「スパイス・モンスター」(「スパイス・バット」、「スパイス・ドレイク」など)を倒さなくちゃカレー粉の元となる香辛料は手に入らないからな。


 だが、俺の手元には腐るほど調合済みのカレー粉がある。味覚も働く仮想現実≪Another World Online≫で、無性にカレーが食べたくなってな……一時期、レベル上げも兼ねて乱獲しまくって、結局、あまり使わずに放置していたのがまだまだあるのだ!


 そのカレー粉があって初めて作り出せるカレー……そう、大人数で食べるにはもってこいの料理、お子様も大満足のあのカレーだ! 今日はこれを作ってやるわい!


「そう、カレーだ。スープにこれを入れて、とろみをつけるんだ」


「わっ、いい匂い……」


「あっ、あたしも、あたしもー!」


「嗅がせてー!」


 作業台に置いたカレー粉が入った小樽に群がる十歳少々の女の子たち。日頃、「男って子どもよねー」と言っているこいつらも、まだまだガキってことか。好奇心に目を輝かせ、指に取っては鼻に近付けている。


「からっ!? からーい!」


 やると思った。料理好きなミミルが、カレー粉を一舐めしてしまったようだ。兎のような耳を伏せ、口を押さえてはぴょんぴょんと飛び跳ねている。お子様舌には、カレー粉直舐めはきつかろう。


「ほら、牛乳のめ」


「ありがほー……うぅ」


 両手でマグカップを抱え、こくんこくんと舌を冷やすように牛乳を飲み始めるミミル。


「こういうこともあるから、勝手に知らないもんを口に入れちゃダメだぞー」


「「「は~い」」」


 誰かがやると分かっていたけれど放っておいたのは、これを狙ってのことだ。俺が面倒みている時に食中毒で倒れられたらかなわん。特に、こいつらは料理の手伝いで食材を触る機会も多いからな。こういうところで教育してやりゃあ、滅多なことはしないだろう。


 遠まわしなようだが、口で言っても実感できないのがこいつらの歳ってもんだ。許せ、ミミル。お前の犠牲は有効活用させてもらったぞ。


「う~……タカ~、こんなの何に使うの~?」


 おっと、復活したようだ。まだ気になるのか、口をもごもごとさせたミミルが尋ねてくる。まぁ、カレー粉は香りはいいけど、そのまま舐めてもどうしようもないもんだからな。


「ほら、ここにも唐辛子あんだろ? あんな感じに、風味や辛みを付けるために使うんだよ」


「わたし、からいのキライ……」


 羊のようにもこもことした白髪の少女、メイが嫌そうな顔をしている。あぁ、そういやあこいつ、辛いのは苦手だったよな。


「安心しろ、辛いっても、ちょっとしか使わねえから。林檎と蜂蜜も入れるから、むしろ甘いぞ」


「え……辛くて甘いスープ???」


「だから、カレーだって……あ~、ちょっと待ってろ」


 台所に備え付けられた「冷えるんボックス」からイカを取り出して、ちゃっちゃと捌く。


 わたや中骨をひっこ抜いて、エンペラと薄皮を剥ぎ、短冊に切る。トンビや目玉はちまちま取るのが面倒なんで、まとめて切り落とす。ゲソも吸盤を軽くしごき落として、ざくざくとテキトーに切る。


 大規模な漁港も備えるグランフェリアは、魚介類がとてもお安い。そのため、下町の大衆食堂・まんぷく亭のメニューにも魚やイカを扱ったものが多く、手伝っている内にすっかり手慣れてしまったんだ。


 そんなこんなで、速攻捌き終わったイカをバターで軽く炒める。そこに、鉄鍋の縁から持参した醤油を軽く回し入れるとジャッと音がして、焦げた醤油の良い匂いが広がっていく。隠し味に、ほんの一つまみの砂糖を加えておく。これだけでも充分おいしそうなのだが、カレー粉の出番はここからだ。


 ガキどもに食わせるもんだから、小さじに半分程度のカレー粉を振りかけ、鍋を揺すって混ぜ合わせる。すると、部屋を覆いつくすかのように満ちていく刺激的な香り。まんべんなく馴染んだようなら、もう出来上がりだ。竈から外し、皿に鍋の中身を移す。


「ほら、食ってみろ。これがカレー風味ってやつだ」


 ずい、と、涎を垂らさんばかりに「イカのカレー炒め」に魅入るベラとアリッサに皿を差し出すと、もう我慢ができないとばかりにかぶりついた。


「あちっ、あひ、はふっ、むぐむぐ」


「ふぁふ、おひし~!」


 一切れどころか、二切れ、三切れと次々と口にしていくニ人。どうやら気にいったようだ。目を輝かせて、口にものを入れたまま「おいしい、おいしい」と繰り返す。それを見て、そわそわし始めたのが、残りのニ人、ミミルとメイだ。


「ね、ねえ、ベラ、それ、おいしいの?」


「おいしいよ~! こんなの、食べたことないよ!」


「アリッサ、辛くないの……?」


「ちょっと辛いけど、ほんのちょっとだけだから大丈夫!」


 もじもじと皿に目をやっては、試食済みのニ人や俺へと目移りしていくミミルとメイ。くくく……貴様らの葛藤、手に取るように分かるぞ! ほれ、背中を押してやろうではないか。


「あんまり辛くしてないぞー、おいしいぞー」


「「……じゃあ、ちょっとだけ」」


 俺に唆され、おそるおそると「イカのカレー炒め」を齧るニ人……この勝負、もらったな! ほぅら、瞳に光が瞬いてきたぁ……! 堕ちたな。


「おいしい! 何これ、おいしい!」


「ちょっと辛い……でもおいしい」


 先に食べはじめたニ人と競い合うようにして皿に群がるちびっ子たち……ちょろいな。だいたい、カレー風味が嫌いな子どもなどいないんだ。上手く調理してやりゃあ、ざっとこんなもんだわさ。


「さ、分かったらカレー作り手伝え~」


「「「は~い」」」


 こうして、カレーの魅力にとりつかれた少女たちを手駒に、俺はカレーを作り進めていった。




「なにこれ……?」


「うん○……?」


 いつもはわいわいと賑やかな食堂。そこは今、ささやき声しか聞こえない、葬儀場のような雰囲気に包まれていた。三つだけ置かれた大きな食卓には、温野菜のサラダと黒パン、それと甘めのポークカレー(かさ増しにジャガイモ多め)が置かれている。


 問題なのは、そのカレーだ。まぁ、確かに、見た目はう○こだよな。しかも下痢の方。でも、匂いはいいはずなのに……。


「おい、クルミア。お前、食べないのか?」


「ひゃんっ!?」


 俺の隣に座るわんこは、カレーの匂いを嗅ぐために近づけていた頭をバッと引き戻し、ふるふると首を横に振る。


「おい、ケビン。お前、腹が減ってんだろう?」


「そうだけどさ……いや、これは……」


 いつも外を駆けずりまわり、ご飯時には腹ペコなイメージがあるケビンですら、見た目に参ってか手を出さずにいる。


「ベラたちは、一緒に作ったよな? 何で食わないんだ?」


「「「えっと……」」」


 なんだろう、カレー粉を入れるところまでは楽しげだったんだが、小麦粉とカレー粉をバターで煉ったルー(これがう○こ化の原因)を入れ、そこに林檎や蜂蜜、ウスターソースやマスターにもらったチョコレートなんかをドボドボ入れた辺りで、顔を青ざめさせていた。


 そんなにおかしなことはしていないはずだが……。


「じゃあ、俺、もう食うぞ? いいんだな?」


 スプーンでカレーを掬い、口に入れようとするが、誰も何も言わない。なんか、潔癖症の気があるエステルが露骨に顔をしかめている。


 ええい、俺が食うところを見せれば、こいつらも後に続くだろ。そうすりゃあ、嫌でもカレーのおいしさが分かるってもんだ。そうなったらこっちのもんだ。


「んぐ……あ~、うめえ! カレー超うめえ!」


「「「…………」」」


 あれ? すげえ冷ややかな反応。「うわっ、○んこ食った……」って声がどこからともなく……。


「いや、マジでうめえから、お前ら食ってみろって!」


「「「…………」」」


 ぐぐぐ……異文化コミュニケーションとは、かくも困難なものだったか……かくなるうえは!


「ユミィ、お前も食えって!」


「……はい、では、いただきます」


 頼れる相棒、ユミエルさんの出番だ。俺だけじゃなくて、こいつも食えば、説得力は増すだろう。それに、こいつには食わせたことあるからな、カレー。ガキどもに、その旨さを伝えてくれるだろうさ。さぁ、頼んだぜ、ユミィ。


「……おいしい、おいしい」


「「「………………」」」


 あ、そういやあユミエルさん、コミュ障でした。


 機械的にスプーンを口に運んでは、「おいしい、おいしい」と無表情で繰り返すメイドさん。まるで、俺が裏で「カレー食ったらおいしいって言えよ」と強要していたという図を連想させるような光景だ。


 「家族同然の従業員にこの仕打ち」……そう目で語る子どもたちの視線は、どこまでも冷ややかだ。


 結局、ガキどもがカレーを口にしたのは、それからしばらく経ってのことだった。冷めたカレーを一々【ウォーム】で温めるのは骨が折れました。




「おかわりー!」


「あっ、ニック、お前、それもう三杯目だぞ!」


「肉は一杯一切れまでよ、もー!」


「男って、ほんとにルール守らないんだから!」


「わんっ、わんわんっ!!」


「ダメよ、クルミア、お肉はこれだけ」


 子ども代表として試食した一番お兄さん格のジャンによって、カレー=うん○疑惑は晴れた。そして、いざ食事となったのだが……ご覧の有様だ。


 やはり、カレーは万人を魅了してやまない食べ物なのか、ガキどもはすっかりカレーに夢中だ。カレーを入れたニつの大鍋の周囲には、飢えた獣のようにガキどもが群がっている。


 夜もカレーを食べさせて、飯を作る手間を無くそうかな、と思っていたんだが、この調子だと人参一欠片も残りそうにない。俺は、なめていた……成長期のお子様の食欲を……。


「だー! お前ら、大人しく食えー!」


 昼飯を作って食わせるだけでこの疲労感……あ、あれ? もしかして、ガキの世話って、思った以上にハードワークなのか……?






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