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フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

修学旅行編

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トラウマ

 人が生きるにあたって、最も必要なものとは何か。

 それは、水だ。汗となって流れ落ちる水。尿となって排泄される水。吐息に混じって蒸発していく水。人の体は、極限までのどが渇いていたとしても、水分を積極的に排出するようにできている。

 だから人は、何よりもまず、水を摂取しなくてはならない。排出された分だけ、水分を取り込まなければならないのだ。

 人は飢えよりも早く、渇きで死ぬ。水だけで数週間の断食を成し遂げた者はいるが、乾物だけで同じ偉業を達成した者はいない。

 その体の60%近くが、水分で構成されている人間。食べ物よりもまず、水を飲まなければ死んでしまうというのは、よくよく考えれば当然のことである。

「と、いうわけで、これから水分補給に行くぞー」

「おー!」

 元冒険者である貴大も、水の重要性をよく理解していた。

 中世世界である〈アース〉では、とかく水が手に入りにくかった。ペットボトルに封入された、一年も二年ももつようなミネラルウォーターもなければ、蛇口をひねれば出てくるような水道水もない。あるのは湧水や井戸水ばかりで、『飲料に適した水が飲める場所』自体が、日本に比べてずっと少なかった。

 まだ〈アース〉に馴染んでいなかった頃は、飲料水の補給を怠り、街道の真ん中で脱水症状に陥りかけたこともあった。そういった苦い経験から、貴大は今でも瓶詰の水を10リットル、必ず個人収納空間に入れて持ち歩いている。

 これだけの量の水でも、人体に必要な量として考えると、五日分にしかならないというのだから驚きだ。切り詰めて飲んだとしても、二週間ももちはしない。無理をすればするだけ、体は不調を訴え始める。

 貴大は、島の外周をぐるりと回りながら、こういった水の話を続けている。

「あっ、先生、川です!」

「おお、あったか。じゃあ、上流を目指すぞー」

「え? 川の水じゃ、駄目なのですか? 見たところ、澄んだ水のようですが……」

 水の代わりにエロ本を収納空間に詰め込んでいた男子学生が、早くものどの渇きを訴えた。

 彼はさらさらと流れる清流を見つめ、もの欲しそうな顔をする。

「海水が混じっているから駄目だな。それに、パッと見綺麗でも、ここまで下流に来ると、細かい砂や泥が浮いているもんだ。水辺には魔物や動物も寄ってくるから、糞尿も垂れ流されているかもな。と、いうわけで、胃腸が貧弱な人間様は、上流を目指さなきゃいけないわけだ。OK?」

「塩や砂はまだしも、糞尿は嫌ですね、糞尿は……ははは」

 苦笑いを浮かべた男子学生は、海に繋がる小川から離れ、上流を目指す貴大の後に続いた。

 彼らが漂着した島は、俯瞰して見ると歪な楕円の形をしている。その中心には、木々に覆われた山がそびえ立っており、その周囲を森が囲っていた。

 島の半径は、縦に2キロ、横に3キロほどだろうか。面積に比例して緑は深く生い茂り、上流を目指すといっても、街を歩くようにはいかなかった。

 先頭を歩く貴大が、蔓や枝葉をナイフで払い、続く学生たちが道を広げ、踏み固めていく。西の海岸から出発した一行は、島の中心部に向けて、なだらかな斜面を進んでいく。

 東の空から登り始めた太陽が、中天に差しかかる頃、貴大はようやく足を止めた。海岸線では、両手を広げたほどの幅だった川は、手で握れそうなほどに細くなっていた。

「そろそろ、いいだろ。よし、お前ら、ここら辺の水なら、飲んでいいぞー」

 貴大の言葉にわっと沸いて、両手で清水しみずを掬い上げる学生たち。

 砂地からこんこんとわき出る湧水は、渇いたのどには甘露のように甘く、その気がなくとも、いくらでも飲めそうだった。

「湧水ってこんなに美味しいんですね、先生。この味欲しさに、山通いしてしまいそうです」

「いやいや、いくら湧水でも、飲んでいいもんと飲んじゃいけないもんがあるんだぞ。土壌が汚染されていた場合、湧水を飲んだら腹を下すんだわ」

「ええっ!? で、では、ここのはどうなんでしょう……?」

「ここは大丈夫だろ。だってさ、」

「清水の花が咲いているから、ですよね、先生?」

 女子学生と貴大の会話に割って入ったのは、おさげの少女、カミーラだった。

 彼女は、水源近くに咲いている、白く小さな花を撫でて、にっこりと笑った。

「おお、よく知ってるな。そうだ、この白いのが咲いていたら、そこの水は飲めるってことだ。この花は汚染に敏感だそうだからな。いくら見た目が綺麗でも、毒水が湧いているところには絶対に咲かないんだ。都会暮らしのお前らが世話になる機会は少ないだろうが、まあ、覚えておけ」

「はい!」 

 小さく可憐な花を心に刻んで、学生たちは大きくうなずいた。

 十分後、水分補給を終え、空き瓶や空の容器に水を詰めた学生たちは、来た道を引き返していた。

「これから助けが来るまでは、毎朝これの繰り返しだ。一日に使う水を汲んで、拠点に戻る。これをめんどくさがるような奴は、冒険者でも早死にしてたな。水源の確保と、水の常備は怠るなよ?」

「はい、先生!」

 踏み均して舗装したため、いくらか通りやすくなった道を辿り、貴大たちは森の中を歩く。

 清水が湧き出る場所を知り、水だけはいくらでも飲めると確信した学生たちの顔は明るい。だが、一つ安心すると、次の不安が湧いて出てくるのが遭難者というものであり、引率者の貴大も、そのことは十分に承知していた。

「とはいえ、飯を食わんと、やっぱ力が出んよな。と、いうわけで、今度は食料の確保だ」

「おおっ!」

 興奮する男子学生たち。実は、彼らの幼い頃、上流階級では『南海冒険譚』なる絵本が流行っており、主人公がパンノキの実を採り、野鳥とともに焼いて食すシチュエーションに、秘かに憧れていた者は多かった。

「先生、実は僕、狩りの腕には自信がありましてね」

「俺は、一日で三頭の鹿を仕留めたことがあります。その時、父上から譲り受けた家宝の弓がこれですよ」

 自信たっぷりに、弓の弦をびょんびょんと鳴らす男子学生たち。

 何人かのお転婆な女子たちも、個人格納空間から見事なあつらえの弓を取り出し、微笑んでいる。

 気分はすっかり、狩人そのものだ。遭難に怯え竦んでいた気持ちはどこへやら、彼らは早くも今の状況に馴染み、楽しんでいた。

 それを油断と言うんだけどな、と貴大は短く嘆息し、自分も懐から、サバイバルナイフを取り出した。

「じゃあ、狩るぞー」

「はい!」

「果物を」

「はい! ……え?」

 貴大は跳躍スキル【ハイジャンプ】で大きく飛び上がり、右手に持ったナイフを横薙ぎに振った。

 着地して、ナイフを鞘に仕舞い、呆れたように両手を広げる貴大。その手の上に、オレンジのような果実が、ボトッと落ちてきた。

 手で皮をむき、袋に包まれた果肉を口の中に放り込みながら、貴大は学生たちに声をかけた。

「ほら、腹が減ってんだろ。あれ、取ってこい」

(……釈然としないっ!!)

 獣を狩るとばかり考えていた学生たちは、予想外の状況にがっくりと肩を落とし、名残惜しそうに弓と矢をしまった。

「おお、これも食えるな。ほら、この草、生で食えるぞ」 

 清流沿いに生えるセリのような植物の茎をかじり、ずんずんと進んでいく貴大。

 彼の後ろを、亡霊のように沈んだ表情の学生たちが、無機質に茎をかじりながらぞろぞろと歩いていた。

「ふーむ、思ったよりも食えるもんがないな、この森は。ビタミンが足りんと、人間どうしようもなくなるってのに」

 草や果物、木の実などを集めつつしばらく進んだ一行は、拠点と水源の中間地点で一度足を止めていた。

 森の中の開けた場所に収穫物を広げた貴大は、腕を組んで、うんうんと唸る。

「もう少し探索範囲を広げてみるかな。あー、でも、学生が迷ったら困るしなぁ。ユニーク・モンスターもいたら怖えし。俺とメリッサで、一度、島中を探索してみるかな……」

「呼んだ?」

「うおおっ!? メリッサァァァ!?」

 森の木陰からひょっこりと顔をのぞかせた薄桃色シスターに、その場にいた全員が飛び跳ねて驚いた。

 金色の小さな十字架の模様が織り込まれた薄桃色のワンピースに着替えたメリッサは、同色のサンダルをぱこぱこ鳴らして、貴大に近づいていく。

 微塵の気配も感じさせずに現れた存在が、無邪気に笑う少女だなどと、何やらちぐはぐな印象を覚えてしまい、ぶるりと体を震わせる学生たち。

 一方、彼らと同じように驚いていた貴大は、単独での空間転移すらやってのけるメリッサの力量を知っていたためあっさりと立ち直り、「一般ピープルを驚かせるな」とシスターの頭を軽く小突いていた。

「えへへ、ごめんね。でも、タカヒロくんがピンチそうだったから、急いで来たんだよ。タカヒロくん、何を困っているの?」

 日焼けしたメリッサは両手を後ろに組んで、天真爛漫な笑顔を見せる。

「ん? ああ、思ったより果物とかなくてさ、この島。栄養、足りるかなーって思って」

 地面に座り込んだ貴大は、収穫した果物や木の実、植物の若葉や茎をメリッサに見せながら、眉間にわずかにしわを寄せていた。

 一人二人、いや、十人ほどなら、食糧について、それほど難しく考える必要はなかっただろう。しかし、いつ救助が来るかも分からない状態では、孤島に三十人は多すぎる。

 遭難という危機的状況においては、食糧はあればあるほどよかった。

「え? 食べ物って……これとこれ、食べられるよ?」

 食べられる植物、果実が少ないと嘆く貴大に、メリッサはあっけらかんと答えてみせた。

 薄桃色のシスターは、手近に咲いていたチューリップのような赤い花と、枝なりに生っていた小粒の黒い果実を摘んで、貴大に差し出した。

「え、それ、食えたっけ?」

「うん、食べられるよ。あれと、あれも食べられるし、あれも大丈夫」

「ええっ!? ま、マジか」

 貴大らが小休止していた森の広場のあちこちに指を伸ばすメリッサ。

 冒険者時代に、食べられる野草についての知識を深めていた貴大は、自分のサバイバル能力に、少なからず自信を持っていた。

 だが、世界は広く、彼は井の中の蛙に過ぎなかったということだ。なおも『食べられるもの』を指差すメリッサに、貴大は両手を上げて完敗の意を示した。

「にしても、食糧の宝庫だな、この島は。食えるもんだらけだ。このまだら色の紫キノコとか、絶対に食えそうにないんだけど、食えるんだなあ。なあ、メリッサ。これ、焼いて食うのか?」

「ううん、生で食べるんだよ。焼いたらダメ」

「生かぁー……俺、キノコを生で食ったことねえんだけど、腹壊さねえかな……なあ、メリッサ。このキノコ、どうしても焼いちゃ駄目か?」

「うん、焼いたらダメだよ。焚火なんて熾したら、追っ手に見つかっちゃうよ」

「え?」

 ここでようやく、貴大は気がついた。『食べられるもの』が、多過ぎることに。

 メリッサは、子どもでも知っている有名な毒キノコすら指差して、「食べられる。生で食べる」と口にする。メリッサの目からは光が失せ、暗澹とした雰囲気が彼女の周囲に漂い始めた。

「この世に食べられないものなんてないよ。お腹を壊しても、治癒の法術があるから大丈夫。でも、採り過ぎたらダメ。足跡を残してもダメ。焚火なんて絶対にダメ。痕跡を残したら、怖い人たちがやってくるよ。一度気がつかれたら、何人でもやってくるよ。だから、何でも好き嫌いなく、生で食べるの。お腹を壊したら治癒の法術。お腹を壊したら治癒の法術。お腹を壊したら治癒の……」

「戻れ! も、戻ってきてくれ、ハイライトさーん!」

 暗い笑みを顔に浮かべたまま、ぼそぼそと呟き続けるシスターを前に、学生たちは生まれたての小鹿のように、足をカクカクと震わせていた。




海で食糧調達。服や道具を自作する。夜、みんなでご飯を作る。

ステキなサバイバルライフを、残り一話でまとめてしまうともったいないので、二章に分けて書くことにしました!

そもそも、無人島編なのに、前ふりだけで二話使いましたからね……それに、日焼けヒロインたちとのいちゃいちゃも書けていない! 

二章分割、止む無しといったところでしょう。

例の丸太は後編で、ということで。ではでは、お楽しみに!
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