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決意

はい、お待たせしました! 久々の更新です!


本当に難産でした……。

 イースィンドの王都であり、東大陸最大の湾岸都市でもあるグランフェリア。


 この都市には、陸路から、海路から、空路から。ありとあらゆる道を伝って、数多の商人や旅人たちが訪れる。


 それに加えて、十万を軽く超える住民の数だ。下級区から中級区にかけては、連日、引きも切らない人の波が、押し寄せては引いている。


 この光景を、百人規模の村や、千人規模の町出身の人間が見ると、必ずといっていいほど、目を白黒とさせる。中には、ぽかんと口を開け、すとんと腰を抜かしてしまう者までいる。


 これが、一万人規模の地方都市出身者になると、体面を取り繕うまでの余裕はあるのだが、いざ宿についてみると、同じく腰を抜かしてしまう。


 なんと、どの部屋も、数週間先まで予約で埋まっているというのだ。彼らの常識では、「空室がない」宿など考えられない。


 結果として、旅人たちは、食事も風呂もついていない下級区の安宿に泊まるか、街の外でテントを張る羽目となる。


 そして、堅いベッドか地面に寝転がり、しみじみと思うのだ。「やはり都会は違う」と。


 それほどまでに、グランフェリアに集う人間は多い。それこそ、休むことなく行われている拡張工事や、宿や住居の建て増しが追い付かないほどに。


 ここまで人が多ければ、トラブルの数も当然多い。


 繁華街で酔っ払いが喧嘩をするのは当たり前。突然運び込まれてくる怪我人や病人の手当てなど、教会のシスターたちにとっては日常茶飯事。


 村や町では見ることもできないような、美人局やぼったくり被害など、グランフェリアの住人にとっては、「あぁ、またか」といった具合だ。


 かくも都会とは、トラブルに満ちた場所だ。しかし、その分、対処も早く、解決のための手段も多い。


 荒事に対しては、各区画の警備隊か、腕が確かな冒険者。


 怪我や病気に対しては、町医者か、教会の神父やシスター。


 港の倉庫で白い粉の取引を見てしまったら、王国騎士団特務隊〈猫の目〉へ一報を。


 思いつく限りのトラブルには、何らかの備えがある。困った時は、冒険者ギルドか、各区画の詰め所を頼れば、たいがいは何とかなるようになっている。


 これで、一安心。田舎者でも、安心して大都会を訪れることができる。


 でも―――――


 もしも、「くだらないこと」で困ってしまった場合、どうすればいいのか?


 例えば、旅人が、安物のペンダントをなくしてしまったとしよう。それは、旅の途中で手に入れたもので、あしらわれた青い小石が少し気に入っていた一品だ。どこかに置き忘れたか、盗難されたか。とにかく、手元から消え失せてしまっている。


 諦めてしまうのは少し惜しいが、頼んだとしても、警備隊員や冒険者は、失せもの探しを手伝ってくれるか?


 例えば、街の住人が、虫歯に悩まされていたとしよう。右の奥歯に、ぽっかりと開いた黒い穴。冷たいものにも、熱いものにも染みて、堅いものを噛みしめることもできない。これでは、日々の食事が、おいしくいただけない。


 歯医者は当たり外れが大きい。腕次第では、地獄を見ることもある。時間をかけてでも、腕のいい歯医者を見つければいいのだが、あいにくそんな暇はない。


 ある程度高位の治療スキルならば、跡形もなく治せるのだが、果たして、教会の神父やシスターは、虫歯を治してくれるのか?


 どちらも、答えはノーだ。失せもの探しも、虫歯治療も、警備隊や教会の者が行うわけがない。


 「くだらないこと」などに、時間を割いてはいられない。対処すべき事柄は、この街には掃いて捨てるほどある。


 それに、一度決められた線引きを越えさせてしまうと、あれもこれもと、我も我もと、際限なく要求されてしまう。割りきらなければ、組織が動かせなくなってしまう。


 だから、悪意ではなく、必要性から、彼らはこう言う。


「なくしたものは自分で探せ」


「歯医者へ行きなさい。痛みは我慢しなさい」


 こうして、街は成り立っている。国は、教会は、冒険者たちは、決められたルールに則り、トラブルへの対処を行っている。ニッチな困り事など、誰も目を向けない。


 個人的なことは、個人で対処すべき。それが、この街の常識であったのだが……。


 近年、「何でも屋」なるものの登場で、その風潮が変わりつつあった。


 何でも屋は、冒険者崩れの人間たちが、「何でもやるから仕事をくれ」と人々に頼んで回ったことから始まったという。


 ドブ掃除でも、運搬作業でも、彼らは何でもやった。先ほど述べた、失せもの探しや、腕のいい歯医者を見つけることでさえも、最後までやり遂げた。


 そして、それは意外と金になった。ニッチな市場とでもいえばいいのか、かゆいものに手が届く何でも屋は、人々にとってありがたい存在だったのだ。


 生まれが生まれであるがゆえに、未だに冒険者などからは、半ば蔑視されている職業なのだが、利用者からの人気は高い。


 特に、その名の通りに、「何でも」引き受けてくれ、希望通りに達成してくれる何でも屋の元には、多くの依頼が舞い込むこととなる。


 中級区の住宅街にある何でも屋〈フリーライフ〉も、できて何年も経っていない割には、仕事を選ばぬ姿勢と、仕事の質から、徐々に依頼者数を増やしつつあった。


 特に、この一週間は、店主の素晴らしい働きにより、中級区だけではなく、他の区でも噂になっていた。


 あそこの店主は、何でも屋の鑑だ。何でも屋の名に恥じない働きっぷりで、にこにこと笑いながら、どんな無理難題も叶えてみせる。


 その噂を耳にした者たちは、様々な依頼を抱え、〈フリーライフ〉へと向かった。それほど良い店ならばと、期待を胸に、件の店舗へと赴いたのだ。


 しかし、彼らが目にしたのは、「しばらく休業いたします」の張り紙。一階の事務所には鍵がかかって、人の気配もない。


 近所の者に話を聞けば、〈フリーライフ〉は度々休業になるし、店主は噂とは正反対の、だらしがない人間だとのこと。


 噂などあてにはならないなと、彼らはため息を一つ吐いて、帰っていった。






 多くの依頼人たちが〈フリーライフ〉の戸を叩いた。それでも、誰も出てこなかったのには、訳がある。休業するに足る理由があったのだ。


「う、ああ……」


 虚ろな目をした男が一人、ベッドに横になっている。薄く開いた唇からは、意味をなさない呻き声が漏れ、さまよう瞳は焦点を結んでいない。


 彼の名は、佐山貴大。何でも屋〈フリーライフ〉の主であり、つい先日までは、噂になるほど旺盛に働いていた人物だ。


 しかし、どうしたことか、今では見る影もない。彼の頬はこけ、髪は艶を失い、唇はかさついている。土気色の肌は、濃密な死の匂いをまとっていた。


「ふうむ……」


 貴大の傍らには、老人が一人と、少女が二人。


 老人は貴大の体を調べ、ユミエルとルートゥーは、神に祈りを捧げるように、胸の前で手を組んでいた。


 老人は、長く白い髪と髭を垂らし、目を閉じ、沈思している。右手は、貴大の胸の中心に置かれている。


 まるで聴診器で患者の体を調べる医者のようだが、それらしい器具は見当たらない。しかし、手のひらを通じて、老人は貴大の体から、何かを読み取っているようだった。


 彼の後ろで、固唾を飲んで見守る少女たちの額に、珠のような汗が浮かぶ。


「こりゃあ、酷いな」


「何かわかったのか!?」


 背中から竜の翼を、腰からは竜の尾を生やした少女が、老人に詰め寄る。妖精のように可憐で儚げな少女も、同じく彼に迫った。


 二人の勢いに押された老人は、せっつかれるままに口を開く。


「ああ。この若者は、体中の魔素が狂っておるのよ。体を構成する魔素の一粒、一粒に至るまで、デタラメな動きをしておる。暴走にも似た激しさは、薬や治癒魔法も跳ね除けてしまう。このような症状は、初めて見たわい。なにがどうなっておるのか、さっぱりじゃて」


「なにっ!? 老龍、お前でもわからぬことがあるのか……!?」


 老人の言葉に、ルートゥーは愕然とした。


 強い信頼があったのだろう。この老人に任せれば大丈夫。きっと良いようにしてくれる。危機的状況にあっても、心のどこかにあった安堵。それが、崩れ去っていた。


「ああ、根源のお嬢ちゃん。千年生きようが、万年生きようが、この世はわからないことに満ちておるよ。日々、発見の連続じゃて。ほっほほ」


 長い白ひげを撫でおろし、老人は笑う。それが気に触ったのか、ルートゥーは激昂し、威嚇するように背中の翼を大きく広げた。


「なにをのん気な! ええい、我がなんのために東洋まで出向いたと思っておる! さあ、自慢の漢方薬で、タカヒロを治してみせろ!」


「これこれ、無茶を言うでない。先ほど、薬は効かんと言ったじゃろうに」


「強い薬を煎じろ! それならば……」


「体内の毒に取り込まれ、ますますこの若者の体を蝕むじゃろうの」


「おのれ、おのれっ! では、どうすればよいのだ!?」


 地団太を踏み、やいのやいのと姦しく騒ぎたてるルートゥー。のらりくらりと彼女の提案をかわし、ほっほと笑う老人。


 病人がいるにも関わらず、貴大の部屋は、騒々しさを増していった。


 しかし。


「ご主人さまは治せないのですかっ!?」


 先ほどから口を開かなかった少女が発した、鋭く、悲痛な叫びが、部屋に静寂をもたらした。


 誰も声を発さない中、ユミエルは、貴大のベッドに近づき、ガクリと膝をつく。


 そして、彼の左手を自らの頬に当て、「ご主人さま、ご主人さま」と、涙をこぼしながら呟いた。


 その姿を見たルートゥーはうつむき、老人は目を細める。


 そのまま、五分、十分と時が流れ――――


 ユミエルが、いよいよベッドに突っ伏して、泣きじゃくろうとした時。


 老人が、彼女の肩に、優しく手を置いた。


「大丈夫。手がないことはない」


「なにっ!?」


「ほ、本当ですか……!?」


 沈痛な面持ちで下を向いていたユミエルが、跳ね上げるように顔を上げた。


 憔悴しきったユミエルが、すがりつくように老人の手をつかんだ。


 そして老人は、少女たちの顔を見て、にこりと笑い、大きくうなづいた。






 しばらくして、貴大は、同じ階の浴室へと移された。


 彼は、ユミエルの介助により、服を脱がされ、湯がはられた浴槽へと入れられる。


 肩まで湯に浸かり、わずかながらも肌に赤みがさす貴大。それでも、意識は戻らぬようで、浴室の天井を向いては、声ならぬ声を上げていた。


「……もうすぐ、元に戻れますからね」


 変わり果てた主人の頬を、優しく撫でるユミエル。


「……大丈夫です。きっと、治ります」


 彼女は、名残惜しげに手を放し、エプロンのポケットから小さな巾着袋を取り出した。そして、その中から、白い粉をつまみ出した。


 ぱらり、ぱらりと、湯船にまかれる粉。それは、サッと湯に溶け、消えていく。


「……これで、いいはず」


 ユミエルは、確かに聞いたのだ。これで治せると。


 特殊な湯の花を混ぜた風呂で、一週間、毒抜きをすれば、貴大は元に戻ると。ルートゥーが連れてきた老人は、確かにそう言った。


 疑う心は、もちろんあった。


 聖女であるメリッサの治癒の奇跡も、イースィンド随一の頭脳を持つエルゥの薬も、効きはしなかったのだ。


 今更、湯に浸けたところで、どうにかなるものなのか。猜疑心は、確かにあったのだ。


 それでもユミエルは、老人の誠実な目を信じようと思った。


「呪いでもなければ、怨念でもない。憑依でもなければ、外法の影響でもない。これはただの毒じゃよ。複雑ではあるが、毒は毒じゃ。湯に浸かって、毒気を出せば治るて。安心しなさい」


 あの場で朗らかに笑ってみせた、彼を信じようと思った。


 だからユミエルは、床に伏せった貴大を起こして、浴室へと連れて来た。渡された湯の花を湯に溶かして、言われた通りに主人を湯に浸けたのだ。


 これで大丈夫。きっとご主人さまは元に戻る。


 自分にも、貴大にも、そう言い聞かせ、ユミエルはまた、彼の頬を撫でた。


 湯気が漂う浴室で。少女は、ただただ、主人の頬を撫でる。


 いたわるように。癒すように。物言わぬ彼へ、呼びかけるように。


 ユミエルは、優しく、優しく、貴大の頬を撫で続けた。


「……今度はどんな無茶をしたのですか」


 しばらくして、ぽつりと、彼女が言葉を漏らした。


「……また、誰かのために戦ったのですか」


 撫でる手を止め、ユミエルは貴大へと語りかける。

 

「……私が倒れた時のように。ルートゥーさんが来られた時のように。貴方は、また、一人で戦われたのですか」


 語るにつれ、ユミエルの手は力なく下がってゆき、やがて、湯船に落ちた。


「……その中で、毒を受けたのですか。尋常ならざる毒を」


 手と共に下がっていた視線を上げ、ユミエルは貴大の顔を見る。しかし、彼の目は、未だ焦点を結ばないままで……。


 その痛々しい姿に、ユミエルはぽろりと涙を流した。


 そして、誓った。


「……私は強くなります。足手まといにならないように。ご主人さまに置いていかれないように。いざという時に隣に立てるように」


 彼女は、すっくと立ち上がり、誓った。


「……私は強くなります。ご主人さまに仇なす敵を、倒せるように。ご主人さまを、あらゆる魔の手から守れるように」


 ユミエルは、懐から指輪を取り出し、誓った。


「私は、強くなります」


 彼女の誓いに呼応するかのように、指輪がキラリと光った。


貴大「犯人はちゃんぽん・ポーショぐはっ!」




ちなみに、「ゆみえるは」を「ユミエルは」と変換しようとすると、「ユミエル派」になる不思議。


これはユミエル派の裏工作に間違いない。

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