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走馬灯

今回も、まじめにバトル。

「はっ、はっ、ぜっ、ぜっ……!」


 走って、走って、走って……俺は、どこまでも走り続けた。なるべく人気のない道を選び、時には森や山、渓谷をも越え、ただひたすらに走り続けた。


 だが、それもどうやら終わりらしい。疲労回復効果をもつポーションの効きが悪くなってきた。これ以上【ブースト】をかけての全力疾走を続ければ、戦闘に支障が出るだろう。


『ほう……追いかけっこは、もうお終いか?』


 ばさり、ばさりと翼をはためかせ、〈カオス・ドラゴン〉が地上に降り立つ。


『ククク……随分と健脚なのだな。後を追うのも一苦労だったわ』


 見上げるほどのその巨体は、視界に入るだけで俺の体を強張らせる。


『だが、それもここまでだ。さあ、覚悟してもらおう』


 ギラリと、真っ赤な目を光らせる〈カオス・ドラゴン〉。


 そうか、始まるのか……俺の、最後の戦いが。


 大丈夫。周りには何もないし、誰もいない。赤茶けた大地が広がっているだけだ。これなら、被害を気にせずに戦える。


 しかし、始まりが荒野なら、終わりも荒野だなんて……運命ってのが存在するのなら、俺のには皮肉が効きすぎだろう。思わず、自嘲の笑いが口から漏れる。


 その笑いをどう解釈したのか、混沌龍も、まるで笑うかのように顔を歪める。なんて残忍な奴だ……あの顔は、獲物をいたぶろうという顔だ。そんな顔をする奴を、絶対にグランフェリアに行かせるわけにはいかない。


「くそっ、そもそも、なんでグランフェリアなんだよ……」


 つい、愚痴をこぼしてしまう。極論を言ってしまえば、どうせ魔の山から出てくるならば、他の国へ行って欲しかった。強者と戦いたいのなら、勇者の元へ飛んでいって欲しかった。


 なんで、よりにもよってグランフェリアなんだ……。


 その疑問を耳ざとく聞いていたのか、混沌龍がにやりと笑って、俺に答える。


『聞きたいか? それはな、お前がいるからだ。三年前、我に深手を負わせたお前が、な』


「なっ……!?」


 まさか……! こいつは、あの時の〈カオス・ドラゴン〉!? 同一個体だったのか……!?


『あの時、貴様がつけた傷が最も深かった……傷口が塞がっても、毎夜毎夜、じくじくと痛んだぞ。その度に、貴様の顔、貴様の波動が鮮明に甦り、おかげで我は、一日たりとも貴様の顔を忘れたことなどなかった』


 恨みか……! あの時の恨みから、こいつはグランフェリアに来たっていうのか。


 だとしたら……だとしたら、俺が……俺がいたから、この国は危機に瀕していたのか。


 体から、どっと力が抜ける。虚脱感が俺を支配する。


 なんだ、みんなのために犠牲になるって飛び出したけど、なんてことはない。俺が、俺こそが原因だったんだ。とんだピエロだ。


 俺がいなけりゃ、〈カオス・ドラゴン〉がグランフェリアに来るなんてことはなかった。俺がいなけりゃ、みんなが恐怖で涙するなんてことはなかった。


 あの時、俺たちも生きるために必死だった。生きるために、力の限り戦っただけなんだ。そんな言い訳、通用しない。俺のエゴのため、〈カオス・ドラゴン〉の脅威にみんなが晒された。それは、曲げようのない事実なんだ。


 なのに、英雄か何かのつもりになって、自己犠牲に酔って、ここまで走り続けてしまった。馬鹿か、俺は。俺を殺せば、〈カオス・ドラゴン〉は満足して魔の山に帰るだろうに。


「疲れた……」


 あまりの道化ぶりに、もう立ってすらいられない。尻餅をつくように腰を下ろし、ガクリとうなだれる。


『ほう、腹をくくったか。覚悟はできたようだな』


 ずしり、ずしりと、〈カオス・ドラゴン〉が歩み寄ってくる。愚かな俺に、死が近づいてきている。


「教えてくれ……お前の目的は、俺だけなんだよな? グランフェリアの人たちには、手を出さないんだよな?」


『当然だ。元より、我が欲するは貴様ただ一人。他の者など、眼中にないわ』


「そうか……」


 心残りは、これでなくなった。安心して、死ねる。


『ククク……この時を待ち望んでいたぞ』


 俺の目の前で静止した〈カオス・ドラゴン〉は身をかがめ、手を伸ばしてくる。鋭い爪が、俺に迫る……。


 あれで貫かれるか、はたまた握りつぶされるか。どっちにしろ、俺みたいな奴にはふさわしい最期なのかもしれない。


 それでも、まだ怖いと感じる心が残っていたのか、思わずギュッっと目をつぶってしまう。視界は闇に閉ざされ……そして、走馬灯のように、様々な光景、様々な人々が、まぶたの裏に浮かんでくる。


 ―――庭ではしゃぎまわる孤児院のガキども。


 ―――まんぷく亭で酒を酌み交わす近所の人々。


 ―――学園の奴らに、冒険者ギルドの面々。


 ―――そして……泣きじゃくる、一人の少女。


 これは、ユミエルだ。一緒に暮らしている、妖精種の少女。


 しっかり者に見えるけれど、本当はさびしがり屋の小さな女の子だ……。


 ユミエルは、俺がいなくなったらどうするんだろう。案外、変わらない日々を過ごすのだろうか。それとも、一人で泣くのだろうか。親友を失った俺のように、抜け殻のようになってしまうのだろうか。


 俺は、あの時感じたような気持ちを、あの子に与えてしまうのか―――。


「それだけは…………駄目だっ!!」


『ぬうっ!?』


 絶望と諦観から閉じていた目を見開き、ナイフを抜き放ち、今まさに俺に触れようとしていた〈カオス・ドラゴン〉の爪を切り飛ばす。


「俺は、俺は……!」


 まだ、死ねない! ユミエルのために、ユミエルと一緒に、生きていたい!


 言葉にならない想いが、腑抜けた俺の体に活力を甦らせる。


 動く。俺の体は、まだ動くんだ! 諦めてなどいられない! 何もせずに命を差し出すなど、あり得ない!


『いい目だ。それでこそ、我が強者と認めた男』


 またも〈カオス・ドラゴン〉が顔を歪める。こんなにやけた奴に、俺の人生を左右させてなどやらない。


 こいつを、倒せばいいんだ。俺が死んで、〈カオス・ドラゴン〉が魔の山に帰る以外にも、選択肢はある。


 俺は、〈カオス・ドラゴン〉を、倒す。


 今、この瞬間に、俺の全てをかける。


「さあ、かかってこいよ、トカゲ野郎。俺に触れられるなんて自惚れごと、たたっ斬ってやる!」


『この我に、そのような大言を吐くとは……いいぞ、いい! 貴様は素晴らしい! もう我慢ならぬ。それでは、始めようか―――』


 翼を大きく広げ、〈カオス・ドラゴン〉が空に向かって咆哮する。


 もう、後戻りはできない。する気もない。


 俺と、混沌龍の戦いが、始まる―――。



『子づくりを!!』



 ぼうん!


 そんな音とともに、〈カオス・ドラゴン〉が白煙に包まれる。


 そして、煙の中から亜人の少女が飛び出してきて、俺を押し倒す。


「え……? え?」


 俺にまたがり、にんまりと笑う少女は、黒髪、黒目、着ている服まで黒いゴスロリ服と、黒ぞろいだ。更には、角や翼、尻尾などは、龍そのものだ。


 まるで、〈カオス・ドラゴン〉のようだな……。


「って、まさか……お前……〈カオス・ドラゴン〉?」


「うむ!」


 煙は風に流されたが、そこには〈カオス・ドラゴン〉がいない。代わりに現れたのは、龍人の少女……つまりは、この少女こそが、あの混沌龍ということなのだろう。


「な、なんで……!?」


 そんなことをする意味がわからない。こいつは、俺を殺しにきたんじゃないのか? なんで、女の子の姿になって抱きついてきているんだ? なんで……。


「決まっておろう! お前と子づくりするためだ!」





 拝啓、ユミエル様。


 どうやら、俺にはドラゴン語は難しすぎたようです。






シリアスと思った? 残念! ラブコメでした!

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